黒ずんだ灰色の壁が四方八方を占める、照明に照らされた広間の中。
がしゃんがしゃん、という金属のぶつかり合う音が、幾度となく響き渡っていた。
音の発生源は、手足に三本の指を有し胴部に単眼を宿す二体の機械人形。
構造の全てを無機物によって形作られ、生き物であれば頭部にあたる部位に青く丸い形をした天蓋を備えた、その名をメカノリモンと呼ばれる彼等は現在互いに向かい合い、戦いを繰り広げていた。
片方が胴体に備え付けられた赤色のリニアレンズより橙色に輝く光線を放つと、もう片方が素早く真横に跳ねるようにして回避をし、着地と当時に背部に備え付けられたバーニアから火を噴かせる。
素早く間合いを詰めに掛かる最中、突き出された機械人形の右手が突如高速で回転し始め、さながら掘削機の如き摩擦力を得る。
コークスクリューパンチ、あるいはジャイロブレイクと呼ばれるその攻撃手段でもって相対者の装甲を抉り潰さんとする機械人形に対し、光線を放った方の機械人形は相対者の左手側の方へと体を向かせ、照らし合わせるように背部のバーニアから火を噴かせる。
結果として二体の機械人形は互いにすれ違う形になり、突き出された拳もまた空を切るのみとなった。
推力の源たる火を背部のバーニアから消しながら、双方は同時に振り返る。
次はどう動くべきかと、計算でも練るように静かに身構えるその挙措は、機械というよりは生き物のそれに近い。
感情の見えない眼で互いを捉え、次なる攻撃のための動作に移ろうとする。
その直前の事だった。
「そこまで」
光線を放ち必殺の一撃を捌きもしていた機械人形の方より、何処か老いを感じさせる声が走り、接近戦を仕掛けていた方の機械人形はその声に従う形で攻撃のための構えを解く。
直後、声の出所たる機械人形の頭部にあるハッチが、僅かな間を置いて開いた。
そう、機械人形はあくまでも機械人形。
自発的に動く機能を持たず、その天蓋の下に納まる程度の体躯を有する操縦者の手で、直に操作をしてもらう必要のある存在だった。
そして、機械人形の片割れのハッチの中から姿を現したのは、四本の脚と二本の腕にカプセルのような形の頭部を有する――その名をナノモンと呼ぶ生きたカラクリ。
彼は一度ギザギザの歯を覗かせる口から息を吐くと、制止したもう一方の機械人形の方へと言葉を放つ。
「演習は終了だ。戻るぞ」
そう告げてから、ナノモンはその両手でもって機械人形を操作し、重々しい足音と共に移動をさせる。
そして、灰色広がる壁の一箇所に備え付けられていた赤色のボタンを押す。
すると、ボタンのすぐ左側に存在する広間の壁の一部が重々しい駆動音と共に手前に向かって開き、閉じられていた空間の出口となる。
壁が十分に開き駆動が終わったことを確認してから、ナノモンは再度機械人形を操作して出口を潜り抜ける。
もう片方の機械人形もまた操縦者の意思の下、彼に追従する形で動き出す。
閉じた広間の先にあったのは、所々に培養液と思わしき薄緑色の液体の詰まったガラス製の円柱と様々な形をした機械が数多に見える、工場あるいは研究室とでも呼ぶべき部屋だった。
その内の設備の一つらしい巨大なコンピューターの液晶画面には、彼等がつい先ほどまで戦闘――もとい演習を行っていた広間が映されている。
コンピューターの目の前にまで移動をすると、ナノモンは機械人形の操縦席から液晶画面の手前にある金属の椅子の上に跳び降り、キーボードを叩く。
即座に、過去の出来事として画面上に映し出される二体の機械人形の姿を見ながら、ナノモンは背後から成り行きを見ている機械人形――その操縦者に対してこう告げた。
「降りるにしても降りないにしても、まずハッチぐらいは開けたらどうだ? 熱いのなら、せめてそうした方が良いだろう」
簡素な指摘を受けて、受けた当人がそれに素直に従う形で、もう一方の機械人形のハッチが開く。
そうして、もう一人の操縦者が姿を現す。
「…………」
機械人形のハッチの下から曝け出されたもう一人の操縦者の姿は、機械人形ともナノモンとも、そもそも彼等のような機械のそれとは全く異なる印象を受けるものだった。
何処か白みを帯びた小麦色の柔らかそうな肌に、頭部から生えている銀色の頭髪。
すらりと伸びた四肢の先には複雑にして精密な動きを可能とする五本の指先。
外界を視認する目、呼吸を行い言葉を介する口、周囲の臭気を感知する鼻、細やかな音を聞き取る耳、それ等をのっぺりとした顔の上に貼り付けたかのような顔。
あるいは、灰と白の色で彩られたスーツで首から下の全てを覆うその存在の名を、見聞を有する者が見ればヒトガタ、もしくはニンゲンとでも呼ぶのかもしれない。
その姿をいちいち確認しようとはしないまま、ナノモンは液晶画面に映された映像を見ながら、その感想を述べる。
「わしの目から見ても、操縦の技術は確かに上がっている。少なくとも、操縦を始めた当初に比べればな。少なくとも、ガードロモン一機の方がマシだと呼べるようなレベルではなくなっている」
