注:本作は投稿済み作品「魔王型出現記録:CASE『暴食』」に、加筆修正、一部設定の変更を行ったものとなります。
大筋の流れは変わっていませんが、加筆修正ということで、別作品として改めて投稿させて頂きます。
上記御承知おきの上、ご覧いただければ幸いです。
死んだように静まり返る、とある都市の一角。
そこに聳える建物の一部屋で、私は一人、狙撃銃を組み上げていた。早く、早く、少しでも早くと念じながら、けれど手元は狂わないよう、慎重に。
「……っ」
側頭部に負った銃弾が掠ったことによる裂傷。そこから感じる鈍痛に漏れそうになった声を噛み殺し、苦鳴の代わりとばかりに垂れる血を拭う。血の量は大したことが無いし、眩暈もしない。だから問題ないと、そう断じる。体だって細かい傷に溢れているけど、そんなものはかすり傷以下だ。
だって、この都市にいた筈の人々は、もう傷を拭うことなんてできないのだから。
私は、ごめんなさい、ごめんなさいと、幾度も謝罪を頭の中で繰り返す。
数刻前までは人で溢れていたはずのこの建物も、あるのは噎せ返るような血の匂いだけで、既に人の姿はどこにも無い。隠れるには好都合だが、私がもう少し早く着けていればと、思わず唇を噛む。あるいは「私たち」が、もっと早く気づければ。
だって、この街に人がいないのは。
この街の防衛戦力も、住民も、全部、全部、全部全部全部。
デジモンに『喰われて』しまったからなのだから。
それも、人間より少し大きなだけの、たった一体のデジモンに。
たとえ一人であっても、無理でも無茶でも。私は彼らを守らなくてはならなかった。
助けなくてはいけなかったのだ。
それが私――H.D.C本部主席戦闘官、篠宮天音の仕事で、義務なのだから。
「……よし」
組み上がった狙撃銃に問題無いことを義眼による拡張視界でモニタリングし、銃を置いて床に寝転がってレンズを覗く――いや、銃と私をリンクさせる。
戦闘補助システム、限定起動。
味覚及び嗅覚の処理を遮断、高速演算機能を優先。
高速演算機能、測定機能、共に異常なし。
狙撃体勢、オールグリーン。
一瞬のブラックアウトの後、再び開かれた視界は通常のものとは大きく異なっていた。
拡張された視界に映るのは、狙撃に最適化された世界。風速、温度、湿度……その他狙撃に必要な情報の一切が表示されると同時に、義肢のコアによる処理を通して、私の頭へと組み込まれる。
最適化された視界の先に捉えたのは、一体のデジモン。
紫の仮面に光る三つの紅い瞳、ファーのついたジャケット。手に握るは、双銃口が特徴的な二丁の銃。
そしてなにより、血に濡れた口元は、この街を喰い尽くしたその証。
「……ッ」
赫怒、罪悪感、憎悪。
狙撃の邪魔になる感情を無理やり抑え込んで、表示される弾道予測に集中して。
私は、引き金に手を――。
○
今から考えれば、それは文明の爛熟期とも言えただろう。
量子コンピューターやAIの進化によって、人々の生活は飛躍的に発展し、進歩していった。
義肢技術の発展も、その一つだった。機械技術や生体研究の進展によって、自在に動く義肢、或いは体内器官の機械への代替は、もはや机上の空論ではなくなっていた。
それによって多くの怪我や病を、人々は克服していった。それまでは創作物の中の存在でしかなかった機械化された強化人間だって、夢ではなくなっていた。
――だが爛熟したものは、やがて腐り落ちる運命にある。
特殊電脳生命体――通称、デジモン。
それは、人類が技術的発展を遂げていく中、突如として現れたある種のコンピューターウィルス……そして、それにより変異させられた『モノ』の名だった。
その特異なウィルスは、義肢や機械のコアに感染し、侵食する性質を持っていた。そこまでは、普通のウィルスと大きな差はない。
だがこのウィルスは、とある常識の埒外の性質を有していた。それは、侵食されたコアが特殊な信号を発し、機械・生体を問わず接続されているものを文字通り、変貌させる、というものだった。
ウィルスに感染したモノはその構造や肉体を変貌させられ、まず後に『デジタマ』と呼ばれる卵状の形態となる。そしてしばらくの後、まるで卵が孵化するかのように、異形の『モンスター』へと生まれ変わらせる……そんな、当時の科学では――そして今に至ってもなお――説明できない現象を引き起こす代物だったのだ。
身近にある様々な機械が、義肢をつけていた人々が、モンスターへと変貌していく様に、人々は瞬く間に混乱の渦へと陥った。
だが、それだけで終わりではなかった。何よりも最悪だったのは、そうして生まれたモンスター、『デジモン』は、ありとあらゆるモノを喰い、一定の質量を得ると、より強力な形へと姿を変える――『進化』する、という特徴だった。
デジモンが現れた当初、混乱の中にありながらも、暴威を振り撒くその異形に、人々は当時の技術の粋で対処に当たった。大混乱でこそあったが、これできっとすぐに解決するだろう。そんな空気が蔓延していたという。
だが、デジモンという存在は想像を遥かに超えていた。
金属よりも硬い皮膚を持ち、空を飛んで火を吹く映画の中の存在のような怪物。時に空間や時間さえも支配しているようにすら見せるモノすら現れる始末だ。そんな常識を大きく逸脱した相手に、既存の武器兵器、そしてそれを操る人々やAIは無力だった。成果を挙げることはできず、それどころか瞬く間にデジモンへと変貌させられるか、あるいは捕食されて被害は拡大していく一方だった。
それに加えて、義肢を導入していた人々や市中の様々な機械へも、『感染』はどんどんと広まっていった。
その結果、地上は瞬く間に荒廃することとなる。
