ケーキ屋さんといえば、小学生の将来の夢ランキング上位常連の職業だ。
しかし年齢が上がるにつれて徐々にこの手の職種はランキングから姿を消し、彼ら彼女らが中学校に上がる頃には、実質の正式名称であるパティシエ等の名も含めて、影も形もなくなってしまう。それは何故か。
恐らく、子供達は気付くのである。
家での手伝いや友達とのプレゼント交換、家庭科の調理実習といったものをきっかけに、初めて“料理”という概念に触れて。いたいけな少年少女達は気付かざるを得ないのだ。
料理って。特にお菓子作りって「めんっどくせぇ」と。
正確な値を要求される材料の計量や温度管理。何十分、何時間、場合によっては半日以上を平気で拘束される調理時間。重たい泡立て器を必死に持ち上げながら、徐々に重くなる生地やクリームを混ぜ続ける単調な重労働。なかなか食材の中心にまで通らない火。膨らまないスポンジ。全てを乗り越え一息吐いてから振り返ったキッチンに広がる地獄絵図じみた山盛りの洗い物。エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。
素人に兎に角優しくない工程の数々は、まず初見で成功体験など与えてはくれず、割に合わない疲労感と共に残された稚拙な出来の「初めての手作りケーキ」を見て、人は己が、美味しいケーキを作るのが好きなのではなく、人が美味しく作ったケーキを食べるのが好きなのだと悟るのである。
そしてそれは、なにも人間の子供に限った話では無い。
「やめよう、ケーキ作り」
地面に身体を投げ出し、大の字に寝そべって虚無の眼差しで青い空を眺めるそのデジモンの名は、ショートモン。ショートケーキの1ピースを模した頭部を持つ、小柄な成熟期の食物型デジモンだ。
種族としてのショートモンは、その見た目から連想する通り、お菓子作りをこよなく愛するデジモンである。デジモンの住まう世界・デジタルワールドに時折流れてくるお菓子作りに関するデータに目を通して日々勉強に励み、将来は自分の店を持ちたいと――ようするにケーキ屋さんを夢見て――接客業まで勉強しているという熱心なデジモンである。
個体としてのショートモン――すなわちこの、大の字になって寝ているショートモンも、最初は己をそういうデジモンだと考えていた。
ショートモンの上位種とも言える完全体の妖精型デジモン・ウェディンモンの下で修行に励み、菓子作りと接客、その両方の腕を磨き、同世代の中ではトップクラスの技術を身につけ、ついにウェディンモンのケーキを求めてやって来るデジモン相手に商品を出す事まで許されて――実際にその領域にまで踏み込んだというのに、むしろ、これまで胸の内に抱いていたひっかかりが、確信に変わってしまったのだ。
自分は菓子作りが大して好きではないし、「お客様の笑顔」とやらにやりがいや喜びを感じる質でも無いらしいな、と。
「いや、オレじゃなくてウェディンモンがとびきり変なヤツなんだよな。皆の幸せは別に自分の幸せじゃないよ、自分の幸せは自分の幸せだろうがよ」
周りに誰も居ない事を確認した上で、ショートモンはひとりごちる。つまるところ、このショートモンは、そういう事が言えてしまうタイプの性根をしていたのである。
「とはいえ、今更仕事に穴空けるのもな……」
しかし一方でショートモンは種族上の性質もあって生真面目なデジモンで、他者の笑顔に興味関心は無くとも、責任感は有しているものだから、今の今までこうして与えられた役割はきっちりとこなしてきたのである。それが出来なければ、ウェディンモンの店を任せられる筈も無く。
「どうにか良い具合に、店を抜ける口実でも転がってないモンか」
独立して店を構える、という体ならウェディンモンは喜んで送り出してくれるだろうが、喜び過ぎて開店祝いと称して押しかけてくる可能性が高く、なんなら売り上げが安定するまで云々と理由をつけて、援助までしてくると考えられなくもなく。
ウェディンモンさえ側に居なければ多少は羽を伸ばせるだろうが、ケーキの店を持ってしまっては、結局ケーキ作りから逃れることは出来ないのだ。ショートモンは、自分の腕と手際の良さも、自負できる程に有しているのだから。
結局、思い切って決心を口にしてみたところで、それだけで何か変化が起こるわけでも無し。ショートモンは気だるげに身を起こすと、結局惰性に突き動かされて、店への道を引き返し始める。
そも、休憩という体で外に出ていられる時間も、そろそろ限界であったのだ。その辺、どうしてもショートモンは、律儀で真面目なデジモンなのである。
だが、その日。
ショートモンが願いを言葉に出したから。……では無いだろうが、いつもとは異なる出来事が起きた。
「うん?」
見上げた空の向こう側。陽の光をきらりと反射して輝く、グリーンの装甲に身を包んだ人型の巨大物体が、背中に大きく広げたウィングと足裏から火を噴いて、ショートモンとは反対側の方角から、ウェディンモンの店に向かって飛んできているようであった。
「大型デジモンの客、か?」
それだけなら、まあ珍しいと言えば珍しい光景ではあったのだが、今までに無かった事でもない。
ないのだが――
ショートモンは、短い足でとてとてと地面を蹴る。
接客せねばという意識故に、というよりは、なんとなしに、そう悪く無い胸騒ぎを覚えての駆け足であった。
*
「ボクを助手にして欲しいんです!!」
セントガルゴモン助手です!! と、ハキハキと続けるそのデジモンの声は、体躯から想像する以上の、驚くべき大きさで鳴り響く。
案の定、先の個体と同様にウェディンモンに弟子入りしている小柄なショートモン達は、ほとんどが萎縮してしまっている。
先頭に立って対応にあたっているウェディンモンでさえ、そう大きい種族では無い上に、目の前のデジモンとの世代差もあって少々気圧されてしまっているようだ。
セントガルゴモン。究極体の、マシーン型デジモンだ。
全身に膨大な数の兵器を搭載した、超巨大なデジモンである。
「その……」
先端に生クリームの意匠が施された扇子で口元を覆い、慎重に言葉を選びながら、ウェディンモンが困惑気味に口を開く。
「ワテクシの能力であれば、巨大なデジモン用のケーキを用意する事も可能ですわ。ケーキをお求めであれば、すぐにご用意いたしますが……」
「いえ!! もちろんケーキは食べたいですが、ボクは、どちらかと言えばケーキを作るお手伝いをしてみたいのです!!」
「あ、その、申し訳ありませんが、もう少しだけ声のトーンをさげていただきたく……」
「おっと、これは失礼致しました!」
店の裏手から他の同族に合流したショートモンは、どうした、と手近な仲間に事の成り行きを問いかける。
「あ、リーダー」
「何かあったのか? いや、何かあったのは見れば判るが」
先程のけだるげな目つきを改めたショートモンが、数分前には「ケーキ作りをやめたい」とぼやいていたなど露ほどにも思わず、あのですね、と、彼の近くにいる数体が口々に経緯を話し始めた。
「見ての通り、あのデジモンが、セントガルゴモン様が来店なさったのですが」
「ケーキをお求めになるでなく、ウェディンモン様に会わせてほしいとおっしゃられて」
「それで、騒ぎを聞きつけて出てきたウェディンモン様に、今度は、自分を助手にして欲しいって」
「助手?」
同僚達は、一斉に頷き、セントガルゴモンの方に視線を移動させる。
「ボクは元々、テリアモン“助手”というデジモンでした!」
理由云々に関しては、今まさにセントガルゴモン自身が語り始めたところらしい。ショートモンも黙って耳を傾けた。
「ボクは、誰かをお手伝いするのが大好きなんです! それで、他のデジモンのために、できるお手伝いをなんでもしていたら、究極体にまでなってしまいました!」
変なデジモンだなと思ったが、ショートモンはやはりおくびにも出さなかった。
「そうしたら、「もう助手って立場じゃ無いだろう」と、故郷の皆に言われてしまって! でもボクはやっぱり、誰かの右腕的なポジションでいたいんですよね!」
いやそれは結構厚かましいなと思うショートモンだったが、顔には出さずに済んだ。
「それで、故郷でそれができないというなら、外の世界で、やった事の無いジャンルの仕事を手伝ってみたいなと思いまして!」
「と、言いますと」
「ここに来るまでに、舞台演出、医療現場、乗り物系列、製造、工事……他にも色々、助手というワードで思い付くところは片っ端から当たってみたのですが!」
「節操無しか」
いよいよ堪えきれずにショートモンは小声でつっこんでしまったが、その場の誰もが大なり小なりそう思っていたので、誰も咎めたりはしなかった。
加えて、幸い。自分の声が大きいのと、地面から距離が離れているために、セントガルゴモンの耳には届かなかったらしく、彼はそのまま言葉を紡ぐ。
「「お前は大き過ぎるし、強過ぎる」と、悉く断られてしまいまして!」
まあ、そうだろうなと、いよいよ表情を引きつらせるショートモン。
人間の世界にも、人使いの荒い金持ちの旦那が、新しい屋敷に出てきた妖怪にあらゆる家事をさせる、という落語の噺があるのだが、その中でも大入道――すなわち巨大な化生は、持て余し気味に描写されていた。
過ぎたるは及ばざるがごとしという諺があるように、必要以上に大きいものが扱いづらいのは世の常である。
「こちらのウェディンモン様は、デジモンをハッピーな気持ちにするのがお好きだと伺いました! ボクは誰かのお手伝いができるとハッピーなデジモンなんです! そういう訳で、お願いします! ボクをアナタの助手にしてくれませんか!?」
「ええっと」
当然、それはウェディンモンにしても同じ事だ。
「お言葉ですが、セントガルゴモン様。……ケーキ作りのご経験は?」
「ありません! 未経験者です!」
「一応尋ねておきますが、特技や強み等はございますか?」
「圧倒的パワーですね! 並大抵の相手であれば、その数に関係無く全身の火器で粉砕できます!」
「あまりにも“暴”の存在……」
ただでさえ、彼女にはショートモン達という配下にして弟子達が居る。経験も無く、その大きさ故に通常の仕事は頼めないであろうセントガルゴモンを“弟子”では無く“助手”として雇うなど、彼らの面子を潰しかねない。
その上、ウェディンモンは先に述べた通り、巨大ケーキを用意したければ、自分の能力で出現させる事が可能なのである。セントガルゴモンに菓子作りの知識や経験があったとしても、彼を雇うメリットはほぼほぼ存在しないのだ。
「その……申し訳ありませんが、セントガルゴモン様」
悩んだ末に(結論は決まっている。悩んだのは、言葉選びの類だ)、率直に。
ただただ精一杯の誠意を持って、ウェディンモンは頭を下げる。
「ワテクシの店では、セントガルゴモン様を雇う事はできそうにありません。セントガルゴモン様の更なるご活躍をお祈りしております」
「ワオ! 耳にタコができるほど聞いたお祈りです! 即ち不採用という事ですね!」
そうです、と、消え入るように、ウェディンモン。気温が高くなりがちな厨房での作業中も汗ひとつ流さない彼女の額や首筋からは、つぅ、と幾重にも冷や汗が滴っている。
セントガルゴモンの方も、いちいちエクスクラメーションマークが付きそうな程大きな声故にテンションは高そうに見える一方で、簡略化した犬の顔が付いたメガトン級ミサイルを装填した肩を落としているのが見て取れた。普通にショックであるらしい。
「こうなっては今度こそ最後の手段! ワクチン種としてあるまじき行為かもしれませんが、助手というポジションに返り咲けるのならば致し方ありません。ダークエリアの魔王の下へと赴いて、戦闘を補佐する助手として雇ってもらえないかお願いしてみましょう! では――」
「あのあのあのあの、少々、少々お待ちになってください」
あからさまに狼狽えた様子で、ウェディンモンはセントガルゴモンを引き留めた。
「うん?」
「あの、兎に角、しばしお待ちを。……よろしければこちらのケーキをご賞味なさってください!」
「なんと! ご厚意に感謝致します、ウェディンモン様!」
