※本作は前作「馬鹿と重力は使いよう」ほか複数の作品と世界観を共有していますが、本作単品でお楽しみいただけます。
※クロスウォーズデジモンの世代が公式で決定する前に設定が作られた作品のため、現行の公式設定と異なる描写が含まれています。
※分量が多いため序・破と区切っていますが、全て一つのお話です。完成次第「急」を投稿予定です。
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まずは、この世界についての説明が必要だろう。 かつてリアルワールドに住まう極一部の人間が、電脳世界を基盤として新世界『デジタルワールド』を作り出した。 しかし、DW歴では遥か昔に、RW歴でも何十年も前に、2つの世界の交流は絶たれた。 だが、完全に繋がりが失われた訳でもない。この世界におけるデジモンの存在意義、すなわち人とその守護者たるデジモンのパートナー関係は今もなお機能している。偶然の賜で人とデジモンが出会った例もある。 そして三大天使・ロイヤルナイツ連合軍と魔王軍の争いにより揺らいだ2つの世界は……再び繋がりを取り戻した。 「手頃な獲物の臭いがする……」 魔の眷属に名を連ねるデジモン、デビドラモンは人間界のとある街に身を潜めていた。 デビドラモンだけではない。多くの魔の存在が、アヌビモンの出奔に伴い緩んだゲートを飛び出し跳梁跋扈している。 軍規を逸脱し人間界で武勲を上げようとするデジモン。 混乱に乗じて人間界の侵略を企むデジモン。 何も分からずただただ迷い込んだデジモン。 そんなデジモンが徐々に現れつつあるのがこの世界だ。 「あれっ! あれあれあれっ!?」 デビドラモンの悪魔の耳が、素っ頓狂なボーイソプラノの叫び声を捉えた。 「もしかしてドラゴンじゃない? あれ!」 デビドラモンの四つの瞳が、人間の少年の姿を捉えた。 年は小学生から中学生にかけてか。ツンツンと尖ったヘアスタイルで、チェック柄のシャツを身に着けた少年。四角い縁の眼鏡の下から、ツリ目がちだが無邪気な輝きを湛えた緑の瞳でデビドラモンを見つめている。 「人間界ほど素晴らしい狩り場は無い……。警戒心も無ければ強くもない、ほどよい大きさの肉がこうして向こうから来てくれる」 多くの人間達が知らない間に、じわりじわりとデジモンの脅威は日常を蝕みつつある。このデビドラモンが、人間を食料としているように。 現代日本はおろか、この地球全土どこを見ても有り得ない存在を前にしても少年は一切怯えていなかった。 作り物と勘違いしているのか、好奇心の方が勝っているのか、或いは――とんでもない愚か者か。平和ボケした若者はずいずいとデビドラモンに近づいていく。 「もしかしてお腹すいてる? ごはんタイム?」 「その通りだ坊や。では、君を食べてしまおうか」 デビドラモンは冗談めかした優しげな声で語りかけた。すると、少年はにかっと笑う。 「食べるの? いいよー。おっけおっけー」 「愚かな……」 警戒心の育ちきっていない少年は、本当に冗談とでも思ったのか、軽々しくデビドラモンに返事をしてしまった。 了承を得たのだから、食い殺しても文句を言われる筋合いはない。 デビドラモンは少年の眼前でぐわっと大口を開いた。竜らしく生え揃った牙で少年を噛み砕き飲み込もうと画策する。 デジモンが日常を蝕みつつあるのならば、デジモンから日常を守ろうと奔走する者も同時に現れるのは道理だろう。 「なッ、なんだ、これは……ッ!?」 突如として発生した激しい重圧によって、デビドラモンの体はアスファルトの地面に叩きつけられた。 重いもので上から抑えつけられているような感覚を覚えるも、体の上には何も乗っていない。デビドラモンは急激に増加した自身の重みによって自由を奪われたのだ。 「貴様、何者……」 辛うじて動かせる魔眼で少年を睨む。 デビドラモンに睨まれていると気がついた少年は、歯を見せてニヤリと笑った。 本来人間にはある筈のない部位――電子機器のケーブルに似た計8本の触手を、背中から生やしてくねらせながら。 「キミ、さっきからボク“たち”の会話に混ざろうとしてたみたいだけど……ごめんね、もしかしてキミに話しかけてたって勘違いさせちゃった?」 デビドラモンの魔眼も少年には効かない。触手は意思があるかのようにうねうねと蠢き、本来の持ち主ごと少年の背中からずるりと抜け出した。 「貴様は、もしや」 小柄な少年の中に潜んでいたのは、シルエット「だけ」なら人に近いと言えない事もないが、明らかに異形と呼べる存在であった。 陽炎のように揺らめく黒髪、ヒトに似たかんばせに対し、およそ真っ当な生物には思えない巨大な紙状の腕と手。少年の背から生えていた触手は両肩から4本ずつ生えている。 上半身だけで少年の身長を軽く超している上に、しかも下半身は相変わらず少年の背中に埋もれていた。人型の怪物にしてはかなりの巨体の持ち主である。 「土神将軍、グラビモン……!」 それがデビドラモンの前に現れたデジモンの特徴。それがデビドラモンにかかる重力を操作し、彼を苦しめているデジモンの名だ。 「ほう。貴様のような田舎者も私の名を知っていたとは、ビッグデスターズの名声が世界に轟く日も近いな。それはそれとして貴様、私の脳のために糧となれ」 グラビモンの巨大な両手が、デビドラモンの全身を丸ごと包み込む。次の瞬間、今までとは比べ物にならない重圧がデビドラモンの体を押し潰した。 ワイヤーフレームがひしゃげ、体内の空気は全て抜け、もはや元が何だったのか分からない球体の肉の塊になるまで押し潰されていくデビドラモン。