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へりこにあん
2020年3月21日
  ·  最終更新: 2020年3月23日

人間修了・前

カテゴリー: デジモン創作サロン

こちら「#おまラス」参加作品となっております。






1999年七月、ノストラダムスの予言は結実し、恐怖の大王としてデジタルワールドからタイタモンが現れた。出現位置は日本だった。


それは、タイタモンが後にギリシャへ攻め込むには大陸に近い必要があるが、世界を隔ててるとはいえ近過ぎればデジタルワールドのオリンポスの神々に先に気づかれる為で。


人間界で力を蓄えて軍勢を成し、ギリシャまで行ってからゲートを開いてデジタルワールドのギリシャにいる今の神々を倒そうとする神話のその先であった。


タイタモンの出現と同時、突然に現れたクロックモンととある数学者とが時を駆ける冒険の末、デジタルワールドのギリシャからマルスモンを連れてきてタイタモンは滅ぼされた。


とかく1999年七月を境に世界はそれまでファンタジーや迷信としていた領域に引き摺り込まれたのだ。


そして2020年四月。


「……頭痛、鼻水、涙、それはアレルギーじゃないかな」


男は気怠げに少女にそう言った。男は紅ミサキという数学者で1999年七月に世界を救った英雄だったが、その少女にとってはデジモンの事に詳しい近所の親しいおじさんでしかなかった。


「え、マジですか」


その少女、黒木スズナは臭いものを嗅いだ猫みたいな顔をした。


「……マジだよ。時々いるんだってさ、インコとかで。可愛いからって匂いとか嗅ぎすぎて脂粉が体に蓄積していってアレルギーになる人。残念ながら僕は専門ではない一数学者……最近は自分のアイデンティティも定かでなく、数学者として取り上げられるよりもデジモン学者とかネゴシエーターみたいな存在として取り上げられるのがひどく不愉快であるが、まぁ今は置いておこう」


「ミサキおじさん、デジモンの事で相談しに来るといつもそれを言うよね」


「そうだね、ミサキおじさん数学者だからね。デジモンとの付き合いは人より長いだろうが、研究とかはしていないんだ。むしろ専門の研究者には事例研究される立場だよ。それなのに君は近所に住んでいるからと私に相談しに来る、その事について君はどう思うかな?ナズナ君」


紅が視線をスズナの背後にやり、スズナもゆっくりと振り返ると、そこにいた大きなインコみたいなデジモン、パロットモンは露骨に目を逸らした。


「……それはなんだかんだミサキおじさん親身になってくれるからいいとして。どんまい、スズナ。でも僕の意思を無視して顔をやたら埋めまくってた罰だと思う」


「それはナズナがいい感じになんか臭いけど癖になる体臭してるのが悪い」


「その理屈は痴漢する人間の屁理屈と同レベルだぞ、君」


紅に言われてスズナは渋々肯いた。


「まぁ、アレルギーなら原因物質を吸い込まない事で症状は起きない様にできるんじゃないか?こまめな掃除や換気、マスクやゴーグルの着用とかで」


「わかりました……直に吸わずにマスクして吸う事にします」


「吸ったら出るだろ。吸わないようにという話をしてるんだが?」


「……それは、難しい問題ですね」


「……あとは、黒木家でなんとかしてくれ。おじさん本当専門外だから。デジタルワールドから持ち帰った論文を翻訳するのに忙しいんだぞ、これでも。ウィッチェルニーの汎用翻訳術式のお陰でなんとなく意味はわかるが、意味がわかるだけで文法とかはそっから考察しないといけない。読む人は術式使ってないからね。今日もこれから言語学者の先生が来る事になっていてだね……というかシグレは何をしているんだ」


「シグレは多分アレルギーだと思うけれど、一応叔父さんにも聞いたら?って」


「……なんだそれは。というか君達さっき聞いて初めて思い当たりました、みたいな顔してなかったか?」


「それはノリで」


「ノリか……まぁ中学生だもんな。中学生ってそんなんだよな。とりあえず、わかったら帰りなさい」


では、さようならとナズナはスズナの手首を掴んでひょいと持ち上げた。それはスズナの意見を認めない時のナズナやり方だった。幼稚園児を抱え上げるみたいに軽々と、一度持ち上げられてしまうと脚が地につかないし掴めもしないので普通の人間には抵抗のしようがない。