「…………」
「あれだけ動けるのであれば、ひとまずメカノリモンの操縦者としては戦線に加えても問題無いだろう。ひとまず、確認作業にうるさい『上』にはそう報告しておくが……」
「…………」
大よそ好意的な評価の言葉をナノモンが口にしている一方、評価の対象である操縦者の表情は喜怒哀楽のどれにも当てはまらない無のそれで、口は横一文字に閉じられ一切の言葉も介そうとはしなかった。
その様子に何を思ったのか、ナノモンは一度言葉を区切って問いを出す。
「……何か思うところがあるのであれば、口に出して良いぞ?」
「……とくに、なにも……」
が、返ってきた言葉は本当に何の疑問も思惑も抱いていないような、情の色を感じないものだった。
極めて簡素な返事に対し、ナノモンは「そうか」と一言相槌を打ってから、
「ひとまず、演習の直後で疲れているだろう? 休息を取って来い。学習については、また後で良い」
「…………」
ナノモンの指示を聞いて、僅かな間を置いて操縦者は機械人形を操縦し改めて移動していく。
研究室に備え付けられた自動扉を通り、その姿が見えなくなった頃になって、ナノモンは浅くため息を漏らした。
(……わしは何を聞いているんだか……)
彼は知っていた。
あの操縦者が何者で、どういった存在なのか。
(アレは結局、作り物だ。原型のそれとは厳密には違う)
だから、理解してもいた。
あの反応が正しいものであり、むしろあの反応でなければ異常であるとも。
何故なら、
(……こんな事、アレを作り、面倒を見続けていたわしが一番理解していて然るべきだろうに……)
電子によって形作られた知的生命体、デジモンが多種多様に生息している世界――デジタルワールドに数多存在する大陸の一つ、フォルダ大陸。
その北東にあたる――大陸の五分の一ほどを占める荒野の上に、鋼鉄で形作られた建造物が点々と存在している――土地には、主にマシーン型やサイボーグ型に該当される種族のデジモン達が生息している。
工場や研究所などの建造物が一箇所に密集させる形で存在し、まるで要塞か何かのように周りを大きな壁で取り囲んだ、鉛と灰の色に染め上がった曇天のような景色の広がる環境は、廃棄物の存在から考えても、動物的な生態を有する種にとっては息苦しさを覚えてしまうものだろう。
その環境が人為的に形作られたものなのか、あるいは自然より生まれ出でたものなのかは、そこに生きている機械達も知らない事で、そしてどうでもいいことだった。
機械的な体構造と生態を有する機械仕掛けのデジモン達は、緑溢れる自然の中で生きるデジモン達とはまた異なる、孤立した生活圏を築いている。
鋼鉄に彩られ、不動のままに他の寄せ付けず君臨する鈍色の箱庭。
その環境を、そこに住まうデジモン達の事を、あるいはその両方をいつかの誰かが鋼の帝国――メタルエンパイアと呼んだ。
その言葉はいつからか理解の及ばぬ恐怖の名として、あるいは一つの枠組みの名として、フォルダ大陸に広まっていた。
ただでさえ閉鎖的な環境である彼等の世界は、外部からその様子を覗き込むことさえ難しく、それ故に不明な点も多い。
ただ一つだけ明らかな事は、メタルエンパイアと一括りに呼称されるデジモン達は、その勢力の拡大を望んでいるという事だ。
拠点とでも呼ぶべき場所を、事実として大陸中に複数作成している辺りからも、それは明らかだ。
各々の地域にはそれぞれ、独自の生活圏を営むデジモン達が存在するが、彼等は先住民の存在程度で行動の方針を変えたりはしない。
結果として妨げとなるものは、武力でもって取り除く。
武力で処理出来ない問題が発生すれば、処理出来るレベルの武力を用意してから再起する。
いっそ侵略とでも呼ぶべきその強行は、あるいはデジタルモンスターという存在が生まれ持つ闘争本能によって導かれたものか。
あるいは、彼等自身が現在の居場所である鋼鉄の要塞に不満や不足の一つでも覚えているためか。
何にしても、彼等の方針は『武力で解決する』の一辺倒であり、故にこそ研究所や工場の中では更なる武力を確保するための試みが、主に『開発者』の立場にあるデジモン達の意向の下に常々行われている。
例えば、新たなる武装や動力源の設計と開発や、サイボーグ型のデジモンとしての改造を施す事を前提とした『素体』となる個体の量産など。
そして、そういった試みの一環としてか、武力の構築を行い続けていた『開発者』達の間では、一つ奇妙な『研究』が行われもしていた。
小麦色の肌に二本の手と足を有する、デジモンとはまた異なる構造を有する生命体――ニンゲンと呼ばれる存在の、人工的な開発。
このデジタルワールドにおいて、ニンゲンという存在は不思議な逸話を残している。