最終的にはグラビモンの一口サイズになるまで圧縮された。 グラビモンはそれを一切噛まずにごくりと飲み込む。 「お腹いっぱ〜い。 ごちそうさまぁ!」 グラビモンの代わりに少年が元気いっぱいに挨拶をした。満足そうに腹までさすっている。 一方、捕食した張本人のグラビモンは食後に満足する素振りを一切見せず、挙げ句「捕食(ロード)は潰して丸呑みが一番効率が良い」と淡白なコメントを残した。 「食後のデザートいっとく?」 「要らん。頭脳を一切使わん仕事だったからな。糖分は必要無い」 「なーんだ。折角パフェ食べる口実できたと思ったのに」 「お前、普段運動しない癖に何かにつけて甘いものばかり食って、その内太るぞ」 「まだ太ってないからセーフ! いざとなったらグラビモン栄養持ってってよ」 「その考えがもうデブの思考なんだバカ!」 他愛もない会話を繰り広げる、性格も種族も正反対の両者。 少年の名は高地 睦月(たかち・むつき)。1月生まれの中学1年生。得意科目は体育以外の実技科目で苦手科目はそれ以外。口癖は「ボクは天才だからね!」 デジモンの名は先述の通りグラビモン。同種の別個体ではなく、ビッグデスターズの土神将軍その人。口癖は「私は天才だからな」。 自ら天才を名乗る彼らこそが、人間界の平穏を守る使命を担ったり担わなかったりする影の功労者。 唯一無二の回路をデジヴァイスによって繋げられた二人――即ち、パートナー関係を結んだ人と人間だ。 「お腹いっぱいって、食べたのはグラビモンで貴方じゃないでしょうに」 常軌を逸する二人に向かい、しゃなり、しゃなりと人影が歩み寄る。高貴なブーツの足音へ向かって睦月は「あっ、来た来たヤッホー!」とにこやかに笑いかけた。 片や一般人の少年。片や悪名高い土神将軍。どちらも自主的に人助けをするほど殊勝な志は持ち合わせていない。 であるからして、二人に人間世界を守護するよう依頼した人物が存在する。 高級な布で設えられた白いドレスに身を包み、色素の薄い金の長髪を靡かせる、如何にも“お嬢様”然とした彼女こそが―― 「その活動が世界経済を左右するほどの大財閥、八武財閥当主の愛娘であり次期当主でもある文武両道天下無敵の才色兼備なお嬢様、八武森ノ神子羅々が様子を見に来て差し上げましたわ〜!!」 やたけ・もりのみこ・らら。 今時珍しいミドルネーム付きで名乗った彼女こそが、恐れ多くも土神将軍とそのパートナーへデビドラモンを始末するよう依頼した人物その人である。 「全く。この程度の事、私を呼ぶまでもなく忍者連中に任せておけば良かっただろう」 「斬(ざん)とグロリアは今、別の任務中だから来れないわよ。そんな訳でヒマそうな貴方たちに来てもらったワケなのよ! おほほほほ」 「天才軍師たる私が暇な瞬間など、まず無いが?」 絶滅危惧種である忍者の雇用は貴族のステータス。雇った忍者に対するその気安さから、この少女の地位の高さが伺える。 地位が高いので、グラビモンからの苦情は一切気にしていない。 「来れなかった者の話は置いといて。ここは八武財閥傘下の企業と、そこで働く人々が集まってできたニュータウン。すなわち、八武が支配する地であるも同然! しっかり守っていただいた事、感謝いたしますわ! お〜っほっほっほ!」 「こいつ、一々高笑いしないと喋れないのか?」 「わーっはっはっは!!」 「釣られ笑いか単なる便乗か知らんが、お前まで一緒になって笑うな睦月! 私の頭までおかしくなったらどうする!」 お嬢様特有の高笑いと睦月の笑い声に両耳をつんざかれ、グラビモンは頭を抱えた。 「こき使った事は、“針槐”に免じて許してほしいですわ。貴方と彼の仲でしょう?」 反省しているのかいないのか。あっけらかんとした態度で許しを求める羅々。 いつもこの調子であしらわれているグラビモンだが、今日という今日は毅然と反論する。 「貴様らいつもそう言うがな、ザミエールモンはあくまで貴様の母親のパートナーであって、貴様は“能力”さえ無ければ実質無関係の人間だろうが!」 「あ〜らあらあら、じゃあ貴方その言葉、針槐の前でも言えますの〜? 言えるんなら撤回してあげなくもないですことよ〜? おーっほっほっほっほ!」 「ぐっ、奴の親バカ……いや親ではないがとにかく癇癪に巻き込まれるのは御免だ……!」 この通り、羅々とグラビモンには近いようで遠く、しかし間に入る木精将軍ザミエールモン――個体名は「針槐(ハリエンジュ)」らしい――の意向により、決して無碍にはできない縁があった。 グラビモンがぐぬぬと反論しあぐねている隙に、羅々は睦月へ向き直る。 「で、さっきの続きなのだけれど。痛みのフィードバックがあるのは知ってたけど、お腹のすき具合まで分かるのは初耳だわ」 「うん! 最近分かるようになったんだ! お腹空いてるなとか眠そうだなとか、そういうのも何となく分かるよ!」 褒められたと解釈したのか、睦月は自慢気に胸を張って言った。 「じゃあ、逆にグラビモンも睦月さんのそういうの分かるんですの?」 「行動の95%が余計な事のこいつから一々感覚のフィードバックがあったら身が保たん! 有事を除いて回路は切ってある」 悔しがるのをやめたグラビモンがしれっと会話に混ざる。 グラビモンの発言は、裏を返せば感覚を切ろうと思えば切れるのに睦月に返ってくる分は放置しているという事でもあり、それを聞いた羅々はじっとりとした視線を送ってやった。 「って事は、ボクの行動の残り5%はグラビモンにとって大事なことって事!?」 「くそっ、こいつ隙を突くどころか無理矢理隙を作り上げてくる。