◇
アイツのことが昔から嫌いだった。
壊すことしか知らない紛い物。英雄と呼ばれながらアイツは守ることを知らない。
攻撃は最大の防御だと誰もが言う。彼はそれで大切なものを守っているのだと。
だが絶対に違う。あれは単なる破壊者だ。
壊すこと、殺すこと、拒むことしかアイツにはできない。
俺の憧れた炎と決定的に異なる。
闇を殺し。
雷を拒み。
鋼を砕き。
水を滅ぼす。
そんな破壊を生むだけの英雄が炎と同格だったなんて、俺は信じたくない。
十闘士。
俺の憧れた英雄達を超越した二体、その片割れたる光の狼。
炎と対を成すアイツのことが、俺はずっと嫌いだった。
【コテハナ紀行・大蛇足】
フ ラ グ メ ン ト
光(あなた)が世界にいた伝説(あかし)
【光の超越闘士編】
「鏡花さん、ご機嫌よう」
埼玉県某市にある中学校。
県内でも有数のお嬢様学校と知られたその中庭で、数名の女生徒が昼休みの談笑を終えて弁当箱を片付けていた。如何にもお嬢様といった風体のゆったりとしたブレザーと黒髪ロングの二人が、恭しく頭を下げて先に教室へと戻っていく様を、鏡花は微笑みと共に見送った。
「ええ、ご機嫌よう」
たおやかな髪が初夏の風に揺れる。柔和な笑みは十分に名門の令嬢たり得るものがあって。
15歳の鳳鏡花は中学三年生、大学までストレートに進学できるこの中学にして成績も片手では数えられる順位に入る程度には上位を保っていた。運動神経も抜群で体育祭や球技大会では大活躍するし、教師や他の生徒からの受けも抜群に良い模範的な文武両道の優等生。
そんな彼女は学友達が校舎に戻るのを見届けた後、己の食器を手早く片付けると傍のベンチに腰掛けた。
「ふう」
午後の授業までそう時間は無い。早めに戻った方がいいのだろうが。
「……で、何?」
ベンチにその身を預けつつ、その後ろの茂みに声をかけた。
ガサッと揺れる茂みに目をやるでもない。先の学友達に向けていた穏やかな表情とは打って変わった淡泊な顔で、鳳鏡花はそこにいるそれを問い質す。
「学校には来るなと散々言ったはずだけれど」
「……いや、なんでバレた?」
「本気でそう思っているのなら、今すぐその脳味噌を取り替えてやるところ」
冷たく言い放つ。観念したとばかりに茂みの中のそれは大きく息を吐く気配がある。
「……大分バアちゃんに似てきたな……」
「さっさと帰りなさい。変質者が出たと警察を呼ぶわよ」
「そういうところも……って、わかったよ帰るよ!」
110番を押したケータイの画面を茂みの前に突き出す。
流石に観念したのか、やがて茂みの中の気配が遠ざかっていく。それにしても中型犬程度の体を持つ癖に、良くもまあ誰にもバレずに行動できるものだと呆れてしまう。自分の姿を誰かに見られたら大騒ぎになるかもしれない、そういった自覚が彼には欠けていると昔から鏡花は思う。とはいえ、それは鏡花自身にも同じことが言える。バレたとしてもどうにかなるだろう、心のどこかでそう考える自分がいることを、鳳鏡花は知っていた。
デジタルモンスター、通称デジモン。
世間一般で言うところの化け物と共に在るのが、鳳鏡花の裏の顔だった。
デジタルワールド、元々は電子の海に生まれた小世界。
