「やかましいね! いちいち口を出すんじゃないよ! このおがくず頭!」
「ボクのは羽毛だヨー」
あなたの目の前で繰り広げられるこのやりとりも、いったい何度目だろうか。
どこかの森、としか言いようのないデジタルワールドの森に足を運んだあなたの前に現れたのは、ドールのような人形の体をした赤ずきんと、同じく人形ではあるが余り物の布を継ぎ接ぎして作ったようなカカシだった。
とにかくこの赤ずきん、声がデカい、声が高い、おまけに口が悪いと来たものだ。どうやら一緒に行動しているらしいカカシも、短いやり取りの間で幾度となくおがくず頭という誹りを受けている。飄々とした態度で返しているのは、この口撃に慣れているからだろう。
そんな光景を眺めるあなたの顔を、カカシの肩に止まったカラスがにやにやと眺めている。カカシとおそろいの、継ぎ接ぎだらけの人形のカラスだ。
「とにかくだよ!」
カカシに向いていた赤ずきんの目標があなたに移る。
人形の体の中でも特に人形らしい、関節の一つ一つが独立したパーツで組まれた人差し指があなたにつきつけられた、行儀の悪い行為だが、口も悪いんだからいまさらだろうか。
「この先にゃあね、出るんだよ。タチの悪~い狼がね。あんたみたいな娘っこが一人で入ろうもんなら、アッ! という間にお陀仏だよ! 食われたいってんなら知らないけどね」
「あなたも入ろうとしてなかった?」
あなたはそう返す。
赤ずきんといえば狼、狼といえば赤ずきん。それはもう何百年も前から続いている伝統だ。
狼といえば赤ずきんを食べようとするものだし、赤ずきんといえば狼に食べられたり食べられそうになったりするものだ。
そこであなたはふと視線を会話中だった目の前の赤ずきんから外し、ぴんと立てた自分の人差し指を見つめだした。相手の反応を待たずに意識を会話から逸らす、というのも行儀の悪い行為なのだが、ふとした拍子に考え事に没頭することがあるのは自覚のないあなたの癖だ。
ぼそぼそとヤギ、猟師、石などといった断片的なワードがあなたの口から洩れる、恐らくは七匹の子ヤギと赤ずきんのストーリーに似た部分があるためにどっちがどっちか思い出そうとしているのだろう。
しかしだ。
「あたしゃあいいんだよ!」
「うわ」
震天動地の一喝があなたを襲う。
大きい大きいと思っていたがなり立てる声も、どうやらまだ本気ではなかったらしいことをあなたは思い知る。
あまりの大声にビリビリ痛む鼓膜を心配して思わず両耳に手を伸ばしたあなたは、その行動が赤ずきんの機嫌を損ねて更なる怒声を生まないか心配になったのか、その顔色を窺った。
「なんだってあたしが狼なんかに怖気づかなきゃいけないんだい!」
「だってシャペロモン、赤ずきんでしょ。赤ずきんは狼に食べられるちゃうんだヨ」
大声にあてられてふらふら揺れていたカカシがあなたに代わって至極真っ当な返答をする。デジタルワールドでも赤ずきんの大筋は知られているらしい。
あなたが生まれ育った人間の世界、あるいは現実世界やリアルワールドとでもいうのだろうか、そういった世界のネットワーク上に存在する様々な『データ』から生まれたのがこのデジタルワールドだというのだから、当然その中には赤ずきんの物語も混じっていたのだろう。
しかし。
「な~に言ってるんだいこのおがくず頭! アンタいったい今まで何を見てきたんだよ! あたしがあんな狼どもなんかに食われるだって?」
「ボクのは羽毛だし、シャペロモンじゃなくて赤ずきんの話だヨー」
今度は耳をつんざかれる前に鼓膜を守ることに成功したあなたの手を貫いて、再び怒声が頭に響く。
胸ぐらを掴まれて耳元でその声を浴びたカカシはまたしてもふらふらと揺れ、肩の上のカラスもやはり、ふらふら揺れながらその光景を眺めるあなたを見てにやにやしている。
