#1推し
かつてエベレストを登るには大量の酸素を必要とし、ボンベの重さは25kgにもなった。それでさえかなり改善されたもの、1950年代になるまでは酸素ボンベの完成度が低くてエベレスト登頂自体人には不可能だった。
本当はこんな事考えて頭使わない方がいいのだろうなと思いながら、彼女は雪積もる山を登っていた。目の前の彼女とロープで繋がれた男はそのペースを緩めない。
脚はとうに疲労でぱんぱん、酸素マスクに差し込んだ圧縮酸素データのカートリッジもそろそろ替え時。気を抜くと膝をついて立ち上がらなくなりそうだった。
そもそもここまで辿り着く為に現地に来てから三ヶ月、準備期間も一年はかかっている。
そうして、この男はなんの成果も得られない遠征を成そうと言うのだ。
彼女は、外務省電脳界局第三域部の牙留流々(はる るる)は、目の前の八田唐(はった とう)博士を強く恨んだ。
「……クロさん、牙留さん、少し止まります!」
不意に八田が足を止め、通信機越しに声が聞こえた。
「どうしました、はぁ、八田博士……」
少し休める、と思いながら牙留はそう返し、先頭を歩いていた白い毛玉から手足が生えた様なデジモン、モジャモン(個体名クロ 同種の中では耳の先端を覆う毛の色がより黒いらしい)も引き返してきた。
「雪割りキノコです! この高山植物も生えない環境に生えている雪割りキノコ……何を栄養にしているか、わかりますね?」
ゴーグルやマスクで表情は見えない、届いてる声さえ機械越し、しかし喜色満面の笑みを浮かべていることは想像に難くなかった。
「……糞ですか?」
「かもしれません! ヴァロドゥルモンの糞が下にあるかもしれないと思うとわくわくしますね。飛ぶ鳥類は飛ぶ為に常に身体を軽くしたい為、食べたものが消化管を通る時間は非常に短い傾向があります。食事する場所と同じ場所かすぐそばでするので、これがヴァロドゥルモンの糞ならば、やはりすぐ近くにヴァロドゥルモンの食事場所があるということです!」
なんでうんこにそんなにとか、理解できないと思わず口にしかけて、牙留はその言葉を飲み込んだ。
八田という男は、ほとんど文献だけの存在であるヴァロドゥルモンというデジモンを追っている。デジモン自体が私達の世界の常識から考えると胡乱なのに、さらに眉唾ものなどとなれば公的な支援などもほぼ出ない。本来ならばそれで正解とさえ牙留は思う。
実際八田はその状況で研究の為に暴走し、デジタルワールドの一部のデジモン達の反発を招き国際問題になりかけた。それでも八田は止まる気がなさそうで、犯罪者として投獄するべきという意見さえあったそうだ。
だが、それから事情が変わった。ヴァロドゥルモンというデジモンの目撃証言、デジタルワールド側の特使であるアルフォースブイドラモン(個体名同)が何気なく話したというのだ。
強力とされるデジモンは数多くいるが、組織のしがらみなどを抱えたデジモンが多い。しかし、ヴァロドゥルモンはそうしたしがらみを持たない為、もし味方にできれば他国に先立つ力、核兵器の次の抑止力になり得る上、個人の意思と身体的特徴に他所は文句をつけづらい。
戦争だからなおさらだ。筋肉ムキムキの人を見かけた時に、その筋肉で人を殺すつもりだろうと非難する人はイカれてる。その規模が大きくなったとして人権団体なんかをうまく味方につければ非難するのは差別とし、差別に屈さないと主張できる。
と、いうのがヴァロドゥルモンに期待する人達の考え。
そして八田の元に牙留が派遣された。でも派遣されたのが牙留一人なのは、期待薄だから。流石に外務省が馬鹿だけで回っていないことに安心しつつ、牙留はそれでも派遣するボケがいることに辟易としていた。
八田はその姿を写真に収めることさえできていない。
成層圏を飛ぶ六枚の翼を持った首の長い光り輝く巨鳥。人間界との戦争が始まった二日後に人間界の各国のトップの首を落としたアルフォースブイドラモンが自分達に並ぶと言う存在のスケール。人間界の環境に慣れていると脳が理解を拒む存在だ。
「貴重なサンプルです。キノコの横に高度計と定規を置いて、写真をパシャリ、少し離れたところからも取りましょう。雪割キノコはこの周囲にはあまり生えません。入ってくるとすればそれ自体デジモンが持ち込んだということになります」
糞の前で八田は興奮して早口に喋りながら写真を撮る。
