『アポ、起きて、ボクはここだよ…』
ピコの声がする…
ここは、夢か?
真っ白な空間にアポカリモンとそしてふわふわと朧気な姿で現れた真っ白なデジモンが一体立ち尽くしている
光に包まれたデジモンがアポカリモンの傍に擦り寄る
近づくにつれてそのデジモンは女神型デジモンであることに気がつく
彼女の美しい羽根がアポカリモンを包み込むと彼の胸の内に騒めく怨念たちの勢いが収まり、痛みが和らいでいくの感じる
彼女はアポカリモンの黒い手をとり、自らの顔に運び愛おしそうに頬をずりする
その動作が何となくピコに似ていた
見たことないデジモンだ
デジタルワールド全てのデジモンを把握していたアポカリモンですら知らないデジモン
顔は髪で隠れて見えないが大きな天使の翼を持った上位天使であろう
そんな上位天使が暗黒デジモンに擦り寄り甘えている光景は正に悪魔と天使の交わりに等しい
それはもう奇妙であり、不気味に思うアポカリモン自身でさえも不思議な感覚に見舞われるも何故か安堵する自分自身がいることに驚きを隠せない
聖なる光を嫌っていたこの私がこんなに穏やかな気分になれるとは
それだけじゃない、この懐かしい感じは一体なんなんだ?
「お前はピコ?なのか?」
頬ずりする女神がこちらを見上げる
すると彼女は悲しげな表情を浮かべるとフワリとアポカリモンの元から離れていってしまう
『アポ、早く来て…じゃないとボク…』
光が弱まる
ピコを抱きしめた時と同じ安心感も遠ざかっていく
「ピコ!!!!」
彼女の手を強く手を掴んでみるも、光は小さく分散してアポカリモンの手をすり抜けていく
不安と恐怖が襲ってくる
また私を独りにするのか?
お前も私を置いていくのか?
やだ
イやダ
「い゛っっっったあああっ!!!!????」
「!?」
突然アポカリモンの胸の中で眠っていたピコデビモンが暴れ出す
「ちょっ、ちょっと離して下さい!!痛っ、痛たた…痛いですよ!!!」
ここはダークエリア?
そうだ、私はこのピコ…元ヴァンデモンと一緒に寝てしまっていたのだった
「あなたのつ、つめ、爪がくい込んでます!!っ…早く抜いてください!!お願いします!!!!!」
ああ…すまん、とアポカリモンは彼の体に酷く埋め込まれた両指をズボリと抜く
解放されたピコデビモンは泣きながら喚く
「ああ…もぉ!!マイハニーと出会う前にこんな勘違いされそうな傷、残ったらどうするんですか!!!ひいん…」
喚くピコデビモンこと元ヴァンデモンを他所にアポカリモンは抜き取った指に着いた彼の血をまじまじと見つめると躊躇いもなくそれを舐め始める
「ヒッ…あな、あなた!!人様の身体を蹂躙しただけでなく血を飲むだなんて…破廉恥!!!!!!」
「不味いな…やはりピコの血でないと我が身は満たされないか」
「人の話くらい聞いてください!!それにね、いつまでもこんな姿でいたら他のデジモンに襲われ…」
ガサガサッ
草むらをかき分ける音が辺りに響く
彼の心配していたことが的中してしまう
血の匂いを嗅ぎつけた魔獣デジモンたちに囲まれてしまった
今にもヨダレを垂らした魔獣デジモンに襲い掛かりそうであった
「ヒィッ!ほら見なさい!あなたが私の身体を強く引っ掻くから血の匂いに誘われて来ちゃったじゃないですか!!!!」
「ちょうどいい、こちらから出向く手間が省けた」
「余裕ぶっこいてないで私を完全体に戻してくださいよォ!!!」
「完全体?いや、お前なら究極体にまでなれるぞ」
「はえ?それは一体どういう…」
ガルル…と唸る魔獣デジモンの群れ
一斉に牙と爪をたてながら襲いかかってくる
「うわあ!?もうダメだ!!!」
「お前に特殊な細工を施しておいた、そのまま進化しろ」
ザシュザシュッ
グチャッ…
「ぐうっ」と声を漏らす
アポカリモンの腕、足、肩に牙や爪がたてられ全身に激痛が走る
「何に進化しろというのです!高確率なヴェノムヴァンデモン引いたら意識失って暴走するのがオチですよ!」
「いいから進化しろ!」
ええい!こうなってはもうヤケだ!!