どん! とウェディンモンが扇を振るうなり一瞬で生成された、セントガルゴモンのサイズに合わせた巨大ショートケーキが、彼女の意図を察してショートモン達が急いで広げた専用シートの上に落ちる。
その場に正座し、本来はショートモンの得物である巨大フォーク(もっとも、セントガルゴモンからすれば若干小さそうではあったが)を借りて生クリームごとスポンジを切り取るセントガルゴモンを尻目に、ウェディンモン達は一所に集まって、声をひそめて会議を始めた。
「どうしましょう。セントガルゴモン様は見るからに強力な究極体デジモンです。そんな彼が魔王型の軍門に降れば、どの魔王かにもよりますが、彼らも勢いづきましょう」
魔王型デジモンの中には、世界征服を己の生業と考えている恐るべき者も居るという。もしも彼らが侵攻を始めた時に、その理由の内にセントガルゴモンの参入があったとすれば、流石に責任は取れないと、ウェディンモンは人間のものに近い顔から血の気を引かせていて。
「とはいえやはり、ワテクシには、彼を雇う事が……」
そして同時に、ウェディンモンは1体の職人として、お菓子に関してド素人のセントガルゴモンを自分の右腕として雇うと首を縦に振る事はできなかった。
それは、彼女の矜持である。口先だけ、名目上の助手として雇う事はけして不可能では無いとはいえ、彼女自身の矜持が、それを許さない。先にセントガルゴモンが尋ねた他のプロフェッショナルデジモン達にしても、きっとそうであったのだろう。
どうしよう、どうしたものかと、皆がうんうんと首を捻る中――ふと、あのやさぐれ気味のショートモンはただ1体、この状況に、活路を見出す。
「ウェディンモン様」
スッ、と、思い立つなり、ショートモンが自身の右手を持ち上げる。
「どうなさいまして?」
「ウェディンモン様の助手とするには不適格ではありましょうが、オレの、となると、いかがでしょうか」
他のショートモン達がざわめく。それは、と、ウェディンモンも言葉尻に困惑を滲ませた。
だが、ショートモンは構わずに続ける。
「実のところ、不届きな話ではありますが、独立、という考えが近頃脳裏を過っていなかった、と言えば嘘になります。この際です、ウェディンモン様さえお許しくださるなら、彼を助手として、独り立ちしてみたいと思うのですが」
いかがでしょう。と、僅かに語気を強めて、再度伺いを立てるショートモン。
ウェディンモンが、畳んだ扇子を口元に当てた。
「確かに、アナタはショートモン達の中でも抜きん出て努力家で、相応の実力も身につけています。そうでしたか、独立……」
ショートモン達を掻き分け、この1体の下に歩み寄り、ウェディンモンは膝を曲げて、なるべくショートモンと視線を合わせて彼の若葉色の瞳を覗き込んだ。
「独り立ちを望むのであれば、ワテクシに止める謂れはありません。アナタは既に、それだけの実力を有していますから」
むしろ、と、バイザーで覆われ伺う事のできない彼女の眼差しに、申し訳なさそうな感情が混ざり込む。
「アナタの旅路に、大きな悩みの種を背負い込ませる事になるやもしれない点について、心苦しく思いますわ」
「悩みの種だなんてとんでもない。彼の来訪が無ければ、自分でも踏ん切りが付かなかったでしょうから。これはありがたいきっかけだと、オレはそう考えようと思っています」
なんて立派な同胞なのだろう! と、他のショートモン達から歓声が上がる。
だが実際にはやさぐれているショートモンはといえば、内心必死、ここが踏ん張りどころ、といった心持ちである。
ウェディンモンの干渉を受けない形で彼女のケーキ屋を去り、ケーキ作りともこれでおさらば。
彼には職人としてのポリシーは無いため、セントガルゴモンが凄まじい戦力を誇るというのであれば、上手い具合に言いくるめて護衛として運用する事もやぶさかでは無い、と、既に皮算用まで始めている始末だ。
「心配なさらないでください、ウェディンモン様。オレはセントガルゴモン氏を心強い味方につけて、立派にやってみせますとも。まずは、巨大な彼と共に落ち着ける土地を探しつつ、お菓子の移動販売に力を入れてみるのも手かもしれません。しばらくは便りも出せないやもしれませんが……」
「うう、そう言われてしまうと、一層寂しく感じてしまいますわね」
「はは、だからそう、心配なさらずに。ウェディンモン様から教わったノウハウを用いれば、きっといかなる困難も乗り越えられましょう!」
事実この瞬間、ショートモンは接客業を身につける上で学んできた話術を巧みに操り、ウェディンモンをなだめすかす。
それを彼の“情熱”と解釈して、そもそも止める気自体は無さそうだったとはいえ、ウェディンモンも納得したのだろう。
「わかりました。では、影ながらアナタの活躍を応援しています」
応援しています! と、他のショートモン達もウェディンモンの台詞に続く。
勝った。と心の内でほくそ笑み――だが、まだ完全に話が纏まったわけでは無かったな、と、ショートモンは視線をウェディンモンから、彼女の背後へと移した。
「もっとも、まだまだ若輩のオレを支えてくれるかどうか。まずは、セントガルゴモン氏の意向を確かめねばならないのですが」
*
「いややっぱりちょっと無節操が過ぎるな」
「何か仰いましたか!?」
「いやなんでも」
あと、エクスクラメーションマークを2つほど減らしてくれると助かる。と、セントガルゴモンの背中側の首付近に掴まりながら、ショートモンは、自身はごくごく抑えた調子の声音で、ぼやくように呟いた。
そのお陰でうまくウェディンモンの下から旅立てたとはいえ、成熟期の配下に収まる事さえ是とする彼の節操の無さには、ショートモンも呆れを通り越して若干の不気味さを覚えずには居られなくて。
現在2体はウェディンモンの下を発ち、セントガルゴモンの飛行能力によって、ゆっくりと空の旅を楽しんでいた。
正直最初はとっかかりが少なくつるつるとよく滑るマシーン型の背に乗っての飛行を渋っていたショートモンだったが、セントガルゴモンはデジタルワールドのアーカイブに「スピードが無い」と明記されている程に機動力には難の在るデジモンで、それだけに振り落とされる等の心配は要らなさそうな速度で飛んでいるため、乗ってみるとこれが案外快適なもので。
何より、高いところから見下ろすというのは気分が良い、と、ショートモンは密かに口角を上げる。そういう性分なのである。
「それで!」
結局エクスクラメーションマークは1つ分しか減っていない声音で、セントガルゴモンが問いかける。
「まずはどこに向かいましょうか、シェフ!」
「ん?」
「もちろんアナタの事ですよ、シェフ・パティシエ! 助手として、上に立つ方の呼び方も色々勉強しているんですよ!」
シェフ。シェフ・パティシエ。日本語で製菓長。店舗におけるパティシエの最高位である。
「ああそうか。独立したから、オレが一番偉いのか」
他に勉強する事は無かったのかと思わなくはなかったが、それはそれとして良い響きだ、と、ショートモンは目を細める。菓子作りをやめようと考えている身だとはいえ、偉い肩書きが持つ響きには、それ相応の魔力があるのだ。
「そしてボクはスー・シェフという事になる訳ですね! それでこそセントガルゴモン助手!!」
「……」
スー・シェフ。シェフの次に偉い料理人の事である。
いや未経験者がそれはやっぱり不遜が過ぎるんじゃ無かろうかと思いつつ、まあ2体しか居ないのでと自身を説得して、ショートモンは出かかった台詞を呑み込んだ。
「ええっと、それで。どこへ向かうのか、だったか」
代わりに話題を変えると、「はい!」とセントガルゴモン――彼の意思を尊重して呼ぶのであれば、セントガルゴモン助手は元気良く応じる。
「帰巣本能に従って一旦故郷の方角に向けて飛んでいますが、目的地があるのならいつでもおっしゃってください!」
犬の名前が付いているとはいえ、マシーン型にも帰巣本能はあるのだなとショートモンは感心する。
「いやまあ、あては無い。君の気が済むなら、ひとまずそちらに向かおう」
「わかりました! では、故郷に着いたら、ボクもついに助手に返り咲いたと自慢して、それからシェフの事も皆にご紹介しますね!」
「うーん。一応上司として先にオレの紹介をして欲しいところ」
とはいえ、と、ショートモンは宙を見やる。
(コイツの故郷でケーキ屋を開くことになっては元の木阿弥。何か手を打つ必要があるな)
どうしたものか、と思案するショートモンに、そうだ! とまたセントガルゴモン助手が声を張った。
「ボク、折角スー・シェフになったのだから、1度お菓子を自分の手で作ってみたいです! ウェディンモン様がごちそうしてくださったケーキ、ボク、自分のサイズのケーキを作ってもらったのって初めてだったから、美味しいだけじゃ無くて、嬉しかったなあ!」
「……」
ニコニコと声を弾ませるセントガルゴモン助手に、ぴん、とショートモンの頭上にも飛び出すエクスクラメーションマーク。
(そうだ、コイツの大きさは、戦闘以外の場面では持て余し気味だが――コイツサイズの物を作る上では、その限りじゃ無い)
ショートモンは、セントガルゴモン助手の肩から軽く身を乗り出し、彼の顔を横から覗き込んだ。
「ん!? どうしましたかシェフ!」
「それなら早速。故郷に向かう前に、オレが作り方を教えるから、君のサイズの菓子を実際に作ってみてはどうだ?」
「ボクサイズの、ですか!?」
ショートモンは頷いて、それがセントガルゴモン助手に見えたか確信が持てなかったため、「うん!」と大きめに声を張って応じた。
「スー・シェフを名乗るんだ。簡単な焼き菓子ぐらいは教えておかなければ、オレも面目が立たないからな。それに、巨大デジモン用の菓子が現状あまり世に出回っていないというのなら、それを売り出せば、それなりの需要を確立できるんじゃ無いかなと思ってね」
「おお、実に店を構えるシェフらしい発言! そんなアナタに付き従うボクの助手レベルも上がるというものです!」
助手レベルって何だろう。ショートモンはどうにか傾きかけた首の角度をそのままに留めた。
それはさておき。
ウェディンモンのような特殊能力も無いショートモンの体躯では、巨大デジモン用の菓子を生成する事は難しい。
なので、自分はあくまで指示役に回り、セントガルゴモンに菓子を作らせる。そうすれば、今まで学んだノウハウは活かしつつ、自分は直接製菓に携わらなくても良い、と。ショートモンは己の思いつきを、実に冴えた考えであると満足げに頷いた。
「そうと決まれば、大型デジモンの滞在スペースがある町に降りよう。幸い材料や一部の道具はウェディンモンが持たせてくれたから、データを複製したり拡大したりすれば、それなりの大きさの物も作れると思う」
「では、ボクがウェディンモン様のお店に立ち寄る前に休憩に使った町に向かいましょう! ……あれ? そういえばシェフも、ウェディンモン様の事、ボクと同じように様付けで呼んでいませんでしたっけ!?」
「アレだよ、独立した以上対等な立場だから、いつまでも敬ってばかりでは逆に失礼かと思ってね」
「わあ! プロっぽい発言! かぁっこいい! 助手のボクも鼻高々です!」
適当に誤魔化したのは自分の方だけれど、良かったのかな、と、ショートモンは思考とは違う意図で、再び遠い所を眺めた。
*
「という訳で、まずは簡単なクッキー……ショートブレッドを作ろう」
巨大デジモンの休息スペースとして解放された広場にて、兵装を一つ空けて保管していた薄力粉と砂糖、そしてバターをショートモン達は広げる。
デジタルワールドは、全てがデータでできた世界。なので、材料を専用のデバイスでコピー&ペーストすれば、現実では多少無理のある量でも、比較的簡単に増やすことができる。
加えて道具も拡大という体で巨大化させれば、セントガルゴモンサイズの調理器具もあっという間に完成だ。
「ショートブレッド! ……短いパン?」
「ショート、というのはこの場合、「サクサクした食感」を表す単語らしい。それから ブレッドは確かにパンを意味する単語だが、焼き菓子を指す言葉としても使われているようだぞ」
