あまりに浅はかであった。 少女は人間の身でありながら、単身敵のアジトへ乗り込んだ。結果は火を見るより明らかだった。 昆虫型デジモンが守護する白亜の城。侵入に成功したはいいものの、僅かな段差を見落とし、つまずいて、声を上げながらすっ転んでいたところを捕えられた。 十体ほどのスティングモンと統率個体のジュエルビーモンに取り囲まれて、少女は為す術を失った。 「“飛んで火にいる夏の虫”……って、虫から言われちまった気分はどうだ?」 ジュエルビーモンはせせら笑う。スティングモンには「スパイキングフィニッシュ」に用いる棘を突き付けさせ、自分自身も槍の穂先を少女の眼前でちらつかせる。 少女は小さな口から、べえと舌を出した。 「今のあんまり面白くないよ」 「うるせえ、俺だって笑わせたくて言ったんじゃねえやい」 ジュエルビーモンの手が“うっかり”動いて、少女の頭髪を掠めた。橙色の毛髪が数本、宙を舞う。 それでも少女の栗色の瞳は揺れない。 少女は捕えられた時も「きょとん」としていたし、武器を突き付けられた時も怯える様子を見せなかった。事の重大さを理解していないのか、或いは、肝が据わっているのか。 「無駄に度胸だけはある、ように見えるが……どうせ、一人に見せかけといて近くにパートナーデジモンが潜んでるんだろ」 「ぎくっ」 余裕の表情を見せていた少女があからさまに動揺した。どうやら、腹芸の類は苦手なタイプらしい。 「もう少し隠す努力をしろよお前。……おら、出て来いよ。てめえのパートナーがどうなっちまっても知らねえぞ」 ジュエルビーモンは、どこかに隠れているであろう少女のパートナーデジモンを煽った。 あまりに浅はかであった。 戦士であるならば、パートナーデジモンの属性を、人間の見た目の属性で決めつけるべきではなかったのだ。 吹けばたんぽぽの綿毛のように飛びそうな少女であったとしてもだ。 そのパートナーデジモンが小さな犬猫でもなく、美しく咲き誇る花の妖精でもなく、姫を守る騎士でさえなく。 暴力の化身であることを想定しておくべきだったのだ。 スティングモンの一体が、地響きのような音を捉えた。 それが生き物の唸り声であったとスティングモンが知覚するためには、突如壁を打ち破って侵入した巨大構造物を目視し、深緑の外骨格ごとワイヤーフレームがひしゃげて砕け、体液代わりのデータ粒子をまき散らしながら遥か後方へ吹き飛び、地面に着くことなく消滅するまでの時間はあまりに短すぎた。 かつて仲間だった光る粉を全身に浴びたスティングモン達は、一斉に恐怖の眼差しを構造物へ向けた。 構造物の正体は、生き物の右腕だった。故に、スティングモン達はより恐怖した。その生き物の手は、スティングモン程度のサイズであれば鷲掴みできるほど巨大であったのだ。 腕は指先までシルバーのガントレットに包まれていた。ロイヤルナイツを初めとする騎士型デジモンのようなスマートな印象は無い。丸太のように太い腕は、寧ろ獣や竜の荒々しさを連想させる。 ただでさえ頑健な腕を、更に宝石が設えられた手工で覆っている。宝石の数は手の甲に三つ、腕の表裏にそれぞれ七つずつ。 成熟期の手練れ一体を葬る程の衝撃でありながら、宝石にも鎧にも傷一つ無い。その腕が振るった暴力には似つかわしくない、高級な輝きを湛えている。 「ぁんっだオラァ!」 ジュエルビーモンだけは恐怖に臆する事は無かった。否、寧ろ電脳核に眠る闘争本能を果敢に発起させて未知の脅威に立ち向かわんとする。 半透明の翅を震わせ、血を吸って真っ赤な穂先を掲げて臨戦態勢に入る。 ぱきり。みしり。壁を軋ませながら、巨大な手が自ら空けた穴の淵に手を掛けた。 チョコレートを割るように容易くひび割れていく壁、その一部がぽろりと落ちた。 