【番外編】
世間はクリスマス
私にとって今年最後の出勤日
重たい鞄、乱れた髪、落ちた化粧
大きな溜息つきながら一人寂しく帰路を歩く
今日は仕事納めで忙しくお昼食べる余裕もなかった
疲れて食欲がない
うちの会社の唯一の救いは忘年会がないということ
街では大勢の人がクリスマスケーキや美味しい料理を食べたり、プレゼントを買う姿で賑わっている
いいな
暖かそうだな
楽しそうだな
羨ましいな
でも今の私
クリスマスケーキなんて食べる気力さえ残っていないや
「もう全てがめんどくさいなぁ…」
私にとってクリスマスは楽しいイベントじゃない
幼い頃預けられた家でさえ私というお荷物にプレゼントなんてもの用意してあげられる余裕なんてなかった
もう思い出すだけでも辛い
クリスマスなんて嫌いだ
帰ったら寝よ
今年のお正月も寝て過ごそ
ずっと
ずっと…
ガチャリ
「ハニー!おかえりなさい!」
パッと玄関が明るくなる
目の前には居候している吸血鬼、私のパートナーと名乗るヴァンデモンがエプロン姿で出迎える
「お仕事お疲れ様!ハニーのために暖かいスープを作ってみたんだ!疲れて油っこいのは良くないんだろ?」
リビングから良い香りが漂ってくる
キラキラしたクリスマスの小物で飾りつけされたカーテン
テーブルにはデジモン用のワインとコンビニで売られている唐揚げ、そして真ん中に小さいケーキが置かれていた
「私なりにハニーが喜ぶクリスマスを提供したくてね、あっ勿論予算は万を超えてないから安心しておくれ!」
呆気とらんばかりに私はいつの間にか椅子に座っていた
ヴァンデモンは温めたスープを私の元へ運び、手元にあるワインを注ぐ
「メリークリスマス!ハニー」
その一言で私の目からポロリと涙が流れた
そっか
クリスマスってこんなに暖かいんだ
ポロポロ泣き出す私にヴァンデモンは慌てて心配して駆け寄る
「わっ、私またハニーに何か気に触ることしてしまったかね!?」
違うよ
嬉しいんだよ
毎年ずっとひとりでクリスマスを迎えてたから…
「ありがとうヴァンデモン」
エプロン姿の彼を抱きしめる
彼は少し戸惑ってたけどガチガチに緊張した手で優しく私の背中を抱きしめてくれた
「ハニーが今までどんなクリスマスを送ってきたのか分からないけど、喜んで貰えて嬉しいよ」
さぁ一緒に食べよう
寝るつもりでいたクリスマス
食べるつもりもなかったクリスマスケーキ
ありがとう私のパートナー
ありがとう…
ありが…
「って、それとこれとは、ワケがちがーう!!!!」
ベットの上で枕をバシッとヴァンデモンの顔面に投げつける
「ど、どうしてだい!?クリスマスといえば聖夜というじゃないか!!!ならば男女が行う事と言ったら…」
「だからって一緒に寝ません」
「そ、そんな…今日も私は棺桶で寝ろと?」
あんまりだよハニー…
仕事疲れとはいえ私だって今日まで頑張って君に奉仕してきたんだよぉ…
部屋の掃除したり
ゴミ出しをしたり
君の監し…じゃなくて観察したり
会社のお弁当を作ったり……あ
「ハニー鞄からお弁当出してないよ!洗わないと…あれ?」
「…すぅ」
ありゃりゃ、寝ちゃったか…
仕方ないなぁ
ヴァンデモンはベットで横になる彼女に毛布をかける
「お疲れ様、キミの処じ…じゃなくて血はまた今度ね」
チュッと彼女の額にキスをし、電気を消す
「おやすみ」
バタンッと閉まるドア
その音を合図に私は毛布に赤くなった顔を隠す
アイツゥ…この間までピコちゃんたちのキス見るだけで顔を赤くして悶えてたくせに…
「来年には私、アイツに奪われちゃうかもしれない…」
その時は…
その時、考えよう…
眠いからいっか…
私は頬を赤らめたまま深い眠りに落ちていった
ゴツン
やってしまった
ヴァンデモンはテーブルに頭を打ち付けていた
ボトルに残ったワインを丸ごと飲み干し酔いが回ってくるのをひたすら待つ
なんで自分はあんなことをしてしまったのか
「自分からキスをしておいてこのザマとは情けないな…」
クラクラと酔いで湧き上がる昂りを誤魔化し、ふらつきながら棺桶に横になる
すると棺桶の隣に可愛らしくラッピングされた小さい包みを発見する
「これはハニーから?」
包みを開けると赤い血が入った小瓶がひとつ
そして一緒に添えられていたメッセージカードには『素敵なクリスマスをありがとう』
「ただでさえ貧血なのに、無理しちゃって」
ありがとうハニー
ℳ𝑒𝓇𝓇𝓎 𝒞𝒽𝓇𝒾𝓈𝓉𝓂𝒶𝓈
体は離れているものの、今晩だけ二人の心はほんの少しだけ近くなった
そんな素敵な二人を祝福するかのように外はふわりと柔らかい雪が降り始めたのであった
ゴーン ゴーン
日付けが変わる時刻
彼女たちが寝静まった家の台所に明かり一つ忙しそうに動く影があった
「あ、定時すぎちゃった…」
はぁ、と溜息をつく家政婦のピコことピコデビモンはカチャカチャとヴァンデモンが片付け忘れた食器を丁寧に洗う
「あの二人、もっとイチャイチャしてもいいのに… 」
もどかしいなぁ…
でも本当はね、ボクの方がイチャイチャしたい気分なんだけどね
食器を洗い終え、着ていたエプロンを脱ぎ、更に戸締り確認をしてピコは慌てながら家をでる
「今日遅くなるって言ってたけどアポ大丈夫かな…ヒャッ」
亜空間から突然出てきた触手に絡みとられピコはそれはアポの触手だと気づく
「あ、アポ?…ごめんね、遅くなって…寂しかったよね?」
無言でキュッと触手に翼と足に巻き付き身動きがとれない状態でもピコはアポカリモンのことを気遣う
「そこでずっと待ってて寒かったでしょ?」
ボクが温めてあげようか
ピコがその言葉を口にする前に体は亜空間に引きずり込まれる
空間の先は電子コード束と一人の黒い男がいる
暗く冷たい空間
誰もが恐れる空間のなか、ピコの顔はこれから何をされるのか期待に満ちた顔であった
それぞれの聖夜
それぞれの想いが暖かく眠りにつくなか
降りゆく雪が街中の灯しの色に染められ
彼女たちの身も心も煌びやかに彩られる
𝑴𝒆𝒓𝒓𝒚 𝑪𝒉𝒓𝒊𝒔𝒕𝒎𝒂𝒔
𓏸 𓈒 𓂃 𝐄𝐍𝐃𓂃 𓈒𓏸