まえがき
本作品は「#おまラス」ことデジモン創作サロンの企画「おまえのLAST EVOLUTION 絆を見せてくれキャンペーン」に参加している作品です。
映画のネタバレはありませんが、やや過激な表現、もしくは人によっては不愉快になる表現が含まれている可能性がございますので、苦手な方はご注意下さい。
「リナちゃんでもワンクッション置くよ!?」
私から顔面にドロップキックをかまされふっ飛ばされ、起き上がった『強欲』の魔王バルバモンの、第一声。
とりあえず目の前のこいつに『デジモンストーリー サイバースルゥース』の知識がある事だけは確認できたが、判った事と言えばそれだけだった。
なので
「やかましい」
私はこれまでに蓄積されていた鬱憤を全て包み込んで、吐き出したひとことへと乗せる。
基本的に出番はパッとしない事が多いものの、バルバモンと言えば魔王の中の魔王。究極体魔王型というだけでデジモンの中ではトップクラスの存在に違いないのに、こいつの場合設定そのものが中世ヨーロッパの貴族の女性の髪形くらい盛られていいるのだ。
一介の人間に過ぎない私なんかよりも、遥かに格上だろう。
だがそれはそれ、これはこれ、だ。
私はバルバモンというデジモンがその設定故に嫌いだった。
何より私はイライラしていて、目の前の存在が『少なくとも祖父では無く、確実に不審者』であるという事実は、八つ当たりという名の暴力を向けるには十分過ぎる理由になる気がしたのだ。
……この行動が理由でこいつに殺されたとしても、それはそれで。という思いが無かった訳でも無い。
「いや、「やかましい」て」
しかしバルバモンはというと、私のキックに対して怒ったような素振りは見せなかった。
強いて言うのであれば、困惑、くらいだろうか。
「聞いてた? これ、お嬢ちゃんのお爺ちゃんの身体だよ? 自分の身内の身体がさ、魔王に乗っ取られてたらさ。いくらなんでも普通、もっと驚くとか、怖がるとか……ほら、ワシを畏れ敬いなさいよ」
「やかましい」
お嬢ちゃん、といういい加減年齢にそぐわなくなってきた呼称にもかなりイラッときたので、私はもう一度、当初の台詞を繰り返した。
「私。嫌いなの、バルバモン」
「お、おう」
「あんたの図鑑説明の最後にある「必殺技はベリアルヴァンデモンより超強いよ」の1文のせいで私がどれだけ嫌な思いをさせられたか解ってる?」
「そ、そんな事言われても……ワシ強いもん……」
「五月蝿い」
「スミマセン」
事態は未だに呑み込めていないが、『強欲』の魔王はどうやら、私ごときに気圧されているらしかった。
それがさらに、私の苛立ちを加速させる。
この魔王が情けない姿を曝すという事は、この魔王より『下』であると明言されてしまっている、他の魔王型デジモン達の格まで下げてしまうという事に他ならないのだから。
加えてそれら魔王型デジモンの格が下がるという事は、そのデジモン達と死闘を繰り広げたキャラクター達にまでその影響が及ぶという事なのだから。
「私、デジモン、好きなの。好きなのに……っはー。何? なんでよりにもよってバルバモンなワケ? 今この瞬間が夢か現かなんて知らないけど、どっちにしたって「私が初めて対峙したデジモン」が大嫌いなバルバモンって。何」
「そ、そこまで言う事無いじゃん?」
「……」
私はもう、同じことを言う気にはなれなかった。
「……ねえ、お嬢ちゃん」
「……」
「渋谷系デジモンしてたパンプとゴツ見下ろすヴァンデモンだって、もうちょっと優しい目ぇしてたよ?」
「……」
とりあえず第2の情報として、このバルバモンには『デジモンアドベンチャー』の知識がある事も、解った。
「……えっと」
「……」
「お嬢ちゃん、デジモンは、好きなんじゃよね?」
「……」
「ほら、多分、それならワシの話、面白いと思うよ」
「……」
「何がどうしてこうなったのか、知りたくない? 知りたいじゃろ? 知りたいよね?」
「……」
「言葉のキャッチボォルッ!!」
「手短に簡潔に解り易く話して。老人の無駄話だって判断したら、帰る」
「お……応」
一応は反応を示した私に、バルバモンは一瞬、安堵らしい表情を見せて、それから床に正座をする。
「まあ、いくらワシが魔王とはいえ、まずは、ごいあさつからじゃの」
そのまますかさず公式の誤字ネタをブッ込んできたバルバモンの頭に、私は今度は回し蹴りを叩き込んだ。
*
七大魔王を殺すと、別世界の七大魔王が、強くなる。