そこに訪れる人間を選ばれし子供と呼称する風潮ができたのは、果たしていつからだっただろうか。幾度となく危機に陥った世界を救うべく現れた救世主、正義の味方といつしか同一視されたその存在は、デジタルワールドに生きる者達にとっては羨望の的だった。彼らなら自分達を守ってくれる、彼らと出会えば自分達も強くなれる、そういった二つの意味で選ばれし子供なる存在は皆に求められ続けた。
オメガモン。二人の選ばれし子供のパートナーが究極の融合を果たした伝説の聖騎士。
マグナモン。伝説の至宝デジメンタルを手に入れた人間の手で放たれた奇跡の聖騎士。
デュークモン。言わずと知れた邪竜の中から生まれ出でし彼もまた、多分きっと同様。
そんな世界を救う英雄譚は果たして常に選ばれし子供と共に在る。デジタルモンスター、中でも成長期までの幼き子供達が憧れる救世主の物語には彼らの姿があったのだ。デジモンだけでは起こせない奇跡、デジモンだけでは乗り越えられない困難、彼らが、未成熟な彼らの世界が、それらに打ち勝つ為にはきっと、彼らの創造の源である人の力が必要だった。
それなのに。
かつてデジタルワールドを救った十体の英雄。
最も古く、即ち長く謳われ続けた英雄譚。
その英雄の魂を受け継いだとされる彼らもまた英雄。
人と獣に分かたれた二つの魂を自在に操り、剰えそれらを融合させて更なる高みに辿り着くとされた伝説の英雄。世界に存在する十の属性とそれを受け継ぐ現生の者達は、全て彼らに起源を発するとも言われる超古代の英雄の魂を継ぐ者。
その名を十闘士。ヒューマンとビースト、まるで選ばれし子供のパートナーのように自在に二つの姿を使い分けて世界を守る十人のハイブリッド。その力は並大抵の完全体をも上回るとされ、二つの魂を合わせた姿は究極体に伍するとまで言われる。
だがそこに人間の姿は無い。彼らの隣に人間はいない。人間を必要としていない。
彼ら自身が人の姿を持っているからなのか。
彼らは二つの姿を持つ故に既に完全なのか。
彼らはデジモンながら奇跡を起こせるのか。
彼らは他の英雄とは何かが違うというのか。
それは誰にもわからない。実際にその姿を見た者など殆どいないのだ。
けれど一つだけ知られていることがある。
人と獣のハイブリッド、古代十闘士の生まれ変わりと謳われる伝説の継承者は、各々が五人ずつその魂を結集させることで最強の魔王にも匹敵する力を得るのだと。全てを破壊し、新たな世界を創造したとされる魔王と同じ力を持つ二体の超越者が現れるのだと。
即ち破壊と創造。
風を纏い、氷を尊び、地を愛し、木を慈しむ創造の炎。新しき可能性(モノ)を生み出す未来の力。
闇を殺し、雷を拒み、鋼を砕き、水を滅ぼす破壊の光。忌々しき異物(モノ)を消し去る過去の力。
破壊。そう、破壊だ。
それこそが十闘士の明確に英雄、選ばれし子供と異なる点であった。
破壊と創造を司る者、それは十闘士が揃った場合の話。
ならば彼らが片割れであった時、創造の炎と対を成すそれは果たして純粋な破壊神と化す。故に恐れられて当然、忌避されるも必然。選ばれし子供とそのパートナーは純然たる守護者であり、そこに破壊など生まなかった。力無き者を等しく守ってくれる存在だった。誰も破壊されることなど望まない。もし創造の炎と同様にその銃口が悪にのみ向けられるのだとしても、そもそも彼奴は既に闇も雷も鋼も水も否定した上で世界に在るではないか──!
