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全ての命はその果てに大地へと還る。
これはあらゆる生命にとって不変の摂理であり、誰であろうと逃れ得ぬ結末である、そのはずだ。
だがこの世界、デジタルワールドでは些か具合が違ってくる。世界の頂点に立つとされる高位存在の中には世界が生まれた時より変わらず生を繋いでいるとされる者達が数多存在する。彼らは一般に天使もしくは悪魔と呼ばれ、我々には届かぬ天空か暗黒の空間にいながらにしてこの世界の中で常に存在を明瞭に知らしめ続けている。名前しか知らず、姿を見ることも叶わず大地に降り立つこともないだろう者達によって、管理または支配されているのが我々だった。
故に歪なのだ、この世界は。
天上に御座す天使、地の底に潜む悪魔、それらによって支配される世界において、大地とはその中間地点に存在するその他大勢、即ち我々のような一般デジモンが住む場所でしかない。かつて高位存在がデジコードやコードクラウンといった大地に根付くデータを取り合い、互いに覇権を競い合っていた時期にしても、重要視されていたのはそれら大地を形作るデータであり、どこまで行っても大地そのものに彼らが価値を見出すことはない。
地震に土石流、火山の噴火。人の世では天災と呼ばれるそれらもこの世界ではそうならない。如何に地が猛ろうとも天には届かない、闇には響かない。世界を治める者達には大地などゼロサムゲームの舞台以上の意味を持たない。それらで被害を被るのは我々のように下々の力無き平民のみ。
故に軽んじられるのだろうか。
伝説の十闘士随一の豪腕の主。
大地の怒りを具現化した猛者。
エンシェントボルケーモンは。
【コテハナ紀行】
大地は、いつだって。
【土の闘士編】
「それが俺様は気に入らねえってわけでさぁ!」
火山の麓、滅多なことでは旅行客も訪れない村の長は大声でそう言ってのける。
派手なシルバーに彩られていただろう装甲は、火山が近い影響か煤けて鈍色に変わっていたが、それもまた完全体の身で戦いに明け暮れてきた彼にとっては勲章なのだろうか。
マイクを片手に武勇伝を語り続ける村長の大声は、話を聞きに来た二人にとっては些か厳しいものだった。
「み、耳が……」
ボコモンのコテツとネーモンのハナビ。既に二時間近く彼の過去の逸話を聞き続けた彼らは、キーンとする耳を押さえつつ互いに顔を見合わせた。
近隣でも最強と謳われる猛者、名前をボルケーモン。ゴツモンやゴーレモンといった者達が暮らすこの村を率いる歴戦の戦士。旅の途中で訪れたこの村で、コテツとハナビは村長である彼の家に厄介になることになったわけだが、戦いを離れた彼はさっぱりした気性ながら少しでも酒が入ると自らの武勇伝を延々語り続けるような悪癖があった。
「何せ俺様が成熟期だった頃、ここらは暴れん坊のグレイモンが仕切ってやがってよぉ!」
「あー、その話もう十回目でやんすねー」
ちびちびアイスコーヒーを啜りながら返すが、ボルケーモンが止まらないのはわかっていた。
溶岩地帯の近いこの村は極めて蒸し暑く、鉱物型のデジモン達は平気なのだろうがコテツ達にはとてもではないが平静ではいられない。それは同時にこの村の纏う殺伐とした雰囲気にも起因している。
ある種の劣等感、コンプレックスと言うべきか。どうやらこの村の住民はそういったものを強く抱いている節があると感じていたが、それは恐らく村長である彼の気質が伝染したのだろうと思う。彼ら自身も具体的にそれが何に起因するものであるかは気付いていない。自分達は成長期、しかも戦闘力のない種族である故に受け入れてもらっているが、鉱物型や鉱石型以外のデジモンに対する敵愾心のようなものが、この村にはこびり付いているようだった。