とびっきり不機嫌そうに鼻を鳴らした赤ずきんは手に持った犬……のように見えるバスケットのこれまた口に見える蓋の中に手を突っ込むと、むんずと掴んだ色とりどりのそれを口に含んで咀嚼しだした。いくつか零れ落ちたそれはデフォルメされたクマの様に見えた、グミだ。
「ねえ、あなたは赤ずきんの話を知ってるの?」
口が塞がっている今ならいきなり怒鳴りつけられることも無いだろうと踏んだのか、あなたは話しかける相手をカカシに変えた、あれだけ好き勝手言われて平然としているのだからきっと話が通じる相手だと思ったのだろう。
「ボクはノヘモンだヨ。知ってるけど、元々キミたち人間の世界にあるお話と同じかどうかはわからないヨ、こっちの世界に来る途中でデータが壊れたり混ざっちゃったりするからね」
「多分。元々いくつかのパターンがあると思う。童話って子供向けにされるときに内容がマイルドになったりするし、どういうのがオリジナルかはわからないな」
「読んでないの?」
「そういえば読んでない」
「文学少女って感じなのに」
「見た目で決めないで欲しいな」
「ごめんヨ」
「いいよ。そういうあなたは『オズの魔法使い』のカカシだったりする? あっちの、その、シャペロモン? と比べると向こうの世界のことも結構知ってるみたいだし」
「いやぁ、そんなカカシ界のビッグネームと比べられると照れちゃうヨ。ボクはただのカカシのノヘモン、残念だけどそんな有名人とは違うヨ」
「カカシ界にビッグネームとかあるんだ……」
「全カカシの憧れだねえ」
段々雲行きが怪しくなってきた、と自分を見てにやにや笑うカラスと目が合ったあなたはぼやく。
カカシ界のビッグネームとか、そんなものは本当はないんじゃないかと。
「で、結局どうするんだいあんたは」
口いっぱいのグミを飲み込んだらしい赤ずきん――シャペロモンが話に割って入ってくる、一息ついて落ち着いたのか今度は怒鳴らず、普通にだ。
そもそもあなたが森に踏み入ろうとしたところをシャペロモンに咎められたのがそもそものが始まりだった。横からノヘモンが口を挟んできた途端に、それどころではなくなってしまっていたのだが。
「このままいくよ、元々用があったのはその狼だからね」
「ああそうかい、それじゃあ食うなり食われるなり好きにするんだね」
「つれないね、引き留めたのは心配してくれたんじゃなかったの?」
「なんであたしがアンタの心配しなきゃいけないんだい、狩りの邪魔をされたくなかっただけだよ。アンタがどうしても行くってんならあたしゃ腹いっぱいでウトウトしてる狼を狩るだけさね」
「狼を狩るの? 赤ずきんが? 逆じゃない?」
「あたしが狼を狩るのは当たり前だろう。アンタやそこのおがくず頭こそなにを言ってるんだかわかりゃあしないよ、まったく」
デジモンという生き物はそういうものだ、ということはこの世界での経験がそこまで深くはないあなたも知っていた。デジモンにはそれぞれの種類ごとにある程度の『設定』がある。動物的本能といってもいいのかもしれない、猫が水を嫌ったり、スズメは人が近づくとすぐに逃げるのにセキレイは中々逃げなかったり、個体差もあるのだろうが概ねそういうものだ。
きっとシャペロモンというデジモンは狼を狩るという設定なのだろう。明らかにデザインの元となっている赤ずきんから立場が逆転しているのは変な感じだが。
「忠告してくれたことにはお礼を言っておくよ、ありがとうね。シャペロモン、ノヘモン」
「気を付けるんだヨー」
「どうせ食われるなら近くで食われておくれよ、あんまり探し回るのはくたびれるからね」
「考えとく」