だからそこに憧憬はない。ただ畏怖があるだけだ。
光の超越者。破壊の王狼。
破壊の嵐(マシンガンデストロイ)を生む者。
マグナガルルモン。
ぽかぽかと日差しの照り付ける窓際最後尾。
所謂不良の特等席に鳳鏡花の姿はある。
「ふぁ……」
午後一の授業など寝ろと言っているようなもの。欠伸を噛み殺しつつ窓の外を見やると、校庭から正門へそそくさと駆けていく赤い影が見える。一瞬だけ噴き出しそうになりながらも、それを追って走る体育教師達の姿を見て即座に笑えないことに気付いた。
呆れて二の句も告げないとはまさにこのこと。
「……何やってんだか」
あれでよくもまあデジモンの秘匿性がどうのこうのなどと言える。
関係ない、私には関係ない。そう心に言い聞かせる。窓の外はもう見ないことにした。
だが退屈な授業に精神を戻すのもまた億劫である。お堅い歴史教師・松葉が教壇で語っている我が国の歴史、弱腰外交と揶揄されながらのらりくらりと内外に誇る安寧を保ってきた今世紀の我が国の平和という奴を改めて噛み締める。自国だけが良ければいいのかと評論家は言うが、自国の安寧を守れない国が如何にして世界に平和を発信するというのか、そんな趣旨を語っている。
平和、いい響きだ。だけど物足りなさがある。
(今この場に凶悪なテロリストが攻めてきたら──)
夢想する。もしものもしも、仮定も仮定の話だ。
教壇にいる松葉はまあ射殺されるだろう。生徒達と違って身代金が取れるような女でも無いから生かしておく意味もない。踏み込んできた覆面に一発で脳天を撃ち抜かれて御陀仏、せめて「何ですかあなた達は──」ぐらいまでは言わせてあげてもいいか。どちらにしろさようならだけど。
生徒はどうだろうか。この教室にいる30名、果たして全員を人質に取る価値はあるのか。そもそも一つの教室を制圧するのに銃を持ったテロリストは何人必要なのだろう? 例えば3人やら4人だったとしたら30名を人質に取るのは無駄として半分ぐらい殺されてしまうものなのか? よく考えたらその場合、生家だけで見れば庶民も庶民な自分こそが真っ先に処分対象になるのかしらん?
「鳳さん」
ただ自分もおいそれと殺されるつもりはない。いや別に武道も何も習ってはいないのだが。
やはりメイスを帰すべきではなかったか。彼が隣にいれば自分も簡単に殺されることはなく、むしろ十分に戦える。少なくともデジタルモンスターは、この教室にいるお嬢様達の中で自分以外は誰も持たない力だ。数人程度のテロリストならむしろ逆に制圧してみせる。
そうなると今はメイスをどうやって呼び戻すかだが。
「鳳さん」
昔いた選ばれし子供という連中はデジヴァイスなるものを持っていたと聞いた。通信機にも進化の光を生み出す源にもなり得る聖なるデヴァイス、自分とメイスの間にそんなものはない。自分達は共にいて共に戦える関係なだけで、それ以上の意味も証も要らない。
だけど戦う場がない。自分達は力を持ちながらそれを示す場に恵まれていない。
自分は戦いたいのだろうか。何不自由なく日々を過ごし、名門お嬢様学校に通い、家族や友人にも恵まれ、まだ将来に悩むこともなく生きていられる自分は、メイスという相棒がいる以上、心のどこかで戦いたいと願っているのだろうか。
わからない。答えは出ない問いだ。
それでも平和だけでは退屈だって、そう思うことは確かだった。
「鳳さん」
「……ハッ……」
ふと顔を上げる。クラス中の視線が自分に向いていた。
「答えてみなさい」
そして眉間に風穴を開けられて死んだはずの女教師も普通に生きていて、視線を鏡花に向けていた。
「せ、先生……死んだはずじゃ……」
「は?」
怪訝そうな顔。裏拳気味に黒板をコツコツ叩く担任の松葉。
「答えてみなさい」
今後日本に必要なもの。黒板にはそう書いてある。
「は、破壊……」
創造の前には破壊が必要だと皆が言う。
