5-1 僕らは目指したアルカディア
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「てめぇ、一体何モンだ――!?」
「……」
宮里定光の詰問に、しかしデュラモンは堪えない。彼を一瞥した後――否、彼と共にアルゴモンの庇護下にあるJの姿を確認した後、飛行の速度を高める。目指すはダゴモンが変質したクルウルウ、その緑色の頂点だ。
《繧キ繝ェ繧「縺溘s縺コ繧阪⊆繧》
「馬鹿な、あの姿は……」
「知っているのか、アルゴモン!?」
旧神の巨体、その肩から掌に飛び降り、Jの様子を診つつ定光が面を挙げた。対するアルゴモンは面に無数に描かれた目の模様こそ一切変わらぬものの、明らかな驚愕を滲ませていた。旧神が前世――アルゴモンの記憶を言葉にするよりも早く、頂上に辿り着いたデュラモンが極光を放つ。
「――ブリンデッド」
聖剣より真下に向けて放たれるビーム。それは放った当人よりも余程巨大で、通常ならばあらゆる敵手を一撃のもとに蒸発させて余りある一撃だったろう。しかし常軌を逸したサイズを示す旧支配者には、そのゼラチン質の肉塊の一部を削り取るだけだった。
「デュラモン……後にデュランダモンへ進化し、数多の魔王を斬り伏せた。あのデジタルワールドで、Jと名乗る銀髪の女が従えていた……パートナーデジモンだ」
「フン、ようやく気付いたか」
自らの頭上に向けて放たれる邪神の触手を斬り散らしながら、遥か高みで黄金の剣は旧神とその相棒を虚仮にした。
「この無能の裡で見ていたが、いつ頃気付くのか内心楽しみにしていたよ」
「馬鹿な、貴様は傲慢の成れの果てを討ち、そして潰えたという話ではないか!」
「小説『デジタル・モンスター』の話か? だとしたら読み込みが足りないな。Jは一度も『パートナーデジモンが死んだ』とは書いていない――まあ、実際一度は死んだわけだが。それよりJをこれ以上傷付けるなよ、ここまでの傷はこの無能の責任だが、お前たちの庇護下にあって擦り傷一つ着けてみろ、お前たちも討滅対象に入れてやるぞ。どこまで逃げても探し出して刻んでやる。僕は蛇のように執念深く陰湿で陰険だ」
上空で輝く黄金はいつになく饒舌に語り、その感情の昂ぶりを隠しもしない。迫りくる触手の大群を全て斬り払い、攻撃の間隙を見計らって聖剣の切っ先から光を束ね、僅かに旧支配者を削り取る。
「一切の疑問に答えるつもりはない」とばかりに、にべもなく一蹴された定光は苦い顔のアルゴモンと顔を見合わせる。そして代わりに疑問を解消する声が足元で挙がった。
「ぅ……ツェーンは、有羽十三は、彼――我がパートナーデジモンの転生体だ……」
「目ぇ覚ましたか、っつーことは……さてはアンタ、知ってやがったな?」
触手に打ち据えられた衝撃で失ったのだろう、トレードマークの片眼鏡のない麗貌を片手で押さえながらJが上体を起こした。真正面から向かってくる聖剣の対処に忙しいのか、彼らに向けられる旧支配者の攻撃は散発的だ。十分なアルゴモンの防御の下、Jは訥々と語り始めた。
「ああ……私がイグドラシルの端末になったことは事実で、リアルワールドに流れ込んだデジタル・モンスターに対処する義務があるのも事実だ。だが、"大いなる理"にそれを命ぜられた私が初めに取り組んだのは、デュランダモンの捜索だよ……まぁ、今はデュラモンだがね」
情報統合樹イグドラシル――魔王戦役で枯れたそれに残されたリソースをフル稼働させ、彼女は消えたパートナーデジモンの行方を真っ先に調べ上げた。その結果見つけたのが蛙噛市に住む有羽十三で、何よりも彼に近付くためにJは動き出した。リアルワールドより抹消されたデジタル・モンスターの存在を世界に認識させるための舞台として、ハンドルネーム"ツェーン"として彼が屯していた創作物投稿・交流サイト『サロン・ド・パラディ』を選択したのもその一環だ。
「そうして私はあのサイトでツェーンと接触した。フォークロアとして蛙噛市にデジタル・モンスターが集中するように仕向けたのも事実だから、君達には私を責める権利もある……」