そのポジティブ思考はどこから生まれてきているんだ一体?」 言葉尻を全て自分にとって都合の良い形に捉える睦月にグラビモンは辟易していた。 グラビモンは辟易していても、これこそが彼らの日常。人とデジモンが織りなす模様の一つだ。 「むっ、馬鹿な事を話している間に時間か」 「今日会議だっけ?」 睦月の背中からずるりと白く長い足が抜け、グラビモンの全身が姿を現した。 「今日は誰が来るかな?」 「向こうの時間で昼だからネオヴァンデモンの奴は来れないとして、スプラッシュモンとザミエールモンの奴と、今日は流石にドルビックモンの奴も来るんじゃないのか?」 グラビモンの後ろで空中に亀裂が入る。リアルワールドとデジタルワールドを繋ぐ空間の裂け目を開いたのだ。 「いつも思うんだけど、昼に来られないメンバーがいるなら夜にすればいいんじゃないですこと?」 「馬鹿言え。たまにだったらまだ良いが、夜に会議しに行くのはダルいだろうが」 とても自称天才軍師とは思えない、サボり魔の学生のような言い分である。 羅々からの更なる反論が飛ぶ前に、グラビモンは裂け目に向かってゆらりと宙を泳ぐ。 「話は終わりだ。私はもう行くからな」 「いってらっしゃ~い」 「いってらっしゃいまし〜」 グラビモンの巨体が時空の裂け目に吸い込まれていく。グラビモンの姿が完全に見えなくなると同時に、裂け目も閉じてその痕跡を残さず消えた。 「行っちゃったね」 「行きましたわね」 睦月と羅々が二人仲良くグラビモンを見送って、僅か2分後である。 「あれ、戻ってきたよ?」 「戻ってきましたわね」 再び時空の裂け目が現れ、そこから非常に憤慨した様子のグラビモンが這い出てきた。 「なっ、なっ……何故逆に私だけが会議に出てしまったんだあああああ!! 何故今日に限って律儀に顔を出そうとしたんだ私!」 「あ、もしかして新記録じゃない!?」 「そうですわね。一人しか来なかったのは私が知る中では初めてですわ」 何故私だけが、とは? 新記録とは? そもそも全員揃わない会議とは? 冷静に考えたら「誰が来るかな」って、来る奴と来ない奴がいるのが当たり前って事? 沢山の疑問が浮かんで止まない読者諸兄のために説明しよう。 泣く子も黙るビッグデスターズ。種族こそ違えど不思議と気の合うデジモン達が、各々の野心と軍隊を持ち寄って活動する新進気鋭(※千年の歴史を持つ他組織と比較して)の組織だが、ある問題を抱えていた。それは、「毎回いずれかのメンバーが会議を私事都合により欠席してしまうため、フルメンバーでの会議が開かれた試しがない」という大問題だ。 以下、今回の会議をすっぽかした将軍達の言い分である。 『応! 夜までに三大天使配下の駐留基地を攻略する予定であったが予想以上に手強く攻略に手間取っている故、会議には出られん! 許せ!』 『きょうも かんおけ でられなかた ごめ(※ミミズが這ったような字で書かれたメモが、棺桶の隙間からはみ出ているのが発見された)』 『悪いな。急に覇珠妃(ハヅキ)の出張が入っちまってよ、俺達もついてくから会議にゃ行けねーわ。羅々に免じて許してくれよな』 『今日会議だなと分かってたんだが、その、水底でぼーっと水面を見てたらその、夜になってて……。すまなかった……(※後日グラビモンに直接謝りに来た本人の弁)』 『今日からまた航海に出るからよ、会議までに戻れなかったらごめんな!(※一週間ほど前に書かれたであろう置き書きが、アジトから発見された)』 「こんな事なら私も会議をサボればよかった……!」 「貴方までサボったら最早そこにあるのは会議ではなく“無”ですわよね?」 「貴様、ザミエールモンが留守にしている事を知っていたな!? 何故それを言わない!」 グラビモンはザミエールモンのパートナーの肉親である羅々に詰め寄った。 母親の出張を羅々が知らない筈ないだろうに、それを一切伝えず睦月と並んでアホ面で私を見送ったのは何事だ、と。 「覇珠妃お母様が出張でおフランスに行く事も、針槐“たち”が護衛としてついて行く事も、なんならビッグデスターズの会議がある事も、もっちろん知っていましたわ。でも……」 もわんもわん、もわもわ。羅々は脳裏に緑衣の狩人の姿を、おフランスに旅立つ前のザミエールモンの言葉を思い浮かべる。 『グラビモンの奴には内緒にしといてくれよ。あいつ、この前の会議を眠いとか抜かしてすっぽかしやがったからな。その仕返しだ。って事で頼んだぜお姫様』 「というのが針槐の希望でしたので……私はそれに従ったまでよ」 「ぐぎっ、ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎ」 全ては身から出た錆ですわよ! と突きつけられて今度こそグラビモンは何も言えなくなる。 ちなみにこの間、睦月は特にフォローを入れるでもなく、二人の会話を聞いてけらけら笑っていた。 「では会議に出なくて良くなったついでに、次の任務のお話をしましょうか」 「はあ!? まだあるのか! というか私は会議に出たが?」 グラビモンは嫌悪感を露わにする。グラビモンの本日分の我慢はもう限界だった。羅々の話はもう聞きたくないとばかりに踵を返し、閉めたばかりの異空間ゲートを再び開く。 「お待ちなさい! これは非常に真面目な任務、天才のあなた方にこそ頼みたいのよ!」 「天才!?」 天才。その言葉を聞いて睦月は目を輝かせた。天才を自認する彼にとって、「君が天才だからこそ頼む」は最強の殺し文句だ。 グラビモン自身は拒絶したにも関わらずパートナーがまんまと釣られてしまったので、これはまずいと空間移動を思い留まる。 