……デジモンにも生と死の概念は存在する。
他のデジモンとの生存競争に負けたか。
病気や怪我による外因的なものか。
あるいは寿命か。
ともあれ、デジモンも生き物である以上、死というものからは逃れられない。
人間や他の生物同様、いつか、いずれ。
死したデジモンの多くはデジタマを残す。
しかし、それとは例外的な形でデジタマが残されることがある。
再生、つまりは復元である。
瀕死のデジモンのデータを再構築、修復し、デジタマへ復元する。
復元されたデジタマから孵ったデジモンは、死するまでの記憶を有している可能性が高い。
奇跡というべき事象だがこれを可能とする力を持つ者は存在する。
それこそが。
善きデジモンのみをデジタマへ生まれ返らせる冥府の管理者アヌビモンであり。
勇者として死したデジモンをデジタマへ復元する光の戦士ヴァルキリモンであり。
この二体のみが奇跡を引き起こす事ができるデジモンだ。
ーーーそれにしても驚いたな。まさか人間の世界で我々デジモンが大手を振って歩いているなんて。
「あれから色々と起きたのだ。お前が永久の闇に追放されて以降な」
ーー今から数千年前のデジタルワールドで戦いが起きた頃に遡る。
まだデジタルワールドと現実世界の接点が近しくなかった頃に起きた、ダークエリア最深部コキュートスからの軍勢の侵略行為。
アヌビモンだけでは圧倒的に力不足であり、彼からの救援要請を受けてデジタルワールドで様々な勢力と選ばれし子ども達が動いた。
その数少ないパイプ役として動いたデジモンの一体が、ヴァルキリモン。
どうにか協力に漕ぎつけるだけでも、かなりの労力を費やしたはずだ。
選ばれし子どもと数騎のロイヤルナイツを迎えたアヌビモンが目にしたのは、ダークエリアの境目を突き破ろうとした不死者の王グランドラクモンと、右に並び同盟を結んだ黙示録の落とし子たるガルフモンのオリジナルというべき個体。
ガルフモンは複数体もいる存在だが、その最もたる"オリジナル"は、底辺の究極体ならば立ち所に死に追いやる力を持った文字通りの化け物というべきモノだ。
進化を、生命の在りどころを、否定し根絶するために黙示録が残した"置き土産"。
それがデジタルワールドへ侵略しようものなら、無事では済まない。
同盟を結んでいるグランドラクモンもまた、数多くの天使型デジモンを堕としてきたのみならず七大魔王を上回る真の実力者としてコキュートスの一角を牛耳る。
万事休すと思ったアヌビモンの元へ駆けつけたのが、ヴァルキリモンとそれに手引きされた大勢のデジモン達だった。
戦いは熾烈を極めた。
多くの死者が出た。
選ばれし子ども達とロイヤルナイツらは二手に分かれ、ダークエリアから攻め寄せる軍勢とそれを率いる強大な二体の究極体を相手にしなければならなかった。
アヌビモンはガルフモンを、ヴァルキリモンはグランドラクモンを相手にする方へそれぞれ回った。
そして疲労困憊の体、ようやく二体の究極体をコキュートスへ叩き落とした時にグランドラクモンは奥の手を使ってきた。
永久なる闇の世界への追放である。
選ばれし子どもかロイヤルナイツ。
どちらかを闇に葬れればそれで良し。
その目論見にいち早く気づき、身を呈して永久の闇に呑まれた者こそ、ヴァルキリモンだった。
「…なるほど、暗黒の海で先生と…しかし、よくまあ肉体を失っただけで済んだものだ」
ため息が出た。
ははっ、と渇いた笑いが返ってくる。
ーーー狂っていた方が幸せではないかと何度も思ったがね。
「むしろどうする気だ。魂のデータしかない以上、デジタマとして残すには容量が少なすぎる。今のお前に"次代"は産めないだろうが!」
特殊な力と役割を持つデジモンだけは、残したデジタマに記憶を継がせる。
そうして生まれたデジタマから孵った事で、"先代"たる個体から八割ほどの記憶を引き継ぐのである。
アヌビモン、ヴァルキリモンは、そうして継いできたデジモンの一種だ。
ーーー弱ったな、すっかり忘れていたよ。確かにそれは困ったものだ。……まあ、おいおい考えるとしよう。今はそれよりやるべき事ができた。
ラブラモンは自身がやってきた方へ視線を向けた。
「昨夜ここへやってきたネットゴーストを排除したのはお前か」
ーーーあまり騒がしくして欲しくなかったからね。なによりも害意がなかろうとあれらは、ここにいてはならないモノだ。
そう言いながらヴァルキリモンは肩に乗ったフレイアの頭を指で撫でた。
ーーーそれにしても昨日は初めて人間の食べ物を口にしたが悪くなかったよ。現実世界にまだ未知のものがあると思うと堪らない。そうじゃないか?
「初めての現実世界だからと…」
浮かれるな、と続けようとしたラブラモンは、近づいてくる話し声を耳にし中断した。
「そろそろ私は行く。もう時間だ」
「…どうにかならないの?この状況は…」
ラブラモンとヴァルキリモンが息を潜める。
美玖とシルフィーモンが連れ立って出てくるのが見えた。
「情報が入らない限りは現状維持だ」
美玖の声が不安げに震えた。
「でも、どうにかしないと、現実世界…私達の世界が」
「わかっている。だが、私達ではどうしようもない。今は探偵としてやっていく事に徹するしかないんだ」
対するシルフィーモンの方は平常を保っている。
無理に彼女の不安を取り除こうとするそぶりもない。
美玖の肩に手を置き、シルフィーモンは言った。
「私にできることは、君の元へ帰れるよう努めることだけだ。だから。君も無理はするなよ…」
「シルフィーモン」
「君が無事でいる事。その事実が、私にとって最高の報酬だ。それを忘れないでくれ」
美玖が顔を上げた時、シルフィーモンの姿はなかった。
こちら、五十嵐電脳探偵所 第12話 地図から消えた村
『転移』を受けて消えたシルフィーモン。
先程まで彼がいた場所にぼんやりと手を伸ばし、空を掴んで美玖はハッとなった。
ーーー選ばれし子どもとパートナーデジモンの関係でもないに関わらず微笑ましいね。こちらが妬けるよ。
「茶化してる暇があるなら少しはこちらを手伝え、ヴァルキリモン」
ーーーすまない、すまない。確か、イグドラシルがこちらに干渉したという話だったな?
「そうだ、…あのイグドラシルがだ」
ラブラモンが説明しようと口を開いたところへ、美玖の呼ぶ声が聞こえた。
「ラブラモン?ラブラモン!どこなの?朝ご飯よー!」
思わず、返事した。
「いまいくー!」
返答して美玖の方に向かいかけたところで、ハッとしラブラモンはヴァルキリモンの方を向き直る。
ヴァルキリモンはというと。
ーーー……っ。
顔を俯け、手で口元を押さえながらふるふると震えている。
「おい」
ーーーっくくく……。
「おい、笑うな」
ーーーいや、まさか厳格な裁判官殿が子どものような言葉遣いと声を…。
「だから笑うな!…くっ、先生がいる手前、子どもらしい言葉を演じなければならないこの身がもどかしい!」
「ラブラモン?朝ご飯冷めちゃうから早く戻ってきなさい!」
「ちょっとまってー!」
そのやりとりについにヴァルキリモンの耐え忍びは限界を超えた。
ーーーっぷ、あっっはははは!!駄目だ、こんなの笑うなという方が無理じゃないか!くっ、ぷっ、ははははっ!
「おのれ!!後で覚えてろヴァルキリモン!!」
ーーーー
その正午、二人の大学生が探偵所を訪れた。
三年次生の男子が一人と四年次生の女子が一人。
彼らは、各々を、笠倉勇吾、野々原華と名乗った。
「私達は○◇大学のオカルト研究サークルをしてます」
「サークル?」
「はい」
探偵アグモンの言葉にサークルの顧問を務める華はうなずいた。
「この探偵所が、以前に某県の呪われた館の謎を解いたという話を伺っていましてそれで是非とも私達もこの探偵所に協力をお願いした方が良いのでは?とサークルの皆で話し合ったもので…」
「呪われた館?」
探偵アグモンが訝しげに美玖を向いた。
「隣の県で依頼があったんです。その件ですね」
美玖は答えると、華に尋ねた。
「理由はわかりました。私達はオカルトに関して門外漢ですので、どこまで力になれるかわかりませんがお引き受けしましょう。それで、どのような案件でしょうか?」
「そうですね……」
華と勇吾は顔を見合わせた。
口を開いたのは勇吾だった。
「探偵所の皆さんは、『杉沢村』をご存知でしょうか?」
「杉沢村?」
一同、目を瞬かせた。
「青森県にあると言われる村のことです」
「青森?」
(そんな名前の村、あったかしら…?)
