何事も無いままガードロモンやジャンクモン達による資源の回収が行われ、いつしか太陽が沈み始めた頃の事だった。
ぶおんぶおん、という機械の排気音染みた音が、遥か遠方より響きだしたのだ。
明らかに自然のそれでは起こりようの無い、それでいて確実に資源回収の現場に向かって近付いてくるそれを、小隊長であるメタルマメモンは敵が接近してくる前兆と受け取ったらしく、故にこそ無線を介して0号を含めた部隊員達に対して速やかな警鐘が鳴らされていた。
『――敵襲だ。排気音から察するにサイボーグ型、もしくはマシーン型のデジモンと推測される。各自、戦闘態勢に移行しろ――』
その警鐘が全員に行き届いた頃には、いっそ獣の鳴らす咆哮のそれを想起させるほどに大きく、そして近くにその排気音が迫り来ていて。
各々別の位置にて待機していた0号の操るメカノリモンやコマンドラモンは既に戦闘態勢を整え終えており、音源に向けてその視線を向けている一方、護衛対象であるデジモン達の内、元々資源の収拾などを主な機能とする種族であるジャンクモン達は車輪を回転させて一目散に逃げ出し、元々の主な役割が資源回収ではなく拠点などの防衛にこそあるガードロモン達はその場から立ち去る事なく、護衛のために出向いている一行と同じく戦闘態勢に移行していた。
事前の情報伝達も相まって形成された、大よそ無駄の無い布陣。
それを真っ向より切り裂かんとするが如き勢いで駆けてくる、彼等の敵の姿が各々の視界に入る。
その姿は、誰かが操縦し地を駆けるために作られた、バイクという乗り物に似ていて。
宿す彩りは赤に銀に黒に灰に取り取りで、二輪の体躯は機械と血肉の両方でもって形作られていた。
全身各部に鋭利な鉄の刃と銃口を宿したその種族の名はマッハモン――『メタルエンパイア』の管理する情報機関に曰く、近頃フォルダ大陸の平原地帯などで目撃されるようになった、サイボーグ型の成熟期デジモン。
その、恐ろしさを覚える速度で襲い掛かる二輪の暴走マシーンの群れに対し、ガードロモン達は両腕部より追尾機能を有した特殊弾頭――『デストラクショングレネード』を発射する。
不法侵入者を決して逃がさず破壊する――ことを求められ設計された武装。
一体一体から放たれたそれは、真正面から二輪を回し迫り来るマッハモン達に直撃し、炎と爆煙を撒き散らす。
だが、撒き散らされた炎と煙を引き裂くようにして、マッハモン達は構わず突撃してくる。
余程頑丈なのか、多少体に焦げ痕こそ見えるが、大してダメージを受けていない様子で。
ガードロモン達が止むを得ず両腕を構えた直後、当然の衝突があった。
ガジャッッッ!! と。
ガードロモンの前面装甲を、マッハモンの前輪に備えられた獣の爪の如き三本の刃が突き立てられる。
弾頭を想わせる恐るべき速度を伴って突き立てられた三本の刃は、分厚く堅牢なガードロモン達の装甲を紙のように破り、その奥にある動力の要に届くか届かないかといった所で止まっていた。
理由は単純。
ガードロモン達が、その両手でマッハモンの前輪の刃を掴み持ち上げ、それ以上の進行を抑えに掛かっていたからだ。
獣の爪によって腹を抉られているに等しいガードロモンの状態は、苦痛に声を上げて然るべきものなのかもしれないが、彼等はあくまでも血肉を有さぬ機械の種族――生き物の有する五感の概念は無いに等しく、体を抉られることで苦痛を覚えることも無ければ、動力源さえ無事であれば死を迎えることも無い存在だ。
故にこそ、彼等は痛みに判断を誤ることは無い。
マッハモンが咆哮を上げながら後輪を回し、前輪脇に備えられた銃口から銃弾を乱射する度にガードロモンの装甲各所が歪むが、ガードロモン達は決してマッハモン達の刃から手を離さない。
そして、直後に。
ドッ!! と太鼓でも打つかのような音が鳴ったかと思えば、マッハモンの頭部を覆う黒い装甲に握り拳大の弾丸が直撃し、瞬く間に穿っていた。
音源は、0号と同じくガードロモン達の護衛に就いている――現在は迷彩色の皮膚が有する機能でもって体色を景色と同化させている――二体のコマンドラモンの手にて携えられた、『メタルエンパイア』の技術によって作成されし狙撃銃――M82ランサー。
その一撃は鋼鉄を撃ち砕き、成長期のデジモンの攻撃と侮る事を許さない。
姿を大々的に曝け出している者が襲撃者の狙いを絞らせ、潜伏中のコマンドラモンが襲撃者の急所を狙撃する――それが有事の際の手筈になっていたのだ。
明らかに生体の部位を有するサイボーグ型のデジモンである以上、急所は基本的に頭部や胴部となる。
過程はどうあれ、動きが止まったのであれば撃ち抜く事は容易いもの。
狙撃手の存在に気付こうが、半ば透明になった姿の彼等を狙って攻撃を仕掛ける事は困難だ。
ガードロモン達がその身を損壊させながらも差し押さえた個体を、それぞれコマンドラモン達が急所に向けての『M82ランサー』の一撃でもって仕留めていく。
一方。
それぞれ姿形も何もかもが異なるデジモン達が各々の役割を果たす中、ガードロモン達と同じく姿を晒している関係から標的とされてしまったらしい0号――の操縦するメカノリモンはと言えば、身を盾として囮役を担っているガードロモン達とは異なり、いっそマッハモン達から逃れるように動き回っていた。
マッハモン達が大地を駆ける速度は尋常ではなく、それは少なくともメカノリモンを操縦する0号が見切れるようなものでは無かった。
反復横跳びにも似た挙動を促す0号の操縦の手は、殆ど反射的に動いていた。
少しでも攻撃を優先しようとすれば、メカノリモンに取り返しのつかない損壊を受けさせてしまうかもしれないと、危機感を覚えてしまったが故に。
「……っ……!!」
しかし、抱いた危機感は僅かな間を経て焦燥へと転じる。
メカノリモンへの損害を避けることを優先しようとすれば、ガードロモン達への損害が増す。
囮役を担ってくれている彼等は、同時に護衛対象でもある。
彼等の損害も減らすためには、必然的に危険な選択を妥協しなければならない。
メカノリモンや自分が壊されてしまうかもしれなくとも、ガードロモンやジャンクモン達の安全を確保するために、襲撃者たるマッハモン達の排除を優先しなければ、それは与えられた役割に背くことに他ならなくなる。
任務上、どちらの損壊を妥協するべきかは明白だった。
迷う暇など、戦場は与えてくれない。
やるべき事をやれ、優先すべき事柄を忘れるな――そう自身に言い聞かせる。
理解の出来ない、体の内側を何かが這い回るような気持ちの悪い感覚に困惑を覚えながら首を振り、その視線をマッハモン達へと向ける。
可能な限り個々の位置を確認してから、最も近い位置で排気音を鳴らし駆け回っている個体へと機体を振り向かせると、ちょうどその個体が真っ直ぐ迫り来るところだった。
操縦桿の上部に備えられたボタンを親指でもって押し、メカノリモンの胴部より奇妙な色彩を宿す光線『トゥインクルビーム』を発射させる。
突然の攻撃に反応出来なかったためか、あるいは自身の防御力を高く見積もっているのか、そもそも攻撃を回避しようという知能を宿してはいないのか、一息に襲い掛からんとしたマッハモンに『トゥインクルビーム』は命中した。
すると、突如としてマッハモンの排気音が止まり、車輪の回る速度も目に見えて遅くなっていく。