パートナーに会うために私はここで死ぬ訳には行かないんだ!!!
「え、えと、し、進化ぁーーーーーーー!!!!!」
ほんの数秒の差であったがピコデビモンからデビモン、ヴァンデモンとワープ進化した
進化の光の中からボルトバウタモンが顕現する
あっという間に周囲に群がる魔獣デジモンたちを一掃し華麗な身のこなしで地面に着地する
「こ、これは!?ピエモンがいなくてもボルドバウタモンに進化できたですとぉ!?」
この方、デジモンを退化させたり進化も思うがままにできるってチートすぎじゃないか!?
おっと、これ以上深入りすると面倒だからあまり言及しないほうがよさそうだ
ボルトバウタモンの威圧に魔獣デジモンは逃げていく、が今度は血の匂いに誘われてきた別の悪魔系デジモンたちが群がってくる
ダンデビモン、レディーデビモンに、うわぁ…ヴェノムヴァンデモン複数体もいる
こりゃ余程の強敵種からじゃないと従わないデジモンばかり
十中八九不死王のまわし者であろう
ボルトバウタモンは銃を手に身構えるとアポカリモンは襲いかかるデジモンたちの群れの方へ突然走り出した
「ここは任せた、この先は私一人で行く」
アポカリモンは究極体と完全体デジモンたちの群れへ飛び込む
触手を腕にまきつけデュークモンの盾イージスに形を変え、盾で技やデジモンを吹き飛ばし突破する
ボルトバウタモンが止めようとする頃にはもう彼の姿は見えなくなっていた
「ああっ!もうぉ!!いいでしょう!囮役勝ってでましょう!!!」
森の中で銃声音が鳴り響く
その音と火薬の匂いに集まる悪魔系デジモンたちをボルトバウタモンは一纏めに相手にするのであった
黒い男が森をかける
邪魔をするデジモンは殺さずに切り捨てる形でアンデッドであろうと巨大であろうと次々とはっ倒していく
胸の高鳴りが止まらない
この感覚はいつ頃以来だろう
ああ、ピコと打ち解けたあの日以来だったか…
不死王の城が見えてくる
千里眼を用いて城門から、玄関口、城内の廊下、そして不死王の寝室のベットに横たわるピコの姿を目にする
ピコの無事そうな様子を見て思わずアポカリモンは笑みを浮かべる
ピコ、待っていろ
アポカリモンの気が昂る
足元に待機していた触手の本数が増え、究極体デジモンたちを圧倒する
頭から食らいつこうとしたダンデビモンの半身を切断し、上空から襲い掛かってきたネオヴァンデモンの片腕を切り落とす
あまりの速さと圧倒的な強者感に彼を囲っていたアンデッドデジモンたちはタジタジになり迂闊には近づこうとはしなかった
そのまま城内へ足を進める
城内
ピチョンピチョンと血が流れる音が不死王の寝室からコダマする
臣下たちの悲鳴が廊下に響くとグランドラクモンは重たい腰を持ち上げあくびをしながら起床する
「やっと君の王子様が来たようだよ」
口元を赤く彩る不死王
語りかける相手はクリスタルから解放されたピコ
不死王の寝室は辺り一面血まみれで
寝室に持ち込んだ淀んだ血のスープの中でピコはプカプカと眠りについている
バァンッと重たい扉を蹴り入れ、アンデッドデジモンたちの返り血を浴びたアポカリモンが現れる
「不死王!約束通り来てやったぞ」
ヴェノムヴァンデモンの角をグランドラクモンの寝室に投げ捨てる
「案外遅かったじゃないか、昔のキミなら5時間は縮められたんじゃない?」
ザシュッ
アポカリモンが召喚した光瞬くアルファモンの武器、王竜剣
激しい光を放ちながらグランドラクモンの首がぐらりと切り落とされる