一応気遣うような態度は見せるものの、付いて来てくれるわけではないノヘモンと、まるっきりこちらに無頓着なシャペロモンに言葉を返してあなたは森へと入っていく。その背中にどちらからともなく声がかけられた。
「そういえば、狼に何の用?」
「好きなの、狼が」
そう振り返って笑うあなたの目に、にやにやと笑うカラスの人形が映った
森の中というには変な道だ。
あなたに本物の森の中を歩いた経験があるわけではないが、基本的に森というのはあまり人の手が入っていないものだろう。少なくとも、誰かが管理している様子も無いのにレンガでしっかりと舗装された道が続いているのはおかしい。
なんだかオランダみたいだ、とあなたは一人ごちる。
赤いレンガと、少し黒味がかった灰色のレンガ、キッチリ同じサイズに揃えられた長方形が規則正しく足元に並んでいる。横一列に並んだレンガの次はちょうど半分だけ横にずれてまた一列、色の並びこそランダムだが到底自然にできるものではない。とはいってもそれは現実世界での常識だ。
ここに道がある、というデータに合わせて適当な道のデータを引っ張ってきたとでもいえばいいのか。もしかしたら他の場所にはアスファルトの道があるかもしれないし、ひょっとしたら動く歩道や学校の廊下なんかもあるかもしれない。
あなたはずっと見つめていると目がちかちかしそうな赤と灰の繰り返しから目を上げると、今度は左右の森に視線を向ける。右も左も、道が途切れるまで足元から三歩分もない、歩行者だったらすれ違えるが、もしも自動車だったら道の外側、むき出しの土の上を通らなければすれ違うことは出来ないだろう。
その先にあるのは木。針葉樹ではないくらいで、それ以上のことはあなたにはわからない。茶色い幹に緑の葉っぱというところまでは生まれ育った世界に生えていたものと一緒なのだが、妙につやつやしているというか、樹木というよりは木材の質感のまま木が生えているといった感じがする。所々巻き付いているツタもよく見たら電化製品のケーブルだし、森の中だというのに全体的に妙な人工物臭がするのだ。
「ま、デジタルワールドってずっとこんな感じだもんね」
相槌がないことも気にせずぽつりとつぶやくと、またしてもあなたの視界に人工物が入ってきた。
レンガ道の両脇、地面から生えた黒い鉄の棒はあなたの二倍から三倍くらいの高さの位置に煌々と灯りを燈し、その四方をガラスで囲っていた。
「電気じゃないよね、ガス灯? これ。デジタルな世界なのにレトロだ」
現代の街中にあるような街灯と比べるとなんとも趣がある、ランプを支える土台や天井の部分も四角四面ではなく曲線を取り入れ、なんとなく花を思わせる優雅なデザインになっているからだろうか。
今度はフランスみたいだ、とあなたは一人ごちる。
レンガだからオランダ、よりもさらに根拠に乏しいイメージではあるが。
道の上は開けているからそんなに暗くもないのにガスが勿体ないなとは思うものの、誰かが補充している気配もない以上、ガスの無駄遣いをしているわけではないのかなとあなたは勝手に納得してまた歩を進めようとする。
そんな時だ。
「もし、お嬢さん」
道を外れた森の中、レンガ道の上、木々の梢に遮られない太陽の光も、唐突に表れたガス灯の光も届かない暗がりから、ささやくような声があなたの耳朶を撫でる。
「突然声をかけてしまってすみません。実はさっきお話していたのが聞こえてしまいまして、それが嬉しくてつい……」
「じゃあ、あなたが噂の狼? 会いたかったんだ、出ておいでよ」
「ああ……だめですお嬢さん。あなたも見たでしょう、あの恐ろしい赤ずきんがアタシを狙ってるんですよ……怖くて怖くてとても」
か細い、震えた声があなたの心をくすぐる。
「わかるよ、おっかないもんね、あの子」
ええ、と小さな肯定が返される。