それはデジタルワールドの理においても確かな事実である。一般のデジモンとて次の段階に進化を果たす際には一度、己のワイヤーフレームを含めた全てを破壊し、その上で新たな自身を創造することで形を成す。なればこそ創造と対を成す破壊は世界にとって不変の真理であり、それは何ら否定されるべきものではない。
破壊と再生を司る者、転じて破壊と創造を司る者と呼ばれる英雄がいる。デジタルワールドにおいて誰も見たことがない、されど太陽に等しき存在として崇められる神人の伝説が伝わっている。果たしてその英雄とは十闘士の頂点に立つ者であり、それは即ち純粋な一体のデジモンではなく十闘士の力を合わせた概念的存在でもあると言われている。
卵が先か鶏が先かという話だが。
壁画に伝わるその英雄の姿は、ロイヤルナイツの中核を成す最後の聖騎士に近しい。
究極の竜人と機獣の融合。ああ、その在り方は確かに最後の聖騎士のそれに等しかろう。
なればこそ古代十闘士と同様、太陽の神人もまた古代に活躍した最後の聖騎士を神格化した上で生まれた架空の存在ではないかとされるのも必然であろう。古代十闘士の存在が確認できない以上、それらの頂点とされる最上位の英雄とて架空である可能性は否定できない、彼らがもしエンシェントグレイモンとエンシェントガルルモンの融合体であったとすれば、だ。
だが違う。十闘士の頂点は古代の炎の闘士と光の闘士の融合ではない。彼らだけでは足りないのだ。
風と氷、土と木。
闇と雷、鋼と水。
ルーチェモンとの戦いの途上で散ったとされるそれらの魂を束ね、初めて太陽はそこに成る。
なればこそ彼は十闘士の真の集合体。全ての属性を重ね合わせてこその破壊と創造を司る者。
破壊(ひかり)だけでは敵わない魔王にも。
創造(ほのお)だけでは掴めない高みにも。
皆の魂が集っているこの姿なら必ず届くと。
そう信じて琥珀色(たいよう)の闘士はそこに立つ。彼はきっと架空の存在などでは断じてない。
何故なら我々はその目で見たからだ。闇の大陸でオニスモンに襲われた我々を守るべく立った紅の竜戦士、あれは確かに英雄ウォーグレイモンに近しい意匠を纏っていたが、龍脈を張り巡らせた大地の鎧と風を纏い氷牙で成した剣を振るう裂帛の姿は、間違いなく太陽の闘士の片割れであると思えた。
創造(ほのお)のカイゼルグレイモン。闇を切り裂き新たな世界を創造する烈火の英雄。
存在するはずがない、架空の英雄であると謳われ続けた十闘士の魂を受け継ぐ超越闘士。
ならば彼も必ずいるはずだ。創造と対を成す破壊を生む者、閃光の英雄。
破壊(ひかり)のマグナガルルモン。二つの銃器で武装して万物を破壊する閃光の英雄。
ただ破壊を生むとされる彼が語られる伝説はそう多くない。されど少ない記述に因る評価を言うなら、純粋に破壊に特化した光の機狼は、炎の竜人とは対照的に守護者として認知されていなかった。全身に破壊兵器を多数積み込んだ光の超越闘士は、言うなればムゲンドラモンやボルトモンのような意思無き破壊者としての属性を多く持たされていたのである。そしてその属性は多くのデジモン達にとって、少なくとも自分達を守ってくれる“英雄”ではなかった。
太陽の闘士、破壊と創造を司る者。そこから創造のカイゼルグレイモンを除いて残った破壊を司る者が守護者であるはずがない、そう言わんばかりにマグナガルルモンはそこに在るものをただ壊す破壊神として認知されていたのだ。
そんなはずはない、と否定する術を我々は持たない。
我々が出会った英雄は。
確かな守護者と信じられた背中は。
創造を司る、炎の超越闘士だけだったからだ。
「聞いたぜ鏡花ぁ~、先生にこっぴどく叱られたんだってなぁ~?」
「どこで聞いたのよ……それよりメイス、あなた帰りに体育教師に追われて」
「撒いたからいいだろ~?」
「そういう問題かしら……いや、あなたが構わないならいいのだけど」
反省文を数十枚書かされた結果、しばしばする目を擦りながら帰路に就く鏡花。
