生まれた時から違和感を感じていた
自分の中に自分じゃない誰かがいる
そんな疑問を抱えたまま時が過ぎ僕はルーチェモンに進化した
ルーチェモンに進化した途端僕の世界が一転
そう僕は進化した
当日、行く先々でみんなが祝福してくれたんだ。「おめでとう」「ありがとう」「キミは村の誇りだ」って。普段あまり話さない村のデジモンたちにたくさんの拍手を送られて僕は嬉しかった
みんなの笑顔、たくさんの花の冠、幸福が詰まった丸い貝殻のネックレス、そして大きな石のベット
『あれ?みんなは?』
さっきまで僕を祝ってくれてた村のみんな誰一人いなくなって村の長老と僕だけが祭壇に取り残された
僕は今日ここで生贄となるのだ
『みんなどこに行っちゃったの?』
『この村に生まれた天使デジモンを暗黒デジモン様に捧げるとお恵みが賜るというしきたりなんだ』
そう言われ、たくさんの花で飾られた冷たい石の祭壇に寝かされる。僕と共に残ったのは生まれた時からお世話をしてくれた長老のジジモン様だ。ジジモンは申し訳なさそうにルーチェモンの手首足にカチャカチャと頑丈な拘束器具を着け固く固定する
『長老…いったいなにを?』
『お前の犠牲で村のデジモンたちが幸福になれるんだ』
『え』
『ワシらの為にルーチェモン頼む』
死んでくれ
ジジモンは手に持っていた大きなナタを振り下ろす
ザクッ
『ッッッ!!!???』
左の翼付け根を切られ辺り一面に血飛沫と白い羽が煌びやかに舞う。激痛で石のベットの上で暴れるルーチェモン。着けられた拘束器具がガチャガチャ音を鳴らし、ただ悶え苦しむことしかできない
『万が一お前が逃げたらワシらはお終いだ』
だから、許せよ
ザクッザクッと音を立て切り離されていく自分の翼をただ見ることしかできない
『やだ…っ!やめて、やめてよぉ!!!』
嫌だァ!!!!!!!!!!
3枚目、4枚目と翼が次々と切り刻まれる辺りに幼い叫び声が反響するでろり、と翼を剥ぎ取られた部分から大量の血と真っ赤な羽毛が祭壇を鮮やかに彩る頃には抵抗しなくなっていた
『イ゛ダイ…ぉ…』
『もうこれも邪魔だな』
ジジモンの手が羽の付け根周辺の皮膚を爪を立てて掴み、一気にベリベリベリと剥がされる。無惨に投げ捨てられた自身の皮膚と羽の残骸。
止むことのない恐怖
昨日まで怒ることも恨むことも知らない幼年期だったルーチェモン
進化して僅か、数時間後
羽も人生も全てを失った
『…い゛だい…イ゛ダイ゛ッッッッ!!!』
ルーチェモンの悲しみが最高潮に達した
その時!
ザワザワと辺りが暗い空に変化し祭壇を囲むかのように謎の圧が掛かる
『おお!暗黒デジモン様が降臨なさったぞ!これで村は救われる!!』
空が黒くなったことを合図にジジモンはナタを手に持ったまま祭壇からそそくさと離れてその場を離れて行ってしまう
ひとり残されたルーチェモンは暗闇に包まれる空をただ見ていることしか出来ない
『…誰か、たすけて…』
大粒の涙を流しながら助けを呼ぶも辺りは誰もいない。叫ぼうにもあまりにも血を流しすぎた。力が入らずポタポタと命が流れる音が耳元で謳っている。もはや生きる希望を失いかけているルーチェモンに突如、頭の中で知らない声が響く
(俺に体をよこせ弟よ)
誰かがルーチェモンに話しかけてくる
『お兄ちゃん?』
誰もいない方へ声をかけると自信に満ちた大人びいた声が返ってくる
(主導権を俺に譲ればお前は助かるぞ)
『でもお兄ちゃん、闇の力がないとお兄ちゃんは…』
ゴロゴロと雷が鳴り始める雲の向こう側に巨大なシルエットが少しずつルーチェモンの祭壇へ近づいている
(早くしろ!まだ死にたくないだろ?)
