23年1月21日:「妄執~破壊(ひかり)と再生(ほのお)を司る者~」より改題致しました。
◆
炎の弾は天をも穿ち
光の刃が闇すら裂く。
世界の頂点たる魔王を下した炎と光は
無数の砲(つつ)に穿たれて
剣(つるぎ)を突き立てられて
互いに互いを相喰らった末に果てた。
十闘士の筆頭たる二体。
再生(ほのお)を司る雄々しき竜。
破壊(ひかり)を統べる至高の獣。
誰にも末路を知られぬ救世の英雄。
そんな者達の伝説が、世界には記されている。
彼らが何者だったのか。如何なる心中だったかを知られることもなく。
傲慢の魔王を倒した。その功績だけを、讃えられている。
【コテハナ紀行】
妄執~破壊と再生を司る者~
【光・炎の闘士編】
世界の創世、我々は人型と獣型に分かれて相争っていた。
知性豊かな人型のヒューマン族、力に長けた獣型のビースト族。原初の世界で続く血で血を洗い、ただ敵対者を葬る為だけに誰もが生きる時代。そんないつ果てるとも知れない戦いを終結に導いたのは、神々しい翼を持つ天使だった。
名をルーチェモン。成長期の身の上で当時の我らにとって終着点と目されていた完全体をも上回る力を持つ至高なる存在。
彼がどこから舞い降りたのか誰も知らない。そんなことはどうでも良かったのだ。誰もが心のどこかで戦いの終わりを希求していた。我々はただ命を磨り減らすだけの日々に疲弊していた。そこに降臨し、双方に危害を加えることなく矛を収めさせた存在となれば、それを救世主と呼んでも何の差し支えもないだろう。
事実、そこから長きに渡るルーチェモンの治世において世界は平和そのものだった。荒れ果てた大地に町や村が築かれ、後に始まりの街と呼ばれる我々の故郷もこの時に誕生した。だから決して過言ではないのだ。今も続くこの世界の基本的な機構は、彼の天使の治世下で生まれたと言っても。
それでも平和はやがて破られた。ある完全体の蜂起、言わば反乱が始まりであった。
彼らが立ち上がったのは一般にルーチェモンの暴虐と圧政を見過ごせなかったことが要因だったとされる。世界を治めた救世の天使は次第に増長し、下々を苦しめるようになったが故の決起なのだと。
だが本当にそうだろうか。七大魔王の一角、傲慢の魔王と謳われるようになった今も尚、ルーチェモンの力は三大天使と呼ばれる者達に受け継がれている。その三体が現代に生きる我らに崇め奉られていることは言うまでもない。英雄でありながらやがて世界を滅ぼしかけたと語り継がれる天使の力は、今この時代においても我らにとって憧憬の対象として世界に在るのだ。
だからこそ異議を申し立てたい。贔屓目もあるだろう。それでも原初の世界を救った救世主がただ堕落したと思いたくはないのだ。
着目すべきは反乱の契機。天使の悪政に耐え切れぬと最初に立ち上がったのは、当時のビースト族の頂点に立つ完全体だったとされている。それはもしかしたら後に十闘士と呼ばれる英雄の一人、世界最初の究極体となった者だったのかもしれない。やがて彼は配下の獣型を引き連れて立ち上がったが、では彼を決起させたルーチェモンの悪政とは果たして何だったのか。
具体的な事例は古文書を紐解いても明確にはできなかった。堕した英雄は世界を闇で染め上げようとしたという漠然とした一文が残るのみだ。そしてこれが後の十闘士の活躍に連なる古代伝説の正当性とされている。救世の英雄は堕落して新たな英雄に倒される、そんな在り来たりな英雄譚。
それでも最初に立ち上がったのがビースト族である、その点に注目すれば一つの仮説が成り立つだろう。人型と獣型が殺し合う世界を救った英雄は、どちらにも分け隔て無い形で世界を治めたとされる。それは戦いに疲れ果てたヒューマン族にとってもビースト族にとっても確かな理想郷だったはずだ。