ショートブレッド。スコットランドの伝統的な焼き菓子である。
小麦粉・砂糖・バターの3種の材料だけで作ることができるシンプルなお菓子で、バターの風味をより強く味わえるのが特徴だ。
「分量は調整しておいたから、出してある分を全てボウルに入れるといい。それから、手で揉み込むようにして、全体を一度パン粉状にほぐしながら混ぜるんだ」
「わかりました! やってみます!」
「ちなみにこの工程は「ラビングイン」というそうだぞ」
「へぇ~! かぁっこいい!」
力には自信があると言っていた通り、セントガルゴモン助手はしっかりと生地をほぐし、その後ひとまとまりになるように圧をかけて捏ね上げる。
調理工程が単純だというのもあるが、その後の平らに伸ばす作業や切り分けも、すんなりと彼はこなして見せた。
「ふむ、なかなか筋が良い」
「えへへ、何て言ったってシェフの助手、スー・シェフですからね!」
まあ肩書きは自称なのだが、と。そろそろ脳内でツッコむのも面倒になってきたショートモンなのであった。
「『テイストーン』!」
セントガルゴモン助手が切り分けたショートブレッドの生地に、ショートモンが自前の巨大フォークで表面を窪ませる。大きさと数があるだけにそれなりの重労働ではあったが、最初の調理だ、指示だけという訳にもいかないだろうと、流石に身体を張った形である。
「なんだか一気にお菓子らしくなりましたね!」
「一応、ショートブレッドの基本的な形はできた訳だからな。もっとも、本来形状に決まりは無いそうなのだが、それはさておき。次は170度に熱したオーブンで生地を焼く――の、だが」
本来は、と、2体があたりを見渡しても、オーブンはこの場所に置かれていない。
構造の複雑な精密機器の類は拡張が難しく、セントガルゴモンサイズのものは用意できなかったのだ。
「と、いうワケで! 今回はボクの火炎放射器を使います!」
「……他所に燃え移らせないよう、そして焦がさないように気をつけてな」
ちなみに足裏のバーニアを用いる案もあるにはあったが、絵面を鑑みて、流石にショートモンが却下した。
耐熱板で囲いを作り、指先から炎を射出しながら遠火で炙る事約20分。それなりの長時間同じ体勢を維持しなければいけなかったセントガルゴモン助手だが、彼が音を上げる事は無かった。
バターが溶け出さないよう「白く焼き上げる」のを是とするショートブレッドにしてはこんがりとした色になってしまったが、焦げた、という程ではない。加えて、ふんわりとあたり一面に漂う小麦粉とバターの香りはいかにも「焼き菓子を作った」という実感を制作者に与えてくれるもので。
「わあ! ボクでもおいしそうにできました!」
「うん、初めてにしてはそれなりだな」
ショートモンの膂力でも簡単にほろほろと崩れるショートブレッドの端を一欠片つまみ取って口に運べば、香りの通りの出来である。
フォークを突き刺す必殺技『テイストーン』で切り分ければ、しっかりと中にも火が通っているのが見てとれた。
ふふ、と、セントガルゴモン助手が微笑ましげに、自分の作ったショートブレッドと、その側で検品中のショートモンを見下ろす。
「何だ?」
「いや、このお菓子を積み上げれば、シェフのおうちまで作ってしまえそうだなって!」
「おうち」
「ケーキ屋さんの店舗も、お菓子の家にしたらおもしろいかも! なんて、思ったりして!」
「なるほど、お菓子の家。ヘクセンハウスか……」
ショートモンの中で、セントガルゴモン助手に巨大菓子を作らせる意味がますます大きくなる。
直接食べるには大き過ぎるにしても、お菓子の家と聞いて憧れないデジモンなど、特に幼い世代ともなれば、そうはいないだろう。
本人も意図せずビジネスチャンスを口にできるのは、助手として在る内に育まれた経験が成せる技かもしれないな、と。ショートモンは密かに感心する
だが、「でも」の接続詞で言葉を繋いだのは、他ならぬ提案者であるセントガルゴモン助手自身で。
「今みたいに器具が無い状況では量は作れませんし、材料だって、単純に増やせば良いモノばっかりじゃありませんよね? なら、実際に家を作るのは難しいかもしれません!」
そんなきっぱりと断言する事では無いのだが、事実は事実ではある。
粉や液体、それらを固めただけのものについてはコピー&ペーストによる増殖で増やせるが、卵や果実といった、それだけで1つの物体である材料についてはそうもいかない。
増やして使うには、セントガルゴモン助手にとっては細か過ぎるし、だからといって拡大すれば、味まで大味になってしまう。
「まあ、今考えても仕方が無いですね! 滞在させてもらっているお礼に、まずはこの、初めてのショートブレッド、この町の方にお配りしてこようと思います!」
巨大化させた皿に、ショートモンが割った1つを残してショートブレッドを積み上げて抱え、セントガルゴモン助手がその場から立ち上がる。
「全部やってしまうのか、お前が作ったのに」
「ケーキ屋さんの助手ですからね! みなさんに喜んでもらえれば、助手としても嬉しいですから!」
弾むような足取り(実際にこの巨体が弾むと危ないため、あくまで「ような」だ)で居住区に向かっていくセントガルゴモン助手の背中を見送りながら、やっぱりとびきり変なデジモンだなと独りごちって、もう一口。彼は巨大ショートブレッドの欠片を、小さな口へと放り込んだ。
*
「では、こういうのはどうだろうか」
「と、言いますと!?」
最初に割ったショートブレッドの残りを一口で頬張っていたセントガルゴモン助手が、ショートモンの発言にも食いつく。
「材料集めだよ材料集め、故郷に帰る前に」
ショートモンの案は、こうだ。
巨鳥型デジモンのデータを取り入れた巨大卵に、巨大な木のデジモンの背に成る巨大果実。そして、セントガルゴモン助手の体躯に合わせた巨大電動泡立て器にオーブン。
目下の目的地である故郷に帰るのは、それらのアイテムを手に入れてからでも良いのではないか、と。
「まず卵について。これは前例があるんだ。食材としての卵データに、巨鳥型のデータを掛け合わせると、味を保ったまま、ある程度大きさを付与する事が出来る」
デジモンはデジタマと呼ばれるタマゴから孵る種ではあるが、自分達が卵を産んで増える生き物という訳では無い。故に、鳥のデジモンと言えども実際に卵を産む訳では無いのだが――「鳥から生成されるもの」のデータとして、卵と相性は悪くないらしい。
なるほど! とセントガルゴモン助手が頷いた。
「卵さえあれば、お菓子のバリエーションもいっぱい増やせますもんね!」
「うん。羽1枚分のデータがあればそれでいいから、これに関してはコカトリモン系列のデジモンをあたるなりすれば、簡単に手に入れられるだろう」
問題は次だ、と、ショートモンが指を立てる。
「巨大果実、ですよね!」
「これに関してはウワサに過ぎないのだが……」
デジタルワールドの北方を守護する聖獣・シェンウーモン。
彼は人間の世界で同じ役割を担う“玄武”と呼ばれる大きな亀と似た姿をしており、その背には、自分の身の丈ほどもある大きな大きな木を背負っているのだとか。
「その背の木にも、どうやら果実が成る事がある。……らしい」
「木ですもんね! 成りますよね!! ……食べられるんですか!?」
「ウワサなんだ。ウワサによれば――食べられる上に、大層美味だと」
「真相がわからないとなると、いっそう気になりますね!」
君が乗り気なら何よりだと、当面の目標も定まったとあって、ショートモンは安堵の息を吐く。
「とはいえ、シェンウーモンは幻を用いて己が巨体すら簡単に隠してしまうデジモンだと聞く。容易には見つけられないと思うが……」
「あ! その点はご安心ください! 高性能レーダーを搭載していますので! 幻を見破るのは得意中の得意です!」
「便利だなぁ」
マシーン型究極体は伊達では無いのである。
「ひとまず、北の大陸に向かってみよう。巨鳥型デジモンの羽についても、なんなら道中で手に入れられるだろうし」
「わかりました! 少し迂回する形にはなりますが、ボクの生まれ故郷もその辺りなので、シェンウーモンを見つけた後はそっちに直行できると思います!」
故郷の方角は帰巣本能で判ると言っていた以上、そうなると道に迷う心配も要らなさそうだなと、重ねて安堵するショートモン。
「では、今日のところはしっかり休息を取って、明日からはシェンウーモンを探しに向かうとしよう」
「休むのも仕事の内という事ですね! プロだなぁ!」
プロの敷居が低いなと思いつつ、ショートモンは今回も、曖昧に笑ってお茶を濁した。
*
それから幾日もの時間をかけて、2体は北の大陸、さらにその果てを目指した。
海を越え、山を越え。
熱帯植物の生い茂る密林を、赤茶けた砂の広がる砂漠を、そして真っ赤な溶岩の噴き出す黒々とした火の山を越え――
「なあ、セントガルゴモン助手」
「何でしょう!」
「北の大陸、その果てに向かっているんだよな?」
「はい! シェンウーモンが居るのはその辺りだと伺っていますので!」
「北の大陸は奥に行けば行くほど寒いと聞いて、最初に寄った町で防寒具を揃えた記憶があるのだが」
「あっついですね! ここ!」
「あっついなぁ」
「見てください! あの岩なんて平らな上に溶岩に囲まれていますから、ボクサイズのホットケーキが焼けますよ!」
「ほんとだなぁ」
薄々勘付いてはいたが、「まあ帰巣本能があるなら大丈夫か……」と胡座をかいていたショートモンも、いい加減に確信する。
この地は、北の大陸ではないと。
道中誰かに尋ねればこんな僻地にまで足を運ばずに済んだかもしれないが、ショートモンはこういう性分の輩にありがちな事に、他者にものを尋ねるのがあまり好きでは無いタイプであった。
「なあセントガルゴモン助手」
「何――あ、ちょっと待ってください!」
とはいえ今更だとしても、気付いた以上はとっとと引き返すべきかと、セントガルゴモン助手の肩口から身を乗り出して――だがそんなショートモンを制止すると共に、セントガルゴモン助手も、その場で静止する。
「?」
「レーダーに巨大なデジモンの反応を確認しました! シェンウーモンかもしれませんよ!」
「は?」
シェンウーモンが居る場所では無い筈なのに、幻の聖獣と謳われるシェンウーモンクラスの反応がある。
それは、とても。歓迎できる事態ではないように、ショートモンには思えて。
「いや――その、待て。待て待て待て。セントガルゴモン助手、今からでも引き返した方が――」
「あ! なんか必殺技撃ってきたっぽいですね!」
「は? あ」
次の瞬間視界に迫ってきたのは、紅。真なる紅。
この辺一帯の火山が全て噴火して、その火がひとところに集めたかのような炎の塊。
太陽が降ってきたのだと。一瞬、ショートモンはそんな錯覚を覚えた。
「そおい!!」
足裏のバーニアを稼働し、普段からは考えられない程俊敏な動きでその場を跳び退くセントガルゴモン助手。それでも、彼の「高性能レーダー」とやらが無ければ、きっと炎の余波を掠めていた事だろう。
そうなれば、マシーン型らしく鋼鉄のボディを誇るセントガルゴモン助手は兎も角、一成熟期としても戦闘力の弱いショートモンなど、灰も残らず消し飛んでいたに違いない。
頭部のクリーム風の部分が溶け出しそうな、息をするのも辛い熱気に囲まれながらも、ショートモンの背筋にだけは、つぅ、と冷たい感覚が滑り落ちた。
言葉を発する事すらままならない。
逃げよう、と。たったのその一言を、あっという間に掠れた喉と、震えのせいで合わない歯の根が許してくれそうもなかった。
にもかかわらず。
「情熱的なアイサツですね! ボクも負けていられません! こんちには!! シェンウーモンさん!!」
あまりにもあっけらかんとした調子で、セントガルゴモン助手が声を張り上げる。
「突然ですが、背中の果実を分けてもらえませんか!?」
返事は無く、咆哮は有った。
次の瞬間2体の前に文字通り飛び出してきたのは、巨大なセントガルゴモン助手を遙かに上回る体躯の、鳥。