語るJの語調に覇気はなく、いつもの深謀を巡らせる余裕ぶった表情は一切ない。自らを貶めるような自嘲気味な笑みが浮かんでおり、それが定光には如何にも不可解に見えたが、それ以上に、彼には目の前で項垂れる銀髪の女に言いたいこと、言ってやらねばならないことがあった。
「なァに話、逸らしてやがる……! 『俺らの街にデジタル・モンスターを呼び込んだ』なんてどうでもいいんだよ。……アンタ、初めから分かってて十三に近寄ってきやがったのか!」
「ッ……そう、だ……」
有羽十三の親友は怒りのままに負傷したJの胸倉を掴みあげる。
脳裏に浮かぶ疑問すら即座に沸騰して言葉にならない。おかしい筈なのだ、パートナーデジモンの転生先が有羽十三であると言うならば、それがこうして彼の身体を乗っ取り表層に出現している現状こそ、イグドラシル・Jの望む状況の筈なのだから。だと言うのに、顔を背け視線を逸らす現実の彼女の姿が、定光には想像もつかない。普段の彼女ならば、真正面から自分を見つめ返すか、薄笑いを浮かべて意味深な事を言って然るべきだろうに。
「ン……の、ヤロウっ……! アイツが、どれだけアンタのことを……ッ!」
「どれだけ罵倒してくれても構わない……私はツェーンの前世を知り彼に近付き、今こうして彼を目覚めさせてしまった。私の意図にかかわらず、それが事実だ……!」
会話のさ中、旧支配者のそれとは一線を画す、鋭利な指向性を持った殺気が定光を射抜いた。思わず腕の力が抜かれ、無理矢理立ち上がらせられていたJの身体がアルゴモンの掌の中にくず折れる。
「イグドラシルのログにも、人間に転生したデジタル・モンスターの記録は一切がなかった。だが集積情報に間違いがなかった以上、ツェーンがデュランダモンの生まれ変わりであることは確実だった」
明らかに憔悴した様相、Jの表情は普段のそれからは一段とかけ離れたままだ。聖剣の一瞥で頭を冷やされ、冷静さを取り戻した定光は言葉を選んで問いかける。
「意図にかかわらず……ってアンタ、パートナーデジモンの復活が目的じゃあないのかよ」
「……自分でもわからない、わからないんだよ!」
両腕で頭を抱えるようにして狂乱する。
「そりゃあ勿論、初めは再会を望んではいた」
しかしイグドラシルの目を介して観測した有羽十三は、無論のこと一個の生命として十数年の生の果てに蓄積された個我を有していた。今を生きる者に、過去の残骸でしかない自分たちが、自分たちの都合を押し付けてよいものか。
「至極当然の命題だ。まっとうな倫理観の欠片でもあればすぐに結論が出る。死にぞこないの私などが彼の人生にかかわるべきじゃないと」
定光はJを視界にとらえたまま、親友が姿を変えたデジタル・モンスターの戦いを油断なく観察していた。今のところは千日手。蛸型の邪神が新たな動きを見せない限り均衡は崩れるまい。旧神アルゴモン・ヒュプノスが戦列に加われば、善きにしろ悪しきにしろ戦局は変遷するはずだ。
――そう判断して、再びJを糾弾する。
「だったらァ!」
「君にだって分かる筈だろう、パートナーデジモンがいるのだから! たかが良心程度で、この狂おしく身を焦がす寂寥を抑えられるものか! だがっ……だが……ッ!」
「うるせぇッ、わかってたまるかわかるわけねぇだろ身勝手にも程がある! おおかた情が湧いたとでも言うつもりだろうが!」
「~~~~~~~~ッ、そうだよその通りさ。初めは"彼"に再び会えることだけを標に生きていた! だけどツェーンと過ごす時間が楽しかった、ツェーンと話していると心が躍った、ツェーンに会えると思ったその時なんて頭がおかしくなるかと思った! 惚れたんだよ、至極当然の流れで……彼に!」
「ふざけるな! テメェの都合で近付いて、テメェの都合で"ツェーン"と"パートナーデジモン"のどちらになるか決まるだとォ……!」
「誰もそんな事は言っていない。私が彼の行く末を決めるなどと思い上がっているなんて――!」
「自覚あるんじゃねぇか、でなきゃそんな言葉が出てくるものかよ……! 悩むくらいならいっそ、テメェはあの街に来るべきじゃなかったんだよ! お前らアレだぜ、アイツの、十三の人生に、後から追いかけてきた過去の遺物じゃねえか、そんなものに――」