最寄り駅を降りれば数分で自宅だが、駅前にメイスの姿があった。まだサラリーマン達の帰宅ラッシュには早く田舎駅には人が殆どいないにしても、不用心にも程がある。
「まだ帰りには早いだろ。久々にデートしねえか?」
「飲み物はあなたの奢りでね」
言い返しつつメイスの前を歩く。後ろから彼がついてくることなど確認しなくてもわかる。
真っ直ぐ自宅へ行く通りを外して畦道を進む。駅前の自販機で買ったジュースを並んで飲みながら、メイス曰く「半世紀変わらねえなぁ」という田園風景の中を進む女子高生と人外の化け物。誰の目に留まるかわかったものでもないが、近隣の脳天気な皆様なら着ぐるみか何かかと勘違いして終わる可能性すらある。そういった意味では田舎というのもいいものだと鏡花は思う。少なくとも聖地AKIHABARAとは違って面倒事は少ない。
ミンミンミン。初夏の夕刻だが日はまるで落ちる様子がなく、蝉の鳴き声が五月蠅い。
「メイスはさ……楽しい?」
「うん?」
振り返ると質問の意図がわからないと首を傾げるパートナーの姿。
「この平和な国で毎日暮らして、楽しい?」
「鏡花といられるなら毎日ハッピーだぞ、俺は」
「おっふ」
不意打ちで頬が紅潮したが、そういうことではなくて。
「退屈だとか戦いたいとか、そういう思いはないのかなって」
デジモンは戦闘種族だと聞いた。戦うのが当然、戦って敵を倒すことが全ての生き物だとも。だとしたら、メイスは今の生活に物足りなさを覚えているのではないかと思う時がある。平和そのものの日本で力を持て余して戦いたい、暴れたいと思っているのではと考えてしまう。
それはきっと先程、授業中の鏡花が考えていたのよりもっと切実な感情のはずで。
「そりゃあるさ。だけど平和以上のものを望むなんて贅沢だろ」
「戦闘種族とは思えない発言ね……」
「平和ってのは戦いの後に来るもんだろ。戦いってのは平和の為にするもんだろ……まあそれが心の平和の為か身の回りの平和の為なのかは人それぞれだけど、少なくとも俺は今の平和の為に戦ったこと、後悔なんてしてないぜ」
生まれた時から傍にいる。だからメイスの過去の戦いのことは聞いたことがない。
聞くべきだろうか。聞いてもいいのだろうか。
「メイスは──」
「……昔、嫌いな英雄がいたんだよな」
「嫌いな英雄?」
その表現が気になった。デジタルワールドの英雄、その話を彼は沢山してくれたが、嫌いな英雄という表現は初めてだった。
鏡花が訪れたことのない電脳の異世界。メイスにとって故郷であるそこの全てをメイスは好きなのだろうと思ってきた。その世界に伝わる英雄とか救世主とか正義の味方とか、そういった者達は一人も余さずメイスにとっては憧れの存在なのだろうと思ってきたから、そんなメイスがきっぱりと嫌いだと呼ぶ英雄がどんな存在なのか気になった。
ミンミンミン。足を止めると喧しい蝉の鳴き声はよりハッキリと聞こえて。
「そいつは俺の憧れた英雄とは真逆で、ただ壊すことしかできない奴だった。守るものなんてない、救いたい誰かなんていない、そう言いたげにただ壊して殺して否定して、同じ仲間さえ滅ぼした奴だった……俺には理解できなかった。好きになれなかった。なんで手を取り合えないんダネって、なんで同じ英雄同士で潰し合う必要があるんダネって」
見てきたかのようだった。
いつもの英雄譚を御伽噺として語るメイスとは違っていた。
ところでダネ? 何その語尾。
「破壊神、誰もがそいつをそう呼んだ。マシンガンデストロイとスターライトベロシティ、そいつの力は破壊と消滅しか生まない野蛮な力だ。皆そいつを恐れたし、それをそいつは気にもしていなかった。そいつは最後まで目に映る全てを拒絶する破壊神で在り続け、その果てに死んだ……」
「………………」
「俺はそれが許せなかった。なんでその力をもっと上手に使えなかったんダネ、なんで俺達は手を取り合えなかったんダネ……きっと若かったんだ」
