秋という季節は、夏のように特別暑いわけでもなければ、冬のように身を凍えさせる寒さがあるわけでも無い、春と並んで一年の中で人間の過ごしやすい季節として位置づけられている。
故にこそか、いつからか秋という季節には様々な言葉がくっ付けられるようになっていた。
曰く、芸術の秋だとか。
曰く、読書の秋だとか。
曰く、睡眠の秋だとか。
もはや秋という季節そのものが行いの言い訳になっている気がしないでもないが、そうしたくっ付け言葉の中で最も有名どころなものと言えば、
「食欲の秋だよな!!」
「スポーツの秋であるべきじゃねぇの? お前の場合」
「少なくとも今はやだよ」
都内某所にて。
何処かの高校のものであろう学生服を着た少年二人が言葉を交わしていた。
食欲の秋と口に出したのは明らかに太り気味な腹の出方をした少年の名は飯田健《いいだつよし》といい、スポーツの秋と口に出したのはどちらかと言えば平均的な体型をした少年の名を天史琢哉《あましたくや》という。
彼等はこの日、既に高校での授業を終え、下校の道中にあって。
共に帰宅部の身の上、彼等には帰り道に寄り道をする程度の時間があり、そして特別な理由もなく帰り道を共にする程度の仲があった。
主に飯田の方が歩く最中に何処に寄り道しようかと提案し、天史の方がそれに付き合う形になっている。
とはいえ、この日の提案は少し変わっていた。
飯田は下校中に天史の姿を見るや否や、いきなりこう切り出してきたのだ。
そういえば俺たち秋らしいこと何もしてないよな、秋と言えば色々あると思うけどやっぱり一番に語るべきは「食欲の秋だよな!!」と。
「で、何だ? いきなり食欲の秋って。色々唐突だし秋だから特別ってわけでも無いだろ。お前の場合」
「えー、でも実際そうじゃんかよー。秋っつったらハロウィンといい何といい美味いものが滅茶苦茶量産される時期じゃん。実際そういう風習にかこつけてセールやってる店だって多いじゃん!! やっぱりさぁ、俺たちって学生だからさぁ、たまにはしっかり美味いもん食って英気を養うべきだと思うわけよ!!」
「で、それに俺が付き合わせようとしてる理由は?」
「一秒で本音を吐かせに掛かるのやめない?」
「俺と絡んでる絡んでない関係なく色々食ってるだろ、お前の場合」
天史がそう返すと、飯田はズボンの右ポケットの中のスマートフォンを取り出し、一つの画面を天史に見せつけながらこう答えた。
「最近さ、近くに新しいスイーツ店が出来たんだよ。既にネットの方でも大々的に宣伝されてる」
「……それで?」
「どういう意図かは知らんけど、友達連れで来店するとスイーツが割安で食えるセールがあるみたいなんだよ。高く食うよりは安く食いたいしさ、お前だって得をするわけだしどうよ?」
「得をするも何もこれ俺の分は俺が払うわけだよな?」
「当たり前じゃないかね琢哉クン。タダより高いモンは無いんだぜ?」
と、どうやら今回の飯田は天史のことを割引クーポン扱いにするつもりだったらしい。
率直に言ってその事実に関しては良い気分にはならないが、それはそれとして割安で美味しいものを食べられるという話は天史としても悪い話ではなかった。
学生の小遣い換算で「安い」と言えるかどうかまでは知らないが、余程の値段でもない限りは付き合ってやるか――などと思いながらひとまず承諾すると、飯田についていく形で天史は歩いていく。
十分ほど歩いて辿り着いたのは横長に広い、スイーツ店というよりはバイキング店のそれを想わせる構造の、紅茶のカップのような外観の建物だった。
飯田のスマートフォンで見せてもらった画像と、傍の景色も含めて一致している。
どうやらこの場所が目的のスイーツ店らしかった。
(ここが……)
「よーっし、着いた着いた。さぁ食うぞぉ!!」
「わざわざ声に出す事かよ。恥ずかしくないのか?」