「そうですか、それにしても森林限界より高いこんなところにキノコが生えるんですね……」
この位置で高さはおよそ8000m、エベレストで登山家の排泄物を分解する生物がおらず残っていることが問題になっていることを考えると、異常に思えてならなかった。
やはりこの世界は異常だ、気持ちが悪い。デジタルワールドとは一線を引くべきなのだと牙留は思いを新たにした。
「DWの神秘ですね。専門家ではないので私は生えている、ということしか知りませんが……どこか離れた場所で胞子を体につけたか体内に取り込んだヴァロドゥルモンの糞によってここに持ち込まれたということもなきにしもあらずです!」
「……古代から生きてるというヴァロドゥルモンがキノコの胞子を身体につけて常にこの近くでうんこしてるなら、もっと雪割りキノコだらけなのでは?」
牙留の言葉に、八田は、あと小さく声を上げた後、そのあとぶつぶつと、ヴァロドゥルモンの食性が近年で変わった可能性もあるし、個体数が少ない為、持ち込まれこそしても栄養となる糞が絶えてその都度絶えているという可能性もまだ、ギリギリある、希望はまだ潰えてない……などと小さく呟き続けた。
「……さて、話を戻しますが、この山でこの高度で生えている理由は、おそらく『聖なる泉』にあります」
牙留も記録ではそれを知っていた。水脈があるわけでもなく、日常的に氷点下にあるのに飲用可の液体の水が湧き出る泉。日本での水質調査では土地の影響はそれなりにあるものの、何の変哲もない湧水とのことだった。
「『聖なる泉』が先かヴァロドゥルモンが先かはわかりませんが、古代デジタルワールドの住民達はその周囲に祭壇を作りお供えをし、天空の守護者としてヴァロドゥルモンを崇めたと言います。つまり、少なくとも水飲み場……お供えを食べていたのがそもそもこの辺りで食事もとっていたならば、この辺りにヴァロドゥルモンの食事の真実があるという訳です!」
そこに張り込みをしてヴァロドゥルモンを待つ。また、糞やその痕跡を探すというのが今回のフィールドワークの目的だ。
「それにしてもよくついてきてくれましたね。以前の担当の人は何かあったら連絡してくださいぐらいの感じで、山登りまではついてこなかったのですが」
八田の言葉に、牙留はハハッと乾いた笑いをあげた。
「……それで、『聖なる泉』に来たデジモンとトラブル起こしたのは八田さんですよね」
「それはあのパブリモンとかいうデジモンが聖なる泉に毒を入れてヴァロドゥルモンの姿を捉えようなんて事を考えていたからです」
デジモンにもメディアはいる。そのパブリモンがまさにその一体だったから世論に食い込み個人の問題ではなく国際問題にまでなりかけたのだ。
さぁ、もう一踏ん張りですと言って、糞のサンプルを採り終えた八田はまた歩き出した。
牙留は大分うんざりしていたが、それでも少し休んだ効果はあって、また歩き出せた。
ベースキャンプは『聖なる泉』と高さはほぼ同じだが、500mは離れたところに、主に氷のブロックで造られ、イヌイットのイグルーのようなものだった。
「そういえば、どうして『泉』の近くにキャンプしない? 遠いぞ?」
クロは使っていない内に開けられた穴を空気中の水分を凍結させてふさぎながら、そう八田に尋ねた。
「ヴァロドゥルモンは極めて強いデジモンであると伝わっていますが、目撃例も少ない……神経質なのではと考えています。その体躯からすれば500mでも近すぎるぐらいですが……私達の観測できる距離なんかを考えると、これ以上は難しいのです」
「ふむむ、わからんがわかった。歩きでくるのは趣味か? この辺りまで乗せてくれるデジモン、少ないけどいる。俺より高いけど、準備減らせてもっと安い」
「歩いて来ないと途中でサンプルを採取しにくいですし、結局『聖なる泉』の周りは自分達で歩く必要もありますからね、準備自体は一緒ですよ」
牙留は一緒じゃないと言いたかったがそれを押し殺した。圧縮酸素メモリを人間界仕様の酸素ボンベにできれば輸送の手間や金を考えてもモジャモンを二人雇える金になる。ブリンプモン(飛行船の様なデジモン。自身で整備できる上、製造コストの回収分もない為専門のエンジニアを雇う必要がなく同等の乗り物を用意するより遥かに安く済む)を行き帰りと補給に雇えれば他の装備もかなり抑えられる。助手を一人追加で渡航させてお釣りも出るぐらいの差がある。