そんな設定が降って湧いたのも、思い返せばバルバモンが先ほどネタにした『デジモンストーリー サイバースルゥース』からだったか。
祖父の罵詈雑言を聞き流すスキルを日頃から身に着けていたせいだろう。祖父を依代にリアライズしているためか祖父と同じ声をしているバルバモンの話は驚く程頭に入って来なかったが、それでもどうにか掴めた事の大枠を要約すると、上述の設定のせいで強くなり過ぎた七大魔王を『弱った人間』の中に押し込める事によって弱体化させる、という策をデジタルワールドのホストコンピューターが実行した、との事で。
突如『画面の向こう側』でしか無かった世界観が日常の中に飛び込んで来た事には困惑を覚えざるをえなかったけれど、ひとことで言うと「大体イグドラシルのせい」になるのはとてもデジモンっぽいなと私は思った。
「まあワシらもはいそうですかとタダで弱体化させられるのヤじゃったし、他の連中は知らんがワシの場合は、ホレ」
かぱ、と。
バルバモンは、金色の仮面を外す。
元から露出している口元を除いてその下に顔らしい顔は無く、代わりにあるのは無機質で単眼の白い面で。
「『ネクスト』かよ」
単行本4巻の117ページ参照と言った所か。
「ふふ……ワシはイグドラシル、イグドラシルはワシ……」
「ペルソナ違いだやめろ」
何故か得意げな笑いから一転。ええー、と似合いもしない不服そうな声を漏らすバルバモンを静かに睨み付けると、彼は仕方なさげに金色の仮面を顔に戻す。
「とは言っても、ワシの場合ちょいと権能を借りただけでな。能力の使用はこの身体、つまり依代を探した際の1回こっきりよ」
「……じゃ、なんで私の祖父を使おうと思ったワケ?」
「おっ。なんじゃろな、ようやく会話が成立してきてワシ心がほわほわすっぞ」
「……」
踵を返す。
「待って。スミマセン調子に乗りました帰らないでワシの話聞いてってば」
「聞かれた事にだけ答えろ」
これだけ言っても危害を加える気が無いらしい。むしろ困ったような溜め息を吐き出し頭を振ると、バルバモンは話の続きを紡ぐ。
「孫がな、欲しかったんじゃよ」
私は老人の無駄話だと判断し、引き留めるバルバモンを無視して帰宅した。
*
とはいえ薬の時間になれば様子を見に行くのは私の役目だ。
先程の光景が白昼夢で無かった保証はどこにも無く、サボる事自体は不可能では無いのだけれど、それをして後で責められるのも私なのだ。
忌々しい事に慣れた風習として必要な筈の物の買い物を済ませ、私の足は半ば自然に、祖父の家へと向かっていた。
「……ただいま」
自分帰る場所でも無いのになと思いつつ、父が生まれた家だからという理由でその挨拶と共に勝手口の戸を開ける。
「応、おかえりなのじゃ!」
出迎えた金色の仮面に、私は半身だけを乗り出し荷物だけ置いて再び戸を閉めようと
「違うおかえりって帰れって意味のお帰りじゃないから! 待って、行かないでお嬢ちゃん!!」
「(頭の)風邪、早く治すよ」
「幻覚じゃない! ワシ幻覚じゃないから!!」
閉じさせないように長い爪の生えた指が扉を抑えている。
このままバルバモンの指戸口に大激突的な流れになればいいのにと思いはしたが、流石に究極体魔王型。老人の姿をしていても、力は向こうの方が強かった。
……それでも多少は拮抗出来る辺り、弱体化自体は本当らしい。
「……何」
もちろんこのまま私の方から手を放して家に帰れば良いのかもしれなかったが、こんなに早く戻ってはサボりを家族に怪しまれるし、これ以上このやり取りを近所の住人に聞かれたらと思うと、それはただただ嫌だった。
こちらの心情を知ってか知らずか、兎に角自分に対応の兆しを見せた私にほっと安堵の笑みを浮かべると、バルバモンは中に上がるよう空いた手で私を手招きする。
「いやあ、お嬢ちゃんが戻ってきてくれて助かったわい。この家、妙に汚いもんじゃから掃除しとったんじゃが――」
「ヘルパーさんにお願いできたらもう少し行き届いたんだろうけどね」
ここに関してはバルバモンのせいでも何でもないが、私は反射的に吐き捨てた。
祖父の自称『気高さ』は身内以外の世話を受け付けなかったし、元より吐き気のするようなクソ田舎の空気はプロによる介護を悪徳と捉えていて。
ぐ。と、バルバモンは戸惑いからか台詞を霧散させて。
しかしどうしようも無いと判断したのか、改めて、口を開いた。
「あー、その……動いたもんじゃから、腹が減ってな」