それでも、どこかに捨てられぬ思いがあった。
そうだとしても、耐え切れぬ者達がいた。
ルーチェモンは、傲慢なる天使は、人型(ヒューマン)だったのだから。
網の目のように世界に張り巡らされたレールの上をトレイルモンが往く。
「……ふむ、こんなところでやんすか」
その客車の一角でそう呟いてボコモン──名をコテツという──は自前の物知りブックをパタンと閉じた。
昨晩客室で書き進めた自らの文章を読み返してみたが、それは誰に読ませるわけでもない自己満足な論文である。腹巻きに収めるとフゥと息を大きく吐いて背中をフカフカの背もたれに沈み込ませた。
種族柄、こういった知的好奇心が自分にはある。成長期から進化する兆しもない戦闘種族としては出来損ないもいいところだが、逆に言えばある程度の知性を持つ者達から無闇に戦いを挑まれることもなく、ただ悠々自適に知識欲を満たすべく世界を巡ることができる。そんな立場を自分でも気に入っていた。既に三日ほど汽車に揺られている。
「小難しいこと書き過ぎてよくわかんないんダネ」
勝手に物知りブックを引っ手繰って読み耽る、ぼんやりとした相方を除けば、だが。
「返すでやんす! これだから歴史の浪漫がわからない輩は……」
「オイラは今が楽しければそれでいいんダネ。そっちこそルーチェモンをやたら持ち上げてるけど、オイラ以外が聞いたら怒るんダネ。ルーチェモンって一般的に言ったら、誰もが恐れる魔王なんダネ」
「ワテは別にルーチェモンに肩入れしてるわけじゃないでやんす。ただ物事にはどちらにも正義があるもので──」
「贔屓目とか書いといてよく言うんダネ」
「しっかり割と後半まで読んでんじゃねーかでやんす!」
相方であるネーモンのハナビと小突き合いながら窓の外を見る。
外にはどこまでも殺風景な砂漠が続いている。
魔王も聖騎士も存在を確認されていない平和な時代。けれど世界はどこか衰退していっているようで、その理由は誰にもわからない。都市も森も山も荒れ果て、徐々に世界の全てがこの砂漠に飲み込まれていってしまいそうな気さえする。そんな時代に過去の歴史を紐解こうとする自分の行為は、傍目にはどんな目で見られているのだろう。
ハナビ以外に友人も知人もいないコテツには、それがわからなかった。
一面の闇。ただ黒だけに包まれた暗黒の世界で、魔王と化したルーチェモンを打ち倒した十体の英雄達。
世に言う十闘士である。今生に現れた原初の究極体、現在世界に生きる数多の種族の祖であり世界を構成する十の属性を各々その身に宿した救世主。しかしその実態には謎が多く、出自や去就など明かされていないことばかりだ。そもそも彼らが初代だとしたら、究極体という概念が生まれたのは何故なのか。そして彼らが生まれる前、ルーチェモンの統治下で生きていたヒューマン族とビースト族は果たして如何様な種族だったのか。
定説ではルーチェモンとの激戦に際して八体の闘士はその魂のみを遺して力尽き、残る二体こそが魔王を打倒もしくは封印した真の英雄と謳われる。
その二体こそが即ち炎と光。
携えた炎の砲(つつ)で古代世界を救済した烈火の究極竜エンシェントグレイモン。
煌めく光の剣(つるぎ)で闇すらも照らした閃光の究極獣エンシェントガルルモン。
今も古代十闘士の筆頭として語られる伝説の二体は、魔王との戦いを制した後、仲間達の魂と共にダークエリアからの帰還を果たし、やがて彼らと同様に自らの魂を封じ込めた神器を遺したとされる。
だがそれだけである。魔王討伐の最大の功労者だろう二体の英雄すら、それ以上の逸話がない。彼らが語られるのは「魔王ルーチェモンを倒した」「未来の災厄に備えて魂を人と獣とに分割して後世に託した」という二点のみ。十闘士と呼ばれる原初の世界の英雄は、その功績に反して彼らがどこから現れてどこに消えていったのか、それらを記す古文書は一つもない。