そも、問題を過去に起こしてなければ担当は自分でないし自分の代わりに助手連れて行けたろうし、経費の計算まで自分がサポートする必要なんてなかったはずなのだ。
恨み言を言いたかったが、この閉鎖空間は数ヶ月続く、余計な波風は立ててはいけないのだ。
それから一ヶ月、吹雪が続いた。ベースキャンプ周辺の調査さえままならず、『聖なる泉』にデジモンが一体来たかさえわからない。
八田は採取済みのサンプルを調べ、その画像を人間界の助手に送ってできる調査をさせていたが、世界を隔てる上に吹雪の中、連絡も取れたり取れなかったり。
牙留は、報告書に吹雪で何も進展もなかったという事を種々様々に書くのがどんどん億劫になっていった。
モジャモンも暇を持て余していて、牙留は聞かされ飽きたヴァロドゥルモンの話を八田からずっと聞いていた。
「イヌワシ、人間界にいる鳥なのですが。イヌワシの行動範囲は70〜200㎢と言われています。それがイヌワシが生きていくのに必要な縄張りの広さと仮定した場合の、他にも色々乱暴な比較ですが、イヌワシの翼開長は175〜200㎝ですから、30mと言われるヴァロドゥルモンとは15倍、体積比は3325倍まで考えられます。665.000㎢、直径920kmの円までヴァロドゥルモンの縄張りと考えることができます」
日本列島を縦断するとおよそ3.000km、真っ直ぐに見れば2.000kmだったかと牙留は思い出し、想像上の地図に聞いた範囲を当てはめる。中国地方から沖縄本島ぐらいまではすっぽり入る。
「そんなに広いといくらでかいっても移動もめんどそうだけどなぁ」
クロはそう呟いた。
「いい疑問です。ヴァロドゥルモンは大きく発光もする目立つデジモン、エネルギー消費もかなり大きいはずで、ただいるだけでも食事をかなりの頻度で行わなければいけない。広大な範囲を移動するならなおさら。しかし、目撃例の少なさはそうでない事を物語っている……むしろこれを最大の根拠にヴァロドゥルモンの存在は幻のとされ、否定されてきました」
八田はそう興奮して話し続ける。八田の研究はアルフォースブイドラモンの発言があるまで学会でもほとんど相手にされて来なかった。
「そこで成層圏、40,000mの高さにいるという情報が意味を持ち出すのです。この高さならば雲はなく、安定して風が流れます。50m/s地上だと非常に強い台風に匹敵するその風に乗って滑空してるとすればどうでしょう。時速に直すと、180km/s、先ほど仮定した縄張りの範囲を5時間で横断できる計算です。
「でも、そんな高いとこもっと寒い。ヴァロドゥルモンダイジョブか?」
クロの言葉に、八田はにかっとわらう。
「それも高さが解決します。逆にここまで高くなると、気温は上がるのです。ここは年の平均気温はマイナス30℃程ですが、成層圏までいくと0℃のところもあります」
加えて、と八田はさらに続けた。
「ヴァロドゥルモンはパージシャインと呼ばれる光を常に伴っているという話。私はこれが水が瞬間的に沸騰してしまう環境下での防護服の役割を果たしていると見ています」
アンデッドデジモンの研究者四垂女史によると、ヴァンデモンというデジモンは手から赤い鞭状の光を出して、それで殴打することが可能、つまり、デジモンは質量を持つ光とでもいうべき現象を起こせるということなのですと八田は補足した。
「それを踏まえても食事の回数が少ないのではという指摘、ありましたよね?」
牙留はそうぼそりと呟いた。
「……その通りです。常に光を発しているのがネックで、ハチドリの様に代謝を落としていると考えても、落とせる代謝に限界があるのです。尻尾があるようなので恒温動物と変温動物の中間のような存在として考えても同じこと……ただ、デジモン自体が摂取カロリーから見て不可思議な現象もよく起こります。エネルギーの取り出し方を考察する為にはやはり……糞が必要ですね」
八田は回収した糞のサンプルを取り出したが、その仕切りのついたケースにはいくつものバツ印がついていた。
「……ダメだったんですか?」
「はい、登山道ですし『聖なる泉』に向かう道でもありますからね。鳥とはほど遠いデジモンの糞はもちろん、人の糞と見られるものもありました。鳥っぽいのもありましたが……」
「違ったんですね?」
