※オリデジとオリテイマーが主役です
皆が寝静まったはずの夜に、部屋の明かりが灯る。
2月のまだ寒い部屋の中、掛け布団と毛布を蹴り退けた羽衣香は目を見開いて肩で呼吸を繰り返す。熱が引かない。心臓は痛いくらいに鼓動を打っていた。
「どうしたんだよ、羽衣香。具合悪ィのか……?」
「……ご、めん、ミカモン、怖い夢みた……」
小さな手が汗で張り付いた短い前髪を直す。
「どんな夢だよ、話してみろ。悪い夢は喋ったら逃げてくぜ」
「……、あのね、……知らない男の人が、女の子をころしちゃう夢……すごく、リアルで……こわかったよお……」
くしゃ、と顔を歪ませて羽衣香はミカモンを抱きしめ泣き出してしまう。
体重を預け、短い手足を広げてミカモンは羽衣香を抱きしめる。
「そうかィ、怖かったなァ……大丈夫だァ。正夢なんて滅多に見ねえンだ。俺がそばにいるからよォ、守ってるから、安心して寝なァ」
「ありがとうミカモン……だいすきよ」
「俺も羽衣香がだいすきだよ」
小さな体を抱きしめ、羽衣香は再び枕に横顔を埋めれば、ミカモンは蹴り退けた布団を肩まで掛け、ベッドサイドの紐を引く。暗くなった部屋の中、お互いに身を擦り寄せる。
信頼しているパートナーの存在のありがたさは羽衣香を直ぐに眠りの海へと誘った。
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「"天狼噛"ッ!!」
凄まじい力の必殺技に、ミブモンを相手にしたデジモンは威力に耐えきれず身体がデータの残骸と化す。
口の中に残ったデータに混じっていたであろう、デジモンを凶暴化させていた黒い星ごとガリガリと噛み砕き、すっかり飲み込む。
「危なかったな、羽衣香。大丈夫か」
「……うん。大丈夫。……ミブモン、またあの星食べたの?」
以前戦ったクロックマンとパンプモンにも刺さっていた黒い星を、ミブモンは躊躇いなく噛み砕いていた。
自分から進んで食らっているようにも見えた。
「悪いものじゃないぞ。不味いものでもない」
「……あと、最近デジモン倒してばかりだね。スターモンさんとかの時は食べてなかったよ」
「羽衣香を守る為だ。デジモンは相手のデータをロードして強くなる。……俺は羽衣香に傷ついて欲しくない、俺が強くならなきゃ……」
小さな手に顔を擦り寄せ、くぅ、と切なく鳴かれると、羽衣香は何も言えなくなってしまう。
ミカモンには変わりないはずなのに、何故だろうか。羽衣香の心に薄くモヤがかかる。
「ありがとう、ミブモン……だいすきだよ」
フツコに言われた言葉が胸をチクリと突き刺す。
パートナーを信じる力がデジモンの力になる。テイマーの気持ちが、デジモンの正しい進化・正しい気持ちに導くものだ、と。
自分を守るために、こんなに頑張ってくれているミブモンなのに。
「羽衣香、信じてる。だいすきだ」
再び心がちくりと痛んだ。
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静かな喫茶店に羽衣香はいた。
目の前に置かれたその店名物のナポリタンは、少し冷えて銀色の皿に油が浮き始めており、巻きとるフォークはくる、くる、とその場に回るばかり。
冷えたココアも氷が解けて、透明な層が表面を覆っていた。
静かな喫茶店。最近発露し始めたデジモン達が羽衣香とミカモンを狙っているのが分かり、こうして定期的にフツコが羽衣香と落ち合う形で報告会をしているのだ。まだ幼い少女相手だ、緊張しないように美味しい軽食と甘い飲み物をフツコは欠かさない。
「元気がないな」
コーヒーカップをソーサーに置いたフツコが目を伏せたまま切り出す。
その一言に、あからさまに肩をふるわせた。
「……ううん!羽衣香は元気だよ!ナポリタンおいしいなあ」
「取り繕わなくていい。もっと疲れてしまうぞ」
フツコの言葉に、羽衣香の顔から作り笑いが抜ける。
綺麗に畳まれ直された紙ナプキンの上に、銀のフォークが置かれたと同時に、羽衣香が口を開いた。
「……フツコさん、羽衣香ね、おかしいの」