否、シルエットはどこか竜にも近い。確かなのは、常識にさえ囚われない、規格外の存在である事だけ。
4対の翼は先に放たれた炎よりも赤く、紅く、明く。
それよりも深い、4つの真紅の瞳に宿った感情が、「些細な苛立ち」とだけ、感じられるのみ。
「ひいふうみい……なんと! 12個も果実をお持ちじゃないですか!! これならひとつくらい分けてもらえそうですね、シェフ! ……あれ!? でも、亀ってあんな生き物でしたっけ!?」
「バカバカバカ! そんなワケがあるか! そもそも宙に浮いてるアレは果実じゃ無い! アレは、いや、あのデジモンは――」
刹那、新たな炎が、差し向けられた。
「スーツェー、モン……!」
からくもセントガルゴモン助手がそれを回避した後で、ショートモンが辛うじてその名を絞り出す。絞り器の端を丸めて寄せ集めひねり出す、生クリームの最後のひと絞りのように。
スーツェーモン。各方角を守護する聖獣デジモン“四聖獣”の一角――“南”の守護者。リアルワールドにおける、“朱雀”の似姿。
そして、彼は。四聖獣の中で最も気性の荒いと伝えられている。
どのくらい荒いかというと、意味無く近付いてきた相手――ちょうど、今のショートモンとセントガルゴモン助手のような――を、見境無く焼き滅ぼす程度には荒い、と。
あちゃー! と。デジモン名を耳にして流石に察したのか、セントガルゴモン助手はぺろりと舌を出した。
「うっかり、うっかり! デジタルワールドの北と南って、昔位相のズレがあったとかなんとかで、間違えやすいんですよね!!」
「ばかぁもう! 帰巣本能云々のくだりは何だったんだばかばかばか!」
「てへ!! でも助手キャラはちょっとぐらいドジを踏んでしまう方が愛嬌があって人気が出るものなのです!」
「愛嬌の代償に雇い主を死の危険にさらす助手がいてたまるかばかぁっ!!」
いや、言い争っている場合じゃない、と、一周回った怒りが恐怖を上回って、ショートモンの思考を現実へと引き戻す。
そうこうしている間にも、スーツェーモンの必殺技『紅焔』は幾度となく2体の下へと降り注ぎ、その度にセントガルゴモン助手は回避を続けている。
「とにかく逃げるぞセントガルゴモン助手! 避けられるなら逃げられるだろう!?」
「あ、無理ですね多分! 見て避けるのと背中を向けて逃げるのとでは、出力するエネルギーが違うので! 瞬発力による回避なら兎も角、ボクの移動速度では、普通に撃ち落とされると思います!」
ショートモンは「おわった」と思った。
「おわった」
今回ばかりは、口に出さずにはいられなかった。
「まだ始まったばかりですよ、ボク達の冒険は!」
それは終わる時に使うあおりでは? とショートモンは思ったが、当然、セントガルゴモン助手にそんな意図は無いらしい。
「そういうワケなので、シェフ! しっかり掴まっていてくださいね!?」
「は? どわぁっ!?」
ぐん、とセントガルゴモン助手の体高が沈む。クラウチングスタートを切る陸上選手のように前傾姿勢を取ったのだ。
「こういう時は」
そして、その構えを取った以上、次の動きは決まっている。
「臆せず、前に回避が鉄則です!」
刹那、セントガルゴモン助手の足下が、何の誇張も無く文字通り爆ぜた。
ありったけの出力で足裏から火を噴き出し、セントガルゴモン助手は猛スピードで、跳ぶ。
「うおおおおお!?」
死に物狂いでセントガルゴモン助手に掴まるショートモンの瞳に映るのは、幽かな困惑を宿したスーツェーの4つの眼。
はっきりと感情をうかがえる程度には、かの凶暴な聖鳥の巨躯は間近にまで迫っていて。
「『バーストショット』!!」
そしてスーツェーモンの隙を突いて打たれる次なる一手は、至近距離からの火器による集中砲火――ではなく、主に手首のガトリングから自身の足下に向けての爆撃。
刹那、幾重にも爆ぜた火薬、その爆風に乗って、今度は上へと、セントガルゴモン助手は飛ぶ。
スーツェーモンは、その体色が表す通り炎の属性を持つデジモンだ。爆撃や熱による攻撃には、当然耐性を持っている。
なので。
「とりゃああああ!!」
「ほぎゃああああ!?」
目的の高度まで達したセントガルゴモン助手は、重力に任せて自由落下を開始する。
ショートモンは回る視界の中、自分の小さな手がセントガルゴモン助手から離れていかない事に、一種の奇跡を感じていた。
マシーン型として、セントガルゴモン助手が算出した落下地点は――スーツェーモンの、首の上。
スーツェーモンは、確かにセントガルゴモン助手を遙かに上回る大きさを有している。
だが、それはセントガルゴモン助手を単純な「落下する鉄の塊」として見た時に、激突を無視できるサイズである事を意味している訳では無いのだ。
「ちぃ」
舌打ち。必殺技名さえ宣言していなかったスーツェーモンが、咆哮以外で初めて口から発した音声である。
即ちそれは、あくまで「目障りな侵入者」でしかなかったセントガルゴモン助手に対する脅威度を改めたという事。
スーツェーモンは、一瞬にしてセントガルゴモン助手の居る高度にまで上昇する。セントガルゴモン助手の落下速度が、己にとって致命的なものになるよりも速く。
セントガルゴモン助手は突如として足下にまで昇ってきたスーツェーモンの首に、少々勢い良く飛び乗るだけの結果に終わり、その騎乗も早々に打ち切られる。
「っとわぁっと!」
スーツェーモンが軽く頭を振っただけで足場として機能しなくなったその首から、セントガルゴモン助手は振り落とされた。
とはいえ高度もあったために、体勢を整える時間には困らなかったらしい。セントガルゴモン助手は空中で身を捻り、今更のようにショートモンの落下を防ぐため彼の傍に片手を添え、どしん! と固まった溶岩をまき散らしながら両足での着地を決めた。
スーツェーモンは、ようやく攻撃の手を止めて、しかし殺気を隠そうともせずに全身から滲ませながら、セントガルゴモン助手を睨めつけている。
ショートモンは泡を吹きながらも気を失いはしていない己を褒めたし、呪いもした。
「汝」
腹の底にまで響く、威厳という概念をそのまま音に変えたかのような低い声が、セントガルゴモン助手へと問いかける。(もっともセントガルゴモン助手は、「はい! なんでしょうか!!」と至って普段通りの調子で応じているが)
「ただの迷い子では無いな。何用で参った」
「うーん! ところがどっこい、迷子なんですよね! 北と南を間違えた訳ですから!」
「……理由としてはよくある話だな」
よくある話なのかと思ったし、よくある理由なら問答無用で攻撃を仕掛けてこないで欲しかったとも思ったが、今回ばかりは純粋に、口が裂けても言えないとショートモンは唇を固く結んだ。
「あ、でも!」
ぱん、と、セントガルゴモン助手が、何かを閃いたかのように手を合わせる。
「折角なので、あなたの羽根をいただけませんか!?」
「は?」
「ボクサイズのお菓子を作るために、巨鳥型デジモンのデータで食用卵を作る予定なんです!」
「はぁ?」
「1枚! 1枚でいいんです! お願いします!!」
スーツェーモンは首をかしげて、ショートモンは顔を覆った。
今度こそ、終わったと思ったのだ。スーツェーモンが、その類の戯れを許すデジモンには、とても見えなかったがために。
――が、予想に反して。
「はぁ~~~~」
長々と溜め息を吐き出しはしたものの、スーツェーモンがそれ以上、『紅焔』を吐き出してくる事は無くて。
「あほくさ」
加えてひとこと、吐き捨てる。
不敬に対する憤りよりも、呆れが上回ったらしい。
「その辺に落ちているものでも拾ってさっさと帰るが良い」
「わあ! ありがとうございます!!」
スーツェーモンが「やかましいな……」と鬱陶しげに呟いたのをショートモンの耳が拾う中、背を向けようとした彼に、どうやらそこに関しては聞き取れなかったらしいセントガルゴモン助手が「あの!」とまたしても声を張り上げる。
「何だ」
「同じ四聖獣なら、シェンウーモンの事もご存知ですよね!?」
「知っておる。久しく会ってはおらぬが」
「じゃあ、シェンウーモンの背中に生る果実についてはご存知ですか!?」
「果実?」
再び、スーツェーモンが訝しげに首を捻った。
「奴の背負う木に果実など生らぬ」
「そうなんですか!?」
「大方、異なるサーバに住まうという“豊穣神”の噂とでも混同したのだろう。かの神人型は、森を背負うとの話である故」
「森を!? それはすっごいでっかいのでしょうね!? そのデジモンのお名前は!?」
「知らん」
いよいよスーツェーモンがその場から飛び立つ。急に親切を働いたというよりも、応えなければ逆に面倒臭そうだと判断しての受け答えだったのだろう。
お礼の言葉と共にぶんぶんと振られるセントガルゴモン助手の腕とは反対側の肩で、プレッシャーから解放されたショートモンの全身から、どっ、と力が抜けた。
「生きてる……生きてる……ッ」
「残念でしたね!」
「は?」
「シェンウーモンの背中には、果実は生らないそうですよ!?」
ショートモンは、ぐったりとその場に身を投げ出した。
小さい彼が肢体を広げても、十分過ぎる程の広さがあった。
「聞いてた。聞いてたよ。それは……」
*
「なあ、セントガルゴモン助手」
「はい! 何でしょうシェフ!?」
「そろそろ――というか、早くここを発たないか?」
「ここまできたら出来たも同然ですので! もうしばしだけお付き合いを! いやはや! お菓子作りに限らず、料理は下拵えが肝心とはよく言ったものですね!!」
「いや、オレが言いたいのはそういう話では……いや、うん、まあ、もういいや……」
放心状態を継続しているために言葉を纏めるだけの頭が回らず、「表面がぷつぷつしてくるまで下手に触るなよ……」と身に染みついたアドバイスだけはぽつりと零して、引き続き、高温故に地表に降りられないショートモンは、セントガルゴモン助手の肩の上から遠い所を見やる。
ショートモンとセントガルゴモン助手は、火山のエリアからは未だ移動していなかった。
流石にスーツェーモンの出現ポイントからは離れたが、十分な距離だとはショートモンには思えず。正直彼は気が気でない。
というのに、このセントガルゴモン助手。入手したスーツェーモンの羽根のデータを利用して早速卵データを巨大化させ、それを用いてホットケーキ作りを始めたのである。
退去中、ふいにホットケーキの作り方と材料を尋ねられ、気持ちを静めるためにもちょうど良いかと軽率に応えた己をショートモンはひっそりと恨んだ。
セントガルゴモン助手でさえ手の平には乗せきれないサイズにまで巨大化した卵を、先にボウルで混ぜておいたお手製ホットケーキミックスの上に割り入れて「わあ! この卵、黄味が赤いですよ! いい卵ですね!!」とはしゃいでいたセントガルゴモン助手の声を、なんだかどこまでも遠く感じながら。
余談だが、卵黄の色によって卵の味や栄養価が変わることは無い。色の違いは、単なるエサの違いによるものだ。
少なくとも、現実の世界においては。
「表面がぷつぷつと……!」
お玉ですくって流し入れた生地を覗き込みながら、ショートモンのアドバイスを反芻するセントガルゴモン助手。
コイツは特に驚いた訳で無くとも三点リーダーにまでエクスクラメーションマークを付けられるんだなぁと、すっかり疲弊しきったショートモンはどうでも良い感心を増やすのだった。
今現在、セントガルゴモン助手は岩の上にアルミホイルを敷いて、その上でホットケーキを焼いている。
セントガルゴモン助手が最初に思い描いていた通り、火山の地熱は、ホットケーキ生地の事も、十分過ぎる程に熱していた。
甘い香りが――火山の景色からは場違いな、ショートモンが最も慣れ親しんだ香りがあたりいっぱいにふわりと広がる。
「……なあ、セントガルゴモン助手」
「はい! 何ですかショフ!」
「君さぁ。……オレの助手よりも、やっぱり、もっと、こう」
ショートモンの脳裏を過るのは、物怖じひとつせずにスーツェーモンと対峙する、“究極体のマシーン型デジモン”の姿。
