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ユキサーン
2019年11月03日
  ·  最終更新: 2021年5月17日

カワラナイモノ Part2

カテゴリー: デジモン創作サロン

 Part1へ。


 暗闇の時間が過ぎ、日陰の時間が訪れた。

 骨の竜との戦闘によって生じた疲れを出来る限り癒すため、木造のアスレチックの中で鬼人と共に一夜を横になって過ごした青年は、既に獅子の獣人の姿から人間の姿に戻っている。

 晴れているとは言い難い曇り空の下、青年は急かされるような足並みで歩き続けていた。

 先日の鬼人との会話の過程で、リュックサックの中に溜め込んでいた食料を予想以上に消費した。

 思えば鬼人が(戦利品の骨棍棒を除いて)手持ち無沙汰であったという事実から察するべきだった事なのだが、鬼人には自身の食料の持ち合わせは少しも無かったのだ。

 決してこれまで何も食べていなかったわけではないとの事で、途中途中青年と同じく売店の売れ残りなどを頼りに腹を満たしていたらしいが、青年とは異なりリュックサックのような多くの物を入れるための道具が都合よく手に入らなかったらしく、基本的に手に入れた食料は満腹になるまで腹に詰め込んでいたらしい。

 そうして移動と共に時は経ち、腹も空いてきて食料を探している内に骨の竜と鉢合わせになってしまい、闘うことになったと鬼人は夜中に語っていた。

 そんなわけで、青年は動き出して早々に自分自身が食べる食料を確保するために売店が近場に無いか探しだす羽目に。

 でもって、同行者が一人。


「いやー悪いな。パン食だと思ったより腹が満たせなくてよ」

「……助けられた恩もあるからある程度は許容したわけだが、それにしたって食べ過ぎだと思うんだ俺は」

「だからその点については謝ってるだろ。悪かったって」


 青年の真横には、件の鬼人が着いて来ていた。

 どうやら鬼人も青年と同じく避難した人間の居所を知りたいらしく、ひとまず青年と行動を共にする事にしたらしい。

 実際問題、骨の竜を撃破した時のように互いに助け合う事が出来れば怪物と遭遇した際の生存確率は飛躍的に高まるため、青年としても同行者が加わることに不満は無かったのだが、単純に食料の消費がこれまでの二倍――あるいはそれ以上になるという点は無視出来るわけもなく。

 さっさと食料を補給して、安心を得たいというのが青年の本音だったりした。

 歩を進めていると、ふと頭に浮かんだ疑問を青年は鬼人に対して口にする。


「というか、人間の姿には戻らないのか? 怪物の姿が見えない今、その姿でいる意味は無いと思うが」

「逆に聞きたいんだが、何でわざわざ人間の姿に戻ってるんだお前? 脆い人間の体より強い怪物の体でいた方が安全だし、戻る意味も特に感じられないんだが」

「使い続けた結果どんな『副作用』があるのかも解らないだろ。納得出来る理由が無い限り、俺はあの姿になりたいとは思わない」

「ふーん、まぁ強要はしねぇけどよ。随分面倒臭そうな進み方をしてんのな」


 適当な調子の鬼人の返事に、青年は内心で「大きなお世話だ」と呟いた。

 青年自身、わざわざ遠回りな進み方をしているという事に対して自覚はあった。

 自身の現状の目的を鑑みても、獅子の獣人の姿で進んだ方が早く進めるという事ぐらい、鬼人に指摘されるまでもなく解っている。

 それでも、恐れも無く平然と怪物としての側面を受け入れている鬼人の素振りには疑問しか浮かばない。

 この鬼人だって、元は人間であったはずなのに――と。


「……はぁ」


 思わず、怪物の力を得てからもう何度吐いたかも覚えていないため息が漏れた。

 決して他人事とは言えない問題だが、それで不満を溜め込んでいる自分自身がどうしようもなく馬鹿らしく思えたのだ。

 自分でも気付かぬ内に、心が病んできてしまったらしい。

 自覚していた当たり前の事を指摘されただけで、不機嫌になってしまう程度には。

 食料探しは難航した。

 発見して入った売店の中を見繕ってみても冷凍食品に惣菜や生肉などは全くと言っていいほどに見当たらず、海産物に至っては店自体が冷蔵の機能を失っているためか既に腐臭の源と化してしまっていて、腹を満たすために確定で食中毒に苦しむ羽目になりかねないものばかりだった。

 とても焼いて食べられるようになる類とは思えない。

 店内に食べ物のかすや残骸といった『食後』を意味するものが散乱していなかった事から見るに、食材の不足っぷりは怪物によって無秩序に食い荒らされたのではなく、鬼人と同じく人並みの知性と理性を持った複数の『誰か』が持ち去ったのであろう事は想像出来た。