「はぁ」
「あれじゃよ。ワシ、ひそかにニンゲン世界の物食べるの楽しみにしとったんじゃよね」
「ご飯なら、買って来たけど」
私は足元の買い物袋を持ち上げる。
ぱぁ、と、バルバモンの表情が変わった。
「でかしたぞお嬢ちゃん! 何を買うてきてくれたんじゃ?」
「牛乳」
「ふむ」
「牛乳」
「……それから?」
「牛乳だけ」
「えっ」
「……」
「え……?」
どん。
音を立てて机に置いた袋から2本。1リットルの紙パック牛乳を取り出す。
「……依代の記憶とか、覗いたりできないの?」
「え、できんよ……。いらんし……」
その取捨選択だけは賢いな、とは思った。
「元々私の祖父は偏食が酷くて」
「はあ」
「お医者様が「食べ物があまり食べられないなら、せめて牛乳を食事につけるように」と」
「なるほど」
「そしたらあの人、その日から「医者は毎日牛乳を2リットルだけを取れと言った」っつって聞かなくて」
「なんで?」
「何を持って行っても改めてお医者様に言ってもらっても聞かなくて、それ以外の物を食べさせようとすると「わしを殺す気か」って言って大暴れするから」
「……」
「人間、案外そんなんでも生きていける物なのよね」
「……」
「どうしてもって言うなら冷蔵庫の野菜室にクサリキュウリがある筈だから蜂蜜でもかけて食べればいいんじゃない?」
「せめてクサリカケにしよう? てか捨てよう??」
「勝手に捨てると怒るから」
「えええ……」
人間ですら無い老人型魔王の方が考える事がまともなんだなと鼻で笑って、私は彼の脇を抜けて冷蔵庫を開ける。
むあ、と広がる臭いに胃の腑の奥から吐瀉物をぶちまけないよう息を止めながら、牛乳パックを半ば投げ込むように中へと押し込んだ。
「……ぅぉぇ」
「吐いたら自分で掃除してね。雑巾は捨てていいから。それじゃ」
言葉に変えた呼吸で周りの空気を軽く吹き飛ばしながら足早に去ろうとすると、バルバモンに回り込まれてしまった。
こんななりだが、なんだかんだで、動作は素早いらしい。
「待ってお嬢ちゃん。ワシせめて咀嚼が必要で人体に有害じゃない物が食べたい」
「骨粗鬆症みたいな髭してるんだからカルシウムとってなさいよ」
「やだその罵倒数千年生きてきた中で一番傷ついた。あと骨にはビタミンDとかも大事らしいからね? 多少はね?」
「半裸で日光浴でもしててどうぞ」
もう一度バルバモンを抜き去ろうと試みるが、両手を広げて公式絵みたいなポーズを取られるとケープと羽が非常にかさ高く、勝手口への道はほぼ完全に塞がれてしまっている。
引き返して玄関に回るのも一つの手だが、こいつのすばやさを鑑みるに先程の二の舞だろう。
それに
「やーじゃー! やじゃやじゃやじゃやーじゃあ! 食べたいー! ニンゲンの食事たーべーたーいー!!」
ここまでくると、どれだけ無視を決め込んでも受け入れてくれそうにはなかった。
目の部分は仮面だしそもそも液体を噴出しそうな目でも無かったのに完璧な涙目で食欲を訴えるしわがれ声は、『強欲』の魔王の『強欲』部分が最高にダメな形で発揮されているとしか、思えなくて。
「チッ」
「……いや待って。今「チッ」っつった? 「チッ」って舌打ちしたよね?」
私は見せつけるように同じ動作を繰り返した。
「うわぁ」と静かに、引いた声が響く。
「アルケニモンだってマミーモンにここまでの塩対応はしてなかったよ? ……してなかったよね? してなかったと思うんじゃけど」
舌打ちに代わって、今度はわざとらしく、溜め息。
……それから。
「ちょっと待ってて」
「へ?」
「すぐに戻るからここ通して。追いかけたりしてこないでね」
「お……? 応……」
すんなりと。
あんなに騒いでいたのが嘘みたいに、バルバモンは通路の端へと身を避ける。
今度こそそこを通り抜けて勝手口を出て。……一瞬、やっぱりそのまま帰ろうかと思ったけれど、約束を簡単に反故にするような人間にはなりたくないと思って、結局、私はいつも貧乏くじを引く。
祖父の家の前に停めていた自転車の籠に置いたままにしていたコンビニの袋を、手に取った。
「はい」
そうして引き返して、バルバモンの前で袋の中身を取り出す。
「……それは?」
「1食当り熱量217キロカロリー、蛋白質3.8グラム」
「……」
「脂質5.9グラム炭水化物」
「やめよう?」
「37.6グラムナトリウム540ミリグラム」
「成分表の読み上げやめよう??」