人々はデジモンの脅威から逃れるため、既存のネットワーク網を廃棄。現在の戦闘官の基礎となる、各地の自衛隊機械化特殊小隊の支援の下で、災害対策用として建設が進められていた地下都市へと逃げることを余儀なくされた。
そうして地上は、地下で必要な電力や様々な資源の確保のために築かれた小規模なコロニー、『地上街』を除いて、デジモン達の支配圏となった――。
●
「……うん、滑り出しはこんなところかな」
主席戦闘官の仕事の一環として行うことになった、電力のための地上街、『東京電力街』のうちの一つへの慰問。そこで開かれることになっている、『地下コロニーと地上街』という題目の講演会で喋る内容の原稿、その冒頭をファイルに纏めて、私は一つ伸びをする。そして義眼に表示させていた仮想デスクトップ上で保存を選択した。作業途中で保存が重要なのは、きっと昔から変わらない常識、かな。
――戦闘官とは、Headquarters for Digitalmonster Countermeasure、通称H.D.Cこと特殊電脳生命体対策本部の実働部隊のことだ。
デジモンが現れた当初。高度なテクノロジーと人間が培ってきた様々な技術の融合を目的としていたことで、デジモンへの対処を可能にしたという自衛隊機械化特殊小隊。
その流れを汲み、デジモンと化す危険に身を晒しても、身体の一部を機械化して、デジモンとの戦いに身を投じ人々をその脅威から守る。それを生業とする者のことだ。
とはいえ、戦闘官だからといってただ戦っていればいい、というワケでもなった。市民との交流や治安維持、それらに付随する事務仕事。それに、主席ともなれば、意外と慰問や講演会なんていう、政治家みたいな仕事もあるのだと、就任してから学んだ。
私が就任してから、特に講演会なんかは増えてるような気もしなくはないけど、まぁ、地上街出身の主席戦闘官なんて史上初のこと。お上としては利用したい、って魂胆なんだろうなぁ。
私はただ、地上でデジモンの脅威に晒されてきたからこそ、人々の生活を守りたいと、そう願っただけだったのだけれど――と、そんなことはともかく。
「さ、お仕事お仕事」
少し面倒だと思わなくもないけれど、それが仕事なら粛々とこなすのみ。ため息をついてから原稿の編集を続けようとした、のだけれど。
「……体内通信、それも緊急回線?」
ウチの班の分析官からの緊急通信が入ったことが、拡張視界に表示される。事務仕事が後回しになるのを予感しながら、すぐに頷く動作で通信を繋いだ。するとすぐ、相変わらずの慇懃な口調が聞こえてくる。
『お休みのところ申し訳ありません、アマネ先輩……いえ、篠宮主席』
「いや、どの道仕事中。それより何かあったんでしょ、中野クン?」
『はい。先ほど、第二電力街の防衛班から救援要請が』
告げられた内容に、一瞬思考が止まり、思わず立ち上がる。
「それ、今度……!」
『はい。主席が向かうことになっていた電力街です……あの、他人事でないのは承知しておりますし、お察し致します。ですが急を要しますので、続けても?』
中野クンは、当然私が地上街出身なことは知っている。それゆえに心中穏やかでいられないことを察してくれたのだろう。慇懃な口調ではあっても気遣ってくれることに内心感謝しつつ、うん、と頷いた。
「ゴメン、続けて」
そう言うと即座に執務室を出て、出動準備室へと向かう道を歩き始める。本来出動待機中でない私に連絡が来るのだから、出動要請なのはまず間違いない。知らず、私の足は駆け足になっていた。
私が一分でも、一歩でも早く着くことができれば、救える命が増えるかもしれない。
それこそ、私の仕事の本分なのだから。
『十五分前、第二電力街の防衛室から救援連絡が入りました――』
●
知らせは、つまるところ最悪と言ってもいいモノだった。
第二電力街の防衛室から救援要請が入ったものの、通信は途中で途絶。電力街設備のモニタリングカメラなどを見る限り、デジモンの姿こそ確認できないものの、かなりの被害状況にあるのは間違いないとのことだった。
そして何より、気掛かりなのは。
「……襲撃発生から三十分経つけど、しばらく前からカメラの類に人が映らない、か」
言うまでもなく、デジモンは人を、機械を、全てを喰らい、進化する。人が映らないと言うのなら、それは多分……。
『もう少しで電力街が見えてくる筈です』
「……ん。了解」
繋いだままにしてある体内通信から聞こえた中野クン……否、中野分析官の声に軽く頭を振って嫌な想像を振り払う。今は地上をバイクで疾走中。考え事なんてしてるべきじゃない。デジモンとの戦闘前にコケて負傷とか、洒落にならない。
『それにしても主席、恐らく質量区分が究極体級と目される個体相手にお一人なのですから、無理はなさらず』
「大丈夫。第二戦闘班の到着まで粘ればいいんだから、私のスタイルならやりようはあるよ」
そう言って、私は背中に背負ったケースの重みを少しだけ意識する。私の相棒たる狙撃銃が納められた、耐衝撃ケース。その重みを。
本来であれば、第一戦闘班の仲間に足止めしてもらったところを、ズドンと一撃、元となった機械などのコアが変貌したデジモンの核――デジコアを撃ち抜く、というのが私のスタイルだ。
けど、一人なら一人なりのやり方だってある。
『トラップを仕掛けつつ移動し、相手を狙撃……ですか』
「そゆこと。一人ならそれが最適でしょう?」
対デジモン用クレイモア、煙幕発生装置、音響爆弾、その他諸々。バイクの座席下と私の戦闘衣の内側には、様々なトラップや道具が備えてある。
要するに私の狙撃というスタンスを利用した、一種の時間稼ぎだ。そしてそれができると判断されたからこそ、緊急とはいえ単独出撃が許可されたワケだ。
とはいえ本来なら、私は第一戦闘班を預かる身。いつもならあと二人の戦闘官がいるし、その方が頼もしいのは間違いない、のだけれど。