「こら! こいつの自己肯定感をみだりに刺激するな!」 そして、「天才」として扱われる事に喜びを覚えるのはグラビモンも同じ。 表面上は未だ怒っているように見せかけているが、本心では満更でもないようだった。自覚があるのか無いのか、話だけでも聞いていこうとする姿勢を見せている。 「天才に頼みたいのは本当の事ですのよ? だってこれは……七大魔王が一人、“傲慢”のルーチェモン直々の依頼なんですもの」 ルーチェモン。その名が出た瞬間に場の空気が一変する。グラビモンは勿論、睦月でさえも真剣な面持ちを浮かべて羅々の顔を見ている。 「あのルーチェモンが、何を求めていると言うんだ?」 ルーチェモンと言えば、デジタルワールド全土でも一二を争うビッグネーム。七大魔王の中でも最強と呼ばれる存在だ。 そんなデジモンの依頼とくれば、きっとただ事ではないのだろう。好奇心の塊の二人は興味を持たずにはいられなかった。 「詳しい事は後で“風香”さんから直接聞いて頂戴な。ルーチェモンに会って話したのは風香さんとブラストモンだから」 羅々はそこまで言うと、懐中時計型のデジヴァイスを取り出した。蓋をくるりと回して時間を確認し、再び懐へ仕舞う。 「そろそろヴァイオリンのお稽古の時間ですわね。私から引き留めておいてアレですけど、もうお開きにしましょうか。今日はご迷惑をおかけしてしまってごめんあそばせ! 依頼が終わった後にお会いしましょう、お〜っほっほっほ!!」 「こいつ、高笑いしないと謝る事も立ち去る事も出来ないのか?」 羅々は姿が見えなくなるまで、そして見えなくなってもなお聞こえてくるほどの声量で高笑いしながら去っていった。 ここが八武財閥の息がかかった地域でなければ不審者扱いされていただろう。
次の日の昼下り。睦月はとある町を訪れていた。自宅からバスと電車で行く距離にある町だ。八武財閥から後で交通費をもらえるので、いくら乗り継いだり途中の駅で買い食いしたりしても問題無い。 グラビモンは何故か白昼堂々と姿を晒しており、平然と睦月の隣に立っている。正確には僅かに浮いている。 待ち合わせ場所の公園の前で二人待ち惚けていると、やがて待ち人が姿を現した。 「あれぇ? 二人とも早いねぇ」 待ち人――底抜けに明るい笑顔の少女が、睦月達に向かって手を振っている。そして二人に向かって駆け出した。 シンプルな白いワンピースの裾を跳ね上げ、大きなポシェットを揺らして走る彼女の姿が近づいてきた。 彼女の走りに追随するように、岩と宝石で出来た頭だけの奇っ怪な生き物も、ぴょんこぴょんこと跳ねて来る。 「お待たせしました! ……二人とも、まだ集合時間の結構前だよ?」 「レディーを待たせないのは天才の基本だからね!」 睦月はキメ顔でそう言うが、実際は「睦月がバカやらかして時間を食うのは目に見えてるから早く行動しよう」と思ったグラビモンの判断である。 結局、睦月は何もやらかさなかったため早めに着いてしまったが、そこらのエピソードは別に話すまでの事でもなかったのでグラビモンは特に言及しなかった。 「パパのガードをすり抜けて来るのは慣れたものだよぉ。……ほんとは、あんまりやりたくないけど」 胸を張りつつ、父へ申し訳なく思う気持ちを隠せない彼女の名は風峰 風香(かざみね・ふうか)。 「お義父さんは過保護だからなァ。おかげで俺様もこっそりひっそり首だけ生活よォォォ。……って、グラちゃんはなんで白昼堂々と出てきてるワケぇ?」 首だけの癖に器用に動き回るこのデジモンは、ブラストモンと呼ばれるデジモン……の、分身。彼(の本体)は風香のパートナーデジモンだ。 この2名もまた、睦月&グラビモンと同様に八武羅々の協力者である。 「私はグランドチャンピオンではない! 私の姿は対人間用迷彩プログラムで一般人には見えないようになっている。だからこの通り、私は睦月を離れ自由に歩き回れるという訳だ」 「そんな……。俺様の今までの努力が泡と消えていく……」 「貴様は首だけにでもならんと生活すらままならんだろデカブツ」 ブラストモンはグラビモンに塩対応され傷心の様子だ。グラビモンが誰に対しても基本的に上から目線で冷たいのは周知の事実であるため、5秒後には何事も無かったかのように立ち直ったが。 「うんうん。うむうむ。みんな、積もる話もあるだろうけど……。そろそろ天才に相応しい依頼について、話を聞こうじゃないか!」 「最後に会ってから一週間も経ってないのに何が積もる話だ」 睦月の鶴の一声で彼らは公園内の東屋に移動し、そこで腰を落ち着けた。 「おやつ食べながらお話しようよ」 風香はにこにこと上機嫌でポシェットの口を開く。中から取り出したのは市販のビスケットだ。 「やった! ありがと!」 「こういう所は気が利く奴だ」 睦月とグラビモンはそれに迷う事なく飛びついた。「頭脳労働には糖分が不可欠」とはグラビモンの弁だが、実際の所、二人共甘い物がお好みなのだ。 「飴っこもあるよぉ。ブーちゃんの宝石も今上げるからねぇ。はい、あーん」 風香は、睦月とグラビモンのコンビが糖分を欲しているのをよく知っていた。気持ちよく仕事をしてもらうためにも、こうして会うたびに甘味を差し入れている。 お菓子の他に色とりどりの宝石の欠片も一緒に取り出し、頭しかないブラストモンに手ずから与える。 この通り和気あいあいとした雰囲気が生まれたが、いざ話すとなると緊張するのか風香とブラストモンの表情も真剣になる。 聞く方の睦月も釣られて居住まいを正した。グラビモンだけが普段と一切変わらない不遜な態度だ。 