「今日もお疲れチャン、ビール?」
「コーヒー」
ソファに腰掛け、流れるようにタバコに火をつける。たっぷりと深く、紫煙を吐き出して背もたれにもたれ掛かると、張り詰めた背筋を伸ばした。
「フツコは真面目だねえ。ドキモンちゃんクタクタで寝ちゃったにゃ〜?可愛いのう」
「今回現れたのが究極体でしたからな。いくら百戦錬磨のバウトモン殿といえ、完全体でよく勝てましたな」
ドウモンのいれたコーヒーが香ばしく香りを立てる。
テーブルのスペースギリギリにソーサーをねじ込み、ソファにとろけるドキモンを尻尾でひとなで。プルリとふるえた。
「フツコのバウトモンなんだから、究極体の1パターンや2パターン進化できそうだけどにゃ」
「できない」
「にゃ」
独り言のように呟いた言葉に間髪入れずに否定を返され、ヤスナは思わずパソコン画面から目を離す。
フツコはいつもの調子でコーヒーを飲んでいる。
「できない。する必要も無い。バウトモンは十二分に強い」
「いやだって、今回随分苦戦はしてたじゃん?フツコがビシバシ鍛えてるとはいえ、限界が」
「話はこれで終いだ。過程がどうであれ、解決出来て生きて帰れたならこれでいい。死ねばその程度。そうなったら私はまた新しいパートナーを探せばいい」
「フツコ、その言い方はないだろ。お前さっきの戦いでバウトモンがどれだけ傷ついてたか分かってんのか」
鋭い視線がまじりあう。
「おーおー」と諌めようとする態度は見せるが面白がるドウモンは、コーヒー殻の掃除のためにしぶしぶキッチンへと戻っていく。
「お前、羽衣香ちゃんにああもご高説垂れといてそれはないだろ。デジモンの一蓮托生の気持ちを無下にすんじゃねえ」
「私達は普通のハッカーやテイマーでは無い。いつ命を落とすか分からない仕事をしているんだ。バウトモンも十分に理解している。それをどうこう言われる筋合いはない。割り切れ」
コーヒーを飲み干したフツコは表情も変えない。
反論の言葉も浮かばず口どもったヤスナは悔しそうに舌打ちをしてパソコンの前へと戻る。
タバコに火をつけ、気だるげに紫煙を吐き出すフツコを横に見て、ヤスナは眼鏡をかけ直しパソコンの画面へと視線を向けた。
「……?」
パンパンになっているメールボックスに、新規メールが1通。
「ドウモン」
「はいはい。……ム?なんでしょうなこのメール。ウィルスメールではなさそうですが、緊急性が高いと見られます。ワタクシを信じて開いてみてはいかがでしょう」
「ドウモンがそう言うなら」
メールを開くと、数字と併せて見たこともない文字列が文章のように並んでいた。パッと見は怪文書だ。
「……コレ、ケモノガミ信仰のある地域に見られる古代文字?」
「これはデジ文字ですな。我らデジモンの使う言語にございまする。この数字は座標だと思われますな。ワタクシが読みましょう」
話を聞いていたフツコも、ヤスナの身体を押して画面を覗き込む。
「キンキュウキュウジョ ヨウセイ
サテライト デーロス ヨリ
ウィルス ノ シンニュウ アリ
トウジョウシャ 5メイ シボウ
セイゾンシャ 1メイ
ゲンザイ セキュリティ プログラム
"アステリアー" コウセンチュウ
シキュウ キュウジョ モトム」
「……衛星からの救助要請だ……」
「どうなさいます?運良く我らが見つけたとはいえ、人工衛星に繋ぐには高度なハッキングが必要となりますぞ?それにワタクシが太刀打ちできる相手か……」
「私が行く。ヤスナ、人工衛星に繋がるプログラムのハッキングを頼む。……ドウモン、例のアレはあるな」
「……まさか本当にやられるおつもりで」
「おい、……フツコ!お前本気かよ!」
ドウモンの言葉を理解したヤスナはフツコに食いかかる。
「バウトモンはまだ戦えない、それにお前……ッ!"TOKOYO"経由の電脳体で直接行くつもりか?!」
"TOKOYO"は主に日本で発展している電脳空間提供サービス全般のことである。
バーチャルリアリティで世界中のWeb情報を体感できるという事で、ビジネスからエンターテインメントまで幅広く利用ができる為人気となっている。
デジタルワールドとの境界が薄い場所もあり、そこから稀にホログラムゴースト……デジモンが現れる。そういう境目にある世界だ。
「そうだ。電脳体ならラグなくバウトモンに指示を出せる。バウトモンが戦っている間、私が人工衛星のプログラムを修復することも可能だ。今使わずしてどうする」
「ふざけんなよ!整備されたコミュニティ用のコンピュータエリアに行くわけじゃないんだ、相手がデジモンなら尚更だ。こいつは精神にも深く作用する、何か、デジモンに攻撃されるだなんてあったら……!」
「ヤスナ」
タバコを灰皿に押し付け、深く紫煙を吐き出す。
「ぼくもフツコとおんなじ。ぼくもたすけにいくよ。フツコがねがうならぼくはたたかうよ」
「ドキモンちゃん……アンタだってボロボロじゃないか……」
目を覚まして話を聞いていたドキモンがつぶらな目で真っ直ぐにヤスナを見つめる。
そんな無垢な目で見られたらたまらない。
「ッッッ、こんのクソダボ!知らねえ!無様な戦い方したら承知しねえからな!」
眼鏡をかけ直し、ヤスナが凄まじい勢いでキーボードをうちまくる。
軽々と宇宙開発事業団の機密機関をハッキングすると、素早く"TOKOYO"にログインできるように態勢を整える。
フツコは耳に専用の機材をかけ、膝にドキモンを乗せてログインを待つ。
「ありがとうヤスナ」
「らしくなくありがとうなんて言うんじゃねえよ気持ち悪い、武運を祈る」
「行きますぞ〜!結界をぶち破りいざ宇宙へ!」
エンターキーが、押された。