特に恐竜型や獣型へのそれは些か異常とも思える。
「だから言ってやったのさ。お前らの先祖は大した奴らだったかもしれねえ、だけどお前らは俺様に勝てない程度の奴だってなぁ!」
グレイモン。
ガルルモン。
どちらも英雄に連なる血脈を持つ強力な種族。ボルケーモンの語る武勇伝は、そんな者達を蹴散らした内容が半分以上を占めている。その様を矮小とも狭量とも笑うことはできようが、魔王や聖騎士どころか究極体も殆どが死に絶えた今の時代、グレイモン種もガルルモン種も貴重な存在である。その彼らを容易く蹂躙する目の前の村長は、確かに当代において最強と呼んで差し支えもなかったろう。
だから当然、彼の次の言葉も法螺には聞こえない。
「俺様は目指してんだ。この火山の麓、炎と土が混じり合う場所で、俺様は必ずエンシェントボルケーモンに進化してみせるぜ!」
実在をも疑われる英雄の名。それに憧れる者が、ここにまた一人。
土の闘士、エンシェントボルケーモン。
大地の力を体現した、十闘士の中でも最大のパワーを誇るとされる古代鉱物型デジモン。古文書ではまさに火山を背負った姿で描かれるその威容は古代十闘士随一の豪腕の主として相応しい勇猛さであったが、同時にその姿が敢えて土とされていることに違和感も覚える。しかしその点を突くとなると、そもそも十闘士の名そのものを見直す必要が出てくる。
実在を確認されていない彼らを、我々は便宜上○の闘士と呼んで讃えている。しかし我々は決して単一の属性を持つわけではない。リュウとムシクサキの因子を併せ持つトロピアモン、セイの騎士でありながら各々がケモノとリュウの属性を宿すドゥフトモンとデュナスモン、キカイの肉体を有しながらミズの代表格として謳われるメタルシードラモンなど、複数の属性を持つ者は枚挙に暇が無い。一説によれば、ルーチェモンなどは全くの相反するセイとアンコクを同時に有しているとされる。
そもそも十闘士の属性は我々が一般的にカテゴライズする属性とは全く異なる。炎も光も風も氷も雷も全ては人間達が持つ概念であり、我々を分類するそれらとは繋がらない。
十闘士のそれぞれが冠する十の属性と紋章、それらが我々の文字ではなく人間の用いるそれに酷似していることこそがその証左だ。
では我々が持つ属性と彼らの冠する属性は何が違うのか、どう違うのか。
エンシェントボルケーモン。炎と土の溶け合うその姿、まさにボルケーノの名に見合う姿が、敢えて土のみに分類される理由は何なのか。火山という炎と土の爆発的なエネルギーを宿しながら、彼の英雄が炎に分類されていないのは果たして何故なのか。
同じ英雄として並び称される炎の闘士、エンシェントグレイモン。炎にカテゴライズされる彼と土の闘士は、果たして如何なる関係にあったのか。
着弾と同時に凄まじい爆発が周囲を覆う。
「ば、馬鹿な……!」
鈍色の体躯が膝を折る。無敵と謳われた肉体を焼く爆風は、完全体の中でも上位に位置するだろう威力。
「ボルケーモンの旦那ァ!」
自らの村を率いる長の思わぬ苦戦を前に、ゴツモン達の悲痛な声が響く。
危険な火山地帯に存在するこの村は、その立地故に屈強なデジモンを呼び寄せやすい。長らく平穏はボルケーモンによって守られてきたのだが、そんなボルケーモン自身を打ち倒すべく更なる強者を招く結果となっていることを彼らは知らなかった。
「今のは、いつぞやの礼だ……!」
大きく広げた紫紺の翼と強化された両腕。それらで武装した機械竜が大地に降り立ち唸る。