「もう僕のにおい嗅がないでよね」


「ヤダ」


家に帰ってすぐ、ナズナは玄関で簡単に自分の羽毛に自分でブラシをかけた。それがスズナは不満だったちょっと前までは背中や翼なんかはスズナがブラシをかけてただが、ナズナは一人でささっとブラシをかけてしまい、スズナがやりたそうにしても無言で拒否された。


その後もスズナが近づこうとするとナズナは鼻水でずるずるにする気なの等と言ってさっさと部屋に戻ってカギを閉めてしまった。やっと部屋から出てきたと思っても掃除機を持ってまたすぐに部屋に入る。


スズナの知る限り、あとはうんこの時ぐらいしか部屋から出てこないし、無理やり吸引しようとしてもナズナの方が重量がある。


「……いつものルーティンだと次のうんこまで二時間か」


鳥類は体に糞を貯めない。それは鳥のデジモンであるパロットモンも同じ、食事も小分けに十回以上。そして消化されたらすぐに糞として出す。


ナズナ自身は本当はもう少し分けたかったが家族と合わせるとなるとそんなものになる。朝一回、ブランチ二回、昼二回、おやつ二回、夜三回。


今日は始業式だった。三年生の始まりの日、まさかそんな日にアレルギーと宣告されるとは思ってもいなかったが、午前で学校終わって、ブランチ入ってうんこ、お昼入ってうんこ、病院行って、二度目のお昼入ってうんこしたから、次のチャンスはおやつタイム後のうんこの時だとスズナは考える。


廊下で寝そべって漫画を読んで待機していると、ふと背中から誰かが近づいてくる気配を感じてスズナは身を起こしてファイティングポーズを取った。


「……ホモサピエンスは言語でコミニュケーションできるって知らなかったか?」


そにはむやみやたらと顔がいい癖っ毛栗色髪の幼馴染み、紅シグレがいて、呆れた様にスズナにそう言った。


「……先に声かけてくれればこんな反応しないのに」


「スズナが声かけるより早く起き上がるから……サジタリモンもなんでスズナにあんなにパンクラチオンを教え込むんだか……後ろから肩叩こうとしただけで指折られそうになったのまだ根に持ってるからな」


「パンクラチオンは目潰しと金的以外はセーフだから、指折るぐらいゆるしてよ」


「いつも通りめちゃくちゃ言ってるな、スズナは」


拳を握る手を緩めたスズナの口にシグレが棒状のチョコ菓子を咥えさせる。これにはスズナもまんざらではない、チョコ菓子が好きな苺味のものだったからだ。父親譲りのやたら鋭い目つきのせいでスズナ自身は自分に似合わないのと考えているが、同時に可愛いは正義で苺味は正義なのだとも考えていた。


「で、ナズナにアレルギーが出るの、どうすんの?」


シグレはそう話を切り出してきた。おそらくシグレはナズナスメルを吸引するのを邪魔する目的でよこされた刺客。スズナはそう解釈し嫌な顔をした。


「だとしたら何か、シグレに関係あるの?」


「いや、あるだろ。幼馴染だし、お隣だし、何よりナズナがこっちで学校通ってることとかの保証とかしてるのうちの叔父さんの関係者だし、勢い余って喧嘩とかしてナズナやスズナが怪我したらこっち生まれなのにデジモンだからと強制送還だってあり得るんじゃない」


ぐうの音も出ない理由にスズナは口からつぶされかけた蛙のような声を出した。


紅は日本のデジモン関係で顔が利くのでナズナが人間界に居られる様にしたりと手を尽くしている。その他諸々の政治的なバランスとか色々があってナズナはスズナと一緒に黒木家にいた。


「……ちくしょうめ」


「スズナももう少し落ち着いて考えなよ。デジモンとヒトが共に子供として教育を受けて生活してる事例って他にはまだ数えるぐらいしかないんだ。問題を起こすとそれが基本として広まってしまうかも、『人間とデジモンが共に成長すると互いの感覚の違いにより問題行動が誘発される』みたいなそれらしい理屈とかつけられてさ」


スズナはどうもシグレがわかった様なことを言っているのが気に食わなかった。


本当はちゃんとわかっているのはスズナもわかっている、シグレはスズナとナズナのそれこそ家族みたいなと言える幼馴染みだ。スズナ達の置かれた環境についてはよく知っていて、紅にはシグレ達弟一家以外の身寄りがないから反デジモン派の人達に嫌がらせされる事もあって苦労もしている。尤も同じ理由でデジモンと公に共同生活をしている数少ない存在であるスズナも苦労はしているのだが。


スズナにとってシグレは家族も同然、アイドルグループと見比べてもまぁ多分シグレだよなとなるぐらいやたら顔がいいところは気に食わないが、同じ様な環境を共有している仲間であり親友であり家族である。


