幾つにも分かたれた世界が無数にも存在する
その中で愛情の紋章が強く反映された世界が今回の舞台である
ここは愛亡くしては生きられず、愛を求めねば暗黒面に陥りやすく、愛が無ければいとも容易く孤独に押しつぶされ死に至りやすい
そこで生きる者たち、皆は無意識に愛を育みながら生活しているが、他との僅かな違いといえば居るだけで心が温まるたったそれだけある
そんな世界の悪魔にも愛は宿るのか?
ここは真昼間のゴミ捨て場
歌う少女と傷ついた野獣がそこにいた
「きらきらひかる♪ おそらのほしよ♪
まばたきしては♪ みんなをみてる♪
キラキラひかる♪ おそらのほしよ♪」
「黙りやがれ…」
うるさい歌だ…と傷だらけの獣人型デジモンは大きな手で少女の口を塞ぐ
「私のお気に入りの子守唄、歌えばぐっすり眠れるの」
「俺様は眠りたくねぇんだ、あっちいけ!」
「例え貴方が人じゃなくても神様はきっと助けなさいって私に言うわ!」
負傷したデジモンに傷口に消毒を塗り、手慣れた手つきで包帯を巻く少女の名は美琴
もうすぐ15歳を迎える孤児院出身の人間
ここは人間世界のとある孤児院
運悪くデジタルワールドの裂け目から人間世界に落ちてきたデジモンの名はマッドレオモン
落下の衝撃で背中と腕の骨が折れ、辛うじて人気の無い孤児院のゴミ捨て場に辿り着き、そこで身を潜めながら回復するのを待っていた
が、孤児院の少女に見つかってしまい万事休す!かと思いきや何故かこの少女はマッドレオンモンを見ても怖がらず傷口に包帯を巻いたりして助けてくれたのだ
修道女の格好をした彼女の小さな手で全身包帯でぐるぐる巻きにされ、だいぶ不格好だが次第に痛みが静まった
「野獣さんの怪我が早く治りますように…」
治療を終えるとマッドレオモンの手を握り少女は祈りを捧げる
「俺様の手ぇ握って祈るな気色悪ぃ…神様なんているわけねぇだろ」
「いるわ!」
全ての生き物は生きる意味があるから生まれてくるの
水がなければ魚は生まれない
土がなければお花は咲かない
空気がなければ私たち人間は生きていけない
全ては神様が用意してくださった贈り物
私たちが出会えたことだって理由はちゃんと神様が用意して下さってるの!
「神様神様うっせーな!お前孤児だろ?
親に捨てられ、こんな場所に押し込まれ不幸のドン底に落とされて、親が憎いとか世界は残酷だ思ったことないのかよぉ!!」
「…両親に捨てられた私にだって必ず誰かに必要とされるわ。捨てられたことがイケナイんじゃないの、これは幸せになる為の通過に過ぎない。だから私辛いとか憎いとか考えたことないわ」
貴方を見つけてこうして治療していることもね!
つぶらな瞳でマッドレオモンに熱心に語りかける
たくっ、隙をついて餓鬼を人飲み食べてしまおうと考えていたが、ダメだこりゃ
神父とかいう奴のいい様に洗脳されちまってる、神様?幸せ?はっ、そんなもんまやかしに決まってるだろーが!
聴いてるこっちが頭痛くなってきたぜ
真剣に話聞いてたら腹が鳴始めちまった
「嬢ちゃん、俺様腹減っちまってよォ。何か食える物持ってきてくれねぇか?」
「確か食堂に余り物があったはずだけど…」
「盗みは犯罪だから神様がダメって言うか?」
「ううん、違うの…ごめんなさい!すぐ持ってくるわ!!」
なんだアイツ
少し困り顔しやがって
「うぅ…」
無理に動こうとするとズキリと腕と背中が痛む
こりゃーもうしばらく安静にしねぇと持たねぇわな
しかしあの人間の女ぁ
何故全身から血の匂いがしてたんだ?