「リリィは技研で試作機能の搭載実験中。タカの方はこないだの骨鳥……ベルグモンだっけ? あれに体を抉られ義肢修復中。そんな中、ウチしか即応できる班が居ないタイミングでこんな大事なんて……全く」
思わず、ため息が漏れる。
ウチの隊員の後二人は、偶然にも様々な事情から出動できない状況だった。あの二人がいれば頼もしいのに、と思わなくはないけれど、まぁ無いものねだりをしても仕方ない。中野分析官のいつもの慇懃な口調の中にも、気遣わしげな色が混じっていた。
『……お察しします。第二戦闘班の岩澤班長も、状況を処理次第すぐ向かうとのことですので』
第一戦闘班と双璧を誇る、第二戦闘班。現在は地上にある地下行きゲート付近に出現した成熟期から完全体クラスのデジモン群を討伐中だけれど、終わり次第彼らが来るというのなら心強い限り。斧槍を手足のように操ってデジモンを両断するカズ……岩澤次席戦闘官の強さは、よく知っている。
「ん。カズ達に、アテにしてるから早く来いって伝えておいて」
『了解です。間も無く電力街ですが、未だ対象の反応は街の中、に……』
「……中野分析官? どうしたの?」
その時。不自然に、中野分析官の声が途切れる。嫌なタイミングだ。思わず、彼に問う私の声も強張ってしまう。
だが、それに帰ってきたのは、いつも冷静沈着な中野分析官には珍しい、緊張に満ちた叫び声だった。
『対象、猛スピードで移動中! 移動先は……まもなく接敵!』
その言葉に、急速に意識が切り替わる。彼の言葉には答えずにアクセルを握りながらも前を見据える。すると。
「――、デジモンが、バイク?」
思わず、間抜けな声が漏れる。
乗り物に似た姿のデジモンこそ、いくつも確認されている。だがそれでも、デジモンが乗り物を乗りこなしているなんてのは、これまで聞いたことがない。
けれどそんな衝撃もすぐに吹き飛んだ。明確にこちらを認識し、意図的に加速した紫色の仮面に金髪のデジモンは、ハンドルから手を離すと何かを取り出し、こちらへと構える――二つの銃口が鈍く光る、巨大な銃を。
「――!」
爆音とともに跳ね上がる銃口。猛スピードで進むバイク上では、もはや回避は不可能だ。
僅かに顔を反らして直撃は避けるも、銃弾がほんの僅かに頭を掠った。強化骨格のおかげで裂傷止まり。だがそれでも脳が揺れたのだろう。一瞬意識が闇に落ちた。
だがその一瞬は、まさしく致命的だったことを嫌でも思い知る。
私はあえなくクラッシュして、地面の上を無様に転がった。視界が回転する中、モンスターマシンを操るデジモンとすれ違う。
一瞬の見間違いかもしれない。だけど確かにそのデジモンは、私を見てニヤリと笑みを浮かべていたような、そんな気がした。
●
そして私は、クラッシュから即座に体勢を立て直すと、義肢のリミットを一時的に解除。デジモンがバイクを反転させ追いかけてくる前に全速力で撤退、電力街へと逃げ込んだ。
だがそこに人の姿はなく、夥しい量の血、破壊と捕食の痕跡、それのみしか残っていなかった。
つまり第二電力街はほぼ壊滅。だがそれを成したデジモンはまだ生きて、こちらを追ってきている。
だから私は息を潜め、残ったトラップを仕掛けながら逃げ回り、建物の一角に潜伏した。
この大惨事を引き起こした原因を、倒すために。
恐らくは、すでに失われてしまった多くの命に、報いるために。
○
狙撃のために最適化された視界の先捉えたのは、一体のデジモン。
紫の仮面に光る三つの紅い瞳、ファーのついたジャケット。手に握るは、双銃口が特徴的な二丁の銃。
獲物を探すように悠々と歩くそのデジモンを屠るために引き金に手を掛けようとした、まさにその時。何故か、この地上街へ来るまでのことが一瞬にして頭を過った。思わず、引き金を引く手が止まる。
その刹那。
対象消失。
捜索および再計測を推奨。
狙撃銃とリンクさせていた戦闘補助システムが、警告を出した。一体何がとか、どうしてとか。そんなことを考えている余裕は無かった。
項が粟立つ。カンと呼ぶしかない感覚に従って銃を放棄し、思いっきり地面を転がった次の瞬間。天井を崩して現れた何かが、さっきまで私のいた場所を、黒く禍々しい長靴で踏み抜いた。
天井のコンクリート、私の狙撃銃、床。様々なものが粉々に踏み砕かれ、粉塵となって巻き上がる。
『主席!?』
「大丈夫、無事……はは」
『主席、何を』
「いや。走馬燈って本当に見るんだな、ってさ」
一瞬にして頭を過ったのは、死が間近に迫った時に見るという、いわゆる走馬燈というやつだったのだろう。初めて見たけど、できれば見たくなかった。
噴き出る冷や汗を拭う。強制的にリンクを切ったせいで頭と目が痛むけど、体に不調があるワケじゃない。まだやれる。そう、自分に言い聞かせた。
瓦礫のせいで巻き起こる粉塵の向こうの影を見据え、構える。そこにいるのは、考えるまでもなく人より一回り程の大きさしかない、けれど恐らくはこの街を喰らい尽くした、危険極まりないデジモン。
粉塵の煙幕の向こう、紅く輝く瞳がこちらを向く。まるでまだ生きているのか、とでも言いたげに。もうロックオンされている。逃げられない。それはすぐにわかった。
「距離、五百はあった筈なんだけど。つくづく化物だね、デジモンって」
緊張を紛らわせるためにそんなことを呟いた時、僅かな金属音が鳴る。まるで、銃をスライドさせる時のような。
その音を聞いた瞬間、考えるより先に体が動いた。横に飛び退いたまさにその時、銃弾が先ほどまで彼女の背後にあった壁を撃ち抜く、いや、砕く。スラッグ弾かはたまた別の何かか。ともかく、即死級なのは間違いない。
さっきも今も、あと一瞬飛びのくのが遅かったら。そんな思いに背筋が冷たくなる感覚を覚えながら、私は腰に手を回してバックアップガン――五十口径の二丁拳銃を引き抜き、撃つ。