目の前に迫る暗黒デジモン見たくなくても閉じることさえできない瞼
恐怖でルーチェモンはその要求を呑むしかなかった
『…僕の体使っていいよ、お兄ちゃん』
僕たちを愛してくれないこの世界をぶっ壊そう
そう願った瞬間ゾワリとルーチェモンの全身が光り輝く。それは"進化の光"
メキメキとルーチェモンの肉体が変化し、背中から切り刻まれたはずの羽が新たに生え、逞しくなった手足でいとも簡単に拘束器具を破壊する
『弟よ。兄ちゃんがお前を愛してやるから』
今は少し休んでろ
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数分前
半世紀前にたった一度、気まぐれで助けた村に何やら不審な動きがあると連絡を受けて様子を見に来てみれば酷い有様だった
「なんて酷いことを…」
上空暗黒デジモンが目にしたのはこの村全体を囲む様に捨てられた子供たちの亡骸。憎悪と無念のデータの残骸だった
この村は産まれたばかりの幼い天使デジモンたちの亡骸だったものが積み上がって山となってできた場所
自分を呼ぶ為の生贄?
生贄を行うことで安定した生活を手に入れられる?
馬鹿な、そんなこと今のデジタルワールドであってはならない信仰だ
「それもこれも我がこの村に手を出してしまったことが発端…か」
自分はただ貧困に喘いでいた村のデジモンたちのために己の力を使って水田を引き、地面を耕し、自給自足できる術を教えただけなのに…。
手で顔を覆い、鋭い爪で顔面を痛々しく引っ掻く。覆い声を荒げ、激しく身体を震わせる
「何故ここまで酷いことをする?お前たちを助けたのはこんなことをさせる為ではない」
村の連中から嫌な残滓が流れ込んでくる
俺たち/私たち楽に生きたい
俺たち/私たちはストレスというやつが嫌いだ
身の回りなの世話も食事も排泄も全て誰かがやってくれる赤子が妬ましい
何故やつらは良くて自分たちはダメなのか?
親の責任?
そんなのクソ喰らえだ
産まれてくる幼子の面倒は老人たちに押し付けよう
自分たちは毎日タダ飯と性と我の欲を満たす
気に入らなければ、殺すか食べるか最終的に生贄にすればよい
神がいるのか知らないが昔からある意味不明な信仰に新たな信仰を上乗せする
こうして自分たちの生贄信仰が定着し、村の誰もが信じて病まない俺たち/私たち自身を奉る信仰となった
長年植え付けらた恐怖は暴力は人格も変える
ここ半世紀、いつしか天使デジモンが気に食わないという理由でたまに村に産まれてくる天使デジモンを限定で生贄に捧げるという儀式となった
考えたのは誰だったのかすら忘れた
今日も幼年期デジモンの鳴き声がうるさくてたまらん
そうだ
天使は最高の苦しみを味あわせて死なせろ..