胸部から放たれた有機ミサイルは、今まで相対してきた如何なる難敵をも上回る破壊力でボルケーモンを跪かせる結果を齎した。彼自身の鮮やかな橙の肉体は火山地帯の赤黒い空の中にあって些か異質とも思える程度には眩しいものであり、真っ直ぐに倒すべき敵を見据える竜の目は疑い様もなく、かつてボルケーモン自身が退けたグレイモンのものであった。
「メタルグレイモン……でやんすか」
「なかなかヤバい奴が来たんダネ」
そう思う。かつての選ばれし子供、英雄が連れていたとされる機械竜とは仔細こそ違えど同種の強豪。左腕のメカニカルクローだけでなく右腕までをも長大なビーム砲に換装したその姿、コテツやハナビの知るメタルグレイモン種とは明確に異なる意匠。
そんな彼にとって、ギガデストロイヤーは恐らくただの小手調べか牽制。そんな意図で放たれた一撃でボルケーモンの体力の大半を削り取ったその強さは、やはり英雄に連なる種族である故なのか。
「立てよ、これで終わりじゃないだろ!?」
その言葉は挑発であり、また激励にも感じられた。
亜種と言えど持ち得る気質は清爽そのもの。メタルグレイモンには村長を殺す気も村を蹂躙する気もない。単純に一度敗れた相手にリベンジを果たすべく自らを鍛え、改造した上で現れた。その様はまさしくお手本のようなデジタルモンスターの生き様であり、煤だらけのボルケーモンとは対照的に銀色に照り映える機械竜の姿は眩しさすら感じさせる。
「な、舐めんなぁ……っ!」
無論、村長とてこのままでは負けられまい。自らの意地もあるが、それ以上に他の村民達の前で無様に負けることは許されない。元より強さのみで村を支配してきた彼にとって敗北し地に沈むことは、自らの存在意義の否定に容易く繋がり得る。獣の群れがそうであるように、デジタルモンスターである彼らの村もまた、敗北を知らない最強の一人だけを指導者としてきたのだから。
その地位に縋る矮小な一個体であり、その固執故にそれ以上進めないでいるのもまた彼であった。
「妄執……ダネ」
どこか悟ったように言う隣のハナビに目を向けた。
「村長に勝ち目は無いと……?」
「見ればわかるんダネ」
是非もない。そしてそれはコテツも理解していることだった。
実に無様、実に無意味、英雄として讃えられるグレイモン種を前に足掻く姿は醜悪この上ない。今までは彼自身が語る武勇伝の通り、完全体と成熟期という世代の差で勝ってきたボルケーモンだが、同じ完全体の土俵であれば結局この程度。必死に立ち上がろうとしているが、自らが如何に井の中の蛙であったかを思い知らされたかのように、メタルグレイモンのギガデストロイヤーはボルケーモンから今までの誇りと驕り、そして何よりも戦意を奪っているようだった。
「俺は、負けねえ……ッ!」
立ち上がった村長がその身を弾丸として強烈な体当たりを仕掛ける。
必殺のビックバン・タックル。だが今まで多くの敵を屠ってきた一撃は、まるで舞うように宙へと飛び立つメタルグレイモンに軽々と回避された。
「くっ、降りて来やがれ!」
ボルケーモンは唸るも敵に合わせる道理はなく。
「ポジトロン・ブラスター」
「がっ……!」
直撃するのはメタルグレイモンの右腕から無慈悲に放たれた陽電子砲。
彼が長らく勲章としてきた胸部の煤けた装甲は容易く砕かれ、ボルケーモンの巨体が仰向けに倒れ込む。飛行能力の有無という形で絶対的に機動力でも差を付けられている上、メタルグレイモンの本気の一撃は完全体の装甲をも打ち破る威力を見せ付けた。
勝てない。勝てるわけがない。
「ああっ……!」
見守るゴツモン達の声にはどこか落胆が混じり始めていた。
メタルグレイモンとボルケーモン、それ程までに彼我の戦力差は圧倒的だった。地を這う芋虫が空を華麗に舞う蝶には決して及ばぬように、大地から天に輝く太陽へてが届かぬように。炎(メタルグレイモン)と地(ボルケーモン)の間には埋めがたい差がある。