「たかが姉弟喧嘩一つもできない環境って、それもどうなんだか」


喧嘩の自由とか憲法で保障してはくれないものかなんて考えながらスズナは吐き捨てる。中学生なのに反抗期に反抗することさえできないとは如何なものか。誘拐を試みてくる過激派はパンクラチオンで撃退できても、政治的なしがらみは目潰しと噛みつきが解禁されてもどうにもできない。


「まぁ、気持ちはわかるけれど。そんな無理矢理にしかも自分の体調崩してまで嗅ぎにいくものなのか?」


本当は我慢できるだろうと言われれば、まぁ我慢できなくはないだろうなとスズナは思う。ゴーグルとマスクさえつけていればそばに居ることだって多分できるし。


でもその割り切った様な感じがスズナには気に食わない。自分達はもう大人になったんだみたいな感じが気に食わない。


「……実際ここ最近は体調悪くなるから避けてたし。避けられないわけじゃないとは思う。でも、避けたいかといえば別」


「スズナはなんでそうなるかなぁ……大したことじゃないだろ」


「……私みたいなののところにいないで少女漫画の世界に帰れ! 性格と顔がいいヒロインを取り合って他のイケメンと牽制しあってろ! おもしれー女、とか口に出していいタイプの顔面してる癖に!」


自分の部屋に入りながらスズナはそんな暴言をシグレに投げかける。


スズナはわかっている、正しいのはナズナとシグレだと思っている。一番波風立たないし、結局スズナは匂いを嗅いだら体調悪くなるからあんまり嗅ぐことはできない。スズナの体調を気遣ってナズナはそうしているのだし、我慢もできることでもある。


でも、いいじゃないか少しぐらい。もう少し我がままに遠慮なく行っていいじゃない。まだ中学生だぞ。そうスズナは思うのだ。


ナズナの匂いが嗅げない事が嫌なのではなく、自分が望まないことをどうしようもない理由で押し付けられたのに対して抵抗せずにすんなりと受け入れる事がスズナは嫌なのだ。


部屋で寝転がろうにも微妙に気持ちが収まらずぐるぐると歩き回っていると、ふと自分の机の上に置いてあった写真立てが目に入った。スズナとナズナと父と母、見切れてはいるがシグレもいる。スズナは父の今についてどうやらデジタルワールドにいるらしい程度しか詳細を知らなかった。


スズナの家族像は大体母とナズナと自分自身、時々シグレという感じで構成されている。父はいない訳ではないが、常にいる印象はない。やたら悪い目つき、地毛らしい金髪、高い身長と不器用な態度。それがスズナにとっての父だった。


2005年、スズナが生まれたその日に偶発的に開いたゲートから両親の元に現れたデジタマがナズナだったらしい。


タイタモン襲来からまだたったの五年、デジモンの存在は核兵器とかミサイルとか電気信号を用いて遠隔操作する類の兵器を全てリスクばかりの骨董品にした。デジモンの扱いは新たな核とか言われたり、デジモンを巡ってまた開発戦争が起きる。みたいな事が言われていたその時になんでかスズナの両親は、ナズナを家族として育てることを選択した。


それに近所に住んでいた紅もなぜか賛成し、よくわからないまま実現してしまったのでスズナ達は同じ年の姉弟として育てられた。


それがスズナの知る経緯。


小学校も中学校も、ナズナは特例としてヒトの学校に通ったけれども得た友達は多くはなかった。スズナもそう、あんまり友達は多くなかった。やたらと顔のいい幼馴染はいたが、むしろそのせいで友達が少なかったんじゃないかとスズナは疑っている。


子供の世界は残酷なまでの実力と人気の世界だ。なんか変な奴認定されれば即アウト、あの家の人間は変人だと言われてもアウト、保護者会とかで親が浮いてもアウト、人気の子に嫌われてもアウト。子供は我慢しないから欠点には目を瞑ってという事はないのだ。


デジモンといて変な子だし、デジモンを子ども扱いする変な家だし、そのくせやたらイケメンがそばにいて不況は買いやすい。私もナズナもどうしたらいいのかわからなかったし、シグレだってどうしたらいいのかわからなかった。


加えて、スズナ達が考えが及ぶ頃には既に慣れていたから大した事とは感じていなかった。故にそうした人間関係は放置された。


他にあんまり一緒にいられる様な相手もいないのにナズナとの距離が開く様なのはスズナは嫌だ。アレルギーだ仕方ないと言ってしまうのは簡単だが、スズナがじゃあ仕方ないと受け入れたらいつかはスズナの側にナズナもシグレもいなくなってしまう様な気がしたのだ。