天使がいなくなれば悪魔もいなくなるこれは命令だ
俺たち/私たちは神だ神の言うことは絶対信仰せよ、崇めよ、祈れ神に全てを委ねればこの村の問題は何もかも上手くいくであろう
村のデータを読み取れば読み取るほど吐き気を催す。こんなしょうもない奴の幼稚な理由で幼いデジモンたちはこれまで命を落としていったのか
「神様気分で始めた結果がこれか…」
肩を落としながら暗黒デジモンは祭壇を目指す
一刻も早く、手遅れにならぬ様にと
祭壇へ急いで向かうと今まさに息絶えようとしている天使デジモンの姿があった
祭壇の周りには散乱した羽と涙を流す真っ赤なルーチェモンの姿を見て、言葉を失う
「うっ…」と嗚咽を抑えながら息があるルーチェモンの目の前にただずむ
「我のエネルギーだ」
ほんの少しだがこれで回復するはずだ
憎悪で出来た大粒の雫が暗黒デジモンの額を伝い、天使デジモンの額に落とし、生き永らえさせる為に暗黒物質を与えそして進化が始まった
現在
ルーチェモン:フォールダウンモード現る
「ハハハハッ!!!これで俺たち兄弟晴れて自由の身だ!」
心優しいルーチェモンと打って変わってこの世の全てを破壊せんと邪悪な顔で生まれ現れた。本来なら成長期ルーチェモンと完全体フォールダウンモードのルーチェモンは同一人物。彼らは二重人格者だった憎悪のデータの影響により今まで眠っていた二つ目の魂が進化をしたことで肉体を得て誕生したのだ
「まず何をしようか?そうだ!最初にお前をイジメた村のヤツらをいたぶりながらじっくり、じぃーくり殺してやろう!!その次に世界だ!こんな腐った世界生きるに相応しくない!そもそもデジモンなど生きる価値がない!だろ?弟!」
暗黒デジモンがジっとこちらを見つめている
敵意は無さそうだが何か言いたげな雰囲気であった
「…」
「なんだ、まだいたのか俺たちの邪魔したら容赦なく消してやるからな」
「邪魔などするものか、ただ、一言お前に言いたいことがある」
「はぁ?なんだよ」
暗黒デジモンはルーチェモン:フォールダウンモードに近づき優しい眼で言った
「お前を生み出したのは紛れもなく私の責任だ。ただ、それでも一言言わせておくれ」
こんな世界に生まれてきてくれてありがとう
ペコリとお辞儀をし、優しく悲しげに放った言葉は嘘偽りのない祝言
その言葉にルーチェモンたち兄弟は全身鳥肌が立ち身震いした
この暗黒デジモンは何を言っている?
世界を破壊せんと生まれたこの俺の誕生を祝福しているのか?
馬鹿らしい
きっとこいつも村のヤツらと同じくらい何か魂胆があるに決まってる!
ギラギラと眼を光らせ再び暗黒デジモンへ視線を送る。
「は?」
そこに映っていたのは"白"純白で見ているだけで心が暖かくなるような光を放つ太陽そのものであった
兄ルーチェモンは目を疑う光景を目した。正確には魔眼を用いて暗黒デジモンの真の姿を見たそして兄ルーチェモンは知ってしまった
弟を中心として今まで生きてきた兄が見惚れるほど美しい魂があることを
いけない、この感情を持ってはいけない!
誰よりも傲慢である自分がこのデジモンの優しさに温かさに卑屈になってはならない!!
こいつを否定しなければ!否定しないといけない!けれど何故だろう見ていると心がとても泣きたくなってくるこれは一体なんだ?
「お前っ!?暗黒デジモンだろ!?なんだその魂の色は!!!」
「魂?我の魂がどうかしたのか?」
「なんで?なんでそんなに白く優しい色をしている?なんで!?なんで!?!?」
兄ルーチェモンは弟ルーチェモンの生活ずっと見てきた。そしてあの村の醜く邪悪な魂ばかりを見てきた
どいつもこいつも自分の事ばかり考え黒ずみ、雰囲気も常にトゲトゲしていて、その場にいるだけで空気が不味くなる
これまでずっと弟の中で弟以外の存在を否定し見下してきた
弟こそ真の善人
この世で一番清く美しい存在だと思っていた。俺は傲慢の塊。それしか知らなかったのだ。
そんな彼の前に表面だけ暗黒で構成されている
弟以上の聖人クラスの魂を持ったデジモンを生まれて初めて目にすればどうなる?