「向いてる事、あるんじゃないか?」
「……!」
「戦闘がニガテな種のオレにだって解る。四聖獣とまともにやり合えるデジモンが弱いわけが無い」
思い返せば、最初にウェディンモンのケーキ屋に現れた時にも、ダークエリアの魔王に雇ってもらう案もあると述べていた。単なる兵装の数や必殺技の威力だけでは、魔王型に気に入られる事は出来ない。それだけ腕に自信があっての発言に違いなく。
「君はもっと、戦闘種族(デジモン)らしく暮らした方が、楽に生きられるんじゃないのか?」
「でも、例えそっちの方が向いているとしても、自分のやりたいコトして生きてたいですよ! やっぱり!!」
「ホットケーキ」
ショートモンは、やや強引に話題を切り替えた。
「そろそろ、ひっくり返した方が良いぞ」
「あ! ホントだ! ぷつぷつしてる!!」
思うところがあり過ぎて、それ以上、何も言えなかった。
*
「やっと出て行きおったか……」
溜め息交じりに火口から顔を覗かせて、スーツェーモンはつい先程まであのやかましい客人――セントガルゴモン助手が居た地点を確認する。
あろうことか、セントガルゴモン助手。スーツェーモンとの接触地点に一度引き返してきたのである。
その上この荒ぶる聖鳥の名を再び呼びまでしていたのだが、もう対応も面倒臭いと、スーツェーモンは彼が去るまで居留守を決め込んでいたのだ。
「む」
と、あの緑の機体が消えた位置に、彼は溶岩とは異なる“茶色”を見出す。
4つの眼の焦点を合わせれば、その“茶色”は岩を切り出して作ったと思わしき皿に載せられていて、丸く、平たく、しかしいかにも柔らかそうに見えて――
罠だったところでどうせ大した脅威にはなる筈も無いので、スーツェーモンは軽く羽ばたいて“茶色”の間近にまで身体を寄せる。
周囲に漂う熱気の影響か。未だに甘く、香ばしい匂いが漂っていた。
「ほっとけぇき、か」
分厚い岩を挟んだお陰で地熱はどうにか遮断しているようだが、如何せんこの気温である。名前通りのホットさを保ったケーキは、放っておいても、このままほかほかと湯気を吐き出し続ける事だろう。
しばらく悩んだ後、ここでようやく、スーツェーモンはセントガルゴモン助手の肩に乗った、矮小なデジモンについてぼんやりと思い出した。
その種族の性質上、警戒する程の事は無いだろう、と。そして、万が一のことがあっても、どうせ自分を害せるような毒もそうはあるまいと、スーツェーモンは鋭い嘴をナイフのようにもフォークのようにも使ってホットケーキを切り分け、そのままついばみ、舌で喉へと押しやった。
大きなセントガルゴモン助手が自分のサイズで作っても、大きな大きなスーツェーモンには、少々小ぶりな印象のケーキであったが――
「それなりに、殊勝な供物という事にしておいてやろう」
誰が見ている訳でも無いのに独りごちって、スーツェーモンは巣へと引き返す。
それからしばらくの間、ただ迷い込んだだけのデジモンがスーツェーモンに襲われる事態が発生しなかったため、火山の麓のデジモン達は「何か良いことがあったのでは?」と噂したが、真相は定かでは無いし、ショートモンとセントガルゴモン助手が知るところでもない。
*
「シェフ! もうすぐボクの故郷に着きますよ! 帰巣本能がそう告げています!」
帰巣本能云々については二度と信用してやるものかと思ったが、ぽつぽつ点在する集落の影からして、再び道を間違えていたとしても、命を脅かされるようなエリアでは無いだろうと、様々な感情を込めて深々と息を吐き出すショートモン。
結局2体は、一度セントガルゴモン助手の故郷に立ち寄る事にした。「背中に森を背負う神人型」について情報収集をするにしても、勝手知ったる場所の方が良いだろうと判断しての事だ。
キリリと身が引き締まるような不快では無い寒さに、一帯に広がる草木の緑とその香り。眼下に広がる、スーツェーモンの縄張り、どころかそこに辿り着くまでの道中とは似ても似つかない生命豊かな土地の光景に、逆にどうすれば道を間違えられるんだとショートモンは頭を抱えた。
そうだ、スーツェーモン。と、ショートモンは続けて尖った眉間の先端を抑える。
あれから数日の間、再度の縄張り侵入を果たしたセントガルゴモン助手を、憤怒の形相で追ってきたスーツェーモンの夢に、ショートモンはしばらくうなされ続けた。
流石にもう心配は要らないだろうと思いつつ、今でも定期的に思い出しては肝を冷やしている。
自分は、楽をするためにウェディンモンのケーキ屋から独立したのでは無かったか。
振り返っても、彼女の店がある島は、スーツェーモンの縄張りと同じように、もう見えない。
「あ! ホントに見えてきました!」
今眼前に迫るのは、このとんでもマシーン型の生まれ故郷だ。
「他の集落との違いがあまりわからんな」
ショートモンは正直に感想を述べた。
「まあ田舎町ってどうしても、ですね! でも、シティ育ちのデジモンには「将来こんなところで暮らしたいな」的な事を言われたりする程度には良い感じの町ですよ!」
「びっくりする程ステレオタイプな田舎情報だな……」
とはいえこれ以上その手の話を発展させても仕方ないと、「それはさておき」とショートモンは話題を切り替える。
「このまま降りても大丈夫なのか? 故郷とは言っても、巨大マシーン型が突然降りたらびっくりさせそうなものだが」
実際、ここに来るまでに何度か体験した出来事だ。特にこの辺りの風景は、機械変異系のデジモンとは縁遠く思えて。
だが、大丈夫ですよ! とセントガルゴモン助手は笑う。
「究極体になってからもしばらくはこの地に居ましたから! 皆ボクの事は知っている筈です!」
「なら良いんだが」
「それに、景色はのどかですけれど、あの町では一時機械系デジモンへの進化研究も行われていたんですよ!?」
そうなのか? と目を瞬くショートモン。
辺りの緑を見渡せば見渡すほど、そんな印象とは結びつけられなくなる。
「ボクがテリアモン助手からラピッドモン助手の頃に務めていたのも、その手の研究施設ですから!」
重ねて驚くショートモン。セントガルゴモン助手がかつて、種族としてのテリアモン助手であったとは最初に聞いていた話だが――しかし言われてみれば、テリアモン種の俗に“正規ルート”と呼ばれる「辿りやすい進化系統」は、獣から機械へと徐々に変貌していくものである。実際助手に向いているかどうかは兎も角、機械系への進化研究の材料としては、この上ないだろう。
なんだか妙にきな臭くなってきた気がする。と、口に出さないながらに、すっかり過敏になった神経を尖らせるショートモン。
一方のセントガルゴモン助手は徐々に高度を下げながら、のんきに、無邪気に、口を開いた。
「帰ってるかなぁ、アグモン博士! 元気にしていると良いのだけれど!!」
*
「せ、セントガルゴモン……! 戻ってきたのか!?」
「はい! 今や立派にこちらのシェフの助手、即ちセントガルゴモン助手として!」
なんだか的外れなセントガルゴモン助手の帰還の挨拶だか自慢だかは一旦脇に置いて。
あまり歓迎されている雰囲気では無いな、と、ショートモンはセントガルゴモン助手を出迎えた――というより偵察のために現れた感のある――住民達に、セントガルゴモン助手の肩の上から軽く頭を下げる。
緑に囲まれた田舎の集落らしく、植物型や獣型のデジモンがほとんどのようだが、セントガルゴモン助手の発言を裏付けているように、ちらほらと突然変異型のデジモンが混じっている。
「そ、そうか」
とはいえ、“助手”というポジションに並々ならぬ情熱を燃やすセントガルゴモン助手が、そのポジションに無事収まっていると知るや否や、代表として一番前に出ていた白装束のデジモン――この中で唯一の完全体であり、上述の突然変異型であるボマーモンが、胸をなで下ろす。他の住民の反応にしても似たり寄ったりだ。
少なくとも敵意を向けられている訳では無いと判断して、セントガルゴモン助手に頼んで地上に降ろしてもらうショートモン。
ボマーモンといえば、爆破行為を愛する危険なデジモンだと言われているが、世代が下のショートモンが間近で眺めても、彼からその手の雰囲気は感じられなかった。
「こんにちは」
改めて、ショートモンは恭しげに頭を下げる。ウェディンモン仕込みの丁寧なお辞儀である。
「オレはショートモン、独立したての新米パティシエですが、幸いこちらのセントガルゴモンのような優秀な助手に恵まれる機会があって――」
一瞬、ショートモンの脳内をここまでの道中が駆け巡ったが、彼は流れてきた思い出をそのまま頭の片隅へと押しやった。
「――自分の店を構えるために、今は、各地を旅しているんです。折角なので、彼の故郷にもご挨拶を、と思いまして」
「ええっと、それは、ご丁寧に、どうも。ジブンはボマーモン。一応、この町の町長的なポジション……に、なると思う」
デジタルワールドで群れが形成される場合、1体の完全体が成熟期以下のデジモン達を統治している、というパターンが多い。群れが集落を作る規模になったとしても、この形式を維持しているところは意外と多かったりする。ショートモン達がウェディンモンに仕えていた構図と同じように、セントガルゴモン助手の故郷も、その例に漏れない形だろう。
「その、挨拶、って事は」
やや気まずそうに、セントガルゴモン助手の方にも目配せしながら、ボマーモンがショートモンの方に身体を傾ける。
「別に、この町で店を構えようとしているだとか……そういう訳では無いんだよ、な?」
「……」
一瞬、思案に視線を上げつつ。
「ええ、あくまでご挨拶です。ついでに情報収集が出来ればいいなとは思っていましたが」
話を拗らせないためにも、即座に同意するショートモン。実際、田舎暮らしには丁度良くても、開業を考えたときに魅力的な土地のようにも思えず、なので彼の返答はあながち嘘という訳でも無かった。
今度こそボマーモン達は安心したらしい。全体的な雰囲気が軟化したのを感じて、ショートモンも知らぬ内に強ばっていた肩から力を抜く。
「その、セントガルゴモンの事を、助手として、よろしく頼む」
「町長にもよろしくされたので、この先もよろしくお願いしますねシェフ!!」
「悪い奴じゃは無いんだ。悪い奴じゃ。それはジブン達も知っているんだが……」
消え入るように付け足すボマーモンに、内心で「わかるよ」と同意しつつ、とりあえず笑ってお茶を濁すショートモン。
しかし、「悪い奴ではない」と認識しているなら、あの張り詰めた空気感は何だったのだろうと僅かに首を傾けるショートモンに、「それで」と気を取り直した様子のボマーモンが続けた。
「情報収集と言っていたな。知っている事ならいくらでも答えるが」
「ああ、ではお言葉に甘えて」
早速尋ねるのは、背中に森を背負うという、美味しい果実を実らせる究極体の神人型デジモン。そして、セントガルゴモン助手でも扱える巨大家電を製作してくれる施設や職人に対する心当たりについて。
神人型についてはボマーモン達もピンときていないようだったが――巨大家電の例にミキサーを挙げるなり、町のデジモンの内1体が何かを呟いて、そこから伝染するように周囲がざわつき始めた。
「?」
「どうかしましたか!!」
「いや」
しばらく町民達の発言に耳を傾け、その内容を纏めた後。妙に畏まった表情で、ボマーモンがショートモンを、そしてセントガルゴモン助手の顔を交互に見た。
「電動泡立て器、というと。……ドリルの機構を利用して、近いものを作れないかと思って」
「ドリル!」
期待を込めてセントガルゴモン助手がショートモンを見下ろす。
促されるまま、ショートモンは頭の中で、唸りを上げて材料をかき混ぜる電動泡立て器と、回転の勢いで固い岩盤をも抉り取るドリルを並べて比較する。
「出来なくは無い……かも、しれない」
如何せん機械には明るくないショートモンだったが、その2つは、素人目には似通っているように見えた。少なくとも、アタッチメントを回す軸の部分の機構に関しては、応用が利くのではないか、と。