美玖は思い出そうとする。
青森には父方の親戚が蕎麦屋を営んでおり、年に数度赴いたり桃や梨を送り合うくらいには身近だ。
だが、そんな名前の村など聞いたことがない。
「美玖よ、確かお主の親戚が青森におらんかったか?」
「はい。蕎麦屋を営んでいまして…しかし、聞いたことのない名前の村です」
美玖が悩ましげに思い出そうとすると、華は頷き続けた。
「ある意味、仕方のない事かと。この村は、もうないんです」
「ない?どういうことなの?」
「この杉沢村は、数十年前に起こったある事件によって、地図から消された村なんです」
………曰く。
ある一人の男が突如狂気に陥り、斧を凶器に村中の人々を惨殺する事件が起こった。
男はその後自殺し、動機すら知られる事のないまま小さな村を血生臭い死で満たした。
事件の凄惨さや犯人の自殺による迷宮入りが相まり、その村は地図や公文書から事件の隠蔽目的で消された。
その村こそが杉沢村であり、一時期はオカルトのスレッドで話題にさえなった伝説である。
「地図から、消された…」
「これまで何人もの目撃談はあります。いずれも、背筋の凍るものばかりで…」
杉沢村は、国そのものから見捨てられた村とも言っていい。
実態が定かでないながらも、目撃談が相次いだこともある。
悪霊の溜まり場となっており、中に入った者の中にはそこで味わった恐怖のあまり髪が白髪へ変わったという話があるほどに。
「私達は、杉沢村の存在をテーマに選びました」
華が言うに、一週間後に目撃談から整理した情報を元に華と勇吾と任意希望のサークル参加者で散策に入る予定だ。
「実は数年前のテレビ番組でも捜索企画はあったらしいのです。けれど…」
その手の企画の常か、杉沢村の所在は分からずじまいに終わっている。
そこで、華達は自分達が探そうという。
その内容に探偵アグモンは眉をひそめた。
「好奇心は大いに結構だ、そこまで本気ならワシも止めぬ。この子が引き受けた以上な。だが、ワシから一つ約束をさせてくれ」
「は、はい」
「無理はするな、そして自身らが知る必要のないものを知ろうとするな。それが守れれば良い」
「…ふたつ、ある」
ラブラモンがぼそり。
それに構わず探偵アグモンは美玖の方を向いた。
「今回はグルルモンを連れて行きなさい。シルフィーモンは居らず、かといえワシまでこの子だけを留守にさせる訳にもいかんからな」
「わかりました」
そこで、美玖は周囲をそれとなく見回す。
かすかに、羽音が聞こえた。
あの鳥、フレイアが近くにいる。
それはつまり。
(…あのデジモンに、助けてもらえるのかしら…?)
確証とはいえない。
そもそも二度も三度も都合よく助けてもらえないかもしれないだろう。
自分は未だ、あのデジモンの名前すら知らないのだ。
未だに助けてくれた恩人の何もかもがわからない。
不安だ。
ーーー円卓の間にて。
防衛の為の手勢を派遣したデジタルポイント各所からの戦況がリアルタイムで映し出されているのを見ながら。
オメガモンはドゥフトモンを振り返った。
「防衛はかろうじて上手くいっているようだが、そう甘くはないか」
「ハッカーの送り込むアバターが厄介だな。対策を練りたい」
言いながらドゥフトモンは、送られてきたデータに目を通した。
「現在、日本の警察が計画を立てている。日本国内で発見された拠点から持ち帰ってきたデータにより、組織の本拠地の所在を掴めるかもしれない見込みが出たそうだ」
「三澤女史は何と?」
「SITを送り込む事を計画していると」
SIT、正式名称は特殊犯罪捜査係。
人質誘拐事件や大規模な過失業務事件、爆破事件等に対処する刑事部の部署の一つ。
SAT(特殊急襲部隊)とは同じく人質救出作戦部隊として編成されもするため、両者は混同されがちである。
SATより捜査力に秀でたSITを送り込むことで、活路を見出そうというのだ。
「元SITも招集する見込みだ」
ドゥフトモンの言葉にオメガモンは腕を組む。
「本拠地の所在が判明できればその分こちらも動きやすくなるというもの。デジタルポイントの封鎖もガンクゥモンの縁者達がこなしてくれている。問題は」
「アバターへの対処と、防衛のための戦力をどこまで本拠地への攻撃に回せるかだ」
ドゥフトモンは言いながら送り込まれてきたアバター500人とぶつかり合う手勢のいるデジタルポイントの映像に目を細めた。
アバターは無限に湧く。
どうにかするには、大元たるハッカーを叩くしかない。
「ところで、ジエスモンの動向は?何か連絡はないか」
「現在もメフィスモンを追跡中だ」
そうドゥフトモンが返した時、円卓の片隅でアラートが鳴った。
ロイヤルナイツからの通信である。
「ジエスモンか、首尾はどうだ?」
映像に映り込んだクールホワイトの小竜にオメガモンは問うた。
『こちらジエスモン。現在、青森県付近を散策している』
「青森?」
『日本国内の北に位置する所だ』
「メフィスモンの潜伏地が判明したのか?」
『いや、奴の居場所は未だ掴めていないが、奴と同盟を結んでいるフェレスモンが人間から魂のデータを搾り取る拠点の一つがここにあるという情報を得たのでそこを洗いに来ている』
「ふむ…」
『五十嵐探偵所から得た情報で、メフィスモンは今深手を負っているようだ』
「深手?」
『探偵所が受けた依頼の遂行の途中で、遭遇したリアルワールドの生物から傷を受けたらしい』
オメガモンとドゥフトモンは顔を見合わせた。
「…あのオリジナルのガルフモンを、一部のみとはいえリアルワールドの生物が深手を負わせた?」
『そういう話だ。それを確かめるためにも足取りを追っている』
「ふむ、報告ご苦労。引き続き追跡を開始してくれ。奴に不穏な動向が確認されたら即報を寄越すように」
『了解』
通信が終わり、ドゥフトモンはつぶやく。
「メフィスモンが深手を負っているのが事実ならば、その分フェレスモンの動きは大きくなるだろうな。隠れ蓑になるはずだ」
ーーー
依頼遂行日、探偵所前に一台のワゴン車が停まったのは朝5時頃。
運転しているのは、華と同じ四年次生の男子である大倉道也だ。
「おはようございます!探偵さん、隣へどうぞ」
中列に座った華が美玖へ声をかけた。
「おはようございます。失礼して…今日はよろしくお願いしますね」
「このお姉さんが、本物の探偵さん?思ったより若いし可愛い!」
「中田さん、失礼ですよ!」
隣の女子大生を華が叱る。
ワゴンに搭乗した人物は美玖を含めて七人。
明るめに染めた茶髪に、いっぱいのストラップを付けた携帯を手離さない二年次生の中田理枝。
おどおどとした、地味めな印象が理枝と対照的な一年次生の横道謙也。
黒のショートに青のカラコンが特徴的な同じく一年次生の林麻里奈。
そして、唯一外国籍であるベトナムからの留学生にして二年次生のチャン・リン・ドワゴン。
「今日はよろしくお願いしますね、探偵さん」
「すごい!本当にデジモンがいるんですね」
「わあ!デジモン、わたしも、初めて見ます!カッコイイ…!」
玄関で送りに出ている探偵アグモンとラブラモン、シルフィーモンを見て麻里奈とチャンが興奮する。
「せんせい、きをつけてね!」
「うん」
ドアが閉まり、走り出すワゴン車。
それに手を振りながら、シルフィーモンはつぶやく。
「私が出撃予定でなければ、一緒についてやれたのにな…」
「ぐるるもんがいるからだいじょうぶ!」
「だと、いいが……」
不安を隠さぬシルフィーモンの声。
探偵所に入りながら、探偵アグモンは振り返る。
ワゴンが走る後ろを飛んでついて行く金色の鳥を見やって。
ーーーー
青森へは車で高速を走れば片道五時間。
ワゴン車の中で音楽を流し、ワイワイと話し合う大学生達。
曲は今をときめくアイドルを中心としたラインナップのHIPHOPだが、それに反して話の内容は一貫してオカルトに関するもの。
やれ、某県のとある田舎には過去に人柱の風習があっただの。
やれ、某県の人里離れた山にはその昔に旧日本軍が使っていた病棟があるだの。
美玖からしても、真偽の掴みづらい話ばかりだ。
だが、大学生達は、さすがサークルに加わっているとだけあり、皆熱心に聞いている。
途中パーキングエリアで一回休憩と運転手交代に入る。
交代し、運転手を務めるのは華だ。
その関係で配置は、美玖の隣を華の代わりに道也が座ることになる。
「このまま行くとお昼になりそうだけど、どこかご飯食べてから調査にする?」
「美味しいお店がいいなー!」
「それなら、探偵さんが言ってたお蕎麦屋さんに寄らない?」
「良いですね」
国道を出て、青森南部に入ること数十キロ先。
時刻は12時半近く。
山道にも近く車通りのそこそこ多い場所に、その蕎麦屋、『ケンちゃん屋』はあった。
美玖の叔父にあたる店主、五十嵐賢治のこだわりと丹精を込めて作られた蕎麦は、地元でも常連ができるほど。
最後に会ったのは春信のお通夜以来だ。
美玖と大学生達が来た時には、平日とはいえバイカー達や地元の家族連れで少し混んでいた。