「……海老マヨのおにぎり。と、骨なしフライドチキン」
いい加減デ・リーパーみたいなムーブを取りやめにして、私は217キロカロリーのラベルをバルバモンの方へ向け、同時に袋の中に残っていたまだ温かいチキンの入ったを手に取った。
「これ食べればいいんじゃない?」
「? え、でもこれ、お嬢ちゃんのご飯なんじゃ?」
「ううん。ご飯はもう食べた。……でも、なんか、こういうの1人で食べなきゃ、食べた気がしないから。……でもいいよ。身体に悪いのは解ってるし。だからどうぞ」
食品を袋に戻して、バルバモンに手渡す。特段食べたくて買った訳じゃ無いのは事実だ。
バルバモンは、私のそんな、いわゆる『おやつ』をまじまじと見下ろして――不意に
「じゃあ、半分こしようぜ」
とのたまったので
「いらない。人の物ってあんまり食べたくないから」
と断った。
もう今日だけで何回「え」を連呼したか解らないバルバモンの口と口周りの皺が、への字に折れながら文字に起こすと3回分くらいの「え」を紡ぎ出す。
「人の物って、ワシこれ今お嬢ちゃんにもらったばっかりなんじゃけど?」
「いらないなら手を付けないで返して。食べ物を粗末にするのは私だって本意じゃないし。今ならまだ間に合う」
「いらんくないいらんくない! ……あー、老人と孫っぽくていいと思ったんじゃけどなぁ」
孫。
自分を指す単語として久方ぶりにそれを聞いた様な気がして、しかしすぐに、数時間前には耳にしている事を思い出す。
「さっきも言ってたけど」
「おん?」
「孫って、何のつもりで言ってるの?」
「えぇ~え? ワシさっき説明しようとしたんじゃけどな~。でもお嬢ちゃん聞いてくれなかったじゃん? それなのにおんなじ説明繰り返すの、ワシとしてもな~?」
「ああ、そう」
気にならない訳では無いが再び話す気が無いというのなら仕方が無い、そう思って帰ろうとしたら、案の定出入り口を塞がれた。
なんだかんだと、もさもさの髪と髭も引く程鬱陶しい。
「興味! 興味を持って!」
「自分も無駄話を求めない以上人に無駄話を強要するのは筋違いかと思って」
「ひん……一見正しげな事言ってるように思えて魂に《ネクロミスト》くらってるとしか思えないようなドライさ……。これにはファラオモンもびっくり……」
「ファラオモン、バルバモンより大分好きよ」
「ほげぇ……。「デジモンに動じない」を検索条件に入れたワシの落ち度なの……?」
こちらに聞く気が薄いと解って素の会話に重要そうなワードを混ぜてきた節がある。
このまま流してもいいが――ただ、その前に。
「それよりご飯、冷める前に食べたら?」
温かいものを、温かい内に。
気遣い云々では無く、冷めた事を自分のせいにされるのが嫌で、私は手放したコンビニの袋に指を指す。
「ん? ふむ……まあ、それはそうじゃな」
そしてバルバモンはいやに素直に、私の言葉に動じた。
相変わらず魔王としての威厳が地の底なのは腹立たしかったが、そもそもバルバモンというデジモンの評価にそこまでのものは求めてはいないし、
それに、
「いただきますなのじゃ」
「……」
食前の挨拶が出来る分、祖父よりはマシな思考回路をしてるなとは、また、思ったりもして。
骨なしのフライドチキンを前に大きく開いた口には、ギザギザの歯が並んでいた。
半分以上をその歯で挟み込んで、そのまま軽く上を向いて溢れ出す肉汁を零れないよう流し込み、その後、バルバモンはチキンを噛み切って、咀嚼する。
「むぐむぐ……あー、城での食事とは随分と趣が違うが、なかなかうまいんじゃー。思ったより衣がサクサクで肉も柔らかいのう。これがお手頃価格で買えるんじゃろ? 人間界いいとこじゃな!」
「はじめて庶民のモノ食べたお嬢様みたいなムーブやめろ」
「わはははは。もはや権能は使えんとはいえイグドラシルの力の片鱗でコンビニおにぎりの開け方はわかるぞい!!」
「だから――。……。あー、もう……」
前々から気になってたので拝読させていただいて、いざ感想をば。
いやー初っ端からメタメタ(色んな意味)で、こっからどうシリアスな展開に繋がっていくものかと正直半信半疑な所もあったのですが……いやはや、しっかりラスエボだし”魔王”だしで感服いたしました。ネクストのイグドラシルバルバは自分もネクストコンプ勢なので知ってますが、結構インパクト大きいですよね……そらこのぐらいの事はやってのけますわよな……(そしてそれを一撃で仕留める『調停者』のチート性能よ)。