「こんな事で恥ずかしがってたら人生やってられねぇよ!!」
名前を「ハッピーハウス」と呼ぶらしいその店の入り口、そこに見えるドアを開いて中へと入る。
白を基本色とした外側の見た目とは裏腹に、内装は何処か上品さを想わせる紅色の壁に彩られていた。
外観が紅茶のカップなら、内装は紅茶そのもの――といったところだろうか。
どうやら一つのドアを開いた先はまだ玄関だったらしく、奥の方に見えたもう一つのドアを開いて進んでいくと、その先には甘い匂いと共にスイーツ店らしい景色が広がっていた。
カウンターを兼ねたショーケースの中に収められた種類豊富な菓子の数々に、それを挟む形で佇む縦長の帽子を被った複数の店員の姿。
その内、何故か顔にピエロのようなメイクをした男性の店員は、二人の姿を見るとどこか喜んだ口調でこう言ってくる。
「イラッシャイマセー♪」
(あ、外人なのかこの人)
僅かに驚きながらも、いまどき外国人が日本の店で勤めていることなど珍しくも無いと思い、特に疑問を覚えることなく、天史は飯田と共にショーケースの前に並んだ客の列の一つ、その最後尾に立つ。
複数人で来ると割引してもらえるセールがあるという話は本当らしく、複数の列を作りながら立つ客の多くは、親子か学友同士といった組み合わせが多かった。
複数人での来店である事を示すために足元には二つの丸で描かれたマークが記されており、その結果としてそうした客には横に並ぶ形で立たれてしまっており、お陰で後方からショーケース内の菓子が順番待ちの最中には見えづらくなってしまっていた。
であればこそ販売物の書かれた一覧の一つでも欲しくなるところだが、どうやら先に来た別の客に渡しているもので全てらしく、店員が二人の方へ一覧を渡すことは無かった。
その事実にちょっとだけ「むっ」としながらも待ち続け、やがて二人の立ち位置は最前列になった。
ようやく菓子の注文が出来る状態になり、さてどれにしようかと悩んでいると、ピエロ顔の店員がこんな事を口にした。
「悩んでいる様子デスが、お二人は初の来店でございマスか?」
「え? あぁはい。そうですけど」
「でしたラ、恐らくお気に入りの品とかは特に定まってない様子デショウ。ひとまずはパラダイスコースで味わう事をお勧めしマス」
「……パラダイスコース?」
突如として出て来た胡散臭さマックスのワードに、思わずといった調子で目を白黒させる天史。
広告サイトで確認しなかったのか、どうやら飯田も知らない話らしい――疑問を覚える二人に向けて、ピエロ顔の店員はとてもわかりやすく説明した。
「要すルにスイーツバイキングデス。固定の料金を払っテ、お客様の満足のイクまでスイーツを堪能シテもラうプラン。この店の商品の中で『お気に入り』を作ってモラウための措置デモありマス。二人での来店ヲしてくださッテマスので、通常ノ料金プランから割引になッテ、更に初ノ来店ト言う事で……コチラの料金となってマス」
そう言ってピエロ顔の店員は、何時の間に持っていたのか「パラダイスコース」と呼ぶそれの料金などが記載された紙を挟んだクリップボードをカウンターの上に置き、二人に見せ付ける。
見る限り、明らかに格安だった――いっそ、やり過ぎだと思えてしまうレベルで。
だが、意図は明確であり、何かしらの契約書を書かされるわけでも無い以上、選んだところで何の損害を受けることも無いだろうと天史は思った。
料金の方も、学生の身には魅力的過ぎた。
故に、彼は飯田と共に回答した。
「じゃあ、それで」
「畏まりまシタ。デハ、料金を支払い次第私がご案内サセテいたダキマース」
言って、番を代わるためにかピエロ顔の店員はカウンターに備えられた小型のマイクを介して別の店員と言葉を交わすと、カウンターから離れて天史と飯田の二人の近くにまで歩み寄ってきた。