そこから覗いているのは、真っ赤な目だ。 暗がりの向こうから真っ赤な目がこちらを睨みつけている。 ジュエルビーモンが虫の知らせとも呼ぶべき予感を覚えて飛び退いた刹那、壁の全面を破壊しながら怪物が全容を現した。 「グオオオオオオオオァア!!」 水晶の山が動いている、とでも言えばいいのだろうか。それが怪物の第一印象だった。 ジュエルビーモンは、怪物自身の肉体から生えた自然のままの宝石、形を整え磨き上げた宝石で編んだ鎧が室内の照明を浴びてきらきら輝いているのを見た。 怪物の足がドシンと音を立てて城内へ踏み入れる。怪物は二足歩行をしていた。完全な直立二足歩行ではなく、若干の前傾姿勢で、時々腕や爬虫類のそれに似た尾を歩行の補助に使っていた。 そもそもの体形が山のように大きく、太く、寸胴な上半身に対して、下半身は比較的細く短いというものなので、腕や尾の支えが要るのだろう。 (あくまで上半身と比較して、であるため、足は膝まででジュエルビーモンの全身を超えるサイズと太さがある) 怪物は比較的人間に近い顔つきのように見えるが、肌は色も質感も冷たい岩肌のよう。 二つの瞳は爛々と赤く、本来白目にあたる部分は真っ黒だ。暗がりから赤い目が覗いているように見えたのはそのせいだ。 怪物の素肌が見えるのは顔だけ。頭から背中、肩にかけては、棘状でうっすら青色掛かった半透明の水晶が隙間なく生えていて、それ以外の部分は鎧で完全に武装している。 鎧は六角形にカッティングされた宝石を編んで作られていた。反射光が目に痛い。先ほど寸胴と称した胴体に添うように装着されていて、やはり宝石まみれの腰ベルトで固定されている。 おまけに立派なマントまで身に着けている。マントの裾は尾が邪魔をして地面から浮いていて、それを気にして尾の先まで目で追うと、なんと尾の先にまでカッティングされた宝石が付属していた。 鎧の全身が姿を現そうとも、高級な宝石と銀で身を包もうとも、やはりそこにいたのは金剛石の豪傑。鬼が如き益荒男。貴人に非ず。騎士にも非ず。 肉食獣が如き牙を剥き出しにして、雷鳴のような咆哮を上げるデジモンを、「怪物」以外になんと形容しようか。 「ブラストモンか……!」 ジュエルビーモンは、文献の中でしかまず見られない、希少種の名を口にする。 山奥に稀に出現しては、嵐のような暴れっぷりで周囲一帯に被害を出す災害じみた存在。それがブラストモンであると認識していた。それが今、パートナーの恩恵を得た状態で自身の目の前にいる。 「ザッツライだよぉ」 ブラストモンが少女に向かって手を差し伸べる。少女が巨大な掌へ飛び乗ると、ブラストモンは彼女を自身の肩まで連れて行き、乗せた。 少女を巻き込む心配の無くなったブラストモンは、再び行動を開始した。巨大な尾で薙げば、逃げ遅れた不運なスティングモンはたちまち弾け飛ぶ。鎧も皮膚も一切の攻撃が通らず、迎撃したスティングモンの腕が砕ける始末。 その様子を見下ろす少女の中には同情心などなく、あどけない表情でパートナーが暴力を振るう様を見守っている。 雑兵をあらかた片付け終わると、二人の興味はジュエルビーモン一点に絞られた。 「あなたの鎧、きらきらだねぇ。……気をつけてね。ブーちゃんは宝石っ“ぽいもの”には目がないから」 ブラストモンの理性の乏しい瞳が爛々と光っている。あれは捕食者の目だ。百舌鳥が地を這う虫を垂涎しながら狙う時の目だ。ジュエルビーモンの玉虫色の鎧を宝石と誤認して狙っているのだ。 まさか完全体になっても捕食の恐怖に怯える羽目になるとはな。ジュエルビーモンに久方ぶりの悪寒が走る。 だが、それでもだ。姫様をお守りするためにも、ここで退くなどできるものか。 隆起する結晶山脈を前に、ジュエルビーモンは決死の覚悟を決めた。