曰く、単純な戦闘能力は成長期のデジモンにも劣る一方で、共に行動するデジモンに対して絶大な力を与え、生まれてそう長くはない成長期のデジモンですら、時には進化の最果てたる究極体にまで至らせる存在であるとか。
つまる所、メタルエンパイアの『開発者』がニンゲンという存在について目をつけたのは、共に行動するデジモンを進化させる能力だった。
どのようなメカニズムでもってデジモンに力を与え、進化させているのか――それを解明することが出来れば、あるいは更に効率的に戦力の増強が出来るかもしれない、と。
偶然にも姿形を確認する機会を得て、機械を用いて遠方より分析を行う形で、その姿形の情報についてはメタルエンパイアのデジモン達にも伝わっていた。
マシーン型やサイボーグ型のデジモンを数多に開発してきた事実からも解るように、彼等は何かを作る事に関して秀でた科学技術を有している。
故にこそ、同じような姿をしたモノを作りだすことは出来た。
だが、結果として作り出されたモノは、当然と言えば当然だが形が似ているだけで、何の能力も備わってはいなかった。
時間を掛けて、主に成長期のマシーン型デジモンやサイボーグ型デジモンと接触、行動を共にさせたりしてみても、何の変化も齎されなかった事実が、その何よりの証明となっていて。
より多くの時間と労力を要するぐらいなら、もっと単純に資源と技術を用いた手法でもって戦力を増強させた方が効率的だと、メタルエンパイアの群を管理する者は判断していた。
であれば次に考えるべきことは、事実上不要のものとなった人型のものを、どう扱うべきかという点。
新型もしくは既存のサイボーグ型デジモンとして改造を施すための素体にするだの、分解して別のものを開発するための資源に還元するだの、様々な意見が流れた。
そうして最終的に選び抜かれたのが、最早必要とされなくなったとあるマシーン型デジモンの操縦者とするという案だった。
メカノリモン。
まだメタルエンパイアという括りが存在しない程度には過去の時代に製造された、いわゆる旧式のマシーン型デジモンの一体。
性能でこそ他の成熟期のマシーン型、そしてサイボーグ型のデジモンにも引けを取らない一方で、小さな体躯を有する誰かの手で操縦をしてもらわなければ指先一つさえ動かすことが出来ない、あくまでも非力なデジモンに力を与える武器の一種でしかないモノ。
独力、そして(設定された)自己の判断でもって活動出来る個体が9割近くを占めるメタルエンパイアの軍勢にとって、戦力としてはその存在は殆ど不要のものとなっていた。
事実として、サンプルとして数機ほどは残されたものの、それ以外の個体は他の用途のために分解、資源に還元され果てている。
適切な操縦者というものが見つからなかった事も理由の一つとしてあったが、残された個体もまた、基本的には倉庫の中で埃を被るだけで、戦線に加えられることは無かった。
そんな存在を、活かすための要素とする。
活かせるように、既に操縦の技術を有する個体の手で育成をする。
人型である以上は手先の器用さについては見込みがあり、即ち技術を得るだけの素養は存在する――というのが育成の担当者であり当のニンゲンもどきの開発者であるナノモンの弁だった。
そして実際、その見込みは間違ってはいなかった。
操縦させた最初の頃でこそぎこちない動作を見せていたが、学習の時間を設けたことも相まって日に日に操縦の技術は向上し、事実としてニンゲンもどきの操縦したメカノリモンの動きは、先達者であるナノモンの操縦したメカノリモンの動きにも少しずつついていけるようになっていた。
しかし、一方で。
どれだけの学を積み重ねても、どれだけの技術を会得しても、本来求められていたはずの『デジモンを進化させる力』が開花することは無く。
指示や命令の形で受け取った言葉に応じる程度の、必要最低限のもの以外に自発的な行動を起こすことも無く。
生き物と言うよりは機械のそれに近い生態のそれは、メタルエンパイアという括りの内に数多く在る雑兵の一つ、それ以上の存在にはなり得ない――というのが現実だった。
作った側としては、その事実に納得してはいた。
そもそもの話として、ニンゲンという存在にデジモンを進化させる力があるなど、話に聞いた時点で半信半疑だったし。
仮にそれが真実であったとしても、姿形を真似た程度のモノが同じ力を持つとは考えづらかった。
所詮は物は試しの感覚で開発してみただけの、作り直そうと思えばいつでも作りなおせる程度の、試作物に過ぎない。
どれだけ期待をしても、その身には現実的な力しか宿りはしない。
むしろ、期待すればするだけ無駄にがっかりするだけだ。
そこまで解っていながら期待することを止められないのは、それが自分で開発したモノであり、なまじそれなりに付き合ってきたことで沸き立つようになってしまった愛着故か。
戦いのために利用することを前提にして作り出しておきながら、戦いの場に向かわせようとする事に迷いを抱いていることを、ナノモンは自覚していた。