二人の口論は互いの主張をかき消さんばかりに怒鳴り合うばかりで、幾度繰り返しても建設的な結論など出ようもない。恐らくこの場で、それぞれがそれぞれに、有羽十三を、そしてツェーンを最も理解している。それは過去に人生を救われた男と、今を生きる糧としていた女の差異であり、論点も事情も違うのだから決してどちらの想いが劣るというものでもない。
閉塞した人生に光を齎した相手に抱く強い友情と、絶望の中に見出した最愛に咲いた恋慕――。互いに一歩も譲らぬと誇り合うが、この場においては一歩、Jの感情が、困惑の分だけ引き下がっていた。
「――そんなものに、アイツの意志が介在しているものかよ!」
宮里定光は吠える。
「っ、ぅ――」
そして語り出す。
上空で踊るデュラモンの中にいる、意識があるかも定かではない有羽十三に聞こえるように朗々と。
●
ICレコーダーのスピーカーから、互いに互いの声を打ち消さんと躍起になるかのような怒声が響いている。
『なに内鍵かけとるんじゃ! わしに帰ってくるな言うんか!』
宮里定弘というのは完全なキの字で、代々受け継いだ宮里の名に著しい拘りをみせる瞬間湯沸かし器のような男だった。この時も、買い物帰りのお袋が誤って内鍵をかけてしまい、定弘の帰宅までに一家の誰もそのことに気付けずにいたことから始まった。
そして罵声を返すのは定弘の四男・宮里定光――つまり俺だ。
『やっっっかましいわボケ老人が、んな些細なことで一々がなり立てんじゃねぇ!』
定弘の訳の分からない沸点は今に始まったことじゃない。
『こっ、のっ、ヤ、ロ~~~~! 親に向かってなんだその口の利き方は!!!!!!』
一男の定国は東大を出て後継ぎとして戻ってきてイエスマンと化した。次男の定克は嫌気が刺したのか俺が小坊の頃に逃げ出して以来音信普通だ。そして三男、定臣は我関せず。定弘に会話を振られたら返事をするが、それぐらいの、最早同じ家に住んでいるだけの他人と言っていい距離感で接している。
『そういうところだぞクソガイジが! てめぇいつもいつも家の内外関係なくでけぇ声出しやがって!! ガキの面目潰して個人情報バラまいて楽しいかよキチガイハゲ!!!』
『宮里家は顔売ってナンボじゃろがい!! お前こそそのチャラチャラしい茶髪やめんか! 家の評判落として何が楽しいんじゃボケ!』
あぁお袋? アレはダメだ、話にならない。定弘の親や弟――つまるところ俺の爺や叔父だが、アレらには辟易しているようだが定弘の言動を是正するという気配がみられない。未だに愛に眼が眩んでいるわけではないだろう、怒鳴られれば泣き、定弘の居ないところで俺たちに幾度も愚痴を投げかける。つまるところ、家庭内環境に一切改善の兆しは見られないということだ。
兄貴らのそれは賢い選択だ。コイツが死ねば定国は莫大な遺産を受け継ぎ、蛙噛市に幅を利かせる立場になれる。定克など自由を求めて旅立った。幼心に残るような優秀な兄だったからきっとうまくやっているだろう。定臣は近くの大学に通いながら、独り暮らしのためアルバイトで金を貯めているという。本当は漫画家になりたいらしい。定弘はマンガに偏見こそないが、漫画家には強い職業蔑視を抱いているための苦肉の策だという。
『ハァ~~~~!? 落としてんのはアンタの方だろ? アンタの評価は巷じゃ大手を振ってガキや店員にイキり散らす老害オヤジだぜ? イマドキアンタみたいなのは流行らねーの、お・わ・か・り?』
だからああ、きっと単純に俺がガキなだけなのだろう。因果応報、為されたことに為されたことを――やり返さずにはいられない俺は、しかし生来の賢しらさもあって、定弘に反逆するものの定克の様には最後まで貫けない。
『~~~~~~~ッ! おっ、まっ、え~~~~~~~~~ッ!!!!』
障害沙汰だけは起こさない男だった。だが瞬時に沸騰した行き場のない怒りの感情の捌け口を求めた定弘は玄関に飾られる胡蝶蘭を引き倒し花瓶ごと粉砕、俺を押しのけて二階にある俺の部屋へと直行、蹴り倒しラジカセを床に投げつける。
そこまでくると、俺も醒めてしまって一切反抗する気力をなくす。経験則だが、ここまでいった定弘は言葉でも暴力でも止まらない。
奴は椅子や軽いデスクをひっくり返し、机の上にあるものを手当たりしだい払いのけて漸く荒い息を吐きながら落ち着く。