「これからお話しますのは聞くも涙、語るも涙のスペクタクルストーリーだよぉ」 「これだけで映画を一本作れちゃう感動巨編だァァ……」 「そういうのはいいから朝のニュースくらいに短くしろ」 売り文句を真に受けて期待している睦月と、心底「そういうのはいいから」と思っていそうなグラビモンの対照的な二人を前に、追憶の物語が始まる。 ◆◆◆ 場所はルーチェモン城の応接室。定番の絵画や置物が全部ルーチェモンをモチーフにした物である事を除けば、人間界の城や豪邸でも見られるような豪奢な応接室だ。 風香とブラストモン(の本体)が待っていると、天使由来の輝く粒子を身に纏ったルーチェモンが華麗に姿を現した。 『やあ! バルバモンから話は聞いているよ。君達がデジタルワールド内外で手紙を届けるついでにデジモン絡みの困り事を解決してくれるという“手紙屋”だね?』 風香とブラストモンがどのような立場でルーチェモンに謁見したのかは、今しがたルーチェモン本人が解説してくれたため地の文では割愛する。 意外と気さくなルーチェモンは、風香とブラストモンへ椅子に座るよう促し、二人が座ったのを確認してから自らも向かい側に座った。上座側に。 流石魔王城の椅子、ブラストモンのような超重力級デジモンが座ろうがビクともしない。 『僕はね、初対面の相手にはアイスブレイク代わりに必ずしている質問があるんだ。……君達が思う、世界一美しい人物とは誰だい?』 ルーチェモンが長く繊細な睫毛の生えた瞼でウィンクしながら問う。それを見たルーチェモンの部下デジモン達は震え上がった。 これは魔の質問。僅かにでも答え方を間違えたら、ルーチェモンはたちまち激怒し戦闘を開始するだろう。サタンモードVSブラストモンの怪獣大戦争に巻き込まれて死にたくなんかない。 一方で風香とブラストモンは、初対面の相手に対して緊張してはいたものの恐れは抱いていなかった。恐らく「アイスブレイク」と言われたのを真に受けているし、周りが戦々恐々としているのも気がついていない。 『えーっとォ……、美しい人物っていうのはああァァァァ……』 よりによってブラストモンの方が口を開いたので部下デジモンは針のように縮み上がった。 『ふーちゃんと、俺様ですかねぇ……』 『……ふふっ』 ルーチェモンは柔らかく微笑んだ。かつて誰からも愛された最高位の天使の笑みだ。 『真っ先にパートナーの名を挙げた点はいいね。美しい愛情を感じたよ。だが、もしこの問いに正解と不正解があるならば、残念ながら不正解だ』 『そんな……!』 部下デジモン達も心の中で「そんな」の大合唱だ。 『いいかい? 君が答えるべきだったのは「“ルーチェモン様と”、君と、彼女」。これが正解だ。今回に限らず、美しいと思うものは何かと聞かれた時には僕の名前を真っ先に挙げる。これは全世界共通のマナーなんだよ!』 『なっ、なんだってーーー!!!!』 部下デジモン達はずっこけた。ルーチェモンは常に自分の美しさに夢中なので、後ろでいくらずっこけても不敬な発言さえしなければ気付かれはしない。 『知らなかったそんな事……、俺様山育ちだから……』 『ふわわ衝撃の事実だよぉ……。大変勉強になりました、教えてくださってありがとうございます!』 驚くべきか案の定と言うべきか、風香とブラストモンはルーチェモンの言う事を一切疑わずに真に受けていた。それどころか、いたく感激して感謝までしている。 『いいんだよ。これから覚えていけばいいのさ!』 ルーチェモンの方も、自分の言葉で相手が泣くほど感激したのでえらく上機嫌だ。 部下たちはこれで一安心と平常運転に戻る。 『早速練習してみよう! 世界で一番美しいのはだーれだ?』 『押ー忍! ルーチェモン様とふーちゃんと俺様でえええす!』 『凄いよ一発で言えたじゃないか! もう一度やってみよう。世界一で一番美しいのは―― 「もういいやめだやめだやめだーっ! 初対面のどうでもいい会話の所から全部話す奴があるか! 飛ばして依頼の部分に入れ! それからどんな時もルーチェモンの美貌を褒め称えるのは普遍的なマナーでは無い!」 本題には一切関係無い語りに遂に限界を迎えてグラビモンは激昂した。ルーチェモンが教えた偽マナーへもご丁寧に訂正を入れる。 「そんなぁ! 私達の2時間の努力が泡と消えていく……」 「2時間もやったのか? これを!?」 ルーチェモンから教わった衝撃の事実を嘘だと断言され、風香とブラストモンは非常に大きなショックを受けた。グラビモンは逆にこんな事でショックを受けられた事にショックを受けた。 グラビモンと睦月が正反対のコンビであるなら、風香とブラストモンは似た者同士。リアクションもこの通りそっくりだ。 「でも、グラビモンもグラビモンで割としっかり聴いてたよね! ツッコむタイミングも探してたし!」 「うるさいうるさいうるさいうるさい」 睦月の茶々が入った途端にグラビモンが「うるさい」としか言わない機械と化してしまったため、風香とブラストモンは仕方なく依頼に関する部分から語りを再開した。 なんだかんだ言って、話を進める気はちゃんとあった。 『ベルフェモンが死んでからというもの、ベルフェモン軍の混乱が収まらなくてね』 記憶の中のルーチェモンは、部下に淹れさせた紅茶を一口飲んでから本題を切り出した。 『元々ベルフェモンのカリスマで纏めていた集団だから、誰が代理でトップに就こうと好き勝手する奴が必ず現れるんだ。その中の一派が面倒な事に人間界……リアルワールドへ逃げ込んだのさ』 ルーチェモンの表情が曇る。憂いを帯びた顔もこの魔王にかかれば絵になる。 