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快晴
2020年3月08日

『強欲魔王と孫娘』

カテゴリー: デジモン創作サロン

 まえがき


 本作品は「#おまラス」ことデジモン創作サロンの企画「おまえのLAST EVOLUTION 絆を見せてくれキャンペーン」に参加している作品です。

 映画のネタバレはありませんが、やや過激な表現、もしくは人によっては不愉快になる表現が含まれている可能性がございますので、苦手な方はご注意下さい。











「リナちゃんでもワンクッション置くよ!?」


 私から顔面にドロップキックをかまされふっ飛ばされ、起き上がった『強欲』の魔王バルバモンの、第一声。

 とりあえず目の前のこいつに『デジモンストーリー サイバースルゥース』の知識がある事だけは確認できたが、判った事と言えばそれだけだった。

 なので


「やかましい」


 私はこれまでに蓄積されていた鬱憤を全て包み込んで、吐き出したひとことへと乗せる。

 基本的に出番はパッとしない事が多いものの、バルバモンと言えば魔王の中の魔王。究極体魔王型というだけでデジモンの中ではトップクラスの存在に違いないのに、こいつの場合設定そのものが中世ヨーロッパの貴族の女性の髪形くらい盛られていいるのだ。

 一介の人間に過ぎない私なんかよりも、遥かに格上だろう。

 だがそれはそれ、これはこれ、だ。


 私はバルバモンというデジモンがその設定故に嫌いだった。


 何より私はイライラしていて、目の前の存在が『少なくとも祖父では無く、確実に不審者』であるという事実は、八つ当たりという名の暴力を向けるには十分過ぎる理由になる気がしたのだ。

 ……この行動が理由でこいつに殺されたとしても、それはそれで。という思いが無かった訳でも無い。


「いや、「やかましい」て」

 しかしバルバモンはというと、私のキックに対して怒ったような素振りは見せなかった。

 強いて言うのであれば、困惑、くらいだろうか。


「聞いてた? これ、お嬢ちゃんのお爺ちゃんの身体だよ? 自分の身内の身体がさ、魔王に乗っ取られてたらさ。いくらなんでも普通、もっと驚くとか、怖がるとか……ほら、ワシを畏れ敬いなさいよ」

「やかましい」


 お嬢ちゃん、といういい加減年齢にそぐわなくなってきた呼称にもかなりイラッときたので、私はもう一度、当初の台詞を繰り返した。


「私。嫌いなの、バルバモン」

「お、おう」

「あんたの図鑑説明の最後にある「必殺技はベリアルヴァンデモンより超強いよ」の1文のせいで私がどれだけ嫌な思いをさせられたか解ってる?」

「そ、そんな事言われても……ワシ強いもん……」

「五月蝿い」

「スミマセン」


 事態は未だに呑み込めていないが、『強欲』の魔王はどうやら、私ごときに気圧されているらしかった。

 それがさらに、私の苛立ちを加速させる。

 この魔王が情けない姿を曝すという事は、この魔王より『下』であると明言されてしまっている、他の魔王型デジモン達の格まで下げてしまうという事に他ならないのだから。

 加えてそれら魔王型デジモンの格が下がるという事は、そのデジモン達と死闘を繰り広げたキャラクター達にまでその影響が及ぶという事なのだから。


「私、デジモン、好きなの。好きなのに……っはー。何? なんでよりにもよってバルバモンなワケ? 今この瞬間が夢か現かなんて知らないけど、どっちにしたって「私が初めて対峙したデジモン」が大嫌いなバルバモンって。何」

