不夜城の街を、黒づくめの少女が往く。
サラサラと夜光達に輝く黒髪。
長く伸びたまつ毛、滑らかに描かれたアイライン。
薄く輝くような白肌。
薔薇が花開いたような血の気の頬。
粘膜色のルージュがつややく唇。
細くしなやかに伸びる手脚。
歩けば性別構わず振り向く、どこか儚げで陰りのある絶世の美女。
……今晩は、あの女がいい。
ビルの屋上で、蝙蝠の外套が翻る。
ここは、絶好の狩場である。
そう、"吸血デジモン"達の。
不夜城のこの街は、欲と愛とぬくもりにさまよう人間達が集まる吹き溜まりの一面もある。
たまにD.Aが見回りに来るのが多少面倒だが、それを除けば手軽に食事ができる所謂ファストフード店的な。そういう場所だ。
今回目につけたニンゲンはかなりの上玉。ヴァンデモンは思わず唇を舐める。
軽く跳躍し、ニンゲンの後を静かに追えば、飛んで火に入る夏の虫、とばかりにニンゲンは裏路地へと入っていった。
怪しまれぬように体を小さな蝙蝠へとデータ分割し、裏路地の陰へと舞い降りる。
じめじめとした空気の中で、ふわ、と甘い花の香りが鼻をくすぐった。
ニンゲンはそこにいた。
ヴァンデモンの背丈でネオンの光が遮られた裏路地の中で、僅かな光を集めた紅い瞳が真っ直ぐにヴァンデモンを見つめていた。
「……こんばんは、いい夜だね」
ぞわり、とまるで背筋を直にくすぐるような、柔らかで優しい高音。
耳元で囁かれた訳では無いのに、デジコアに唇を当ててそっと語りかけるような声音に、ヴァンデモンは本能的な"恐怖"を覚えた。
「……ニンゲンじゃないな」
目の前にいるニンゲン……に似た、異質な存在に、ヴァンデモンは先程の高揚を酷く後悔した。今の今までうまくやっていたが、まさかファストフード感覚で手を出そうとした相手が命の危機の可能性すらある大ハズレだったなんて。
気配を消すのがあまりにも上手すぎる。普通気づくわけが無いのだ。
今日は大人しくガキのお守りをしていればよかった。後悔先に立たずだ。
「フフ、正解。賢い子だね。でもね、僕の声を聞いた後に気づいたなんて、君も随分鈍っちゃったね。スカー」
「……貴方でしたか」
ヴァンデモン……スカーは静かに跪き頭を垂れる。
ニンゲンが喋る度に、頭が痺れそうなほどの心地良さが体を襲う。
目の前のニンゲンは、ニンゲンの皮を被った『デジモン』だ。しかも、同業者。
いや、同業者どころかそのテッペンにいる存在だ。
「君もここにいたとはびっくりしたよ。まあ、君には手を出さないよ。可愛いぼくの子どものひとりだからね。どれ、ゆっくり話でもしようじゃないか」
ニンゲンが路地裏に置かれたペールに座ろうとしたところで、スカーはすかさず外套を脱いでペールへと敷いた。
マントの上に清楚に腰掛け、美しく微笑む姿は美少女そのもの。タチが悪い。
「今はね、"ムツミ"って名前なんだ。良いでしょ、666。ここにいるニンゲンは皆面白いからね。あと2、3人、見放されたニンゲンをつまんだって誰も気づかないし」
「……左様でございますか」
サラサラの黒髪を少し直して、……ムツミは品のある笑みを浮かべる。
「あ、この姿良いでしょう。せっかくニンゲンの世界に来たんだから、可愛いニンゲンの真似事をしてみてもいいかなって思ってね。世ではバ美肉とかいうらしいけど。僕の場合はリアルワールド美少女受肉で……リ美肉だね」
「しょうもな……」
「フフ、君の正直なところ好きだよ、僕」
可憐に笑う美少女が生ニンゲンだったら良かったのに、と心で悪態をついてスカーはため息をつく。
「さて、あんまり長居してたらD.Aに見つかっちゃうから早くおうちに帰りなさい。僕はもうちょっとお散歩して帰るから。
……ここは僕の狩場だからね」
突然放たれた威圧感。
油断していたら白目を剥いて失神していた。
空を飛んでいた罪のないピコデビモン達が目を回して路地裏へボタボタピコピコ落ちるほどだ。
未だこれは慣れない、数々の修羅場を潜り抜けたと自負するスカーも膝が笑ってしまっている。
その様子に、ムツミはクスクスと愛らしい笑い声を零した。
「おやすみ、スカー。ぼくの可愛い子どもたちのひとり」
白魚のような細く可憐な手が金髪を優しく撫でた後、跪くスカーの真横を通り抜けてムツミは再び不夜城の街へとくりだしていった。
……スカーはまだ笑う膝を押さえ込みながら壁へと寄りかかり舌打ちをこぼす。
「あのクソ魔王め、なんでここにいるんだ……最悪だ……ガキのお守りの息抜きもできねえ……マントも汚れたし……」
気絶したピコデビモンを乱暴に掴みあげ揉みこむことでどうにか鬱憤を晴らす。