それでも、明らかに彼に勝ち目はないとしても。
「……っ!」
拳を握り締めてしまっている自分がいることをコテツは知っていた。
「……で、やんす……!」
指が一本でも動く限り戦い抜いて欲しいと願う自分に気付いていた。
「頑張れ、でやんす……っ!」
それはきっと。
『俺様は目指してんだ。この火山の麓、炎と土が混じり合う場所で、俺様は必ずエンシェントボルケーモンに進化してみせるぜ!』
彼もまた。
コテツと同じ存在に憧れる者だったからだろうか。
どうして十闘士を研究するようになったのか。そんな理由を今更ながら考えることがある。
この世界には英雄が多い。ロイヤルナイツやオリンポス十二神、三大天使に四大竜に四聖獣、見方によっては七大魔王とてその中に数えてもいいだろう。そんな数多の英雄達が名を遺すこの世界で、自分はどうして情報が少なく存在そのものすら不明瞭な彼らを研究対象に選んだのか。
原初の世界に現れた十の究極体、きっと彼ら以上の強さを持つ者はごまんといる。
魔王に墜ちたルーチェモンを倒した者、魔王を倒した英雄譚なら他で聞き飽きた。
後世に人と獣の魂を遺した、そんな逸話だけで実物を目にした者は恐らくいない。
それが十闘士だ。今の世では実在すら疑われ、そもそも彼の集団自体、後世の者達が捏造した架空の英雄ではないかとされる不確かな存在が自分の憧れる英雄だった。
自分は研究者だから事実を集めるだけだ。いて欲しいと思うことはできない。だがいて欲しくないと思ったわけでもない。
彼らの痕跡を追い続けた。彼らの伝説を必死で集めてきた。その中で実在したという確証も架空の存在であるという論拠も見つけられず、研究は暗礁に乗り続けたまま長い時が経っている。答えが出ないのが答えだとはよく言ったもので、自分もまたこの先どうすべきかという答えが出ないままだった。
それでも今こうして研究を続けられているのは何故か。諦め切れないのは何故か。
単純な話だ。言うまでもない。
今ここで無様に果てている彼、ボルケーモンを見ていればわかる。
自分は十闘士(かれら)に、憧れているから。
「そういえばアンタ、十闘士に憧れてたんだっけ?」
戦いの最中、淡々と紡がれる言葉。
「アンタには悪いけど……いないよ、そんなものは」
どこか冷徹な声がコテツを現実に引き戻す。
「ハアッ……ハアッ……ハアッ……」
「よく立った。そうでなきゃな」
ほぼ死に体ながら無理矢理両足を酷使して立ち上がったボルケーモン。その姿を賞賛するように目を細めながらメタルグレイモンは語る。
「いや、いないと考えるべきと言った方が正しいか」
「………………」
ボルケーモンは何も言わない。正確には反論するだけの体力が彼にはもう無い。
それでも燃えるような瞳にはメタルグレイモンの言葉を否定しようとする確かな意志があった。
「時は未来に流れるものだ。エンシェント……過去に目を向けても意味はない。そもそもエンシェントグレイモン、壁画に描かれた俺達の遠い先祖とされる炎の闘士は俺も見た……が、それは俺達グレイモン種とは似ても似つかない。大方、古代に存在した別種の竜型デジモンの見間違いだろうさ」
それは紛れもなく。
コテツ自身が掲げたのと同じ言説。
「……るせえ……っ」
エンシェントグレイモン。十闘士の中で最後まで生き残ったとされる烈火の猛竜。
だが原初の究極体、即ちグレイモン種が辿り着いた初の究極体とされるその姿は現存する幾多のグレイモン種、そのどれとも重ならないものである。恐竜型であるグレイモンとは異なる古代竜という分類、更には古の紋章を刻んだ頭部の仮面と炎を象る紅の両翼、そして背中もしくは肩口に備えた砲塔は、むしろ同じく古代に名を馳せたインペリアルドラモン種に近い。