「そ、そこまで言う事無いじゃん?」

「……」


 私はもう、同じことを言う気にはなれなかった。


「……ねえ、お嬢ちゃん」

「……」

「渋谷系デジモンしてたパンプとゴツ見下ろすヴァンデモンだって、もうちょっと優しい目ぇしてたよ?」

「……」


 とりあえず第2の情報として、このバルバモンには『デジモンアドベンチャー』の知識がある事も、解った。


「……えっと」

「……」

「お嬢ちゃん、デジモンは、好きなんじゃよね?」

「……」

「ほら、多分、それならワシの話、面白いと思うよ」

「……」

「何がどうしてこうなったのか、知りたくない? 知りたいじゃろ? 知りたいよね?」

「……」

「言葉のキャッチボォルッ!!」

「手短に簡潔に解り易く話して。老人の無駄話だって判断したら、帰る」

「お……応」


 一応は反応を示した私に、バルバモンは一瞬、安堵らしい表情を見せて、それから床に正座をする。

「まあ、いくらワシが魔王とはいえ、まずは、ごいあさつからじゃの」

 そのまますかさず公式の誤字ネタをブッ込んできたバルバモンの頭に、私は今度は回し蹴りを叩き込んだ。


*


 七大魔王を殺すと、別世界の七大魔王が、強くなる。


 そんな設定が降って湧いたのも、思い返せばバルバモンが先ほどネタにした『デジモンストーリー サイバースルゥース』からだったか。

 祖父の罵詈雑言を聞き流すスキルを日頃から身に着けていたせいだろう。祖父を依代にリアライズしているためか祖父と同じ声をしているバルバモンの話は驚く程頭に入って来なかったが、それでもどうにか掴めた事の大枠を要約すると、上述の設定のせいで強くなり過ぎた七大魔王を『弱った人間』の中に押し込める事によって弱体化させる、という策をデジタルワールドのホストコンピューターが実行した、との事で。


 突如『画面の向こう側』でしか無かった世界観が日常の中に飛び込んで来た事には困惑を覚えざるをえなかったけれど、ひとことで言うと「大体イグドラシルのせい」になるのはとてもデジモンっぽいなと私は思った。


「まあワシらもはいそうですかとタダで弱体化させられるのヤじゃったし、他の連中は知らんがワシの場合は、ホレ」

 かぱ、と。

 バルバモンは、金色の仮面を外す。


 元から露出している口元を除いてその下に顔らしい顔は無く、代わりにあるのは無機質で単眼の白い面で。

「『ネクスト』かよ」

 単行本4巻の117ページ参照と言った所か。

「ふふ……ワシはイグドラシル、イグドラシルはワシ……」

「ペルソナ違いだやめろ」

 何故か得意げな笑いから一転。ええー、と似合いもしない不服そうな声を漏らすバルバモンを静かに睨み付けると、彼は仕方なさげに金色の仮面を顔に戻す。

「とは言っても、ワシの場合ちょいと権能を借りただけでな。能力の使用はこの身体、つまり依代を探した際の1回こっきりよ」

「……じゃ、なんで私の祖父を使おうと思ったワケ?」

「おっ。なんじゃろな、ようやく会話が成立してきてワシ心がほわほわすっぞ」

「……」

 踵を返す。

「待って。スミマセン調子に乗りました帰らないでワシの話聞いてってば」

「聞かれた事にだけ答えろ」


 これだけ言っても危害を加える気が無いらしい。むしろ困ったような溜め息を吐き出し頭を振ると、バルバモンは話の続きを紡ぐ。


「孫がな、欲しかったんじゃよ」


 私は老人の無駄話だと判断し、引き留めるバルバモンを無視して帰宅した。


*


 とはいえ薬の時間になれば様子を見に行くのは私の役目だ。

 先程の光景が白昼夢で無かった保証はどこにも無く、サボる事自体は不可能では無いのだけれど、それをして後で責められるのも私なのだ。

 忌々しい事に慣れた風習として必要な筈の物の買い物を済ませ、私の足は半ば自然に、祖父の家へと向かっていた。


「……ただいま」

 自分帰る場所でも無いのになと思いつつ、父が生まれた家だからという理由でその挨拶と共に勝手口の戸を開ける。


「応、おかえりなのじゃ!」


 出迎えた金色の仮面に、私は半身だけを乗り出し荷物だけ置いて再び戸を閉めようと

「違うおかえりって帰れって意味のお帰りじゃないから! 待って、行かないでお嬢ちゃん!!」

「(頭の)風邪、早く治すよ」

「幻覚じゃない! ワシ幻覚じゃないから!!」

 閉じさせないように長い爪の生えた指が扉を抑えている。

 このままバルバモンの指戸口に大激突的な流れになればいいのにと思いはしたが、流石に究極体魔王型。老人の姿をしていても、力は向こうの方が強かった。

 ……それでも多少は拮抗出来る辺り、弱体化自体は本当らしい。


「……何」

 もちろんこのまま私の方から手を放して家に帰れば良いのかもしれなかったが、こんなに早く戻ってはサボりを家族に怪しまれるし、これ以上このやり取りを近所の住人に聞かれたらと思うと、それはただただ嫌だった。