その語尾はいくらなんでも若さでは説明できないと思うが。
「でもその破壊が世界には必要だったんだな。俺には今でも理解できないけど、創造だけじゃ世界は回らないんだ。古い枠組みを破壊することが必要とされる時だってある、仲間だろうと命を奪わなければならない時だって沢山ある……」
一息吐く。
「……でも俺は嫌だ」
だから最後のそれがきっと彼の本心だ。
「ただ壊すのもただ殺すのも嫌だ。それが仮初めで不安定な平和であっても、自分の手で崩すことなんて俺はしたくない。戦わなくていいなら戦う必要なんてない……破壊なんて、世界には必要無いんだ……」
ミンミンミン。相変わらずの蝉の鳴き声、メイスの呟きはそこに溶けていくようで。
「……ごめん」
なんとなく謝っていた。
後ろの彼が首を傾げているのは振り返らずともわかったが。
今日の午後、あんな光景を想像していた鏡花としては、謝らなければならない気がした。
あの時、我々の前で炎の闘士が語った十闘士最後の両雄が相争ったという逸話。
我々はそれを友情の為、信念の為、そして飽く無き戦闘欲の為と解釈した。エンシェントグレイモンとエンシェントガルルモン、互いに譲らぬ炎と光の大英雄は、傲慢の魔王を封じて未来に人と獣の魂を繋いだ後、残された僅かな力で目の前にいる友とどちらが強いか、どちらか上かを明確にすべく戦い合ったのだと考えた。
だが本当にそうだろうか。あの炎の闘士が本当に炎の闘士だったのなら、彼は光の闘士を知っていたのではないか。光の闘士を下した上で我々の前に現れたのではないか。
エンシェントガルルモン、転じてその魂を受け継ぐ光の闘士。彼は同じくエンシェントスフィンクモンの魂を受け継いだ闇の闘士と対を成す関係にある。されど魂を束ね、古代十闘士すら超越し得る過程で光は闇すらも喰らって高みへ上る。十闘士の属性の中でも光とは両極に位置するとされた闇ですら、光に抗し切ることはできずむしろその力を光そのものに置換されてしまうのだ。
闇を光に、雷牙を砲に。
その呪文は炎の闘士とは違う、同志たる闇と雷を自らに取り込むという絶対的な宣言に他ならない。
闇すらも取り込み増大する光の力は、雷の砲を得て頂点に達する。そこに在るのは恐らく純粋な破壊の具現だ。炎の闘士が振るう龍の魂を宿す剣は敵対者を斬り伏せる結果は同じでも、その様は炎と風も相俟って鮮烈な印象で見る者を魅せ得る。対して光の闘士が用いる撃ち砕く幻影と狙い穿つ幻影は効率的に多数を殺戮する為の機械である。同じ十闘士の超越者という立場に在りながら、彼らは明確に異なっている。
即ち破壊と創造を司る者、まさしく超越者二体はそれぞれの属性を端的に示している。
大地の鎧に木の龍脈を宿らせ、氷の刃を振るう風を纏いし炎の英雄が創造を司るのならば、水も鋼も闇も雷も全てを己が光と砲の強化の為のブースターとして用いる光の英雄が齎すのは純然たる破壊。あらゆる標的を逃さず銃弾の雨を降らせて駆逐する、破壊の嵐(マシンガンデストロイ)を生む破壊の権化。
炎の闘士、我々をオニスモンから救ってくれた烈火の英雄。
彼は口数こそ少なかったが紛れも無く英雄であった。少なくとも我々にとっては、という注釈が付くが。
では光の闘士は如何なる存在なのだろう。
炎の闘士のように弱き者を救うべく戦ってくれる英雄なのか。
それとも。
噂されるような破壊の属性を以って。
世界を。
「昨日は災難でしたわね……」
学業優秀な鳳鏡花が授業中に呆けていた。
そんな噂話はあっという間に広まり、翌日の昼休みに中庭で昼食を取っている鏡花の周りには普段の二人以外にも総勢十名近くの女生徒が押しかけてきていた。皆が口を揃えて体調が悪いのかだのお休みになられてはだの担任の松葉は性格が悪いだの言ってくれたが、自分自身が素っ頓狂な妄想に耽っていたが故の失態であることは鏡花が最もよくわかっているので、そんな学友達の慰めもありがたいものの苦笑するしかない鏡花である。