そこから導き出される一つの説。
十闘士とは古代に活躍した他の英雄が混同された姿であり、その存在は──
「うるせえ……っ! うるせえ……っ!! うるせえ……っ!!!」
吼える。惨めなほど傷付いた肉体を奮い立たせ、狭量な長は声を張り上げる。
これ以上瀕死の体に鞭打てば必ず死ぬとわかっていても。
一つだけ。たった一つだけ譲れないものがそこにはある。
「知ってんだ、ンなことは最初から知ってんだよぉ……っ!」
技巧の欠片もなく繰り出される拳打。それをメタルグレイモンは回避せず正面から受ける。
「テメエらみたいな英雄サマを沢山輩出してる野郎どもにはわからねえだろうさ! 俺は、俺達は所詮こんな程度だ! やれ完全体だやれ村長だとイキってみたところで、同じ完全体に並ばれたら手も足も出ねえ! それが俺達だ! それが俺様なんだよ!」
最後の聖騎士の片割れにして、選ばれし子供のパートナーであったウォーグレイモン。
人間との絆で究極体を超えるバーストモードを発動させると言われたシャイングレイモン。
そんな幼年期でも知っている英雄達と同族であるというだけで特別視される彼らに比して、鉱物型・鉱石型が集うこの村の住民達にはそれがない。ボルケーモン自身、かつてゴツモンだった頃は彼らの英雄譚に魅せられた時期もあった。彼らのような姿に進化したいと考えて修練に明け暮れた。やがて成熟期へと、ゴーレモンへと進化を果たした後も強さと英雄への飽くなき思いは変わらなかった。
けれど完全体、ボルケーモンに進化した時点で思い知ってしまったのだ。自分の行き先を、己は数多の英雄にはなれないということを。
「そんな俺様にとって、唯一の拠り所が、十闘士なんだよ……!」
エンシェントボルケーモン。自分と同じ種族にして原初に現れた英雄。
だから憧れた。
だから魅せられた。
「だからテメエに否定される謂れはねえ! テメエにはその権利もねえ!」
止め処なく放たれる拳は、その実メタルグレイモンの右腕に全て弾かれている。絶望的なまでの戦力差は、如何に猛ろうと微塵も埋まりはしない。
それでも。
そうだとしても。
「俺は! 十闘士に憧れてんだ!」
憧れてはいけないのか。
魅せられてはいけないのか。
偽物の伝説だから。
架空の英雄だから。
自分は自分と同じ種族の英雄を想ってはいけないのか。
「……ッ」
ジリ、と。
メタルグレイモンの体が僅かによろめく。
一歩、また一歩と。ただ裂帛の気合いで放たれる拳打はダメージを与えずとも精神的に機械竜を後退させ始めていた。だが違う。これは純粋な気合いによるものではない。既に死に体でマイクも失ったボルケーモン、けれど己の意思のみで挙げる彼の怒号が確かに敵の胸の内を打ち始めていたのだ。
ビックバン・ボイス。
ボルケーモンのもう一つの必殺技。自らの憧憬を躊躇無く叫ぶ彼の声は、彼自身知らず知らずの内にその必殺技の色を纏っていた。
「……やるね」
だから笑う。メタルグレイモンは仮面の下で不敵に笑う。
瀕死の肉体でこんな無謀なラッシュを繰り返していれば、こちらが手出しせずともいずれボルケーモンの体は朽ち果てるだろう。けれどそれを良しとしない自分がいることを、メタルグレイモンは知っていた。ボルケーモンはこの情けない様が自分だと卑屈に言った。だがそれは違うと言いたいのは、他ならぬ彼と戦っているメタルグレイモン自身だ。成熟期であった頃の自分を完膚無きまでに打ち倒したのはボルケーモンなのだ。自分に今の姿に進化しなければと、もっと強くならなければと決意させたのは他ならぬ目の前の卑屈な完全体なのだ。