『フ~~~~っ、フ~~~~っ、……よし、飯食うぞ』
『……チッ』
「食事は家族全員でとるものだ」などというお寒い哲学を下に、定弘は食卓へ向かう。
下の階の食卓に向かえば、いつ帰ってくるかわからない定弘のためにお袋がせっせと料理を温めなおしながら、定国と定臣が無言で席に座っていた。
定弘に遅れて席について食事を始め、5人いるのに3人しか会話をしない食卓が始まり、そして終わる。
物に当たり散らし、空腹を満たし満足したのだろう、定弘は俺と定臣には目もくれず定国の部屋に我が物顔で定国を引き連れて消えていった。かわいそうな定国。今日もこれから寝るまで、あのクソ野郎と顔を突き合わせるのだ。
二階に戻る途中、定臣が小声で話しかけてくる。
『なぁおい、いい加減諦めろよ。あのボケ親父が気に食わないのは俺もだけど、事実お前はアイツに見放されたら終いだぜ? 俺は何とか逃げ出す準備を整えてるが、お前、年齢的にもまだそんな余裕もないだろ? おべんちゃらは国兄に任せていい気分でいてもらって、その内死んでもらおうじゃないか』
なにが、その内死んでもらおうじゃないか、だ。今日にでも暴走自動車が家に突っ込んで来て定弘だけ死なないものか。俺はずっとそう思ってる。
定臣お前はそれでいいのかよ、こんな金のある家に生まれて、しかも長男でもないお前が自由に道も選べずにケツ捲って逃げんのかよ。定弘のアホにここまで虐げられておいて、ありえねーだろ、ありえねーんだよ。
定克はうまく逃げだした。嗅覚がよかったのかもしれない。次男で、そしてあの年齢ならまだ定弘の影響という呪いはそこまで浸透していないだろう。
『ハッ、あのバカにそんな選択する知能があるかよ』
当時、俺より酷く荒んでいた定克を勘当することもなく、結局みすみす首輪を壊されてしまった愚かな定弘だ。無条件に家庭内の全てが自分の思い通りになると思っていて、だから定克がいなくなった件についても何が悪かったのか理解していない。
バツの悪そうな顔で『そりゃそうだけどさぁ……』と呟く定臣を尻目に、俺は次の日の朝の家族の団欒(失笑)まで、誰とも顔を合わせることはなかった。
●
『――と、いうのが、お前がこの前見た光景のつ・づ・き』
――視界の下方で、冒涜的な緑の肉塊が少しづつ削られては再生を繰り返す。
自らの身体が、裡より出ずるデジタル・モンスターに奪われたことは朧気ながら記憶がある。
内的世界に押し込められているからか、朦朧とした意識の中で、外界の情報処理とは別に脳の活動を感じる。ああつまり、走馬燈――とでも言うべきだろうか。
先ほどまで追体験するかのように意識下で感じていた定光の追憶。その光景は、眼下の凄絶な戦闘とダブつくかの様に続いていく。
『それで?』
往時の俺が、何と言ったらいいのか分からない、と曖昧に問いかける。
『んなフクザツなカテイのジジョーってやつをにやけ面で、しかも解説付きで聞かされてもな』
第三者視点で見る俺と定光は新鮮だったが……そうだな、この話を機に一段と仲を深めたのを覚えている。
『いんや、俺も悪かったと思ってんのよ? 正直油断してたからな。あの日はあのボケが帰ってくる時間も分かってたからさぁ、完全に有羽クンのこと巻き込んじまったわけで』
事情説明だよ、事情説明――とケラケラ笑う宮里家の四男にかけるべき言葉はあっただろうか。結局俺が選んだのは無難な言葉だった気がするが。
『あっそ、ならまたアイツが仕事で遠方に出てる時にでも招待してくれよ。あ、でも茶髪はマジでやめとけよ。パツキンかホワイトブロンドにしとけ、いいか、金か銀だぞ。忘れんなよ』
そう告げた時、奴はどんな顔をしただろう。髪色に対するパネェこだわりを大笑いされたことは覚えているが……。
ひとしきり哄笑が響いた後、定光は大まじめな顔で俺の脳みそを心配してきやがった。
『オイオイ……。オタク、マジで言ってる? 頭大丈夫か? CTとか撮るか? 受診料ぐらい出すぞ? ……トモダチ続けるとかじゃなくて、あの家にもっぺん行くって?』
『おうともさかりえ。お前こそ頭診てもらえよ。いいか? ここ蛙噛市に住んでて、宮里家の中に入れる機会をふいにする理由があるかよ?』