灰色の雲が空を覆う
やがてぽつりぽつりと雨が降り出しゴミ捨て場全体に漂う腐臭を掻き消す
幸いゴミ捨て場にたまたまあった屋根付きの小屋の中で雨宿りすることができた
段々雨が強くなってきた
パラパラと小屋のトタン屋根に雨水が降り注ぎ鬣や体毛がペタンと改造した金属部分に張り付く
しばらくして遠くの方からザッザッと足音が聞こえてくる
最初は警戒したが息遣いからしてさっきの女だろう
慌てて小屋に飛び込み、息を切らしながらマッドレオモンの目の前に倒れ込む
おっ!飯を持ってきたんだな、とマッドレオンは体を起こし少女の傍へ駆け寄る
「遅かったじゃねぇか…っておい!なんだその顔は?」
「エヘへ…ちょっとぶつけちゃって…」
「ちょっとにしては…」
少女の足元にピンク色の雫が水溜まりをつくる
彼女は笑顔で誤魔化しながらマッドレオモンの手に小さなおにぎりを置く
「これで足りますか?」
彼女の顔はボコボコに腫れ上がっていた
恐らく複数回誰かに殴られたのだろう
殴られた部分から腐臭混じりの血の匂いが漂ってくる
全身ずぶ濡れのせいか彼女の顔が心做しか泣いているようにも見えた
顔が青紫色に変色してやがる
殴られたのか?
飯を届ける為に?
「誰に殴られたんだ?」
「だ、誰にもぶたれてません!本当になんでもないんです!!」
「この俺様に嘘つくやつの飯なんか食えるかよ!言わねぇとお前を食っちまうぞ!!!」
「え、貴方、私を、食べてくれるの?」
少女はマッドレオモンの言葉に頬赤らめ動揺している
濡れたスカートの裾を握り、目を泳がせながらマッドレオモンと距離をとる
「?…なんだその反応は」
「ごめんなさい、嘘は…良くないですよね…」
彼女は話した
この孤児院は外見は普通の孤児院だが実は臓器や奴隷といった人身売買を行っている違法の施設
入った子供は日々麻薬漬けにされ、宗教狂いに洗脳、もしくは調教される
孤児院周辺は人気が無く、代わりに防犯カメラや鉄格子だらけ、逃げられない様にする為か…
「人間世界にも悪いヤツいんだな」
「私はずっと神父様のお気に入りだったので、何とか薬を飲まされるずに済んでいるのですが、他の子は…」
そう話すとぎゅっと彼女は両手を握りしめ、顔をこわばらせながら下唇を噛み締める
「ほぉー、だから神様に救いを求めてる"良い子ちゃんの演技"をしてたわけか。胡散臭いと思ったぜ!神様なんざ居ねぇもんにすがったって救われねぇと分かってて、御苦労なこったよォ」
「今夜…私は神父様にカラダを捧げなければならないのです」
「カラダを捧げる?なんだ、人間が人間を食うってのか?」
「分かりません…けどきっとイケナイことだと思います…」
「そうか、じゃあ勝手に食われちまえばいい。俺様は怪我の治療で忙しいんだ…っておい!!俺様の飯!!!!」
「こ、これは神父様の夕食です!ぶたれて、謝りながらいただいた大切なものです!!これが欲しければ私の願いを聞いて下さい!!!」
「餓鬼のくせに俺様に楯突くつもりか?」
だが、飯がなければ回復できねぇし…やるべき事も…
ここは素直に聞くしかねぇか
「で、一体何をすりゃいいんだ?俺様は怪我人だぞ」
少女はもじもじと手を後ろにまわし恥ずかしそうな顔でマッドレオモンに急接近する
「私の体をた、食べてください…///」
「はぁ!?何言ってんだテメェ!!!」
「神父様は外道!悪党なんです!今まで大勢の女の子たちを食べてきた悪魔です!!変態!!人間のクズ!!!そんなお方に私食べられるくらいなら…」
「お、おう?俺に食われて死んだ方がマシ…ってか?」
はい…と彼女は、美琴は静かに頷く
そして嘘偽りない眼でマッドレオンを見つめる
死にたいという顔にしては希望に満ち溢れている顔だ。それほど少女にとって死は人生の中で一番の救いであると信じ続けていたとみえよう
「マジかよ…」
マッドレオンモンは生まれてこのかた他人にお願いされるのは初めてだ
しかも食べてくれ!と自ら命を自身に委ねるなんて…生まれてこのかた顔が怖いだの、近寄り難いだの言われ他者との接触も控え、孤独に生きてきたこんな俺に?
「私、行くとこも他に家族もいないんです。孤児院を出てもすぐ捕まるし、清いまま死にたいです…」
おかしなヤツ
清いまま死にたい?
デジモンは死ねばデジタマに還り幼年期からスタートするが人間は確か死んだらそのまま生き返らないんだとか聞いていたが
一回の人生なのにそんな簡単に生命を投げ出せるんだ?
