西暦2012年を境に、この世界は一つの転換期を迎えた。
電子生命体デジタルモンスター、略称デジモンの出現、彼等との衝突と和解、パートナシップの醸成。
未知の存在と人類との共存は決して容易なものではなく、現在に至っても尚両者は多くの犠牲を払い続けている。
意思を持つコンピュータウィルス。
自我を持つ兵器。
そんなデジモン達の真に恐ろしきところは、ヒトの想像するありとあらゆる事象――現実の自然現象や人工の事物はもとより、神話や御伽噺のような全くの空想すらも、自身の行使する能力というかたちで現実のものにしてしまう事。
日本警察は本庁にデジモン関連の専門部署を設立し彼等の関わる犯罪や災害の対応に当たった。
最初のデジモン出現から二十年も経って漸く施された対策であるが、従来の常識が全く通用しない電子の怪物達を相手取った末の結果だということを鑑みれば、これは十分に評価すべきことだったのだろう。
例えその過程において、倫理に悖る事が行われていたとしても、だ。
「ち、違うんだ。駐在さん、こりゃ何かの間違いだよ。俺は関係ないんだ」
「お父さん、おれ達も証拠がないまま動く訳じゃないんだよ。今度のことは全部割れてるんだ、諦めな」
制帽を目深に被り表情の見えぬこの警官は、目の前の男を『お父さん』と呼んだが、二人は親子の関係にはない。抑も、警官の父はとうの昔に鬼籍に入っている。
年配の男性を差してそう称するこの地方の習慣に従っただけだ。
「……」
観念したのか、男は推し黙ったまま両手を無防備に垂らした。
そんな彼に、警官――流雅隆(ナガレマサタカ)巡査部長は右手に警棒を持ったままゆっくりと近づいてゆく。
――今だ、撃て!
瞬間、闇の中で眩い光が閃く。雅隆の身体が大きく仰け反り、噴き上がる鮮血が月明かりに反射して青白く輝いた。
「けっ、税金泥棒が偉そうにするからだ」
倒れた雅隆を足蹴にしつつ、男は毒づいた。
デジモンを利用した電子詐欺グループ、男はその末端の構成員だった。
一連の事件に対して警察がどこまで探りをいれているのかは分からなかったが、念には念をと、一ヶ月程前から用心棒がわりのデジモンを一匹、自宅付近の林に潜ませていたのが今回功を奏した。
男にはパートナーデジモンがいなかったので、幼い甥の連れていた紫色の饅頭のようなやつを密かに連れ出し、デジモン育成師(テイマー)をやっている知人に金を渡して育てさせた。
一体どうやったのだろうか、五日後に自宅へ戻されたかつての生意気な饅頭は、袖に銃を仕込んだ人型に変わっていて、あれほどまでに反抗的だった態度も鳴りを潜めていた。
男の合図に従い暗闇の中で人間の眉間を正確に撃ち抜く――詐欺グループ云々を抜きにしても何かと後ろ暗い行いの多い男にとって、この従順で優秀なボディガードの出現と、目障りな雅隆からの自発的な接近は、まさに渡りに船だったのだ。
「おい、こんな所に死体転がしてたら拙いだろ。早く片付けろ」
男の言葉に答える声はない。
その代わりに、魂が凍るような、地を震わす低く不気味な獣の咆哮が一帯に響き渡った。
突然の事に戸惑う男の目の前で、眉間を撃ち抜かれた筈の雅隆がむくりと起き上がった。
「な、何で……」
「ド阿呆。そろそろ気付けや」
呆れたような嗄れ声と共に、雅隆の姿が、煌びやかな金と紫のローブを纏った長髭の老人の姿に変わる。
驚愕のあまり呆然とたたずむ男の胸の中央に、明らかに人間のそれではない老人の右手が差し入れられる。
「セブンス・ジュエライズ」
抉り取られた心臓が、燻んだ色の鉱石へと変わる。それを見た老人は、露骨に残念そうな表情で溜息を吐いた。