彼は得難いライバルだから。
この先もまだまだ彼とは高め合いたいから。
「そう来なくっちゃ面白くないよな──!」
全力には全力で。
彼の叫びに応えるべく、メタルグレイモンもまた己の腕を突き出した。
憧れ。そう、憧れだ。
地に立った時、誰もが天に座す太陽に憧れる。もしかしたら憧憬の向けられる先は太陽ではなく、夜空に輝く月であるかもしれないが、とにかく誰もが己の手に届かない場所にあるそれに憧れる。それは避けられぬ摂理であり、やがて自分達には手が届かないものだと知るのもまたどうしようもないことだ。
原初に抱いた憧れと届かぬ挫折、それらに折り合いを付けて誰もが生きていく。それがきっと大人になるということだ。
それでも憧れを止める必要なんて無い。
届かないからと諦める必要なんて無い。
誰にも憧れを否定する権利なんて無い。
ああ、そうだ。
自分もやはり彼と同じだった。どこかで誰かに止めて欲しかったし、同時に誰にも止めて欲しくなかった。
誰かに十闘士の存在を追っても無駄だと言って欲しかった、そしてそれに対して無駄なもんかと言い返したかった。もし彼らが本当に架空の存在だったとしても、そんな彼らを研究し続けることに意味がないはずが無いのだ。
だって当たり前ではないか。
自分だけでなく、十闘士に憧れる者が。
彼らに届こうと手を伸ばし続ける者が。
この世界には確かにいるのだから。
激突の瞬間、土煙が周囲を覆い、コテツもハナビも思わず顔を顰めた。
「あれは……!」
程なくして煙が晴れた時、コテツは見た。
所謂クロスカウンター。まるで絡み合うように互いの頬へ拳を打ち付け合っている二体の姿は、既にボルケーモンとメタルグレイモンではなかった。片やメタルグレイモンのいた場所に立つのは真紅の装甲を纏う竜人であり、そしてボルケーモンは──
「エンシェント……ボルケーモン……!?」
コテツの耳に届くのはハナビが息を呑む音。
砕けた装甲から露出した肉体を漆黒に染め上げたより強靱なその体躯。まさに大地の力をその身に宿したとばかりに体内から炎と土、即ちマグマの如き火山エネルギーを噴出させる姿は、確かに伝承に謳われる土の闘士の再来を思わせた。唯一異なるのは、そのエネルギーを放つのが背中ではなく両肩であるという点であったが。
「……やっぱりやるね」
「テメエもな……!」
久しく世界に姿を現さない究極体二体。互いが大きく振りかぶる。
「ケリを……つけてやらぁ!」
それは果たしてどちらの言葉だったのか。
激突する拳と拳。
それだけで周囲の空気がビリビリと震える。
コテツやハナビを含む全員が息を呑む中、二体の究極体はやがていつ果てるとも知れぬ戦闘を開始した。小手先の機動力も持ち前の防御力も不要。既に互いが求むるは互いの拳のみ。それは確かに凄惨な戦いであるはずなのに、どこか清爽で明快ですらある。原初の世界ではこうであったかのように、ただ互いが互いを認め合うかの如く、二体の究極体はひたすらに殴り合っていた。
それを前にコテツは思う。
自分の悩みなど全てどうでもいいことだったのだ。エンシェント、即ち古代十闘士が本当に存在するのか否か、そんなことを考える必要はない。目の前で繰り広げられる激しくも美しい死闘、それを演じるのは片や紅の装甲を纏ったグレイモン、片や火山を背負ったボルケーモン。彼らの戦いを前にすれば、種族や姿形など気にすることではなかった。
だって存在するのだ。
今この時代にも確かに古代十闘士と同じ者が。
彼らに憧れ、彼らと同じ高みを目指す者達が。
十闘士は、今ここにも確かにいるのだ──。
炎と大地。