サイバースルゥースでの(過去作キャラクロス)話で明らかになった話、正直個人的には「うーん?」となった所もあったのですが、二次に落とし込むとこうも魔王が狙われる展開に繋げられるものなんですな……自分もメイン連載作品で”魔王”を取り扱ってるので、参考にしようと思います。
孫娘の容赦の無い言葉攻めとお爺ちゃん魔王の言葉の応酬、そういったやり取りが全部吹っ飛ぶ勢いの終盤の”強欲の魔王”の貫禄、とても良いものを見させていただきました。孫娘のこれからの”地獄”が具体的にどのようなものになるのか、適度に夢想しつつ今回の感想は終わります。
例のウイルスの所為もあってこちらはまだラスエボをノベライズでしかキメられておりませぬが、それでも「きたないラスエボだなぁ(褒め言葉)」と言える作品でした。このご時勢だとまた自分の行ける映画館で観れるようになる可能性も低いでしょうし、マジではよブルーレイ発売日になってと祈るばかりです……。
こちらでは初めまして、感想をば……
デジモンのゲームやアニメが存在する世界での話という事で、かなりギャグ色強めな話なのかなと思って読み始めたのですが、軽妙なやり取りでまんまと興味を惹かれてそのままシリアスへ移行するところまで一気に読まされてしまいました。
サイスルのやられると別の世界の七大魔王が強くなっていくという設定を話の軸に持ってくる発想とか本当になかったです。ついサイスルとかの中の設定として終わらせてしまっていましたが、他の平行世界を意識した設定ですし二次創作向きなんですよね。
では簡単ではありますが、これで感想とさせて頂きます。
合図から1秒も経たない内に、轟音が足場を揺らし、舞い上がった砂埃が視界を奪う。
「っ」
爆風、と言って良いのかは解らないけれど、兎も角そういうものに押されて、私は尻もちをついてしまう。
ジジーモスが僅かに動いた気がしたけれど、彼? には差し伸べる手が無くて。
立ち上がれないでいる内に、段々と視界が晴れてきた。
「……!?」
バルバモンも、スラッシュエンジェモンも、先程と変わらない位置に居た。
ただ一つ違うのは、バルバモンは倒れていて、その身体はアスファルトの上に無数の光の矢によって縫い付けられている、という点で。
いくら、なんでも。
そこまでしなくてもいいんじゃないか。だなんて。
今更みたいに。そんな風に、思って。
「あなた」
不意に聞こえた女性の声に、つい肩が跳ねてしまう。
「大丈夫?」
声の主を辿れば、それは天使型デジモンの1体等ではなく、スラッシュエンジェモンの連れていた女性で。
「あ……え……」
「怖いとは思うけれど、安心して。あの魔王は私達がやっつけるから」
女性は私が一瞬でも「怖い」と感じたのは、バルバモンではなくスラッシュエンジェモン達の方だなんて微塵にも考えていないような、自身に満ち溢れた笑顔でこちらに寄って来る。
息まで忘れていた私には、後ずさる事すら、出来なかった。
そうやって呆けている私の傍まで寄って――不意に女性は、勝手に何かを悟ったみたいに、悲しそうに、眉をひそめて。
「可哀想に……よっぽど辛い目に遭ったんだね」
私の肩に手を置きながら、そんな言葉を、口にした。
「あ……」
思い出したみたいな呼吸と共に、匂いが鼻をつく。
派手ではないけれど、化粧品とか、香水とかの匂いだ。
女性の白い腕を、目で追った。
なんて綺麗な手をしているのだろう。どこもかしこもひび割れた、あかぎれだらけの私の指とはえらい違いだ。
そもそも肌が全く荒れていなくて、髪の毛もちゃんと整えてあって、洋服だって、こんな戦闘の場でも一目見て可愛いと思える物を着ている。
でも、でも、こんな風に躊躇なくスラッシュエンジェモンに力を貸しているって事は、他にも沢山戦闘をこなしてきたに違いないって事で、それは、こんな平和な国で、幸せな事って言えない筈で。お洒落とか、そういう楽しみがあったって、それは本人の自由で。
だけど、だけどそれってつまりこの人はいわゆる『選ばれし子供』で、ちゃんと名前で呼んでくれる、大切なパートナーが居て、前を向いて歩く力があって、きっと友達や、助けてくれる人達だっていて。
ああ、
ああ。
私だって。
私だって、私だって。
私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって私だって!!