元気よく大きな声でオーダーや会計をこなす割烹着の女性が、美玖を見るや一際声をあげる。
「まあ!!美玖ちゃんじゃない!どうしたの、こんな所に!」
「仕事の最中でして、昼食にと」
美玖が言うと、その女性…賢治の妻である沙都子が厨房の方を向いた。
「ケンちゃーん!美玖ちゃんが来てるわよ!お昼ご飯食べに来たんですって!」
その声に厨房から、手拭いをバンダナのように頭に巻いたサングラスの男が顔を出す。
暑そうに肩にかけたタオルで汗を拭きながら、賢治は笑った。
「おう、美玖ちゃん!今日はどうした?」
「こんにちは、ケンさん。今日は仕事の関係で依頼人の人達と一緒にこちらでお昼ご飯を…」
「仕事かあ、大変だな。さっちゃん、席へ案内してやんな」
「はぁい!」
畳の小部屋に案内され、美玖と大学生達はひと息ついた。
メニュー表を配りながら、沙都子は美玖と話す。
「ケンちゃんの事だからいつもより大張りきりになるわ。注文が決まったらいつでも呼んでね」
「ありがとうございます。…そうだ、沙都子さん、後でケンさんもご一緒に聞きたいことがあるんですが」
「そうね、食べ終わってお会計したら、うちにいらっしゃい」
ざる蕎麦、山菜そばに力そば、鴨南蛮に月見そば。
それらが席に配膳されると、香り高く蕎麦つゆの湯気が漂う。
「美味しいー!」
シャキシャキとした食感の新鮮な山菜。
サクッとした歯応えながら衣が中身より目立つ事のない天ぷら。
そして、コシがあり喉越しの良い麺蕎麦そのもの。
そのどれもが、客の舌と胃に確かな満足を提供するに足る味とボリュームだ。
美玖も、自身が注文したきつね蕎麦を啜りながらうなずく。
(やっぱり、ケンさんのお蕎麦は美味しい…)
過去に賢治の蕎麦を食べたことは二回程だが、それでも今なおその美味しさは衰えていない。
大学生達も喜んで箸を進める。
華が美玖に声をかけた。
「探偵さん、この後の予定なんですが蕎麦屋の店長さん達にお話を伺いに行くんですね?」
「そうですね。ここで蕎麦屋を始めてから三十年近くいますから、杉沢村について何か情報があれば聞いていきたいところです」
「それなら、探偵さんに是非道のナビをお願いしたいです」
しかし、その前に情報を少しでも得ておきたい。
そう思った時、近くの席に座っていたバイカーの若い男二人が、こんなやりとりを交わしていた。
「今日は早いうちに宿泊先へ向かって休もうぜ。暗いと色々困るし、怖い話も聞くし」
「なんだ、それ?」
「ここ十年くらい前から、近くの山道で行方不明者が出てるんだ」
「マジかよ!」
大きな声をあげた片割れに、そのバイカーは静かにするよう人差し指を立てた。
「声がでかい。…それで、最近は走り屋も夜間の峠越えをやらないらしい。つくづく不吉な話だよな…」
「わりぃ…それっていわゆる神隠しに遭ったって事か?」
「さあな。少なくとも俺はそんなもん信じない」
この時、美玖は華と一緒にこのやりとりに耳をそばだてていた。
他の大学生達は自分達の頼んだ蕎麦をシェアし合ったりしてやりとりには気づいていない。
(……夜間の山道で、神隠し?)
…出発日の前、美玖は事前に杉沢村について調べていた。
オカルトスレッドのログを、当時まだネットワークがパソコン通信と呼ばれていた頃の非常に古い年数まで辿って。
そこでわかった幾つかの情報。
まず、杉沢村の目撃情報は、夜間の山道が多いということ。
地図にこそ載っていないものの、村そのものの痕跡が残っているとされている場所が存在すること。
(…後は、実際にたどり着いてみないとわからないわね…)
実在しない創作の可能性を問う説も幾つかあった。
しかし、行方不明者が出ているという話との関連性を問うには情報収集が先だ。
美玖は華に目配せすると、席を離れてバイカー達に近づく。
「すみません」
「え、はい?」
「私達は旅行にここへ来たばかりなんですが…今の話は本当でしょうか」
行方不明者の件を持ち出していたバイカーが、頭を掻く。
「聞こえていましたか…すみません。不安にさせるつもりはなかったんですが」
「いえ、私達も始めての青森の旅行でしたので、今のお話について少しでもお聞かせ願えたら。宿泊先の確保も関わっていますからね」
「そうですか……とはいえ、俺もネットが出元の噂を見た程度だから無責任でしかないです」
それでも、という美玖の頼みにより、そのバイカーから得られた話によると。
今から十年前から、この蕎麦屋の近くから入る山道より先で行方不明者が出続けている。
未だに原因は不明であり、警察の捜索も何度かあったのだがその警察からも行方知れずになった者がいるという。
「そんな話が…」
「とはいっても、ネットの話ですからね…確証はないんです。神隠しだっていわれてますけど、俺オカルトとかそういうのは信じないタチなのでなんか不安がらせてすみません。ダチとのツーリングで話のタネになりそうだと思って話しただけですから」
「おい…」
片割れバイカーはジト目で相方を睨む。
美玖は一礼した。
「お話を聞かせてくれてありがとうございました」
「こっちこそ、こいつがすみません。旅行、楽しんで下さい」
ーーーー
会計を済ませ、沙都子から家の鍵を渡されると美玖達はワゴンへ戻った。
「探偵さん、運転できますか?」
「大丈夫ですよ」
車のハンドルは美玖に任された。
賢治の自宅は店や山道とは反対の方向にある。
国道からも近い。
到着後、事前に沙都子達から許可は得ていたため美玖と大学生達は家へと上がり待つことにした。
「お邪魔しまーす!」
大学生達と家に入り、お茶を淹れてすぐに計画の確認が行われた。
「今、私達がいるのはこの辺り。これから散策予定となる山道へは20時の予定となります」
赤ペンを手に、華はこたつテーブルの上に広げた地図で説明する。
「先程、お店にいたバイカーさんから行方不明者が出ているという情報を入手しました」
「ゆ、行方不明者って…」
「え。本当なんですか!?」
すぐさま謙也と麻里奈が両極端な反応を示した。
「あくまで、ネットで見た噂との事ですので、鵜呑みにはできませんが。それでも、共通点があるので頭の片隅に入れておくのが良いでしょう」
「具体的にはどんな?」
今度は道也。
「今のところ、夜間に山道を移動した者が…というだけですね。なので、これからケンさん達に聞こうと思います。もうじき閉店時間ですしね」
時計の針は17時を指している。
蕎麦屋の閉店時間だ。
「それで蕎麦屋さんからお話を聞いたらすぐに出発します」
「今回はどこまで回る予定ですか?」
夜間の山道の移動や車内泊を念頭に移動ルートを相談し合う。
雰囲気は旅行の計画相談のそれだが、内容は危険性があるかもわからない怪異の探索だ。
せめて何もなかったというオチで終わりであった方が、幸いだったのかもしれない。
ーー
「美玖ちゃん、帰ったぞー」
「ただいまぁ」
「お帰りなさい、ケンさん、沙都子さん」
話し合いの途中、賢治達が帰宅してきたのを迎える。
沙都子が台所へ入っていく。
「美玖ちゃん、それと大学生の皆さんはこれから山道へ向かう相談かい?」
「はい。……その、それで、聴きたいことがあるの、ケンさん」
「おう、どうしたん?おれも、山道へ行くと聞いて言っときたい事があるんだけど」
心配げに返す賢治の言葉に、美玖は華と顔を見合わせ、続ける。
「お昼にお客さんから聞いた話なんですが…」
昼間にバイカー達から聞いた話を美玖は話す。
それに賢治は渋い顔をしながら沈黙。
「……店主さん?」
「ああ、もう、聞いてたんだな…そうか」
賢治は表情を崩さないまま茶を一口。
唇を湿らせると話した。
「おれが言いたかったのは、その行方不明の件なんだよ」
「本当だったんですね…」
「ああ。うちの常連にも一人出てな…その奥さんが捜索願を警察に出してるんだ。一週間前にね」
賢治が言うには、ここ十年で行方不明者は増える一方であり、現在は夜間の山道での運行を規制している場所もあるという。
その関係で、美玖達に注意を促したかったというのが彼の意図だ。
「とはいっても、どうしても今回のサークルの方針としては是非とも散策に必要というスケジュールでしたので…」
「そうか…おれとしては止めたいところなんだがなあ…。数日前にうちの店に来たデジモンも、山道に入るっていうんで止めたんだがどうしても探したいものがあると言って聞かなくてな…」
「デジモンが、ですか」
「ドラゴンを小さくしたような白いデジモンでな、そのデジモンがたった一人で来たんだよ」
ドラゴンの姿の白いデジモン。
その言葉に、美玖は心当たりを覚えた。
「ケンさん、そのデジモン、もしかしてお名前はハックモンという名前ではありませんでしたか?」
「ん?……確かに、そんな名前だったような」
「以前に別な依頼でお世話になった事があるデジモンなんです。その方なら大丈夫だと思いますよ」
そう言いながら、美玖はふと疑問を抱いた。
(ハックモンさんが、ここに…。今回聞いた行方不明者の件、杉沢村…どちらとも関係が?)