 歯を磨く事すら難しい現状では虫歯が怖くもなるが、幸いにも余っていたチョコレートなどの菓子類やサイダーなどの炭酸飲料が入ったペットボトルもリュックサックの中に確保しておく。

 元々、スーパーやコンビニの備蓄は『誰か』が既に確保しているとしか思えない不足っぷりであった事を青年自身も理解はしている。

 とはいえ、食料が手に入らず困るのは他ならぬ自分達になるわけで、罪悪感を感じつつも怪物の影響によって壊されてはいなかった無人の住宅の扉を壊して侵入し、キッチンにある冷蔵庫や棚の中身を確認したりもした。

 恐らくは避難を急いだために持っていく事が出来なかったと思わしき備蓄を確保し、青年はようやくリュックサックの中にしばらくは安心出来るだけの食料を詰め込み終える。

 その一方、鬼人は主のいない家の内装を眺めながらこんな事を言っていた。


「住む奴がいないと寂しいもんだな。いい家なのに」

「壊されてないだけマシ、だと思いたい所ではあるな」


 そこにはきっと、誰かの思い出があったのだろうとは思う。

 だが、それは結局『誰か』とは他人の関係である青年や鬼人には決して共有出来ない情報なのだ。

 そして本来、招かれざる客が勝手に上がり込んで良い場所ではない。

 主のいない家を後にし、青年と鬼人は元々進んでいた方角に向かって歩みを再開する。


(……それにしても……)


 道中、青年はふと空を見上げた。

 今日は雲に遮られて見えないが、空にはまるで傷跡のようにも見える裂け目が生じている。

 それは日が経つにつれてどんどん幅を広げているようで、青年にはその裂け目がまるで口を開くかのように――この世界を飲み込もうとしている怪物のようにも思えた。

 あの裂け目の向こう側には、何があるのだろう。

 脳裏に刻まれた知識として、人間が死後向かうとされる天国や地獄という魂の行き場の名が浮かぶ。

 だが、人間ではなくなった者達に天国や地獄に続く扉は開かれるのか。

 返り討ちにしてきた怪物達が、死後に光の粒子となって何処かへと消える光景が頭の中で反芻される。

 あの光は、何処へ向かったのだろうか。

 天国か、地獄か、あるいはそのどちらでもない何処かか。

 仮に、空の裂け目の向こう側に世界があるとすれば、そこが怪物達の世界――いつか還るべき場所なのか。


「…………」


 雲に遮られて見えないはずなのに、自分の意識が裂け目の中に吸い込まれていくような錯覚がして、青年はそれまでの思考を断ち切るように視線を下ろした。

 多々続く睡眠不足の影響か、頭が痛む。

 一度立ち止まり、リュックサックの中から黒色のラベルが貼られたペットボトルを手に取る。

 鬼人からも喉が渇いたと訴えられたので、自身が手に取ったものとは異なり薄い赤色のラベルが貼られたペットボトルを手渡しておく。

 蓋を回して開き、中身である黒色の炭酸飲料を口に含む。

 大して甘くは無かったが、それでもある程度嫌な気持ちを和らげる程度の効果はあった。

 一方で、鬼人は不満そうに口を尖らせ、


「……あのよぉ。梅味のサイダーって正直どう思うよ?」

「飲んだ覚えも無いから知らん。吐かずに飲めるならいいだろ」

「……あー、ヤバい、口直ししたい。ちょっと何か甘いの寄越してくんね?」

「我慢しろ。その調子で食べ始めたら食料枯渇コースに一直線だろうが」


 鬼人の不満そうな声を聞き流しながら、青年は炭酸飲料のボトルを片手に歩く。

 適当な話題を交えながらも、彼等は確実に何処かへと進んでいた。

 曇り空は晴れず、変わらない空模様の所為でどれほどの時間歩き続けていたのかは解らないが、それでも見える景色は多少変わっていく。

 とはいえ、疲れは感じて来た。

 いつまで歩き続ければ、人に会う事が出来るのか――と青年は少し憂鬱になる。

 そんな時だった。


「……おい、アレは何だ……?」


 鬼人が、疑問の声を上げながら右手の人差し指で何かを指していた。

 鬼人の指した方向を目で追うと、青年も鬼人が疑問の声を漏らしたものを目撃した。

 それは、


「……煙……?」


 自分で言っておきながら、それでも疑問符が浮かんだ。

 これまでの歩みの過程で、同じものを見る機会は何度かあった。

 大体は怪物が吐き出す火炎が生み出す二次被害によるもので、つい先日も骨の竜が放った『ミサイル』によって爆発と共に黒煙が空へと昇っていくのを見たばかりだった。

 だが、眼前に見える煙はそういった前例とは毛色の異なるもののようだった。

 色は黒ではなく白色で、漂う臭気から不快さは感じられず、むしろ食欲を湧きたてるような香ばしさの方が感じられる。

 煙自体の規模も前例に比べれば小規模で、危機感を煽るようなものではない。

 青年は期待を込めて、こう結論を出した。


(……人がいる!!)