「……う……なら……」
「?」
女性の顔が、私を覗き込む。
見られたくなくて俯いているのに。
「可哀想、だって言うなら……!」
自分勝手だ。無責任だ。
心の狭さも醜さも百も承知だ。
そんな事は判ってる。こんな事を言う資格が無いのは解ってる。
でも、だけど、
どうして、
「どうして、もっと早くに助けてくれなかったの……?」
あんまりにも惨めで、目からは涙が、噛み締めた唇からは血が滲み出る。
よっぽど酷い顔だったのだろう。女性の小奇麗な顔立ちが、ぎょっと見開いた目を中心に少しだけ歪む。
ああ、既視感があるな、この眼差し。
どうにか来てもらえたケアマネージャーさんが祖父に「もう少しお孫さんを労わってあげて下さい」って言ったら「ふざけるな、わしのはけ口はどうしろっていうんだ!」って怒鳴り返されてた時の顔と、似てる気がする。
「……はは」
乾いた思い出し笑いが喉の奥を揺らして。
だけど突然、女性の姿が視界から消えた。
「――は?」
いや、消えたんじゃない。
ちょっと弾き飛ばされただけだ。
ひとりでに動いたジジーモスが、女性にぶつかっていったのだ。
「ユウh」
「ギャアアアアアアアアアアアア!?」
「!?」
バルバモンに止めを刺そうとしていた筈のスラッシュエンジェモンが、自身のパートナーらしい女性に気を取られた瞬間に、悲鳴が上がる。
それも1つや2つでは無い。
不協和音の、大合唱だ。
「……」
顔を上げる。
天使型デジモン達が、1体残らず、頭上で燃えていた。
「……」
あんなにすごい数だったのに、悲鳴はすぐに聞こえなくなった。
声を出すために必要な器官が、全て焦げてしまったのだろう。
青空を背景に赤々と、焼けると言うよりは溶けていく神の御使いの似姿達は、今まで目にしたどんな絵よりも遥かに鮮やかな地獄絵図で、私は少しも目を離せない。
天使型デジモン、割と好きで。
エグさに吐いても誰も文句言わなさそうな光景なのに。
どうしてだろう。さっきみたいに、怖くない。
ジジーモスに乗ってた時と一緒の感覚が、今の私の支配者だ。
ぱあん、ぱあん、と。
ふと耳に届いたその音が、ようやく私に空の赤色から視線を外させる。
バルバモンの方だ。
「……バルバおじいちゃん?」
恐らく、下級である順に、天使型デジモンが塵へと変わっていく度に、その音は響く。
彼らの死と同時に、彼らが出していた光の矢もまた、形を維持できずに砕けているのだ。
針山状態だったバルバモンの背に――もはや、金色の輝きは無い。
「《パンデモニウムロスト》」
そして魔王は、私が全デジモンの中で最も嫌っている必殺技名を口にし、立ち上がる。
一歩、スラッシュエンジェモンが後ずさったのを見て。
みすぼらしいくらい穴だらけでボロボロなのに――にんまり。
何故かそれだけは割と無事な『デスルアー』をギリギリ残ってる左腕に立てかけて、カッ、と先の消し飛んだ中指を能天使に向かって突き上げる。
「ベリアルヴァンデモンとは違うんじゃよベリアルヴァンデモンとはぁ⤴!!」
「ジジーモス」
名前を呼んだだけに過ぎないのに、ジジーモスは私の意図を完璧に汲み取ってくれたらしい。
私は再び走り出したジジーモスのハンドルに捕まり方足だけを側面にどうにかひっかけて、残った足を横に伸ばし彼? の勢いを利用した蹴りをバルバモンの腰に叩き込む。
「ごっはぁ!?」
再び魔王は、地に伏した。
「余計な事は言うなって、私何回も言ったよね?」
甲高い音を立てながら急ターンするジジーモスから飛び降りて、バルバモンを見下ろす。
身体を持ち上げたバルバモンは、割とガチ泣きみたいな顔をしていた。
情けない。人間の女のキックくらいで。
「無印のヴァンデモンだって部下虐待する時もうちょっと手心加えてた!! くーわーえーてーたー!!」
「……私は今からバルバおじいちゃんに何をすると思う?」
「ひえ……02仕様……。今生まれて初めてベリアルヴァンデモンが間接的にじゃけど怖い……」
「何故……何故だ!?」
引きつった声に、先程までの鋭さは無い。
隣に人間がいるからか、はたまた今だ混乱から立ち直れないのか。未だ彼だけは無傷にもかかわらず、スラッシュエンジェモンは半歩足を引いた状態で動かず、私達と対峙している。
「……よっこらせ」
対して見るからに満身創痍のバルバモンは、『デスルアー』を杖らしく支えにしながらも、余裕綽々と言った様子で再び立ち上がる。
そして
「スラッシュエンジェモン」
空気が、震えた。
気持ちドスを利かせただけの声じゃない。単なる鋭さなどまるで意味を成さず、簡単に曲げてしまうような深く、暗く、重い声だ。
なのに不思議と、心地が良い。
悪魔の声。否、本物の、『魔王』の声に、違いなく。
「貴様はひとつ勘違いをしている」
「勘違い……だと?」
「訂正の前に、貴様の覚悟は認めよう。デジタルワールドの未来を憂いた行動は、例え主の命に背く物であれ本物の信念を持つが故に。先刻の無礼な発言は詫びようぞ」
『強欲』の魔王は、その身に背負った業からは信じられないくらい、穏やかに微笑む。
能天使は未だ、動かない。動けない。
「じゃが、そう……勘違い。情報樹の選択は、『強くなり過ぎた』我々七大魔王を弱体化するために執り行われた。……なあ、スラッシュエンジェモン」
なに故、弱体化させた程度で討ち取れるなど、そんな愚かな夢を見た?