ついで、華達は杉沢村についても聞いてみたが、賢治は首を傾げるばかりだった。
元々青森出身である沙都子に聞いても同じ反応だ。
ここまで聞いたのなら、後は。
大学生達と美玖がワゴンへ乗り込むと、賢治が見送りに出てきた。
「本当に、気をつけてな」
「大丈夫ですよ、沙都子さんにもよろしく伝えてください」
「美味しいお蕎麦ありがとうございました!」
車が出発したのは夜も更けての20時。
店があった国道近くへ逆戻りし、迷わず山道へ向かう。
山道で明るいのは、街に近い場所だけだ。
道を入って少しすれば、街灯は消えたちまち夜の深い闇が包む。
ここまで来ると頼りになる明かりは車や自転車ならヘッドライト、徒歩なら懐中電灯でもなければまともに前を歩くことはできない。
ワゴンは緩やかなカーブとガードレールを照らしながら上っていた。
山道を上っている間、ワゴン車の中は一種異様な沈黙に包まれていた。
朝方から昼間にかけての和気藹々さはどこへやら緊張から皆口を閉ざしていた。
(…皆、無理をしていたのかな…)
そんな事を美玖は思った。
ただでさえ実在するかもわからない村の所在を確かめに行くだけでない。
……行方不明者が出ているという案件。
それが言いようのない不安をもたらしているに違いなかった。
いくらオカルトが好きとはいっても、彼らも美玖と同じ普通の人達。
勇みだって行く程の肝の太さまでは持ち合わせていないのだ。
「……探偵さん、大丈夫ですか?」
隣に座っていた勇吾が尋ねた。
「私でしたら大丈夫ですよ」
「そうですか。…実は、さっき聞いた行方不明者の話を調べていたんです」
手元には開いた携帯電話。
「行方不明者が出ている件なんですが、幾つか噂があるらしくて」
「例えば?」
「その中で一番の可能性が、デジモンによるものではないか、と」
「……デジモンが」
実際、デジモンによる誘拐が神隠しや行方不明の原因と判明したケースは幾つも存在している。
その多くが、凶暴なデジモンによる捕食行動や殺害衝動の犠牲者になっていることもよくあるのだ。
(もしかして、今回もそういう案件だとしたら…)
考えれば、以前に調査した洋館も、デジモンが関わっていた。
そして、その洋館の案件には、間接的だがメフィスモンが絡んでいる。
しかし、今回聞いた行方不明者の案件は。
(今から十年前…メフィスモンが現れるよりも五年前。デジモンの仕業だとしても、メフィスモンではなく他のデジモンによるもの……)
「ね、ねえ?」
声が張り上げられた。
理枝のものだ。
「携帯が、なぜか圏外になってる!契約してる会社、電波が良好なとこのはずなのに」
見れば、全員の携帯電話の表示は圏外になっている。
そればかりか、表示された文字が虫食いのように文字化けしていた。
「いくら山の中でもこれはおかしいよ!」
「それに、先輩、やまのなか、ぐるぐるしてる」
チャンの言葉に運転していた道也の顔は真っ青になった。
「まさか」
美玖は腕のツールを起動する。
そして、モーショントラッカーの機能を使用してみた。
「……やっぱり!」
モーショントラッカーは美玖達七人と非デジモン反応一体分を表示している。
これが意味することはひとつ。
「今、私達はデジタルポイントの中にいる…!」
「え?デジっ…え?」
「それって、デジモンの通り道的なやつですよね確か」
理枝と麻里奈が戸惑って顔を見合わせた時。
道也が声をあげた。
「待った、チャンの言う通り、俺達どうやら同じ道路を回ってるらしい…この標榜、さっきのと同じだ」
美玖は非デジモンを示す反応の方を向いた。
ワゴンよりやや高い視点から並行して飛んでいる金色の鳥を見る。
(あのデジモンらしい反応がないけど…フレイアがいるのなら、近くにいるのかしら)
「一回引き返してみたら?」
「そうするか…いや、待てよ」
華の提案にうなずきかけて、道也はワゴンを道の端に寄せた。
エンジンは止めないまま、窓から外を覗き見る。
「どうしたんですか、道也先輩」
「あそこに道がある…さっきまで、あんな道あったか?」
美玖も見れば、そこは車一台やっと通れる幅の小道だ。
皆に聞くまでもなく、ワゴンはその道に入る。
道はさらに真っ暗で、その上整理されていない砂利道だ。
かなりの頻度でワゴンがガクつき揺れた先、とあるものが全員の目についた。
まず目についたのは一点の看板。
そこには、こう書かれていた。
『ここから先へ立ち入る者 命の保証はない』
「この看板…!」
全員は顔を見合わせた。
そして次に。
ぼんやりと暗闇の中に見えてきたのは鳥居。
それも、かなりの年月が過ぎているのか遠目からわかるほどに朽ち果てている。
「間違いない、ここが杉沢村への入り口…!」
誰かが唾を呑む音がした。
美玖はその鳥居の手前に、いく台もの車が停まっているのを見た。
「この車達…」
車の何台かは、一体どれほど時間が経っているのか腐った落ち葉に埋もれ、車体には錆が見受けられる。
さらに、一台は青森県警のものと思しきパトカーも見つかった。
「行方不明者は、皆、杉沢村に入って…」
華が言いながら、鳥居の下にある髑髏のような岩に近づいた。
すでに勇吾が写真を撮っている。
美玖は車から降りるとすぐに携帯電話を開いた。
それを前方へかざす。
「グルルモン!」
携帯電話の画面が光ったと思うと、グルルモンがその場に現れる。
それに大学生達は驚いた。
「え、携帯から…え、デジモン!?」
「すごい!デジモンが携帯から出てくるの初めて見た!」
「おお、なんだか、すごいです!」
身体をほぐすように伸びをした後、グルルモンは鼻を動かした。
「…気ヲツケロ、美玖。デジモンノ臭イガコノ先デスル」
言いながらグルルモンが睨む先は、鳥居の向こう側。
その時、美玖のモーショントラッカーでデジモンの反応が一瞬だけ動いたのと同時に、鳥居の向こうで白いものが動いた。
それに反応したのは勇吾とチャンだ。
「!」
「いまの、皆さん、おいかけましょう!」
それを皮切りに、鳥居の向こうへ消えた白い影を追いかけていった大学生達。
グルルモンが美玖の傍らへ来た。
「アイツラヲ追ウゾ、乗レ」
グルルモンに乗った美玖が合流した時、大学生達は数件の廃屋の前で止まっていた。
華が美玖に向かって手を振る。
見ると、その手にはなにやらレシーバーに似た機械が握られていた。
「探偵さん、探偵さんにもこれを一つ持ってもらっていいですか?」
「それは……レシーバー?」
美玖が目を瞬かせる。
勇吾が代わりに答えた。
「スピリットボックスです」
「スピリットボックス?」
「最近、ゴーストハンティングの秘密道具として話題になっている機械ですよ。幽霊の声を再生できるというものです」
「幽霊の、声……」
細かなスイッチボタンが8つついているそれを、華は美玖に手渡した。
「それでは、一組に一つずつと探偵さんにスピリットボックスを渡したところで探索といきましょうか」
「どうやらここが、杉沢村の入り口に近い家屋のようですね。かなり荒れていますが…」
言いながら、華が一つの家屋の中を覗き込む。
グルルモンが退屈げにあくびをした時。
美玖の手元で声がした。
ーーーザー……く……える……
ーーーザーー……み、…わた……え…
ーーーザーー……テス、テステス、あー…聞こ、え……
「!?」
美玖は手元のスピリットボックスに目をやる。
確かに、何か声が聞こえた。
「…あの、勇吾さん!」
「どうしました?」
「これ、声を聴きやすくできませんか?」
美玖の言葉に勇吾は近寄った。
「早速幽霊の声が聞こえましたか!」
「これ、どうしたらいいんでしょう?」
「周波数を調整しますよ、一度貸してください」
他の大学生達が小声で何かを話し合うなか、勇吾が美玖のスピリットボックスを操作する。
やがて、ノイズまみれの音声は鮮明になり…。
ーーーあー、テステス。どうかね、美玖。私の声は聞こえるようになったかい?