明日以降、新しい狩場を探さねばならないことを憂いながら、汚れたマントを引きずってヴァンデモンは帰路に着くことにした。
◇
「スカー!スカー!アナタどこ行ってたの!」
汚れた外套と服をランドリーにぶち込み、椅子に腰かけうとうとしていたところで、騒がしい高音が眠りを妨げた。
ランドリー室の扉の前で、既に眠っていたはずだったパジャマ姿の少女が仁王立ちでスカーを睨みつけている。
……今のスカーの主であるテイマーの少女だ。
最悪だ。こんな場所でまさか。しかも今バスローブ姿だし。
「……真夜お嬢様、もう深夜の2時でございますよ。早くご就寝しなければ明日学校に響きます」
真夜お嬢様。現在の主の鬼龍院真夜(きりゅういんまや)は鬼龍院カンパニーのご令嬢だ。スカーは多忙な親に代わり、色々経緯あってこの小娘の面倒を執事として見ているわけだ。
「だって!スカーったら私が寝る前のホットミルクを忘れてたでしょう!しかも夜中にほっつき歩くなんて!お父様に言いつけるわよ!」
蝶よ花よと育てられたわがまま娘のキンキンの叫び声は、精神的にも疲れた体にストレスしかぶちまけない。
今の自分の仕事がこれでは無かったら、こうなる前に目の前のクソ生意気なガキを八つ裂きにしているところだった。
「バスローブ姿ではしたない!も〜仕方ないんだから!」
真夜は羽織っていた薄いピンクのカーディガンをスカーの膝にサッとかけ、そのままどっかりと隣の椅子に腰掛ける。
「スカー、夜遊びは禁止!今度は忘れないように私にホットミルクを作ってちょうだい。はちみつもいれて。私が寝るまでそばにいないと許さないから」
「承知いたしました。……お心遣い感謝いたします、真夜お嬢様」
ふんぞり返るように腕を脚を組む真夜に、聞こえぬようにため息をついて、未だグルグル回る洗濯機を眺める。
気がつけば、隣に座っていた真夜も眠気の限界を迎えたのか寄りかかって爆睡していた。
こんな場所でガキとは言え、ご令嬢をベッド以外の場所で寝かせていたと知られたらどんなお叱りを受けるか。
ああ面倒だ。
まだ洗濯が終わるまで時間がある。
乱雑に真夜を抱き上げる。
……新しい狩場を早く探さねば、厄介だな。できるだけ若い女、処女の血が好ましい。あの辺の繁華街も漁ってみるか……。
頭の中でグルグル、そう考えながら。
ピンクのカーディガンをゆらゆらふりまわしてスカーは真夜の寝室へと向かうのだった。
◇
スカー(ヴァンデモン)
DW出身。DWで色々やっていたらしいが、今現在訳あって有能執事として鬼龍院カンパニーのご令嬢に付き従っている。血液はワイングラスから優雅に派。
鬼龍院真夜(マヤ)
大企業・鬼龍院カンパニーのご令嬢。一人娘故、父母含む周りから蝶よ花よと育てられたわがまま娘。金髪の巻き髪が自慢。クラスメイトから「マキやん」とあだ名をつけてから、マキやんのあだ名で親しまれている。血液型が希少。
ムツミ(????????)
DW出身。地雷系ファッションの美少女……のガワを被った魔王型デジモン。なんとなく人間世界が楽しそうだからやってきた。
ニンゲンが入れ食いでホイホイ釣れるのが面白くて仕方ない。刹那主義かつ享楽的。
血液は生搾りジョッキ派。
グランドラクモンだ……グランドラクモンなんだな!? 夏P(ナッピー)です。
と思いましたが、グランドラクモンは正確には魔獣型だったのでした。ネロ・カオス宜しく獣の数字を背負う者としてこれ以上ない存在だと思ったのですが、てことはバルバモン辺りなのでしょうか。なんとなくグランドラクモンは女性人格なのもありかなーと思っちゃったのですが、そうなると他の魔王型の根拠はあまり持てないので、ひょっとしてピコデビモン(=成長期)があっさり失神した描写からも周囲のデジモンを消し飛ばす(人間のガワだから失神させる程度)能力のベルフェモンだったりするのでしょうか。
それはそうと、開幕の描写でふーんインモラル……とワクワクしてたらあっさり引っ繰り返されました。無念!! なんとなくデジアドでヴァンデモンに血を吸われた女性って曲がりなりにもデジモンの血(体液)が人間の身に交じり合ってしまってるから、死んでなくとも後々どうなっちゃうのかなーとか考えたことを思い出しました。
我が儘お嬢様……鬼龍(院)というタフそうな苗字はともかく、敵意どころか殺意に近いものすら抱いているこれにヴァンデモンのスカーが仕えていることは、まあ後書きにも書かれています通り何か意味があるのでしょうが……。
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。