相反するように存在するその二つの属性は、同時に互いに切り離せない存在でもある。
大地の恵みによって人は文明を得、それにより炎を操る文化が生まれた。そして往き過ぎた炎を、文明を天災という形で押し留めるのもまた大地であった。
だから卑下する必要などない。不要などということもあるはずがない。
太陽、炎と光が辿り着く究極の一。人の手では為し得ない文明の到達点。
世界を照らすそれがいつの時代も光り輝いていたように。
大地もまた、いつの世も我らと共に在ったのだから。
【解説】
・ボルケーモン⇒パイルボルケーモン(村長)
地の文で何度も矮小だの狭量だの散々に言われる火山の村の長。数多の伝説で英雄として語られるグレイモン種やガルルモン種に対して強烈なコンプレックスを持つが、その劣等感が彼を完全体まで到達させたのも事実である。
当初はもうちょい豪胆な奴にするはずでしたが、偏屈なおっさんがその偏屈さを貫き通した果てに~の方がカッコいい気がしたので貫き通して頂きました。まあアニメに出る時もあんまり豪胆な奴にされること少ない気がするので良し!
・メタルグレイモン アルタラウスモード⇒ブリッツグレイモン
かつて村長に敗退したグレイモンが自らを鍛え上げて完全体、究極体まで到達した姿。
英雄と呼ばれるに相応しい気高く正々堂々とした戦いを望む武人。一方でシニカルな面も持っており、エンシェントデジモンの存在には否定的でその点でもボルケーモンとは対照的であるが、彼のことを互いに高め合うライバルとして認めてはいる。実際には「十闘士などいない」と言ったのはボルケーモンを挑発する為であり、彼がどう思っているかの明言は避ける。
一つ言えるとすれば。
究極体に進化した彼は、彼自身が虚像と断じたエンシェントグレイモン同様、グレイモン種としては珍しく紅の砲(つつ)を備えたグレイモンだったということである。
・ボコモン“コテツ”&ネーモン“ハナビ”
主役二人にして解説役。コテツというか作者の自説「エンシェントグレイモン≒インペリアルドラモン」が今回もメインとなる。
今回の話は言うまでもなくティアキン発売前にやり直してたブレスオブワイルドでゴロン族の村をぶらつきながら書いた話なので、特に描写してませんが二人して耐火装備着てるんじゃないッスかね。
【後書き】
これにてカイゼルグレイモン側全部完了! 正確には氷の闘士だけ抜けてますが、Twitterのお題で書いたからいいでしょう……。
というわけで、今回はエンシェントボルケーモン編となっております。ボルケーモンの七つの進化系の内の一つではないらしい謎の存在エンシェントボルケーモンですが、クロスウォーズで突然ボス張ったりと割と十闘士の中では印象深い奴なのではないでしょうか。
今回のミソとしては、常々掲げられる「エンシェントグレイモン≒インペリアルドラモン⇒十闘士は架空の存在」を否定しようとしたボルケーモンが自ら「エンシェントボルケーモン≒パイルボルケーモン⇒十闘士は架空の存在」を実証してしまう流れ。パイルボルケーモンとエンシェントボルケーモン見比べて火山が肉体から出てる時点でこれしかないと確信して書かせて頂きました。ただ、コテツが言った通りこれで十闘士は実在しないと確定したわけではないのです。大事なのは魂の在り方である。
本来はメタルグレイモンアルタラウスモードがもっと嫌な奴で、ぶちのめされて当然なクソ野郎(そもそもアルタラウスではなくメタグレ青だった)になる予定でしたが、それだとどう足掻いてもラストシーンがカッコ良くならなかったので、一旦全部消して書き直しました。おかげで書き上げるまで一週間もかかってしまった!
そんな形で残り二人、書き直すとしたら氷も入れて三人!
◇