 こちらの心情を知ってか知らずか、兎に角自分に対応の兆しを見せた私にほっと安堵の笑みを浮かべると、バルバモンは中に上がるよう空いた手で私を手招きする。

「いやあ、お嬢ちゃんが戻ってきてくれて助かったわい。この家、妙に汚いもんじゃから掃除しとったんじゃが――」

「ヘルパーさんにお願いできたらもう少し行き届いたんだろうけどね」

 ここに関してはバルバモンのせいでも何でもないが、私は反射的に吐き捨てた。

 祖父の自称『気高さ』は身内以外の世話を受け付けなかったし、元より吐き気のするようなクソ田舎の空気はプロによる介護を悪徳と捉えていて。


 ぐ。と、バルバモンは戸惑いからか台詞を霧散させて。

 しかしどうしようも無いと判断したのか、改めて、口を開いた。


「あー、その……動いたもんじゃから、腹が減ってな」

「はぁ」

「あれじゃよ。ワシ、ひそかにニンゲン世界の物食べるの楽しみにしとったんじゃよね」

「ご飯なら、買って来たけど」

 私は足元の買い物袋を持ち上げる。

 ぱぁ、と、バルバモンの表情が変わった。

「でかしたぞお嬢ちゃん! 何を買うてきてくれたんじゃ?」

「牛乳」

「ふむ」

「牛乳」

「……それから?」

「牛乳だけ」

「えっ」

「……」

「え……?」


 どん。

 音を立てて机に置いた袋から2本。1リットルの紙パック牛乳を取り出す。


「……依代の記憶とか、覗いたりできないの?」

「え、できんよ……。いらんし……」

 その取捨選択だけは賢いな、とは思った。

「元々私の祖父は偏食が酷くて」

「はあ」

「お医者様が「食べ物があまり食べられないなら、せめて牛乳を食事につけるように」と」

「なるほど」

「そしたらあの人、その日から「医者は毎日牛乳を2リットルだけを取れと言った」っつって聞かなくて」

「なんで?」

「何を持って行っても改めてお医者様に言ってもらっても聞かなくて、それ以外の物を食べさせようとすると「わしを殺す気か」って言って大暴れするから」

「……」

「人間、案外そんなんでも生きていける物なのよね」

「……」

「どうしてもって言うなら冷蔵庫の野菜室にクサリキュウリがある筈だから蜂蜜でもかけて食べればいいんじゃない?」

「せめてクサリカケにしよう? てか捨てよう??」

「勝手に捨てると怒るから」

「えええ……」


 人間ですら無い老人型魔王の方が考える事がまともなんだなと鼻で笑って、私は彼の脇を抜けて冷蔵庫を開ける。

 むあ、と広がる臭いに胃の腑の奥から吐瀉物をぶちまけないよう息を止めながら、牛乳パックを半ば投げ込むように中へと押し込んだ。


「……ぅぉぇ」

「吐いたら自分で掃除してね。雑巾は捨てていいから。それじゃ」


 言葉に変えた呼吸で周りの空気を軽く吹き飛ばしながら足早に去ろうとすると、バルバモンに回り込まれてしまった。

 こんななりだが、なんだかんだで、動作は素早いらしい。


「待ってお嬢ちゃん。ワシせめて咀嚼が必要で人体に有害じゃない物が食べたい」

「骨粗鬆症みたいな髭してるんだからカルシウムとってなさいよ」

「やだその罵倒数千年生きてきた中で一番傷ついた。あと骨にはビタミンDとかも大事らしいからね? 多少はね?」

「半裸で日光浴でもしててどうぞ」


 もう一度バルバモンを抜き去ろうと試みるが、両手を広げて公式絵みたいなポーズを取られるとケープと羽が非常にかさ高く、勝手口への道はほぼ完全に塞がれてしまっている。

 引き返して玄関に回るのも一つの手だが、こいつのすばやさを鑑みるに先程の二の舞だろう。

 それに


「やーじゃー! やじゃやじゃやじゃやーじゃあ! 食べたいー! ニンゲンの食事たーべーたーいー!!」


 ここまでくると、どれだけ無視を決め込んでも受け入れてくれそうにはなかった。

 目の部分は仮面だしそもそも液体を噴出しそうな目でも無かったのに完璧な涙目で食欲を訴えるしわがれ声は、『強欲』の魔王の『強欲』部分が最高にダメな形で発揮されているとしか、思えなくて。


「チッ」

「……いや待って。今「チッ」っつった? 「チッ」って舌打ちしたよね?」

 私は見せつけるように同じ動作を繰り返した。

 「うわぁ」と静かに、引いた声が響く。

「アルケニモンだってマミーモンにここまでの塩対応はしてなかったよ? ……してなかったよね? してなかったと思うんじゃけど」

 舌打ちに代わって、今度はわざとらしく、溜め息。

 ……それから。

「ちょっと待ってて」

「へ?」

「すぐに戻るからここ通して。追いかけたりしてこないでね」

「お……? 応……」


 すんなりと。

 あんなに騒いでいたのが嘘みたいに、バルバモンは通路の端へと身を避ける。

 今度こそそこを通り抜けて勝手口を出て。……一瞬、やっぱりそのまま帰ろうかと思ったけれど、約束を簡単に反故にするような人間にはなりたくないと思って、結局、私はいつも貧乏くじを引く。