「たく、しゃーねぇな…その神父っ野郎ぶっ倒した後に食ってやるよ」
本当ですか!!と彼女は眩しい瞳でこちらを見ている
「その前に飯だ飯!腹減っちまっては神父倒せねぇよ」
「あ!野獣さん腕折れてて腕使えないんですよね!私が食べさせてあげますよ!!」
「ちょっ!もう動けるし、ひとりで食えるって…あ」
あっ…と少女は体勢を崩しマッドレオモンの胸元に落ちる
ドサッと倒れた瞬間、ふわりと彼の獣臭さと少女の血の香り、二人の匂いが混ざり合う
「おい、気をつけろよ…」
苛立った声で少女を睨みつけるが心のどこかで怪我がなくて安心している自分がいる
「す、すみません…わあ…野獣さんすごく暖かい」
「最近改造したばかりなんだ、変に触って誤作動起こしたらどうしてくれる!」
「すごい…かっこいいなぁ…」
「っ!」
「私も野獣さんみたく強かったらよかったのに…」
「お前、気持ち悪くないのか?」
こんな、何度も何度も改造を繰り返したせいて元の原型も留めていないツギハギで歪な俺の体
いつまで経っても進化できない自身に腹を立て、チェーンソーや銃やら刃物を腕に取りつけても、それでも進化できない、強くなれない、どんどん醜い姿と化していく自分が嫌で嫌で仕方がないこんな醜い化け物をこの少女はかっこいいと言ったのか
デジコアが暖かくなる
体の大半を金属に改造してパワーやスピード更には治癒力を上げて尚、満たされなかった冷たいマッドレオンモンの心を少女その言葉で満たされていく
これを人間世界ではなんと呼ぶのだろう?
「野獣さん、どうしたの?」
綺麗な瞳が醜い俺の姿を映す
おかしいな
腹は減ってるのに変な感情が湧き出てくる
彼女をもっと見つめたくなる
興奮とは違う何かが自分自身の身の内で燻り爆発しようとしている
押し付けられた未成熟な少女の体からとく、とくんと少女の心臓の音が聞こえる
なんて、心地良いんだろう
血肉ばかり食らってきた俺が人間の心音でこんなに穏やかな気持ちになるなんて
よく見れば少女の体も己自身と同じツギハギでボロボロだ
「お前も俺と同じ…か」
「えっ?あ、ごめんなさい!すぐどきま…?」
起き上がろうとした少女の体をガシリと獣の腕が掴み、マッドレオモンの胸へと引き寄せられる
「え…あの、」
「…しばらくこうしたいならしてろよ」
ずっと心細い思いをしてきた少女も、マッドレオンモンも、お互いこうしたいと不思議に思った、いや、思わざる得なかったのだ
少女はマッドレオモンの手に抱き寄せられ彼の鬣と体毛に包まれる、金属出できた改造部分に少女が当たらぬよう配慮して
「野獣さん…」
「俺が必ず食ってやる、とりあえず回復するまでお預けな…」
「は、はい!あ、…あの、もう少しこうしてていいですか…」
「気が済むまで俺のそばにいろ」
グルルゥゥゥ…と喉を鳴らし鼻を少女の髪の毛に擦り付けスンスンと嗅ぐ
殴られた部分をペロリと舐めると、治癒効果でみるみる内に傷が塞がっていく
「すごい…!野獣さんは天使様だったのですか!?」
「こんなツギハギだらけの魔改造デジモンが天使なわけねぇだろうよ、寧ろ悪魔だろ」
「ふふっ、なら野獣さんはとてもいい悪魔様になられますね」
なんだぁ?とマッドレオモンの舌が少女の鼻周りを優しく突く
「ひゃっ!やめて、まだ食べないでください」
「俺の唾液には治癒効果があって、まぁ…なんとでも言えよ」
ベロリと舐められた箇所の痛みが徐々に引いていく
ほらよ、と舐めた箇所の傷が塞ぎ始め段々少女の潰れた鼻が元通りの形に戻り出す
「ありがとう野獣さん…!」
少女はマッドレオモンに感謝の抱擁をする様に首に腕をまわすと彼の大きな口に唇を落とす
「!?」
ファーストキスです!と達成感に満ちた少女とそんな少女を呆然と見つめるマッドキモン
しばらくふたりは見つめあっていた
「お前っ…ほら、まだ傷あんだろ?治してやるよ」
照れ隠しに傷を見せろとマッドレオモンが言うと少女はプチプチと上着のボタンを上から順に外しはだす
上着がはだけ、紫色の肌と大量の煙草を押し付けたような痕が晒される
よく見ると先程付けられたばかりの火傷もある
「ひっでぇな…」
「そうです、私、穢れてるんです…」
穢れ…ねぇ
ずっと痛みを我慢しながら自身に改造を施してきた自分こそ穢れているぜ