写真を手にスズナが部屋の隅で蹲っていると、窓がコンコンと叩かれた。


窓から下を見ると、半人半馬なのか、ケンタウルスっぽいけれど明らかに人であるべき部分が何か未知の生き物なデジモンであるサジタリモンが、スズナの部屋にゴム矢を二発連射していたらしかった。


「出て来ないと窓割りますよ」


サジタリモンはスズナ達の家庭教師的な存在で、大抵の事は聞けば何でも答えが返ってくる様なデジタルワールドでも比類する相手のそういない賢者であるらしいとスズナは聞いていたが、何故そばに居るのかがわからなかった。


「……サジタリモン先生もナズナの味方?」


「一般的な道理は確かにナズナにあるでしょうが、スズナにも味方に立つ者の一人二人いないと不公平でしょう?」


サジタリモンは優しいのでスズナは好きだった。基本的に叱りつけることをしないのだ、それはそれとして厳しくないわけではなく、とりあえずスズナは学校の握力計が振り切れさせ、あだ名がゴリラになった。


「先生……でもどうせまた何か課題があるんでしょう?」


「今日は課題はありませんよ。あなたに与えるべき予言はありますが」


「……なるほど、そっちが本題で結局味方はしてくれないやつだ。まぁ、知ってたけどさ」


味方に立つ者の一人二人いないと不公平とは言っても自分が味方する気はない、サジタリモンはそういうデジモンだとスズナは見ていたし、それは間違いじゃなかった。ちゃんと相手を観察できてますね、とサジタリモンはスズナを褒めはしたがやはり味方しない事は変わらなかった。


とりあえずちゃんと話すために外に出なくてはと、スズナは部屋に置いてある靴を窓から放り投げ壁を掴んで先生のところまで降りて行った。咄嗟の時にナズナについていけないからと、スズナは屋根によじ登ったり高所から飛び降りたりをできるようになっていた。


「……で、どんな予言です」


スズナは課題として十歳の夏休みの時にデジタルワールドのある王国で暴れているハーピモンを退治しろとか言われたことがあった。おいおい神話の英雄かのび太じゃないんだぞと思ったりもしたがなんだかんだやり遂げていたが、仰々しく予言なんて言葉が絡む事柄はもっと厄介に違いないと思えた。


「スズナ、君はとある選択を迫られる。天使を殺せば人間界に居られなくなり、戻っても来られない。天使を殺さなければ、あなたはヒトとして生を全うするでしょう」


スズナは死に方の予言とか、なになにしなければ長生きできる系の予言じゃなかったことにこそほっとしていたが、それでもその予言は不吉に思えた。


「それって、いつ……?」


「いつかはわかりません。しかし、いずれ来ます。これでも私の予言の術は太陽神に教わったもの、まず外れることはないでしょう。私はこれ時が満ちるまで話してはならないと、あなたの父親から言われていました。その為に私はこれをあなたに言えませんでした」


「お父さんはなんで先生にそんなこと言ったの?」


いつかって今さとかなったらどうしてくれるんだと思いつつ、スズナは自分の頭をガリガリ掻いた。


「さぁ……神の考えることはわかりかねますね。推測はできますが、確実ではないので言いません」


スズナの頭に浮かぶ父は、やたら目つきが悪い金髪のただの男性で神ではない。でも、不思議と先生は嘘をついてないんだろうなという確信もあった。


「私、あんまりメジャーじゃない神様とか知らないしデジタルワールドの神だと尚知る由もないんだけど。お父さん、どこの神様?」


「バアルに当たる存在です。カナン地方……イスラエル近辺の主神クラスの神様ですよ、キリスト教ではベルゼブブとして悪魔扱いされていますが、まぁそれはそれ。別のデジタルワールドではベルゼブブでも私達のデジタルワールドでは、主に天災に対抗する治水や利水の神です。オリンポスが中心なので主神から多少格は落ちますが、嵐の神でもあるのでかの神は手に雷を象徴する武器を持っている事が多いですね」


「先生、しれっと別のデジタルワールドではとかいう言葉を付け加えて情報量を増やさないでください」


既にスズナの頭はキャパオーバーしていた。どうにかしてナズナと疎遠になりたくないという悩みが解決しないままに、なんとかして人間界に残れないかに規模が拡大してしまった。もちろんスズナに天使を殺す予定はないのだが。