これはちょっと、言葉の選択を誤ったと思ったんだ。照れ隠しが強すぎた……そういう記憶が蘇ってきた。だからフォローするかのように、こう言ったはずだ。
『あ~、いや。そもそも、なんで俺がこう答えるとは思わなかったんだ? いや言いたいことは分かる。ドン引きはした。ぶっちゃけめっちゃ引いた。謝り方がノーガードで斬新過ぎるのもマジでドン引きしたお前ちょっとコミュニケーションがぶっ壊れすぎてると思う』
まあ、無理もないとは思うが。今の録音を聞いただけで、むしろ定光は宮里四兄弟のなかでも一番マシだろうと俺は思う。不当な支配、運命に従わない。逃亡するでもない。ああ、実によいことだ。一度でも受け入れたやつはダメなんだ。一回でもメイク落とした奴は10年後もスッピンのままなんだ。
『なんでお前がんな風に言ったのかは確かに分からん、いや幾つか想像はできるがそんな無粋は言わないよ。俺はお前が好ましい人間だと思った。今も真っ最中の宮里定光の反抗期を、俺は正しいものだと思ったんだよ……だったら一回ミスったぐらいでとやかく言わねえよ。成功するまで何度でも呼べよ。……いや、反抗期一番うまくやったのは次男の兄さんだと思うけどな』
メイクをし続けるこの男が、俺にはとても輝いて見えた。現状、Legend-Armsの中に居ても忘れていない。
『……クセえこと言うやつだな、オイ。じゃあなんだ。俺はどうすりゃいいと思うね』
何を簡単な、と言わんばかりに、当時の俺はこう答えたようだ。
『続けろよ、反抗期。お前、今辛くないだろう?』
●
――『続けろよ、反抗期。お前、今辛くないだろう?』
思わず、眼を見開いたことを覚えている。
視界が拓けた――と言い換えてもいい。宮里定光の閉塞した人生観は、この男の導きでフロンティアへと辿り着いたのだ。
……いや違う。有羽十三に言わせれば、俺の魂は初めからフロンティアにあった。アルカディアに至ったんだとでも言い直そう。
「持って生まれた役割なんかに、どうして縛られる必要がある? 家族、なんてその最たるものだろ――血の繋がりを厭わしいと思うのは環境によるものだが、それに反抗するかどうかは自分で決めるんだから」
この男は告げるのだ。いかにも軽薄そうな――俺が焦がれてやまない空舞う鷲の様に。
「要するにアレだ。はっちゃけが足りないぜ、定光? ヤンキーやるなら金髪にしとけ。あるいは銀」
5-2 一回でもメイク落とした奴は脱落者
「ま、アイツ、髪の色については断じて譲らなかったけどな。ああ言うのも魂が輝いてるって言うのかね」
自分で決めて、自分に従え。俺にとっては、それが十三が教えてくれたアルカディアだ。
だから今度は、俺がお前を連れていく。お前の魂を、元々あった遥かな空へと。過去の遺物どもが齎した、お前を地の底に繋ぎとめる足枷を、俺が外してやる。
「いいかっ――耳かっぽじってよく聞きやがれ、このクソボケ! お前ら両方のことだぞ、両方!」
傍の女が泣き晴らした目で、呆然とこちらを見ている。アルゴモンがぎょっとした表情を見せた――ように見える。クルウルウは人間を見ていない。
そして偉そうに輝くあの毒々しい黄金は、俺に一瞥もくれなかった。正直カチンと来たが、あの男ならきっと聞いていると信じて叫ぶ。
「いつまで引きこもってやがる! まだ寝てるなんて言わせねえぞ、この女はとっくに目ぇ覚ましてんだ!」
前世がショックだったかよ。Jに対して抱いている感情が、そこのデジモンの感情に由来するのかもと思ってるんだろう。髪色のこだわりだって、そいつのJを求める想念がそうさせたのかもな。
ああわかるぜ。俺も定国みたいになるのは怖かったよ。自分の思想が自分のものじゃなくなるのは怖い。まして、お前のそれは幼少期からどころじゃない。前世からの刷り込みだ。以前の俺とは比べ物にならないのかもしれない。
けどな――俺なりにアレンジしてこの言葉を送るぜ。
「振って湧いた宿命なんかに、どうして縛られる必要がある! 前世、なんてその最たるものだろうが!!」
俺を救ったお前がその思想を貫けなくてどうすんだ、俺まで救われねぇだろうが!
責任を取りやがれ、責任を!!