 祖父の家の前に停めていた自転車の籠に置いたままにしていたコンビニの袋を、手に取った。


「はい」

 そうして引き返して、バルバモンの前で袋の中身を取り出す。

「……それは?」

「1食当り熱量217キロカロリー、蛋白質3.8グラム」

「……」

「脂質5.9グラム炭水化物」

「やめよう?」

「37.6グラムナトリウム540ミリグラム」

「成分表の読み上げやめよう??」

「……海老マヨのおにぎり。と、骨なしフライドチキン」

 いい加減デ・リーパーみたいなムーブを取りやめにして、私は217キロカロリーのラベルをバルバモンの方へ向け、同時に袋の中に残っていたまだ温かいチキンの入ったを手に取った。

「これ食べればいいんじゃない?」

「? え、でもこれ、お嬢ちゃんのご飯なんじゃ?」

「ううん。ご飯はもう食べた。……でも、なんか、こういうの1人で食べなきゃ、食べた気がしないから。……でもいいよ。身体に悪いのは解ってるし。だからどうぞ」

 食品を袋に戻して、バルバモンに手渡す。特段食べたくて買った訳じゃ無いのは事実だ。

 バルバモンは、私のそんな、いわゆる『おやつ』をまじまじと見下ろして――不意に


「じゃあ、半分こしようぜ」


 とのたまったので


「いらない。人の物ってあんまり食べたくないから」

 と断った。


 もう今日だけで何回「え」を連呼したか解らないバルバモンの口と口周りの皺が、への字に折れながら文字に起こすと3回分くらいの「え」を紡ぎ出す。

「人の物って、ワシこれ今お嬢ちゃんにもらったばっかりなんじゃけど?」

「いらないなら手を付けないで返して。食べ物を粗末にするのは私だって本意じゃないし。今ならまだ間に合う」

「いらんくないいらんくない! ……あー、老人と孫っぽくていいと思ったんじゃけどなぁ」

 孫。

 自分を指す単語として久方ぶりにそれを聞いた様な気がして、しかしすぐに、数時間前には耳にしている事を思い出す。


「さっきも言ってたけど」

「おん?」

「孫って、何のつもりで言ってるの?」

「えぇ~え? ワシさっき説明しようとしたんじゃけどな~。でもお嬢ちゃん聞いてくれなかったじゃん? それなのにおんなじ説明繰り返すの、ワシとしてもな~?」

「ああ、そう」


 気にならない訳では無いが再び話す気が無いというのなら仕方が無い、そう思って帰ろうとしたら、案の定出入り口を塞がれた。

 なんだかんだと、もさもさの髪と髭も引く程鬱陶しい。


「興味! 興味を持って!」

「自分も無駄話を求めない以上人に無駄話を強要するのは筋違いかと思って」

「ひん……一見正しげな事言ってるように思えて魂に《ネクロミスト》くらってるとしか思えないようなドライさ……。これにはファラオモンもびっくり……」

「ファラオモン、バルバモンより大分好きよ」

「ほげぇ……。「デジモンに動じない」を検索条件に入れたワシの落ち度なの……?」


 こちらに聞く気が薄いと解って素の会話に重要そうなワードを混ぜてきた節がある。

 このまま流してもいいが――ただ、その前に。


「それよりご飯、冷める前に食べたら?」

 温かいものを、温かい内に。

 気遣い云々では無く、冷めた事を自分のせいにされるのが嫌で、私は手放したコンビニの袋に指を指す。


「ん? ふむ……まあ、それはそうじゃな」

 そしてバルバモンはいやに素直に、私の言葉に動じた。

 相変わらず魔王としての威厳が地の底なのは腹立たしかったが、そもそもバルバモンというデジモンの評価にそこまでのものは求めてはいないし、

 それに、


「いただきますなのじゃ」


「……」

 食前の挨拶が出来る分、祖父よりはマシな思考回路をしてるなとは、また、思ったりもして。


 骨なしのフライドチキンを前に大きく開いた口には、ギザギザの歯が並んでいた。

 半分以上をその歯で挟み込んで、そのまま軽く上を向いて溢れ出す肉汁を零れないよう流し込み、その後、バルバモンはチキンを噛み切って、咀嚼する。

「むぐむぐ……あー、城での食事とは随分と趣が違うが、なかなかうまいんじゃー。思ったより衣がサクサクで肉も柔らかいのう。これがお手頃価格で買えるんじゃろ? 人間界いいとこじゃな!」