「まだDNA鑑定はしていませんが……おそらくディアトリモンですね。3,000m付近に棲むファルコモンというデジモンから進化するデジモンです。ちなみにディアトリモンのものに関してはペリットも見つかりました」
片手に糞、片手に未消化の毛の塊を吐き出したものを持ちながら八田はそう言う。
そういえばいたなと牙留はめぼしいコーディネーターのリストを思い出す。気性が荒い種の為長期には向かないが、200km/hの速さで走れる上頑強な為、通信途絶状態に陥っても半日内に麓に連絡がつけられる利点は少し悩んだ。
でも結局コーディネーターを二体つけられる金銭的余裕はなかったので諦めた。世界間の移動は地球の裏側に行くより時間はかからないが金はかかる。
「そういえば、ヴァロドゥルモンって何食べるんですか?」
牙留は、一応八田の論文には全て目を通している。しかし、今のところヴァロドゥルモンの食性に触れたものは八田の論文にはなかった。
「……わからないんです。糞を採取する理由の一つはその確認のためです」
「デジタルワールドに来て最初に博物館で像やら絵画やら見たじゃないですか。形態的な特徴から推測はできるのでは?」
牙留の言葉に、八田はむむむと頭を抱えてしまった。
「……確かに、可能です。でも、それは私達の見た絵画の信頼性の問題もあります」
そして、そう絞り出すように言った。
「40,000mの高所で見かけた、はアルフォースブイドラモンの証言。鵜呑みにはできませんが、古代から残る史料で天空の守護者とされていることや、中途半端な高さだと気温が低くなり過ぎることを踏まえると一定の説得力があります。でも、古くの絵画や像はどこまで信じていいかわからないのですよ」
「尻尾の存在とかもそう言ったら信じていいかわからなくなりませんか?」
「……確かに、確かにそうなのですが、口元の形状とかの細部よりも尻尾状かどうかという大きなシルエットの方がまだ信じるに足る情報と言えなくも……」
「おれ、よくわかんない。もし、信じたらどうなる?」
「有力なのは肉です。大抵のヴァロドゥルモンを描いた絵には牙が描写されています。また、地上に降りる機会が少ないだろうことと、必要とされるはずのエネルギー量を考えるとカロリーが高い肉が最有力です。あ、ちなみに生えている方じゃなく、デジモン血肉という意味での肉です」
人間界ではまずないことだが、このデジタルワールドには骨つきの肉が植物のように生える。デジモンと戦って食べるよりも普通に考えれば楽なはずだ。
「歯がない場合は?」
「……花の蜜や、ココナッツの果肉、アボカドのような高脂肪の果実なんかですかね。しかし、寒い地域ではあまりそうした植物はなく、可能性は低いかなと。先に述べた肉さえあまり自生していません。とにかくカロリーが高いもの、消化が容易なものが有力です。飛ぶのに体が重くなっては困りますからね」
まぁでも、と八田は諦めたように笑う。
「実際に見てみるまでは何もわかりません」
それを言ったらおしまいだろうと牙留は思ったが、やっぱり口には出さなかった。
「デジモンは物理学者泣かせです、説得力ある仮説も、どうなっているかを観察したデータの前にはただ頭を垂れる他ありません。だから、私達は実際のそれを求めているのです!」
八田の言葉にクロはよくわからないという顔をした。
「……よく知らないのに、そんなに知りたいのか? 人間はみんなそうか?」
「みんなそうだったらこの山は研究者のテントだらけになってるでしょうね」
牙留はそう代わりに返した。
「じゃあ、お前達はなんでだ?」
「私は仕事ですが……」
そういえば、牙留は何故ヴァロドゥルモンの研究をしているのかを聞いたことがなかった。論文には一応お題目があるが、そんなのは一般的な価値の話、八田個人の理由を牙留は知らない。
八田は、少々困ったような顔をした。そして、他の誰にも言ってないのですが、と前置きして話し始めた。
「私は過去に一度、ヴァロドゥルモンを見かけたことがあります」
「……それは、どういう?」
「知っての通り、世界間の接触が起きてすぐ、不安定でゲートが自然に乱発生した時期があったでしょう?」
有名な話だ。人間界全体で十万とも二十万とも言われる人が行方不明となり、帰ってきたのはおよそ500人、うち生存者は50人にも満たない。
被害者の身元は可能な限り秘匿され、無理に暴いて人々を先導した人物が内乱罪で無期禁錮刑になるほどに、その時点の世界の秩序を揺るがした。