●
「そうだ、お前はそういう奴だった」
俺がそうしたんだ。俺もメイクを落とさないように生きたかったから――ちょっと危なかったが、コンサート中のメイク変更ぐらいに思って欲しい。
その言葉を覚えている。あの時の会話は今でも輝いている。
ゆえに今、ああこのときこそ、責任を果たそう。
「運命に抗うか、自分で決めろって言ったのは俺だよな。心配するな、思い出したぜ」
俺の魂は――少なくともデュラモンのそれとは別に確として存在する。そして皮肉なことに、今こうして完全にデュラモンと分離された俺は未だに"J"を好いているし、そう在ることを辛いとは一切思っていない。
それも当たり前のことだろう、何故なら――。
「寄越せ、デュラモン――!」
●
――異なる他者とのかかわりで、自らを規定していく。それが人間と言うものだ。
そこに責任はあれど嘆きはないが、俺が定光を今のヤツに変えてしまったように。
有羽十三=ツェーンという人間の根幹に、生まれる前から縁のあったLegend-ArmsとJがいる。
それを、我が身は傀儡なり――と嘆くような卑小な精神は、ああ。
(助かったぜ、定光」
自らの根底にある俺を光明と為し、光に変えたこの男の前で見せるには余りにみっともなさ過ぎる。
「心を決めるのが遅すぎる)
再び剣の形に姿を変えるデュラモンの、去り際の口の悪さに思わず苦笑するが、次の言葉でコイツの印象を大きく改めた。
(好きに振るえ。僕の全力を振るうことを――まぁ、許可してやる)
ツンデレアームズかよ。インテリジェンスツンデレソードかよ――そう言ってやると、今の一瞬で進化を遂げたデュランダモンは俺の裡でふて寝でもしたかのように黙りこくった。
「さて――待たせたか? 二人とも」
「おう、待ったぜバカヤロウ」
「ツェーン! ツェーン……君なんだね?」
元々デュランダモンが飛んでいたのは、クルウルウの頭上。俺には飛行能力までは付与されないようで、重力に従って足元のぶよぶよとした足場に着地する。
クルウルウは頭上で触手をなぎ払い、急にサイズダウンした頭上の羽虫を駆除しようとするが、それは人類に味方する神性が食い止める。
「ああ、俺だよ。ちなみに定光。俺はこの女に性癖全部筒抜けなので、お前の決死の説得の一部は既存情報だ」
「マジかよ勇者かお前」
「文面上のやり取りだとありゃ男にしか思えんわ」
「なーる」
「なに納得してるんだいツェーンはともかく君はぶん殴るぞ」
「ひぇえ、差別反対。許してクレオパトラ」
「ええいお前たち、デジタル・モンスター化でこの惑星の理に寄っているとはいえ、単騎で世界を滅ぼし得る神格を前に呑気な会話をするな……!」
晴れ晴れしい気分で雑談に興じていたのに水を差されてしまったが、まあアルゴモン・ヒュプノスの言うことも尤もだ。
「オーキードーキー、じゃあ"不滅の刃"のお披露目といこう」
究極に至ったLegend-Armsをクルウルウの頭上で構える。
全てを断ち、決して折れず、伸縮自在な聖剣、それがデュランダル[Durandal]。それが完全を超え、窮極に再び辿り着いた以上――世界を滅ぼす災厄など、既に幾度となく斬ってきた程度のものでしかない。
図に乗るなよ、別惑星の邪神。
「トゥエニストよ――斬り裂けぇッッ!!」
●
「……回収さんきゅ」
「ああ、ツェーン、ツェーン! よかった、君が無事で……!」
ちょっと調子に乗っていたので、クルウルウをぶった斬ったあとのことを考えていなかった。海産物系ではなく植物系の触手に回収してもらい落下死というくだらない結末は逃れたが、目下問題が二つあり俺はとてもげんなりしていた。
ひとつはめっちゃ汚れたこと。ダゴモン→クルウルウの身体を再度両断してやったのはいいのだが、もう俺が斬っていくのが先なんだか体内に落ちていくのが先なんだかさっぱりわからんぐらいの巨体のおかげで全身べっとり粘液塗れだ。レアモンを忌避していた筈のデュランダモンも。直剣の形と成ったデュランダモンに意識を向ければ、表に出るつもりはないようながら憮然としているのは理解できた……と、ここまではいいとして。
もうひとつは、3人とも砂浜に降ろされた直後から、Jがめちゃくちゃ抱き着いてくることだ。いやわかる、わかるよ。定光との大喧嘩はデュラモンの中で見ていたから。その気持ちが本心であることも、俺がそれを受け入れて何も問題ないこともわかる。これまでの俺や定光の危惧も……まあ流石に彼女の取り乱しようを見たら晴れるというものだ。定光のアホが口笛を吹いて囃し立てるのもまあいいだろうあとで一発殴るけど。