『ベルフェモンと言えば睡眠だろう? ベルフェモン軍でも睡眠や夢に関する研究が盛んで、逃げた連中も研究者の一派なんだ。彼らはどうやら、人間達を実験台にするつもりらしい』 人間達を、と聞いて風香の顔色が一変する。それを見逃すルーチェモンではなかった。危険分子の印象を決定付けるべく一気に捲し立てる。 『僕達魔王は個人と取り引きする事はあっても、人間の生活を脅かす真似はしたくないんだ。故に、人間界への侵攻は軍規で禁じている。しかし彼らは目先の利益と欲望に負けて人間に手を出してしまった。本当は僕自らが彼らに美しく処罰を下したいところなんだけど、強さ的にも立場的にも人間界に渡航した場合の影響が大きすぎてね……。しかも連中、ご丁寧にデジタルワールドからの干渉を防ぐ防御壁を張ってるからここにいたままでは手も足も出ない。だから……』 『リアルワールドでも活動可能な私達に、直接そいつらを懲らしめに行ってほしいって事ですね』 『その通り!』 風香の瞳に決意が宿ったのを確認し、傲慢の魔王はにっこりと微笑んだ。 『ただ懲らしめて連れ帰るだけじゃないよ。一体のデジモンが抱えられるだけの恐怖と後悔を植え付けてあげるんだ。連中が持ち込んだ物は目標も欲望も研究機材も全部ぶち壊して、二度とこんな真似をする気が起きないよう、徹底的に打ちのめしてあげてくれたまえ』 いくら気さくな態度だろうと、いくら滑稽なまでのナルシストであろうと、その根底にあるのは魔王の魂。ルーチェモンの蒼い瞳の奥には愚かな反乱分子への怒りが渦巻いていた。 『一切合切ぜ〜んぶ完膚無きまでに破壊する……それなら俺様の得意分野よ』 ブラストモンは待ってましたとばかりに拳をガツンと打ち合わせた。 『ふふ。頼もしいことこの上ないね。ブラストモンは強力な種族だけど、君達はプロだから人間界への影響は気にしなくて大丈夫だよね。ところで……念の為聞いておくけど、君達はあくまで中立で、他の組織との内通を疑わなくてもいいんだよね?』 『もっちろんですよぉ!』 風香は迷わず答えたが、これは後にビッグデスターズのグラビモンへも伝わる会話であり、即ち虚偽である。 ◆◆◆ そして場面は再び現在へ。 「なるほど。つまり元魔王軍が相手になる。つまり……対魔王軍のデモンストレーションに最適という事か」 風香の話が終わり、さっきまで仏頂面だったグラビモンの口角が吊り上がる。 奇策を生み出すために生まれた軍師は、此度の任務に関われる事に喜びを見出していた。 「確かに私が関わる甲斐のある仕事だな」 パートナーが嬉しそうにしているのを確認して、睦月もにやりと笑った。 「そいで場所ももう分かってるんだよぉ。……ここ!」 風香は紙の地図を取り出し、ある一点を指差した。 その場所はとある中小企業の社屋と工場。現在地から見て県境を跨いだ先にある。 「反乱分子達はね、ここの工場を乗っ取って従業員さんを人質にしてるみたいなんだよぉ。騒ぎにならないように八武財閥の力で情報工作したり、工場から半径3kmのを封鎖したりしてるって」 「半径3km!? 逆に目立つだろ何を考えているんだ八武は。町ごと買収でもする気か?」 今まで散々説明してきた通り、八武財閥は大財閥である。八武にかかれば県を跨いだ移動も被害者家族や警察への虚偽の説明も、スケールが大きすぎる人払いもお手の物だ。 金に任せたゴリ押しの手腕には流石のグラビモンも度々難色を示していた。ザミエールモンにどやされるので、本人達の前では決して言わないが。 「工場の構造とかセキュリティとかは、“斬先輩”と“グロリア”ちゃんが調べてくれたよぉ。後は現地で合流してから話しましょうだって」 「斬パイセンの仕事ってそれだったんだ!」 「流石奴は良い仕事をするな」 ◆◆◆ そして場面は当日の夜へ。 八武財閥による迅速かつ快適な輸送により、一行は現場の工場、その手前の道路に辿り着いた。 電柱や道路標識が立ち並び、工場以外に住宅も店舗も並ぶごく普通の町中の道路。しかし、そこに人の気配は一切無く、工場以外に灯りのついた建物は殆ど無かった。 「本当に半径3キロ丸ごと人払いしたのか……」 グラビモンは周辺をきょろきょろと見渡して、呆れた顔をしてみせた。 集まったのは昼と全く同じメンバーだ。車は出しても羅々本人の姿は見えない。 「思ったより早かったじゃないか」 ふと言葉を投げかけたのは、グラビモンのものでもブラストモンのものでも、ましてや睦月の声でもない男性の声。 声の主の気配の発生源は――上。電柱の上にその男はいた。 「斬先輩!」 睦月と風香が声を合わせてその男の名を呼ぶ。 夜空の色に紛れる紺藍の忍装束を身に纏い、顔を頭巾で隠したその男は正に忍者。 そう、彼こそが度々会話に名前だけ出ていた、世にも珍しいデジモンに理解のある忍者こと「斬」だ。 そして斬の背中から、ひょっこりと何者かが顔を覗かせる。 「私もいまーす」 斬の背中に捕まっていたのはなんと、とても忍者には似つかわしくない派手な色合いの生き物だった。 鮮やかな花と爬虫類の中間の姿をしたデジモン、フローラモンと呼ばれる種だ。 「やっほーグロリアちゃん!」 彼女の名はグロリア。斬のパートナーデジモンであり、こう見えて忍者としての斬の良き相棒でもある。 性格どころか存在自体が何もかも正反対の二人はどのような活躍を繰り広げてきたのか。それはまた別のお話。 斬は電柱から体操選手もかくやの身のこなしで飛び降り、高低差もものともせず静かに着地した。子ども達から盛大な拍手が送られる。 