「あ、おい!! どうしたそんな慌てて!!」


 鬼人の声など耳に入らなかった。

 息を切らしかけるほどに速く、青年は煙の立っている場所に向かって走る。

 胸の内が高鳴った。

 ようやく言葉も介せぬ怪物ではない『誰か』に、会う事が出来るという期待によるものだった。

 そして、青年の視界に望んでいたものが見えた。

 見知らぬ顔の人間達が集まっていたのだ。

 視界を凝らして見てみれば、煙の発生源と思わしき焚き火があって、その傍には生の肉や野菜が串に刺される形で放置されている。

 同じようなものが、他にも複数存在していた。

 どうやら、食事を作っている最中だったらしい――青年はとりあえず声をかけてみる事にした。


「あの……」


 最初に、その声に気付いた一人――藍色の服を着た大人びた女性――が振り向いた。

 その表情には疑問の色があった。


「あなたは……?」


 問い掛けられて、今更ながら青年はハッとなって気付いた。

 記憶喪失である所為で自分の名前が解らない以上、問い掛けられてもどう自分の素性を明かせばよいのかが解らないのだ。

 青年が言葉に迷っている内に、次々と辺りにいた人々から疑惑の声が聞こえてくる。

 大人の声だった。


「何だあの子……」

「あんな子、一緒に来てたか?」

「……生存者?」


 外観の変貌も相まってか、自分の顔を知っている人物はいないように見えた。

 着ているものが制服であることは辛うじて伝わるかもしれないが、それはそれとして『学生である』という情報以外に人物を推理する材料が無いのだろう。

 そして、青年から見てほぼ真後ろの方向から聞き覚えのある声が響く。

 振り返ってみれば、鬼人の姿が見えた。


「おおーい!! 俺を置いてくなってー!!」


 まずい、と青年は素直にそう思った。

 青年がこの場に踏み寄り声をかけた時点で、子持ちと思わしき女性を始めとした老若男女の視線は青年の立っている方へと向けられていて、結果として彼等全員がタイミングの悪いことに鬼人の姿を見てしまった。

 思えば、青年自身は怪物の姿を見慣れていて、自分自身も怪物の力を使う事が出来ることも相まって失念していたことだが、普通の人間達からすると知性や理性を伴った怪物の存在はどう映っているのだろうか。

 いくら鬼人の体が肩から上を除けば殆ど人間に近い姿をしているからといって、その異形をすんなりと受け入れてくれるのだろうか。

 恐らくは怪物達の脅威から逃げてきたのであろう、ただの人間達が。


(……どうする……)


 再度集まった人間達の方を見れば、やはり全員が少なからず驚きの表情を浮かべていた。

 ただでさえ青年自身の素性も認知されていない状態で、この突然の遭遇――問題が重複してしまっている。

 どんな言葉で説得すればいいのかと、思考を練ろうとする青年だったが、その前に目の前の女性が慎重な様子で言葉を発してきた。


「……あなた達、人間なの?」

「えっ……」

「お願い。素直に答えて」


 予想外の問いかけだった。

 あなた達、と前置きしている時点で、鬼人だけではなく青年もまた怪物としての側面を持っている事を理解した上での質問である事は察しがついたのだが、それがどんな意図を含んだ問いであるのかまでは解らなかった。

 少なくとも、外観の話をしているのではないと思った。

 きっとこれは、内面の話なのだろうと。


「んー? いや、今は見て解る通り人間じゃないと思うんだが」

「ちょっとお前黙ってろ」


 やけに当たりがキツくないか!? という鬼人の嘆く声は放っておき、青年は女性に対してこう答えた。


「人間でありたい、とは思ってます」

「……そう」


 その返事を、どう受け取ったのだろうか。

 少なくとも、眼差しから感じた疑いの念は薄れた気がした。

 女性は安堵したかのようにため息を漏らすと、やがてこんな言葉を漏らした。


「……だったら、良かった。二人とも、よく生きてここまで来たわね」

「あの、ここは……」

「外から来たのなら解ると思うけど、この辺りには野生の怪物が近寄って来ないから、見ての通り安全地帯なのよ。備蓄が続く限り、食べる事だけはそこまで困らない」


 安全地帯。

 その言葉に安堵しつつも、一方で青年は疑問を覚えた。

 怪物の脅威の知りながら、この場が安全地帯だと断言出来る理由が解らないのだ。

 余程強力な『武器』でも持っているのか――とまず最初に予想してみたが、とても想像の及ばない話だった。

 であれば、


(……案外、答えは単純なのか? さっきの反応から考えても……)