メタルエンパイアという勢力は、基本的に効率至上主義だ。
外敵を殲滅するための機能を有する者は戦闘を行う事を至上とし、そのような戦力を増強させるための物を作るための機能を有する者は何かを開発する事を至上とし、そうした開発に必要な資源を効率よく収拾するための機能を有する者は資源を収拾する事を至上とする。
種としての能力や機能に適した効率的な役割を与える事が当たり前で、能力に適さない非効率な役割を与える事は基本的に有り得ない。
故にこそ、ニンゲンもどきの成長の事実をメタルエンパイア全体の方針を決める上層部が知った場合、ニンゲンもどきがどのような扱いを受けるのかは明白だ。
外敵と戦うための力を有していて、それ以外の能力を特に有さないニンゲンもどきは、メカノリモンと共に戦場へ駆り出される。
少なくとも、戦うこと以外に『向いている』と判断されるようなものが確認されない以上は、それ以外に道は存在しない。
手先の器用さから、あるいは機械関係の修繕などを手伝うエンジニアの一員とする事も不可能では無いかもしれないが、それよりも先にメカノリモンの操縦者として秀でた能力を示してしまった以上、メカノリモンの操縦者という役割が最適だとしてその在り方を義務付けられることだろう。
その半ば強制的な方針を、ニンゲンもどきがどう受け取るかどうかは解らない。
変化の見えない表情からは喜怒哀楽を読み取れず、かといって「何か思うことは無いか」と確認を取ってみても、何の情も感じ取れない声で「特に何も」と返すのみ。
本当に自分の境遇に対して何も思うことが無いのであれば、それに越した事は無いのかもしれないが、ナノモンはどうしてもその事実に対して喜んだり満足することは出来なかった。
自分で開発しておいて、自分でそうなるように育てておいて、まったくもってひどい我が侭だと彼自身自覚はしているが――彼は、ニンゲンもどきに期待をしていたのだ。
誰かから促されたものではなく、自分自身の考えと行動でもって示されるような、予定調和の外にある成長の形を、もしかしたら為してくれるかもしれないと。
そして同時に、そんな風に考えてしまう自分では、作り物としての愛着を抱くことは出来ても、心からの愛情を注ぐことは出来ないだろうと思い至った。
彼は、自分自身を知っている。
そもそもの話として、他ならぬ自分自身こそが愛情とは無縁の身の上で、愛情というものを具体的には理解していないのだと。
むしろ、基本的に他の存在に対して特別な情を寄せたりしないからこそ、遠くにいる見知らぬ誰かの滅びを前提とした『兵器』を開発するという役割を、悠々とこなす事が出来ているのだと。
今の立場自体、メタルエンパイアという勢力のために励もうとして得たものでは無かった。
強そうだから、カッコ良さそうだから、面白そうだから――そんな、趣味のそれに近い感覚でもって設計図を形取り、そして開発する。
その結果として遠い地で誰かが死に果てようが、作ったものより弱いことが悪いと、死にたくなければ死なないために力をつけるなり何なりしろと、気軽に吐き捨てる。
そうした繰り返しでもって実際に数多くの戦力を形作り、結果として一勢力に必要とされるだけの開発者となっただけの存在なのだ。
決して愛情と呼ばれるものと縁ある存在ではないし、故にこそこれからもきっとそれを必要とはしない。
そもそも、決まった事はもうどうしようも無い。
一度戦場に送り出されてしまえば、開発する側でしか無い彼が乗り手とその乗り物にしてやれる事は、基本的に何もなくなる。
戦闘の影響で何らかの損壊があったとしても、機械やサイボーグの整備や修理については駆り出された戦場に最も近い拠点に勤めている別の者の担当となり、大まかな経過や顛末の情報は電文の形で伝えられるだけに留まるだろうから。
乗り手と乗り物が無事でいるためには、乗り手と乗り物が戦いに勝ち続ける以外に無い。
そして、戦いに勝ち続けられるための焦点となるのは、乗り手たるニンゲンもどきの技術もそうだが、何よりも乗り物たるメカノリモンの性能次第だとナノモンは思っている。
メカノリモンというデジモンの、操縦者の存在を前提とした性能については、ナノモン自身もまた操縦者となった経験がある関係で知り得ている。
武装と装甲の面では拠点防衛用のマシーン型デジモンであるガードロモンにも引けを取らない一方で、考え無しに武装を酷使していくと容易く動力源がオーバーヒートしてしまうという、戦闘を視野に入れるとどうにも不便さが目立ってしまう性能。
乗り手の支援を行うための機能も多少備わってはいるが、それも基本的に戦闘の優劣に影響を与えるようなものでは無い。
同世代――成熟期にあたるデジモンとの戦いならまだしも、上位にあたる完全体のデジモンとの戦いなど、とても出来たものではない。