メカノリモンの胴部から放たれる『トゥインクルビーム』には命中した対象の体の自由を奪う効果が備わっており、それを真正面から受けてしまったマッハモンは自身の意思でもって体――即ち車輪を含む機構を機能させられなくなってしまったのだ。
あくまでも一時的な話ではあるが、スイッチを切ったに等しい状態になったことは事実。
慣性に従う形で何処か緩やかに直進してくるマッハモンを、その先端にある爪のような鉄の刃を、メカノリモンの三つ指の左手が掴み取る。
ほんの少しだけ後退りつつも大事無く受け止めきると、刃を掴んだ左手を動かし、マッハモンの体を目の前で横倒しの状態にする。
続けて、即座にその右手を削岩機のそれを思わせる勢いで回転させ、マッハモンの頭部へと叩き込む。
その一撃はいっそ突き砕くというより掘り穿つとでも言うべき破壊を齎し、マッハモンの頭部にあたる部位の原型を速やかに失わさせていた。
頭部を損壊させたマッハモンは一切動かなくなり、次の瞬間にその体は粒子となって散らばってしまう。
そして、散らばった粒子はメカノリモンの体に吸い込まれるように集っていき、やがて見えなくなった。
「…………」
それがデジモンの『死』を意味する現象であり、同時に『死』と共に伴う必然的な行為である事を、0号は知識として知っていた。
生命活動を維持出来なくなったデジモンは、その存在を維持出来なくなり数多のデータ塊となって散り果てるらしく。
こういった、結果として生じたデータの粒子を吸収――即ち、ロードする事によってデジモンは個としての力を高めていくらしい。
らしい、と他人行儀であるのは、実際に『死』を目撃することが初めてだったから。
やらなければならない事をやったという事は、理解している。
他に選択肢など無かったということも。
だが、その実感は同時に、自分やメカノリモンが何らかの要因で『死』を迎えてしまった場合、こうなるのだという事実を理解させるものでもあった。
この世界がそういうものであるからなのか、あるいはそういう存在であるからなのか。
何者であれ、死んでしまえば何も残らない。
最初から何も無かったとでも言うようにして世界に、あるいは誰かの一部として溶け込んで、誰にも見つけられなくなる。
身を挺して囮を担っているガードロモン達も、彼等の働きを最大源に活かし狙撃を慣行しているコマンドラモン達も、そして自分が操縦しているメカノリモンも。
そこまで考えてから、考えたくない、と半ば拒絶するように思考を中断した。
どうして思考を拒絶したくなったのか、その衝動の理由も解らぬまま、メカノリモンの操縦を続行する。
鋼鳴る戦いの状況は、概ね優勢と言って良いものになりつつあった。
ガードロモン達の献身も相まって、襲撃者であるマッハモン達は一体一体確実に撃破され、個体数を減らしていたからだ。
マッハモン達の襲撃を一身に受けているガードロモン達の損傷も決して軽いものではないように見えるが、事実としてどの個体も活動が可能な状態は維持しており、彼等は自らに襲い掛かっていたマッハモンの消滅を確認すると、また別のマッハモンに向けて攻撃を放っている。
一機の攻撃だけでは事足りなかった二輪の怪物も、二機以上からなる過剰な攻撃を、装甲に覆われていない部位も含めて受け続けた結果、損害の許容量を超えたのか爆煙と共にデータの塵となって散り消える。
襲撃者一体に対して攻撃に回ることの出来るデジモンの頭数が増えれば、それだけ撃破の確実性も増すのが必然。
0号もまた、メカノリモンを操縦してそんな彼等の援護を行い続けた。
一度傾いた戦局は変わりようもなく、交戦開始から二分も経った頃には既にその場よりマッハモンという種族の姿は消えていた。
周囲の景色から敵の姿が見えなくなったのを見て、囮となっていたガードロモン達の数が一機も減っていないのを確認して、0号は思わず安堵の息を漏らしていた。
(……よかった……)
完璧な形ではないかもしれないけど、やらなければならない事を――任務を果たすことが出来たのだと、そう感じられたから。
自分とメカノリモンがこの場にいたことに意味があったように、束の間だけでも思うことが出来たから。
そして何より――もう大丈夫なのだと自分自身に言い聞かせたかったから。
(……これで、あんしん……)
だから。
いっそ願い請うように、気を抜いてしまっていた。
敵の見えない景色の、その向こう側から聞こえる音の正体を知ろうともせずに。
直後に、結果がやってきた。
ドゴァッ!! という音と共に、視界に広がるジャンクの山が吹き飛ぶという形で。
上方に向かって大小異なる塊を成して散らばるそれは、雪崩にも等しい猛威として『メタルエンパイア』のデジモン達に向かって落ちてくる。
「――ッ!?」
ハッチ越しにも聞こえる凄まじい爆音に、嫌でも意識が覚めさせられた。
半ば反射的にメカノリモンを操縦――体を後方へと振り向かせ、背部のバーニアより火を噴かせることによって、機体がジャンクの山に呑まれぬよう退避していく。
同じ現場に居合わせているガードロモン達やコマンドラモン達のことを気に掛ける余地など無かった。
自分自身――というより、メカノリモンが押し潰されないようにするだけで精一杯だった。
ドドドドド!! と地を慣らしながら落下するジャンクの塊は、規模によっては凶器たりえるモノだったのだから。
吹き飛んだジャンクが全て地面に落ち、音が止んで、そうして数秒経ってから――0号はメカノリモンを再度振り向かせ、ジャンクの山が積み上がっていた景色を改めて見た。
そこには、夕日を背にして立つデジモンの姿があった。
下半身に車輪を、両腕に重機を備えた、緑色の肉体と燃え上がる炎が如き頭髪を有する継ぎ接ぎの怪物。
事前に蓄えられた知識と照らし合わせてみても、一致するシルエットが存在しない未知の種族。
恐らくは、襲撃者であるマッハモン達を率いていたリーダーと思わしき存在。
「――あの、デジモンは……?」
思わず疑問を漏らす0号だが、答えが返ってくることは無かった。
文字の羅列でもって操縦者の支援を行うはずのメカノリモンも、0号と同じく眼前の種族に関する情報を持っていないのか、文字の羅列でもってその詳細を述べることはしなかった。
代わりに、何よりも直視すべし事実を告げた。
『後退を推奨します』
「メカノリモン?」
『あの種族は初めて見ますが、体格から見て恐らくは完全体。先ほどのマッハモンとは比べるまでも無く高い性能を有しているはずです。私の性能では、単機での撃破は不可能。即刻退避し、部隊との合流を』
危機感を訴えかける文字の羅列の表示速度は、先の会話のそれよりも早いものだった。
急いでそう告げなければ、そして判断してもらわなければ、間に合わないとでも言うように。
個々のデジモンの進化段階は見た目で判断出来ないところもあるが、一定以上の体躯を有する個体は最低でも成熟期以上の世代に位置する種族であると大まかに判断出来る――と、自身の作成者たるナノモンも語っていた覚えがあった。
そうした話から考えても、メカノリモンの判断は間違いでは無いのだろうと0号も思う。
だが、ふとして周りの状況を見渡して――無視出来ないものを見つけた。
即刻退避すべきである事を察して尚、放置出来ないものを。
それは、メカノリモンを駆る0号と同じく大量のジャンクの山より逃れ、呑まれずに済んだらしい(鈍重な見た目とは裏腹に移動も素早い)ガードロモン達。