「もしかして、俺達と同じような奴がここにはいるんですか?」

 そう問いを飛ばすと、女性は何故か苦い表情を浮かべ、

「……ええ、あなた達と同じような奴がいるわ。それも複数」

「複数……!?」


 大抵の怪物達が近寄ろうともしない『縄張り』を作れている時点で、その可能性も十分考えられはしたのだが、それでも自分や鬼人のような存在は怪物と化した者達の中でも少数派であると思っていたため、驚きを隠せなかった。

 それも、複数と語った以上は恐らく一人や二人という話ではない。

 両手の指では数え切れないほどの『同類』が、この辺りに集っているという事だ。

 一人一人の戦闘能力がどれほどのものかは知らないが、少なくとも誰か一人は野生の怪物に『この辺りに近寄ってはいけない』と本能的に察知させるほどの力を有していると考えられる――単純に、獅子の獣人と化した自分や鬼人よりも強いのかもしれない。

 しかし、


(なら、どうしてこの人はこんな苦い表情をしているんだ……?)


 素直に疑問を覚えた。

 確かに、安全地帯だとはいえ此処はきっと彼等が元々居た住まいではない。

 いつになったら元の住まいに帰れるのか、いつになったら今の暮らしから開放されるのか――と、不満を覚えるような要素をいくつか予想する事は出来たのだが、果たして理由はそれだけなのだろうか。

 ともあれ、


「とりあえず、出来ればその『同類』達と会ってみたいんですが……」


 一度会ってみる必要があると思った。

 きっと、そう遠くない場所にいるのだろうと思った。

 だが、


「あまりお勧めは出来ないわよ」


 一言だった。

 故に、青年もすぐさま聞き返す。


「どういうことですか?」

「あなた達が優しい性格をしている事は何となくわかるのよ。だから、逆に受け入れられない。怪物相手に生き残れるぐらい強いのなら、むしろ『外』の方がいいかもしれない。まだ彼等に存在を知られていない内に、此処ではない何処かに向かった方がいいわ」

「…………」


 女性の声色には嫌味などなく、本当に親切心から青年や鬼人に向けてそう告げていた。

 この辺りに『縄張り』を作っている『同類』と、会わない方がいいと。

 だが、青年にも青年で引けない理由がある。

 どれほどの悪条件が目の前の女性に苦い顔をさせているのかは知らないが、それでもここから更に別の安全地帯――及び多くの人が集う場所を期待して再度旅路に出るなんて事は勘弁したいものだった。

 意を決して、青年は女性にこう返す。


「それでも、お願いしたいです。これからどう動くにしても、その『同類』と会って最低限話をしておかないと、ここまで歩き続けてきた意味が無くなってしまう」

「そうだぜ。アンタが何でそんな顔でそんな事を言うのか、詳しい事情までは当然知らねえが……それでも、顔合わせすら無しってのはな。行く宛も特別あるわけじゃねぇし……どうにもなぁ」

「…………」


 女性は沈黙した。

 表情に混じる苦味が増す。

 このまま口を開かなかった場合は、自力でこの『縄張り』を作っている『同類』を探してみよう――と青年は考えていたのだが、やがて女性はため息を吐いてこう言った。


「……わかったわ。着いて来て」

「ありがとうございます」


 素直に礼を言い、件の『同類』の居場所へ案内しようと歩きだす女性に青年と鬼人はついて行く。

 途中、青年や鬼人の事を怪訝な眼差しで見る大人達の視線に気付いたが、青年は視線を感じた方へと自らの視線を向けてしまわないように意識する事にした。

 素性も明らかになってない相手に対する反応としては当然のものだと思ったし、怪物達の存在を恐れている以上、自分や鬼人に対しては疑心だけではなく多少なり恐怖も感じている――そんな表情を浮かべられている事実を直に認識したくはなかったのだ。

 実際はそう考えている時点で、自らが自らの事を住民と同じ人間ではなく怪物として認めつつある事を、自覚してはいないのかもしれないが。

 逃れ人の集いから離れ、荒れた住宅街の中を女性の案内に従い歩いていると、やがて正面の方向にあるものが見えてきた。

 手前には黒く塗装された鉄の門が見え、その向こう側にあるのは――色は白く、全体像からしても横に長く、玄関と思わしき場所の上方には何か紋章のような形の石造りの飾り物が見える――マンションやアパートとは異なる、住まいのように見えて人が暮らす『家』とは根本的に構造が違うと思える建造物。


(……あれは……)

「……っ……!?」


 ――ジジ!! ジザザジジザジザザザザジ!!