加えて半デジモンでそのデジモンは神なので半神でもあると考えるとナズナに抱きついてもいないのに頭が痛くなりそうだった。


スズナにとって、もうなんか最初っからヘラに嫌われていて死に様まで悲惨なヘラクレスとか、親友が自分の身代わりで死んだアキレウスとか、約束違えて妻が牛に取られてミノタウルスを抱え込まされたミーノースとか、愛したはずの相手に射殺されてしまうオリオンとか、半神って存在はなんかろくな人生送ってないものに思えた。


そういう事を考えているとふとスズナの頭に一つの考えが浮かんだ。サジタリモンってサジタリウスでいて座なのだから、そのモデルになったケイローンに当たる存在なんじゃなかろうか。片親が神、ケイローンに幼少の頃から教育を任せて来た、そして予言を受ける。あとは冒険にでも出れば完璧だ。


「先生……あの、自意識過剰かもしれませんけれど、ギリシア神話的な英雄ルートに入ってませんか、これ」


「気づきましたか、素晴らしいですね」


「素晴らしいじゃないんですよ、素晴らしいじゃ! のび太の方がいいんですけれど、私。サジエモンに助けられてシグレちゃんと結婚できるように過去を変えるみたいな方がいいんですけれど」


「おやおや、のび太くんだって結婚した後に順風満帆とは限らないんですよ? というかそもそも友人いないし作るのも苦手でしょうスズナは。のび太くんはあれで数多の異世界や宇宙人とも友好関係を築けるとても優秀な子なんですよ?」


先生を射る為の毒矢が欲しいなと一瞬スズナは思ったが、サジタリモンは構わずに余談は置いときましょうと話を戻した。


「さて、さらにあなたの事情へ理解を深めましょう。スズナの元へ私が遣わされた理由、それは私が聞いている限りでは信仰の獲得に足る英雄へと教育する為です」


「信仰の獲得……」


スズナは首をかしげたが、サジタリモンの口調は至って穏やかで茶化してもなければ暗喩の類でもない様だった。


「えぇ、デジタルワールドにおいて神が神としての力を持つには信仰がなくてはならない。ミネルヴァモンがミネルヴァモンという神であるのは神としてのミネルヴァモンに対しての信仰がデジタルワールドにある為。ミネルヴァモンがこの人間界に来たとしてもその力はデジタルワールドでのものと比べたら微々たるものとなります。故に信仰を獲得する為の動きが必要なのです」


信仰を獲得するとなると、当然人と関わる事は避けられない。なれば、私は何かしら否応なく大きな事件かなにか、広く他人に知れ渡らなきゃいけない事に関わることになるのではないか。そう考えが至るとスズナは嫌な気分になった。


「スズナが何考えているかは大体想像がつきますが、そうですね。おそらくタイタモン程ではないでしょう、直接的な被害のみで百万人位の犠牲者が出ましたからね。紅教授が時を超え死力を尽くしてもそれが限界だったのです。当初は関東はタイタモンの起こす地震で海に沈み、倒そうと試みては核による汚染も起こし、日本からギリシャまでの間にある都市は地震と核、焼夷弾等によりほぼ壊滅する筈だったそうですからね。それに比べれば微々たるものの筈です」


タイタモンみたいなの出てきたら私にはどうしようもないと思うのだけれど、とスズナが思っていると、サジタリモンはそれが人間界での話かどうかは分かりませんけどねと笑った。それは洒落としても悪趣味だったが、スズナはもう想像することに疲れたし、そうした話よりもナズナとの関係についての相談をしたかった。結局その話をほとんどできていなかった。


「そうそう、ナズナの出自に関してはミネルヴァモンがデジタマを用意して黒木家へ送り込んだのです」


なんで、とスズナは聞かなかった。スズナはバアルモンの子、ケイローンたるサジタリモンを遣わしたとはいってもスズナが何か成し遂げた時、より信仰を掴みやすいのはナズナを送り込んだ場合と送り込まない場合のどちらかという話だ。


「……さて、スズナ。ナズナとの生活は神に仕組まれたものでした。或いはあなたがナズナと仲が良いのもナズナがスズナを思ってくれるのも神々の都合で仕組まれている様にも思えるでしょう。それを黒木スズナは考えなければならない。わかりますね」