彼等はどうやら、全員共に眼前の継ぎ接ぎの怪物と交戦するつもりらしく、マッハモン達と相対した時から変わらずの戦闘態勢で身構えていた。
というか、今まさに両腕部より『デストラクショングレネード』を放つところだった。
発射された数多の榴弾は、いっそ吸い込まれるように継ぎ接ぎの怪物に向かっていき、そして起爆した。
炎が舞い、爆煙が継ぎ接ぎの怪物の姿を包み隠す。
ガードロモン達の一斉攻撃には、少なくともマッハモン一機を撃破するには過剰さえ呼べるだけの火力が内包されていた。
しかし、風と共に爆煙が過ぎ去って、そうして改めて曝け出された継ぎ接ぎの怪物の体躯には、損傷らしい損傷はおろか、火傷一つさえ見受けられなかった。
事実として、自身の受けた攻撃の威力が危機感を覚えるに及ばぬレベルのものであるのか、継ぎ接ぎの怪物は即座に動き出そうとはせず、標的としているらしい『メタルエンパイア』のデジモン達の位置を確認するように、その視線を右往左往させている。
恐らく確認が終わった時、継ぎ接ぎの怪物は標的と定めた者達に向かって襲い掛かることだろう。
そして、ガードロモン達はそんな継ぎ接ぎの怪物を前に撤退しようとはしないだろうし、何より継ぎ接ぎの怪物がガードロモン達のことを逃がそうとはしないだろうと0号は思った。
故に、0号はメカノリモンに対してこう問いを出した。
「……かれらは? ここでこうたいしたら、みんな……それに、かれらをごえいすることがこんかいのにんむで……」
『お待ちください。確かに任務の上ではそうですが、だからと言ってここで居座っても諸共に全滅させられる可能性の方が高いです。犠牲を少なくする意味でも、ここは後退するべきです』
「でも、やらないといけないこともやらずに、みんなこわされるとわかって、なにもしないでにげるなんて……」
『それは、そうですが――』
0号の言葉に、メカノリモンは回答を詰まらせた。
彼としても、この場でガードロモン達を見捨てる選択をすることが正しいことであると断言は出来ないのだろう。
そもそもの話として、0号が命じられた任務は資源回収部隊であるガードロモンやジャンクモン達の護衛であり、立場からして彼等の生存を最優先としなければならないのだから。
事実から言って、0号の判断もメカノリモンの判断も、その全てが間違っているわけでは無い。
ただ、完全な正解を選び取るには足りないものがあったというだけで。
そうして、彼等は決断を遅らせてしまった。
怪物と戦うか、怪物から逃げるか、そのどちらも選べぬままに。
生死に関わる分岐点とさえ呼べる数秒を、0号とメカノリモンは迷う事にしか使えなかった。
故に、それからの成り行きは必然であったとさえ言えた。
継ぎ接ぎの怪物の泳いでいた視線が、ふと0号の駆るメカノリモンを捉える。
ほんの三秒ほど、まるで品定めでもするように、その目が少しだけ細くなった。
機械に覆われた口元より、悦の混じった声が漏れた。
「――へぇ、なんか珍しいのがいるな」
その言葉に、その視線に。
0号は思わず、ぶるりと背筋を震わせた。
何がそうさせたのかは、解らない。
理解出来たのは、自分が継ぎ接ぎの怪物の言葉と視線に恐れを抱いたことぐらい。
そして、恐怖そのものの理由を知る間などあるわけも無かった。
まず最初に、いっそ爆発とさえ言えるほどの排気音があった。
音を認識したその時には既に継ぎ接ぎの怪物が圧倒的な加速を伴って動き始めており、その下半身にある車輪は大地を焦がすほどの回転を宿していた。
その進路の先にあるのは、先ほど『デストラクショングレネード』を放っていたガードロモン達。
一度0号とメカノリモンに興味を示すような反応を見せていながらも、結局は先んじて襲い掛かっていたマッハモン達と同じように、継ぎ接ぎの怪物の狙いもまたガードロモンなのか。
あるいは、単に自分に対して攻撃を行った者を優先して排除しようとしているのか。
どちらにせよ、無視するわけにはいかなかった。
即座に操縦を行い、メカノリモンの体を継ぎ接ぎの怪物とガードロモンの間へと向け、胴部のリニアレンズより『トゥインクルレーザー』を発射させる。
その性能上、命中さえすれば少しは動きの自由を奪うことが出来たかもしれないその一射は、しかし恐るべき速度で駆けていた継ぎ接ぎの怪物のすぐ後ろを通過するだけで、掠めることすらなかった。
そして、標的とされたガードロモン達の一部は背部のバーニアを稼動させ、それが当然のことであると言わんばかりに継ぎ接ぎの怪物に向かって突撃していった。
「――っ!!」
止められなければどうなるか、予想する事は容易かった。
それが果たされないようにと最善の手を打ったつもりだった。
だが、現実に望む結果が訪れることは無かった。
継ぎ接ぎの怪物が、重機を携えたその巨大な右腕を振り上げる。
メカノリモンに駆る0号の視線の先で、当然と言えば当然の結果が生じる。
「マキシマムデモリッシャー」
継ぎ接ぎの怪物がそう呟き、標的と定めたガードロモンの一体に重機を振り下ろす。
直後に、ガゴギャゴギャガガガガガッッッ!!!!! と。
重機と装甲の擦れ合う耳障り極まった音が辺りに響き渡り、継ぎ接ぎの怪物と相対したガードロモンの機械の体が瞬く間に頭から潰され刻まれていく。
鮮血の代わりに火花と機械油を盛大に撒き散らし、そうして一機のガードロモンは文字通り粉砕された。
その存在を構成していた装甲の破片や内部機構といったモノが宙を舞い、その全てはすぐさまデータの粒子となって継ぎ接ぎの怪物の体に吸い込まれていく。
ロード。
生命を維持出来なくなり、その存在をデータの粒子として還元されたデジモンを糧とする行為。
先の戦闘において、マッハモンの『死』を通じて0号はそれを既に目の当たりにしていた。
それが、デジモンという存在が生きる上で当たり前に有り得るものである事も、理解はしているつもりだった。
だが、同じ現象であるはずなのに、感じるものは何もかもが異なっていた。
任務上護らなければならない存在が、自分の身の危険も顧みずに立ち向かっていった存在が、呆気なく破壊され継ぎ接ぎの怪物の存在を構築する一部と成り果てたその事実に、0号は自分の中の何かに痛みを発する感覚を覚えていた。
襲撃者であるマッハモン達が『死』を迎えた時よりも、それは鋭く苦しみを覚えるものだった。
そして、そうした感傷に浸る事が許される時間などあるわけも無く。
――同じような光景が、二度三度と繰り返されてしまう。
こちらでは新年あけましておめでとうございます、そんなわけで夏P(ナッピー)です。
最初に始まったナノモンの独白から愛など知らぬと言いながらお前誰よりも人間らしいぜと思いましたがそっから出番無くて泣いた。無念!! 前編に引き続いた後編で0号という凶悪な呼び名が与えられたので、てっきり綾波レイや御坂妹ばりに文字通り私が死んでも代わりはいるものと次々と死んで次の第〇号が出てくるのかと戦慄しましたが純愛だった……私の心が穢れていたんだ。
ナノモンもそうでしたが、メカノリモンも話してみれば割と人間臭い奴で、そう考えると最初からこうなることは決まっていたとも言えるか。メタルエンパイアの矛盾と歪みを突くなど印象的な言動を持ちながらも、いやリベリモンお前そこはサクッとやられないんかい!