 その外観を視界に入れた途端、何故か頭の奥で形容し難き雑音が響き、青年は思わず右手で即頭部を押さえていた。

 頭が――脳が痛みを発しているのが解る。

 何かを思い出そうとして、頭の中で一つの景色が浮かび上がろうとしているようだったが、結局それは明確な記憶として成る前に忘却の海に沈み込んだ。

 パッタリと、雑音が止まる。


「おいどうした、大丈夫か?」

「……いや、大丈夫だ。気にしなくていい」


 何となく解ったのは、視界に移り込んだこの風景が、自分の失った『大切なもの』の記憶に直結している『何か』を表しているという事だけだ。

 この場所か、この場所に似た『何か』を、自分は『大切なもの』として覚えている。

 その事実に疑問を覚えずにはいられなかったが、今は優先するべき事柄がある――そう思い、青年はその思考を一旦切り捨てることにした。

 よく見ると、門の手前には門番のつもりなのか二体の人外がその姿を晒し出している。

 案内のため先導して歩いていた女性が足を止め、青年と鬼人の方へと振り返り口を開く。


「あの『小学校』があなた達の会いたがっているやつの居場所よ。基本的に許可も無く中に入ってはならないって奴等のルールで決められてるから、あたしの案内はここまで。悪いけど、敷地内で何があってもあたし達には何も出来ないから……気をつけてね」


 言葉の通り、女性は『同類』の居場所らしい小学校の校門が見える場所まで案内すると、歩いていた道順をそのまま戻る形で青年達と別れた。

 改めて、青年は眼前に聳え立つ『小学校』を見据える。

 この建物の中に自分の『同類』がいて、それは案内をしてくれた女性曰く、(少なくとも)青年には受け入れられない相手だという。

 一度だけ深呼吸をすると、横合いから突然鬼人がどうでもいいことを問い掛けてきた。


「……しっかし、やけに礼儀正しかったなお前。もしかしてああいう人がタイプだったり?」

「年上相手には敬語ぐらい普通は使うだろ。あと、タイプって何だタイプって」

「好みの問題に決まってんだろ。ほら、お前も人間だったのなら好きな女の子とかいたのかなーって」

「……お前の理屈が正しかったら、本当に好きな人がいたとしてもそれは真っ先に思い出せなくなってるだろ。そういうお前はどうなんだ?」

「胸がデカくて髪の毛も長いお姉さんが外観的には好みだな。気の強い性格だったら最高。赤のバニーガール姿になってくれたらもっと最高」

「覚えている時点で『そういう』のと実際に会った事は無いという事か。なるほどなるほど」

「いいやきっと思い出せないだけで人間だった頃はそんな素敵お姉さんと会ってラブコメしてた事実があることを俺は信じている……っ!!」

「結末は失恋だと予想しておくか」


 これから危険かもしれない場所に向かうというのに、鬼人は警戒も恐れもしていない様子だった。

 少なくとも、自分の『同類』に関係する案件とは別の方向に疑問を抱き、これから危険が伴うかもしれない場所に向かうという時になって雑談を挟む程度の余裕はあるらしい。

 つくづく、自分とは対照的なやつだ――そう青年は思った。

 自分にはとても、このタイミングで別の事に意識を向ける事など出来ない、と。

 鬼人と共に校門前まで近寄ると、門番らしき二体の人外が当然の如く声を掛けてきた。


「……誰だ? 見覚えが無いやつだが」

「お前達も俺達の仲間入り志望か?」


 片方は人の輪郭を保ちながらも全身が肉と骨ではなく岩石に置き換わっている石の巨人の姿をしていて、もう片方は片腕が何かを打ち出すための砲台と化している白い獣毛に覆われた――脳に刻まれた知識は『ゴリラ』と訴えている――獣人の姿をしていた。

 ――この二体は、先日戦った骨の竜よりも格下の相手だ。

 直感でそう思い、この二体は『縄張り』を仕切っている者ではないのだと青年は判断した。

 恐らく、目的の『同類』は眼前に見える校舎の何処かにいるのだろう。

 二体の言葉に対して返答する前に、青年は自身の姿を人間のそれから獅子の獣人へと意識して切り替える。

 抱く緊張が良い方向に作用してくれたのか、そう時間も掛けること無く変化は終了した。

 視点が少し高くなるが気にせず、獅子の獣人と化した青年は口を開く。


「ついさっき此処に辿り着いた者だ。仲間になるかどうかは、アンタ達の事を知ってから決める」

「……へぇ」

「どうやら門番のようだが、とりあえず通してくれないか。俺達はこの辺りの『縄張り』を仕切っている奴と会って話がしたいんだ」

「随分と威勢がいいな。いいぜ、ボスのところに案内してやる」


 正直に答えると、ゴリラの獣人が校舎に向かって歩き始めた。

 頼みもしていないのに、素直に案内の役まで担ってくれるらしい。

 住民達のような普通の人間ではなく、自分達と同じ『同類』ならば特に断る理由も無かったのか、あるいは青年がゴリラの獣人や石の巨人の事を格下だと直感したように、ゴリラの獣人や石の巨人もまた獅子の獣人の姿を見た途端に青年の事を格上だと直感したのかもしれない。