「はじめて庶民のモノ食べたお嬢様みたいなムーブやめろ」

「わはははは。もはや権能は使えんとはいえイグドラシルの力の片鱗でコンビニおにぎりの開け方はわかるぞい!!」

「だから――。……。あー、もう……」

4件のコメント
快晴
2020年3月08日

 1日だけ。


 食後結局バルバモンから話を聞いて。

 1日だけ、という条件でかの『強欲』の魔王の『孫』になる事となった私が次の日指定の時間に祖父の家へと足を運ぶと、玄関の前に酷く趣味の悪いバイクが停まっていた。


「……」

「おっ。おかえりなのじゃ」


 一昔前の女子高生の携帯だってここまでデコデコしてないとはっきり言いきれる程度には過度な装飾と無駄にキラキラ光る塗装が施された大型バイクの傍には、イラストにすればバイクに負けず劣らず作画コストの固まりみたいな老人型魔王が佇んでいて。

 昨日までとはまた別の理由で全力で無視して通り過ぎたかったけれどやはり約束が首輪のように喉を締め、辛うじて出せる空気が「なにこれ」と疑問の言葉を形作る。

「何って、バイクじゃよ」

 バルバモンは、事も無げに、当然の事を言う。


「掃除がてら色々見て回っとったら納屋にバイクを見つけてのう」

 まさかこれ、断捨離の過程で「物を捨てる心」をまず捨てた祖父ご自慢の納税装置だというのか。

「我が秘術をもってすればちょちょいのちょい。壊れたバイクもほれ、この通りよ! ぬわははは。乗り物が『暴食』の小僧の専売特許だと思ったら大間違いじゃ!」

「……ジジーモス……」

「名付けないで。名付けるならもうちょっと考えて付けてあげて」


 ぶおん!

 次の瞬間、バイクのマフラーから熱気を帯びた黒い煙が噴き出して、思わず肩がびくりと跳ねる。

 対してバルバモンは、引いたように唇を半開きにした。


「ええ……お前さんそれでいいのかよ……」

「? ……もしかしてこのバイク、ベヒーモスと一緒で意思とかあるワケ?」

「ま、ワシの魔術の産物じゃから、そのくらいはな」

 答えるように、ジジーモスのヘッドライトがちかちかと点滅する。

 その仕草から何と無しに感じられる素直さは、見た目と作者に比べれば大分と好ましいモノだった。

 確かにもう少し考えて名前を呼べばよかったかもしれない。……なんて思う反面、やはり作者が作者なので、他に思い付く語は無いのだけれど。

 何より本人(本機?)も気に入っている? ようだし。


「まあええわい。名前なんてそう重要では無いからのう。……よっこいしょ」

 と、バルバモンがジジーモスに跨ったので、私は顔を上げる。

 気が付けばバルバモンは『デジモンフロンティア』のルーチェモン:FMのように背中の羽を仕舞っていて、長い髪もケープの内側に入れて押さえつけているようだった。

 ……しかしこの流れ。もしかして。


「ほれ、我が孫よ。ワシの後ろに乗るがいい」


 ぽんぽんと。

 バルバモンは後ろに回した手でシートの残り半分を叩いた。


 やはり、そうなるのか。


「……2人乗りで? ヘルメットは? そもそもこれ、公道走って大丈夫なの?」

「そこもアレじゃ。魔術パワーでな」

「はあ。随分とご都合主義な魔術ね」

 溜め息交じりに応えていると、あっという間に諦めもついた。

 私はバルバモンの後ろに飛び乗り、他に持つところも無いので仕方なく彼の腰に腕を回す。

 服からはやたらと高い線香みたいな匂いがして、何故だか無性に腹立たしい。

「ようし、行くぞぅ! しっかりつかまっとれよ!」

 なのにバルバモンはひどく上機嫌に、まるで歌うようにしわがれ声を張り上げて。ジジーモスも返事のようにまたマフラーからエコの精神クソくらえみたいな煙を噴出し、エンジン音と言うには余りにもおどろおどろしい唸り声を轟かせて――走り出す。


「!」


 ジジーモスはあっという間に加速した。

 というより、最初からトップスピードだったかもしれない。

 文字通り風のように、時々すれ違う車なんて全部全部、あっという間に追い越して、何年も納屋に放置されているだけだったバイクは、クソ田舎とはいえ彼? の現役時代からは変わり果てているに違いない風景をも置き去りにして、走って行く。


