……いつから見なくなったか忘れたが、誰かと向き合う夢を見ていた。
(……また、か)
そんなふうに、無感動に、『ボク』は目の前に立つ者を見下ろしていた。
それは人間だった。
それも、よく存在を聞かされる子どもではない、より大きく成長した"大人"と呼ばれる方。
見かけからでしか判断できなかったが、その人間は女の子のようだった。
それと向き合う夢の中のボクは、進化しているようで彼女を見下ろしている。
(…本当に、誰なんだ?)
彼女の顔が、なぜか認識できないのは初めて夢を見るようになってからずっとだ。
亜麻色の髪の下、その顔がまるでわからない。
その間、また誰かの声が朗々と決まり言葉のようなものを誦じる。
それに、彼女がはっきりと答えた。
いつものように。
「誓います」
そしてそれに応えるかのような、ボクの声。
「…誓います」
一体これは何の儀式だ?
ボクにはさっぱりわからない。
ーーボクは、デジタマから生まれ落ちてずっと、一人だった。
はじまりの町、ファイル島を出た後フォルダ大陸に上陸した頃には、テイルモンへと到達していた。
さんざか他のデジモンから揶揄されたけれども、ボクは一人でも全然苦じゃなかった。
ただ、プロットモンの時にはより一層小馬鹿にしてくる連中にウンザリして、沢山のトレーニングと実戦をした。
…弱いのが嫌だったからだ。
…踏みつけられないチカラが欲しかったからだ。
フォルダ大陸に渡ってもそうだった。
多くの戦闘経験を積むため、大きな街のコロシアムに参加したり、わざと危険な地域に足を踏み入れたりもした。
危険な仕事も積極的に受けるようになった頃から、この意味のわからない夢を見るようになった。
ーーー
「お前さん、そりゃ結婚の夢じゃねえか?」
「ケッコン?」
ある夜、コロシアムの中の待合室で、眠れないボクに付き合おうと言い出した一体のアクィラモンに、暇つぶしも兼ねてこの話をした。
アクィラモンは笑いながら応える。
「そうとも、夫婦とかいうのになるために必要な儀式だったかな?俺もよくある人間のよもやま話くらいにしか聞かなかったが、人間が子どもを作る時にはそういう儀式をする奴らが多いんだってさ」
「…根拠は?」
「その人間の女の子、真っ白なドレスを着て花束を持ってたんだろう?儀式を行う時そういう格好をする決まり事なんだと」
……言われてみれば、あの夢の中で聞こえた声には、こんな事を言っていた気がする。
病める時も健やかなる時も、支え合えと。
…あまりにもボクには縁のないものだった。
「なぜボクがこんな夢を?人間なんてもうここ数百年は見てないじゃないか」
「正夢かどうかまでは俺だって知らねえよ。でも人間が俺たちの夢に出てくるなんてのは早々あるもんじゃない。…まっ、そのうちわかるさ!」
どうだか。
ボクはそう返そうかと思ったが、気ままな砂漠の巨鷲はあくびを一つして寝床へ戻っていってしまった。
………ああ、どうしてこうなったのか。
数年後、コロシアムで事故が起こった。
沢山のデジモンが死んだ。
原因は、ナイトメアソルジャーズの一部の連中によるテロ行為。
闇のデジモンで構成された軍団は、より多くのデジモンのデータを欲しがって奇襲し、押し寄せた。
ボクは、気づけばあのアクィラモンと二人で戦って、そして……
(ははっ、悪ぃな相棒。俺の翼はもう限界だ)
血にまみれた嘴が笑いに歪んでいる。
(誰が相棒だ。限界なのはボクも同じだが)
(このままダークエリアまで一蓮托生しておくか?)
(バカを言え。そんなのは…ごめんだ)
そのやりとりが最後だった。
なぜこんなことが起こったのか、『私』には理解できなかった。
データの塵にまみれた手は、夢の中の『私』の手そのものだった。
「ーーはぁ、はぁ、はぁ……」
顔を手の甲で拭い、辺りを見回す。
生きている者はほとんどいない。
負っていたはずの怪我は、ジョグレス進化によるものか癒えていた。
夢のことを考えてる暇はない。
慣れない身体を引きずり、私は歩き出した。
ーーーー
「美玖?」
立ち止まる気配に不審に思って振り返る。
彼女はショーウインドウを見つめていた。
その視線を追うと、真っ白なドレスが目に入る。
「…欲しいのか?」
「う、ううん!?綺麗だなって思っただけ」
早口のせいか誤魔化しがまるで機能していない。
私はため息をついた。
「今は諦めろ。…そのうち、買えるかもわからないけどな」
「だから、綺麗だなって思っただけだって」
「どうだかな」
口元をニヤつかせて、彼女を煽る。
…不思議と落ち着く。
きっと、あの夢は本当になっていくんだろう。
そんな事を、私はちらりと横目にガラス越しのドレスに一瞥しながら思うのだった。
ホンマに6月末に間に合わせる流れだった……夏P(ナッピー)です。
あれ? シルフィーモンの過去に関して描かれたのは初めてでしたでしょうか? ジューンブライド以上にそっちに「おおっ!?」となってしまった。シルフィーモン自体、ホークモン系統のイメージなのでテイルモン主体だったというのはなかなかに意外。というか、結婚の話と見せかけエグい血みどろの話でございました。あくまで番外編なので、改めてシルフィーモンの過去に触れるタイミングは来る感じと期待しておきましょう。
ラストシーン、もう気付けばシルフィーモンが攻めになっとる! つ、強い……というか、最後に結婚=ジョグレスと絡めていることに最後の最後でやっと気づいたのでした。そーいうことか!!
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。