 立ち塞がったとしても、痛い目を見るだけだと。

 石の巨人は案内をゴリラの獣人に任せるつもりなのか、特に動こうとはせずその場で門番としての役を継続するようだ。

 獅子の獣人と鬼人が、ゴリラの獣人の後を追う形で校舎の中へと入る。

 元々は多くの子供達が通い学びの場所としていた場所の空気には、埃が混ざっているような気がした。

 上履きを履いて歩くべきなのであろう廊下の上を人外の土足で歩き、案内に従い進んでいくと、ゴリラの獣人はやがて『図書室』と黒く描かれた板が上に見える扉の前で立ち止まった。

 コンコン、と(体格から考えると非常に奇妙な形で)丁寧にノックをしてから、中にいる人物に向けて声をかける。


「ボス、何か俺達の『同類』が来やがりましたぜ。会って話をしたいとも言ってやがります」


 その敬語を聞いただけでも、上下の関係は明確なものだと思えた。

 扉の奥にいるのは、敬語で話しかけなければならない事情を含む相手だと。

 そして、扉越しに返事を受け取ったらしいゴリラの獣人が、何も言わずに扉から横に退く。

 その右手は青年と鬼人に対して、暗に『さっさと入れ』と告げているようだった。

 青年と鬼人はその意に従い、扉を開けて『図書室』の中へ足を踏み入れる。

 そして中に入った途端、多々置かれたテーブルの傍にある椅子に腰掛け、何か雑誌らしきものを読んでいる人間達の姿が目に入った。

 その内の一人――恐らくは『同類』達の集いを仕切っている、黒いサングラスをかけた人物が、青年と鬼人の姿を見るやこんな言葉を放って来る。

 喜々として表情で、迎え入れるように。


「ようこそ、俺の『王国』予定地に。ここまでの旅路お疲れ様だ。ま、適当な椅子に腰掛けてくれ?」

1件のコメント
ユキサーン
2019年11月03日  ·  編集済み:2021年5月17日

 率直に言って、違和感しかなかった。

 図書館という場所は過去の自分自身にとって重要な思い出に関わっていないためなのか、どのような場所であるのか――その印象、イメージを曖昧ではあるが青年は覚えていた。

 基本的には静かで、生徒が落ち着いて本を読むための場所であると。

 だが、今――怪物の力を宿していると思わしき『同類』達の集うこの図書館は、そういった感想からはかけ離れた空間となっている。

 辺りからは話し声どころか菓子類をバリボリと噛み砕く咀嚼の音が響き、そもそも読んでいる本にしても本来学校には置かれていないはずの漫画の単行本や週刊誌といった娯楽一直線のものばかりで、元々収納されている本は殆どが棚の中に放置されている有様だった。

 テーブルの上には菓子類の袋やジュース類の詰まったペットボトルなどもあり、最早学び舎の一部としての面影は無く単なる遊び場と化していた。

 ひとまず体格を戻すために人間の姿に戻った青年は、背負ったリュックサックを下ろしてから椅子に座り、間に木製のテーブルを挟む形で怪物としての側面を持った『同類』達を統率していると思わしき黒いサングラスの男を見据える。

 鬼人は椅子に座る気も人間の姿に戻る気も無いらしく、そのままの姿で同じく椅子に腰掛けたが、季節外れな黒いサングラスが目立つ男の口元には笑みという形で余裕が表れている。

