・前回までのあらすじ
デジタルワールドでヴォーボモンという友達を得た朝陽は、新たな世界を知り今までと違う自分の気持ちに思い悩む。逃げるように家を出た朝陽は、散歩中に開いたゲートからデジタルワールドを訪れた。殺気と気配に満ちるデジタルワールドで、朝陽は襲われている拓海に加勢し、図らずも初の戦闘を行うことになったのだった。
・お知らせ
ノベルコンペ用作品の制作のため、6月と7月は月一更新になります。(6月に4話・7月に5話を投稿します。また、5話からは新章に突入し本格的に物語を動かします)
8月は更新をお休みし、9月に6話を投稿します。
【 第三話・一 】
拓海と朝陽が共に戦った次の日、そうとは知らないまま、天花夢はスマホを開いていた。『D-Venere』、この名前にはどんな意味が込められているのだろう。言葉の意味を調べるうち、『Venere』には外国語で『金星』の意味があることを知った。地球にとって姉妹の惑星とも言える星の名を与えられていることの意味を夢はずっと考えている。デジタルワールドと現実世界の類似性を反映した命名なのだろうか。それとも、もっと違う理由がそこに隠されているのだろうか。手の中の金星は、なんの標にもなってはくれない。
この間デジタルゲートが開いた時、夢とプロットモンもデジタルワールドにいた。光の世界を守る大きな塀のすぐそばに出て、心地いい光を浴びた。故郷の匂いがする、とプロットモンは笑っていた。光の世界のそばには大小様々な集落があって、そこにはデジモンたちが身を寄せ合って暮らしているらしい。このあたりは光の世界の加護があり、広い狭間の世界の中でも安全と呼べる地域なのだそうだ。夢はしばらくその塀に沿って歩きながらこの世界のことを思った。どこまでも抜けていくような青い空とどこからか香る優しい花の匂いをプロットモンも守りたいと思ってくれているだろうか。警護をしている天使型デジモンは時折人間である夢を気にして声をかけてきた。その度に自分の気持ちをまっすぐに伝えると、デジモンたちは一様に喜びを表してくれた。だから夢は、この正義の気持ちを今大事に抱きしめている。
日曜の昼下がり。プロットモンは夢の部屋のベッドの上でうたた寝をしている。初めてプロットモンを連れて帰った日、両親には迷った末「犬を拾った」と説明した。犬を飼うことに両親は強くは反対しなかった。母は教師、父は警察官で、夢の敬愛する兄も今年から警察学校へ入校して家には帰ってこない。夢に寂しい思いをさせているかも、と両親は気を遣ってくれたようだ。犬とともに暮らす準備が整うまでは夢が自分の部屋で世話をすることになった。そのため、プロットモンが本当は犬ではないということはひとまずバレずに生活できている。
「夢、名前は決めたかな?」
「えっと……、ぷー、ちゃん……」
夢が名付けた瞬間のプロットモンの顔が忘れられない。それでも、プロットモンは犬として晴れて天花家の一員となった。
いつか、他の三人にもデジタルワールドの安寧のため協力してもらう必要も出てくるだろう。それぞれにそれぞれの目標や一緒にいる理由があるのだろうけど、夢はとにかくこの戦争を止めたいと考えている。拓海はあの日の夜、戦いを止めたいと言ってくれた。朝陽と八雲は協力してくれるだろうか。朝陽はともかく、八雲は闇の世界出身だというデジモンを連れている。信頼できないわけではないけれど、敵対することもある予感がしていた。
違う方向を見ていても、デジモンと強い絆を結び力を生み出したい気持ちは同じはずだ。だから信頼できないと感じていても話をして、少しでも来る事態に備えておきたい。せっかく同じ経験をした者同士なのだからコミュニケーションは取っておくに越したことはないはずだ。そのために夢は、親睦会の開催を考えていた。実行に移すまで少し悩んでしまったけれど、送信ボタンさえ押してしまえば迷いも吹っ切れるだろう。
「もしよければ、来週、親睦会も兼ねて集まらない?」
『おー、いいじゃん! 土曜と日曜なら空いてるかな? みんなどっちがいいー?』
意を決して投稿したチャットにすぐさま朝陽からの返答が飛んでくる。自分からこの場で何かを提案することが初めてで緊張していたので、そうして自然と話の中心へやってくる朝陽の距離感が今は心地いい。
『俺はどっちでも。八雲さんはどうだろう』
『土曜は空いていないけど、日曜なら一日時間が取れると思う』
それなら日曜のお昼からでどうですか、とチャットすると、各々からスタンプやコメントで返事が届く。日曜の正午から集まって食事をし、その後アミューズメント施設で遊ぶことにした。食事の場所は、学校のそばのファミレスチェーンだ。
「……夢、おはよう」
「おはよう、プロットモン。日曜日には皆とおしゃべりしてくるね。プロットモンは……」
「じゃあ、その日私たちも集まっておはなししたいな」
「待ち合わせの場所に着いたら、人間とデジモンでそれぞれ別れようか。そう伝えておくね」
水色の大きな瞳が夢に向く。頭を撫でて答えると、プロットモンは心地良さそうに目を細めた。指先に、冷たい金の輪が触れる。夢はその輪の意味を知らないけれど、触れるたびに決意が新たになる感覚を覚えた。