無論、戦線には同じメタルエンパイアに属する者が存在するため、メカノリモンが完全体のデジモンと相対しなければならない状況になる可能性はそう高いものでもないが、全く有り得ないとも断言は出来ない。
もしも間が悪く、完全体以上のデジモンと相対する羽目になってしまえば――そして、後退の一つも出来ないような状況になってしまえば、乗り手と乗り物は間違い無く共に骸と化すことだろう。
そこまで考えて。
自らの管理する研究室の中、小さな液晶画面を凝視しながら、ナノモンは独り言を零す。
何かを諦めるように、ため息を漏らすような調子で。
「……全ては時の運、だな」
フォルダ大陸には、主にマシーン型やサイボーグ型のデジモン達の集いによって構成された『メタルエンパイア』以外にも五つの枠組み――もとい、勢力が存在する。
自然豊かな大地に生きる、昆虫型や獣型のデジモン達の集い――『ネイチャースピリッツ』。
デジタルワールドの大部分を占める、海に生息する水棲型デジモン達の集い――『ディープセイバーズ』。
ゴースト型や魔人型といった、不思議な力を有し闇に生きる種族の集い――『ナイトメアソルジャーズ』。
緑溢れる森林に住まう植物型や妖精型、そしてそれ等を含めた飛行能力を有するデジモン達の集い――『ウインドガーディアンズ』。
そして、数多に存在するデジモンの種族の内、ウィルス種と呼ばれるデジモン達に対抗する力を有する種族の集い――『ウィルスバスターズ』。
生息区域によって様変わりするそれ等の勢力は、自分達にとってより生きやすい環境を構築するためにか、あるいは異なる勢力からの侵攻を恐れてか、それぞれにとっての文明の象徴――即ち『国』や『町』、もしくは『村』と呼ばれるものを個々に作り上げていて。
やがて、多種多様な種族によって構成されていたデジモン達の生態系には、元々複雑化していたそれに加えて、野生に生きる個体か社会に属する個体かどうかという区別まで加わった。
だが、結果から言って、どれだけ知性を高めようが文明を発展させようが、争いというものは無くならず。
いつかの誰かが切っ掛けを生み出した所為か、あるいは元々有していた闘争本能に加えて集団心理というものが働いた結果か、何にしても争いの規模は野生の世界にて繰り広げられていた生存競争のそれよりも一層激化し、いつしかそれは大陸中を巻き込む『戦争』という形にまで規模を大きくしていった。
現在に至っては、本当が何が発端であったのか、本当に争う必要性はあるのか――などと、いちいち疑問を覚える者の方が少ない。
今日もフォルダ大陸の何処かでは当たり前のように『戦争』が起き、多くの種族が争い合っていて。
白みを帯びた肌を有するヒト型――メタルエンパイアのデジモンからはニンゲンもどき、あるいは0号と呼称されている存在もまた、メカノリモンの搭乗者として一つの戦場に向かおうとしていた。
ロコモンという巨大な機関車の姿をした完全体デジモンを構成する客車の中で、同じ『戦力』たるデジモン達と共に運ばれることで。
ガタンゴトン、という音が鼓膜を震わせ続ける中、メカノリモンの操縦席に座り込んで目的地への到着を待つ0号は、メカノリモン共々同乗者たるメタルエンパイアのデジモン達からの注目を浴びていた。
ニンゲンという未知の部分の多い存在を模したモノというのは、基本的にただ戦うための『戦力』でしかない者達からすれば、安全地帯で『開発』を行っている者たちから突然送られ組み込まれただけの、新戦力という認識でしかなかったからだ。
敵を倒すという一点において頼りになるのかどうか、そもそも信用出来る存在なのかどうか――そんな疑問を含んだ視線を向けられている。
戦場へ向かう列車の中で、同乗者であるデジモン達の内、全身が迷彩染みた色に染め上がっている軍装の恐竜――種族名でコマンドラモンと呼ぶデジモンの一体が問いかける。
「……お前が話に聞いたニンゲンもどき0号か。滅茶苦茶細い体してるんだな。いやまぁ、ヒト型のデジモンって結構そういうのが多いらしいが」
「…………」
「そしてそれがメカノリモンか。誰かの手で操縦されないと動けないっていう、旧式で欠陥持ちのマシン。性能は事前に知らされているんだが……実際のところ、実戦に付いてこれるのか? 数字とかだけ教えられても解らないんだ」
「……ついていけるだろうと、はかせからはつげられています……」
「んー……開発部門の言い分だけじゃなぁ。お前自身は出来るって思えているのか?」
「……できないといけないらしいので」
「……ふーん。らしい、ね……まぁ頑張れよ」
一体のコマンドラモンはそう言い切ると、興味を失ったのか0号に向けていた視線を戻して瞳を閉じた。
目的地に到着するまでの間、仮眠を取るつもりなのかもしれない。
一方的に投げ掛けられた言葉に、0号は暫し思考を巡らせる。
(……わたし自身が、出来るって思えているのか……?)