「お恥ずかしい限りですわ。……以後気を付けます」
恭しく頭を下げると、何人かから「おやめになって」などと言われる。
いい子達だ。そう思う。世間一般のお嬢様学校で想像されるような裏表も黒さもまるでなく、担任への口さがない言葉も含めて純粋に自分を心配してくれているとわかる。
「でも我が国に今必要なのは破壊だと鏡花さんが仰ったの、私はわかる気がしますわ」
「……と言うと?」
「既得権益に縋る者、硬直し切った体制、世間には破壊した方が良いものは沢山ありますものね」
「あら、それでは私達のお父様達が最もその対象になるのではなくて?」
「そこは議論の余地がありますわね。何でも壊せばいいというわけではありませんし……」
発言者も自分の家が真っ先に標的になり得るとは考えていなかったらしい、何とも微笑ましい女子中学生らしい浅薄さ。
そういえば昨日メイスも言っていた。古い枠組みを破壊することが必要とされる時だってある、仲間だろうと命を奪わなければならない時だって沢山あるのだと。それでもその行為を認めたくないからメイスはその破壊が嫌で、その破壊を生む英雄が嫌いだと語った。その気持ちは痛切にわかる。平和である今の世界に敢えて小波を立てることなんて歓迎されるはずがない、敢えてそんなことをする者がいたとしたらそれこそ鏡花自身が昨日考えていたテロリストと変わらない。
「余所の国のことはよくわかりませんけど、我が国も数百年単位で政治体制は変わってきたのでしょう? それを思うと今このままの国体がずっと続くとは考えにくいですわね」
「ですがそれを変えるのがどれだけ大変か──」
だけど、メイスはこうも言っていた。
でもその破壊は世界に必要だったんだなと。
だったら、答えは一つだ。
「……メイス」
学友達が教室に戻った後、自分も片付けを済ませて戻る準備を終えてからベンチに今一度腰掛けて呟く。
例によって背後の草むらが揺れた。昨日の今日でまた彼は忍び込んでいたらしい。
「私、昨日謝ったこと、取り消すわ」
「……は?」
怪訝な声。きっとメイスは昨日、鏡花が謝ったことすら覚えていない。
「ずっと考えてた。昨日メイスが言った後、破壊とか……再生とか」
例えば授業中、テロリストが飛び込んできて自分達を捕えようとする仮定をしていた、と仮定しよう。
その仮定の中の仮定では多くの破壊が在るだろう。鏡花自身が考えたように担任は邪魔だとして真っ先に射殺されるかもしれないし、30名の生徒達の中からも何人か殺される人間が出てくるかもしれない。それは凄惨な光景で実際に起きたとしたら到底許せない、そもそも考えること自体が不謹慎で、それを認識したからこそ鏡花は昨日メイスに謝罪した。メイスは何のことだかわからなかっただろうし、恐らく今も理解していない。
だけど。
そう、だけどもだ。
そもそも最初から破壊が目的だったわけではない。破壊自体が目的だったわけではない。鏡花にとってその仮定の中の仮定は、そこからメイスと共に颯爽と活躍してテロリストを制圧して皆を守る自分の姿を夢想したかったが為の仮定だ。それは何とも中二病めいたヒーロー願望の発露ではあったけれど、それでも純粋にテロリストを暴れさせたり見知った人間を傷付けたりしたかったわけではなく、何よりそこは断じて主題ではない。
破壊は、決して破壊では終わらないのだ。
それはきっと我が国の体制だったり、そして恐らくはメイスのいた世界でも同じなのだ。
既存のシステムや体制を破壊するのはそれ自体が目的じゃない。そこに善意と悪意、どちらがあろうと必ずより良きものを新たに創造する為にこそ行われる。もしかしたらそれは自分一人ではできない、自分の代ではできないかもしれないけど、自分ではない誰かがそれをやってくれると信じて。
「だからねメイス、あなたは嫌いかもしれないけど……」