ついてキテくだサーイ、と背中を向けて歩き出したピエロ顔についていく形で、二人は列を作った客達のいる方とは全く別の方に向かって歩いていく。
そうして辿りついた場所にあった少し大きめの扉をピエロ顔の店員が扉を開くと、そのまま何も言わずに先へと進んで行ってしまったので二人は流れ流れについていこうとした。
その時だった。
「――ん?」
「?」
ほんの少し。
些細、と言える程度の事ではあるが、二人は共に同じ刺激を受けていた。
まるで静電気でも弾けたような痛み。
金属性のドアノブに触れたわけでもなく、ただこの場に足を踏み入れた瞬間に感じたもの。
二人は共に、僅かに疑問を覚えた。
だが、どんどん先へと進んでしまうピエロ顔の店員の背中を見て、不要に待たせてはいけないと二人は急いで後へと続いた。
新たに足を踏み入れた空間は、先ほどまでいた場所とは異なり滑らかな生クリームを想起させる白色に染まっていて、徹底して清潔な空気感を演出している。
見れば、二人の他にもこのコースを選んだ客がいるらしく、既に複数並べられた横長のテーブルの左右に各々立っているようだった。
バイキングと宣伝するだけあってか、テーブルの上に置かれているスイーツの量はいっそ過剰に見えるほどに多く、おやつだのティータイムだの言っていられるレベルを軽く超えている気がした。
というか、
「……全体的にデカくないか……?」
「大食いを想定してるからじゃねぇの……?」
量もさることながら、作り置きされたスイーツの一つ一つの大きさもまた過剰なものだった。
シュークリームやソフトクリーム、マリトッツォにクレープなど、スイーツ店を出て近頃ならコンビニでも見かけるようなラインナップの数々。
それ等と分類的には同じものと思わしき、この場に存在する全てが、普通のバイキングで見るような一口サイズのものなど比較にもならない大きさで存在している。
大食い選手権をしている、と言われても疑問を覚えるレベルだった。
いっそ、お菓子の家を作っているとでも言った方が納得出来る話である。
「お客サマ、ココガ『パラダイスコース』の専用部屋となッテおりマース。小皿にフォーク、スプーンなどはアチラの方にございマスので、それでは至福の時間をご堪能くださいマセ」
自分の傍にまで近付いてきた天史と飯田の二人に向けてそう言うと、ピエロ顔の店員は案内を終えたとでも言わんばかりに踵を返し、元来た道へと戻って行こうとする。
その背中に向けて、天史は念押しの問いを投げ掛けた。
「ええと、バイキングって事は時間制限とかあるんですよね? 今からどのぐらいなんですか?」
「いえ? 時間制限ナドはございまセン。あえて言うなら、お客サマが『満足』を得るマデ、が時間制限となってマス」
返答を聞けたのは、それっきりだった。
本当の本当に、一度たりとも振り返ることはなく、ピエロ顔の店員は二人の視界からいなくなる。
あまりにもあっさりとした、それでいて普通の店の対応とは異なる奇怪な印象を含んだ返答に、天史は僅かに疑問を覚えながら、
「……とりあえず、食っていいって事だよな……?」
「だと思うが。料金は払って、そんでもってバイキングって話だ。あんな事まで言った以上、ゴーサインは出てるはずだ」
「…………」
正直なところ、疑問はあった。
だが、いくら考えてみても明確な答えなんて浮かばなかったし、深く考え込むほど馬鹿らしい気もしてきた。
この店に来る事に付き合った、そもそもの理由を思い返してみれば、尚の事。
「……まぁ、いいか。満足するまでって話だったな。腹いっぱいになるまで食うのは流石にアレだが、時間制限が無いんなら気ままに堪能させてもらうか」
「要するに食いたいだけ食えるってことだよな。だったらむしろ腹いっぱいになるまで食った方が得じゃね?」
「お前それで夕飯とか入るの?」
「デザートは別腹だから」