陽の光も、外灯の光も届かない。人の領域を思わせるレンガの道から外れた森の中、人の手の及ばない自然の領域から声がする。
ざあざあと森が騒めいている。音だけで、その暗がりの様子はわからない。
「だから本当はこうしているのも恐ろしくって……せっかく会いに来てくれたってのにすみませんね。でもアタシみたいな狼は、こうやってお天道様から隠れているくらいで丁度いいんですよ」
「いいよ」
あなたは暗がりに声を掛ける。
慈しむ様に。
愛しむ様に。
「わたしが、そっちに行ってあげる」
ああ、ああ。とすすり泣く声が聞こえる。
「お優しい人だ、お嬢さん。アタシなんかのために、本当にお優しい……」
「いいんだよ。だってわたし、狼が好きだからね。知ってるんだ、作り話と違って本物の狼は無闇に人間を襲ったりしないってこと」
「アタシもです……アタシも、あなたみたいな人が大好きですよ」
レンガと靴底がぶつかる音。
靴底が土を踏みしめる音。
下草をかき分ける音。
ガス灯の光を背に受けた、あなたの影が森の中へと消えていく。
空が目を覆うように雲に隠れたおぼろげな太陽、その幽かな明かりに照らされたあなたの姿が森の中へと消えていく。
草を踏み分け、落ちた枝を踏み折り。森の静けさを掻き払うように進んで行くあなたの足音が森の中へと消えていく。
「さあ、こちらです。どうぞこちらに……」
森の木々の影法師のように細長い体躯。血のように真っ赤な毛皮。三日月のように鋭い目。耳元まで切れ込んだ大きな口、そして暗がりの中でもてらてらと光る刃物のような爪と牙。
時代や国を選ばず。人や獣を騙しては喰らう悪役として語られる悪い狼、それらのデータから生まれた悪狼。ファングモンが、か細い囁きであなたを誘う。
「嬉しいですよ……本当に、嬉しい……」
森の中をおまえは必死で走る。
ほんの直前まで、おまえの心は喜びで満ちていたはずなのに。
涙を流し、嗚咽を洩らし、泣き言を溢しながら。
「ああ、なんで……酷い! 酷い!」
走りながら涙で滲む視界を後ろに向ける。なるべく音をたてぬように、草木をすり抜けるように走るおまえを追う狼は、そんなものはお構いなしにと若木やせり出した枝を鼻先で払い除けながらおまえに迫る、迫る。
大きな体、強靭な顎、鋭い爪、強くしなやかな四肢、そして生物としての格の違いを見せつける戦闘能力の差。それらの全てがおまえの希望を削り取っているのだろう。
行く先も分からず遮二無二走った先でとうとう森から抜け出し、レンガの道へと飛び出たおまえに二択が突き付けられる。
森の入口。あの、恐ろしい赤ずきんがいるのは右と左、どっちだったか?
一瞬の逡巡で動きの鈍ったおまえの背へと向けて、バキバキと森を薙ぎ払って現れた青白銀の毛皮に包まれた腕が振り下ろされた。
「ああ、酷い……酷いですよお嬢さん……騙すなんて」
啜り泣き、両手で頭を抱えて地に伏すおまえへと変わらず優しい声がかけられる。
「酷いな、騙してなんていないよ。言ったでしょ、狼が好きなの」
哀れな犠牲者が生まれようとした瞬間、光と共にどこからともなく現れたのはおまえと同じ狼。しかしその毛皮は血を纏ったような赤とは違う氷のように清廉な青と白銀。頭を守るように抱えた指の隙間から除いたおまえの金色の瞳は、そこだけは同じ金色の瞳と結び合っただろう。
ひっ、とおまえは息を飲んで目を閉じた。一部の人間とデジモンの間にはパートナー、と呼ばれる深い信頼関係が結ばれる場合がある。
目の前の二人がそのパートナー関係だと気付いたのだろう、その人間を騙して傷付けようとした相手にそのパートナーであるデジモンがどういった行動に出るか、そんな想像をしたのかおまえはガクガクと震えて涙を流しだす。
「許して……許してください、アタシだって好きでやったわけじゃあ、ほんの、ほんの出来心だったんです」