弾倉に装填されているのはデジモン用に製造された特殊なホロウポイント弾。それをまさしく雨あられのように浴びせる。元々ダメージを負っていた義肢が、銃の反動に悲鳴を上げ、拡張視界にも耐えず警告が出る。けどそんなことに構っていられない。
そんな余裕は、ない。
「ッ……!!」
そこらのデジモンであれば、体の内部がズタズタになってるレベルの弾を撃ち込んだ筈だ。にもかかわらず紫仮面のデジモンは、握った銃を逆手に持ち替え、私へと殴りかかってきた。スウェーして躱すも、掠めた前髪が飛び散った。
わずかに見えた傷を見る限り、損傷がないわけじゃない。だが止まらないどころか、実質的なダメージは無さそうだった。
思考補助システムを完全起動している暇はなかった。私は咄嗟に合気道の要領でデジモンの腕に自身の腕を添えながら反らして距離をとりつつ側面に回り、至近距離から顎目掛けて撃つ。
だが躱された。顔を反らしただけで私の銃撃を躱したばかりか、そのまま片足が跳ね上がって私の頭を襲う。靴には棘、当たれば死ぬ。屈みながら頭上を通りすぎる足に右手側の銃衝ごと叩きつけるようにしていなし、左の銃で頭を狙い撃つ。
「……ッつぅ……!」
だがその腕を、崩れた態勢ながらデジモンがもう片方の足裏で蹴り飛ばしてきた。
機械化してある腕が捥げそうになるほどの衝撃。だけど、絶対に銃は離さない。そして蹴られたことによる勢いを無理に殺さず、むしろ乗るようにして体を大きく一回転させ、再び両手の銃で狙い撃つ。
発砲の轟音とほぼ同時、湿った音共にジャケットを食い破り刺さる弾丸。わずかに揺らぐデジモンの体。
けれど、それだけだった。
「クソッ、この化物……!」
思わず悪態をつきながら、デジモンの銃から再び放たれた弾丸を躱す。後ろの壁が砕け私の背を打つ。
体が傾ぎそうになるのを堪えながら、お返しとばかりにこちらが放った銃弾は、しかし当然のように当たらない。頭を狙ったこちらの銃口を見て、器用に避けていた。
ほぞを噛む思いだった。狙撃銃を持って逃げていられれば、と思わずにはいられない。あれがあれば、至近距離からでも当たりさえすれば火力でどうにかなったかもしれない。けど、あのデジモンに踏み砕かれた。罠の類も撒いてきてしまって手持ちは殆どない。そもそも、効くとは思えない。
それなら。
「ふッ……!」
あえて、一歩踏み込む。そこは、銃はもとより、紫仮面の両手両足の届く距離で、つまりは即死圏内。だがそれでも、私は踏み込んだ。
先ほどまでの戦闘からして、このデジモンはただの獣ではない。攻撃を避ける、弾く、それを利用し攻撃する――偶に現れる、超常の力で暴れるだけのモンスターでは無い、判断能力と思考力を持った文字通りの『化物』だ。
だからそれを、利用する。
相手の銃弾を躱しながら懐へ踏み込もうとすると、即座に飛んできた右足。それをいなしながら躱すと、頭へ向けて銃口を向ける。相手はそれに即座に反応し、私の銃口を拳で跳ねのけた。それだけで右腕がはじけ飛びそうになる衝撃。
だけど、予想通りだった。コイツに銃弾はさほど効かない。それなのに、可能であるのならこちらの攻撃を、特に頭を狙った攻撃を、避けるか中断させようとする。今のように。
拳の衝撃で傾いだ体。だが倒れることには逆らわず、そのまま銃を離さないよう片手をつき、バク転の要領で後ろへと飛ぶ――飛びながら撃つ。
しかしそれも、紫仮面は事も無げに首を捻って躱していた。私の着地と同時に、銃を放つデジモン。私はそれを射線からずれながら前に踏み込んで躱す。銃の反動か、銃撃態勢のままデジモンが動けないのを利用し懐へと踏み込み、顎目掛けて銃口を向けようと腕を伸ばす。
狙った位置とタイミングだった。手をめがけて足を跳ね上げるには近すぎ、首を捻って躱すことも難しい角度とタイミング。ならば、来るのは。
「……っ」
こちらの銃を弾き飛ばそうと、銃を逆手に握った相手の拳が迫る――狙い通りに。
「ここ」
私はその瞬間、両手の銃を手放すと、片手で紫仮面のジャケットを、もう片手でファー付きの襟をつかみ、引き込むようにして重心を崩し、投げた。
――デジモンは異形で、超常の力を振るう化物だ。だけどそれでも、特に理由もなく空中を飛ぶような一部の連中を除けば、基本的には物理法則の内にある。
人の形に近いのであれば、人に働くのと同じ物理法則からは逃れられない。だからこそ、バランスを崩し、相手の勢いと重心を利してやれば、投げることだって不可能じゃない。
そしてその結果が、これだ。
デジモンは自らの拳の勢い、そして街一つを喰らった体重を利用した投げをまともに受け、成す術もなく床へと叩き付けられた。ここに来て初めて、苦鳴らしき声を漏らす。
けどそれで止まってはいられない。相手が立ち上がるよりも前、私は動きを止めずにそのまま落とした銃を拾い、そして。
「――!!」
撃った。
相手の頭部へと、至近距離から。避ける暇など与えずに何発も何発も。瞬く間に弾倉は尽きて、引き金が乾いた金属音を鳴らす。
薄く煙を上げる銃口の先。紫仮面のデジモンは、びくりと体を震わせて、そして動きを止めた。それを見て、私はようやく両手の銃を下げる。
銃弾を雨霰と受けても僅かな怪我のみしか見られないような耐久力を持つデジモンが、頭部への攻撃だけは避けていた。なら、そこが弱点なんじゃないか。そう思ったけれど、間違いじゃなかったらしい。
「……は、ははっ。どうよ化物。人間の業、舐めるなっての……!」
私は緊張が解けて乱れる息のまま、あえて戯けるようにして言う。