「いったぁー、挨拶代わりにしては酷いな」
「ピコを返せ」
グランドラクモンは切り落とされた首を元の位置に戻し、ピタリとくっついたのを確認すると、ゴキゴキと首回し動かす
「まぁまぁそんな怒らないで…はい返すよ」
ピコの体がグランドラクモンのデコピンで吹き飛ばされる
「ピコ!!!!」
帽子が取れる
滑り込みダッシュでピコをキャッチし、胸に耳を当て心臓の音を確認する
安心したつかの間召喚した触手全てがグランドラクモンの体を拘束する
「手荒なことをするね、ちゃんとピコちゃん返してやったのに」
「我と同じ不死を持つ王よ、お前の存在そのものを無に帰してやってやろうか」
ああ…これは、マジだわ
私の大好きなギラギラと光る黄色い瞳
怒りに満ちたアナタ
望んではいなかったけどこんな形で拝むことができようとは夢みたいだ…
ギチギチと強く触手に押さえつけられグランドラクモンの下部の獣たちが苦しみの声を上げる
あはは…流石に怒らせすぎたか…
「はぁ…分かった話すよ、一応これでも医者、だからね、キミからピコちゃんを離さないと返って周りに警戒されて治療ができなかったんだ」
なんだって?
アポカリモンは触手の拘束を解き、穏やかに眠るピコを見つめる
「ピコは何処か悪いのか?」
「デジタルワールド全てのデータを保有してるキミでさえ分からない案件さ、恐らく気づいていたのは私とアヌビモンくらいだよ」
「一体どういうことだ?」
「診察してみたらこのピコちゃん、前世が原初の女神デジモンだったらしいね」
おかしいと思わなかったのかい?
暗黒デジモンであるキミのデータを中和できるデジモンなんてそこら辺に居ない
ましてや私でさえ昔試しにキミのデータ食べた事あるけどあれは全ての生き物が受け付けるデータじゃない
「レントゲンを撮ってみたらこの子ホーリーリングが6個も埋め込まれている、しかも日に日にキミのデータを接種する度に聖なる力が増加、近いうちに天使と悪魔が混ざったヤバいデジモンに進化しちゃうかもね」
「…」
「初めて知ったでしょ?キミが到着するまでの時間隅から隅まで調べたよ。その子はキミの手元に置いておいていい子じゃない、寧ろ誰かがキミに近づかせるために用意した罠の様に私は見えるよ」
アポカリモン、キミは強い
強いが、精神はガタガタ
いつ怨念に意識を乗っ取られてもおかしくない
今回ピコちゃんを切り離した時ずっと監視していたがあのヴァンデモンが助っ人にいなかったら私の差し出した臣下たちに簡単に殺られていたよ
「キミは勘違いしているようだけど、キミがピコちゃんを作り替えたんじゃない。ピコちゃんがキミを作り替えたんだ」
「!?」
聖なるホーリーリングを身に宿す悪魔なんざ存在したことがない
これは途方もない計画
キミを操る為に仕組んだ罠だ
生きとし生きるものを恨まず善意を持ったアポカリモンという暗黒デジモンらしからぬイレギュラーなキミを逆手に、弱体化させるためにピコちゃんという弱体化させる要因を作ったわけだ
「最近体が弱ってるだろ?そして怨念が囁いてきたりしてるだろ?もうキミの器は魂を分けたもう一体のアポカリモンに過ぎない。キミが弱れば本体も弱るし、本体が苦しめばキミも苦しむ。そして問題なのが本体が消えようと器が生きてる限り怨念も勿論、完全に消えないよ」
沈黙
激しい動揺
今までの己自身の行動が全て自身の首を絞める行為であろうとは思いもよらなかった、いや、薄々この行為には違和感を感じていたがいつからだ?