デジモン化じゃなくて逆に人造人間作成ってすげー発想だ……と打ち震えましたが、最後はとても爽やかなもので。しかしこれ、0号ちゃんはメカノリモンと出会えたからいいけれど、他にも人造(いやデジモン造)人間を生み出し続けたら、恐怖と自己存在理由に揺れた0号ちゃんみたいな感じだけでは終わらず、自意識が暴走して敵に回る奴も出てくるよな……そいつ絶対リベリモンと結託するぜ!(確信)
ではこの辺りで感想とさせて頂きます。
今回は、締め切りから遅れこそすれそもそもが思い付きのようなそれに参加していただきありがとうございました。
0号とナイトモン、共に自我を持つ運用を想定されていなかったのに、自我を持ってしまい、それまでの世界に疑問を持ってしまうに至る。二人だけの世界って感じでとてもよかったです。
展開の持って行き方はいつものユキさんの熱い感じで、非合理的な行動をとりだしてしまってどんどん追い詰められていくところとかぞくぞくしました。
改めて、今回は参加して頂いてありがとうございました。
直後に、車輪が大地を擦る音が後方より聞こえ出した。
継ぎ接ぎの怪物が、メカノリモンとの別れの時が、こちらに向かって近付いてきているだのと知る。
『お急ぎを。もう時間はありません』
メカノリモンの言葉の通りであれば、ハッチの外に出て逃げさえすれば助かることは出来る。
必ずそうだとは断言出来ずとも、可能性自体は確かに存在している。
自分の事を不要なものと思わないでくれたメカノリモンの思いに応えるならば、きっと言う通りに逃げ出すのが正しい行動だとも思う。
だが。
「ごめんなさい」
それでも、0号は操縦席から降りようとはしなかった。
叱り付けるかのような電子音と共に、メカノリモンの言葉がモニターに記された。
『何故行かないのですか』
本当に、その通りだとも思う。
せっかく生き残れる可能性を提案してもらえたのに、それを実行しようともしない。
そんな選択に対して、真っ当な理由なんてきっと存在しない。
それでも――0号はメカノリモンの言葉に対し、こう答えていた。
「……わたしも、あなたにいなくなってほしくないんです……」
どうしようも無い願いだった。
現実に叶えられるわけが無い、儚き望みでしかなかった。
だけど、それでも0号は強く思ってしまった。
自分の存在を認めてくれたこのデジモンに、死んでほしくない。
見捨てることが正しい選択だとしても、見捨てたくない。
自分が無意味に『死』を迎えてしまうかもしれなくとも、離れたくない。
ずっとずっと、一緒にいたいと。
だが、どれだけ願っても状況は変わってくれない。
誰の助けが来る間も無く、継ぎ接ぎの怪物の車輪の音は、メカノリモンとその操縦席に収まった0号の近くにまで到達して。
ガードロモン達を一撃で粉砕した凶器たる右腕の重機が、無言のままに振り上げられる。
継ぎ接ぎの怪物からすれば、メカノリモンという存在は結局のところ珍しいだけのモノでしか無く、他の『メタルエンパイア』のデジモン達と同じく獲物でしか無いのだから当然と言えば当然だ。
仮に外部からハッチの内部を覗き見ることが出来て、0号の存在を認知したとしても、メカノリモンをロードするという行動が変わることはなかったのもしれない。
眼前の獲物を、自らの力を高めるために喰らう。
ただそれだけのために振り上げられた重機は、軽々とした調子で振り下ろされて。
その直前、
――いっしょに、いたい――。
0号はただただ願っていた。
変わらない現実を前に、叶うわけもない未来を望み続けた。
背後から迫る『死』になど目もくれず。
メカノリモンと、自分を認めてくれた存在と、別れたくなんてないと。
ただ、一心で。
だから。
まさしく、継ぎ接ぎの怪物が重機を振り下ろさんとした直後に、それは起きた。
突如として、メカノリモンの体が眩い輝きを発しだしたのだ。
「――うおっ!?」
視界いっぱいに広がる閃光に継ぎ接ぎの怪物は目を眩ませられ、次いでその巨体を弾き飛ばされる。
それは、まるで爆弾が起爆したかのような、物理的な圧を伴った現象だった。
思いもしない出来事に横転しそうになりつつも、継ぎ接ぎの怪物は体勢を維持しつつ予想外の光景に目を向ける。
気付けば、爆発的な広がりを見せていたはずの眩い輝きは、一個の繭のようなものを形作っていた。
そして、それはほんの僅かな時間の経過と共にほどけて、空気へ溶けるように消えていく。
後に残ったものを、継ぎ接ぎの怪物は凝視する。
光の繭が解けた場所。
そこに、メカノリモンの姿は存在しなかった。
代わりに、在ったのは。
重厚なる鋼鉄の甲冑でもって全身を武装させた騎士の姿。
その存在は、両腕で銀の髪を生やした人型の生き物を抱き抱えていた。
抱き抱えられたその存在は、間違い無くメカノリモンの操縦者であるはずの存在――0号だった。
即ち、突如として光の繭の中より現れたデジモンは、メカノリモンとしてこの場に在った者に他ならず。
0号は、思わずといった調子で問いかけていた。
「メカ、ノリモン……?」
「……色々と、不思議なこともあるものですね」
何処か呆れたような、それでいて微笑んでいるかのような声があった。
0号にとってそれは、初めて聞くものでありながら、自然と安心を覚えるものだった。
姿形が変わっても――それが『同じ』存在であると、理解出来たが故に。
そんな光景を目の当たりにしても、継ぎ接ぎの怪物はお構い無しだった。
目の前に現れた騎士が、メカノリモンというデジモンが進化を果たした事で出でた存在である事は理解出来ている。
恐らくは自分やメタルマメモンと同じ、完全体のデジモンだとも。
むしろ、だからこそ遠慮などする理由は無かった。
継ぎ接ぎの怪物から見れば、騎士は誰かを抱き抱えた状態――つまり両腕が塞がったまま、背中を向けた姿を晒している状態にあるのだから。
この場は戦場。
討たれる理由を作る方が悪い。
継ぎ接ぎの怪物は躊躇も温情も何も無く、右腕の重機を振り上げる。
下半身の車輪が再度高速で回りだし、巨駆が騎士の背中へと迫り来て、凶器を振り下ろす。
だが、高速で回転する刃を備えた重機が騎士の頭部を削り潰す事はなかった。
凶器が振り下ろされる直前、騎士は0号を右腕のみで改めて抱き留めながら、背中に携えられた大盾を空いた左腕にて構えさせて振り返り、継ぎ接ぎの怪物の重機を確かに受け止めていたからだ。
ジャジャジャジャジャジャジャジャ!! と。
金属同士が擦れ合い、壮絶な摩擦音と共に火花を散らす。