科学では説明出来ない力を振るうデジモンたち相手に、ただの機械は無力だった。それ故に、私達は身を危険に晒して戦っている。科学技術の粋で身体を機械化し、狙撃術、銃術、合気道、柔道、剣道――これまで人間が積み上げて来たあらゆる業を以てして。かつての機械化特殊小隊の目指した先を、歩むように。
とはいえ。人間として人間の業を用いて闘うからこそ、死神の鎌が首に掠るような感覚を度々味わうのはどうしたって慣れない。だからこうやってワザワザおどけるのは、まぁ、メンタルケアみたいなものだ。
私は息を整え、天を仰ぎながら一つ大きく息を吐いて、今日も生き残れたことに心の中で感謝する。そして、さて、と言いながら歩き出す。
「それじゃカズ達が来るのを待って、撤収かな」
そろそろ着くだろう味方のことを考えながら、デジモンに背を向けて下の階へと向かおうとした――その刹那だった。
『いえ主席まだです! 敵の反応が、』
通信が耳に入ったのは、そこまでだった。
音声をかき消すほどの銃声とほぼ同時、左の義肢に凄まじい痛覚のフィードバックが発生する。拡張視界には警告アラート。見なくてもわかる、左腕の機能は一瞬で死んだ。
痛みに出かかる叫びを必死に噛み殺し振り返れば、目前に紫仮面のデジモンの足が迫る。機械化され底上げされた視力でもなお、つま先が霞むほどの鋭い蹴撃。不覚にも一度精神を途切れさせてしまった私には躱せない。動く右手で体を庇い、胴体への直撃を防ぐのが精一杯だった。
「ぐっ……あ……!?」
凄まじい質量を感じた瞬間、私は飛んでいた。
背中に痛みを感じたと思った瞬間、建物の外へと投げ出されていた。このまま落ちるか――そう思ったのも刹那のこと。想像以上の勢いで飛ばされていた私は、向かいの建物の壁を突き破り、突っ込んだ。
受け身を取る暇なんてまるでない。頭を守ることだけに精一杯で、私は強かに背中を打ち付け、無様に突っこんだフロアの床を転がって、反対の壁にぶつかりようやく止まった。
警告。
通信機能喪失。
加えて身体に深刻な損傷を確認。
生命維持に支障あり。
「そんなこと……警告されるまでもないっての……!」
無理に立ち上がったけれど、口からは血が漏れる。機械化されている義肢は勿論、機械化してない内臓まで含めて、あらゆる部分が深刻なダメージを負っている。継戦なんてとてもじゃないが無理だろう。
それに時間的に、第二戦闘班はそろそろ来る筈だ。怪我の状況からして、撤退が常道なのは間違いない。
けれど、あのデジモン相手じゃ逃げられないのもまた、きっと間違いない。
それに。
「……まだまだこれから、ってね。は、ははっ……!」
無理だろうがなんだろうが、そもそも逃げるつもりは、毛頭ない。
コイツは、ここで逃すことを看過できるほど、甘い相手ではない。ここで討伐できなければ何が起こるかわかったものではないから。
なら、闘う。
私は、第一戦闘班班長で主席戦闘官、なのだから。
一時的に痛覚フィードバックを遮断してなんとか立ち上がった瞬間、轟音と共に壁を砕き、黒い影が――紫仮面のデジモンが、飛び込んできた。
私が穿った頭、そして首筋からは、血液のようなナニカが漏れてファーを濡らしている。五百mの距離を跳躍して私の頭を踏み抜こうとした化物が、今はビルに飛び込んで来ただけでふらついていた。口からは喘鳴のような音が漏れてるし、少なくないダメージを与えられているらしい。だけど、それだけだった。まだ生きている。
血走ったように紅い三つの瞳がこちらを捉えたかと思った、その瞬間。まるで弾丸のように、デジモンがこちらへ飛び込んでくる。体はろくに動かず、まともな回避行動など取れない。なんとか倒れ込むようにするのが精一杯だった。
これは完全には躱せない。できる限りダメージを減らすのが限界だとすぐに感じた。そして、そんな私の直感は間違ってはいなかった。
だけれど間違ってはいないだけで、甘い見立てだったことを思い知らされる。
「……、ぁっ」
倒れ込むようにしてなんとか直撃を避けた私の、機能の死んだ左腕。それをデジモンが掴んだかと思うと、次の瞬間。
それを捥ぎ取り、喰らった。
痛覚フィードバックは切っている筈なのに。それでもケーブルの切れる音と感触に、私の口から悲鳴が漏れる。機械化したときにとっくに慣れたはずの喪失感が、私を襲う。
だがデジモンはそんな私には目もくれず、鉄屑となった私の腕を咀嚼していた。血走ったような目のままに、必死としかし言いようのない様子で。
「……ッく。クソ、なんなの、一体」
私は這うようにして、なんとか距離を取る。案の定、追ってこないで喰い続けている。私の腕などあっという間に喰い終わり、今は周囲の瓦礫すらも喰らっていた。
そしてそこで初めて気づいた。ヤツが何かを喰う度に、穿ったはずの頭部の傷が、他の僅かな銃創が、治っていくことに。
「再生……いや、質量の補填による修復? 反則でしょ……!」
思わずそんな声を漏らしながら這うように下がり、そこで残った右手に何かに当たる。
見てみればそこにあったのは二つの銃口が目立つ二丁の銃、その片割れだった。
そもそも使えるのかとか、そんなことを考えるよりも早く、反射的にその銃を手に取って、顎で挟んでスライドさせ、私は。
「くたばれ化物――!」
ヤツの頭に向けて、絶叫と共に引き金を引く。
その瞬間、凄まじい反動に腕が跳ね上がる。弱った握力では銃を保持していられなくて、反動の勢いのまま銃はどこかへ飛んでいった。
反動のせいで狙った筈の頭から外れ、だがそれでも苦し紛れの銃撃は、ヤツの右腕を文字通り消し飛ばした。突然崩れたバランスと銃撃の威力に、デジモンの体が傾ぐ。
「ハッ……ははっ、ざまぁ見な、よ。化物……が――」
だがそれで、終わりではなかった。
紫仮面がこちらに向いて倒れ伏したと思ったのもつかの間。びくりとデジモンの体が震える。そして次の瞬間、まるでマリオネットか何かのようにゆらり、と立ち上がった。