聞き覚えのある声に、美玖は目を瞬かせた。
「あなたは…あの時のデジモン…」
ーーーどうやら通信できるようだね。これはまた面白いものだな。肉体を失った身には有難い通信手段だよ、そう思わないかね?
「え…えっ?」
勇吾が困惑の声をあげた。
それに構わず、声の主であるヴァルキリモンは話を続けた。
ーーーせっかくだ、この機械を通して話させてもらうよ。君達がいるその場所だが、…そこは村ではない。敵地だ。早く抜け出したまえ。でないと……。
「!?」
ツールのモーショントラッカーに反応が強く出た。
反応はウイルス種数体。
「な、なに!?」
理枝が不安げに周囲を見回した時、彼女が立っている場所の物陰から白いモノが飛び出してきた。
悲鳴があがる。
「きゃああーっ!!」
「『カオスファイアー』!」
理枝に襲いかかろうとした白い布のようなデジモンを不気味な色の炎が焼きつくす。
「今のは…!」
ーーーバケモンだな。
ヴァルキリモンの言葉にグルルモンは唸り声をあげた。
「ドコカラ見テイルガ知ランガ、大方大量ニコイツラハ居ルンダロウ?」
ーーーそうだね、ここから見える限りでも、そこよりちょっと離れたところに数十体はバケモンとソウルモンが…いやまて、かなり離れた所にスカルサタモンが一体いる。ここの監督者のつもりかな?
「ま、待って」
勇吾が、華が、大学生全員が顔面蒼白になる。
先程のはデジモン?
幽霊ではない?
「あ、あの、今話しているのは幽霊では、ないんですか?」
ーーーおや、そういえば説明がまだだったね。期待を裏切るようですまないが、私は幽霊ではなくデジモンだ。…その余裕もないので名乗れないが。それより気をつけた方が良い、また来るよ。
ヴァルキリモンのその声を待っていたように。
村の家屋の至るところから、大量に白い影が出現した。
以前にナイルの街で見たソウルモンに限らず、そのソウルモンから帽子を取っ払ったようなバケモンが混ざっている。
「ちょ、ちょっと、本当にちょっと待って!?」
「え、幽霊じゃ、ないんです?」
「これ全部デジモンとかウソでしょ…!?」
そこまでが彼らにとっては限界だった。
「数ガ多イ、ココハ一度…」
「うわああああーっ!!」
「きゃああああーっ!!」
ーーー落ち着きたまえ!下手にバラけては……
「皆さん、一度引き返さないと!落ち着いてーー」
ヴァルキリモンと美玖の制止も空しく、パニックを起こした大学生達。
グルルモンの舌打ちが聞こえたかと思うと、『カオスファイアー』で前方のソウルモン達を焼き払い強引に走り抜け始めた。
「オイ、ドコノ誰カ知ラナイガ、ソッチカラモ見エルナラ援護クライシロ!」
ーーーすまないが、それには私が美玖のすぐ近くにいることが肝要でね。私が直接、戦闘での援護をするには制約がかかり過ぎてしまっている。…温存はしておくが。
「……グルルモン」
美玖がグルルモンの背にしがみつきながら、勇吾が落としたものを回収したスピリットボックスに口を寄せる。
「でも、このままお話はできる。この機械は彼らも持っているので、どうにか連絡はできるはずです。誰か一人でも連絡が取れましたら、安全な場所への誘導をお願いできませんか?」
ーーー良し、その指示、引き受けたよ。
時間を少し遡り……
「まさかこんな山の中にデジタルポイントがあるとは…」
クールホワイトの小竜、ハックモンは暗い森の中を歩いていく。
ぐるぐると同じ場所を回ってやっと、可能性のある道へと入ればいく台もの車やバイクが目に入った。
「…かなり朽ちたものもある。行方不明の原因はおそらく」
その中に、まだ土埃や朽葉すらかかっていない白いワゴン車が停まっているのが目に入った。
「この車は…」
車体に軽く触れてみる。
まだ、温かい。
その時、ハックモンの耳に悲鳴が聞こえた。
「……あっちか!」
ーー
「『グルルスラスト』!」
回転した躯体、その肩口のブレードが対象を切り刻む。
ソウルモンやバケモンだったモノがはらはらと舞い落ちるなかをグルルモンが走り抜けていく。
暴れる獣の背にしがみつきながら、美玖も手の中に生じた弓を構えようとしてみる。
もっとも、乗馬すらしたことのない人間が、騎乗しながら矢を射るのははるかに難しいため狙いもまともに定まらないのだが。
なにより。
「ウカツニ動クナ、美玖!サモナケレバ振リ落トスゾ!」
グルルモン自身が戦っている時に体勢を崩そうものなら、たちまち落獣してグルルモンの攻撃に巻き込まれるかソウルモン達の餌食になりかねない。
グルルモンもそれを承知で立ち回っている。
「戦イハ俺ガヤル。オ前ハ周リニ依頼人ガイナイカ探セ!」
言われた通りに、美玖はモーショントラッカーを見る。
見た目以上に入り組んだ村の中、モニターに表示される点はどこもかしこもウイルス種デジモンの反応ばかりだ。
「…グルルモン、スカルサタモンってどんなデジモンなの?!」
「堕天使型デジモンノ成レノ果テダ。単純ナ戦闘能力ナラ以前ノファントモンナド話ニナラン」
「それほど、強い…」
「イクラオ前ニ人情ガアルトハイエ限度トイウモノガアル。スカルサタモンニ依頼人ガ襲ワレタナラ、見捨テル事モ考エルンダナ」
グルルモンは、少なくともあのデジモンを信用していない。
ましてや、ダークエリアに棲むものの中でも高純度の闇の力を有する強力なデジモンが絡むとなればだ。
むろん、成熟期であるグルルモンがスカルサタモンに挑んだところで勝算は薄い。
成熟期が完全体に挑んで勝ち目はないこともないが、世代が上の相手を圧倒する事のできる力を持つデジモンはそういない。
「華さん達、どうか無事でいて…!」
ーー
「はぁ、はぁ、はぁ…も、もう、ダメ…!」
「ここで、息を、ひそめましょう」
家屋の一つ、その中に身を潜めて息を殺すはチャンと麻里奈。
元はそれなりに裕福な者の家なのだろうか、農具がそこかしこに置かれお陰様で身を隠すには困らない。
「どうしましょう…先輩達や探偵さん、大丈夫かな」
「大丈夫、信じましょう。問題は、私達」
チャンは言いながら、土壁に空いた穴から外を盗み見る。
白いものが視界いっぱいに埋まり、何かを探すようにうごめく。
麻里奈に目配せし、チャンは静かにするようジェスチャーした。
しばらくすると、白いものが穴の向こうから動いて消える。
(…でも、本当にどうしよう)
チャンは思考を巡らせる。
チャンが杉沢村の調査に参加したのは、日本の農村そのものにもだが、日本独自の陰鬱とした怪談やサスペンスといったものに惹かれていたからだった。