重機はその重量でもって、大盾とそれを携えた騎士の左腕を圧さんとする。
だが、惨劇は何一つとして起こらない。
大盾が削り断たれることはおろか、火花が0号の体に当たることも無く。
左腕と両の足の力でもって地に踏ん張る騎士の体が、重機の重みに押し潰されることも無い。
むしろ、重機に備えられた丸鋸の刃の方こそが、大盾の堅牢さにその鋭さを殺されかかっている始末だった。
「何……!?」
その光景に、継ぎ接ぎの怪物は驚きを隠せなかった。
ただの成熟期デジモンが進化したばかりの存在であるはずだと。
完全体になって日も浅くは無い自分よりも、力で上回る道理が理解出来ないと。
騎士当人もまた、自らがここまでの力を発揮出来ている事は予想外の事でしかなかった。
だが、構わないと思った。
何が切っ掛けで得られたのかも、何を由来としたのかも、何もかもが解らぬ力であっても。
この手で用いることで、この腕に抱く大切な存在を護れるのなら。
それ以上の答えなど何も要らない、と。
騎士は傍らの0号に向けて、静かに告げた。
「あなた様」
「……メカ、ノリモン……」
「どうか、私の後ろに」
「…………」
「大丈夫ですよ。独りになどさせませんので」
その言葉を聞いて、0号はゆっくりと騎士の後方へと移動する。
それを確認した騎士は、浅く息を吐いて。
そして、吠えた。
「――ハアッ!!」
「っおぁ!?」
左腕で構えた大盾を自らの右手で殴りつけ、一息に重機の重みを押し返す。
左腕の力だけで拮抗に近しい状態を維持していた力勝負の優劣は、右腕の力が加わったことによって容易く騎士に傾いた。
大盾に右腕の重機を弾かれた継ぎ接ぎの怪物は僅かに体勢をよろめかせ、その隙を突くように騎士は継ぎ接ぎの怪物の懐に飛び込んでいく。
右腰に備えられた長剣を右の逆手で引き抜き、その緑色の肉体の胴部目掛けて突き立てに掛かる。
まさにその直前、ギリギリのタイミングで継ぎ接ぎの怪物は左腕のショベルにも似た重機を構え、盾として用いることで致命的な一撃を防ぐことに成功した。
が、騎士の剣は重機の堅さを諸ともせず、継ぎ接ぎの怪物の胴部に浅く突き刺さっていた。
継ぎ接ぎの怪物の鋼鉄に覆われた口元から、僅かに苦悶の声が漏れる。
反撃と言わんばかりに右腕の重機が間接部ごと動き、騎士の鎧を削りに掛かろうとしたが、それよりも早く騎士は剣を突き立てた左腕の重機を右脚で蹴り、その反動でもって右腕の重機の間合いから離れていく。
結果的に仕切り直しの形になった騎士と継ぎ接ぎの怪物は互いに視線を交わし、武器を構える。
騎士はその背に携えた巨大な剣を、継ぎ接ぎの怪物は両腕の特徴異なる重機を。
僅かな間、様子見の時間があった。
互いに互いの武力を、それぞれ理由こそ異なれど警戒していたが故の静寂。
どちらかが凶器を振るえば、応じるように片方も凶器を振るい、相手に『死』を与えるために全力を尽くす局面。
その最中、継ぎ接ぎの怪物は突然騎士に向けて問いを飛ばしていた。
「……お前、進化して自我を手に入れたのか?」
「だとしたら何か?」
「いや、珍しいなと思っただけだ。基本的に『メタルエンパイア』で生まれたマシーン型デジモンは、与えられた役割に添うだけで思考も何も何も無かったはずだからな」
これまでの行いから考えると、珍しい行いではあった。
あるいは、問いを出す程度には騎士の存在に興味を持ったのか。
何処か憐れむような声色で、継ぎ接ぎの怪物は敵対者である騎士にこう告げた。
「だが、だとしたらお前はこれから苦労するだろうな。自我を、疑問や望みを覚えるような思考を手に入れてしまった以上、そういう不確定要素を究極的には嫌っている『メタルエンパイア』は、居場所としては苦しいものになる」
「……知ったような事を言うものですね」
「事実、知っているからさ。……先駆者として聞いておくが、お前は自分が『メタルエンパイア』にとって不要のものとされた場合、どうやって生きていくつもりだ?」
「その時になってみない限り、結論なんて出せませんよ」
ただ、と相槌を打って。
騎士は、自らの思いを口にした。
「私には、共に在りたいと思うお方がいる」
「……へぇ?」
「その方が私の事を必要としてくれる限り、私は生きていけます。だから、あなたがその事について考える必要は無い」
「『メタルエンパイア』を敵に回す形になってもか?」
「たとえ世界の全てと戦ってでも、私は別離など認めない」
「…………」
騎士の回答を、継ぎ接ぎの怪物は鼻で笑った。
直後、彼は一度だけ騎士の背後に立つ0号の姿を見た後、下半身の車輪を再度稼動させながらこう言った。
「流石に完全体を二体同時は厳しい。今回はここで退かせてもらう」
「色々壊しておいて勝手なものですね。死ねば良いのに」
「そう思うのなら、次にまた会えるよう頑張って生き抜くことだな」
勝手な言葉を並べてから、継ぎ接ぎの怪物は耳障りな廃棄音と共に車輪を走らせ、その場から去っていく。
騎士は警戒心をもってその背を睨み続け、姿が見えなくなってからその手に持った大きな剣と盾を背に収める。
その視線を、継ぎ接ぎの怪物の走り去った方向とは別の方へと向ける。
見れば、継ぎ接ぎの怪物を追撃しようとメタルマメモンや(体の各所にやけどの痕が見える)コマンドラモン達が走って来ていた。
完全体を二体同時は厳しい――そう告げていた辺り、どうやら継ぎ接ぎの怪物は彼等の存在に気が付いていたらしい。
騎士と0号のすぐ傍にまでやって来たメタルマメモンは、騎士に対して当たり前の問いを出す。
「ヤツは?」
「逃げました」
「そうか」
これからも障害となりえる存在を取り逃した。
その事実があって尚、メタルマメモンの反応はあっさりとしたものだった。
元々、今回の任務の目的は資源回収部隊であるジャンクモンやガードロモン達の護衛にあるため、敵対勢力を取り逃したとしてもそれは任務の失敗とは扱われないから、かもしれない。
尤も、護衛対象のガードロモン達も何体かは継ぎ接ぎの怪物によって破壊され、ロードされたのだから任務は成功したとも言い難いのだが。
「では、一度退くとしよう。またヤツが戻って来てしまう可能性もあることだしな」
離反者である継ぎ接ぎの怪物は、後々詳細な情報と共に識別名を加えられるようになるだろうが、それはあくまでも別の誰かが勝手に進める話でしかない。
今は、もっと別にやるべき事がある。
主にコマンドラモン達が疲れきった表情を浮かべて、メタルマメモンや生存したガードロモン達と共にロコモンの待つ場へと戻っていく中、騎士は0号と向き合っていた。