「……先生、悪趣味が過ぎますよ」


サジタリモンがなんで色々一気に解説したか、多分それの半分は優しさだとスズナは考えた。


先生自身、私がいつその事件に関わるのかを知らない。だとするならば、その事に当たっているまさにその時にこれらの情報を知る可能性が出てくる。だから事前に知っておけと、そこまでは優しさ。でも、この一度置いておく事を許さない聞き方は多分意地悪だ。ナズナとの関係に悩んでいる今の私に、ナズナとの関わり方を考えるならばこれもついて回る問題だぞと言ってのける。


その言い方がスズナは好きだけど嫌いだった。


「直視しないのも手ですが、時が来た今のうちに向き合うべきです。あなたはどういう自分でありたくて、今の仕組まれた関係とどう向き合うのか」


「先生、毒矢で射っていい?」


「では、毒矢で射られない内に私は帰ります」


何も解決させないままに帰る先生の背中に毒矢は無理でも石ぐらい投げつけてやろうかとスズナは思ったが、手頃な石がなかったので投げつけるのは諦めた。


仕方がないのでスズナは壁を登って自分の部屋に戻り、ごろんと寝転んだ。


サジタリモンの言い方は酷く趣味が悪かったが、言う事は尤もだとスズナは思った。自分が半分デジモンというのも言われてみればとは思うのだ。クラスメイトは誰も握力計を壊したりしていなかったみたいだし、スポーツ関係で誘われたものに関してスズナは母が全てダメだと言っていたのを思い出した。


スポーツはヒトである事が前提。中距離走に馬が出ることはないし、走り高飛びに鳥が出ることもない。


人と違う事に憧れる年齢なのかもしれないが、既にヒトと違っている事ばっかりで面倒だなと思っているスズナにとっては、どこまでも突き放されたようなものだ。


ナズナはどう思うのだろう、スズナは考える。考えたってわかるわけないのだけれど、快くは思わないだろうなと、むしろ記憶とかがなくとも元来だます側の存在だったことに負い目を感じるかもしれないと。そう思った。


シグレはどう思うのだろう。幼馴染が人でなかったと知ったら、それでも今までの様に幼馴染とみてくれるのだろうかと、考えるのは気分が重かった。


二人とも変わらず接しようとはしてくれるだろうが、それは変わらないということではない。ある意味ではいい機会なのかもしれないともスズナは思う。


スズナ達は元々思春期真っただ中で、シグレの視線は時々しれっと胸や太ももに向かう様になってきていたし、スズナ自身もふとした時に性成熟してきている事を意識していた。しかし同時にナズナだけがこの変化を頭でわかっても体感できなかった。


これから否応なしに関係が変わってしまうならば、新しい関係性が固まってからまた作り直しとなるよりも、この方がいいのかもしれない。そう思いながらスズナは床に転がった。


でも、今の関係を壊したくもないのだ。少しずつ変わるぐらいならば、その都度受け入れ方を工夫すればそのままの関係を維持できるかもしれない。一度に知ってしまわなければ、いや、一度に知ったとしても一つずつ受け入れていけば。


スズナの手に、ナズナの部屋のドアノブを掴む力は入らなかった。打ち明けることもできず、何となくスズナからも避けるようになっていった。ちゃんと向き合おうとすることで関係性が変わってしまいそうな気がしていた。


何日か経つと、スズナはナズナに避けられている事に少しばかり慣れと安堵を覚える自分が嫌になってきた。


学校でも、食事はいつも一緒にとっていたのに、気がついたら窓から飛んで出て行ってしまう。制服のスカートがめくれてしまうからと、壁を伝うのは先生に禁止されているし、シグレが私を引き止めるせいで追いかけることもできない。振り切って追いかけるほど熱くなれない。


それに、慣れてしまったのだ。人には避けられる事が多かった、だから慣れるのも容易かったんだろうと思う。だけど、スズナはこんなに簡単に慣れてしまいたくなかった。


ある日からすぐに家に帰らずに、学校の図書室で居残りする事にした。ナズナと話したいことがあるのにどう話せばいいのかもわからない。それに、この世界の神話とデジタルワールドの事実には奇妙に合致する部分がある。だからってギリシア神話とかについて学ぶことで何か進展するとは思えなかったが、それでも何もしないよりはましだと思った。


やっぱり自分の倫理観とは大分かけ離れた生き方してるなとスズナが思うのに時間はかからなかった。しかし、ヘラクレスがヘラに嫌われてどんな目に遭って、その子供達まで死んだり生き残っても追いかけられたり兄弟達を助ける為に自殺したりしてるのを思うと、ミネルヴァモンを怒らせる様な事もスズナは簡単にはできない。


