雪の深々と降る、肌も凍る夜。
砕け散ったデータの残滓がはらはらと風に舞い散る。
ゴブリモンに似ながらそれ以上に貧相かつ粗悪な印象と凶暴さを持った未知の敵達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……ふ」
弱敵だ。
倒すのは苦でもない。
だが。
「……この世界も、俺を受け入れないか」
そうぼやき、足を進めた。
暗黒の力の落とし子、未来の迷い子。
忌まわしき力を持って生まれた黒い竜戦士は白い息を吐き、どこへ行くとも決まらぬまま足を動かす。
元より、自分という存在を受け入れてくれる、そんな可能性のある世界なら何処へでも良かった。
……もっとも。
(今のところ、何処にもない)
自分はデジモンであってデジモンではない。
心を持たぬ者であるはずなのに、心を持って生まれた。
生まれてこなければ良い、そんな生命などないと諭されて出てきたはいいがどうすれば良い?
そんな事を考えながら歩んでいた時。
ちりん
鈴の音がした。
「…あら?見慣れない人ね、こんばんは」
前方を見やると、一人の人間の女がいた。
長い毛に覆われたヤクに似た大型の草食獣の背にまたがりながら、女は黒い竜戦士を見て柔らかな微笑みで挨拶をする。
この世界に来てから初めて会話が成り立ちそうな相手だ。
美しくもあどけなさのある女だった。
フードから幾許か長い黒髪がはみ出し、その肌はきめ細かな雪花石膏だ。
その腰には竜を模った柄の剣がちらりと見える。
銀色の瞳が竜戦士の金色の瞳と交わった。
「……」
「よその方かしら?私は、怪しいものではないわ。この辺りは確かに魔物が多いけど…」
「誰もそんな事は言っていない。だが、お前は誰だ?」
「失礼。…家なく流離う渡り鳥です。短きすれ違いですが、お見知り置きを。………あなたは?」
ちりん
再び鈴の音が鳴る。
よく見れば、女のまたがる鞍に鈴が付けられていた。
「俺は、俺を価値あるものと認めてくれる場所を探している」
白い息を吐きながら、目の前の巨体に乗る女へそう答えた。
「だが、この世界にもありそうにない。どういきれば良いか諭されたはいい。それでもなお、どこにも見つからない」
「あら、深くは追求しないけれど、訳ありのようね…ふむ」
女は竜戦士の答えにさほど驚きを示してない。
考えるようなそぶりをしながら、女は尋ねた。
「あなたはどれだけの時間を、幾つもの場所を巡ってきたのかしら?」
「知るか。数えるのもとうに忘れた」
「そう、それだけ長い時間をかけて、か」
…なら。
女は呟く。
「青い鳥をご存知かしら?」
「なんだと」
「ここは一つ、あなたの最初の出発点に立ち直ってはいかがかしら?数えるのもやめてしまったくらいに巡ってきたのならばきっとね。……あくまで、ただの経験則だけども」
出発点。
黒い竜戦士にとっての、出発点。
それはつまり。
「…俺に元来た世界へ戻れというのか」
「そうするかどうかはあなた次第。戻り方を覚えていることが前提だけれど…答えを探して探して、もう詰みだと思うのなら」
なるほど、それはそうだった。
俺は弱い者の言うことには従わない。
だが。
柔らかに諭された通り、詰みであるのは事実だ。
「…なら、そうさせてもらおう」
「そう。……お気をつけて」
言いながら、踵を返す。
後ろ姿を見送りながら、女はふう、と息を吐いた。
「……行っちゃった。私の他に世界から世界へまたいでる者に会うのはちょっと驚きね」
フードが跳ね上がる。
尖った耳が飛び出した。
「同じ異邦者同士、どうかあなたの旅の終わりが良きものでありますように」
非常に強大な戦士にして魔導士でもある竜の化身。
己の居場所なく数百年近くも数多の世界を彷徨い続けている女は、たった今立ち去った竜戦士の行方を思い、目を閉じた。
ーー
「ブラックウォーグレイモン!」
引き止めるその言葉を振り切り、俺は飛ぶ。
貫かれた腹から生命が出ていくのを感じる。
幾許の猶予もない。
その前に俺がするべきは、光ヶ丘にあるデジタルゲートの封印だ。
…俺の存在意義は、俺の価値は、わからずじまいだった。
だが。
立ち戻って良かったと思う答えは見つかった。
(俺は、あいつらのようなブザマな生き方ができただろうか?)
最後に彼らと交わし合った言葉を思い出し、安らかに息を吐いた直後。
その身体は霧散し、砕け散った。
その直前。
いつぞやの女の声が聞こえた気がした。
ーー変わらない思いがあるのならば、いつか桜の下で。
漆黒の竜戦士ブラックウォーグレイモン。
デジタルワールドに混沌と破壊をばら撒いた災厄の落とし子は、そうして短き生涯を閉じた。
だがその生に意味があると教えてくれた者がいた事は、彼にとって数少ない幸運であるに違い無い。
なんと二作品投稿されていたとは。夏P(ナッピー)です。
というわけで、割と初っ端の時点で「ブラックウォーグレイモン!(エコー」と確信してアニメオマージュか……とニヤリとしていたらまさかの02本編のブラックウォーグレイモンそのものだった。そういえばチンロンモン回の後しばらく行方を晦ましてたなアイツ……飽く迄もifということではありますが、結果的に02本編を良い形で保管することにもなり、これは1推しに選ばれるのも納得。ミュウツー含めてあの時期は自己存在に悩む者(敵とは言いたくない)が結構いた印象でした。
正確な台詞までは記憶していませんが、確かに色んな場所を見て回ってきた的なことは言っていたかも。冒頭のゴブリモンに似た~という表現からしてスノーゴブリモン? シャーマモン? と思っていたら純正ゴブリンだったとは。ゴブスレさんを呼べー!
生まれた世界に一度立ち返ってみる、そういったことを諭されて戻ってきたわけですな彼は。最後に光ヶ丘のゲートの封印に際して彼の胸に去来したものは──ブラックウォーグレイモン! ブラックウォーグレイモン!(エコー)
そしてまさかの謎の女性は他作品とのリンク! いい! こーいうの大好きだ!
それではこの辺で感想とさせて頂きます。