「私は一日だけデジタルワールドに来ていたのです。その姿が監視カメラに映ってなかったら、幻覚だったと私自身信じそうな体験でした」
「その時、見たのか?」
「……私が見たのは、閉じかけのゲートを強引に開く七色の光、そして、ゲートに飛び込んだ際に身体がぐりんと回転しまして、虹を背負う巨鳥が空に見えたんです。一瞬だったので本当にそうだったかは……」
八田は大した理由でなくお恥ずかしいと顔を手で覆った。
それに対して、普段の牙留なら、恥ずかしくはないけどイカれてると思っただろうし、今も半分ぐらいはそう思っていた。しかし、同時にふと別の気持ちも浮かんできた。
本物でなきゃダメなんだろうか。
散々付き合わされてきた牙留は相応に、ヴァロドゥルモンの絵や像を見ている。中には確かに美術館で鑑賞するようなほうと息を呑む美しさを持つ作品もあった。
ならば、本物はどうなのだろうと。代替品で充分美しいし、仏像に感謝するように感謝するでいいのに、
そんな風に思った翌日、天気は嘘のように良くなり、八田とクロは初めて『聖なる泉』に行くことになった。
牙留は見張り(デジモン相手に守れるわけもないが)のために残った。
回復した通信にやっと進むようになった事務仕事をこなし、一息吐こうとテントの外に出た。
そして、初めて外の異常に気がついた。雪の上はただでさえ明るいが、それを押しても明るく、テントの中では気づかなかったが背後に太陽があるかのような暖かさがあった。
ゆっくりと振り返ろうとすると、何かの羽ばたく音と共に光が空へと上がっていった。
空を見上げると、そこには牙留の想像した存在がいた。
ただ、その翼は石造のそれより力強く。纏う光は絵画より鮮やかで、あっという間に昇っていく様は牙留にある種の爽快感を覚えさせた。
思わず口元が緩んでいた。目は釘付けになり、頭はただ目の前の情報をそのまま捉えるだけで精一杯。
天より高く、もはや高すぎて見えなくなるまで、牙留はヴァロドゥルモンをみ続けた。そして、見えなくなると思わずその場に立ち尽くし目を瞑った。
「ガルさぁあああああん!!!」
八田の絶叫を聞いて、意識が現実に戻ってくる。
そうだ、と牙留はあることを思い出してテントの裏側を確認すると、ふっと笑った。
「い、今あなたの後ろにッ!! テントのッ!」
ぜーぜーひゅーひゅー叫びすぎて荒い呼吸をしながらも興奮している八田に、牙留はうるさいうるさいと耳を塞ぎ、それよりとテントの裏を指差した。
「鳥は身体を軽くする為にあまり溜め込まないんでしたよね?」
まさか、と八田はそこにあったものを見て、一瞬言葉を失った後、また叫んだ。
「やったあぁ! うんこだぁぁ!!」
小学生みたいな喜び方をする八田に、牙留は前ほど辟易としなかった。少しだけ、この研究者を支える立場であることが誇らしく思えた。
これはクソ小説(誉め言葉)、夏P(ナッピー)です。
推しデジモンはヴァロドゥルモンでございましたか。俺も好きだぜ。それはともかくサラッと語られる背景の世界観が何やらなかなか面白そうな感じでした。戦争開始から二日で各国トップの首を何個も落としたって何。エベレストという単語が出てくるので、同伴していたモジャモンのクロさんはイエティとかビッグフットのポジションなのかなぁなどと。
ガルさんはデジタルワールドに対して異質なものとして嫌悪感があったような感じでしょうか。飽く迄も仕事の一環として来ていて、それはそれとして八田教授の一喜一憂する様がどこか少しだけ好ましく思えることも否定しない、そんな立ち位置。鳥だけに糞の話多過ぎですが、これも学者ならではか。明言されてなかったかと思いますがファルコモン⇒ディアトリモンの話題が出つつもヴァロドゥルモンとは繋げられてなかったの、アレはつまりそーいうことか……?
地味なれどヴァロドゥルモンの後光に対する研究でヴァンデモンの鞭を引き合いに出して論じる様が面白い。こーいう蘊蓄をずっと聞いていたい想いすらある……。
ラストシーンはとても良いもので、これはガルさああああああんも誇らしく思えるのも必然。「本物でなければダメなのか」と疑念を浮かべるフラグを建てたら即座に回収されて目を釘付けにされる流れも美しい……と思っていたら、後書きで唐突に下世話な要素ブッ込まれてダメだった。そーいうことあるのか!?