いつから…
「ま、今の所ピコちゃんの異常は見られない、敵さんがいつピコちゃんに仕組んだ爆弾を作動させるのかは分からないけど、キミはどうする?」
もう今までのように一緒にいることを拒むか?
それとも敵の罠と承知で一緒にいる?
グランドラクモンは乱れた髪を束ね、ポニーテールに結ぶと混乱しているアポカリモンに小瓶を手渡す
「ピコちゃんを煮詰めて…じゃなくて、成分を取り出した言わば万が一の時に飲む安定剤さ」
予備はこれだけだから大切に使うんだよ
「お前はどうしてここまでする…」
不死王、お前はいつも突飛押しもない事件を引き起こしてはデジタルワールドを長く生き続けている
そんなお前が私のために医者を?
「はは…覚えていないと思うけど、産まれたばかりの私をキミ…いや、アナタが見つけてくれなかったら今の私はいないだろうね」
究極体でしかも不死という呪われた枷を付けられ産み落とされた哀れな私(グランドラクモン)
いっそ狂っていればいいものを、産まれたばかりの私は純粋で無垢だった
生きる理由も理解出来ずただただダークエリアをさ迷い続けていた
そんな私を拾い上げ、生きるか死ぬかの選択を選ばせてくれたのは紛れもなくアナタだ
黄色い瞳で覗かれたあの日
不死である私を哀れみ、生きるのが辛いならいつでも消すことが出来るぞ、と嘆いてくれた私の初恋相手
「不死を解明できればアナタの役に立ちたかった、ただそれだけだよ」
ピコちゃん、キミが羨ましいよ
結局不死について研究も手詰まりでここ数百年進展がない
長い時間をドブのように捨てても得られなかったあの方の笑顔を生まれてまもないキミが短期間で笑顔にさせたのだから
応援しなくちゃね
私は不死王
もし、生まれ変われたらキミみたいなデジモンになりたいな
「おかあ…いや、アポカリモン、私にできるのはここまでだ。あとはアナタが決めるんだ」
ギギギ…ドォンッと重たい城門が閉じる音が響く
ピコを抱えてデジタルワールドに戻るべきか、このままピコと離れるか…
イヤだ
「ピコとは離れたくない…」
例え罠であろうとお前とまた離れるだなんてことはもうイヤだ
「んぅ…アポ?どうして泣いてるの?」
ピコ、お前となら私はこの世界の全てを敵にまわそうとも良いと思ってしまう
「ピコ、お前のためなら私は…」
ザクッ
????「大好きなお前のために、この世を無にすることも躊躇わないって?よくぞここまで思い詰めてくれた、礼を言おう」
謎の声が脳内で響く
「ガフッ…本体が…まさか!?」
アバターと本体の接続が強制的に切れる
意識が
遠のいていく…
「アポ!?」
アァ…せっかくお前と出会うことができたのに
「ピコ…すまない…」
暗黒空間
本体アポカリモンに一筋の太刀が貫かれる
洗脳の効果を持つ忌まわしきウイルスに犯され体の動きは疎か意識でさえ制御されてしまう
クタリとアポカリモン本体が動かなくなるのを確認した黒幕は気高く笑い声を上げる
「長い間ご苦労さま、オメェはこれから俺様の手でたっぷり働いてもらう!!!」
このクソみたいな世界を破壊尽くす
俺がお前に代わって終焉の王になってやるぜ
ケラケラ笑いながら小さき破壊者の黄緑色の瞳がパッチリと見開く
暗黒が進行する
母女神のリンカーネーション
【完】
つづく