しかし……ぶよぶよした肉塊が全身に付着したままの俺に抱き着くものだから、Jの顔や髪にまでそれがくっついてしまう。抱きしめて頭を撫でてやりたいと思うのだが、俺の家で普通にシャワーを浴びたことからも、イグドラシルの権能でなんとかできるのは服だけだと推察できるので非常に悩む。
「とりあえず……戻るか……」
後から聞くと、苦笑を浮かべた俺の口から初めに出たその声は、随分と疲労が滲み出たものだったらしい。
●
アルゴモン・ヒュプノスのハッキングによってゲートの座標を変更し、海底都市イハ=ンスレイへの直通路を閉鎖すると共に蛙噛市へと帰還した。正確には理が違うため、正確にはデジタル・モンスターによるハッキングではなくヒュプノスによる神秘らしいが、詳しくはわからない。
時刻はどうやら深夜。濃密な時間だったが、12時間も経っていないようだ。
帰宅と同時にアルゴモン・ヒュプノスは姿を消す。再び情報収集の体制に入ったようだ。俺たちはと言えば、3人が3人ともぐったりとしたまま、俺の家のソファーにバスタオルを敷いて座っていた。
「流石に、疲れたな……」
「だねえ……お風呂でこの粘液を洗いっこしようとか……提案する気力もない……」
「……いや、言ってんじゃん……」
「悪い、帰ってきたらドッと疲れて、茶化す体力ねぇや……」
「いいよ……茶化すのは義務じゃないだろう……?」
体重をクッションに預け、のんべんだらりとした時間を過ごしているとインターホンが鳴った。それも何度も。しかも最後の方はメロディーを刻んでいる……どこかで、聞いたことのある音なのだが……、はて。
「定光ー……出てくれ……」
「いや家主が行けよ……」
「めんど……いや、おまえが一番汚れてないし……」
「てめっ……まあ……そうだな……」
些細なことに拘泥する体力もないのか、定光はのっそりとした動きで玄関に向かった。鍵を開けたのだろう、客人の声が聞こえてきて、先ほどのメロディーの正体に気が付いた。
「おん? あれれ……? ここ有羽の家じゃなかった? いやでも宮里家にしてはちっちゃいしな――ってYO! YO! YO! 宮里家のぼっちゃんじゃwwwwwwんwwwwタバコ吸うなら家の中で吸うもんじゃないぜwwww家ではママンのおっぱいでも啜ってなwwwwん? あれ? おっぱいって啜って良いの? 吸うもんじゃね? わっかんねーwwwわっかんねーwww僕独身貴族だからわっかんねーwwwww。あ、ぼっちゃんこれからもどうぞタバコ屋としてウチのコンビニをごwひwいwきwにwwwwwwwwwバタン」
コンビニの入店時洗脳用BGMだ……。近所迷惑と言って申し分ない声量で騒いでいる店長の声がする。さてはあの野郎酔っぱらってやがるな。定光の冥福を祈っていると、意外にも早く終わったって言うかあの酔っぱらい「バタン」って言いながらドア閉めたぞ……何しに来たんだ……。
店長の来訪で猶更憔悴させられた俺たちは、生気の抜かれたような顔で帰ってきた定光をねぎらい、Jに服だけ変えて貰ってそのまま雑魚寝した。イグドラシルの権能、クソチート過ぎる。
●
インスマスの探索からおよそ一週間。一応毎日J及び定光・アルゴモンペアと街の探索や情報交換をしていたが、デジタル・モンスターの影を匂わせる影は見つからなかった。
「平和な日々だねぇ……久しぶりに落ち着いて過ごせるよ」
Jは最近"放課後の付き合いの悪いやつ"という認識が広まったようだ。朝夕、俺や定光と一緒に登下校しているところから、パリピの民どもも学校以外では寄ってこなくなった。Jは流石に演技力抜群なだけあって、ロールプレイ上の"J"も素のJも学校では見せていない。
そんな"ちょっと変な優等生"レイラ・ロウは、放課後に俺たちがオフ会をしたレスファミでそう言った。銀色のスプーンでマンゴープリンを口元に運んだ優雅な手つきに目が吸い寄せられる。
「むむ、どうした? ツェーンも食べたいのかい」
視線に気付いたか、だが残念だったな。俺の視線はマンゴープリンに向かっていない、貴様の余りにも綺麗な細腕に目を奪われていたのだ。などと内心でカートゥーンの様にBAAAAAAAAANN! とか効果音出していると、Jはスプーンに掬い取ったぷりんを満面の笑みで差し出してきた。
「マンゴープリンをお食べ?」
「落ち着け@PD_otabe!」