「何や汚いなぁ。ま、三下のニンゲンやったらこんなモンか」
塵でも放るように放り投げた瞬間、心臓だった石ころは炎に包まれて燃え尽きた。男の亡骸も、老人が指を鳴らすと同時に爆ぜて消えた。
「おいおい。〝ダークエリア〟の魔王様が、こんな山奥まで来て宝探しかい? 欲張りもここまで来ると逆に尊敬しちまうよ」
振り返った視線の先に立つ、ひとりの警官。
彼の背後には、狼に似た姿の巨大な獣が控え、さらにその傍らに、濃紺のターバンと白い外套を纏った人型のデジモンが倒れている。
「化けるにしても、何でおれを選ぶかなぁ……お陰でみんなから怪しまれたじゃないか。ああそうだ、あとおれ、制帽は嵩張るから普段使わないんだ」
徐に脱いだ略帽の下から現れたその顔は、正真正銘の流雅隆本人のものだった。
「それより、今のこと……いや、いくら凶悪犯って言ってもさ、生きた人間を襲って殺すようなデジモンは見過ごせねぇな」
雅隆は大ぶりなリボルバー拳銃を腰のホルスターから抜き出し、銃口を老人の顔面に向けて真っ直ぐ構えた。
「ホトケが無いやん。証拠も無しにどうするん?」
白々しく言い放った老人は、『何もありませんよ』とでもいうふうに両手をひらひらと振って見せたが、先程男の生命を奪った右手の邪悪な外観と僅かに残った黒血の跡が寧ろ彼の凶行を物語る証拠となっていた。
「そもそも〝七大魔王〟は指定危険種だ。さっきの事がなくても、どの道お前を放っておく道理はないのさ」
「適当な理由付けて殺すんか? 悪い奴やで、ジブン」
そう言いつつ、老人――魔王バルバモンは歪な右手に地獄の業火を灯す。それに呼応するかのように、狼も纏う蒼炎の勢いを更に強めた。
「油断するなよ。アイツは、さっきの〝ヤーモン〟みたいにはいかないぞ」
「分かってるよ」
雅隆の声に頷き、群青の被毛と白銀の鎧を纏った魔狼――フェンリルガモンがその逞しい四肢に力を込めて屈む。
全身から吹き出す青白い炎の高温のために融解した雪が、瞬く間に沸騰し水蒸気となって立ち昇る。
「ちょい待ち。喧嘩しに来たんとちゃうねん、ワシは」
険しい表情を浮かべる雅隆とフェンリルガモンを見遣り、バルバモンは業火を納めて不気味な笑みを浮かべた。
「久しぶりやなぁマサ。最後に会うたんは……カズの葬式の時やったかな?」
バルバモンの言葉に、雅隆は怪訝な表情を浮かべる。
「アンタ、祖父さんの事を知っているのか?」
「おう。カズは……オマエの祖父さんはな、ワシの片割れや」
そう言ってローブを捲った魔王の左上腕、色褪せた紫の腕章に刺繍された『警三六五』の金文字が、朧な月明かりに浮かび上がった。
来たか……あのフェンリルガモンかフェンリルルガモンかわからん奴が……夏P(ナッピー)です。
そういえば鰐梨さんの作品でまともに人間が出てくるのはレアなような。というか十闘士(もっと言えば『鋼』)が現時点で絡んでないのもまた新鮮。ヤーモンが進化した銃使いの人型って何だ……バアルモンか……? ていうか、このバルバモン親しみやすそうな関西弁で喋ってますが技的にX抗体版なのでは。
割と当たり前のようにデジモンを利用して人間を抹殺する世界になっておりますが、そう変わったのが2012年ということに果たして意味はあるのか。あと“ヤーモン”というのは一瞬、893を指しているのかと思ったのは内緒。警察官が主人公(?)というのは02の伊織の父ちゃんを思い出させますが、じいさんと魔王が関係してるということは、いずれユキオ的な奴が……?
最後の武御雷フェンリルガモン超かっけえ!!
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。