破壊するだけの英雄、無為な殺戮だけを生んだ破壊神。
だけどそれだけじゃない。彼はきっと、破壊の為に破壊を行ったんじゃない。
「……私は、好きかもしれないな……」
創造の担い手を信じられたから。
そこには確かな絆があったから。
だから破壊神は、破壊だけを受け持てたのではないだろうか。
光の闘士、まだ出会えていない十闘士の一人。
むしろ果たして我々はあの炎の闘士以外の十闘士と出会うことができるのだろうか。
世界は広い。まだまだ謎に満ちている。
だが我々は止まるつもりはない。十闘士だけでなくロイヤルナイツやオリンポス十二神、七大魔王にビッグデスターズ、あらゆる英雄の謎を解く為に旅を続ける。かつて多くの探究者が求めた末に成せなかったことを必ず体現してみせると我が師にも誓った。歩き続けた果てに得た答えが何であったとしても、そこにきっと後悔は無いだろう。
今日もまた破壊に怯える者達と出会った。
暗雲の立ち込める世界、皆が恐れる破壊と殺戮はロイヤルナイツによって齎されたもの。
だが同様にその体現者である光の闘士もまた恐れられている。
彼が本当に破壊の具現であったのか、炎の闘士とは友情でも信念でもなく互いに相容れぬ存在であったのかはわからない。
だが大丈夫だ。
創造と破壊、それらが如何に相反する存在だったとしても。
彼らは最後には手を取り合い、必ず並び立って悪に立ち向かってくれるはずだから。
【解説】
・鳳 鏡花(おおとり きょうか)
15歳。2064年初夏、埼玉県のお嬢様学校に通う中学生。
正しくお嬢様然とした穏やかな性格で学業も優秀だが、メイスというパートナーデジモンを持つことから若干中二病を発症している節がある。
・〇〇〇〇〇“メイス”
鏡花のパートナーデジモン。赤い。鏡花が生まれた時から傍におり、時折デジタルワールドの英雄譚を語って聞かせていた。
唯一、破壊を生む某英雄のことだけは嫌っていた。
・マグナガルルモン
光の超越闘士。全ての属性を友とした炎の闘士とは対照的に、己が光と砲の糧として四属性を取り込んだ機械狼。純粋な破壊の嵐(マシンガンデストロイ)を生む十闘士の暴力性の体現。デジモン図鑑読む限りコイツ敵を発見して破壊することしか説明ねえなとなった為この話が生まれた。
スサノオモンが破壊と再生を司る者(作中では独自解釈で“破壊と創造”表記)であり、炎と言えば創造である為に破壊を属性として有する破壊神として表現される。
【後書き】
コテハナ紀行もメインとなる十人が終わった為、大蛇足二つ目となります。一つ目と同じく、コテツとハナビの遥か未来(西暦2064年)からコテハナ紀行を振り返る形態を取っております。
マグナガルルモンに関しては完全に趣味ですな。コイツめっちゃ好きなのにロードナイトモンに腹パンされてるイメージが強すぎる。しかしデジモン図鑑を読み解いてもチート設定や解釈を付与できる余地すら無い。というわけで、対となるカイゼルグレイモンやその先にあるスサノオモン等と結び付けてのお話となりました。そもそも「闇を光に」は無茶過ぎだろとそこの解釈に苦慮した結果、ちょうどフロンティア終わってすぐの時期に「貴様の増幅した光を闇に置換して取り込んでくれるわフハハハハハ」とのたまう素晴らしきザギさんもとい悪役がいたので、そこを逆転させて解釈に取り込まさせて頂きました。全ては俺が力を取り戻す為の道具だ!(宇宙まで腹パンで吹っ飛ぶ)
というわけで、遂に残り一作! もうアイツしかいないぜ!
次が正真正銘コテハナ紀行ラストとなります。最後までお付き合い頂けましたら幸いです。
前回の大蛇足のサブタイがネクオダOPでしたので、今回も藍井エイルソングから取っております。
何故なら作者がファンだからである。
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