「……!」
スラッシュエンジェモンは、完全に見誤っていたのだ。
七大魔王の『強くなり過ぎた』の部分を取ったところで、彼らは元々、最初から並の魔王型デジモンよりも遥かに強いのだ。
心の底から腹立たしい事に、《パンデモニウムフレイム》が、《パンデモニウムロスト》のごく一部程度の力しか出せないように。
……でも、じゃあ、つまり。
私にさえ負けそうになっていたバルバモンの振舞いは、全部――
「負けないで! 惑わされちゃダメよスラッシュエンジェモン!!」
女性の声と、純白の光がスラッシュエンジェモンへと伸びる。
パートナーの女性のスマホから何かを受け取ったらしいスラッシュエンジェモンは、ハッと我に返ったようだ。
「み――認められるかそんな事が!! ハッタリだ! 既に貴様は満身創痍ではないか!!」
とはいえやはり、余裕などあった物では無い怒鳴り声。
どれだけ大口を叩いても、パートナーの声援があったとしても、力量差は今になってひしひしと感じているに違いなくて。
バルバモンは、何も答えない。
しかしきっと返る事の無い答えを恐れるかのように、スラッシュエンジェモンは再び全身の刃を展開する。
「《ヘブンズリッパー》――――ッ!!」
バルバモンの左腕を引き裂いた1撃が、今度は魔王のデジコアを刻もうと迫る。
バルバモンは、その場から1歩も動かなかった。
代わりに在ったのは、魔杖がアスファルトを小突く仕草と
「《デスルアー》」
溜め息のように、魔杖の名を呼んだのみ。
途端、地面から透明な闇色の腕が何本も伸びて。
踏み出したスラッシュエンジェモンの全身に絡みつく。
「な――あっ!?」
川の中の水草のように揺れる無数の腕は、能天使の刃などまるで通さない。
絡め取られ、全く身動きが取れなくなった銀の天使を見下ろし、バルバモンは心の底からつまらなさそうにくつくつと笑う。
「なあ、スラッシュエンジェモン。……神の命に背いた天使がどうなるかは、愚かな貴様でも流石に知っておろうな」
「!? ま――待て、それだけは。それだけは」
「スラッシュエンジェモン。今更かもしれんがな」
『デスルアー』を脇に抱え直し、バルバモンは、仮面を外す。
イグドラシルの単眼が、スラッシュエンジェモンを見据えた。
「神の御心だ。諦めろ」
「やめ――」
とぷん。
水面に石を投げ込んだみたいに、地面に柔らかな波紋が広がって。
スラッシュエンジェモンの全てが、堕ちた。
「……い、いや――いやあァッ!? スラッシュエンジェモン!!」
ああ、違った。
全てじゃない。
まだ、残ってた。
「嘘、嘘よ。そんな、スラッシュエンジェモンが――」
ふう、と今度は本当にため息だけをついて、バルバモンがまた『デスルアー』で地面を打つ。
さっきと同じように腕が伸びて、しかしとりあえず、ただ女性の口を塞いでその場に転がすのみに留める。
何やらんーんー唸ってはいるが、ヒステリックに叫ばれるよりは幾分か静けさを確保できそうだった。
それから
「……ほへぇ」
数秒と持たずに、魔王の威厳は、一瞬にして掻き消えた。
「……」
「マジでぇ? マッジでぇ?? 今後この程度の出力しか出せないのワシ!? クソ雑魚ナメクジ大魔王じゃん!!」
「バルバおじいちゃん」
「ないわー。マジでないわー。はいイグドラシルクソ無能非情冷蔵庫ー」
「おいクソジジイ」
「うんもうワンクッション置いてくれたらおじいちゃん嬉しかった」
「ねえ、どうして私だったの?」
バルバモンからの要求を無視して、ひとこと。
テンションをもはや見慣れたものに戻した瞬間付け直していた金の仮面に空いた両の目の部分が、何だか見開かれたかのような錯覚を覚える。
「どうして、とは」