だからこそ、十闘士の実在を疑う声も決して少なくなかった。
結果論ではあるが、彼らは世界にとってあまりにも都合が良すぎるのだ。ただ圧政と侵略に耐え忍ぶ弱き者を救い、地位も栄誉も名声も求めることなく姿を消した私心無き英雄達。まるで世界が傲慢の魔王を倒す為だけに遣わした存在であるかのように、あるいは最初に世界を一つとした救世主がやがて傲慢の魔王に堕することを知っていたかのように。
せめて彼らが遺した魂の行方さえ掴めれば、そんな疑念も消え去るのだが。
闇のターミナル。そう呼ばれた場所でトレイルモンから降車した。
「……ここなんダネ?」
こちらを覗き込んでくるハナビに首肯を返した。
程なくして辿り着いた切り立った崖の上から見下ろす荒野には、果たして草の根一つ生えていなかった。デジタルモンスターも含めて一切の生物が存在しないそこは、恐らく自分達のような成長期が来るような場所ではないのだろう。しかしボコモンの此度の旅の目的はこの場所を訪れることにこそあった。
明けない夜に包まれた世界。そこは平和な世にあって最果てとされる不毛の大地。
「十闘士……終焉の地、闇の大陸……」
闇の大陸。魔王を含めた魔族が生きる暗黒の世界に最も近い場所。
「この先、オイラ達だけで大丈夫なんダネ?」
「逃げたきゃ逃げればいいでやんす」
「そういうことは着く前に言って欲しいんダネ」
次のトレイルモンが来るまで一人で待つわけにもいかない。そう言いたげに肩を竦めるハナビを無視してコテツは歩を進めた。
開けた荒野、豊穣や平穏とは真逆の殺伐とした世界は、曲がりなりにも始まりの街で生を受けた自分達にとって縁遠いものだった。しかし裏を返せば獰猛な肉食獣型のモンスターもまた生息できないエリアである。永久に続く夜のおどろおどろしい雰囲気を除けば、成長期の自分達でも容易に進むことはできた。
荒野の先に目的地が見えてくる。それは物理法則を無視して宙に浮かぶ天空の城。
「おお、あれが──」
かつてこの世界に降臨した天使が住んだとされる煌びやかな城だ。
常夜の世界にあって艶やかな虹色の輝きを放つそのフライングキャッスルは、コテツだけでなくハナビでさえも思わず感嘆の声を上げてしまう程度には美しい。とうの昔に行方を暗ましたとされる城主が今もまだ留まっているかのような錯覚すら抱いてしまう。
その真下にはぽっかりと巨大な穴が空いている。半径数百メートルはあるクレーター。
穴の行き着く先は見えない。自分達が落ちれば助かるまいし、かつて天空城の主だった天使もまた落ちていったと聞く。古文書通りなら不慮の事故ではなく自らの意思で落ちて、そして堕ちたという。その果てに世界を治めた天使は傲慢の名を司る魔王となったのだ。
「ルーチェモンの城、ダークエリアの入口……」
そんなクレーターを東西から囲むように二体の巨大な影が立つ。
生きてはいない。けれど存命時はさぞ強大な存在だっただろうことが伺える威容。それらを見据える、ただそれだけを目的にコテツはこの最果ての地を訪れた。そんな彼も知識としてしか知り得ぬその姿に圧倒される。己の知識欲は実際にそれらを目にし、確証に至った時にこそ満たされることを彼は知っていた。
脇腹に無数の弾痕を刻まれて息絶えたエンシェントグレイモン。
胸元へ炎の剣を突き立てられて果てたエンシェントガルルモン。
「これが……十闘士」
十闘士筆頭と呼ばれた二体は、ダークエリアを。
かつて魔王を封じた場所を守護するかのように。
自らの生きた創世記より悠久の時を経た今も尚。
肉体を朽ち果てさせることもなくそこに在った。