「女子かよ」
言いあいながら、二人はそれぞれ別の方向に向かって歩き出す。
天史自身、遠目から見て知ってこそいたが、テーブルごとに用意された様々な種類のスイーツは見た目も美しく、近寄るだけで甘い甘い匂いが殺到してくるのを実感していた。
嫌でも食欲を刺激される。
店売りのスイーツ程度なら何度か口にしたことはあるが、目の前のそれから伝わる匂いや雰囲気は職人の手作りかもしれないと錯覚しそうなものだった。
小皿と呼ぶには少々大きめな皿とティーカップ、そしてフォークを取って、スプーン二つを合体させたかのような形のトングでテーブルの上のスイーツを確保しに掛かる。
最初に取ったのは、幾つかのシュークリームと苺のショートケーキだった。
お供として用意されていたべリーティーをティーカップに注いでから、テーブルから少し離れた位置に見えていた、食卓用と思わしき円形のテーブルの傍にある椅子に腰掛ける。
(変に緊張するな……)
別に、大きさ以外は特に豪勢に見えるものでは無いはずなのに、匂いが鼻についたその瞬間から天史は自分の胸の鼓動が嫌に早くなっている事を感じていた。
思いの他、こういうものを食べられることを楽しみにしていたのだろうか? と自分で自分に疑問を持ちながら、彼はひとまずシュークリームの一つに手を伸ばす。
その大きさ故に、手で掴むというより手に乗せるといった方が近い形になりながらも、口を大きく開いてかぶり付く。
途端に、
「!?」
中に詰まっていたクリームが口の中を満たし、味覚の奔流が天史の脳を揺さぶった。
形容出来ない感覚があった。
甘い、なんて言葉で説明出来るものではなかった。
幸福感というものに器があるのなら、今の一口だけで大部分を満たされてしまっているだろうとさえ思った。
とにかく美味しい、美味しすぎる。
もっと食べたい――そう、自然と思った時には、気付けば手と口が租借のために更に動いていた。
一口するごとに、シューの皮とクリームが舌と喉を過ぎる度に、爽快感を覚える。
そうして一つを食べ終えた時には、この場に来る前の顔が嘘のように惚けてしまっていた。
(――すごい)
胸の中を満たすのは、ただただ幸福感のみ。
どうあれスイーツの類である以上、そしてここまでの味を演出している以上、少なくはない砂糖などの甘味の素となる食材が使われているはずなのに、胸焼けの気配はしなかった。
大きさの割りに、胃袋に重みも感じない。
今のレベルのスイーツを、満足のいくまで食べられる――そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
シュークリームを食べ終えて、一旦ベリーティーを飲んで舌を満たしていた美味を流し落とそうとしたが、舌休めのためい用意されたであろうこのベリーティーもまた絶品と呼べるものだった。
幸福感が途切れない。
いっそ思考さえもとろけてしまっているかのような錯覚を覚えたまま、今回皿に乗せた物の中でも主役と呼べるショートケーキの端をフォークで切り取っていく。
スポンジケーキの生地を潰す際の感覚といい、市販のものとは明らかに異なっていた。
切り取った部分をフォークで貫通させて口元にまで寄せ、そして頬張る。
「……おいしい……」
当然のように、美味しかった。
それ以外の感想が、頭の中に浮かんでこなかった。
疲れという疲れが、抜け落ちる感覚があった。
それはまるで、全身をマッサージか何かで揉み解されているかのようで。
ベッドにでも横たわったら、そのまま熟睡してしまいそうな。
「…………」
皿に乗せていたものを全て食べ終えて。
暫し、空白の時間があった。
スイーツの味を堪能するためにか余計な言葉を漏らすことをしていないのか、他の客や同伴者の飯田からの声が聞こえることは無かった。