「大丈夫だよ」
ひぃっ、と。全身をびくんと震わせ、先程よりも大きな悲鳴がガチガチと鳴るあなたの歯の間から漏れる。先ほどまで自分が食らおうとし、そして今や自分の命をどうとでも出来る相手が首元に腕を回して来たのだ。
「大丈夫、本当にわたしはあなたを傷つけたりなんてしたくないんだよ」
「……本当に?」
首元に回された腕が優しくその体を撫で、投げ出すように寄せられた華奢な体の重みの他に何もないことを悟ったおまえはようやく薄っすらと目を開け、目と耳と鼻と、その全てを檻のように覆っていた腕を恐る恐る持ち上げる。
「ごめんね、怖がらせて」
「あ……」
大きな瞳から零れ落ち、毛皮に沁み込んだ涙をハンカチでそっと拭われたおまえは、呆けたようにその人間を見つめた。
慈愛。自分を理不尽に傷つけようとした相手をすら慈しむその姿は果たしておまえの目にどう映ったのだろうか。
偽り、騙し、謀り、襲い、喰らう。
物語に出てくる狼というのはそういう生き物だ。そして人類が築いた広大なネットワークにはそういった物語もまた無数に保存されている。それらのデータを揺りかごとして生まれたファングモンというデジモンがそういう性質を持つのも当然のことではある。
それでもなお、そんな存在に手を差し伸べるものがいるのだ。
再びおまえのまなじりから涙がこぼれる。しかしそれは、きっと先ほどまでとは真逆の感情によるものだろう。
「お嬢さん……ありがとう、アタシなんかに優しくしてくれて……本当に、本当に」
「いいんだよ、だって」
頭を撫ぜる、耳を撫ぜる、首を撫ぜる、背中を撫ぜる、腹を撫ぜる。
「ふふ……本当に大きな口、赤ずきんの狼みたい」
「あの……」
人ひとり簡単に飲み込んでしまうような、実在の狼とはかけ離れた大きな口。その口元を指先でついと撫ぜながら熱ぼったい視線を向けられたおまえの声があっという間に喜びから戸惑いに変っていく。
「あの……お嬢さん?」
「知ってる? 狼っていうのはね」
「……はい?」
恐怖、歓喜、困惑。目まぐるしい感情の変化についていけないのか、おまえは自分の目が点になっていることにも気付かずに思わず先を促す。
「昔、人間に興味を持ったグループと、警戒心を抱いたままのグループに分かれたの。それが犬と狼のルーツ」
「狼はね、本当に滅多なことでは人間を襲ったりしないんだよ」
「ただ家畜を襲うのは本当だから、人間に害がないとまでは言えないんだけど
「だからね、きっと狼に襲われた人間よりも人間に殺されてしまった狼の方がずっと多いの」
「もちろん家畜は人が生きていくのに欠かせないから、仕方のないことだっていうのはわかるけど」
「だからと言って、やっていない悪事まで被せて、狼という生き物そのもののイメージを損ねちゃうのは良くないよね」
「そういえばね、狼ってわんとは吠えないんだけど、犬と一緒に暮らすと吠えるようになったりするの」
「ふふ、可愛いよね」
「それでね、物語のずる賢い狼と違って本当の狼はね、仲間思いでとても愛情の深い生き物なの」
「わたしはそんな狼が好き」
「あなたもね、そういう歪められたイメージの被害者だと思うんだ」
「みんながそうやって狼に都合のいい悪者役を押し付けるから、あなたも悪役みたいに振舞ってしまう」
「あ、狼は汗をかかないんだけどデジモンのあなたは汗をかくんだね」
「ひっ」
「ふふ、そんなに怯えないで、そんなことで怒ったりはしないから」
うっとりとした表情で紡がれる言葉の数々に冷や汗を流し始めたおまえの視線がとうとう泳ぎ出す。
「あの……お嬢さん、そう言っていただけるのはアタシとしてもとても嬉しいんですけどね。こうして目立つところにいたらいつあの赤ずきんに見つかるかと思うと、もう気が気じゃなくて。だから今日はこのくらいで……ね?」