もし電動泡立て器を入手できれば、菓子作りは格段に楽になる。生クリームやケーキの生地、メレンゲを泡立てる作業は、手動でやろうと思うと途方もない労力と時間を必要とするものだ。
「ひとつ山を越えた先のエリアに、いるんだ。巨大ドリルを持つデジモンが」
ブレイクドラモン。
その種族名以前に、件のデジモンがいるという場所を聞いて。セントガルゴモン助手の指先がピクリと跳ねたのを、町の上に落ちた影を介してショートモンは見た。
「なあ、セントガルゴモン」
やや身体を萎縮させながら、ボマーモンがセントガルゴモン助手を見上げる。
「覚えてるよな? アグモン博士の事」
問われるまでも無く、それはセントガルゴモン助手がこの町に降りる寸前口にしていた種族の名であった。
*
「アグモン博士は」
今日は長距離を飛んできた事もあって休みたいと告げた2人は、町から少しだけ離れた空き地――かつてここに、アグモン博士の研究所があったのだという――に腰を落ち着けていた。
すっかり慣れた手つきで自分用のテントを広げ、その中からショートモンがアグモン博士とやらについて尋ねれば、珍しく僅かに悩むような間を置いた後、彼にしては若干抑え気味の声音で、セントガルゴモン助手は話し始める。
「その名の通り、アグモンかつ博士のデジモンで、ボクは以前、彼の助手をしていました!」
アグモン博士。デジタルワールド大学デジタルモンスター学博士号をもつ天才アグモン……を、自称する、しかし実際に通常のアグモン種と比べるとかなり博識な恐竜型の成長期デジモンである。
ただ、一般的なアグモン博士が、デジモンの種類や生態に詳しいのに対し――
「アグモン博士は、デジモンの“進化”について熱心に研究していて、特に、成長というより改造に近い、機械変異系のメカニズムを学んでいたようで!」
「それが、町に降りる前の話に繋がる訳か」
はい! と勢い良く頷くセントガルゴモン助手。
ボマーモンを始めとした町の突然変異型達は、ショートモンの推測通り、アグモン博士の研究のたまものであるらしい。
「最初の内は良かったんです。楽して強くなれると評判でした! 皆さんに喜んでもらえて、進化時のデータを提供していたボクも鼻高々だったんです!」
そしてその「進化のメカニズム」も、セントガルゴモン助手の進化ルートを参考にしたものであったらしい。つまり、セントガルゴモン助手だけは、アグモン博士に言われるまま鍛練を重ね、正規の方法でこの位にまで辿り着いたのだ、と。
「だが、何か不具合が起きたんだな? その様子だと」
「流石、シェフは何でもお見通しですね!」
機械化の処置を施せば、比較的楽に強いデジモンに進化する事が確かに可能だが、メタル化パーツが元の生態パーツデータと拒絶反応を起こす事がある。他にも思考回路に影響を及ぼしたり――単純に、肉体の成長に、精神が追いつけなかったり。
マシーン型デジモンのお膝元でさえ頻発する事案である。一個人ならぬ一個デジモンが、知識だけで完全にコントロールできる代物では無いのだと、町に完全に機械化したタイプのデジモンが居なかった点も振り返りながら、ショートモンは顔をしかめた。
「徐々に問題が目立つようになってきて、問題は無いと思っていたデジモンにも、綻びが出るようになってきて! ついに、町のデジモン達はアグモン博士を頼るのを止める事にして、アグモン博士にも研究を辞めてほしいと言ってきたんです!」
「それで、どうしたんだ、そのアグモン博士は」
「滅茶苦茶怒りました! 「進化の崇高さも碌に理解出来ない愚か者どもめギャ!」と、『ベビーフレイム』を噴き出すような勢いで! ボクに「コイツらなんて、焼き払ってしまうギャ!」なんて言い出すくらいには怒っていました!」
「でも、そうはならなかった――しなかったんだな? 君は」
「はい! 最初に聞かされていた助手の業務には該当しなさそうだったので!」
いや、そんな理由かと軽く引きつつ、他人事ながらにセントガルゴモン助手が「そうしなかった」事実には、なんとなし安堵する自分がいる事にショートモンは気付く。
デジモンは戦闘種族とはいえ、自分の隣に居る究極体が、命令一つで弱者を簡単に蹂躙するデジモンだったとしたら、と思うと、性格は悪くとも性質まで悪では無いショートモンは、ぞっとせずにはいられなくて。
(まあ……コイツの場合、業務の内容にそれが含まれていたとすれば、やりかね無さそうなんだが……)
深くは考えない、と、ショートモンはふかふかの両頬を軽く叩いた。
その間にも、セントガルゴモン助手は「アグモン博士にはクビを言い渡されちゃいました!」と、何故か妙に照れ臭そうに頬を掻く。
「それで、町のデジモン達もボクを雇うのはちょっと……との事だったので、各地を回ってボクを助手にしてくれるデジモンを探していたんです! そうして最終的に、スー・シェフ、セントガルゴモン助手のポジションに収まった、という訳です!」
そりゃあ、いくらアグモン博士に同調しなかったとはいえ、彼の研究に賛同していなかった訳では無い純正の究極体を近くに置いておくのは、町の住民達も気が気では無かっただろう。
そしてなんとか追い出したそいつが戻って来たら、焦りもするかとショートモンは表情を引きつらせた。
「「帰ってるかなぁ、アグモン博士」じゃないだろう。……というか、その後アグモン博士はどうなったんだ?」
「アグモン博士はフツーに成長期でしたから、フツーに皆さんに追い出されて、この様子だと山の向こうに新しい研究所を構えたんでしょうね!」
「……」
「後は、シェフも聞いての通りです!」
山の向こうにいる、ドリルを持つデジモン――ブレイクドラモン。
どうやらアグモン博士は、いよいよ己に“研究成果”を施したらしい。
ブレイクドラモンは、様々な建設重機のデータを取り込んで進化した機竜型デジモンだ。
そのパワーはすさまじく――しかし力の代償に、意志や感情をほとんど失ってしまっていると言われている。
「菓子作りに協力してくれるデジモンのようには思えないな」
「うーん! ボクはアグモン博士の事だから、皆さんと仲直りして町に戻ってきていると思ったのですが! 全然そんな事は無かったですね! 残念です!」
最初は、住民の改造も、純然たる善意によるものだったのかもしれない。セントガルゴモン助手の様子を見るに、そして警戒こそすれ、町の者達がセントガルゴモン助手を憎んでいる様子は無いところから、ショートモンはそのように推察する。
もしも、進化後も自我を残しているとすれば――ひょっとすると。
「なあ、どうするセントガルゴモン助手」
「どうとは!?」
「会いに行ってみるか? その、ブレイクドラモン――元アグモン博士に」
「そこはシェフにお任せします! 今のボクは、アグモン博士の助手・テリアモン助手では無く、シェフの右腕、スー・シェフ・セントガルゴモン助手ですから!」
「いや、いくら上司とは言え、旧知に会いたい・会いたくないの意志ぐらい尊重するが」
「いいんです! ボクは助手として、シェフに判断を委ねますので!」
忠誠、と呼ぶには、妙に引っかかるものを覚えるショートモン。
なんだか、セントガルゴモン助手の“本質”を、その時垣間見たような気がしたのだ。
もっとも、言語化するには、うまく考えを纏めきれなかったが。
「……行ってみるか。最悪、遠くからスキャンするだけでもドリルのデータだけなら取れるだろうし」
そして口にはしなかったが、セントガルゴモン助手なら万が一戦闘になっても後れは取らないだろうという確信もあった。
「了解しました! それじゃあ、折角ですしお土産のひとつくらいは作っておきましょうか!」
セントガルゴモン助手が屈託無く笑いながら、いつもの材料や器具を取り出し、巨大化させたり増やしたりし始める。暇さえあれば練習しているお陰で、随分と手つきも手慣れてきている。アルミの型やチョコチップを取り出したあたり、チョコチップ入りのカップケーキを作るつもりらしい。
「いつも言っているが、火の取り扱いは気をつけろよ。草に燃え移ったら大変だからな」
「実は消火器も内蔵してあるので、最悪の場合はご安心を!」
「用意は良いが最悪の場合に安心も何も無いんだよな……」
テントから出した頭で、ショートモンはセントガルゴモン助手のカップケーキ作りを見守る。
ブレイクドラモンもかなり大きなデジモンだというが、セントガルゴモン助手が作るものだ、カップケーキの大きさに関しては、ブレイクドラモンも十分に満足できるものが出来上がるだろう。
問題は、ブレイクドラモンがそれを受け取ってくれるようなデジモンであるか。
それだけが、ショートモンには気がかりだった。
*
そうして、次の日。いつものようにショートモンを乗せたセントガルゴモン助手は、ゆっくりと山を飛び越えた。
山を越えるなり、景色は一変した。草木は目に見えて減り、剥き出しの赤土が中途半端にそこら中均されている。ブレイクドラモンが通った後には何も残らない。という、デジタルワールドのアーカイブの記述を裏付けるように。
そしてそれだけに、何も無い景色の中では、かの機竜は異物としかなり得ない。ブレイクドラモンの全身は迷彩を施されているが、丸裸の土地の上では、そんなものはただの飾り、お洒落な模様にしかならないのだ。
「おーい! アグモン博士――じゃなくて、ブレイクドラモン博士でいいんですかね!?」
「知らん」
お久しぶりでーす! と、見つけたブレイクドラモンに向けて大きく手を振るセントガルゴモン助手。
ものものしい駆動音と共に、ブレイクドラモンが長い首を持ち上げた。
頭部の突起には、アグモン博士の時に被っていた、己を賢く見せるための帽子『ハカセボウ』が引っかかってはいるが――
彼の赤い目に、知性の光と呼べそうなものは、窺えなくて。
「おいセントガルゴモン助手、正直話は通じなさそうなんだが」
「あ、じゃあ帰りますか!?」
「こっちはこっちで反応があっさりすぎる」
そしていくら飛行能力や遠距離攻撃の必殺技を持つ相手ではないからといって、2体とも、究極体から意識を逸らすべきでは無かった。
「!」
次の瞬間、高速でセントガルゴモン助手の隣を飛び去っていく石礫――ならぬ、岩礫。
否、通り過ぎていったのでは無い。セントガルゴモン助手は咄嗟に身を捻って躱したのだ。ブレイクドラモンが肩口に取り付けたショベルアームで即座に地面を掘り返し、掘り出す勢いのままに投げつけた岩の塊を。
ブレイクドラモンは、完全に、そしてシンプルに、2体を縄張りに侵入してきた“敵”と見なしているらしかった。
苛立ち故に動くスーツェーモンとは違う。ただそこに居るから排除するという、乾いた、無機質な、意味も意義もない殺意である。
「……やっぱり逃げた方がいいかもしれん」
「じゃあ、帰りますか!!」
ただ、ブレイクドラモンは飛行能力を持たず、加えて素早さのステータスもそう高くない。という点でもスーツェーモンとは異なる。警戒を怠らなければ、逃げるのはそう難しくはあるまい。
セントガルゴモン助手が空中で踵を返す。
だが、鈍重である、という事は、イコールそのデジモンが愚鈍であると意味する訳では無い。
ブレイクドラモンは全身のドリルを駆動させると、空気をつんざく音を響き渡らせながら、セントガルゴモン助手を追い始めた。
『インフィニティーボーリング』――山をも砕きながら、敵に向かって直進する必殺技だ。
「マズい」
ショートモンがケーキの顔で青ざめる。
「山が崩されたら、大変なことになる。その上、そのまま直進されでもしたら――」
「あ、じゃあ倒しちゃいますか!?」
元上司に対する対応としてはあまりにもそっけない提案に、更に、しかし今度はセントガルゴモン助手に対して、背筋が寒くなるショートモン。
「……君、いいのか? それで」
「どっちでもいいですよ! このままブレイクドラモン博士が追ってこないところまで逃げても、ブレイクドラモン博士を迎撃しても! シェフの助手として言いつけられた仕事には、護衛の業務も含まれていますから!」
「セントガルゴモン助手」
声を震わせ、ショートモンはセントガルゴモン助手の顔を覗き込む。