「……メカノリモン……」
「ナイトモン。これからはそうお呼びください」
怪物はいなくなった。
一時的な話だとしても、そうして救われたものがあった。
であれば騎士には、欠かせない役割と報酬がある。
「これからも、いっしょにいてくれますか?」
「いつまでも」
彼等の物語はこれからも続く。
あるいは苦難と共に、あるいは悲愴と共に、されど何処までも共に。
0号がメカノリモンの体を動かし、狙いを絞って『トゥインクルビーム』を放とうとする間にも状況は動いているのだ。
数秒経つごとに継ぎ接ぎの怪物は凶器の右腕を振るい、ガードロモンを粉砕し、その度に散らばったガードロモンの成り果てを吸収していく。
本来冷静に行うべき操縦は、焦燥のままに行われた。
とにかくその動きを食い止めたい一心で機体を動かし、強引に狙いをつけながら『トゥインクルビーム』を発射していく。
どうして、結果的に動作を伴って放たれた光線は鞭のように曲がり、継ぎ接ぎの怪物の体に命中する。
だが、完全体のデジモン相手では効き目が薄いのか、数秒の間だけ動作が固くなった程度で、継ぎ接ぎの怪物の動作そのものから特別自由が失われている様子は無く。
合間合間に、どうやらガードロモン達と同じくジャンクの山に呑まれずに済んでいたらしいコマンドラモン達が『M82ランサー』を用いて狙撃を行ってくれているようだが、当たり所の関係かあるいは単純に生身の部分も機械の部分も頑丈なのか、命中した弾丸が継ぎ接ぎの怪物の体に損害らしい損害を与えることは無かった。
榴弾も弾丸も光線も通用しない。
0号達がマッハモンと交戦している間に別の場所で撃破されてしまったのか、部隊長であるメタルマメモンの姿が見えない今、残された攻撃手段はメカノリモンのコークスクリューパンチぐらいだが、粉砕されたガードロモンの事を思うと拳の間合いに入り込む間もなくスクラップにされることは明らかだ。
成す術が無い、とは正にこの事かもしれない。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
このまま継ぎ接ぎの怪物を野放しにしていたら、どんどん犠牲が増えていく事は明らかだったから。
だが――突如として、メカノリモンのリニアレンズから『トゥインクルビーム』が発射されなくなった事で、焦燥は更に加速する。
異変の理由を、即座に看破したがために。
(オーバーヒート……っ!?)
メカノリモンというデジモンは、現代のマシーン型デジモンと比較しても未完成、もしくは欠陥品と言われる程度には脆弱な内部構造を有しており、それ故に酷使と呼べるレベルで武装やバーニアを稼動させると、動力源たる電脳核――デジコアがオーバーヒートを起こし機能不全を起こしてしまう。
焦燥のままに『トゥインクルビーム』を間髪入れずに連射させた結果、メカノリモンの電脳核には強い負担が掛かってしまっていたのだ。
あるいは、オーバーヒートの予兆を真っ先に知覚していたであろうメカノリモンが天蓋に描いた警告の意味を含んだ文字を読み解き、武装の過剰な使用を自重することが出来ていれば、オーバーヒートを起こす手前で『トゥインクルビーム』の使用を止めることが出来ていたかもしれないが、目に映った惨状を前に0号は焦燥に駆られ、結果として冷静な判断が出来なかった。
時間経過によって内部機構から熱が抜け出ていかない限り、メカノリモンはマトモに機能を発揮することが出来ない。
継ぎ接ぎの怪物によって行われる蹂躙を前に、介入することはおろか十全に逃げの一手を取ることも出来ない。
やらなければならないとされた事を、何もすることが出来ない。
「……あ……」
どうすれば良いのかと、思考を巡らせる。
だが思考は望む答えを得ることなく空回りするばかりで、その目はただただ無慈悲な現実を映すだけ。
気付いた時には、両手の指の数以上には存在していたはずのガードロモン達は、その半数以上を破壊され、継ぎ接ぎの怪物に吸収されていた。
「――――」
残る個体は、堅実に追尾性の榴弾で損害を与えようとしていた事で、継ぎ接ぎの怪物と間合いを離していた4体ほど。
だが、継ぎ接ぎの怪物の性能を考えると、これ等が粉砕されるのに10秒も掛からないことは明らかだ。
そして、それを止めたいと思っても0号に出来ることは何も無い。
本当に、何も。
その事実に、操縦桿を握る手が、勝手に震えを発していた。
息を吸って吐く感覚が、不必要に狭まっていた。
そんな0号に対して、メカノリモンもまた何の言葉も告げられずにいた。
何も出来ず、ただ自らの『死』が近付いていくのを感じて。
そうして、突如として聞き覚えのある声が奔った。
「エネルギーボムッ!!」
ズヴァチィ!! と大気の弾ける音が響いたと思えば、灼熱の炎を想わせる赤色の弾が真っ直ぐな軌道でもって継ぎ接ぎの怪物の背中に直撃し、同色の爆発を巻き起こしていた。
0号は思わずといった調子で、声のした方へと視線を向ける。
視線の先――継ぎ接ぎの怪物が0号達にその姿を現した位置に存在していたのは、丸い体と左腕の大砲が特徴的なサイボーグ型完全体デジモン――0号やコマンドラモン達が配属されている部隊の隊長であるメタルマメモン。
流石に同じ進化の段階に位置するデジモンの攻撃は何のダメージも無いわけでは無いらしく、継ぎ接ぎの怪物の口から「ぐぅっ」と苦悶の声が漏れていた。
継ぎ接ぎの怪物はその視線を素早くメタルマメモンの方へと移し、鬱陶しげに悪態を吐く。
「――チッ、もう追い着いて来るとは。流石に完全体なだけはあるか」
どうやら継ぎ接ぎの怪物の襲撃によって撃破されてしまったわけでは無かったらしい。
完全体のデジモンに対抗するに足る戦力の合流が間に合った、という事実に0号の表情は思わず緩みそうになった。
きっと大丈夫だと、もう打つ手が無いという事は無いと。
だが、そんな心情を断ち切るように、怪訝さを隠さぬ声色でもってメタルマメモンは継ぎ接ぎの怪物に向けて問いを放つ。
「そういう貴様こそ何者だ? そのよく回る口といい、私のことを一目で完全体と理解した事といい、ただ此処を縄張りとしただけの野生の個体というわけでもあるまい。そもそも明らかに別の……この廃都を見渡せる場所から、我々の活動とその規模を理解した上で襲撃しに来ていたわけだしな」
「今のご時勢、強くなければ生きてられないだろう? 恰好の獲物と呼べる奴等が見えてしまったんだ。そりゃあロードしに来て然るべきだろうよ。たとえ、それが『メタルエンパイア』の使い走りだろうとな」