「わたしね、思うんだ」
「あの……」
「デジタルワールドやデジモンって、イメージの影響が強いでしょう? だから、狼のデジモンが良いことをしていけばこの世界での狼のイメージもいつか良くなるんじゃないかって。世直しの旅ってやつかな」
「いや……その、アタシはね、こうやって森に引きこもって暮らすのも性に合ってましてね? 人を襲ったりとかは控えるんで、そっとしておいてもらえると嬉しいかなって……」
「でもあなた、完全にあの赤ずきんに目を付けられてるよ」
「ひぃっ!」
「だから、一緒においで。わたしが守ってあげる」
血のような毛皮を優しく撫ぜていた手はいつの間にかその首をガッチリと掴み。熱心に語っていた目は蕩けたようにおまえをとらえて離さない。
「あ……あの……アタシは……その」
「知ってるでしょ、わたしのパートナー。あなたより強いし、さっきみたいに外から見えないように隠れることもできる、私と一緒なら赤ずきんからだって逃げられるよ」
目の前に掲げられたデジヴァイス、と呼ばれるアイテムにおまえの視線が合う。無防備な得物を仕留めようと動く直前、そこから現れたデジモンに手も足も出なかったことを思い出したのだろう。
だから、ね? と、そう迫る笑顔は愛で満ちていたが、一方的で強すぎるそれは時に悪意よりも恐ろしいのだとおまえは思い知っただろう。
「ああ……なんで、なんでこんなことに。嫌だよぅ……そんな世直しの旅だなんて、きっと恐ろしい目に逢うに違いない。ああ……嫌だ、嫌だよぅ」
「……嫌なの?」
「その……勘弁してもらえるとね、ありがたいかなって、そういうのはどうも……どうもアタシにはどうも向いていないんじゃないかって」
再び頭を抱えそうになったおまえは申し出を拒絶するが。次の瞬間耳に届いた怒声と爆音はその考えを改めさせるには十分だった。きっと待ちくたびれた赤ずきんが、カカシを怒鳴りつけながら動き出したのだろう。シャペロモンというデジモンは見た目と違って銃火器や爆発物の扱いに長けているのだ。
「ああ……来る、来るよう……赤ずきんが! あの恐ろしい赤ずきんが!」
そうして道の先へと目を向け、また視線を戻す。
「信じて、きっとあなたを助けるから」
「う……うぅ……ううううぅ……なんでこんなことに……人間に手なんて出すんじゃなかった……うぅ」
「どうする?」
「……はい」
がっくりとうなだれたおまえはついに首を縦に振る。狡猾であるということは頭が回るということ、現状では提案に従うべきだと頭の冷静な部分でも判断できたのだろう。
「行きます……行きますよぅ。お嬢さんがアタシを大切にしてくれそうなのは本当だし……あの赤ずきんから逃げられるなら、もうどこへだってついていきますよぅ」
暗い肯定に反して、ぱあっと明るい笑顔が咲いた。
そうしてのそのそと立ち上がったおまえにその笑顔が向けられる。
「それじゃあとりあえず、逃げちゃおうか」
「異議なしですよぅ」
そうして振り返った二人。
新参者のファングモンは気まずそうに視線をそらし。
終始主導権を握っていた、この場で一番非力な筈の存在は心底嬉しそうに問いかけた。
「妬いた?」
ぼくは回答を拒否して目をそらし、その先でぬいぐるみのようなカラスがにやにやとこちらを見下ろしながらバイバイと手を振っているのに気付いた。
「ノヘモンに見つかった、でも見逃してくれるみたいだ。早く逃げよう」
「ねえガルルモン、怒ってる、嫉妬した? 大丈夫だよ、私の一番はガルルモンだから」
そう言いながら背中にまたがるきみに返事を返さず、ぼくは走り出した。
ノベコンお疲れさまでした!
感想を配信で喋らせていただきましたので、リンクを下に貼っておきます!