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。
こんにちは、快晴です! この度は『推し活1万弱』にご参加いただき、本当にありがとうございます!
実に濃厚なデジモン研究の物語でした。当企画においてベスト・オブ・クソ小説と見て間違いは無いでしょう。いや、この企画、今日始まったばかりなのですが。しかしこれほど見事なうんこ考察の物語がこの企画どころかこの先デジモン創作サロンに現れるかどうか……。
自分も昔恐竜にはまっていた時期があるのですが、その際もうんこから得られる膨大な情報量について何度か資料で触れられているのを見た事があったので、それらに匹敵する考察をまさかデジモン小説で拝見する日か来るとは思わず、なんとも言い難い感動を覚えるばかりです。
でも序盤の牙留さんの気持ちもよくわかるといいますか。実際に存在するかもわからないデジモンについて調べるために興味も無い過酷な研究に同行しろと言われたら内心嫌々になるのも仕方のない事でしょう。むしろ牙留さんはきっちりやっていますよ。えらいですよ。社会人の鑑ですよ牙留さん。ところでお名前の変換の際「きば」「る」で変換したのですが、まさかそういう事なんですか牙留さん……!?(勘違いだったら本当にすみません)
また、1万字以内という制約がある中、ものすごく情景や世界観がしっかりしていて、設定1つ取るだけで何本も小説が書けそうな程ですね。アルフォースブイドラモンはロイヤルナイツの中でも割と親しみやすいイメージがあるのですが、滅茶苦茶きっちり仕事をしていてひぃとなりました。
八田さんが巻き込まれたゲートの乱発生事件もしかり。というか、八田さん、滅茶苦茶運がいい側の人間だったんですね……。ついてたんですね、運……。
その中でもひときわ輝くヴァロドゥルモンの描写。直前に美術品のヴァロドゥルモンを挟んだからこそ、より一層際立つといいますか。虹を背負う巨鳥の実物は、きっと、それはそれは美しかったのでしょうね……。ここで冒頭の挿絵を見直すと、サモトラケのニケじみたヴァロドゥルモンなのがまた趣があっていいですね。彼ら彼女らの体験は、実際に現地にまで足を運んで苦労したからこそ得たものなのだと。
ヴァロドゥルモンのうんこに小学生みたいな喜び方をする八田さんに、当初「なんでうんこにそんなに」と言いかけていた牙留さんがまるきり違う心情を浮かべているのも本当に素晴らしかったです。あとがきを読むに牙留さんの気苦労はまだまだ続きそうですが、がんばってほしいですね。
あと最後になってしまいましたが、地味にクロさんが良い味を出していて、要所要所でほっこりさせられました。現地のガイド、大事。
色々と書き散らかしてしまいましたが、『『まる』より知覚、山岳にて』大変楽しく読ませていただきました。
改めて、素敵な作品をありがとうございました!
あとがき
クソ小説を読んで頂きありがとうございます。クソ小説で企画に参加することをお許しください。
お察しの通り私の推しはヴァロドゥルモンです。
さて、ヴァロドゥルモンの生態についての妄想なんてぐちゃぐちゃ書き綴りましたが、最終的には考察は考察、そこから立つのは仮説であって事実ではないので、ヴァロドゥルモンが実際にどんな生態かはそれを観測してみないとわからないんですね。
わからなくても美しければ考えとか全部吹っ飛ぶんですよね。美しけりゃいいんです。私はヴァロドゥルモンのその美しさが好きです。
ちなみに、糞からわかる情報はとても多いです。何を食べてるか、何を飲んでるか、どこで食べてるか、消化管の長さ、消化液の中身、体温その他、色々です。鳥の場合は大抵糞と一緒に尿も出ます、八田さんは周囲の雪ごとそれを採取し、綺麗な部分の雪も採取して成分比較を行わなければいけないんですね。人手と行き来する手段を用意できるお金がないので、サンプルだけ下山させて研究所にとできないのが辛いところです。サンプルを人間界に持って帰るときは八田さん達も帰る時です。
あと、男女なので多分この生活そこそこな範囲でかなり気まずいですし、研究関係のモチベが上がったのを見た周りの人からはそういう関係なのかなと思われるだろうことを考えると牙留さんはとても可哀想。でも、派遣した側としては美人の方が男を手玉に取りやすいはずという意識もあるんですね。いやですね。
ではでは、こんなところで……読んで頂きありがとうございました。次回はないですが、ヴァロドゥルモンの羽根は白いのか、透明なのか、それともというのも気になってきました。構造色の知識欲しいですね、とても欲しい。