十闘士筆頭、魔王との戦いを生き延びた二体が如何にして生を終えたのか。
己の仮説の実証のため訪れた闇の大陸で、エンシェントグレイモンとエンシェントガルルモン、二体の亡骸を確認した。ミイラというより石像と化した二体の肉体は今も滅ぶことも転生することもなく残されていた。それにより予てより議題であった十闘士の実在はここに確証されたと言ってもいいが、同時に新しい疑問が生じる結果となった。
おかしいのだ。彼らの死因と思われる傷が。
まるで音に聞こえた武将の立ち往生であるかのように、二体の英雄は在りし日の姿そのままで果てている。それぞれ下腹部を穿ったのだろう無数の銃弾、胸部に刺突された長大な剣が致命傷になったものと思われる。両者の武器は炎の砲(つつ)と光の剣(つるぎ)、なればこそ巨大なクレーターを挟んで向き合う形で擱座した二体の遺骸は、恐らく互いの武器を互いに向け、激しく相争った末に共に果てたのだろうと、一見してそう思えた。
だが違う、絶対に違う。エンシェントガルルモンの得物は今も地面に突き立てた双刀シャープネスクレイモアであり、ならばエンシェントグレイモンに致命を与えた無数の弾痕は如何なる要因によるものなのか。そして究極獣の胸元に刺さった剣、究極獣の胸を穿った砲とは果たして何なのか。
新たな疑問を探らんとエンシェントガルルモンの亡骸の下まで回った時。
そこに“彼”が現れた。
「……まさか成長期がこんなところにいるとはな」
コテツとハナビの頭上から涼やかな声が響く。ちょうどエンシェントガルルモンが地面に突き立てたシャープネスクレイモアの脇に辿り着いたタイミングだったので、一瞬だけ究極獣が覚醒したのかと驚かされたコテツであった。
だが声の主はエンシェントガルルモンの右肩、ちょうど大剣が突き刺さる胸元のすぐ傍に立つ存在だった。
こちらを見下ろしているわけでもない。存在こそ認知しているがそれ以上の興味はない、そう言いたげに真っ直ぐダークエリアの穴を見据えているのは、黒いローブを身に纏った人間の青年であった。どこか非現実的な銀色の髪を持つ彼だが、コテツもハナビも人間というものを見ること自体が初めてであるが故に、その異質さに気付くことは無い。
「あ、あんさんは何者でやんす……!?」
「何者……ふむ、何者なのだろうな、俺は……」
やけに耳に響く声。春の息吹の如く吹き抜ける風のようで、一切の生物を拒む凍て付いた氷のよう。
同時に地響きが起きる。
「な、何が起きるんダネ……!?」
地鳴りではない。巨大な何かがクレーター、ダークエリアの中から現れようとしている。
「厄介なものが来たな……いや、お前達が呼び寄せたか」
「は? ワテらがそんなことするはず……」
コテツが言い終える前に巨大な影がクレーターから飛び出した。
見上げるばかりの巨体に紫紺の双翼を備えた邪悪なる古代鳥、名をオニスモン。かつてダークエリアに封印された魔の翼は、獲物となるべき生物の感知できぬ闇の大陸では復活を果たせなかったが、今ここに愚かにも現れたボコモンとネーモン、二体の獲物を前に禍々しい咆哮を上げた。
「……それに」
ゆっくりと顔を上げた青年の目が細められる。
ムルムクスモン。彼の人並み外れた視力は、オニスモンの背に乗る魔王の姿をハッキリと捉えていた。オニスモンを僕として世界を荒らし回った魔王の一人。巨鳥と共に暗黒の世界に封じられた彼もまた復活の機会を伺っていた。そして今、自由の身となった彼は容赦なく僕に命じるのだ。
「あわわわわ、お助けーーーーッ!」
「殺されるんダネーーーーッ!」
翼を広げたオニスモンの全身から何発もの光弾が雨あられと降り注ぐ。