ミネルヴァモンは人間界にいない。人間界の中でならばスズナも逃げられるのかもしれなかったが、紅はミネルヴァモンの側だろうと考えられ、となればシグレもそっちにつくしかない。父のバアルモンも別に逃げ出す程スズナは嫌いじゃない。それにナズナもスズナが逃げたら苦しむかもしれないと思うとスズナは何もできなかった。


ミネルヴァモンに従って英雄的な活動をするべきなんだろうとはスズナ自身思ったが、性格と一致していないとも思った。体を動かすのは好きだけど争うのは好きじゃない、弓も狙ったところを射れるのは楽しいけれど、パンクラチオンとかも完全に護身目的で習っていた。


もっと早く気づけばよかったなとスズナは思った。鉄の塊を貫通する弓を射ってくる四本足で身長三メートルをゆうに超え車と並走できる不審者は人間界に基本的にいない、もしいたらそれはサジタリモン本人だ。


「……すみません、黒木さんですよね」


図書室でギリシア神話読んでるやつに声かけようなんて変態だなとスズナは思った。そんなやつは大抵重度の中二病かなにか、関わらない方が無難なタイプだろうと。


「そうですけれど、どちら様ですか」


「えへ、え、いや大したものではないんだすけど……こ、これを……」


スズナが視線を向けると頬を赤くして息を荒げ呂律も回っていない程興奮した女子がそこにいた。さら唐突に紙のトランプを差し出してくるという意味不明っぷりにスズナは天を仰ぎたくなった。


「破って欲しいんです。こう片手で握りしめて、もう片方の手で摘み千切る感じで」


当然スズナの頭にはなぜという疑問が浮かんだが、もうなんかいきなり過ぎて気がついたら言う通りに引きちぎっていた。


「わっ、本当にできるんですね。うふふ。あ、これも握ってください」


更に興奮する少女に言われるがままにスズナは渡されたハンドグリップを握る。やたらと固く感じたができなくはなくて、端と端が当たってかちかちと音がする。


「ちなみにそれ、握力百六十六キロ必要なやつです」


「……それで?」


学校という場面での人間じゃないみたいな扱いはスズナとしては不本意ながら慣れていた。数日前まではまさか本当に人間じゃないとは今までは思ってなかったのだけれど。


「あぁ、それでですね。この人、黒木さんのお父さんで合ってますか?」


見せられたスマホに映っていたのはSNSに上げられたある映像、1999年七月にタイタモンが襲来した時の映像。東京をめちゃくちゃにしながら巨神タイタモンと戦神マルスモンがなんか理解の及ばない戦いをしている、その脇でタイタモンの召喚した幽霊なのかゾンビなのかスケルトンなのか、なんかそんな感じの化け物達に自衛隊が立ち向かい、避難が済んでいない住民達が逃げ惑っている。撮影者は自分は足をやられている、このまま死ぬかもしれないのでこれを撮っているといった旨を述べていた。


そんな中、ふらりと自衛隊の前に白いマントに青いターバン、金髪でやたら腕が長い人の様なデジモンが現れて赤い棒を幽霊っぽい奴等に向けると空が突如雲に覆われて雷が落ち、幽霊達は霧散した。そして撮影者に気づくと撮影者の手を取って起こし、小声で何か呟くと、近くの瓦礫から鉄筋を引き抜いてきて杖の様に使う様ジェスチャーで示すとまたどこかへ去っていった。


近づいた時のそのしぐさや目つきの悪さなどを見て、きっとこれは父親のデジモンとしての姿なのだとスズナは察した。


動画につけられたコメントは『この撮影者私のお母さんでお礼を言いたくてずっと探してます!この動画を拡散して下さい!』というものだった。


「……これ、あなたのアカウント?」


「そうですよ。これをアップして拡散してコメントを集めて……つい先日、これ黒木のお父さんに似てね?っていうリテラシー欠如してる有難いアホのコメントがついたので、そのアカウントから通っている学校を特定し、先日転校してきたんです」


よくやったもんでしょうとその少女は胸を張る。これはストーカーだとスズナは直感する。動機が本物ならばまだマシだけれども、この動機も本当かどうかわからない。


「……黒木さんを初めて見た時にピンと来ました。ゴマ粒みたいな鋭い目つきや、鬱陶しそうな前髪がそっくりですから。それに加えて、黒木に近づくのはやめとけ、デジモンと住んでいるし握力計ぶっ壊したゴリラだし、遅刻をごまかす為に壁を登って窓から入って来ようとしたやつだとか、とても親切に教えて下さったヒト達がいたもので」