「貴様が出てきたという事は偵察は終わったと見ていいんだな」 今度はグラビモンが斬を見下ろしながら言う。 「無論だ」 斬は両手を懐の中へ突っ込んだ。小さな金属同士がカチャカチャとぶつかり合う音が聞こえて、懐から何かが取り出される。 斬の両手いっぱいに握られているのは鍵・鍵・鍵・鍵・鍵・カードキー・そしてUSBメモリ。 「じゃ〜ん! 斬と私で、工場の中身を全部筒抜けにしちゃいました~!」 至って冷静な斬に代わって、グロリアが斬の功績を自慢する。子ども達とブラストモンからひゅーひゅーと歓声が飛んだ。 「建物の見取り図、人質の場所、電子ロックの解除コード、ターゲットの種族構成、目的、その他諸々は全てデータにまとめておいた。お前は言葉で説明するよりこちらの方が都合が良いだろう」 「気が利くじゃないか。では、そいつを寄越せ」 グラビモンが斬の身長ほどに大きい巨大な手を差し出す。 斬はUSBメモリだけをグラビモンに渡し、残りの鍵は全て懐に再び仕舞い込んだ。 「おい、どういうつもりだ」 「これの鍵は別件で用があって手に入れた物だ。物理鍵なら睦月が開けられるから問題ないだろ。な、天才少年」 「もちろん! 忍者にさえ一目置かれる天才のボクに開けられない鍵は無いのさ!」 睦月は大好きな褒め方をされて上機嫌で胸を張る。グラビモンは渋ってはいたが「こいつが鍵開けに有用なのは事実だしな……」と引き下がった。 「ついでに複数の仕事をこなしていくとは、流石は現代に生きる忍者様だな。また企業スパイの依頼か?」 「……そうだな。盗聴される危険も無いし、話してしまってもいいか。まず、今回侵入した工場を所有する企業をA、そのライバル企業をBとする」 斬は周囲を見回す素振りをしてから忍者の仕事について語ってくれた。 「俺は企業Bから、ここ工場Aの情報を盗むよう依頼されている。デジモン絡みの事件に便乗して盗んだ情報とこの鍵を企業Bに渡して俺は報酬を得る」 斬は鍵を再び取り出してジャランと鳴らした。 「助けるフリして実はスパイだったなんて、忍者すげー怖いね!」 「大人って怖いよぉ」 「どうしてそんなにひどいことするの?」 子ども達+生首は三者三様の反応で斬の犯行に恐れ慄く。忍者の仕事ぶりに対するコメントであり、褒め言葉代わりに言っているようなものだ。実際、忍者すげー! とは思っても対して怖がってはいない。 「依頼は企業Bの上層部複数人によるもので情報もそいつらに渡す予定だが、実はその中に企業Aのスパイが紛れ込んでいる。俺は企業Bにある程度嘘を織り交ぜた情報を渡し、機密情報が守られたとスパイ経由で確認した企業Aから報酬を得る。そして企業Aのスパイを裏切り、企業AとBそれぞれにスパイの存在を報告して両社から報酬を得る。これら一連の流れで得た情報は第3の企業Cに報告し、企業Cからも報酬を得る。流石にここまでやれば企業の内部が滅茶苦茶になり俺の立場も危うくなるが、その頃には八武が混乱に乗じて三社の買収と下部組織としての再編を行い、全てがあやふやになる。俺は八武から企業の買収を助けた報酬を受け取る」 斬は長々と話すだけ話してから、やっと聴衆の様子を伺う。 「よく分かんないけど、めちゃくちゃ汚い事してるのは分かった! ボクは天才だからね!」 「しかも結局八武絡みだったよぉ!」 「どうしてそんな酷いことするの?」 ここまで来ると流石に本気のブーイングが飛んだ。斬はどこ吹く風で「ちなみにここでも言えない内容の依頼も何件か絡んでいる」と言ってのけ、グロリアは斬に代わって「すごいでしょ」と自慢気に笑っている。 案の定、グラビモンは冷淡に子ども達の言い分を冷淡に切り捨て、斬の肩を持つような態度を取った。 「ふん。貴様ら人間のガキ共が争いと縁が無さすぎるだけだ。この程度の裏切り、デジタルワールドにおいては権謀術数の範疇にすらない」 ドヤ顔で語ったグラビモンだが、味方のつもりでいた斬から思わぬフレンドリーファイアが飛んでくる。 「だがここからは、私の策の手駒として――」 「いや、俺達はもう帰る」 「は?」 虚を突かれたグラビモンは、斬の顔と残される間抜け顔トリオを見比べて、再度「は?」と言った。 「ルーチェモン直々の依頼なんだろ? これ以上派手に動いて存在を認識されたくない。戦の行方を左右する魔王と関係を持つのは、立場上リスクが高すぎる」 「そうそう。忍者は個人の仕事の結果には責任を持つけど、大局の責任は持てないの」 グロリアの追撃があってもグラビモンは未だにに納得出来ないようだ。 「私もリスクを背負って自ら乗り込むんだが……」 「それにもう給料分の働きはした」 そう言って斬はグラビモンに渡したUSBを指差した。 「それには今回の俺の仕事の全てが詰まってる。それさえあれば俺がいなくても問題無い」 斬の姿が消えた。 辺りを見回すと、いつの間にかグロリアを抱えた斬が、民家の屋根の上からこちらを見下ろしている。 「針槐風に言えば『俺達がフランスにいる間、お姫様をよろしく頼むぜ?』といったところか。じゃあな頑張れよ」 「デビドラモンなんかもいたから、気をつけてねー」 言うが早いか、斬は民家の屋根から屋根へと飛び移り、見る見る内に遠ざかる。 やがて忍者らしく夜の闇へと消えていった。 「あいつ、最後の最後に無駄に似てる声真似を披露していきおって、じゃない、本当に帰りおって……。しかもあいつもザミエールモンとグルじゃないか!」 ザミエールモンにサボタージュされたのを想起させられ、苦虫を噛み潰したような顔で斬を見送るグラビモン。 残る二人と一生首は斬との別れを惜しむでもグラビモンを心配するでもなく、どこか他人事のように今後の動向を問うた。 