コテツやハナビに抗し切ることなどできるはずもない。元より彼らは単なる成長期でしかなく、更にその中でも戦闘力の乏しい種族だ。究極体の攻撃を防ぐどころか逃げることさえ叶うまい。
「……世話の焼ける奴らだ」
だが聞こえる涼やかな声。
目の前に降り立った青年が、携えた大剣でオニスモンの放った光弾を防ぎ切っていた。
「えっ……あ、あんさん……その剣は」
「俺の剣だ。何万年と貸与していたが返してもらっただけのこと」
それは紛れもなく、エンシェントガルルモンの胸に突き刺さっていたものだった。
身の丈ほどもあろう大剣は青年の手で羽毛のように振るわれ、続け様にオニスモンから放たれる攻撃を悉く弾いていく。それでも周囲に着弾するそれらが土煙を上げ、コテツもハナビもそれを前に怯むことしかできない。青年の方とて剣を握ったところで人間の身で空を舞う究極体に抗し切れる道理はなく、直撃コースの光弾を防ぐ以上の手立てはない。
フゥと嘆息。どこか場違いなそれは、青年の口から漏れていた。
「……を炎に」
コテツの見上げる端整な顔。
「……を剣に」
青年の口にした呪文(スペル)にハッとさせられる。
苦悶も恐怖もまるでない無表情なその顔は一切揺らぐことなく、彼はまるで何でもないことのように自分達を守るべく前に出て、究極体の猛攻の前にあって躊躇い無く歩を進めてやがて崖際に、ダークエリアの淵に悠然と立ち尽くした。爆風に彼の纏うローブが靡き、それでいて怯むことなどない勇猛さ。
そんな姿は紛れもなく、隣のハナビの口から漏れるそれだった。
「英雄(ヒーロー)……!」
青年が振り返る。ハナビの呟きに彼はほんの少しだけ破顔したようだった。
剣から噴き出した炎が青年を包むと共に、その肉体を変質させていく。炎の奔流がその身に金色の九頭龍の命脈を走らせ、同時に柄から飛び出した十の輝きは彼の身をあらゆる攻撃を防ぎ得る紅の炎鎧となる。
「ハイパースピリットエボリューション……!」
炎は全てを焼き、新しいものを生み出す。
純粋な破壊を生む光とは相反する英雄の姿が、そこに在る。なればこそ彼の者は再生、もしくは創造(ほのお)を司る者。
故にその名を。
十闘士が遺した人と獣の魂、偏にスピリットと呼ばれる神器がある。
知性の人型と武力の獣型、かつて争った二つの種族の強みを兼ね備えた十闘士は、後世に現れる新たな災厄に備えてそれらを遺した。彼らの伝説は風化しなかったが語り継がれる中で変遷し、やがてそのスピリットを巧みに操り人と獣の姿を自在に切り替えて戦う戦士こそを十闘士と呼ぶようになっていた。歴史の節目に何人かの闘士が姿を現し、音に聞こえた選ばれし子供と時に共闘し、時に反目して世界の秩序の一助となっていると聞く。
風の闘士フェアリモンは始まりの町を守る守護者として誰もに愛されていた。
雷の闘士ブリッツモンは戦争を裏から誘発し、世界の膿を丸ごと取り払おうと画策した。
氷の闘士チャックモンはそんな同志を許せぬと戦乱に飛び込み、その中で散った。
そんな三人の闘士の逸話は誰もが知るところだ。そして彼らは全員がどういうわけか人間の姿を取り、疑似的ながらもデジタルモンスターとパートナーの契りを結ぶことさえあるという。それはまるで人間とデジタルモンスター、選ばれし子供とパートナーの起こした奇跡を再現するかのように。
だが目の前に現れた烈火の竜戦士は、知られている十闘士のどれとも違っていた。
それもそのはずだろう。その竜戦士は人でも獣でもなかった。古代十闘士に回帰する人と獣の完全なる融合、それどころか己の宿す炎以外の四属性をも自らのものとした存在、即ち十個のスピリットを使用して進化した姿こそが紅鎧の剣士だったのだから。
風を炎に、氷牙を剣に。
その言葉と共にかつての仲間達の魂も取り込んだ、古代十闘士を超越する英雄の名は。