周囲の殺意がヤバい。俺らの服装が制服のままなのも相まってマジでヤバい。というか一番殺意やばいのが俺の胸の裡でマジパネェほど震えてるインテリジェンスツンデレソードなのだが。Jだけじゃなくて俺にも常時デレてくれ。
「ふふっ、冗談さ。君が私の腕に並々ならぬ執着を抱いた視線を向けていたことは知っているよ――?」
プリンを自分で咀嚼するJの言葉で周囲の視線が別物に変わる。しかもドヤ顔で黒セーラーの襟元から肩を覗かせるものだからリアルコキュートスブレスである。
「別の意味で空気凍らせるなよ、マジで」
「あはは、ごめんごめん。でも君の趣味に合っただろ?」
「お前のそのムーヴは彼氏のエロ本を見たエロ漫画世界のカノジョぐらいしかしないと思う」
第四の壁がどこにあるのか混乱しそうなシチュのアレ。
「私は君の理想の女になりたいんだ、幻想の女ぐらい簡単に越えて見せるぞ」
そして帰ってきた返事がこれだよ。ややこちらを振り回すきらいはあるが、いい女にも程がある。そう思うと急に穏やかな気持ちになった。
「……なんだい? 雰囲気が変わったが告白かい?」
そういや返事待ちでしたね君。
「いいや。お前は初めからいい女だよ……って言いたかっただけさ」
「うぇ、あ、え、ちょ、不意打ち、不意打ちは、ずるいぞツェーン……」
作り物染みた白い頬が見る間に上気する。打たれ弱いところも可愛いぞ。
そうして平和な時を過ごしていた俺たちは、次なるデジタル・モンスターに繋がる情報が既に街に溢れていたことに気付いていなかった。
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平和な日々はそうそう長続きしないもので、数日後、定光とJの二人から「異星の邪神」「デジタル・モンスター」の情報があると告げられた。まあこれまでの流れを考えると俺たちはきっと同じ標的を追いかけているし、情報も多面的に仕入れた方がいいだろう。そう考えた俺は、面倒なので同時に話をしよう――と言って休みの日の朝から俺の家に集合させた。
「うぃっす、お待たせー」
俺が反応するよりも早く、前の日から泊まりやがったJが我が物顔で迎え入れた。
「ああ、構わないよ宮里君。少し待っておくれ、お茶を用意しよう」
……こいつ最近俺よりキッチンに立つ頻度高いんじゃないかな。奴の足取りが感情を反映しているのか、楽し気に揺れるJの銀髪の先端をぼーっと眺めていた。
暖かな湯気を立ち上らせるカップが4つ並べられたところで、定光の影よりぬっと顕現したアルゴモン・ヒュプノスとJがほぼ同時に口火を切った。
「天文学には明るくなかったかな? どうやら、日食が近いらしいな」
「アメリカ大陸のオクラホマ州に、不可思議な爆発跡があったらしい」
「「「――えっ」」」
……どうやら、次なるデジタル・モンスターも一筋縄ではいかないらしい。
Jも定光くんも疑ってごめん……ごめん……。
Jがツェーン氏に近付いた理由も、定光くんがそんなJに怒る理由もよく分かる……。つらい……。
十三少年の前世がデジモンというのも十分すぎるくらい衝撃的でしたが、Jがパートナーに向ける感情と十三くんという個人への恋募、そして定光くんの十三くんへの存在の大きさがこの話で一番ずっしり来た事実でした……。
お互いにある個人に対する譲れぬ感情があって、それのぶつかり合うという展開が私は大好きです。
己のレゾンデートルは己で決める!!!!!これを待ってました!!前世がなんだっていうのよ!!!キエエーー!!
男同士の友情というか、男が男に向ける(この言い方を嫌う人がいるとは分かっていますが敢えて使わせて頂くと)クソデカ感情がほんと好きで好きで……。お帰り十三くん……。
今回はJと定光くん、そして十三くんのそれぞれの真実が明かされた回ですが、ここまでの過程で読者を騙したり疑わせたりする必要があった訳で、でもそのためにはかなりの技術が必要な訳で……。そして真実の内容を見るに、魂を削らないと書けないですよこんなの……。パラ峰さんはすごいや!!!
ぶつかり合いを通じて仲良くなった気がする我らがツェーン氏に銀髪美少女J、ウザロン毛ヤンキー定光、苦労人神性アルゴモン・ヒュプノス、そしてインテリジェンスツンデレソードの最強チームなら無敵だ!行くぞ!うおおおお!
数話後の私、「最強チーム返して」って言ってそう。
追伸
ズバモンがJのパートナーデジモンだって予想当たった!わーい!(死)(つらい)