「君自身はどうしたいだとか、自分の意志は、無いのか?」
「特に無いですね! 面倒ですから、そういう事を考えるのは!」
だから、ボクは助手でいたいんです! と。
調子こそ変わらない筈なのに。セントガルゴモン助手の返答もまた、どこか無機質なものだった。
「……」
言いたい事が。言った方が良い気がする考えが、ショートモンの頭の中で渦を巻いて。
しかし何重にも響くドリルの音が、ショートモンの思考能力まで削り取る。
「~~~~っ」
だが、この場で、形だけでも自分が一番偉いという事は――確かにショートモンは、セントガルゴモン助手の行動を決定しなければいけない立場だ。
故に、今、この瞬間は。
「……ブレイクドラモンを止めよう、セントガルゴモン助手」
重責に押し出されるようにして、彼は判断を絞り出した。
町のデジモン達がセントガルゴモン助手にブレイクドラモンとの再会を勧めたのも、いつ暴走するやもしれない彼の討伐を期待しての事だろうから。
「合点承知です!!」
ショートモンに指示を受けるや否や、セントガルゴモン助手はくるりと姿勢を反転し、兵装を収めた全身のパッチを展開する。
「『バーストショット』!」
途端、ブレイクドラモン目掛けて降り注ぐ、ミサイルやレーザーの雨あられ。
肩の『ジャイアントミサイル』を使うまでも無く、光や熱、鉄塊が瞬く間にブレイクドラモンの装甲を焼き、溶かし、打ち砕く。
いくら全てを破壊する圧倒的パワーを持とうとも、再三言う通りブレイクドラモンには空を飛ぶ力も、高速で撃ち出される弾丸の類を回避するだけのスピードも無い。その体躯も相まって、文字通りの“よい的”扱いだ。
勝負はほとんど一瞬で決した。抵抗の術を持たないブレイクドラモンのドリルや手足をミサイルが続けざまに撃ち抜いて、機動力と攻撃力を、一瞬にして削ぎ落とす事で。
「は?」
――「ブレイクドラモンとの」戦いは、セントガルゴモン助手が文句無しの勝利を収めた。
故にここからは、第2ラウンドだ。
「何――だ、コレ」
ショートモンの声が、掠れた上に震えを帯びる。
「ヤバいですね!」
そして調子こそ変わらなかったが、この時初めて、セントガルゴモン助手もまた、目の前の存在が脅威だと認める言葉を口にした。
砕け散ったブレイクドラモンのテクスチャをさらに突き破って現れたのは、ブレイクドラモンよりも更に巨大な。セントガルゴモン助手よりも大きなスーツェーモンよりも、もっと大きな、1体の竜――で、あり、聖騎士。
巨大と言うよりも壮大という表現がしっくりくる翼、山を一巻きにしてしまえそうな長大な尾、突如として出現したデータ量の暴力に、デジタル空間そのものに亀裂が走るノイズが不快な音と光を伴って、辺り一面を駆け巡る。
そのデジモンの名は、エグザモン。
デジタルワールドの守護を担当するロイヤルナイツにもその存在が確認出来る、全ての竜型デジモンの頂点に立つ“竜帝”である。
「ど、どうしてブレイクドラモンが、さらに進化を……?」
ブレイクドラモンは究極体、即ち、デジモンにおける進化の最終形態だ。よほどの例外が無い限り、それ以上の進化を迎える事は無い。
「スレイヤードラモン……!」
困惑するショートモンを肩に乗せたままセントガルゴモン助手がぽつりと呟いたのは、また別の、強力な竜系究極体デジモンの名。
「スレイヤードラモン?」
「アグモン博士から聞いた事があります! ロイヤルナイツ筆頭聖騎士であるオメガモンがそうであるように、エグザモンもまた、究極体同士の力が組み合わさって生まれるデジモンである可能性があると!」
「じゃあ、その組み合わせが、ブレイクドラモンとスレイヤードラモンだと」
それにしたって、スレイヤードラモンのデータはどこで? とエグザモンを見上げるショートモンに、「角の一部なら持っていました!」等、あっけらかんと、セントガルゴモン助手。
「アグモン博士の地元の勇者だったとかで、昔もらったんだそうです!」
ショートモンは理解する。アグモン博士の機械化進化の研究は、あくまで「自身をブレイクドラモンの位にまで至らせる」までの中間目標でしかなかったのだ。
奇しくもショートモン達がスーツェーモンの羽根から巨大卵を造り出したように、デジモンのデータもまた、コピー&ペーストで増やしたり、他のものと結びつけて改造する事が出来る。
アグモン博士はスレイヤードラモンのデータの“かけら”に、ブレイクドラモンが壊した周辺テクスチャや倒したデジモンのデータを流し込んで培養し、いざという場合はさらにそのデータを取り込んで進化できる仕組みを己に施していたのだ。
あらゆる重機の機構を取り込んだこの機竜には、それだけ複雑かつ大容量のシステムを保管できる設備が備わっていても不思議ではあるまい。
「ははーん! アグモン博士も恐“竜”型でしたから、憧れがあったのかもしれません! 全ての竜の頂に!」
「言っている場合か!?」
恐らく、自身の撃破をトリガーにした進化では、エグザモンの力も十全には発揮できないだろう。
だが、滞空能力と遠距離攻撃によるアドバンテージは完全に失われ、体格の差では圧倒されてしまっている。
完全に、立場が逆転してしまったのだ。
事実、急激に変化・膨張したデータの変動が落ち着いたとみるなり、エグザモンは、その右手に装備した槍にして重火器『アンブロジウス』をセントガルゴモン助手達に向ける。
「ハ、ハ、ハ」
笑い声――ではない、歪な発生と共に、エグザモンが引き金に指をかけた。
「『ハカセボー』!!」
「絶対違うだろう!?」
ショートモン渾身のツッコミを掻き消しながら飛び出した弾丸を、セントガルゴモン助手がミサイルで迎撃する。
ウイルスを仕込んだ特殊弾も、対象に届かない内に焼け落ちればそう大した脅威にはならない。が、エグザモンの弾丸は、『アンブロジウス』を槍として用いた際にも相手に刺してから放つ事が出来る。
格闘戦を強いられれば、その体格差からあまりにも分が悪い事は想像に難くない。
だというのに
「さて、どうしますか!? シェフ」
セントガルゴモン助手のする事と言えば、先の問答の繰り返しだ。
「どう、って」
「逃げるか戦うかです! いやまあぶっちゃけ流石にエグザモンから逃走するのはボクもキビシイんですけど!」
「じゃあ、勝機ならあるのか?」
「わかりません! でもシェフが言うならがんばります!!」
再び、セントガルゴモン助手は、戦闘に関してはてんで素人、成熟期でしかないショートモンに、判断を委ねようとする。
助手という体を取って、責任を、ショートモンに押しつけようとする。
緊急事態にデジコアが脈を打ち、混乱と憤りがない交ぜになって目を回し、一種の走馬灯のように、たくさんの出来事が、ショートモンの中を駆け抜けて――
「……なあ」
――ふと、気付く。
「はい! 何でしょうシェフ!」
「君、自分の意志なんて無い、持ちたくない。なんていうのは、嘘だろう」
また、ピクリと。特殊弾を撃ち落とすためにレーザーを放っている指先の照準が、一瞬だけ、僅かにズレる。
変に冴え渡ってしまった頭が弾き出したのは、セントガルゴモン助手の「これまで」。
“助手”である事に並々ならぬ情熱を燃やす彼の言動や仕草――ではなく。ショートモンの助手になったばかりの頃、「自分もお菓子を作って見たい」と何気なく口にした、素朴な願い。ショートモンがここに至るまでの、契機となった言葉。
セントガルゴモン助手は、自分のやりたい事はちゃんと考えて言葉に出来るし、助手だからといって上の立場の相手に意見をしてはいけないなんて事は無いと、最初からちゃんと、知っているのだ。
「上司は、責任を押しつける相手じゃ無い。と同時に、部下を縛る存在でも無い」
言いながら、その言葉は、ショートモン自身にも突き刺さる。
ショートモンが「お菓子作りなんて好きじゃ無い」と、“自分の”事ばかり考えていられたのは、他ならぬウェディンモンが上に居て、彼女が部下のショートモン達を、責任を持って育て、守っていたからだ。
その上で、ショートモンに無理強いなどしてこなかった。彼が独り立ちすると言った時には、きっかけはどうあれ快く送り出してくれた。
「考えがあるなら、正直に言って良いんだ。特にこの場では、君の方がオレよりも遙かに戦闘慣れしている。判断に長けている者がそれを下すのが――」
「でも、でも!」
ここで、食い気味にセントガルゴモン助手が声を荒げる。
いつもとは、エクスクラメーションマークの種類が違っていた。
「ボクがそうしたら、皆嫌がるし、怖がるし――最終的には怒るじゃないですか! 大きな大きな全身兵器のマシーン型のやる事なんて、皆――」
セントガルゴモン助手の身体いっぱいに詰まっていた、ずっと隠していた感情が、この時初めて弾けたらしい。青い眼から、武器としては搭載されていない筈の水流が噴出する。
「……いい奴なんだな、君」
言われるがまま鍛練を重ねて究極体に至り。
しかし上司に、自分に反抗した町の住民達を滅ぼせと言われた時にはそれを拒否し。
実質守ったに等しい住民達が彼を怖がれば故郷を去り。
どこに行っても大きさと強さを理由に拒絶され、それでも、明るくコミカルなキャラクターを演じていた。
そうまでされてなお、かつての上司が、町の住民達と仲直りして戻ってきているかもしれないと信じていた。
雇ってくれなければ魔王の軍門に降る、という話も、どこまで本当だったのか――
「でも、思い出してみろ。……お前が自分で作ったお菓子を配った時も、皆に嫌がられたか?」
セントガルゴモン助手が言葉を失う。
それが、答えだった。
大型のデジモンは自分でも満腹になれるお菓子だと喜んだし。
小型のデジモンは自分だけじゃ食べきれないと目を輝かせた。
人間の子供達は、大きくなるにつれて気付く。自分はお菓子作りがしたいんじゃ無くて、ただ単にお菓子が好きなんだ、と。
そう、みんな、お菓子は大好きなのだ。
そして「お菓子作りが好き」と言い続けられる者を支えるのは、お菓子のおいしさ以上に、大抵の場合。「あなたの作ったお菓子が美味しい」と、誰かが褒めてくれた成功体験で。
「お前、オレよりお菓子作り向いてるよ」
ぽん、と、ショートモンがセントガルゴモン助手の肩を叩く。
「これからも色々教えてやるから、デカい菓子作りで一儲けしようぜ」
その手は、かつての師であるウェディンモンと同様に、すらりと細長く伸びていた。
否、指だけでは無い。
「ショートモン、進化――ウェディンモン」
元より菓子作りの技量は十分あったのだ。戦闘は不得手でも、ウェディンモン種の本分が戦う事では無い以上、ショートモンだった彼に足りなかったのは、所謂“気持ちの持ちよう”だけ。
そしてその条件も、今この瞬間、満たされたのだ。
「どうすればいいですか?」
嘘みたいな、消え入るような声で、セントガルゴモン助手はウェディンモンに尋ねる。
「ボク、せめて。元のアグモン博士に戻って欲しいです」
「出来る、とは断言出来んし、責任は取れんが」
話の間にも攻撃の回避は怠らなかったセントガルゴモン助手にいよいよ業を煮やして、エグザモンがクロンデジゾイド合金で覆われた翼『カレドヴールフ』で地面を打つ。
突風と共に、エグザモンが急上昇していく。――もちろん、逃げたのでは無い。
「可能性は0じゃない」
お菓子は皆を幸せにするものだからな、と、言いながら、ウェディンモンは扇子でエグザモンの飛び去っていく上空を指し示す。
「食らわせてやれ」
「『ジャイアントミサイル』!!」
セントガルゴモン助手は、両肩のミサイルを「地面に向けて」撃ち込んだ。
一拍おいて、地表と激突。爆発。
凄まじい爆風がセントガルゴモン助手の身体を押し上げ、鉄の巨体が自力で飛ぶよりも速く、ぐんぐん空を昇って行く。
と同時に、正反対に。エグザモンは、落ちてきた。
自身の恵体を最大限に利用し、大気圏から隕石と見紛う熱量を帯びて急降下する、シンプル故に恐るべき必殺技――『ドラゴニックインパクト』。
当たればセントガルゴモン助手とウェディンモンどころか、山を越えた集落一帯、まるごとただでは済まないだろう。