こうして戦場に送り出されるまでの間、自分という存在を生み出した『博士』の下で、様々な形の演習を行ってきた。
その結果として、メカノリモンを操る技術はその手に備わっている。
知識については機械を用いて植えつけられているし、戦いに参加する上で不足と言えるものがあるとすれば、それは他ならぬ自分自身の戦闘能力ぐらい。
その体の構造や性能から言って、0号自身は外敵と直接戦えるほど強くないのだと、0号を作り出した『博士』からも告げられている。
結局のところ、直接戦うことになるのは操縦されるメカノリモンの方であって、0号自身ではないのだ。
故にこそ、0号という存在は戦力としても資源としても、メカノリモンの存在がなければ不要のものでしかなく。
そして、どれだけ卓越した技術で操ってみせたとしても、メカノリモンというデジモンの性能では出来る事に限界があると、同じく『博士』から教えられていた。
同伴するデジモン達に対しても、それ等の話は情報として伝えられているはずで。
だからこそ、コマンドラモンに問いの意味が0号にはよく解らなかった。
自分に求められている事はたった一つの事柄――戦いに加勢して『メタルエンパイア』の繁栄に貢献すること。
そう出来る事を求められたから、自分という存在は生み出されて。
そう出来ないから、代わりに自分はメカノリモンの搭乗者となる事を求められて。
メカノリモンの搭乗者になって、戦えるようになったらしいから、戦いに向かわなければならないらしい。
出来る出来ないではなく、出来なければならない事。
そこに自分の思いなんてものが介在する余地は無いと0号は思っている。
わざわざ伝えてきたという事は、少なからず同伴者であるコマンドラモンは0号が戦いを出来ると思えることを望んでいるのだろう。
だが、0号にはその必要性が解らない。
出来ると思えなかったとしても、出来なければならない事であれば、やろうと務める事が当たり前だと思っているから。
そう考えている自分に、疑問の一つも浮かべた事も無かったから。
やがて。
考え事をしたり、他のデジモンからの問いかけに答えている内に目的地に到着したらしく、ロコモンが合図の汽笛を鳴らす。
客車が上部に向かって開くのを見ると、乗っていた同行者達はどんどん客車の外に向かって駆け出していき、0号もまたメカノリモンを操縦して同行者達の後を追う。
そうして搭乗者である0号の視界に映し出されたのは、巨大な建造物と瓦礫の群れ。
ロコモンの客車に乗っていた同行者を含めた、マシーン型やサイボーグ型のデジモンが主に所属する『メタルエンパイア』という勢力は、その文明の更なる発展のために多くの資源を必要としている。
文明と無縁の者にとっては何の価値も無い残骸の山もまた、資源としての利用価値を見い出している『メタルエンパイア』にとっては宝の山に等しく。
それを回収させるために、同じ枠組みに属する者を出向かせる事があるのだ。
要員の移送に資源の回収などの、必要な工程を可能とする能力を有するデジモン達を。
「……よし、この辺りで今回の私達の任務を確認するぞ」
ある程度の距離を進んだ頃、同行者にして部隊員の隊長であるらしい、メタルマメモンと呼ぶらしい丸く小さな武装したデジモンがそう言って振り返ると、0号を含めた部隊の一行が足を止める。
それを確認したメタルマメモンは、メカノリモンに乗った0号の事を僅かに凝視してから、改めて口を開く。
「今回の私達の任務は、この場所に残った資源の回収……それを行う部隊の護衛だ」
「…………」
「既に知ってると思うが、この場所は一つの『国』の成れ果てだ。最早ロクに住まう者のいない残骸の山でしか無く、誰かが住まおうと考えているとしても再建には途方も無い時間を要するもの。正直期待は出来ないが、何だかんだ文明を築き上げていた以上はある程度利用価値のあるものが残っている可能性がある……そう上層部はご判断なさったらしい。よって、少し前から資源の回収が行われていたわけだが……最初に向かった回収部隊が丸ごと消えたらしい。資源の回収が出来ないだけでも問題だが、それに加えて部隊の丸々消失ときた。恐らくは何者かの手によって消去……もしくはロードされたんだろう」
消失、消去、ロード。
どれもこれも物騒な意味を含んだ言葉ではあるが、そのような事は意に介するほどでは無いと言わんばかりの調子でメタルマメモンによる説明は続く。
「どちらも大して変わらんが、そうでなければ離反の可能性も考えられる故、どうあれ調べをつける必要が出てきたわけだ。消失の原因たるデジモンがいるのかいないのか、いるのであれば何処に隠れているのかとかな。実際の所、砲弾やら何やらで瓦礫ごと吹き飛ばす事が最速最短の解決手段だろうが、それをやると資源も丸ごと消し炭になっちまってもったいない、という事だろう。あくまでも障害となる存在だけを処理するために、大規模な破壊を引き起こす類の手段を有する奴等ではなく、私や諸君等のように細やかな破壊を行える小柄な体躯の持ち主が抜擢されているわけだ。各自、回収部隊と行動を共にし、警戒態勢を取っておくように。何事も無ければそれで良し、有事の際には無線で情報共有した上で事に当たれ。……大体、今回の任務における私達の役割はこんなものだが、何か質問がある者はいるか?」