「何がおかしい」
「最近、ミカモンが怖いの。……ミカモン、なんで羽衣香の為にあそこまで戦ってくれるのかな、って」
「……人間のパートナーになったデジモンは皆そうだ。なんらおかしくはない」
「ちがうの」
強めに出た否定の言葉は柔和な羽衣香にしては珍しい。
フツコはポケットの中のライターを指で撫でながら羽衣香の言葉に耳を傾ける。
「ミカモン、前よりなんか、怖いの……。デジモンをロードしなきゃもっと強くなれないって言ってて……。羽衣香も頑張って強くなっていかなきゃって思ってるけど、それ以上に、ミカモン、なんか……羽衣香が頼りないから、頑張ってくれてるだけなのかな……それを怖いって思っちゃって、羽衣香、おかしいのかな……」
複雑に絡み合い混線している感情に振り回されながらなんとか紡いだ言葉に、フツコは前髪の下の眉間を寄せた。
彼女がかなりデリケートな子どもなことをたった数ヶ月の付き合いではあるが、フツコは理解しているつもりだ。
「人間ではない相手とのコミュニケーションは難しい。人間が理解できない部分は無数あるが……君のパートナーも、私のドキモンも、デジモン達は私達人間と運命共同体だから必死になってしまうフシがある」
「運命共同体……?」
「一蓮托生。どんな結果であれ自分の全てをかけてでも共にいたい存在らしい。必死なんだろう。特に、君のデジモンは何らかのきっかけで記憶がないんだろう。取り戻さないといけないこともあって尚更……と言ったところか」
不安そうな様子の羽衣香だったが、多少腑に落ちたのか先程までの暗い雰囲気は薄まっていた。
「力に固執するのは危険な兆候だ。何かあったら直ぐに言いなさい。今の君ができるのはパートナーが今のままでいい、焦らなくて良いと伝えることだ。……早めに話してくれてありがとう」
コーヒーカップを手にしたフツコが柔らかく微笑む。
普段の厳しい顔以外に初めて見た表情は、羽衣香に安心感を覚えさせるには十分であった。
「……ありがとう、フツコさん。私、頑張ってるミカモンを応援したい。……ちょっと怖くても、もう大丈夫だと思う。ありがとうございます」
ナポリタンが巻かれたフォークがついに役目を果たす。甘くて風味深いケチャップを纏うパスタを一口頬ばれば、いつもの笑顔。
少々気が晴れた様子の羽衣香に、フツコも安心してコーヒーカップに口をつけた。
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今日もミブモンは牙を立てて、暴れていたデジモンを喰らいロードしている。
前脚で押さえつけてデータを食らうその様は肉食の獣そのもの。
羽衣香は、それを見つめる。
「……羽衣香」
「なあに、ミブモン」
「怖くは無いのか」
ミブモンの言葉に、羽衣香は眼を見開いた。
今まで同じような様子を眺めていたが、ミブモンからこう聞かれるのは始めてだ。
周りからの殺気は未だ絶えず、1人と1体は視線で突き刺されている中、お互いに視線はそらさない。
「俺がこうやって、強くなるのは嫌じゃないのか。怖くないのか」
「……怖くないよ。ミブモンなりに頑張ってるんだって。強くなる為に頑張ってるって分かったから」
「……この姿に進化した時、俺はこの姿でいたことがあることは思い出した。……だが、俺に何かあったか、羽衣香に何故会いに来たか……俺は重要な記憶を取り戻していない。進化したらまた何か思い出せるはずなんだ」
「でもね、焦らなくていいんだよ。羽衣香もミブモンを守れるようになるから。ミブモンと一緒に強くなるから。だって私たち、運命だもん」
歩み寄り、頭を柔らかく撫でてやると気持ちよさそうに目を細め、先程の殺気立った獣の気配が霧散する。
「大丈夫だよ。ミブモンはミブモンらしくあればいいんだよ。記憶は絶対戻るから、一緒にがんばろうね」
ミブモンの顔を抱きしめ、額に頬を擦り寄せる。
「羽衣香、ありがとう」
声をふるわせ、言葉を紡いだ時。
羽衣香の腕の中、ミブモンの白い毛並みが光を帯び始める。