それが、ここへきてまさかの危険なデジモンの介入である。
ベトナムでもデジモンはそれほど馴染んだ存在ではないが、無害な存在でない事は知っていた。
(あの探偵さんはきっと、大丈夫)
美玖の人となりを思い出し、チャンは心の中で強くうなずいた。
その時である。
手元のスピリットボックスから声が聞こえたのは。
ーーー聞こえるかい、人間よ。
「!」
麻里奈が驚く表情でチャンのスピリットボックスを見る。
チャンはうなずき、小声で応じた。
「聞こえます。あなたは、さっき、探偵さんと、話してた」
ーーーそうだよ。君は、異国の言葉にまだ不慣れのようだが良い受け答えだ。
姿の見えぬデジモンの声はチャンの応答に微かな笑みを含めた声音となる。
そのまま、デジモンの声は続けた。
ーーーそこが君達の安地というわけか。問題ないな。
「私達は、どうすれば、いいですか?」
ーーー現状、君達の周辺のソウルモンやバケモンの数は少ないがまだ誘導するに必要な場所が見極められなくてね。それについてはもうしばらく我慢してくれたまえ。……ただし、周辺の敵の数が増え始めたなら君達にすぐ知らせよう。そうしたらすぐそこから離れるんだ。
「華先輩達は無事なんですか?」
今度は麻里奈が尋ねた。
こちらも、なるべく小声で。
ーーー場所の把握はできたが君達よりもさらに多い敵に囲まれた所だ。身の安全を優先したか、こちらからの声には応えなかったが。
「そうですか」
ーーーともあれ、君達の対応についてはまだ誘導は先送りだが、敵が増えた際の避難ルートの確保は約束しよう。
…………
村の一画、かなり奥まった地点の家の中で、華と道也、勇吾は身を潜めていた。
周囲にはソウルモンやバケモンがひしめいており、とても話すらできない。
先程スピリットボックスから声が聞こえるも、道也の咄嗟の判断でバッテリーを抜くことで中断させた。
暗い家の中。
それも、畳と一部の部屋の壁には黒い血痕。
まさに、話に聞いた杉沢村の情報そのままだ。
ただ、そのような家の中で誰一人何も言わぬまま居るのは気分が悪い。
そんななか、勇吾が携帯電話を出す。
手をかざすようにディスプレイの光を抑えて、テンキーを入力していく。
そして、打った文字を華達に見せた。
『これで話そう』
そこで、華達は各々携帯のテンキーを打ちながら見せ合った。
『ここ、村のどの辺だろう?』
『かなり奥まで走っちゃったね。横道君と中田さん、大丈夫かな』
ソウルモンらから逃げた時。
謙也と理枝は華達と逃げていたのだが、横槍で現れたバケモンに驚き別の方向へ逃げてしまったのだ。
『無事を祈るしかないな』
携帯を見せ合いながら、華達が話し合っていた時。
外から喧騒が聞こえてきた。
「『フィフクロス』!」
高速で何か白い影が走りすぎるのが見える。
立て続けに聞こえる断末魔にも似た悲鳴。
華達が顔を見合わせていると、外から声が聞こえた。
「やはりここが奴の拠点の一つで間違いないか」
勇吾がそっと覗き見ると、一体の白い竜のようなデジモンが周囲を見渡していた。
周りにあれほど多くいたソウルモン達は影も形もない。
「ここでフェレスモンとメフィスモン、どちらかに関わる情報が手に入ると良いのだが…それにしても随分古びた村の様相だな、ここは」
勇吾が華に携帯を見せる。
『外に白いドラゴンみたいなデジモンがいる』
『それって、もしかして、お蕎麦屋さんから聞いた探偵さんと知り合いの白いデジモン?ハックモンていったっけ』
『かもしれない。幽霊みたいなデジモンを片っ端から倒してくれてるみたいだし、話しかけて大丈夫だと思う?』
『なら俺が行く。華と笠倉は隠れて待ってて』
そう打つと、道也が立った。
「ん?誰だ」
ソウルモン達を倒し、改めて村を見渡していたハックモン…が進化したバオハックモンが物音に気づき振り返る。
「あの…すみません」
「人間?なぜこんな所に」
目を瞬かせたバオハックモンに、道也は少し安堵した。
やはり、人間を襲うようなデジモンではないようだ。
道也は事情を話すと、華達に出てくるよう促した。
「なるほど、先程の悲鳴は君達か」
「はい…」
「だが杉沢村というのは初めて聞いた。俺は、ある闇のデジモンを追跡に来たんだが」
「けれど、鳥居にドクロの岩、そして看板。あれは、杉沢村を語る上でなくてはならないものです。間違いない」
「……ううむ」
バオハックモンが物思いに耽ったその時。
華達がいる地点よりさらに奥の方から、悲鳴が聞こえた。
「今のは……」
「謙也君!!」
…………
「『キラーバイト』!」
道をふさぐ最後のバケモンが牙で引き裂かれた時。
グルルモン、美玖も少年の悲鳴を聞いた。
「今のは…依頼人の子達の一人!」
「向カウカ?」
ツールで確認してみる。
モーショントラッカーには、人間の反応が一つ。
周囲にはデジモンの反応はない。
「一人だけしかいない…?ひとまず行きましょう!」
「ワカッタ!」
グルルモンの足で駆けつけてみれば、かなり大きな長屋の前で一人の男子学生が後ろへ倒れ込んでいた。
謙也だ。
顔面蒼白で震えている。
とっさにグルルモンの背から降りて駆け寄った。
「横道さん!どうしたんですか?華さん達は!?」
「あ……あぁ…、はっ…あ…」
謙也は問いに答えない。
そこへ。
「探偵さん!」
「よかった、無事だった!」
華達とバオハックモンも駆けつけて、美玖は目を見開いた。
「ハックモンさん…!?」
「美玖か、まさかここで会うとは……、っ…!」
美玖に事情を聞こうとし、バオハックモンは不快げに目を細めた。
漂ってくる腐臭。
「うえっ…なんだこの臭い」
「生ゴミの臭いをキツくしたみたい」
臭いの出処は目の前の長屋だ。
謙也が開けたのか、引き戸が少し開いている。
「………」
嫌な予感を覚えながら、美玖は長屋の前に立った。
「気ヲツケロ」
グルルモンの言葉を背に受けながら、懐中電灯を手に引き戸へ近寄る。
臭いは近づくとより強烈になり、ハエがぶんぶんと目の前で飛び交うのを手で払う。
そうして長屋の中を懐中電灯で照らすと。
「………うっ」
懐中電灯で照らされた、ひと部屋いっぱいにあるそれはーーー
死体
死体
死体
もはや原型さえ留めてないものも多く、闇の中で蛆が不気味にうごめきながら腐肉を啜るのが見えた。
腐敗しきっていないものの中に見える、あれは警察の制服か。
背後から近寄ってくる気配。
華のものだ。
「探偵さん?」
「…来てはダメ!!」
バンっ!!