「……我々が『メタルエンパイア』である事を知っている、とまできたか。……他勢力の遊撃部隊かとも疑ったが、なるほど。そういう話であれば納得だ」
「何が納得したんだ?」
「貴様、元は『メタルエンパイア』所属の裏切り者だろう」
「――え?」
メタルマメモンが確信を伴って漏らしたその言葉は、0号に疑問交じりの声を漏らさせるに足るものだった。
裏切り者。
その言葉が意味する事を知らないほど、0号は無知ではない。
メタルマメモンの推測が当たっているとすれば、あの継ぎ接ぎの怪物は元々『メタルエンパイア』に属していたデジモンであり、同じ所属にあるガードロモンやコマンドラモン達、そしてそれ等と行動を共にしている0号とメカノリモンの敵とはならない存在であったという事になる。
そんな存在が、何故襲い掛かって来ているのか。
メカノリモンもまた、文字を描いて疑問に答えようとはしない。
あるいは、彼としても裏切り者の存在は予想外の事なのかもしれない。
メタルマメモンの言葉に対し、継ぎ接ぎの怪物は特に調子を変えることも無く返答する。
「裏切り者、か。まぁ俺が元はお前達と同じ『メタルエンパイア』だった事は否定しないが、随分酷い言いようじゃないか?」
「現在進行形で元同胞を喰い散らかしておいて酷いも何もあるか」
「壊されたら壊された分だけ、また作るんだろう? そして同じ事をさせる。別の誰かがやっても構わない、それが本当に価値あるものなのかさえ定かじゃない雑務をな」
言いながら、継ぎ接ぎの怪物は左腕の――右腕のそれと比べると若干小振りな――重機を、メタルマメモンに向ける。
何処かシャベルのようにも見える左腕の重機は、次の瞬間に機械的な音を鳴らすと共に内側から外側へと開き、その先に二門の砲と思わしきモノが見えた。
恐らくは継ぎ接ぎの怪物が有する、もう一つの武装。
構える挙動に躊躇は無く、明確に元は所属を同じくしていた存在を破壊しロードしようとしているその理由も何もかもが、0号には何も解らない。
ただ、継ぎ接ぎの怪物は淡々とした様子で告げた。
必殺の言葉を。
「ヴァンキッシュミサイル」
直後の事だった。
左腕の重機から、いったい何処に格納されていたのかと疑わんばかりの大量のミサイルがメタルマメモンに向けて射出された。
当然のようにメタルマメモンはそれを真横に跳躍して回避をしたが、その動きに合わせるように継ぎ接ぎの怪物もまたミサイルを連射させ続けている左腕を動かし、更には下半身の車輪を傾けさせた状態で回転させる事によって小回りを行い、事実上前後左右全てに対するミサイルの連射を実現させていた。
誰に当たるかどうかなど微塵も考えない無差別爆撃。
その射線上には当然、僅かに生存していたガードロモン達と、潜伏中のコマンドラモン達と、そして0号の駆るメカノリモンもまた存在していて。
「!!」
『後退を――』
0号は即座に操縦を再開し、メカノリモンを後方へと振り返らせ、そして駆け出そうとした。
だが、オーバーヒートを起こして間も無い機体の動きは重く鈍く、継ぎ接ぎの怪物の左腕から放たれたミサイルの飛翔はその何倍も増して早く。
当然のように、ミサイルはメカノリモンの体の各部位に向かって当たり――起爆する。
爆発の衝撃に叩かれた機体は面白いように吹き飛び、黒煙の尾を引きながら二転三転と転がっていき、やがてうつ伏せの姿勢になって倒れ伏す。
黒煙を吐き出す機体の状態は、惨たらしいものだった。
背部に存在していたバーニアは丸ごと抉られるようにして無くなっていて、姿勢制御のために存在する両足の内の右脚は色取り取りのケーブルで織り成された内部機構を露出させてしまっており、左腕に至っては接合部のパイプが溶けかけることで中間から千切れかかってしまっている。
不幸中の幸いがあるとすれば、爆発に巻き込まれそうになりつつも、結果として0号の収まっている操縦席を覆うハッチは亀裂が走る程度で済んでいたことか。
だが、それを差し引いたとして――事実として活動不能と呼称して違い無い壊されぶりである事は確かだった。
二転三転する機体に振り回された拍子に顔面を強打したのか、顔面から赤黒い液体を溢す0号の意識は朦朧としていて、現実をうまく認識出来ずにいた。
「……う、ぅ……」
顔が痛い。
視界が赤色に歪んで痛い。
体の外側も内側も痛くて仕方が無い。
望んでもいないのに目から水が漏れ出てしまう。
そんな場合じゃないのに。
やらなければならない事があるはずなのに。
継ぎ接ぎの怪物が漏らした言葉が、何故か頭の中で反響する。
『壊されたら壊された分だけ、また作るんだろう?』
自分自身、理解している事だった。
理解して、納得していたつもりの事だった。
『そして同じ事をさせる。別の誰かがやっても構わない、それが本当に価値あるものなのかさえ定かじゃない雑務をな』
なのに、その言葉を受けた時、0号は自分の内の何かが痛む感覚を覚えてしまった。
同じような痛みを感じた事が過去にもあった。
以前はその理由が何も解らなかったが、元は自分と同じく『メタルエンパイア』に所属していたらしい継ぎ接ぎの怪物の言葉を聞いた所為か、あるいは戦闘が行われる前にメカノリモンと言葉を交えた影響か、なんとなく痛みの正体が理解出来てしまう。
痛みの正体は、自分という存在の必要性――それに対する疑問そのものだった。
本当に、自分という存在はここにいなければならなかったのか。
不出来でも頑張って、メカノリモンを操縦して戦って、今もこうして感じている痛みと恐怖を許容しなければならない理由が、そもそも存在したのか。
もし自分とは異なる、自分よりも優秀な誰かが自分の役割を代わりに担ってくれたなら、もしかしたら現実に犠牲となってしまったガードロモン達は誰も犠牲にならずに済んだのではないか。
自分という存在が生まれて、結果として今の役割を担うことになった所為で、ガードロモン達だけではなくメカノリモンだって『死』を迎えそうになっているのではないか。
誰かが『死』を迎える原因を作っておいて、自分勝手に苦しむだけなら。
自分という存在は、生まれなくても良かった――いや、生まれるべきではなかったのではないか。
誰かがそう告げたわけではないのに、そう考えてしまう思考が止まらない。
目元から透明な液体が漏れるのが止まらない。
もう何も解らない。
「……ぁ、ぅ……」
機体の状態だけは、操縦席に内臓されたモニターを見て理解出来ていた。
