「ねえ、せんせい!あれ、なあに?」
買い物に出かけた先のデパートはいつになく人が多く。
はぐれないよう手を繋いでいたラブラモンがひっきりなしに呼んだので見てみれば。
「…ああ!今日は七夕なのね」
「たなばた?」
青々とした竹と、その葉の合間に吊るされた色とりどりの短冊。
見ている間にも、親子連れが数組ほど竹の下に備えられた短冊に鉛筆で願い事を書いている。
何を願おうか、書く子ども達の顔は皆真剣だ。
「たなばたって?」
「願い事を書いた短冊って紙を、あの竹に吊るすお祭りみたいなものよ。ラブラモンもやってみたい?」
「……うん!」
人が空いた頃合いを見計らい、短冊に願い事を書き始める。
ラブラモンに一枚、自分も一枚。
「しるふぃーもんたちには?」
「私達の分だけね。一人一枚だけ」
「そうなんだー」
ちょっとさびしげな顔になるも、願い事を拙い筆跡で書いていくラブラモン。
お互いに何を書いたかは、秘密だ。
願い事を書いて吊るした後に、懐かしい、七夕の日限定で給食のデザートに出ていたゼリーを見つけたので買って帰ることにした。
ーーー
夕食の後、デザートのためのゼリーを開けた。
早速ラブラモンに一つ手渡し、自分も開ける。
可愛らしい星形のゼリーが数種類入っていた。
「それは?」
シルフィーモンが尋ねるその手に一つ押しやる。
「今日はちょっとしたお祭りで、その日にしか売ってない限定品のゼリー。見つけて思わず買ってきちゃった」
「…星の形?」
早速開けて食べ始めているラブラモンのそばに、二人は座る。
「ひんやりしておいしい!」
「ふふ、良かった。…そのお祭りなんだけど、願い事を書いて竹に吊るすの」
「ああ…どこかで、見たことがある。あの紙は願い事を書いたものだったのか」
はたと思い至った面持ちでシルフィーモンはうなずいて。
「しかし、なぜ願い事を?」
そう尋ねるシルフィーモンに、訥々と由来を語り始める。
中国の昔話にて天に住む、織姫と彦星という二人の男女。
仕事に身が入らない程恋に現(うつつ)になった二人を割いた天の神と天の川。
年に一度許された逢瀬。
その話が海を渡って日本に伝わった時、日本由来の風習と混ざって生まれた。
今はイベントという形になっているが、本当は神事といって差し支えないものだったと話す。
「今の七夕になる前も、願い事を書いた短冊を竹に吊るした後は川に流したんですって」
「川に流す?」
「一年の溜まった穢れを祓うとか、そういう目的で川に何かを流すお祭りは珍しくないの」
「……」
シルフィーモンは少しもの思う顔になってから聞いた。
「短冊の場合はどういう事だ?」
「私も詳しくは知ってるわけじゃないけど、…今日も一日、彦星と織姫が無事逢えるよう願い事の力をお借りするとかかも?」
ほんとうに、わかんないけどねと舌をちろり。
その舌の上にゼリーの星を乗っけてお茶目にしてみる。
「そうか…」
「せんせい、ごちそうさま!」
ラブラモンが片付けに行くのに振り返りかけた時。
ずいっとシルフィーモンが腰を上げて自分に迫った。
「はっ、んぐっ…!?」
いきなり舌を舌で絡め取られて目を丸くする。
すっ、と離れた時、彼女の舌の上の星形ゼリーはなくなっていた。
「もう…っ!」
自分のゼリーならまだ手元じゃない、と顔を真っ赤に怒る彼女にシルフィーモンはどこ吹く風。
ぺろり、と舌なめずりした後そっけもなく、
「可愛い隙を見せた君が悪い」
と返されて何も言えなくなった。
「それなら今この場で、私に同じ事を仕掛けてみるか?」
「ラブラモンが見てます!」
正直恥ずかしい。
「…しかし、その伝説が本当なら天の神というのも人間臭いものだな」
「えっ?」
「…イグドラシルやホメオスタシスといった、私達にすれば神のような機関ならこうはしないだろう」
そうシルフィーモンはぼやく。
「それは……まあ、伝説を伝えたのは人間、だし」
「それもそうか。…なあ、美玖」
「ん?」
「君は、なんて願い事を書いたんだ?」
「…だめ、秘密って決まり事なの!」
「…ちっ」
珍しく舌打ちで返されて、じゃああなたは何て書く?と問う。
「私か?……以前の私ならまず願い事なんてものはなかったんだが」
言いながら、彼女の頬にそっと手を当てて。
耳元で。
……君と引き離されませんように。
「…っ!」
真剣みを帯びた声音に、恥ずかしくも抗議できなかった。
奇しくも。
短冊に書いた願い事も、彼のそれに近しいものだったから。
「しるふぃーもん、ぜりーあったまっちゃうよ?」
「ああ、そうだな」
ようやくゼリーを開けるシルフィーモン。
…私もよ。
そう小声で呟きながら、美玖は一人窓の側へ寄り夜空を見た。
本日七夕は晴天なり。
天の川が良く見える。
あの川を越えて、今日も二人は逢瀬を交わしているだろうか。
美玖がほう、とため息をついていると後ろから歩み寄る気配。
何はともなく、後ろへやったその手を大きく力強い手が優しく包んだ。
こんばんは。
今日はギリギリ良いお天気ということで七夕ネタです。
今回は今書き始めている本編から数えて数話後ほどの時間軸を想定しての書き方となりました、ご了承ください。