――私は、ブラストモンがパートナーの女の子を肩に乗せる仕草と、二人で全てを破壊し尽くす様にロマンを感じる。
フェザフォッシーニ26世(羽化石帝国歴1120年~)
サロンをご覧の皆さま。いかがお過ごしでしょうか。マタドゥルモンと同じくらいブラストモンが好きなオタクこと羽化石です。
本作品は素敵な素敵な企画『推しの外見描写がしたい!』(外部サイトへ飛びます)への参加作品として新たに書き下ろしたものです。題材はもちろんみんな大好きブラストモン。ブラストモン最高と言いなさい。
もうブラストモンの外見描写を書くためだけの作品なので、それ以外の描写は最小限という大変潔い作品になってしまいました。もう「ブラストモン様最強! ブラストモン様最強!」としか考えないで書きました。それが伝わるように書けていれば嬉しいです。
ジュエルビーモンの外見描写は他で沢山書いているので、ジュエルビーモン愛好家の方は良かったら探してみてね。
(描写が簡素なのにはもう一つ理由があります。羽化石はブラストモンを書く時には「平行世界の同一人物」と理由をつけて毎回同じ女の子をパートナーにするので、女の子の描写をはっきりさせると羽化石作品を読み慣れている方には登場デジモンが即バレしてしまうからです。姿の描写だけを読んで「あっ、こいつだ!」と思っていただきたかったので……)
外見描写以外のこだわりについては、大体フェザフォッシーニ26世とかいう変な人間が残した格言にある通りです。岩肌のように冷たそうな肌にもロマンを感じます。
作品自体の説明が終わってしまったので、このお話を読む上で知らなくてもいいけど知ってると楽しいお話をします。
本作は拙作『砕壊ゴグマゴグ』の前々前日譚……くらいの時系列にあたるお話です。ここで色々あって『砕壊ゴグマゴグ』に繋がる訳ですね。
更に更にネタバラしをしてしまうと、ブラストモンのパートナーの女の子、『砕壊ゴグマゴグ』のゴグマモンの記憶にあった「あの子」の名前は「風峰風香」ちゃんといいます。
羽化石作品に時々(完全な同一人物ではありませんが)出てくるので、別の所で見かけたら「あっ、こいつかあ」と思ってください。
(ジュエルビーモンの方は、羽化石作品によく出てくる将軍とは別個体ですが、奴も同じ組織のトップにいます)
次回作はマタドゥルモンが変なことする作品の予定です。いつものアレですね。
Q.ブラストモン様、ちょくちょく直立出来てない?
A.前傾姿勢って書いた方がゴジラみたいでかっこいいからいいんだよ
こんな企画があったとは。夏P(ナッピー)です。
後書きで語られた通り、やはり物書きたるもの自分独自の世界があればこそだと思っていたので、こーいう世界観の繋がりや「これはあっちの作品に出てたアイツやで」みたいなの好き! 後書きや解説、あとTwitterとかで語られてるだけで幸せになれる。
というわけで登場したのはブラストモン。水晶と表現されるまでゴグマモンかと予想していましたが目が赤くなかったな……企画自体はここで初めて存在を認識しましたが、デジモン小説ってこんな感じで「如何に種族名を出さず外見描写で『あーアイツか!』と思わせてこそ」みたいなとこもあるので歓喜でした。スティングモンの命は軽い。
山奥に出現しては暴れ回り周囲一帯の地形を変えてしまうだと……そんなバンギラスみたいな設定……ここでジュエルビーモンが決死の覚悟と称しておりますが、当初ゴグマモン予想だったのは敵がジュエルビーモンだったので同レベルの奴が出てくるのかなーと思ったからだったり。メタ的な見方良くない。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。やはり色んな方のデジモンの外見描写の仕方を拝見するのは良い……勉強になる。