前回のあらすじ
羽衣香達の前に姿を現したアリスモンの猛攻に、デジモン達とテイマー達に甚大な被害が及んだ。
ミカモンをアリスモンに奪われた羽衣香は失意に沈んでいた。
……
「わるいなぁ羽衣香ちゃん、怖い思いさせて」
繁華街の戦いから数日。
白いベッドの上。手足にギプス、身体の大半を包帯にすっかり包まれたヤスナが苦笑を浮かべる。
背中全体の打撲、ガラス片での複数裂傷、肋骨の複雑骨折等……重傷だった。
アリスモンの一撃で生還できたのが奇跡だ。
ベッドの傍のパイプ椅子に腰かけた羽衣香は、暗く沈んだ顔付きのまま「大丈夫」と気力なく返す。
「羽衣香ちゃん、ごめんね、私もいたのに……」
その膝の上でミカモン……の姿と瓜二つのデジモン、「ステラモン」がまんまるな目を悲しそうに潤ませて羽衣香の手を撫でた。
あの戦いでアステリアーモンは進化した姿を保てず、他のデジモンと同じように退化してしまったのだ。
「いやぁま、死ななかったからもうけもんってやつだにゃ〜!だいじょーブイってやつさ!」
「センパイ、あんまり喋るとお腹と背中が痛みますよ」
あの時ジュゼッペを庇ったヨツバはというと、なんとまあ奇妙なことに、腹部の強い打撲程度で済んでいた。
あの吐いた血は口の怪我由来らしく、医者も首を傾げる程の"奇跡"だったらしい。
既に退院し、ヤスナのお見舞いがてら話を聞きに来たところだ。
すっかり寝てしまったチビモン……ホマレを抱きながら、器用にコップの水を入れた。
「本当に申し訳ございません。ジュゼッペを助けて頂いた恩人である方が……。いくら謝罪してもし足りません。……まさかリデルお嬢様がジュゼッペを伴っていきなり外へ飛び出していくだなんて……」
パイプ椅子に行儀よく座る……ピエモンが申し訳なさそうに頭を下げる。
その隣で、すっかり俯き膝を抱えて座ったピノッキモン……ジュゼッペがちらりと視線を上にあげた。
「……あなたたち、アリスモンの手下なの」
「広い範囲ではそうです。わたくしピエモンのエースはアリスモン……リデルお嬢様のお世話係を仰せつかっておりました。こちらのジュゼッペはリデルお嬢様のパートナーでございました。今では出奔の身ですがね」
「リデル……おじょう……さま?」
お見舞いの籠に入れられたバナナに果物ナイフで切れ込みを入れながら、ピエモン……エースは語る。
あっという間に皮の船に輪切りの果肉をこしらえ、羽衣香へと恭しく手渡した。
「リデルお嬢様はあなた方のように、わたくし達デジモンと心をかよわすテイマーでした。優しく明るく、ユーモアもある。聡明な女の子でした」
「……でも、ある日お父さんと星を見に行くって出かけてから……リデルちゃんは変わっちゃったんだ……乱暴で怖いお姫様になっちゃった……」
抱えた膝に、涙が染み込む。
膝をさらに抱えて丸くなったジュゼッペの背中を、エースが気遣うように撫でる。
表情を固くする羽衣香。
真剣な眼差しでこちらを見つめるヤスナとヨツバ。
エースは伏し目がちに口を開いた。
「……リデルお嬢様は、デジモンに変えられたのです」
「……人間がデジモンに?そんなこと」
「ありえまちゅ。ここはてんちゃい陰陽師デジモンのワタクチ、ポコモンがごせちゅめいいたちまちゅ」
ベッドの下から出てきた小さな毛玉……ヤスナのポコモンは、ヤスナの左脇に陣取ると、ふさふさの尻尾をくるりと体に巻きつけてから話し始めた。
「デジモンは今でいいまちゅと、コンピュータネットワークにすまう生命体でございまちゅ。しかし、それはあくまで今のおはなち。むかちワタクチたちはいわゆる"かみ"や"ようかい"とよばれるそんざいでもありまちた。ヤチュナの研究ちていた、"ケモノガミ"というのがワタクチたちのことでちゅ」
プルプルと尻尾を震わせ、ベッドから降りると病室を小さな足で歩き回る。
「スピリチュアルな存在と申ちまちょう。異界と現世の境界が曖昧な時代でちゅ。ニンゲンが神になり、怨霊になり、化け物になる。
……つまり、ニンゲンがケモノガミ……デジモンになってもおかしくはないでち。デジタルワールドにはアグニモンという元ニンゲンだったデジモンも確認されていまちゅ。
異界に迷い込み、異界に見初められた。強い感情が姿を変質させた、といったところでちゅ。
……ただ、話を聞く限りそのお嬢さんの場合は、人為的にデジモンに変えられたといったところでちゅね。よっぽど力のちゅよいデジモンじゃないとできない所業でちゅ。……魔王型が絡んでいたら厄介でちねえ。なんらかの情報はないんでちか」
ジュゼッペとエースを見つめて、ポコモンが尻尾を揺らす。