 仮に鬼人がその手に持った骨の棍棒で殴り掛かったとしても、返り討ちに出来るという確信があるのだろう――と青年は推理した。

 サングラスの男が、世間話でもするような軽い調子で口を開く。


「随分と苦労したみたいだなぁ、そのボロボロの服を見るに」

「色々と。そういうアンタは随分と楽をしているように見えるな」

「これでも苦労はしてたんだけどなぁ。ま、この体たらくだとそう見えて当然か」

「一応確認するが、アンタが此処のリーダーって事でいいのか。俺の『王国』予定地とか言っていたけど」

「その認識で正しいから、その点では安心していい。新しい社会を作るのには時間が掛かって当然だろ? だからまだ予定地止まりなのさ」


 双方の表情や口調は対照的だった。

 サングラスの男の口調が楽しげな一方で、対照的に言葉を返す青年の口調は常に一定で。

 青年の表情が冷たさを感じさせるほど固くなっている一方で、サングラスの男の表情は喜びや楽しさを表す色に染まっていた。

 左手を腰に当て、怪訝そうな眼差しを向けながらも鬼人が言葉を発する。


「『王国』とはまた随分と大袈裟だな。日本って『王』によって成り立った国じゃなかったと思うんだが」

「例えだよ例え。少なくとも『帝国』よりは控えめにしたつもりなんだが、やっぱそう思うか?」

「自分の縄張りに『国』なんてくっ付けてる時点で十分大袈裟だって」

「何事もやるならスケールはデカい方がいいだろう? その方が楽しいしやり応えを感じられる」


 その楽しげな口調の言葉に、青年はつい少し前に出会った女性や住民達の居た場所の風景を思い返してみた。

 何というか、例えの大袈裟っぷりも相まって、まったくイメージが嚙み合わない。

 だが、所感を口に出す前に、サングラスの男の方が先に問いを出してくる。


「さて、まぁ手短に聞きたいんだが、何でお前達は俺に会いに来たんだ? 新しい『同類』に会えるってのは素直に嬉しく思うが、やっぱり仲間入り志望なのか?」

「仲間入りするかどうかも含めて、これからの動向を決めるための指針が欲しかったからだ。……単純に『同類』として話も聞きたかったって事情もあるけどな」

「『同類』として? 何の話をだ?」

「単刀直入に聞く。アンタは結果として得た怪物の力の事をどう思ってる」


 その問いに、初めてサングラスの男が真顔になった。

 何故そんな事を聞かれたのか、とでも言いたげに首を傾げている。

 だが、直後に笑みを深めてこう言葉を返してきた。


「そんなもの決まってるだろ? この力は証だ。力を持つ者として、人間を超えた存在として生きる事を許され、世界に選ばれた証。最高の贈り物だよ……快感だ」

「……こんな、呪いにも等しい力が? 押し付けられて迷惑だとは思わないのか」

「いや全く? 何でそんなネガティブに考えないといけないのかね。力が手に入ったんだぞ? 人間を超えた力が。気に入らない奴を跳ね除けて、好き放題に世界を変えられる力が。嬉しく思えないのか?」


 サングラスの男の口調は、本当に喜々に満ちている。

 青年には、その理由が何も理解出来なかった。

 確かに得た力は人知を超えていて、ただでさえ怪物の蔓延る今の世界において力を得た事は、 知性や理性を失った怪物として彷徨う事になるよりはずっと幸運な方だと考えられるのかもしれないが、それでもここまでの歓喜を顔や声に出せるほどの情感に青年は共感する事が出来ない。

 この男は、ただの人間ではなくなった事に対して明らかに喜んでいる。

 ただの人間ではなくなったという事実を坦々と受け入れている(ように見える)鬼人より、遥かに異常な感性だとしか思えない。

 

「……思えない。生き残るために散々利用してきた力だが、嬉しいと思った事は多分一度も無い」

「ふぅん? そっちの兄ちゃんはどうなんだ?」

「ま、少なくともラッキーとは考えてるつもりだ。流石に『選ばれた』だとか、そんな飛び抜けた解釈をした事はねぇけど」

「別に飛び抜けてはいないさ、単なる事実だ。もっとその幸運を誇ればいい」


 鬼人の返事は相変わらず適当な調子だった。

 だが、その内容に青年は確かに安心する事が出来た。

 少なくとも鬼人は、このサングラスの男とは違うと思えたからだ。

 サングラスの男はその視線を再度青年に向け直す。

 ただし、呆れの色を混じらせながら。


「んー、どうやらお前は自覚が足りないみたいだなぁ。そんなに人間なんかに未練があるのか?」

「ある。出来る事なら、時間が巻き戻って元の日常を返してほしいと思う程度には」

「……わかんねぇなぁ、脆弱な人間の体にそこまで執着してる理由が全くわからねぇ。椅子に座る前に見せていたあの姿、中々悪くないと思ったんだが」

「最近同じ事を言われた事があるが、答えは同じだ。大きなお世話だ、放っておいてくれ」

「いいや放ってはおけないな。人間を超えた存在として義務を果たそうともせず、意味も無く人間の暮らしに戻ろうと足掻いてるだけだなんて。そんなカワイソーな奴、とても放ってはおけない。そういう奴をしっかり導いてやるのが王様の役目ってやつだからなぁ……」