「もっと他に、居たでしょう。きっと。もっと孫らしく振る舞える子とか、見た目だって、ずっと若くて良い感じの子とか。……それとも楽しかった? 力の差なんてまるで解って無いアホに程度を合わせてからかうのは」
「……」
残っていた右の小指の爪でぽりぽりと傷だらけの仮面を引っ掻いて。
一種気まずそうに、ゆっくりと、バルバモンは口を開く。
「誰でも良かったのは本当じゃ。条件さえ合えば、誰でも。デジモンに過度に驚かず、ワシに身内を乗っ取られても怒らず、怯えず。そんな孫を持つ老齢の男性であれば、誰でも。……正直お前さんが思ってるより遥かにキツい検索条件だったんじゃが、それでもまあ、もう少し探せば、お前さんの言うようなニンゲンも見つかったじゃろうてな」
「ごめんね、期待外れで」
「……」
昨日の、バルバモンの、食事の後。
聞かされた「彼が『孫』を求める理由」は、あまりにも細やかだった。
とあるニンゲンの書物に、それがありとあらゆる財宝に勝る至宝だと書かれていたから。
それだけの情報を頼りに、しかしバルバモンが何よりも強欲であるからこそ、彼は『孫』を求めてイグドラシルと取引したのだと言う。
「がっかりしたでしょう。こんなので」
「……」
声が、掠れる。
あの時声をかけてきた女性の綺麗さが、未だに私の胸を締め付けていた。
どれだけ言い訳を並べたって、自分がダメだからこうなっただけなのに。
なのに、理不尽に、辛さを覚えて、悲しくなる。
私がこんな奴だから、何もかもが、ダメだったのに。
「……この2日間。たった2日間にもかかわらず」
やがて、バルバモンがこちらに歩み寄って来る。
私は顔を上げられはしなかった。
地面に落ちる惨めな水滴さえ見たくなくて、目を閉じていた。
「生意気で礼儀知らずなお前さんの事を縊り殺したいと思った事は、1度や2度では済まなかったとも」
ひた、と、私の元に辿り着いた魔王の、歪になった右手が私の頭に添えられる。
いくら指がいくらか消し飛んでいたって、私の事なんてまるごと握り潰してしまえそうなほど、大きな手だ。
「じゃが」
なのに、バルバモンはそうはしなかった。
「……!?」
優しく撫でられているのだと気付いた時、私は自分の醜さも何もかも忘れて思わず顔を上げる。
魔王と言うのは、案外演技もできるのかもしれない。
そこに居たのは、虐殺の光景なんてとても思い浮かばない、七大魔王以外の魔王型全員に謝れってくらい威厳の欠片もクソも無い、髭が長いだけの老人に見えて。
「強くなり過ぎたんじゃろうな。本当に、ワシら。……対等かのように振る舞ってくる阿呆は久方ぶりで、面白いやら微笑ましいやら……まあ、けして、心の底から不快という訳では無かったよ」
それだけ言って。
バルバモンは、泣き止めだとか。そういう事は言わなかった。
……代わりに、撫でるのをしばらく止めてはくれなかったけれど。
しばらくして、ようやく落ち着いた私を見て、バルバモンもまた私から手を離す。
「さあて、そろそろ帰るかのう。流石にもう無いとは思うんじゃが、万が一また襲撃されてはかなわんしな」
「……どうするの、ジジーモスの運転」
「そこはオート操縦になるかのう。すまんが行きみたいなスピードは期待せんでくれ」
「ひどくがっかりね」
「いたわりの欠片をワシに感じさせてよねえ。……しっかし不便はマジで不便じゃな片腕が無いと。X抗体さえあれば『デスルアー』を義腕に出来るんじゃが」
「超究極体バルバモンは解釈違いなのでXプログラムでさっさと死んでてどうぞ」
「ねえ知ってる? 命ってそこに在るだけで美しいんじゃよ??」
「……バルバおじいちゃん」
『ゼヴォリューション』ネタまで抑えてるのかと少しだけ感心しつつ発言は無視して、私は一足先にジジーモスへと駆け寄った。
「帰りに、ちょっと寄り道していい?」
「……この状態で?」
「嫌なら