だが、2体は申し訳なさそうに首を横に振るだけ。
張り詰めた呼吸を吐き出して、ポコモンはその場に腹を晒すように転がった。
「チィィ〜くやちぃでち!今の姿じゃてんちゃい陰陽師パワーが発揮できないでちぃ〜!」
「申し訳ございません。私達は確かに、魔王型デジモンが治めるダークエリアに居を構えておりました。……リデルお嬢様の一番近くにおりましたが、リデルお嬢様の後ろにいる存在に関しての情報をシャットアウトされていたんです」
「随分と入念なタイプなんだな……参ったな……」
ヤスナは痛みに顔を歪めながらため息をつく。
その様子に、ヨツバは静かに眉を下げる。
「……ごめんね、羽衣香ちゃん。ヤスナ先輩ちょっとしんどいみたい。私たちやジュゼッペちゃん達で色々調べ物するね。お見舞いありがとう」
様子を察し、ヨツバはスマホにジュゼッペとエースを戻してパイプ椅子を片付ける。
荒く呼吸を繰り返すヤスナに、羽衣香は思わず手を伸ばした。
血の気が引いた細い手を握り締めると、ヤスナは切れ長の目をより細める。
「大丈夫だよ羽衣香ちゃん、おねーさんは大丈夫だからさ」
「……ヤスナさん、死なないでね」
「死なないよォ、まだまだおねーさんやりたいことあっからねぇ……。星っ子ちゃんも助けなきゃ。……退院したら、羽衣香ちゃんをうんまいきつねうどんのお店に連れてったげるからさ」
「約束だよ」
「おうよ」
小指同士をからませ、指切りをする。
ステラモンを肩掛けカバンに潜ませた羽衣香は、ヨツバに手を引かれて病室を後にした。
夕日が差し込む静かな病室に、咳き込む声が響く。
「ヤスナ」
眼前に伸びる影。
ドウモンの姿をぼやける視界が捉えると、口角を歪ませる。
大きな手がヤスナの頭をじっくりと撫で、狐面が鼻先にかするくらいに近づく。
「生存したのは奇跡」
「そうだな、……アタマに怪我しなくてよかったぁ」
「……」
「ドウモン、コーヒーいれてよ」
「刺激物は」
「いいんだよ。あんたのコーヒーが飲みたい」
溜息をついたドウモンは、烏帽子を脱いで中をまさぐる。
中から出てきたいつものマグカップに、挽いたコーヒーを入れた缶、フィルターに……。
ドウモンは病室の備品の湯沸かし器で湯を沸かし始める。
カチンッ、と湯沸かし器のアラームが鳴り、そのままコーヒーに熱湯を注ぐ。
静かに、黒い雫がガラスポットに滴っていく。
「……ドウモンは星が読めないんだよな」
「ワタクシには朝飯前です」
「読めないから群れから外れたんだろ」
「……」
夜が、降りてくる。
星の帳が、黄昏時を包み込む。
「相手は随分厄介そうだろう。星っ子ちゃんを探すにしても、星が読めりゃ大方の場所が分かるはずさ。アンタの力にかかってくる」
「……」
「アンタ今更何躊躇うのさ。そもそもアンタの目的はそれだったろ?究極体に進化できるチャンスだぜ」
コーヒーの良い香りに、ヤスナは目を細めた。
「アンタみたいに、自力で究極体に進化できないヤツはこれしか方法がないんだろう」
「……ヤスナ、ワタクシは別に進化しなくとも。羽衣香殿との約束も」
「ドウモン。私はな、キツネなんだ。騙してナンボ。……な?」
「……悪いお人」
震える手が、コーヒーの入ったマグカップを置く。
ヤスナはどうにか動く左手を伸ばし、マグカップに口をつけた。
「やっぱりさ、美味いね。ドウモンのコーヒーはさ。最高」
咳き込みながら、少しづつ。どうにかコーヒーを飲みきったヤスナは、すっかり疲れきったようにベッドに体重を預ける。
頬や耳を撫でるドウモンの手がくすぐったく、身体を捩るが直ぐに痛みが顔を歪ませたが、ドウモンの目の前、無理に笑顔を作った。
「……ヤスナ。あなたがワタクシのパートナーで本当によかった」
「あたしもだよ。ドウモン、羽衣香ちゃんと、ミカモンちゃんと……フツコを、頼んだぜ」
「ええ、ええ!もちろんですとも!この天才陰陽師にお任せくださいませ」
「へへ、よろしくな」
「ドウモン、進化」
◇◇◇◇◇
『██病院、不可解な猟奇事件』
**月**日、◇◇県◇◇市の██病院にて、入院していた34歳女性が病室にて死亡した。
女性は先日の商店街爆発事故に巻き込まれ入院していたが、**日未明、巡回中の看護師が異変に気付き警察に通報した。頭蓋骨を抜き取られ、頭部が酷く損傷しており、他殺として調査を進めている。
◇◇◇◇◇
『保名のメモ:妖狐』
狐は長く生きると良かれ悪かれ、力をつける。人間に化ける話も多いが、やり方は様々。葉っぱを頭に乗せるイメージが強いが、中には人間の頭蓋骨を頭に乗せて化けるやり方もあるそうだ。
野ざらしの死体が少ない世の中、化けるのも大変だ。