https://youtube.com/live/PuxrEcaLWnc
(38:53~感想になります)
ノベコンお疲れさまでした。そして初めまして、てるジノ坊主と申します。
読んですぐに「何ぞこれ???」となる独特な手法…なるほど、これが二人称小説ですか。見たこと無い新しい世界で一気に惹きこまれました。
最初は「あなた」なんて言われるから、「まさか読者自身が主人公のRPGタイプなのか?」と思いましたが、どうにも何か違うぞ???次に「おまえ」と一気に口が悪くなって「はっはぁ~ん、これはファングモン目線だな!」と思っていたら…笑っちゃうぐらい掌の上で踊らされていましたよ。
最後に答え合わせが用意されて、全てに納得が行くと思わず溜め息が漏れてしまいました。なんと計算された構成であろうか。
ストーリーとしても、デジモンの設定周りの話やパートナー関係の話と言ったデジモン特有の話題でデジモンらしさが溢れてて良いですねぇこれは。
そして主人公の目的も、そんなデジタルワールドだからこそのものって感じで好きです。変態臭しますけど。
でも狼…良いですよね…分かります分かります。
絶対に開けれない蓋の中にご飯を入れたら犬と狼はどう行動するのか?という実験をテレビで観たことがありますが、犬は開けれないと知るや否や「人間!無理です!開けてください!お願いします!!!!」って感じで人間の方をジッと見たのに対して、狼は「やるぜ。俺はやるぜ」って感じで決して諦めなかったという結果だったのを思い出しました。犬の健気さにも笑っちゃいますが、狼のこういう部分もまた良い…。果たして、今作の狼二名はどっちタイプなのやら。
あと血気盛んなシャペロモンも良いですが、個人的にノヘモンが凄く気に入りました。
あぁ飄々としてちゃんと周りを見てる奴、好きなんですよね~。最後にちゃっかりお別れの挨拶をしているのも良い。きっと上手い具合にシャペロモンから遠ざけてくれたりしてくれるんでしょうか。
最後に直接の出番は少なめのガルルモンの心情が、なんとなく察せれるのも良いですね。ガルルモンく~ん君絶対妬いちゃってるじゃぁ~ん。可愛い奴だな~もう。
こんなに面白く珍しい作品ありがとうございました。
今度こそ本当に最後に、改めてノベコンお疲れさまでした~
ノベコンお疲れ様でした。こちらでは初めまして、夏P(ナッピー)と申す天才です。
ノベコンの募集開始時期とシャペロモン図鑑に登録されたのいつだっけ……と確認してきてしまいました。募集開始が4月だった記憶があるので、シャペロモンが発表された3月時点で既にこの話を思い付いていたというのか……大した奴らだ。二人称小説書くとかおっしゃられていた気がしますが「二人称小説とはなんぞや?」となっていたものの、こーいうことか。
あなたとおまえがそれぞれ誰かってことを把握した上で今一度最初から読み返すと、あーうん、なるほどこれどこまでも〇〇の視点から綴られた話なんだって統一性が垣間見えてニヤリ。いやよく考えたら最後のぼくの時点でわかるといえばわかるのですが。
そういえばシャペロモンって完全体、赤ずきんだけどパーフェクトデジモンだ。そう考えると成熟期のファングモンの方が逃げるんだぁにならざるを得ないのは必然。シャペロモンとノヘモンのコンビでおどろおどろしい雰囲気で始まり、いやカカシ界の大物って何だよ木の葉の白い牙の息子かというかお前多分敵だろと警戒していましたが、むしろあなたは一撃でカラスの正体見破っていたくさい。というかノヘモンも最後ちゃっかり見せ場貰っている、あなた含めて大した奴らだ。しかしカカシよ、狼共々背反したことがバレて全身おがくずにされるのでは。
赤ずきんと言えばということで狼役は無論ファングモン。コイツのキャラクター、というか口調に関してはこれは狐火氏特有のセンスが出てる。このキャラは想定に無かったので、役回りとしては割と惨めなはずなのにこの口調だけでキャラがとんでもなく立っている。赤ずきんのお婆さん要素も入ってたりするのか……? シャペロモンとノヘモンから始まった妖しい雰囲気をそのまま受け継ぎ、そのキャラクターのまま急転直下のパイルドライバーされて腕スリスリしてそうな小者になる悲劇。
あなた普通のあなたじゃないんじゃ、これ狼に一家言ある大した女というだけではないんじゃ。チェンソーマンに対するマキマさんの如く狼に対する熱い思いを17行、それに対する返答は「ひぃっ」の三文字。何故だ!!
場面転換の間に懲らしめられたっぽい身には相応しい扱いと言える。
狼って汗かかないの!? これはトリビア。
非常に幻想的、とはちょっと違う、実に妖しく不穏な空気の終始漂う作品でした。もう作者の好みが見えるぜ。登場人物全員悪人というか少しネジがズレてる感じ、ガルルモンということで清爽な奴をイメージしますが、まあ彼もきっと諸々あるのでしょう。
それではノベコンお疲れ様でした。こちら感想とさせて頂きます。