説明が終わり、問いかけてきたメタルマメモンに対し、一体のコマンドラモンが「はい」と手を上げ、そして口を開いた。
「結局、その何者かってのは完全に詳細不明って認識で良いんですか? 体にどういった特徴を有しているのかとか、どういう意図で回収部隊を殲滅しやがったのかとか、何処の勢力に属するヤツなのかとか」
「そこまでは解っていないが、少なくともこの辺りに他勢力の拠点が確認されたという情報は無い。回収部隊が離反したのではなく、何物かに襲われて消えたと仮定するなら、襲撃者はほぼ確実に野生個体――ワイルドワン。それも、かなり凶暴な類のな」
「この滅んだ国の生き残りって線は無い感じですかね?」
「それはそれで有り得なくはないが、何にしてもこちらに被害を出している以上、やる事は変わらんよ」
メタルマメモンは問いに対して十分に返答をしたと判断したのか、会話を断ち切るように一度咳払いをしてから改めて部隊のデジモン達を見渡し、そして数秒の間を置いて告げた。
「……他に質問がある者はいないな? ではお前達の持ち場と組み分けを告げるぞ――」
◆ ◆ ◆ ◆
そんな会話を経て、三十分ほどの時間が過ぎて。
0号はメカノリモンの閉じられたハッチの内側で、操縦桿を握り締めた状態のまま、じっと座り込んでいた。
現在は姿こそ見え難くなっているが、組み分けの関係で0号と同伴する事になった二体のコマンドラモンもまた、少し離れた位置に待機している。
各々の視線の先には、空き缶染みた形状の大砲や車輪など、継ぎ接ぎした体を有するパペット型デジモン――ジャンクモンや、分厚く堅牢な機械の体を有するマシーン型デジモン――ガードロモンなどの姿が多数見受けられる。
彼等こそが、メタルマメモンの語った『メタルエンパイア』の資源回収部隊――その一組。
即ち、今回の任務において部隊のデジモン達と共に0号が守り抜かなければならない相手である。
彼等は現在進行形で国の亡骸と呼べなくもない資源を集め、自分達を運んだロコモンの荷車の中へと放り込んでいる。
0号はそんな様子を無表情で眺めながら、一方で気の緩まぬ状況に不安を覚えていた。
(……いつ、くるんだろう……)
有事の際には無線で情報共有をした上で事に当たれ、とメタルマメモンは告げていた。
何事も無ければそれで良し、とも告げており、実際それに越した事は無いと0号も思っている。
回収部隊を襲うデジモンの存在が無ければ、回収部隊は無事にその役割を遂げる事が出来るし、その護衛のためにやってきた部隊のデジモン達の誰にも危険が及ぶことは無くなるのだから。
だが、この場に向かっていた回収部隊が全て消失しているという事実がある以上、その原因となったと思わしき出来事がまた起きないという確証は無い。
その事実は、回収部隊であるジャンクモンやガードロモン達も知る所であるらしかったのだが、彼等は自分達もまた消失する事になる可能性を視野に入れた上で、自らの役割を遂行してくれている――そうする事が当たり前だといった素振りで。
実のところ、0号はこの場で行われている事が『メタルエンパイア』という勢力にとってどれほど重要で必要とされているものなのか、具体的には理解出来ていない。
失われるものに対して、手に入るものは果たして価値が釣り合っているのか――なんて疑問を浮かべはするが、そもそも自分がどうしてそんな疑問を浮かべようとしているのかさえ解らない。
自分が何かに疑問を覚えたところで、自分に求められている事が、やらなければならない事が変わるわけでも無いのに。
(……とにかく、やらないと……)
疑問を断ち切るように、そう内心で呟いた時だった。
ふと、0号の頭上を覆うメカノリモンのハッチの裏側に、幾つかの記号が浮かびあがった。
不可思議な形をしたそれ等は、デジモンが用いる文字。
0号が操縦しているメカノリモンというデジモンは、自己の判断で動く事が出来ない代わりに、操縦者の操縦を支援するための機能が少しばかり備わっている。
その内の一つが、操縦者との対話の機能。
つまる所、ハッチの裏側に表示された文字の数々は、メカノリモンの言葉だった。
機械的な手法でもって基本的な知識を頭脳に刻み込まれている0号は、表示された文字の群れ――即ちメカノリモンからのメッセージを読み取り、そして理解を得る。
どうやらメカノリモンは、こう問いかけてきているらしかった。
『大丈夫ですか? 先ほどからずっと、良くない顔をなさっていますが』
その問いを受けて、0号は思わず操縦桿から右手を離し、自らの頬に触れた。
自分で自分がどんな顔を、表情を浮かべているのかなんて特に意識をしたことは無かったが、少なくともメカノリモンから見れば『良くない』と評価を下すような顔になっていたのだと知って、0号は意識的に表情を『良い』ものに変えようとする。