それ故に、天史の脳髄を駆け巡るのはただただ思考だった。
正直に言って、二種類のスイーツを口にしたその瞬間に、天史は『満足』というものを得た気がしていた。
こんなものを食べられたのだから、もう十分贅沢は出来ただろうと。
ピエロ顔の店員が言うには、この『パラダイスコース』とやらは客が『満足』を得るまでが実質的な時間制限との事らしい。
であれば、もうこの場を去ってしまっても何ら問題は無いのだろう。
だが、そこまで考えて。
ふと、途切れない幸福感――それを感じさせる味の残滓が舌の上に残っていて。
それが、今まさに薄れようとしていることに気がついた。
当然と言えば当然の事だった。
どんな食べ物であれ、いつかはガムと同じように味が薄れていくもの。
いつまでもいつまでも舌の上に残っている、なんてことは無いのだ。
唾液と共に喉を通り、胃袋の中で消え失せるのが当たり前。
しかし、
「…………」
その事実を受けて、天史の思考を飢えが襲った。
胸中を満たしていた幸福感は瞬時にして造反する感覚に変じる。
まだ、足りない。
この感覚を味わいたい。
まったく、満足なんてしていない。
そうして沸き立った衝動――あるいは禁断症状とでも呼ぶべきもの――は彼の手足を動かし、新たなスイーツへと奔走させる。
クッキーにモンブラン、マリトッツォにプリン、その他にも色々。
食べる度に幸福感に満たされ、されど少しの時間が経って幸福感は抜け落ち飢餓感へと変貌、そうしてまたスイーツを求める――その繰り返し。
不思議なことに、どれだけ大量にスイーツを食べ続けても、彼は満腹にはならなかった。
まるで胃袋に入った途端に重みの無い空気となってしまったかのように、彼の胃袋にスイーツの残骸が残留することは全く無い。
しかし、現に彼がスイーツを貪るごとに感じている味や質量は確かなものであり、そこから得るものは確かにあるはずだった。
では、いったい彼が食べたスイーツは何処へと消えてしまったのか。
胃袋の中に無いのであれば、この場に用意されたスイーツは食べた者の何を満たしているというのか。
答えは単純だった。
「――――」
食べた者、そのものだった。
見れば、天史琢哉の体には明らかな異常が生じている。
その皮膚が少しずつ異なる色彩に彩られ、体全体に至っては壊れたテレビの画面のように、まるでノイズが掛かったようにブレだしている。
スイーツを食べて、取り込んでいくごとに――その体の質感も輪郭も、何もかもがおかしくなっていく。
人間の体が、人間ではない何かと混ざりあい、何か別のモノへと変貌していく。
やがて、人の形を辛うじて保っているだけの白くべたつく何かと化した天史琢哉は、スイーツの並べられた横長のテーブルの傍から離れなくなっていた。
いや、彼だけではない――共に来ていた飯田健も、この場に来ていた他の客達も、皆等しく彼と同じ異常の最中にありながら、スイーツの群れから離れようとしない。
幸福感が抜け落ちることを、一瞬でも許容出来ないとでも言うように。
自分の中の何かを満たさんとするためにスイーツを貪るその様は、もはやある種の獣のようだった。
その思考が、変貌の最中にある自分自身の体に向けられる事は無かった。
その目が、スイーツ以外をマトモに見ようとする事はもはや無かった。
「 」
そうして、やがて。
天史琢哉を含め『人間』だった全ての客達が、糸を断たれた人形のように、美味の楽園の床に体を倒した。
全員共に、もはや人の姿をしてはいなかった。
ある者はキウイのような表皮の翼を持たない鳥のような生き物に、ある者はピンク色の果実に鳥の翼と足を生やしたような生き物に。
飯田健は首元からバナナのような果物を生やした緑色の恐竜のような生き物に。
「―― 、 ――」
そして天史琢哉の変貌っぷりは、そうした『動物』の姿をした者達とはまた異なっていた。