口元を手で押さえながら、美玖は引き戸を閉めた。
「探偵さん…?」
「美玖、何が見えた?」
尋ねる面々を振り返った。
「ダメ……!中は死体だらけよ!警察の制服も見えた」
「警察の!?それって、まさか……」
ある事実に思い至って、血の気を失っていく。
……十年前から起き続けていた、行方不明事件。
捜索中の警察官すら消えた不祥事。
山中に発生したデジタルポイント。
「まさか、行方不明者を、ここで集めて……」
「その通り!魂を集める為にな」
新たな声と共に、一体のデジモンが姿を現した。
黒ずくめの、骸骨のような外見。
しかし、その背には大きな悪魔の翼を生やし、何よりも目立つは肋骨の奥に守られた黒い球。
おそらく、電脳核(デジコア)。
「ようこそ、フェレスモン様の魂の蒐集所へ」
「…スカルサタモン!!」
……………
「はあっ、はっ、はっ、はあっ…も、もう、ダメぇ…!!」
走るたび肺から逃げていく空気。
これ以上に走ったなんて記憶は多分今しかない。
ソウルモン達に追われながら、理枝は疲労から徐々に走る速度を落としていた。
それを、見下ろす視線がある。
腰に提げた矢筒から一本、矢を取り出す。
黒いクロスボウの弓床に添わせるように、装填。
それを、理枝が向かう先、堆肥袋が山のように積まれた所。
理枝がその下を通り過ぎたところで、クロスボウから矢が放たれた。
ぼすっ
一番下に積まれた一袋に穴が空き、中身が少し漏れる。
バスバスっ
ぼすっ
中身の溢れ出す量が増えて、袋の山がぐらりと傾いだ。
中身を失ったことで形を変える堆肥袋。
その支えを失った中段から上の堆肥袋が崩れ落ちていった。
ソウルモン達の何体かがその下敷きになり、理枝を追うための道が塞がれることになる。
「な、何!?」
驚いた理枝が後ろで倒壊した堆肥袋の山を振り返っていると、金色の鳥が彼女の視界をよぎった。
ピイッ
「え、なに、この鳥…」
陰鬱な場所にあまりにも不釣り合いな金色の鳥は、理枝の頭上を大きく旋回。
まるで道案内をするように、理枝を導くように飛んでいく。
「…ついてけばいいのかな!?」
金色の鳥の後をついていくこと数分。
そこで、別の足音とぶつかった。
「…理枝先輩!」
ばったりと鉢合わせたのはチャンと麻里奈。
二人は周囲の敵が増えてきたことをスピリットボックスからの連絡で知り、金色の鳥に誘導された場所で隠れていたのだ。
「華先輩達はどこかわかる!?」
「さっき、連絡、あった。今、探偵さん、と、合流して、かなり奥にいる!」
「連絡?…あ、謙也が!」
先程理枝が組んだ相手が、スピリットボックスを預かっていた謙也だったがソウルモンやバケモンの襲撃の際はぐれてしまったのだ。
「ねえ、チャン!そのスピリットボックスてさ、使えるの?」
「使える!」
「じゃあさ、ちょっと貸して」
理枝はチャンからスピリットボックスを受け取ると話しかけた。
「ええと、デジモンさん?返事できますかー!デジモンさん!」
チャン達が周りを見渡すなかで声をかけ続ける理枝。
そこで、やっと返事がきた。
ーーーすまないね、少しばかり他への対処に手間取っていたところだよ。
「良かった、聞こえた!ねえ、私達はどこへ行けばいいの!?」
ーーーそこから君達が村に入った近くの家まで戻れるかい?今、奥へと敵が集中して手薄になっているだろう。
「奥!?」
ーーーその家に隠れて待機するといい。危険があった時のために、その報せとしてフレイアが君達のそばにつくはずだ。
「フレイアって……」
ピィーッ
ばさり、と金色の鳥が来る。
「あっ、さっきの鳥!?」
ーーー私は今のうちに待機状態を維持する。すでに監督者が動き出した。まもなく、君達の友達や頼りにしている探偵達がこちらに来るはずだ。その時になったら、フレイアを通じて君達に教えよう。
通信は、そこで終わった。
ーーーー
「おのれ、待てい!!」
離れた所にいるスカルサタモンの叫びを背後に、美玖達は村の入り口を目指して走っていた。
麻痺光線銃を受けて今のスカルサタモンは動くのに難儀している。
その間に。
グルルモンの背には美玖だけでなく、未だ茫然自失とした謙也や華達全員が乗っている。
「走リニクイ…!」
まともに戦闘を行える状態ではないグルルモンの代わりに殿を引き受けるのは、バオハックモンから進化したセイバーハックモンだ。
「『トライデントセイバー』!」
縦横無尽に駆け巡りながら、後方だけならず前方を塞ぐ敵にも反応し切り裂く。
だが、ソウルモンやバケモンは次から次へと現れる。
「一体どこからこれだけの数を…!」
「以前、エジプトの時はフェレスモンが呼び出していた、と思うのですが」
学生達は必死にしがみついているため、掛け合いも満足にできる状態ではない。
だが、村の入り口付近まで戻ってきたところで、手を振る三人分の人影が見えてきた。
「チャン達だ!」
グルルモンがそこで足を止めると、降りた華達が彼らに合流した。
「謙也いたんだ!…て、どうしたの!?」
「うう…う…」
「後で話す!その頃には謙也も落ち着くだろうし…早く車へ!!」
ピィーッ
フレイアが先導するように飛んでいった。
「あの鳥は!?」
「待て!それ以上先へは逃すな!!」
スカルサタモンの声に一行は顔を見合わせた。
ここで話し合っている猶予はない。
鳥居を目指し、その先を抜けて停めていたワゴンに乗り込んだ。
「俺達が足止めをするから、早く!」
セイバーハックモンとグルルモンが入り口に止まってくれる。
運転席に乗った道也が車のキーを差し込んだ。
「『メテオフレイム』!」
「『カオスファイアー』!」
背後ではすでにセイバーハックモン達が戦闘を始めていた。
相手側の中には、スタンから立ち直ったスカルサタモンも混じっている。
………だが。
何分経とうが、エンジンのかかる気配がない。
「ね、ねえ、道也!早く車出して!」
「先輩!」
「わかってるけどよ!」
振り返る道也の顔は青ざめ、脂汗がしたたっていた。
「車が…車が動かないんだ!!」
「ど、どういうこと!?」
バンっ!!
突如窓を強く叩くような衝撃。
窓へ目を向けた麻里奈と理枝が悲鳴をあげた。
「きゃあああああああ!!!」
数体ものバケモンがワゴンを取り囲んでいる。
彼らは身体を覆う白い布の下から伸ばした『ヘルズハンド』を窓に打ち付けていた。
「グオオッ!」
グルルモンの声と脇へ吹き飛ばされる姿が見えた。
助けに向かおうとしてスカルサタモンに妨害されたのだ。
「か、囲まれた…どうしよう!」
スカルサタモンの哄笑が響く。
「逃げても無駄だ!貴様らはここで○○○○モン様の糧となれい!」
「……!」
弓を手に、美玖は脇のドアに手をかけた。
「探偵さんダメ!!今、出たら囲まれちゃうよ!」
麻里奈が気づいて強く引き留める。
その時、スピリットボックスから声が聞こえ、美玖の胸元に再び熱いものが灯った。
ーーーやあ、待たせたな。ではそろそろ、私も動くとしよう。君を危険に晒すわけにもいかないからね、美玖。人間の言葉でこう言うんだろう?…「ヒーローは遅れてやって来る」とね。
ザワッ
…ばんっ!
バケモン達が何かの気配にザワつき、動きを止めた。
ワゴンのルーフ上に何者かが降り立っている。
スカルサタモンがそれに気づいた。
「新手だと…?貴様、何奴!!」
「あのデジモンは……」
グルルモン、セイバーハックモンもその白く眩い姿を見た。
次の瞬間。
その白い姿がかき消えたかと思うと、ワゴンに張りついていたバケモン達が次々に切り裂かれ四散した。
「なっ…!」
「ハ、速イ!?」
セイバーハックモンとグルルモンは、一瞬にして葬り去られたバケモンを見て背筋にぞわりとしたものを受けた。
白いデジモン、ヴァルキリモンはソウルモンやバケモンを斬り伏せながらスカルサタモンへと向かう。
ガキィン!!
「ぐ……こや、つ…ぬおおおっ!!」
一騎討ちでヴァルキリモンと組み合うスカルサタモンだが、あっという間に押される。
スカルサタモンは知るまでもなかったが、相手があまりにも悪すぎた。
ーーー君達スカルサタモンとはダークエリアで幾度もやり合ったからね。だが。
これで終わりだよ。
そう聞いた時すでにスカルサタモンの電脳核(ダークコア)はヴァルキリモンの剣に貫かれていた。
断末魔すらなくスカルサタモンの身体がデータの残滓となり四散するのを、セイバーハックモンは見ながら冷や汗を流す。
(闇の完全体デジモンの中でも強力な部類であるスカルサタモンをこうも容易く…このデジモンは、一体)
ーーーさて、……デジタルポイントの発生源は、あれだな。
鳥居の下にあるドクロの岩へ目を止めると。
ヴァルキリモンの持つ剣に強烈な冷気が纏わりつきだす。
ーーー『フェンリルソード』!