 ぎゅう。と、

 不本意ながら、私は思わずバルバモンの服を、皺になる程握り締めた。


 でも。

 信じられないくらい、ドキドキするくらい速い、けれど。

 不思議と、怖くは無くて。


「どうじゃどうじゃ~? ワシのドラテクも捨てたモンじゃなかろうて!? これは次期デジモンアニメの黒幕と悪役キャラソンの枠はワシで決まりじゃな!」

「白いお髭はー、孤独の証ー」

「……」

「老いのすべてをー、つかーさーどーれー」

「やめよう……? 『暴食』の小僧の歌じゃんそのメロディ……。悪意のある替え歌やめよう……??」

 聞こえていないかのように、自分に嘘を吐くように、私は歌を歌い続ける。

 ……風にはためくケープの端がばさばさばさばさと五月蝿いのは、まあ、事実ではあるし。


「まったく……。お前さんはダスクモンのテーマ流したくなるような孫じゃよなぁ……」


*


 それからどのくらい走っただろう。

 気が付けばジジーモスは申し訳程度に舗装された山道を進んでいて、頼りないガードレール越しにゴミのように小さくなっていく街を見下ろしたりしている内に、私達はやたらと見晴らしの良い駐車場へとたどり着いた。

 奥には形だけは微妙に凝っているお手洗いの建物があり、さらに先には申し訳程度の展望スポットとして塗装の禿げたベンチが設置されている。

 田舎のヤンキーは定期的にバイクで違反を起こさなければ死んでしまう生き物なので、ここもまた、そう言った連中の溜まり場として用意されている場所なのかもしれない。……よく見るとあちこちにたばこの吸い殻を確認できるし。

 とはいえ流石に平日の昼間。人影は、もちろんデジモンの影も含めて、私達以外に1つも無かった。


「……で、バルバおじいちゃん。こんなところに何しに来たの」

「んー? んー……。別段これと言った目的は無いわい。とりあえずこの辺りで一番高い場所を探したらここに行きついてのう」

「なんちゃらと煙はってヤツね」

「ちゃうもん……ワシかしこさもすごいもん……」


 非常に頭の悪そうな発言をしたバルバモンは、私にジジーモスから降りるよう促してから自身もアスファルトに足を付け、しかし引かれた白線の内側に愛機を停める事無く彼? を連れて、展望スポットの方へと歩いていく。

 他にあても無いので、私もその後に続いた。


「それに実際のところ、ワシはあまり、高い所は好きでは無いんじゃ」

「?」


 思いもよらないバルバモンの台詞に、私はふと、彼の視線を追う。

 ジジーモスに乗って登ってきた時と同じ、見応えの薄い中途半端なクソ田舎のパノラマが広がっている。


「小さい。小さい。……取るに足らない。ワシはもっともっと欲しいのに――手を伸ばしただけですっぽりと収まってしまいそうじゃ。……俯瞰の風景は、そんな現実をワシに突き付けてくる」


 キラキラゴテゴテの指輪が幾重にも嵌まったバルバモンの指の爪は悪魔らしく長くて、だから確かに、いっぱいに広げれば目に映る物なんて、がしりと鷲掴みに出来てしまいそうな気もして。


「……なんか魔王みたいな事言ってる……」

 一瞬とはいえ浮かんだ印象を茶化すように呟けば、「魔王! 七・大・魔・王!! ワシってば魔王の中の魔王じゃからね!?」と情けなさの固まりみたいなツッコミが返って来るのだが。

「じゃ、どうしてそんな嫌いな場所に、私なんかを連れてきたわけ? 私の方こそ高い所が好きな馬鹿だとでも思った?」

「ちゃう! ちゃうて!! ……ほれ……、ワシの好きな物なんて、デジモンファンのお前さんなら当然知っておろうし、どうせなら嫌いな物の事知っといてくれた方が孫ムーブしてもらいやすいかと思ってのう……」

「……」

「あとイグドラシルの権能の残滓が「この辺ドライブスポットとして超オススメ」って推してきおったから……」

「ふぅん」

 まあクソ田舎の山道にしては走り易い方なのかもしれない。

 ジジーモスみたいな文字通りの魔改造バイクに、走り易さなんて本当に必要なのか、私にはわからないのだけれど。


「バルバおじいちゃんの好き嫌いなんてデジモンの世界におけるミスリルの立ち位置くらいどうでもいいんだけど」

「気にしたって」

「それよりも……さっきの言い方だとバルバおじいちゃんは」

 前を指さす。

 空の下を。

「あんな街でも、欲しいモノなの?」

「勿論」

 にい、と。歯と言うよりは牙を剥き出しにして。

 らしい笑いを、魔王は見せた。

「どれだけちっぽけな物だとしても、この世界を構成している以上はワシの物にせんと気が済まんわ」

「じゃあ、最終的に世界征服でもしたいわけ?」

「まさか! デジタルワールドとリアルワールドを手に入れたら、次は平行世界にも侵攻じゃい! 『最終目標』などあるものか」

 大きな口を開けたバルバモンが、長い髭を揺らしながら、さも当然のように呵々と笑う。


「今回の事で相応に弱体化しちまうじゃろうが、諦めるつもりは毛頭無いぞ。いずれはどこから見下ろそうとも、手中ではとても収まりきらん程のコレクションがワシの足元に転がろうて」