そして何か肉が裂けるような、そんな生理的嫌悪感を呼び起こす音がしたかと思うと、デジモンの背中を突き破り、ばさりと二対の巨大な漆黒の翼が広がった。
だが変化はそれで終わらない。あの銃で消し飛ばした右腕。体液らしきものがしたたり落ちていた右肩の傷口が、まるで巨大な肉芽のように――否、デジタマの如く膨らんだかと思うと、次の瞬間。
それは弾け右腕と一体化した巨大な鉄塊……恐らくは砲身らしき何かが現れた。
「さっきの捕食……まさか、進化?」
咄嗟にそう思ったが、これは何か異様だった。ただ進化したのではない。まるでデジモンが、意思をもってより強い姿を手に入れようとしたかのように見える、そんな違和感。
目の前で繰り広げられる異常事態に、私は体を動かそうとすることすら忘れていた。そしてそんな私を見据えるように、閉じていた眼を、紫仮面は見開く。その瞳は、先ほどまでの紅ではなく、翠色の瞳だった。血のような紅ではなく、宝石のような、翠。
場違いにも、そんな瞳に見入ってしまった、その時。
悪魔が、吼える。
金属をこすり合わせたかのように不快な、けれど獣の雄叫びの如く雄々しい響き。声を聴いた瞬間、コレを発している者への恐怖と畏怖を植え付けられるような、そんな咆哮だった。
咆哮と共に漆黒の悪魔が私へ砲身を向けたかと思うと、砲身の先の空中に、闇色の魔法陣としか表現のしようがない何かが浮かぶ。
それを目にした途端、まるで脊髄を氷の手でつかまれたかのような悪寒が私を襲う。
あれはマズい。私の生存本能と呼ぶべき何かが、あらん限りの警鐘を鳴らしていた。
もう動かないと思った体を無理やり動かして、両足のリミッターを外して過剰稼働。駆動系が焼き切れる危険性の警告が表示されたがそんなことは知ったことじゃない。後のことなど考えず、とにかくビルの外へと飛ぶ。
私が飛んだ、まさに直後。
闇色の焔としか言いようのない何かが吹き荒れて、射線上にあったものすべてを消し去った。
「――、ハ」
ビルの外に飛び出して、無様に地面をゴロゴロと転がって、私の口から洩れたのはそんな乾いた笑い。
これは、無理だ。なんとか倒したと思っても修復して進化して、そればかりか、今度は明らかに物理法則の外の力まで発揮して見せた。触れたものを消滅させるとか、本当にどうかしてる。
まさしくコイツは、この街一つ喰らった化物なのだ。覚悟だけでどうにかなる相手じゃない。そんな奴相手にここまで粘れただけでも、正直奇跡だ。
ある種の諦観を抱く私の前に、悪魔が舞い降りてくる。地面に転がる私の前に翼を羽搏かせながら着地すると、こちらを血走った三つ目で睨みつけ、まるで苦しむように吼えていた。
よく見てみれば、砲腕、そして全身から、ドス黒い血のような何かを漏らしている。私がつけた傷じゃない。どうやらあの力、悪魔にも大きな反動があったらしい。
それなら、その力を使わせただけでも儲けもの、ってトコかな。
「……まぁ。きっと、カズ達の役に立つくらいは、出来たよね」
ここまでダメージを与えたのだ。きっと第二戦闘班なら、討伐してくれるだろう。出来ることなら彼らが到着するまで粘りたかったが、どうやら限界。後はもう、彼らに託すしかない。上手くいけば、今ほどの力、近くまで来ている彼らの目に入ったかもしれない。それならきっと、対応してくれる。
地面に転がりながら希望的観測をしている私に、まさしく悪魔のような羽根を生やしたデジモンが苦しむような声を漏らしながら近づいてくる。その体の傷口には、先ほどのような蠢く肉芽がいくつもできていた。
修復か、進化か。どちらにしても。
「私を喰らおうって? はは……ま、腹壊さないようにね」
もう、生き残る事は諦めた。
だけど、心残りはある。
「タカ、リリィ。アンタたちの成長が見られないのだけは、残念かな」
残していく部下たちのことが気がかりで、そんな言葉が思わず零れる。
だが、まるでその言葉が切っ掛けであったかのように。突如悪魔が歩みを止めたかと思うと、震え出す。
「……、は?」
一体何が起きているのか、まるでわからなかった。
悪魔の震えは激しくなる一方だった。しかもそれに留まらず、体のあちこちが急激に膨張し、あの蠢く肉芽がいくつも出来ていた。瞬く間に、人型のシルエットが崩れてゆき、そして。
体の内側から、あの闇色の焔が吹き出して、弾けて倒れた。
最早何か言葉を漏らすことすら、出来なかった。
その光景が、何を意味するかなんて、私には分からなくて。とにかく喰われなくて済んだんだと、それだけは理解して。
既に肉体的に限界だったのだろう私の意識は、闇に呑まれた。
○
――それから、数週間後。
「以上が、『第二電力街壊滅事案』の詳細です」
「……ふん。まぁ、よくも生き残ったものだ」
「ははっ。それ、私自身一番思ってますから」
「そうだろうとも。全く、どちらが化物なのやら」
「あは。タカたちにも散々言われました」
私は、H.D.C技術開発研究機関、通称技研の所長へと報告に来ていた。
あの後私は、急ぎ駆け付けてくれた第二戦闘班に救助されて、即刻医療施設へと入れられた。義肢・生身問わず私のダメージはひどいもので、意識が戻るだけでも一週間かかったようだった。
内臓もいくつか人工器官になってしまったけれど……まぁ、それは命あっての物種、ってやつかな。そしてリハビリや再調整を経てようやくの復帰初日、というところで、呼び出しに応じたというワケだ。
とはいえ私も、これに応じたのには思惑があって。
「それで、所長。あのデジモン、分析したんですよね?」
「ああ。バイク、武器も含めて、な」
技研の役目の一つは、討伐個体の回収・分析。だから、ここに来て私が聞きたかったのは、最後のあの瞬間に何が起きたのか、だった。