まず第一に、短いながらも人間と同じように両の手足が備わっていた――尤も、その色はほんのり赤みを含んだ白色だったが。
第二に、彼は『動物』の姿をした者達とは異なり衣類を身に纏っていた――尤も、元々来ていた学生服のそれではなく、何処か執事染みた礼装のそれだったが。
そして極め付けとなる第三に、その腰元からは尻尾か何かでも表現しているかのようにホイップクリームが小さくくっ付いていて、何よりその頭部は丸ごとショートケーキのそれになっていた。
見れば、ショートケーキの断面や下部には、それぞれ瞼と口が存在している。
ショートケーキのマスコットキャラ――とでも呼ぶべき生き物が、天史琢哉の成り果てた姿だった。
そうして。
誰も彼もが一言も発せず、倒れ付したまま数分が過ぎた頃。
スイーツの楽園の中に、彼等とは異なる誰かが足を踏み入れていた。
かつん、こつん、と。
どこか上品さを感じさせる靴音と共にその場に現れたのは、ケーキそのものを形としたようなドレスを身に纏い、淡い桃色の王冠を被った貴婦人と。
紫色の装束と金色の装飾品を身につけ、悪魔のような翼を背より生やした悪魔染みた格好の女性だった。
彼女達の内、ケーキのドレスを身に纏った貴婦人の方が、スイーツを貪りつくした果てに『人間』ではなくなった者たちの有様を見て、くすりと笑っていた。
ただし、それは嘲弄の笑みではなく。
「あらあらまあまあ。とても幸せそうですわ」
「まぁ、私特性の魔法薬で幸せしか感じられなくなってるでしょうからね。ああいう顔をしているのが当然と言えば当然よ」
悪魔の女性が貴婦人の言葉に答えを付け足すように言葉を紡ぐ。
貴婦人の女性とは異なる意味の、笑みを浮かべた様子で、
「……それにしても、面白いぐらいに上手くいくものね。デジモンのデータを食物に混ぜて、それを人間に過剰に摂取させる。そうする事によって『人間としての』データが希釈化され、食物に混ぜたデジモンのデータが全体の比率を満たし染め上げる。……スピリットを用いない、意図的な人間のデジモン化。もっと効率化出来れば、更に多くの力持つペットを生み出すことが出来ることでしょう」
「ふふふ。それでは、唯一ショートモンになったあの方は一旦こちらで面倒を見るとして、その他のお客様方の事はよろしくお願いしますわ――リリスモン様」
「ええ。見る限り、パラサウモンになったあの子は特に可愛がり甲斐がありそうだし、楽しみだわ。他の子達も可愛いし、私の城で優しく愛でてあげる」
そうして少しの時間が経った後。
大量のスイーツが平らげられた跡には、誰一人として姿は見えなくなっていた。
残されたのは、次の客を待つ手付かずのスイーツの群れとそれを乗せている数々のテーブルのみ。
食欲の秋、美味を生み出す屋根の下で、二人の学生の運命は一変した。
彼等の行く末を知る者は、少なくともこの世界には誰もいなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「おーいショートモン!! せっかくの秋なんだしケーキ作ってくれよ!!」
「お前の場合、春だろうが夏だろうが冬だろうが構わず頼みに来るだろうが。 モン」
なかなか投稿のスピードが速い。夏P(ナッピー)です。
いやもう展開が予測できてましたが、神様へのお供え物を勝手に食った所為で豚にされた千尋の両親のことを思えば、金払ってデジモンにされるとはなんて時代だ。作者の性癖もとい趣味の時点でこうなることは必定だったが、別にデジモン化させたからって取って食うわけじゃなく、むしろリリスモン様アンタ湯婆婆だったんか……これからお前の名前はモンだよ!
甘いもん食べたくなってくる話でした。しかしピエロてめー、お客様は初めてのようですので~って、いや待てこれ人として二回目以上来れる人いるんか。
それではこの辺で。