 ここまで大笑いされてしまうと、何だか私の方が可笑しな事を言ったみたいな気になってしまう。

 ……どれだけ扱いがアレでも、『魔王』なんだな、やっぱり。このデジモンって。


「……掘り下げがないと伝わらないもんだよね」

「ん? どうかしたか?」

「次はアニメ出れると良いねバルバおじいちゃん」

「あれ? ワシまたディスられとる?」


 一転、焦りにも受け取れる表情を浮かべたバルバモンだったが、何を考え直したのかまたにやりと口元に弧を描き、ずい、と私にその黄金の仮面を寄せる。

 近くで見ると殊更鼻がデカいのが鬱陶しい。


「そうそう。お前さんはワシの孫じゃから、何なら世界の5分の2くらいはくれてやっても良いんじゃよ?」

「いらない」

 『サイバースルゥース』よりは増えてるけど半分は意地でも出さないんだなこの魔王。

 いや、別に欲しくないのは本当だけれども。

「ええ……。……ならば他に欲しいモノを何でも言ってみるが良い! 他ならぬ我が孫のためじゃ。何でも用意してやろうぞ」

「リリモンの超進化魂」

「うんとりあえず帰ったら応援のために他のヤツぽちってあげるからその後公式さんにお便り書いてみような」



「そうはさせんぞ、バルバモン」



 一気になんか死んだ目になったバルバモンと最初から全てを諦めた目をしていたと思われる私は、タイミング的にどう考えてもこちらのグッズ購入を阻止しようとしているとしか思えない台詞が聞こえた方向へと顔を上げた。


「……!」


 駐車場の入り口付近。

 銀色の天使、刃の天使とでも呼ぶべきか。……どちらにせよバルバモン同様景色からは恐ろしく浮いた究極体の能天使型デジモンが、大鉈のような腕をこちらに向けていた。

 その傍らには、私と同じくらいの歳の女性が佇んでいる。


「……スラッシュエンジェモン」

 私と話していた時からワントーン程声音を下げて、バルバモンが天使の名を呼んだ。

「何しに来おった。現状のワシらの身については、イグドラシルか三大天使から聞いておるだろうに。……ああ監視か。『パワーズ』切り込み隊長殿直々にとは、やっぱりワシってば魔王の中でも評価高いn」


 ぴっ、と。

 言葉を区切ると言うよりは切り落とすように、甲高い音がして。

 一拍遅れて、バルバモンの黄金の仮面に切り傷が走る。


「!」

「……もう一度問うてやる。あの無能冷蔵庫と『カーネル』の3バカは、下僕の管理すらままならんのか?」


「汚らしい口を開くな、ダークエリアの悪魔風情が」

 全身と同じように、声まで刃物で構成されているかのような、鋭い声だった。

 スラッシュエンジェモンは殺気を隠そうともしていない。気迫だけでこの場の空気の全てを尖らせているかのようだ。


「今回の決定は我が君、そして我らが長たる三大天使の深き御心は遍く異世界にも行き渡っているが故。愚弄は許さぬ。貴様がその慈悲を受けている身である以上尚更許すわけにはいかぬ。速やかに死ぬが良い」


 それが風を切る音なのだと知った。


 私が瞬きをした次の瞬間にはスラッシュエンジェモンはバルバモンの眼前にまでせまり、その大鉈の腕を振り下ろしていたのだ。

 だが


「だーかーらー!!」


 見ればバルバモンの方も対応には間に合ったらしい。

 虚空から自身の武器――魔杖『デスルアー』を取り出したバルバモンは、巨大な宝玉を呑む獣の頭蓋の意匠が施された杖で刃の側面を弾き、その勢いを利用してスラッシュエンジェモンから距離を取るように飛び退く。

 その際こちらに向けられた目配せが「その場から動くな」と訴えていたので「言われなくても動かない」の意味を込めて目を細めると、微妙に涙目になっていたので多分伝わったのだろう。