あの時感じた熱を腕に感じ、羽衣香が顔を上げた。
「ミブモン……?!ミブモン、進化するの?」
「う、羽衣香が俺を怖がらずに受け入れてくれたから……?分からないが、羽衣香、俺……ッ!」
青白い光が周りを満たす。
『ミブモン、進化ッ!!』
腕から離れたミブモンの影が光の中で歪みだす。
獣の身体や脚はしなやかに、人間のそれに近い影に伸び始め。
短い羽衣のようなものを両腕にまとい。
伸びた髪をひとつにまとめる。
頭を降って光を散らせば、星型の仮面を深く被った顔は口元に穏やかな笑顔を浮かべていた。
「『シャナモン』」
星の光を柔らかく宿す羽衣を翻しながら、具足を着けた足を地につけて、ゆっくりと羽衣香の目の前に跪くシャナモン。姫君の前に傅くような仕草に、羽衣香の顔が赤く火照る。
「シャナモン……?」
「そう。羽衣香の信じてくれる力で、私はこの姿だったことを思い出せたんだ。私はシャナモン、星の海を飛ぶ翼だ」
軽やかに空へと飛び上がる。
「シャナモン!頑張って!」
「やってやんよ!」
それと同時に草木の影から飛び出したカラテンモン達が一斉にシャナモンへと掛かるが、剣の連撃はひらひらと舞う羽へと斬り掛かるように無意味なものとなった。
「俺に剣術を教えるつもりか?もう事足りているがな」
羽衣のひとひらをはためかせると、眩い光を帯びて刀の形へと変形し、鋭く閃く。
「"流星一閃"!」
須臾、薄緑に翻る刀身がカラテンモンの首を明確に捉える。
怯んだ残りのカラテンモンが身をすくめるのを、シャナモンは見逃さない。
ニタ、と口角が歪む。
羽衣を羽ばたかせ、空中で体勢を整えると、目にも止まらぬ速さですぐ近くを飛ぶカラテンモンへと飛びかかった。
「おっそーい!"八星跳び"!」
下駄の歯が鋭く腹部に食い込む。
目にも止まらぬ速さで次々にカラテンモンに蹴りをあびせ、合間を飛び交う。
まるで、海に浮かべた船から船へ飛び移るような軽やかさ。
最後の1匹を踏み台に蹴り飛び、宙へと飛び立つ。
月を背に、シャナモンの羽衣が輝いた。
「"天魔星"!」
羽衣から放たれた光が残りのカラテンモンに突き刺さる。
あれだけいたカラテンモンを一掃したシャナモンの力に、羽衣香は圧倒された。
フワリと降りてきたシャナモンに駆け寄ると、身長に合わせるようにしゃがみこみ迎え入れた。
「シャナモン」
「羽衣香、ありがとう。この姿であったことを思い出させてくれて。怖い思いをさせてすまなかった」
「大丈夫だよ。私もシャナモンみたいに強くなったかな」
「もちろんだとも」
お互いに抱きしめあっていると、パワー切れしたらしくシャナモンはミカモンへと戻ってしまい、すうすうと寝息を立てていた。
ミカモンを抱きしめた羽衣香は、背中を優しく撫でながら夜の森を歩き始めた。
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「悪かったよ羽衣香ァ、俺が寝ちまったから見たかったやつ見れなかったンだろ」
「いいんだよ。人工衛星デーロスの観測はまたいつかできるから」
テレビのニュースに映る、地球から観測できた人工衛星の映像に羽衣香は笑顔をうかべる。
「ミカモン、あのね。人工衛星デーロスはね、羽衣香のママが作ったんだよ」
「そうなのか?!羽衣香のお母さんすげえじゃん」
「えへへ!ママはロケットとか、人工衛星とかを作るチームのメンバーなんだよ。でね、パパは宇宙飛行士なんだ〜!だから羽衣香は星とか宇宙が好きなんだ」
明け方の夜に輝く人工衛星の映像を、羽衣香は食い入るように見つめる。
「いつか羽衣香も、宇宙に」
『速報です』
『人工衛星デーロスが何らかのトラブルを起こし、爆発したという情報が入りました』
美しい天体ショーのニュースが突如切り替わり、物々しい雰囲気のアナウンサーが速報を読み上げる。
人工衛星「デーロス」が突如激しく揺れだし、そのまま……。
他の人工衛星が記録しただろう衝撃の映像に、羽衣香は顔を強ばらせた。
「ま、ママ……?ママまで……?」