私も、そこそこ長い間戦闘官をやっている。けれど、あんな現象は見たことがなかった。だからこそ聞いておきたかったのだ。
私の立場であれば、きっと正式な分析レポートは後で閲覧できるだろう。けど、できることなら、一刻も早く話を聞いておきたいと思った。
あのデジモンを相手にしたものとしてどうしてもと、強迫観念に近い思いが私の中に渦巻いていたのだ。
そんな私の様子を横目にしながら、所長が端末を操作し、巨大なモニターに資料を表示した。専門用語ばかりで分からないことも多かったけれど、所長は資料群の中のある映像――おそらくはデジコアと思しきものを指す。
「この写真。これは、あのデジモンのデジコアだが……簡単に言えば、焼き切れていた。そうとしか表現できん」
「……というと?」
「お前たちの義肢等に使用しているコアも、負荷をかけ過ぎると回路が焼け付くだろう?」
「あぁ……偶に聞きますね」
戦闘官が激戦をくぐり抜けた後、酷使した義肢のコアが焼けついてしまうことがあるというのは聞いた話だ。昔のPCも、過負荷で焼け付くなんていうことがあったというから、それと同じだろう。
私がそんなことを考えながら頷くと、所長も軽く頷いて続ける。
「厳密には異なるが、それをほぼ同じ現象だと思え。ウィルスで変質しているとはいえ、デジコアも元はと言えば機械や義肢のコアなわけだからな。貴様の記録や報告によれば、あのデジモンは街を一つ喰っていたのだろう?」
「……ええ」
「デジモンはデジコアで体を制御しているらしいことは判明している。そのデジコアの処理可能な質量以上を喰らい、焼き切れたのだろうよ。おまけに貴様の記録の最後にあった、あの部分的進化と、黒い焔のようなあの力。あれが制御を超えていたのだろう。つまるところは――」
「『自壊個体』……魔王型ですか」
「正解だ。魔王型と一人でやり合って生き残るとは。流石だな、首席戦闘官殿?」
「……死にかけてようやく、ですけどね」
魔王型。
それはいつしか、H.D.Cで呼ばれていたデジモンの分類だった。稀に現れる、討伐ではなく何らかの原因で自壊したデジモンたち。そいつらは例外なく図抜けた戦闘能力を持ち、出現すれば災禍を引き起こすことから、いつしか『魔王』と、そう呼称されるようになっていたのだ。
思い出されるのは、私が戦闘官となった頃に確認された、魔王型の出現記録。過去の記録を閲覧しているときに偶然見つけたものだったが、強烈ゆえに記憶に残っていた。
「東京タワー跡地に出現、こちらが手を出した途端に豹変して、討伐に向かった戦闘官ごと辺り一帯を文字通り灰塵に帰して自壊したベルフェモン。それに、海底掘削中に突如現れて、施設や人員全てを飲み込み沈んでいったリヴァイアモン……あの銃使いがその同類、ですか」
「そういうことだ。本当に、よく死なずに生き残ったものだ」
「伊達に主席やってませんから……って言いたいところですけどね。まぁ完全に運ですよね、運。あと一歩ヤツが自壊するのが遅ければ、喰われてましたから」
「運も実力の内という言葉もあろうに。謙虚なことだ、今代の主席は」
所長は苦笑しながそう言って、ファイルを閉じ、端末の電源を落とす。機械化してない人は、その辺の手間が大変だなぁ、などと思いながら見ていると、ふと、所長がこちらを見ていた。
「なんです?」
「いや。質量を獲得し、進化するデジモン全体にその傾向はあるが。報告書を読んだ限り、電力街一つ喰らい尽くしたことも含め、何やら喰らうことに異様な執着を見せたようだな?」
「あー。そうですね、えぇ。言われてみれば、確かにそうかと」
確かに思い出してみれば、所長の言うとおりだ。私の腕もわざわざ喰らい、そのあとも辺りの物を喰らう動きを見せていた。その前に街を壊滅させていることを考えれば、確かに異様な執着、という表現も頷ける。
私の答えに、所長はそうか、と一つ頷く。
「であれば。このデジモンの個体名は決まりだな」
「……というと?」
「第二電力街を喰らい尽くし、壊滅させた大災害。究極体の枠すら超えて進化の兆しを見せた大悪魔――『暴食』の魔王、ベルゼブモン」
「ベルゼブモン、か」
響きは、創作物などで聞き覚えがあった。恐らくはそれらと同じく、旧い、そして有名な宗教に語られる悪魔からとったのだろう名前を、なんとはなしに呟く。『暴食』。確かにあの悪魔には、その名に相応しい。
デジモンにわざわざ名をつけるのは、分類という実用的意味の他に、「理解できない」現象に名をつけることで、「理解できる」ものに落とし込み、未知から感じる恐怖や脅威を軽減させるのも一つの理由だ、と所長は以前言っていた。ようは大昔から、災害等の原因として妖怪の存在が語られてきた、という話と似たようなものだと思う。
理屈としては、確かに理解できる。
とはいえ、名前を付けたところで、闘った私としては。
「……もう二度と、あんな相手に見えたくはないですね」
「フ、それは違いなかろうよ」
所長と二人で、乾いた笑いを交わしながら、アイツに喰われた感触を思い出し、左腕をそっと抱いた、まさにその時。
体内通信で、連絡が入る。
「……うわ」
「どうした?」
拡張視界に表示された文字に、思わずうんざりといった感じの声を漏らしてしまうと、所長が片方の眉を跳ね上げた。
いつも偉そうな所長には珍しく少し気遣わしげな問いかけに、いえ、と小さく首を振って、苦笑しながら私は続ける。
「中野クン、いえ、分析官から連絡です。まぁ、緊急回線でこそないですけど」
私の言葉に、所長は少し唖然とした様子を見せたあと、くつくつと笑って見せた。いやほんと、つくづく珍しい光景だなぁ。
「復帰初日のこのタイミングでとは……なんともはや。引っ張りだこだな、首席戦闘官殿?」