こいつを美しいと思ってしまった
そう、思ってしまったのだ
たちまち彼の中の世界が、常識が、法則が、傲慢な思考が全て覆された
「なんで、なんでテメェ!今!俺の目の前に現れた!?なんでこんな時になってやってくるんだ!!ありえない!テメェみたいな魂がいるだなんて!知りたくなかった!!」
フォールダウンモードが、兄ルーチェモンの意識が少しずつ消えかかっていた
「なんでだ?なんで俺たちがこうなるまで来なかったんだ?もっと早く来ていれば、皆も他の奴らも、もう一人の俺の弟もこんなに傷つかずに済んだのに」
「我はお前のようなデジモンを保護する為に全世界を廻っている。しかし個々人全ての生き物を救えない。必ず取りこぼす、お前のようにな。我なりに最低限やれることをやってこのザマだ。許せとは言わん。しかしどんな過程で生まれようと我はお前たちを心から祝福しよう」
我が名はアポカリモン終焉を呼ぶ者
この世界の救世主となる者だ
アポカリモン大きな手が兄ルーチェモンの体を傷つけぬよう優しく抱きよせ包容する。魂の輝きを見てしまった影響からなのか不思議と怖くなかった。アポカリモンの冷たい皮膚に触れると聞こえてくる怨念たちの悲痛な叫び声、そしてそれを相殺する彼の魂の温もり 、デジコアが暖かくなった
(暖かい…安心する…)
怒りが憎しみがアポカリモンに吸収されていく
ああ…本当は辛いくせに
我慢しながら今までたくさんのデジモンを見殺しにし、そして救ってきたのだろう
そういえば最後に抱かれたのいつだったか?デジタマから孵った時から誰かに抱かれた記憶が無い
そもそもあの村の連中に優しくはされたもののこんなに愛情深く触れられたのも生まれて初めてなのかもしれない
「何故アンタはこんな腐った世界を愛せる?アンタほどの力があればこんな世界滅ぼすなんて簡単だろ?」
「お前たちの様な世界から爪弾きにされる命がいる。我の力はお前たちを救うために使うのだ。それに我はこの世界を消したくない。この世界に生きる者たちに恋してしまったからな、彼らのためなら例え我が身が悪影響を及ぼすのなら死ぬ方法を今だに模索している最中だ」
ランランと輝く黄色い眼村の連中から漂う嘘と誤魔化す匂いがしない
コイツの言っていることは本当のようだ
この事実を受け止めきれず兄ルーチェモンは膝をつき頭を抱える
「は、はは…なんだそれ?本当に暗黒デジモン?アンタには似合わないよ」
いつの間にか兄ルーチェモンの目に涙が流れ出ていた
自分よりも大きな力と闇を抱えてるくせに善行を成さんとするアポカリモンに呆れながらも心から安堵している自分がいる
この胸の高まりは憧れ
自分たちが手本としたい存在に出逢えた奇跡まだ希望があるのかもしれない
「もっと早く会っていれば俺も弟もアンタみたいになれたのかな」
そしたら傲慢な俺はいらない
弟から生まれずに済んだのに
「自分を否定するな!傲慢なお前もこの世界に必要な存在だ」
「それ、アンタに言われたら何も言えないよ」
涙ながらサラサラとフォールダウンモードが解け、幼い成長期の姿の弟ルーチェモンがアポカリモンの腕の中で横たわる
「なれるよう我が責任を持ってお前たち兄弟を面倒みてやる」
この日、一つの村が人知れず消失した亡骸も魂も罪も全てアポカリモンが消し去ったのだ
この世界にはまだ孤立した集落がありそこで非道な儀式を行う連中が後を絶たない
ならば、助けよう!一緒に止めよう!
暫くの間ルーチェモンはアポカリモンと共に行動するこにした
彼の元で沢山学び世界の役に立つことを勉強するのだ
そしてここから僕/俺は傷ついたデジモンたちが住める安住の地を作る旅に出たのであった
傲慢だっていいんだ
罪であろうと自分を押し殺し自分を蔑ろにしてはいけないよ
さぁ、アナタも翼を広げて
どんな空も胸を張って飛んでみるのも
たまにだって悪くわない
闇と光
否定しない世界を目指して今日も歩き出す
【おしまい】