「…………」


 何か、嫌な予感がした。

 気付けば、図書館に集っていた『同類』の面々の視線がいつの間にか青年の方へと集まっている。

 悪目立ちしている場違いな異物を見るような、そんな視線が。

 本を読む手も、菓子を歯で砕く音も、語らう声も――既に止まっている。

 ただ、この場に集う『同類』達を纏める王の言葉だけが続く。


「うんうん、まぁせっかく苦労してここまで来たのは見れば解る。だから、そんな奴を相手に早々こんな事をするのも心苦しいんだがな、郷に入らば郷に従え……だっけ? そういう言葉もあることだし、実際俺としてもさっさと『らしく』なってくれた方が好ましいし……これはもう、仕方無いよなぁ」


 男の口角が上がる。

 その顔が再び笑みの形を作る。

 右手が上がり、意を汲み取った『同類』の面々が席から立つ。

 そして、嫌な予感が的中した。


「……捕らえろ」

「……ッ!!」


 サングラスの男の命令と共に、図書室に集っていた『同類』達がそれぞれその身を怪物へと変じ始めた。

 ある者は真っ黒い悪魔の姿に、ある者は一つ眼の黄色い異形の姿に、ある者は鶏にも似た巨大な鳥のような姿に、またある者は赤い獣毛に身を包んだ細い体の狼の姿に。

 危機感が緊張を一瞬で変化に要するラインを超えさせる。

 意識するまでも無く、青年の体は人間から獅子の獣人の姿へと変じていた。

 座る事に使っていた椅子を右手で掴み、腕力に任せてサングラスの男へと投げ付ける。

 バキィ!! と骨が折れる音にも似た音が響くが、それは骨ではなく椅子が砕ける音だった。


「……いきなりキング狙いは無謀じゃあないか?」


 見れば、サングラスの男の体も既に人外の姿に変わっている。

 その姿は、ある意味において先日遭遇した骨の竜よりも異質なものだった。

 サングラスの男が変じた姿の外観を直球で述べると――それは知識として刻まれた『猿』と呼ばれる動物のようだった。

 全身の筋肉がいったい何処でどれほどの鍛錬を積んだのかと疑う程に発達しており、胸の部分には刺青か何かなのか赤い文字で『最強』と描かれている。

 尻尾が生えていたり髪の毛らしきものが見当たらない点を除けば、その姿は人外でありながら殆ど人間に近い輪郭をしているように見えた。

 変化したにも関わらずかけられたままのサングラスが、尚の事人間の面影を主張している。

 だが、そういった人間の面影や獣の要素などから導き出される全ての印象を――全身余すところなく染め上がっている銀色の体色が全て塗り潰す。

 笑みと共に見せた金色の歯も相まって、体の全てが金属で出来ているように見えてしまう。

 あの人外の体は、そもそも生物なのか、あるいは機械なのか――そんな単純な疑問に即答出来る者など、いるのだろうか。

 異質極まる姿を目の当たりにした青年の本能が、これまで以上の危機感を訴える。

 

 ――駄目だ、こいつは……ヤバい!!


 実際に戦いとなる前から、そう思えるだけの何かを感じてしまった。

 ただでさえ、それ以外にも図書室には敵として襲い掛かってくるつもりであろう『同類』が集っている――真っ向からぶつかって勝てる見込みなど微塵も無い。

 だが、そもそも青年は最初の一手からして間違っていた。

 状況が不利だと理解していたのであれば、椅子を投げたりなどせず最初から逃げる事を優先していれば良かったのだ。

 直後、逃げる――その選択を先送りにしてしまった結果が、当然の結果が襲い掛かってきた。


 ゴパッッ!!!!!! と、凄まじい轟音が図書室に響いた。

 金属質の猿人間と化したサングラスの男が、獅子の獣人たる青年の腹部に向かって拳を放った音だった。

 青年は咄嗟に後方に跳んで拳を避けようとしたが、予測を超える速さで踏み込んできた猿人間の拳から逃れきる事は出来なかった。

 衝撃に伴う威力を軽減させる事こそ出来たものの、それでも肺の中から空気が全て漏れる。

 殴られたというより抉られた――そう錯覚してしまいそうになる程度には、放たれた拳の威力は凄まじいものだった。


「ぐ、は……っ!!?」


 一気に図書室の壁に叩き付けられ、当たり所が悪かったのか青年の意識が明滅する。

 尻が床に落ち、立ち上がろうと支えにする腕に力を込めるが、うまくいかない。

 そして、


「んー、捕らえろってわざわざ言ったのに結局俺が捕まえちまったなぁ。いやはや」


 いっそ退屈そうな調子で、金属質の猿人間が間近で呟いていた。

 その手に頭を乱暴に掴まれ、そのまま力ずくで床に振り下ろされる。

 顔面に伝わる鈍い衝撃と共に、抵抗する間も無く青年の意識が埋没した。


 Part3(Final)へ。


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