デジモンは食ったりすりゃ大抵の怪我は治るが人間は…
「この際全身綺麗にしてやるよ」
「ありがとうございます…」
舌なめずりすると、少女の体を野獣が覆い被り、傷のある箇所を全て舐め出す
無抵抗に獣に身を委ねる少女
少女の甘い香りと野獣のツンとした汗の匂いが混じり、次第に内側から熱い何かが昂りだす
「野獣さん…もっと…舐めて…」
「そう…誘うな…」
「だって私、野獣さんになら…」
ハジメテを捧げます
どくんっ
少女の言葉にマッドレオモンの体に変化が起きる
ボサボサだった黒い鬣がサラサラした銀色髪になり、改造した強靭な体が人の形へと変化していく
背中からコウモリの翼と頭からは角を生やし、イヌのように舐めていた大きな口も少女と同じ人間の唇へと変化する
毛深かった胸毛も人間の男性の肉体になり、逞しい筋肉が少女の目の前に晒される
「どうした?」
野獣の変貌に驚くが、彼のあまりの美しさと優しく抱いてくれる姿に見惚れ、思わず頬を赤らめる
「野獣さん…!」
「野獣じゃない、俺は"アスタモン"だ」
「アスタモン?」
「さあ、お前も名乗れ、これは契約だ」
お前の体を俺以外誰にも見せるな、晒すな
血の一滴全て俺に捧げよ
お前は逃げられない
お前は俺の為に生きろ…
アスタモンの綺麗な手が差し伸べられる
邪悪なオーラを纏ったそれは恐らく良くないものだ
だが先程とは容姿も雰囲気も違う彼の言動に少女は迷うことなく彼の手をとる
「私、ミコト」
ミコト、契約成立だ
お前は俺のものだ
ぶわりと溢れ出る黒いオーラが彼女とアスタモンの身体を覆う
「あっ」とミコトの体が強ばるとアスタモンの身体は彼女の魂とデジコアに連結する
ミコトの傷が心が塞がり、やがて時間と共にアスタモンと一つとなる
長い沈黙が流れる
悪魔と少女、二人は抱き合う姿勢で眠りにつく
ミコトの胸元にほのかな愛情の紋章のマークが赤く色濃く浮き出ていた
_____________________
「お前も誰かを好きになった経験くらいあるだろう」
「もう随分昔の話ですよ」
アポカリモンのアバターに話しかけるは愛情の紋章のネックレスを首にさげる男、アスタモン
ミコト、彼女と出会ってあれから100年以上が経つ
人間を食べた罪でダークエリアに堕ち、死のうか死なないか考えながらダラダラ過ごしている内に終焉の王の眷族になっていた
正直、何故自分だったのか謎だ
「自分が誰よりも愛を知る者だから、お前には愛の宣教師になれって最初言われた時頭おかしいと思いましたよ」
「事実、お前は人間の愛情を浴びた。それが今後の世界をより良くする為に必要な人材だ」
人材ねぇ…
アスタモンは首にさげた愛情の紋章を手に取り真っ暗な暗黒空間の空へ掲げる
「ミコト…」
消えていなくなってから随分経つがそれでもお前がいないという実感が湧かない
もし、俺とお前が出会えたことがこの先のお前の"子孫たち"にも役に立てるというのなら…
「そっちに行く前にもう少し頑張ってみるよ」
アスタモンはネックレスをしまうとアポカリモンと共に人間世界へ足を踏み出すのであった
〖人間と結婚した男〗
読ませてもらいました、とても面白かったです。
シンオウ地方の図書館に似たような話があったような……夏P(ナッピー)です。
マッドレオモンの舌にそんな力が!? と思ったら何というか官能的なことに使われたのでした。愛情の世界と言いながら孤児院は大層狂っていたようで……いやこれは神父様が純粋に悪いのか否か。ビッグマムもビックリな鬼畜ぶり、これは食われてしまうのも必然。
るろ剣で宗次郎の家に匿われた時のCCO様を思い出させるマッドレオモンでしたが、愛情を受けると共にアスタモンへの進化。アスタモンの進化前がマッドレオモンというのは、ちょうどバイタルブレスBEでその進化ルートが採用されていたのを思い出しました。ポキュパモンが何故かいなかったのは何故だ!!
そしてやっぱりアポカリモン! 100年経ってしまった! 当然の如く、既にミコトはいなくなってしまったようですが、“お前の子孫たち”ってのはつまり……?
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。