究極竜をも超えた皇帝竜。
カイゼルグレイモン。
龍の閃きが天を翔ける。
「貴様、何者……!?」
「……さて、それは俺が知りたいところだが」
涼やかな声は元の青年のものとまるで変わらない。
天空の王者オニスモンに一瞬で肉薄したカイゼルグレイモンは携えた大剣を一閃、それだけで巨鳥の片翼が大きく裂け、おぞましい絶叫が周囲に木霊する。
その背中で喚き散らすムルムクスモンの姿は、どこか滑稽にも思えた。
「有り得ぬ! 有り得ぬのだ! 十闘士などおらぬ! 傲慢の魔王を倒した英雄など架空の存在! 何者かが歴史を歪めたことで生まれた紛い物に過ぎん! 人間がデジモンになるなど邪道、選ばれし子供なる愚昧を模した存在など歪曲の極み! 我らの世界の理は我らデジタルモンスターこそが築き、保持していかねばならんのにそんな貴様達にこの私が敗れるなど──」
「ふむ。……同意すべき点もあるな」
カイゼルグレイモンがオニスモンの背に降り立つ。暴れ狂う巨鳥の上ながら彼の竜戦士は微塵も揺らぐことなく。
対照的に振り落とされぬよう腰を落として膝を着いたムルムクスモンは、そこで初めてカイゼルグレイモンを正面から見据えた。自分を見下ろす竜戦士の目は真っ直ぐにこちらを捉えており、そこには憎悪も憐憫もない。それどころか一切の感情が乗らぬその輝きは、少なくとも魔王の知る人間のそれではなかった。デジタルモンスターがそもそも人間を模したものである以上、人の身を持つ彼には確かに存在すべき喜怒哀楽がそこには一切存在しなかった。
ただ無作為に悪と断じた者を処断する、言うなればただのシステムであるかのように。
「貴様、何者……!?」
同じ問いを投げる。それにカイゼルグレイモンは僅かに首を傾げて。
「芸の無い魔王だ。……何度も言わせるな、それは俺も知りたいことだ」
トスッと。
無造作にその剣でムルムクスモンの胴体を刺し貫いていた。
「が……はっ」
吐血する。百舌に捕らえられた蛙のよう。紫紺の血に塗れた刃が胸元を貫通して背中から生えている。
「だがなムルムクスモン、一つ言えるとするならばお前の言は正しいが、全てが正解というわけでもない。貴様らが十闘士と呼ぶ英雄、ルーチェモンを倒した者は確かに存在する」
「な……に?」
「この地に無様な屍を晒す破壊(ひかり)と再生(ほのお)、その二体が最終的に魔王を討ち果たしたのは事実だ。そしてここからが本題。彼奴らにとって魔王を倒すことなど前座でしかなかった。仲間達の魂を持ち帰った果てに彼奴らが行ったことは一つだけ、互いに持ち得る力、仲間達の魂を含めたあらゆる力を用いて、破壊(ひかり)と再生(ほのお)は相争ったのだ」
それが答え。十闘士伝説の幕を引く最後の戦い。
エンシェントグレイモンとエンシェントガルルモン。互いに譲らぬ十闘士最強と目される二体は、闇の世界で魔王ルーチェモンを打倒して現世に戻った後、互いの持てる力の全てを使って相見えた。それはまさに両者共に肉を斬らせて骨を断つ凄惨な戦い、つい数刻前まで肩を並べて戦った同志は、やがて互いを相喰らう形で果てたという。
「理解不能、理解不能! そんな行為に何の意味がある!? 無意味、無意味! 先の展望も理屈もなくただ命を磨り減らす戦いなど──」
「全く以って正しい反応だよムルムクスモン。……そう、そこに意味などない。だが理屈じゃないものは確かにある」
謀略、奸計、この世界には余計なことが増えすぎた。
世界はもっとシンプルでいい。少なくとも彼奴らの生きる時代はそうだった。世界はまだ純粋で単純で余計なものなど何一つなかった。だからこそ戦わなければならなかった。共に戦った同志と雌雄を決しなければならなかった。
だから当然の話だろう?