スズナはサジタリモンに気絶する感覚も覚えておいてくださいねと首を絞められた時ともまた違う恐怖を覚えた。なんだこの人、距離感覚が狂ってる。遠慮とか配慮とか知らないのだろうか。知らないんだろうな。


「でもあれ……今、お父さん人間界にいないから」


「あ、知ってます。ご近所で噂を聞いてきましたから。でも私はあなたに興味がある、私と同じ半デジモンのあなたに」


「へぇ、そりゃすごい」


スズナはもう驚かなかった。知らず知らず自分がデジモンであったことを思えばデジモン関係者がストーカーなぐらいは驚くに値しない。むしろ話しかけてきた理由がわかって落ち着くぐらいだ、挙動不審の説明にはならないけれど。


「反応薄くありません? こちとらそうとわかってからひとしきり浮かれてはしゃいだっていうのに……」


それで挙動不審だったのかこの人とスズナは少し納得がいった。ちょっと元から中二病患ってたんだろうな。


「冷静になったら、サジタリモンに指導されてるってそういう事でしかなかったんだなって……」


「え、うふふ、なにそれすごい……うふふふ、黒木さんいいなぁ。アルゴナウタイ的な感じで黒木ナウタイ作る? 作ろう?」


「やだよ、船に潰されて死ぬじゃん。確かに私はなんかミネルヴァモンの加護受けてるっぽいけれどさぁ……というか名前何?」


「え? あ、鈴白トモネ、同い年。というかそれめっちゃギリシャじゃん……スズナさんそれめっちゃギリシャじゃん! いいなぁ、私のお母さんの出身デジタルワールド、ウィッチェルニーだもん。イリアス出身いいなぁ! せめてテスタメントかアーサー出身ならいいのに、完全に架空史的な世界なんだもん。ファンタジーが押し寄せすぎるんだよねぇ」


しれっと呼び捨てもアレなんだけど、イリアスとかテスタメントとかアーサーとか一体何を言ってるのやらだ。いや、多分別のデジタルワールドとやらの話なんだろうけれど。


「……お父さんの世界はイリアスって呼ばれてるんだ」


「あ、そっか。お母さんが言ってたわ。ウィッチェルニーは他世界に渡る技術が一番優れてるからよその世界の情報も一番多いって」


「……トモネさん、便利な解説キャラみたいな感じの喋り方してるね」


「いや、これはそう。誤解を、誤解を招いてしまいたくないからであってね。そんなそのままフェードアウトしそうな感じのキャラに落ち着く予定はないんだけれども、いかんせん一から十まで説明しようと考えれば言葉数は多くなってしま……」


「とりあえず、別のデジタルワールドの話してよ」


この前サジタリモンに聞かなかったし、これもいい機会だろう。話している感じは敵じゃなさそう、はしゃぎ過ぎて何も考えてないだけの雰囲気だし。


「えと、基本的にはそれぞれの世界はどんな勢力が実権を握ったかで名前が変わってるの。『この人間界』での文化を基準に、ギリシア神話系の世界が『イリアス』、スズナさんはここだよね。キリスト教系の天使や悪魔達の世界が『テスタメント』、イリアスとテスタメントは宗教上の対立があって……でもそもそもそれぞれ内輪で揉めてたりもしていて……あ、そうそう。私のお母さんの出身の『ウィッチェルニー』みたいな架空史……でも架空史系はあんまり強くなかったりして、各デジタルワールドはこの人間界ベースに特別なものを見出している。他にも人間界はあるけれど、『この人間界』の『認識』から逸れると一気にデジモンの質が低くなる。宗教的なそれが強く残る世界同士は当然敵対関係になるし、その中で生き残る為に架空史系は頭を捻ってるの。例えばウィッチェルニーは各世界それぞれに技術を提供する事で自分達の技術を普遍的にし、侵略価値を無くすと共にどの世界にも恩を売る形を……」


やたら早口で熱っぽく、どこか飛び飛びでトモネは話し出した。


「……ノートにまとめてもらっていい?」


一回で覚えられる様にも思えなかったし、なんだかほっといたら延々としゃべり続けていそうな雰囲気もスズナは感じていた。


「えー……」


じゃあ、明日までにまとめてくる荷物持ってくるから待っていてと立ち上がりかけたトモネの手をスズナはいきなり掴んで引き倒し、床に這いつくばらせた。


ほんの数秒遅れて、図書室の窓の外に茶色い恐竜かなにかの頭が現れ、赤い瞳が一瞬図書室の中を探った。



後編【https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/ren-jian-xiu-liao-hou】


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