だから、2体が、ここで止める。
自分達で決めた事だった。
「『ハピネスフォール』!!」
『ハピネスフォール』、爆弾の性質を持つ超巨大ケーキを落下させる、ウェディンモンの必殺技だ。
その特性上、ケーキはウェディンモンの遙か頭上に召喚する事が出来る。
この瞬間であれば、エグザモンの眼前にでも。
「食らえ! 文字通りの特大サービスだ!!」
ありったけのエネルギーと、そして“心”を込めて喚び出したケーキは、エグザモンにも匹敵する超級サイズ。
そしてケーキの大きさに比例して――
「!」
――ケーキの爆発力は、上昇する。
完全体の必殺技では、エグザモンの勢いを完全に殺しきる事は出来ない。
だが、エグザモンを僅かにでも怯ませる事は出来るし、その速度が低下しない訳では無い。
例えば、そう。
最初から覚悟をした上で爆風とクリームの海を突き抜けてエグザモンの眼前へと躍り出たセントガルゴモン助手が、目的の物を、エグザモンの口元に叩き付ける事が出来る程度には。
「お口に合うかはわかりませんがあああああああああああああっ!!」
「もがぁ」
チョコチップ入りの特大カップケーキが、エグザモンの口にねじ込まれた。
*
甘いものは脳を活性化させ、幸せや快楽を感じる神経伝達物質の分泌を促す。
デジモンの場合はもちろん勝手が異なるが、甘いものを人々がそのように認識している以上、デジタルワールドで甘いお菓子を摂取した時の効果も、“そういうもの”として処理される。
「だから、正直賭けだった」
全力で必殺技を放った反動で即座に退化してしまったショートモンは、セントガルゴモン助手の肩、自らの定位置の上で伸びながら、独り言のように呟いた。
「それでも、意志や感情が失われているのは、あくまでブレイクドラモンの特性だから、聖騎士型のエグザモンにならワンチャンスあると――賭ける価値が、あると思った。手作りお菓子でデジモンの理性を呼び覚ますだなんて、我ながら突拍子の無さ過ぎる考えだがな」
「でも、上手くいきました!!」
セントガルゴモン助手が声を弾ませる。
その足下で、ショートモン同様すっかり伸びた緑色の竜のデジモンが、翼から変化したと言われる、背中から生えた大きな腕で頭の両側を挟んで「相も変わらずうるさいギャ……」と呟いた。
グラウンドラモン。地竜型の完全体デジモン。……あのエグザモンが、ブレイクドラモンをも通り越して、退化した姿だ。
そもそも無理のある進化だ、その反動も大きかったらしい。改造のために取り込んだパーツはほぼほぼ吹き飛び、純粋に蓄えたデータだけが残った状態であるのだそうだ。
そうして、機械化による意識の喪失まで外れた事により。元アグモン博士のグラウンドラモンは、久方ぶりに、己の知性を取り戻したらしかった。
「ワタシは、お前が羨ましかったのギャ」
セントガルゴモン助手から顔を背けつつ、やはり零すように、グラウンドラモンが呟く。
「純粋で、ひたむきで、言い訳ひとつせず懸命に“努力”が出来るお前が。誰かのために、簡単に究極体を目指せてしまうお前が、羨ましくて――怖かったギャ」
今なお残る、体躯と比べてすっかり小さくなってしまった『ハカセボウ』を通常の前足で握り締めて。そうして口に出せたのもまた、彼の初めての本音だったのだろう。
楽に進化し、強くなるための改造。
地元の勇者に憧れても、彼と同じ位に至るための“努力”を直視するのは――どうしても、こう思ってしまうものなのだ。「めんっどくせぇ」と。
だが。
「ボクは、ボクには無い知識を、ボクには絶対出来ない形で活かせるアグモン博士の事。かぁっこいい! って、思っていましたけれどね!」
結果的に褒められた手段では無かったとしても。セントガルゴモン助手は、セントガルゴモンになるまでに努力をしたから、知っている。アグモン博士が“知識”を活用して至った進化だって、並々ならぬ“努力”の末に辿り着いたものだと。
「テリアモン助手。……いいや――」
「でも、今のボクは、グラウンドラモン博士の助手じゃなくて、ショートモンシェフの右腕、スー・シェフのセントガルゴモン助手です」
(あくまで今までと比較すれば)静かに、そして厳かに宣言して。
セントガルゴモン助手は、万が一にも疲弊しきったショートモンが滑り落ちないよう肩に手を添えながら、その場から立ち上がった。
「世代差なんて関係無く、このデジモンに着いていこうって決めたんです!」
そうして最後にはしっかりくっつけたエクスクラメーションマークは、どこか爽やかな余韻を響かせていた。
「それじゃあ、さようなら、グラウンドラモン博士。ブレイクドラモンからスキャンした、ドリルのデータだけ、もらっていきますね」
「……」
「ボク達いつか、巨大デジモンのためのお菓子屋さんを作るんです。その時は、グラウンドラモン博士も遊びに来て下さいね!」
返事を待たずに、セントガルゴモン助手はグラウンドラモンを残して飛び立つ。
「さあ、次はどこへ向かいましょう?」
「ドリルの機構を改造できる職人系のデジモンが居る町がいいな」
ようやっと身体を起こして、ショートモンは這うようにセントガルゴモン助手の顔へとにじり寄る。
「それから、郵便系の通信システムが使える町ならなおいい。……ウェディンモン様に、一度便りを送りたいんだ」
「了解しました! ボク、電動泡立て器が完成したら、クリームを使ったデコレーションを勉強してみたいです!」
「それは良い考えだな。菓子を派手に飾れば、フルーツが無いのもどうにか誤魔化せるだろうし」
だが、デコレーションには少々厳しいぞ、と、ショートモンは自身の頭の形状を指して笑う。望むところです! と、セントガルゴモン助手もにやりと口角を持ち上げた。
「そうだ、フルーツといえば、スーツェーモン様が仰っていた、森を背負う神人型デジモンも探しに行かなければ!」
「そうだな。次の目標にしよう。巨大オーブンの入手も忘れずにな」
「はい! という訳で、まずは目下の用事を――」
その時、ふとセントガルゴモン助手が首をかしげる。
「? どうした、セントガルゴモン助手」
「そう言えば先程、シェフ、ウェディンモン様の事、様付けでお呼びしていましたよね? 同じプロとして、様付けはやめた筈では?」
ああ、と、ショートモンは顔を上げる。
なんとなしに眺めた方角に、ウェディンモンの店があるような気がした。帰巣本能という奴だとしたら、どうせあてにはならないだろうなと笑いながら。
「少し考え直したんだ。先達への敬意は、そう簡単に取り払わない方が良いかもしれないな、と」
「よくわかりませんが、それもプロらしくてかぁっこいいんじゃないでしょうか!」
真隣での笑みなどよく見えない筈なのに、セントガルゴモン助手もまた、つられるようにして朗らかに微笑んだ。
*
「ふふ、一時はどうなる事かと思いましたが、立派にやっているようですね」
業務時間を終え、客に出すものよりもずっと質素な自分用のティーカップから紅茶を啜りながら、送られてきた手紙に繰り返し目を通すウェディンモン。
これまでの事は「色々ありました」のひとことで片付けて、これからの展望をいっぱいに書き連ねたその文字列は、十分過ぎる程に、ショートモンの心境の変化と成長を如実に伝えていた。
本当の事を言えば、ウェディンモンは最初からずっと、ショートモンの考えなどお見通しだった。
だからこそ――これからは、どう話が転ぶのか。もはや見守る事も出来ない弟子と、そして彼と共に在る新米パティシエの見通せない未来を思って、ウェディンモンは心を弾ませる。甘いケーキを前にした子供のように。
「ですが」
かたり、とソーサーにカップを置いて、彼女は手紙と一緒に送られてきた、1枚の写真を手に取った。
写真には、ショートモンとセントガルゴモン助手のVサインに挟まれるようにして、ショートモンの身の丈ほどもあるケーキが映っている。
隙間無くクリームの塗りつけられたそれには、さらにクリームを絞って作った、大きさのバラバラな花のデコレーションが施されていて。
「まだまだこれから。ですわね」
ウェディンモンは、拙さの目立つ大きな花と、熟れてはいるが、極めているという領域には一歩及ばない小さな花を、交互に、そして愛おしげにじっと見つめた。
「精進なさい」
そうしてウェディンモンは、今ならきっと届くだろうと、鼓舞の言葉を呟いた。
そういう訳なので、ウェディンモンの予想通り、ショートモンとセントガルゴモン助手が、大型デジモンもそれ以外のデジモンも楽しめる巨大スイーツが目玉のケーキ屋さんを開くのには、もう少しだけ、時間がかかるようである。
『セントガルゴモン助手』おしまい
ノベコンお疲れさまでした!
感想を配信で喋らせていただきましたので、リンクを下に貼っておきます!
https://youtube.com/live/J_ydKSMlVGU
(39:16~感想になります)
あらすじ
ノベコンの概要が発表されてすぐの頃。「セントガルゴモンで小説を書きなさい」というお告げを受信した快晴。
しかし快晴はとにかく大型デジモンの扱いが苦手で、試行錯誤を繰り返すも話の輪郭すら出来上がらないまま、ついに6月の最終週を迎えてしまった!
もうダメだ、セントガルゴモン小説は切って他の話を考えるか、今ある話を推敲した方が良いのでは無いか。色々考えてたら疲れてきた。お外めっちゃ熱いし。とりあえず自販機でクリームソーダでも飲んだろ。……と、自販機の前に自転車を止める快晴。
その時ふと、「セントガルゴモンぐらいデカいデジモンだったら、クリームソーダ1人前でもえらい量になりそうだな」という考えが、快晴の頭を過る。
そうして生まれたのがこの話。ってワケ。
というワケでこんにちは、デジモンノベルコンペディション、皆様お疲れ様でした。【おつコン】投稿作品としては本作が最後となります。甘いもの、そんなに好きじゃ無いです。快晴です。
『セントガルゴモン助手』をお読みいただき、本当にありがとうございました。ぶっちゃけここにきて公式がテリアモン助手をフィーチャーしだすとは夢にも思わなかったため、結果的に一番公式にケンカ売る話になってしまった気がします。じゃあなおのこと何だったんだあの夢のお告げは。
『セントガルゴモン助手』は本当に〆切ギリギリで投稿した程度には最後まで話が纏まらず、話の流れも書きながら考えたぐらい大苦戦させられました。
実は3作目に投げた『アトリエ舟カエル号』は元々、戦いの役目を終えたセントガルゴモンが、地球(?)生まれのベーダモンに誘われて宇宙の絵を書きに行く話だったし、一つ前の企画である『ノベコン出すはずでした作品大賞』に投稿した『河童の樽』は、セントガルゴモンVSジャンボガメモンを考えた時の副産物だったりします。
上述の「セントガルゴモンと甘味」という組み合わせを思い付いてからも3回ぐらい書き直しましたし、正直本作も形にはなったとは思っていますが、納得の出来る仕上がりにまではこぎ着けられなかったため、自分の苦手な部分と直面する話になったな……と、反省しております。でも公式のテリアモン助手フィーチャーはマジでぼくは無関係だし、無実です。信じて下さい。
じゃあなんで書いたんだ、と言われると、「夢で見たから」と答えるしかない、自分の中でも変なポジションのお話となっております。
苦戦もしましたし、納得は出来ないとはいいましたが、書いた事は後悔していません。セントガルゴモン助手とショートモンのキャラクター像も、なかなか気に入っていますしね。あと北と南を間違える渾身のギャグを公式に投げつけたので、ぼくは満足です。多分コレで選考から弾かれたんだと思います(※そんなことはない)。
改めて、5作品もの供養にお付き合いいただいた方も、たまたま『セントガルゴモン助手』を手に取ってくださった方も、本当にありがとうございました!
もはやコンプライアンスに縛られる謂れは無いので、快晴は……なんていうか……普段通りのお話を書いていこうと思います♡
それでは、この先もデジモン創作サロンで、お付き合いいただければ、幸いです。