「あ〜らら、行っちゃったァ」 「忍者ってほんとに屋根の上走れるんだねぇ」 「どうするグラビモン! 忍者行っちゃったよ! 天才はいるけど!」 おバカ、能天気、そして超がつくおバカ。忍者と比べるとひどく頼りなく思えるメンツだ。 しかし、土神将軍は「出直す」「諦める」とは一言も言わず―― 「フン! 一人二人消えたところで破綻するほど私の策はヤワではない! 奴が金にシビアなのはいつもの事だ。奴が残した情報と、貴様ら馬鹿どもを使い倒して工場を逆に制圧してやろうじゃないか!」 負け惜しみか、それとも軍師としての意地か。グラビモンは魔窟と化した工場へ向かって堂々と勝利宣告をしてみせた。 「グラビモンならそう言うって分かってたよ! ボクは人心掌握の天才だからね!」 睦月は眼鏡をクイと直しながら、にやりと不敵に笑うのだった。 ◆◆◆ 「睦月! パソコンを寄越せ!」 「アイアイサー!」 言われて睦月が取り出したのはノートパソコン。彼らが外で仕事をする際に愛用している品だ。 グラビモンはパソコンに斬のUSBを突き刺し、保存されたデータの確認を始める。 「見取り図に使用した侵入経路を示したもの、警備デジモンの配置、人質にされた従業員の居場所に、連中の会話から発覚した事実――ただの会話ログだけじゃなくて声紋認証に使えるようなデータまであるぞ? 見聞きしたもの全部ここに詰め込んだか、気前が良いなあの忍者。さてはあいつ、この仕事で相当儲けたな」 「忍者の給料何円じゃ?」 「ギリギリ駄洒落になってない駄洒落で返すな。――斬が用意してくれた情報を踏まえて、こういう作戦はどうだ?」 グラビモンは己の頭脳が組み立てた策を、工作員達に語った。軍師として、何より将軍として、それはそれは雄弁に。 3名はこくこくと頷きながら、あの睦月でさえも大人しく耳を傾けている。 「と、まあ、こんなところか。作戦の前に睦月、お前もこれを見ろ」 グラビモンは画面に施設内の見取り図とデジモンや人の配置図等を映し、睦月に見せた。 「ほーほー。へー。へ〜! OKOK」 睦月は見せられたものを一通り見終わると、グラビモンに向かってニカっと笑った。 「何があるか分からないからな。パソコンを開ける内に見れるだけ見ておけ。中へは私と睦月だけで行くから、貴様らは外で待機していろ。役割は――」 グラビモンは風香とブラストモンにも役割を与え、説明する。 内容を理解した二人はビシッと敬礼して(ブラストモンはあくまでそういう気持ちで)、承服する意を示した。 「合点承知の助だよぉ!」 「何かあったら呼べぇぇぇ……。寂しくなっちゃうからぁぁぁぁ……」 「寂しくなる暇も無くすぐに出番を用意してやる。期待して待っていろ」 そしてグラビモンは睦月に向き直る。 「貴様の役割はこうだ――――」 睦月はグラビモンから聞かされた言葉を反芻し、飲み下し――そしていつも通りに自信満々の笑みで 「まっかせてよグラビモン! ボクは天才だから頼まれ事はなんだってこなせるのさ!」 「頼んだぞ!? 本当に頼んだぞ!? 頼むから訳わからんハッキングで工場丸ごと吹っ飛ばすオチだけはやめろ」 グラビモンの言う事が分かっているのかいないのか、睦月は「うん。そう。そーねー」と曖昧な返事をする。 「じゃ、作戦開始って事でオッケー?」 一応確認は取りつつ、しかし足は既に工場の方角へ向かっている。好奇心に従い生きる少年は、逸る気持ちを抑えられないのだ。 「お前が仕切るな。作戦開始は私が宣言する。作戦開始だ」 グラビモンが号令を掛けたその瞬間に、睦月の緑の瞳が爛々と輝いた。工場に向かって一目散に駆け出したその姿は、まるで「待て」を解かれた子犬のようだ。 グラビモン達は歩く速度で睦月を追い掛ける。 最終的に、睦月は工場を囲むフェンスの扉の前で足を止めた。扉はしっかりと南京錠で閉じられている。 「じゃ、早速開けまーす」 睦月はポケットに手を突っ込んで、細長い形状の何かを取り出した。至って普通の針金だ。 その針金を錠前の穴に突っ込み、カチャカチャと中で動かした。いわゆるピッキングだ。 ほどなくして錠前はあっさりと天才少年の手腕の前に陥落した。 「らっくしょー!」 「フン。貴様の数少ない取り柄なんだ。この程度楽勝で当然だ」 外した錠前を嬉しそうに掲げる睦月をグラビモンは軽くあしらう。しかし、遠回しだが確実に褒めている。 「じゃ、早速侵入する?」 「待て。斬の事だからお前の身体能力を考慮に入れてルートを作成しただろうが、私はお前の体力を信用していない」 抑えの効かない睦月を諌めるように、グラビモンの触手が睦月を小突く。すると、睦月は軽く浮遊感を覚え、体が普段より楽に動くのを感じた。 「もしかして軽くしてくれた? ありがと!」 「器官に影響が及ばない程度の微小な変化だがな。壁登りが楽になるようにはしてやったが、貴様の運動センスが向上した訳ではない。無茶は出来んぞ」 「大丈夫。ボクは天才安楽椅子探偵だからね。そこんとこは弁えているのさ」 睦月は基本的に何にでも自信満々な少年だが、運動にだけははっきりと苦手意識を感じていた。 「さて、無駄に大掛かりな人払いのせいで連中の警戒心が上がっていたらしいが、限界まで警戒してもらうとしよう」 今度はグラビモンが笑う番だ。 彼は巨大な手で睦月を持ち上げ、そのままフェンスを超えて工場敷地内へ侵入した。 「がんばってねぇ」 「がんばれよぉぉぉ」 風香とブラストモンに見送られながらの侵入劇が幕を開ける。 なんと、グラビモンは正面から堂々と工場入り口へ向かって行った。