「解っとる? 解っとるよね? ワシら七大魔王が殺されると、別世界の七大魔王が強くなるって。『弱った人間』に詰めたワシらが自然死しての再転生ならただ弱体化するだけで済むようイグドラシルが調整したっつーのに、貴様がワシを殺したらそれも全部おじゃんなんじゃよ?」

「知っている」


 傍に居る私と私の隣に停まっているジジーモスの事など気にも留めずに、スラッシュエンジェモンは腕を構え直す。


「じゃったらさぁ」

「だが貴様らが生きていれば、いずれ『我々の』デジタルワールドは脅かされる」

「……」

「ならば私はデジタルワールドの平和を守る者として、たとえこの身に罰が与えられるとしても、この命に変えてでも! 貴様らをこの世から滅せねばならんのだ!!」


 金属同士の擦れ合う音。

 スラッシュエンジェモンが両腕を、翼を、いっぱいいっぱいに広げる。

 無論構えを解いたのではない。その逆だ。


「《ヘブンズリッパー》!!」


 全身を構築する刃全てを武器として展開した状態での突進。

 やっている事は単純だがその姿は人型の嵐と言って何ら差し支えなく、私では視界の端に辛うじて捉えるのがやっとの速度でスラッシュエンジェモンはバルバモンへと迫り――


「ぐ……っ!!」


 ――切り刻む。

「……!」

 昨日見せた素早さによって、どうにか直撃は免れたのかもしれない。

 だが、それだけだ。

 左半分の羽。杖を持っていない左腕は肘の付け根から下。そのほとんどが細切れになって弾け飛び、同時に木っ端微塵になったケープの宝石飾りや指輪、腕輪の類が雨よりもか細い音を立ててばらばらとアスファルトの上に零れ落ちる。

 同時に切り落とされた白い髪の一部が風に乗ってこちらに流れて来て、肩に乗りかけたそれを、私は反射的に手で払った。


「こんな時まで酷い!? 応援! ワシを応援して!!」

「ごめんバルバおじいちゃん。私スラッシュエンジェモン比較的推しだから」

「やだワシ今何より心が痛い」


 軽口を叩けるなら案外大丈夫なのかもしれない。

 ……そう思った、次の瞬間だった。


「ユウヒ! 今だ、ゲートを!!」

「任せて、スラッシュエンジェモン!!」


 私も、バルバモンも、すっかり失念していた、最初にスラッシュエンジェモンと一緒に居た女性――ユウヒ、というらしい――が、スラッシュエンジェモンに応えてスマホを掲げる。

 いや、スマホじゃない。

 この流れだと、アレは――


 私が考えるよりも前に、答えが指し示される。

 聖なるデバイスの呼びかけに応え、いくつもの孔が、空中に開く。

 孔はすぐに黄金の輝きに満たされ、その全てから、成熟期から完全体の、真っ白な翼を持つ天使型デジモンが現れる。

 天使軍団『パワーズ』だと、もはや理解するまでも無くて。


 彼らは既に、各々が光の矢を構えていた。



「総員――放て!!」

快晴
2020年3月08日  ·  編集済み:2020年3月13日

 合図から1秒も経たない内に、轟音が足場を揺らし、舞い上がった砂埃が視界を奪う。

「っ」

 爆風、と言って良いのかは解らないけれど、兎も角そういうものに押されて、私は尻もちをついてしまう。

 ジジーモスが僅かに動いた気がしたけれど、彼? には差し伸べる手が無くて。

 立ち上がれないでいる内に、段々と視界が晴れてきた。


「……!?」


 バルバモンも、スラッシュエンジェモンも、先程と変わらない位置に居た。

 ただ一つ違うのは、バルバモンは倒れていて、その身体はアスファルトの上に無数の光の矢によって縫い付けられている、という点で。


 いくら、なんでも。

 そこまでしなくてもいいんじゃないか。だなんて。

 今更みたいに。そんな風に、思って。


「あなた」

 不意に聞こえた女性の声に、つい肩が跳ねてしまう。

「大丈夫?」

 声の主を辿れば、それは天使型デジモンの1体等ではなく、スラッシュエンジェモンの連れていた女性で。

「あ……え……」

「怖いとは思うけれど、安心して。あの魔王は私達がやっつけるから」


 女性は私が一瞬でも「怖い」と感じたのは、バルバモンではなくスラッシュエンジェモン達の方だなんて微塵にも考えていないような、自身に満ち溢れた笑顔でこちらに寄って来る。

 息まで忘れていた私には、後ずさる事すら、出来なかった。


 そうやって呆けている私の傍まで寄って――不意に女性は、勝手に何かを悟ったみたいに、悲しそうに、眉をひそめて。



「可哀想に……よっぽど辛い目に遭ったんだね」