「私達なんて、ホントは暇なのが一番なんですけどね、っと――はいはいお待たせ、中野分析官。それで、私たちはどこに向かえばいいの?」
こうして私は、闘いの日々へと舞い戻る。
大変なんて言葉じゃ言い表せないし、辛いことばかりだし、キツいし――けれど人々を守る、意義のある日々へと。
所長にはゴメンだとは言ったけれど、人々を守るためならば、私はきっと、ベルゼブモンのような相手との戦いにもきっと再び身を投じるだろう。
また死にかけることだって、無いとは言い切れない。いや、きっとある。
けれどせめて、無辜の人々を守れるように。
それだけを願って、私は闘い続ける。
今日も、きっとこれからも。
どうも、湯浅桐華と申します。
本作は冒頭でも述べた通り、投稿済み作品の加筆修正作品となります。
大本の作品は、快晴氏の常設企画、「推し活1万弱」に投稿させて頂いたものとなります。
元々は1万字以内という縛りのなかで、どこまで表現できるか?ということに挑戦した作品でした。
それはそれとして納得できる出来ではありましたが、それゆえに入れたかったけれど省いた部分があるのもまた事実。
それを入れ込みつつ、少々設定を変更しながら、1つの読切にした、という形となります。
元々の作品を読んでいただいていた方々には、どこが違うのか見ていただくのも、面白いかもしれませんね。
デジモンという作品と、SFというジャンルが、相性がいいことはいうまでもないことでしょう。
ですがそれを、ポストアポカリプス系統の方向にもっていったらどうなるのだろうか。
そんな想いも込めた作品でもあります。
またこの作品は、かつて私が執筆していた作品の世界観に連なるものではありますが、今回の投稿にあたってそのあたりは極力切り離しております。
無論、舞台設定はそのまま利用していますが、いくつかディテールを上げるために変えたところなども。
あるいは大本の時には、語っていなかった設定など入れ込んでいたりします。
正直、これはコンペティションの規約に抵触するかなぁ、でも残虐行為というか犯罪行為はしてないしなぁとか、いろいろ思う所はあったのですが、まぁ近年書いた短編の中ではそれなりに気に入っていたので、改稿の上投稿した次第です。
これもまた、デジモン小説の一つの可能性。
そんな形で、ご笑納いただければ幸いです。
それでは、これにて。
湯浅桐華でした。
ノベコンお疲れさまでした!
感想を配信で喋らせていただきましたので、リンクを下に貼っておきます!
https://youtube.com/live/lvzwnURzAUs
(1:12:49~感想になります)
ノベコンお疲れ様でした。夏P(ナッピー)です。
冒頭で作中世界におけるデジタルモンスターの存在、また他の生物との違いやその特異性について詳細な解説が入った形ですね。そういえば火の鳥未来編の如き世界だった。
主席戦闘官殿という狙撃手なのに速攻で近接戦闘のレンジに潜り込まれる鋼の女。というか、主にベルゼブモンが規格外な所為ですが主席戦闘官殿の発言ほぼ全て数秒後に裏目に出ておる。占い確実に全部外すCLANNADの双子の妹の如き逆フラグ女。
>恐らくは、すでに失われてしまった多くの命に、報いるために。
改編されていた文章で最も印象的なのはここでしょうか。Salusなあっちと同様に一本の作品として成立させるような意味合いがあるのかと思いますが、親しい誰か(誰ノコトカナー)を想うのではなく、大衆の無念を想う一文に変えられたことで主席戦闘官殿が個の戦士より公的なヒーローに見方変わるこの感じ。ここだけは読んだ時点ですぐ気付いた、文章一つでキャラクターのイメージが変わるのが小説の面白さである。
それはそうとベルゼブモンの体術なぞ受けたら、掠っただけでも超サイヤ人2悟飯の蹴り一撃で上半身と下半身がさようならしたセルジュニアみたくなりそうですが、ドラゴンボール吹っ飛びで済ます主席戦闘官殿やはり固い。私は15年前よりあっちのカンナさんをバキバキの腹筋と提唱していましたが、主席戦闘官殿も絶対バキ胴。
所長「凄いね……君。クロンデジゾイド並の腹筋持ってるんじゃないかね?」
戦闘官殿「い、いやぁまぐれですよまぐれ」
所長「なんだぁ~まぐれかぁ~……で、でもよぅ、あれはまぐれって言うのか?」
テイマーズ(終盤)の影響で割と味方寄りというか、様々な創作において雨に打たれる子犬に傘を差す不良的なキャラクターとして描写されることの多いベルゼブモン、以前の感想で言った気もしますが、本作ではそちら方面とは違った「魔王としてのヤバさ」にフォーカスを置いたのがまた印象的。いるだけでヤバい、絶対に殺さなきゃヤバいといった空気。それだけに、それだけにぃ~。
──────ふぅ(嘆息)。
もう一つの作品の方でエピローグや細かな喘ぎ声とか着替えとかが描写されていたので、これ絶対来たのか!? 遅ェんだよォ!! 待ちかねたぞ少年ンンンンーーーーッッ! と追加シーン・加筆箇所に多分な期待を抱かせて頂きました。──が。
レオモンが死ななかった。
何故だ!!
ベルゼブモンのヤバさに更なる焦点を当てた本作、その辺の野生レオモンがバリバリ食われてたり、なんか冒頭でレオモンがベル様に腹パンされて殺されてたりするシーン来ると思いましたが無かった。いやよく考えたらこのDirtyな世界観、レオモン一回超強いの出てこなかったっけと思いつつ残念。とはいえ、会敵シーンの「──デジモンが、バイク?」のとこ相変わらずヤバカッコいいのでモーマンタイ。でも何故だ!!
ラストシーンでちょろっと他の七大魔王についての情報が加筆されてるぅ~!
これDirty Saver 02フラグか!!
それでは改めましてノベコンお疲れ様でした。
この辺りで感想とさせて頂きます。