世界の頂点を破ったのだ。ならばやることは一つしかない、それ以外に有り得ない。
「試してみたくなったのだろうよ、彼奴らも」
世界などどうでもいい。映るのはただ目の前にいる同志の姿だけ。こちらの攻撃を相手がどう捌き、相手の返しに自分がどう対処するのか、全くの互角と言われてきた自分達は果たしてどちらが上なのか。それを考えるだけで高揚感が止められなくなる。傍目からは無意味で無益と言われようと、その時の彼らにはきっとそんな考えしかなかった。
破壊(ひかり)と再生(ほのお)、どちらが強いのか。どちらが世界最強なのか。
俺とお前、どちらが上か、試してみたかった。
結局のところ、そんな単純な話でしかない。
ムルムクスモンとオニスモンを倒した超越の竜戦士は去り、結局のところ此度の遠征でも明確な回答は得られなかった。
カイゼルグレイモンはムルムクスモンにトドメを刺す直前、魔王と何らかの会話を交わしていたようだったが、遥か眼下の自分達にその声が届くはずもなく、十闘士の真実は未だに確証に届かない。デジタルモンスターがミイラ化することなど聞いたこともない以上、あのエンシェントグレイモンとエンシェントガルルモンが本当に十闘士の成れの果てであるか、その答えすら定かではない。
けれど不思議と気分は晴れやかだ。
思い出されるのは我々を守るべく前に出たあの青年の後ろ姿。殆ど言葉も交わしていない我々を守るべく瞬時に歩を進めた姿はあまりに眩しくて、そしてムルムクスモンとオニスモンを容易く葬った強さはあまりにも印象的だった。
だから自信を持って言える。ロイヤルナイツや三大天使だけではない。
この世界には、十闘士(ヒーロー)がいる──
・ボコモン“コテツ”
本作の主人公。十闘士の研究家で各地を巡って十闘士伝説を調べている。本作の半分ぐらいは彼の著書からの引用。
「~でやんす」という語尾からわかる通り、モチーフはパワプロの矢部君。
名前の由来はコロ助inキテレツ大百科より。
・ネーモン“ハナビ”
本作の副主人公。コテツの相方で十闘士に興味はないが時折正鵠を射た意見を述べる。
一人称が「オイラ」でありコテツと同様モチーフはパワプロの矢部君。
名前の由来は花輪君inちびまる子ちゃんより。
・カイゼルグレイモン
炎の闘士と目される人物。十闘士の正当後継者。
銀髪の青年という人間態を持つ。作者が最も好きでカッコいいと言い続けてるデジモンである。
・ムルムクスモン&オニスモン
ダークエリアから出てきて瞬殺された人達。
元々フロンティア映画のオマージュで思い付いた話で、こやつらの背景や野心なども長々と描写していましたが、1万字制限というのを忘れており気付いたら1万5千字を超えていたので泣く泣くその辺をカットしたおかげでマジで瞬殺されるだけの人達と化した。
・エンシェントグレイモン&エンシェントガルルモン
伝説の十闘士にして最後まで生き残ったとされる二体。
ミイラ化した状態でその肉体は今も尚、闇の大陸の果てに鎮座し続けている。
カイゼルグレイモンと同じぐらい作者が好きで、ぶっちゃけ推してるのはコイツらでもいい。
【後書き】
まずは当企画を立案くださった快晴さんに感謝を。完全に一昨日に湯浅さんのを読ませて頂いたことで「俺も書きてえ!」となって考えた作品でしたが、本来昨晩投稿しようと思っていたところ上述の通り筆が乗り過ぎて15000字オーバーになっており、本日ちょいちょい添削入れて9980字辺りで何とか完了させました。主に犠牲となったのはカッコいい信念を語らせるつもりだったムルムクスモンです。短編で出る⇒やられる悪役にも無駄にバックボーンや根っこ描写しようとして失敗するのは俺の悪い癖です。読切書く度に似たようなこと自虐っていた漫画家・和月伸広の気持ちがわかるぜ。