ドクロの岩がその一撃で砕かれた瞬間。
0と1の歪んだ緑の数字と空間の歪みが生じ。
気づけば、辺りは静寂に包まれていた。
見回せば、ドクロの岩だけでなく鳥居や看板は影も形もない。
ツールのモーショントラッカーが停止し、通常のモードに切り替わるのを美玖は見る。
それが意味することはひとつ。
「デジタルポイントが、消失した……」
そこへ、やかましく響いたエンジン音。
道也が安堵の混じった声をあげた。
「やっと車が動いた!何がなんだかわからないけど、ようやく逃げられる!」
「じゃあすぐに出よう!!」
「…待って、その前にやりたいことがあります」
美玖は言うなりワゴンを出た。
「グルルモン!」
「応」
美玖が開いた携帯電話。
その中へ、グルルモンの姿が吸い込まれた。
それから、指輪型デバイスを地面に向ける。
「……座標(ビーコン)デバイス、起動!」
指輪から赤色の光が地面に撃ち込まれた。
ワゴンへ戻った美玖が、道也に声をかける。
「……青森県警へ行きます」
「え?」
麻里奈と理枝が目を瞬かせる。
「今から青森県警へ向かいます。そこで、私を降ろしてくだされば。それで、謙也さんの事も考えて、今夜は調査を中断して、ケンさんの家で待機を」
「わかった」
「ま、待って!どういうこと!?」
「……死体があったらしいんだ。俺達は見てないけど、謙也と探偵さんが」
道也がそう答えたのに、麻里奈と理枝、チャンは謙也を見た。
謙也は未だボソボソと何かを呟きながら、うずくまっている。
セイバーハックモンがワゴンへ近寄り、声をかけた。
「なら俺はここで失礼する。一旦、仲間の元へ戻って確認しなくてはならない事ができたのでな」
「ハックモンさん、お疲れ様です」
「ああ…お疲れ様」
すでにヴァルキリモンの姿はない。
セイバーハックモンはハックモンの姿に退化(スケールダウン)すると、その場を去った。
ワゴンは森を抜けてようやく、灯りある道へと戻ることができたのだった。
ーーーー
その後。
青森県警へと向かった美玖の報告を受け、県警は出動。
座標を頼りに向かった先は……
「……村が、ない…!?」
そこは開けた更地しか残っていなかった。
幾台もの停まった車の他は、最奥にある……
「……っ」
軽く50人を超える死体の山だけだった。
これには、現場慣れした者達も思わず呻いた。
まだ死んだばかりの遺体の中に身元の特定が早くもされた者がいる。
…一週間前から行方知れずになっていたという、賢治の店の常連客だ。
捜索願が出されていた為に、特定はあまりにも容易だった。
後日、その妻と遺族の元へ、遺体が引き取られる事となる。
一方、大学生達は謙也がようやく落ち着いたものの、美玖からの知らせにより調査を完全中止。
杉沢村調査は、かくして終わりとなった。
ーーーー
「……と、いうことがありました」
「そうか」
一週間後に戻ってきた美玖の報告。
その報告を聞いた探偵アグモンはしかめ面で両腕を組んだ。
「魂の蒐集所か。フェレスモンは存外に広い範囲に及んで人間から魂を回収していたようだな」
「今回、デジタルポイントがあった事についてもですが、おそらく…」
美玖の言葉にシルフィーモンはうなずく。
「利用したんだろう、その杉沢村の伝説を」
美玖達が村と思っていた場所は、いわゆる見せかけ用のスキンのようなもの。
フェレスモンは興味本位で村を探した者や、夜道を急ぐ者をデジタルポイントへ引き寄せるための釣り餌や隠れ蓑に杉沢村伝説を利用したのだろう。
「でも、なぜ死体を処理しなかったのかしら…」
「利用方法などいくらでもあるからな」
「どういうこと?」
美玖の問いにシルフィーモンはこう答える。
「ゾンビの生成や引き寄せた犠牲候補の人間の平静を奪うためのトラップ…今回はただ始末を放置しただけのようだが、本来ならそれくらいの利用価値が見出されても、おかしくなかったってことだ」
「……そうなの」
「それに…一部の新鮮な人間の内臓は、売れれば金になるらしいからな。人間世界での資金源にも出来ただろうが」
「……!」
美玖の青ざめた顔に、可能性の話だ、とシルフィーモンは言う。
「ともあれ、彼らが調査を思いとどまってくれた事には安心するわい。その、死体を見たという学生は?」
「帰宅後、二日の間自宅で療養してから復帰したそうです」
ただ、サークルそのものを退部してもいると華は言っていたが。
「ところで、君が彼らと行っている間に、その杉沢村とやらについて調べていたんだが」
シルフィーモンが言う。
「時空の歪みの中に存在し、現われたり消えたりする村、か」
「えっ?」
「依頼人が言っていた、数年前のテレビでやっていたという特集のことだ。アーカイブをようやく見つけて閲覧したんだが、最後にそう結論づけていた。…そういう村だとしたなら、デジタルワールドとも縁のありそうなものだなと」
デジタルワールドも幾度か現実世界と接点を持ってきた。
偶然から歪みが開き、デジモンが訪れた。
そのたびに接触した人間達は、時に感動を、時に未知なるものへの恐怖を感じてきていたはずだ。
「なぜ男が村人全員を殺害し、自死したのか。おそらくその話自体はおまけ程度のものでしかなく、村そのものの特異の設定づけだったのかもな」
むろん、未だに杉沢村には謎が多い。
創作だという者。
実在すると主張する者。
その決着がつくことは、今後もないだろう。
だが。
「多分、それで良い」
デジタルワールドも、デジモンも、始めは存在を疑われていたのだ。
それが現実のものになったというだけの話だ。
杉沢村のような幻となる事はもうない。
そう言うシルフィーモンの言葉に、美玖と探偵アグモンは顔を見合わせた。
ーーー
「ジエスモン、只今調査から一時帰還しました」
「おお、ご苦労じゃった。どうだ、調査の方は」
出迎えたのはガンクゥモン。
ジエスモンと同じロイヤルナイツにして、ジエスモンの師でもある。
「どうにも順調とはいかず…もう少し、手がかりがあれば良いのですが」
「なぁに、焦るな。奴らが簡単に尻尾を出すとは思っておらぬよ」
「そう、ですね」
言い淀む弟子に、ガンクゥモンは尋ねる。
「どうした?」
「その…五十嵐探偵所の所長と、会う機会があったのですが」
「ふむ」
「その時、彼らに知らぬデジモンの存在が関与していたのです」
「どういうことじゃ?」
ジエスモンは村での一件を話す。
ガンクゥモンはそれを聞き再度尋ね返す。
「……剣を操る、白いデジモンじゃと?」
「はい。あの俊速、『アウスジェネリクス』を使わなければ対処の難しい手合いと実感しました。ダークエリアの完全体デジモンの中でも有数の実力者であるスカルサタモンを、いとも簡単に返り討ちにしただけでなくデジタルポイントも解除した…」
「…ふうむ」
ガンクゥモンはしばし物思いに耽る。
そして、つぶやいた。
「……もしや、あ奴が、帰ってきおったのか。だがどうやって」
「師匠?」
「心配いらん。其奴に関しては幾らか心当たりがある。我らロイヤルナイツと敵対する事は、よほどの限りないじゃろう。今は調査を続けるようにするんじゃぞ」
「はい。……ところで、シスタモン達は、大丈夫でしょうか?」
ふと思い立ち、ジエスモンは尋ねる。
同じガンクゥモンを仰ぐ存在であり、自身にとってはハックモンたる修行時代の頃から世話になってきた彼女達。
今だ彼女達はデジタルポイントを閉じる作業を続行し続けている。
「あれらは心配いらん。ベルスターモンは癖こそあれど実力はあるからのう」
「そうですね…」
仮眠休憩のためその場を去るジエスモン。
その後ろ姿を見ながら、ガンクゥモンはネットの上の空を見上げる。
「ヴァルキリモン…あ奴、そうか、戻ってきおったのか。もはや、あ奴を覚えておるデジモンは少なくなってしまったが…事によっては、忙しくなりそうじゃの」
物思いにまた耽り、ガンクゥモンはその場を歩き出した。
オメガモンの耳へこの事を入れるために。
うっひょお杉沢村だ! 夏P(ナッピー)です。
というわけで都市伝説大好きなので杉沢村が題材という時点で興奮、珍しくシルフィーモンお休みなのかと思いましたがグルルモンがしっかり活躍してくれたので良しとしましょう。割と普通にデジタルワールドの過去について明かされましたがガルフモンは沢山いるのか……でもアポカリモンを完全に継いでるのは一体だけってこと……?
大学生五人は今回の依頼人枠でありながら一話にしてそこそこ全員キャラが立っていて良かったかなと、三人ぐらい死ぬかなと思っていたのは内緒。調査内容自体がアレですがサークルでこういった旅行をするのは大学生の醍醐味ですよね。しかし世界観的にオカルトよりデジモンが絡んだ方が怖いんだ……そしてアグモン博士の一つ言いたいと言いつつ二つ言ってるの草、普通にアヌビモ、ラブラモンにツッコまれるのも草。
しっかり杉沢村伝説に触れながら蕎麦を食べたくなるパートを挟みつつやっぱりデジモンの仕業! 名前が出た時点でそれなりの強敵感漂わせてたので、これ新たなるライバル枠みたいな感じで今後も活躍するかと思われたスカルサタモンは、知らぬ間にヴァルキリモンとハックモン(ロイヤルナイツ)を同時に相手取ることになるというオーバーキルを浴びて戦死。理不尽!
まさか今回も(?)普通に死体の山とは。おのれ毛利君、またキミか~!!
それではこの辺で感想とさせて頂きます。