だが、0号には『良い顔』というものが、顔の筋肉をどう動かせば創れるものなのか、そもそもどういう表情を指すものなのかが解らなかった。
その材質故にか、メカノリモンのハッチが鏡の役割を果たすことは無く、0号は自分で自分がどんな表情を浮かべているのかが解らない。
考えても、考えても、疑問は解消されず。
そもそも、メカノリモンはどうして自分に対して『大丈夫ですか?』などとわざわざ問いを出したのか、自分はどうしてやるべき事に無関係のことを考えてしまっているのか、などと不要な疑問ばかりが増える始末。
表情一つ変わった程度で、操縦に支障が出るなんてことは無いはずなのに。
何もかもに理解が及ばないが、少なくともメカノリモンは操縦席に備わっている何らかの機構でもって自分の顔を見る事が出来ていて、自分と違って表情の良し悪しとその重要性というものを理解しているらしい――そう判断した0号は、素直に答えを知る者に教授してもらう事にした。
「……よくないかおって、なんですか? それは、かえないといけないものですか?」
『変えろと命令しているように受け取られたのであれば、申し訳ありません。ただ、気分が優れていないように見えたのです。体調は本当に万全なのですか?』
0号が言葉を漏らすと、応じるように透明な天蓋に新たな文章が浮かび上がる。
いつ何処から敵が現れてもおかしくない場所で、乗り手と乗り物が言葉を交えていく。
「ばんぜんであることは、ここにはいぞくされるまえにバイタルチェックでかくにんできています。あなたにのってうごいているので、つかれるりゆうもありません」
『では、原因は体とは別のものにあるという事でしょうか?』
「……からだとは、べつのもの?」
『気持ちの話です。何が理由かは解りませんが、今のあなた様は緊張や不安を覚えているのでは? それが無意識に表情として浮かび上がったのかと私は推測していますが』
「……きんちょうや、ふあん……?」
『それは戦いが始まってしまう前に解消すべき問題です。体が大丈夫でも、気持ちが良くない状態になってしまっていては、戦闘中の判断に差し支える可能性がある。もしも悩みがあるのなら、今の内に話してくれれば、もしかしたら私にも解消の手伝いが出来るかもしれません』
「…………」
実のところ。
初めてメカノリモンの操縦者となった頃から、メカノリモンは0号に対して、0号が望む望まないに関係無く言葉を投げ掛けていた。
それがメカノリモンという種族に備わっている操縦者の操縦を支援するための『機能』によるものである事は、0号自身の生みの親たるナノモンからも、他ならぬメカノリモン自身からも、言葉でもって説明を受けている。
であればこそ投げ掛けられる言葉の全ては、自らの操縦に支障が出ないようにするためのものという事になる。
それが意味する事を察して、0号はか細い声を漏らしていた。
「……すいません……」
『どうして謝るのですか?』
「いまのわたしは、そうじゅうにししょうがでてしまうかもしれないじょうたいにあるんですよね。まちがいのないそうじゅうができないと、たたかいのなかであなたが、メカノリモンがこわれてしまうかもしれないのに。そんなかのうせいは、あってはいけないのに……」
『あなた様の操縦に間違いが無くとも、私は性能の関係で壊れる時には壊れます。あなた様がそのように責任感を感じる必要はありません』
「でも、そうじゅうにししょうがでてしまうかもしれないことはじじつなんですよね」
『ですから、そうならないために。あなた様が気分の優れない理由を、悩みを話して頂ければ、それを解消するための手伝いが出来るかもしれないと述べているのです。どうしてそこで「すいません」などという返答が出てくるのですか』
「……わたしなんかのために、メカノリモンにやらなくてもいいことをやらせてしまっているから……」
『以前にも述べましたが、あなた様という操縦者の支援を行うのが私の役割であり存在理由です。あなた様の悩みを解消することは、決して不必要なことではありません』
「……でも、メカノリモンをそうじゅうするのがわたしであるひつようはなかったはず。わたしじゃなくて、もっとそうじゅうがじょうずで、きんちょうやふあんもないようなだれかがいたら、あなたはそのだれかにそうじゅうしてもらえて……それで……」
それ以上の言葉を、0号は紡ぐことが出来ず。
メカノリモンもまた、0号の口から漏れた言葉こそが気分を優れなくしている悩みそのものである事を理解しても、返答となる文章を天蓋に描く事は出来なかった。
ガシャガシャと金属の足が音を鳴らす中、互いの間には暗い沈黙だけがあった。
0号はやがて自らの頬に押し当てていた右手で操縦桿を握りなおし、その意識を外の世界に向け直す。
だが、その表情は未だ悩みに暗くなったままで。
機体の胴部に備わっているメカノリモンの目もまた、不自然に揺れ動いていた。
そうして、何も解決しないまま時間ばかりが延々と過ぎ。
その時は、激しく鳴り響くエンジンの音と共に訪れた。