継ぎ接ぎの怪物が『メタルエンパイア』のデジモン達の中で誰を優先して狙うのかは知らないが、目的が『メタルエンパイア』のデジモン達のロードである以上、まず確実にそれが出来る相手を優先して狙うことだろう。
つまり、メタルマメモンやコマンドラモン、そしてガードロモン達が武力でもってその活動を抑制し切れなかった場合、機体を大きく損傷させ身動きも取れなくなったメカノリモンがまず最初に狙われることになるということだ。
自分という存在がどうなろうと構わないが、せめて自分の所為で『死』を迎えそうになっているメカノリモンの事は生存させてあげたい――そう思っても、0号の手には機械を修理したりするための技術も道具も力も無い。
仮に有ったとしても、時間が圧倒的に足りない。
「……ごめん、なさい……」
だから、もう0号にはただ俯いて言葉を漏らす以外に出来ることは無かった。
確実に近付いてくる『死』の予感を前に、0号は最早何もかもを諦めるしか無かった。
が、突如として。
まるで、0号の言葉を遮るようにして、ひび割れたハッチに遮られた操縦席の中に、一つの電子音が鳴った。
叫びのようにも聞こえたそれに、0号はその顔を上げる。
見れば、機体の状態を示すモニターの上に文章が描かれていた。
操縦席を覆うハッチだけではなくモニターの方にもまた、メカノリモンが操縦者との対話を行うための文字を表記させる機能が備わっていたらしい。
顔を赤く濡らした作り物の存在に対し、メカノリモンは文章でもってこう告げた。
『逃げてください。私の武装では、あのデジモンに対抗出来ません』
その文章を見て、0号はメカノリモンが死にたくないと思っているのだと思った。
暗に、自身の提言を聞かずに後退せずにいた0号を非難しているようにも。
「……わかってるんです。でも、もう……あなたをうごかすことも、なおすことも、わたしには……」
だから、当たり前のように0号はそう事実を告げるしか無かった。
謝ること以外に何も出来ないと、そう思っていたから。
なのに。
直後にメカノリモンは、再度の電子音と共にこう訴えかけてきた。
『私の事は構いません。ハッチの外に出てください』
「……え?」
『あのデジモンの狙いはあくまでもデジモン。詳しくは存じませんが、デジモンとは異なる存在として作られたあなたであれば、あるいは狙われない可能性がある。私を放棄することが、この場における最適解です』
思わず、疑問の声が漏れた。
メカノリモンは、自分を操縦して逃げろと言っているのではなかった。
自分を見捨てて、継ぎ接ぎの怪物から逃げて。
0号だけでも生存してほしいと、そう告げていたのだ。
訳が解らなかった。
自分の存在が原因で『死』を迎えようとしているメカノリモンが、いっそいない方が良かったとさえ言える自分の安否を優先しようとしている事が。
胸の鼓動が、不快さを覚えるほどに速度を増す。
諦めと共に目を背けていた恐怖が、その息を吹き返す。
「……だめ……そんなこと……!! わたしがそうじゅうしないとうごけないことはわかってるんでしょう!?」
『それ以外にあなたが生存出来る方法はありません。このまま共に破壊されるぐらいなら、せめてあなた様はあなた様が生き残れる可能性のある選択をした方が良い』
自分が『死』を迎えたとしても、問題は無いだろうと想っていた。
所詮、自分という存在はいくらでも代えの利くものである事を知っているから。
仮に自分という1つの存在がこの戦場で破壊されたとしても、自分という存在は必要とされればボタン一つでいくらでも作り直すことが出来る事を、知っているから。
必要とされなくなれば、いっその事その五体を分解して別の何かを生み出すことに使った方が有意義であるとされる程度のモノであると、失われたところで大して問題にはならないものであると、そう理解しているから。
だけど。
いくらでも代えの利く、そうでなくとも何の役にも立てない不要な存在である自分のために、別の誰かにこれからも求められる余地のあるメカノリモンが犠牲になってしまうなんてことは。
この場所に置き去りにされて、継ぎ接ぎの怪物に壊されロードされてしまうなんてことは。
それは。
「わたしは……わたしはどうなってもいいんです!! ここにあなたをおいていくなんて、そうしてわたしがたすかるなんて、そんなことまちがってる!! わたしなんて、いなくたってだれもこまらない。だけどあなたは、べつのだれかのやくにたてる。ひつようとされるはず。わたしなんかよりもずっと!!」
言葉に間違いは無いはずだ。
判断に間違いは無いはずだ。
論理に間違いは無いはずだ。
正しい事を言葉にしている。
正しい判断で行動しようとしている。
正しい論理に則って思考している、はずなのに。
『そんなことはありませんよ』
メカノリモンから返ってきた言葉は。
0号の信じていた暗い正しさを、否定するものだった。
『少なくとも私は、あなた様がいてくれて良かったと思っています』
「……どう、して……」
『本来の目的はどうあれ、あなた様の存在があったから、今の時代に不要のものでしかなくなっていた私はまた必要とされた。あなた様が生まれてこなければ、私はただ倉庫の中でホコリを被って、解体される日を待つ以外のことは出来なかったでしょう』
「……でも、あなたにのるのがわたしであるひつようはなかったんですよね……?」
『そうかもしれません。結局、私は誰かに操縦してもらう事でしか動くことが出来ないデジモンですからね。あなた様以外の誰かが私を必要としていたら、操縦者が変わっていた可能性だって、あったかもしれません』
「それ、なら」
『それでも。私の事をただの乗り物としてではなく、一体のデジモンとして扱ってくれたのは、あなた様だけだったのです。だから――』
そうして、0号は目の当たりにした。
乗り物としてこの世界に存在を与えられた者の、一つの告白を。
『あなた様があなた様を不要と思っても。誰かが不要としても。取り巻く世界が不要と言っても――私は、あなた様のことを決して不要なものだとは思わない。ただ、それだけです』
「……あ……」
初めてだった。
自分という存在のことを、そんな風に言ってくれる誰かの存在なんて。
体の奥より沸き立つ、未知の感覚があった。
その瞳から透明な雫を零させるものでありながら、悲しみや苦しみとは真逆の位置に類する感覚だった。
それが『嬉しい』という感情の現れである事を、0号は初めて知った。