そんなわけで今回ピックアップしたのはカイゼルグレイモンです。一番好きなデジモンはそれぞれ成長期ベアモン成熟期モノクロモン完全体パロットモン究極体デュナスモンというのは常に崩していませんが、その番外としてのハイブリッド体カイゼルグレイモンとなります。同時に上で書いた通り、エンシェントグレイモンエンシェントガルルモンも負けないぐらい好きなので、そこを絡めてしまいました。十闘士がルーチェモンを倒した後どうなったのか、個人的にそこに焦点を当てたかった感じですね。フロンティア終了後に見事に忘れ去られた設定なので、今後触れられることもないでしょうし自分で一つ解釈を作ってみるのも良いかなという。カイゼルグレイモンをピックアップしたとは言いましたが、そうした意味では十闘士全体、つまり本作のメイン=作者の一番好きなグループである十闘士といった方が正しいかもしれません。
お付き合い頂きありがとうございます。快晴さんの企画に感謝感激雨嵐。
◆
『推し活1万弱』へのご参加ありがとうございます! 快晴です。
『妄執~破壊(ひかり)と再生(ほのお)を司る者~』、大変ワクワクしながら読ませてもらいました。おそれながら、感想の方投げさせてもらいます。
赤と黄、炎と光の2色に真っ二つに割れたプロローグに始まり、まさかこの企画でこんなにも濃厚な歴史の手記を拝見できるとは。
以前夏P(ナッピー)様の作品は同一の世界観で構成されているとお伺いしていますし、そのまとめである【ぼくらのせかい】も読ませてもらったのですが、やはり作者様の中で1つの血の通った世界を構築するスキルがあるからこそ、歴史を紐解く、という形式のお話が素晴らしく映えるのでしょうね。
コテツさんとハナビさん! 以前Twitterのハッシュタグ『リプきたデジモンでオリジナルデジモンストーリー考える』でエンシェントメガテリウモンをリクエストさせてもらった際に『十闘士』の探索をしていた彼らではありませんか!
その際も十闘士探索は10体分あると仰っていましたが、この度炎と光の闘士の分も読む事が出来て、本当に嬉しい限りです。
あのお話でも危険な寒冷地に赴いていた2体ですが、今回まさかダークエリアの一歩手前にまで足を延ばすとは……恐るべき研究者根性です。
成長期の身は大変そうではありますが、だからこそ積極的に戦いに参加せず知識欲を満たす事が出来る、という設定は盲点でありました。
ルーチェモンと古代十闘士との戦いのきっかけについても、言われてみればな疑問がふんだんに散りばめられていて、知識欲に生きるものとしての切り口の鋭さを感じるといいますか。相方のゆるさが逆に良いアクセントになっていて、見ていて楽しかったです。
そしてついに登場する古代炎と光の闘士の骸と新たなる謎。いえ、オープニングで既に提示されてはいましたが、同士討ちの証拠らしきものを明確に突き付けられて、その理由は、となったタイミングで現れる謎の青年と、襲来するオニスモン&ムルムクスモン。
……ムルムクスモン氏には企画主として気の毒な事をしてしまいましたが。
カイゼルグレイモン! 夏P(ナッピー)様の(ハイブリッド体の)推しはカイゼルグレイモンでしたか!
青年が台詞を言う描写一つとっても愛が伝わってくるといいますか。
特にカイゼルグレイモンという種族名を明かすシーンは、旧デジモンカードのカード名や、超越進化という進化名とも絡めてインパクト抜群で、本当にかっこよかったです。
戦闘シーンもカイゼルグレイモンの凄まじい力と、システムと例えられた彼の無感情さがひりひりと灼け付くようで、私も追い詰められたムルムクスモン同様息を呑むばかりでありました。
そして魔王に明かされた、炎と光の闘士の戦いの理由。
この上なくシンプルでありながら、圧倒的に納得のいく理由で、そういうアンサーもあるのかと画面の向こうで腰を抜かしておりました。そうか、彼らは誰よりもデジタルモンスターだったのですね……。
その答えを探究者であるコテツさんが聞けないのは不憫な気もしましたが、存外、彼の心情は晴れやかなようで一安心。確かに今この瞬間彼と相方が見ているのも、ひとつの歴史ですものね。
この世界には、十闘士(ヒーロー)がいる──
改めて、真実と浪漫に満ちた物語をありがとうございました。主催としてこんな素晴らしいお話を読めた事、光栄に思います。
拙い物ではありますが、こちらを感想とさせていただきます。