そうして迎えた次の週の日曜は五月最後の休日だった。学校の正門前で待ち合わせにはもちろんプロットモンも連れて行った。プロットモンは夢の足元に座って、ふたりで皆の到着を待った。今日はピンクのワンピースの上にカーディガンを羽織って、日除けに生成りの帽子を被ってきた。初夏という言葉通りの小さな夏を感じる日和だ。
最初に現れたのは同じく徒歩通学をしている拓海で、服装は初めてデジタルワールドで会った時に着ていたパーカーにハーフパンツのラフなスタイルだった。後ろに背負った大きなリュックからは、時々何かが動いている気配がした。挨拶を交わした後、エリスモンはどこかと尋ねると、彼はリュックの中にいる、と小さな声で教えてくれた。何か恥入った様子だった。おはよう、とリュックへ向けて小さく挨拶すると、くぐもった小声で返ってくるのが聞こえた。それがなんだかおかしくてつい笑うと、拓海もつられて笑った。拓海はまだ夢といるのに慣れていないのか、ぎこちなくて少し無愛想な固い雰囲気だ。朝陽といる時はもうすっかり打ち解けてしまったみたいに笑うけれど、いつか夢にも同じ顔を向けてくれるだろうか。
「夢さん、拓海くん、早いね。遅刻してしまったかな」
「オトナ失格じゃない? 八雲」
「うるさいよ」
「大丈夫、遅刻じゃない。少し早いくらい」
ことあるごとに八雲に挑発的なことを言うツカイモンはちょっぴり苦手だ。人をからかうことの何が面白いのか分からない。八雲は休みの日だというのに指定の半袖シャツにベスト、スラックス姿で、少し早めの夏服姿だ。最後に現れた朝陽は時刻ちょうどの到着だったけれど、すでに集合した三人を見るなり走ってやってきた。Tシャツと暗めのカラーのジーンズ姿に、ご機嫌なキャップを被っていた。帽子の外の癖っ毛がぴょんぴょん跳ねている。
「おー、みんなひさびさー!」
頭上から聞こえるのは朝陽のパートナーであるヴォーボモンの声だ。久々に姿を見たけれど、彼もずいぶん朝陽と打ち解けたらしい。八雲も朝陽も、きっと拓海も、それぞれパートナーとの関係を深め合っているだろう。それに比べて自分はどうか。考えても仕方がないことなのに、考えずにはいられなかった。
「じゃあ、夕方頃また迎えに来るから、呼んだら出てきてね」
プロットモンにそう伝えると、パートナーデジモン達は軽々と木々の中へ消えていった。道順を間違えないようにスマホで地図を見る八雲とそれに続く拓海、朝陽は男子の足についていけない夢の隣に来て、歩調を合わせてくれていた。いつかこの身体能力の低さでプロットモンに迷惑をかけたりはしないだろうか。夢は朝陽の振る舞いに感謝しながらそう考えていた。
【 第三話・二 】
安価なファミレスチェーンではあるが、メニューが豊富で限定ものも多いためこの店ではいつも悩んでしまう。休日の昼時で賑わっていたけれど、ほどなくして席に通された。注文用のタブレットを囲みながら、夢は期間限定スイーツのポップに眼を奪われている。ピザを皆で分けたいという拓海の提案にもちろんと答えると、彼は硬かった表情を少しだけ和らげて笑った。この店はバジルのピザが美味しいのでそれがいいと言うと朝陽も賛同を返してくれた。それからドリンクバーを人数分と、各々が気になる食事を選んでいく。夢は小さなサラダとパンのついたビーフシチューのセットにした。拓海と朝陽が飲み物を取ってきてくれるそうで、素直に甘えることにした。ソファ席にふたり残された八雲は、いつも通りの固い表情をしていた。
「あ、あの、八雲さん」
「なに?」
「ツカイモンのこと、なんだけど」
沈黙は苦手ではないけれど、少し話したいこともあったのでゆっくりと口を開いた。八雲の眼差しは、夢が普段接するどの男の人とも違って見えた。強いて言うのなら、少しだけ兄に似ている。
「うるさかったかな。ごめん。常にあの調子なんだ」
「ううん、うるさいんじゃなくて、からかうのは良くないことだから、やめさせた方が」
「夢さんが嫌なら夢さんのことはからかわないように言っておくよ」
「えっと……?」
八雲の言っていることがよく分からなくて、困惑が表情に浮かぶ。八雲も戸惑っているのを感じたけれど、どうしようもなかった。ちぐはぐな会話を断ち切ってくれたのはドリンクバーから戻ってきた拓海と朝陽だった。アイスティーを受け取ると、夢はもう八雲の方が見られなくなった。誰かをからかったり挑発的なことを言うのはよくないことだから、やめた方がいい。夢の中では確かなことなのに、八雲にうまく響かなくて居た堪れない気持ちでいっぱいだ。自分とは違う正しさを持って生きている人がいるのは分かっているけれど、こんなに違うとは思わなかった。今後八雲とうまくやっていけるのだろうか。最初から無かったはずの自信が一層消えていく。そんな夢の気持ちも知らず無邪気に乾杯を求めてくる朝陽の騒がしさが、今の夢にとっては救いに見えた。
せっかく自分で提案した親睦会なのにこんな気持ちではいけないと思ってなんとか切り替えようと努めた。好きなものや趣味を尋ねてみると、それぞれから違う答えが帰ってきてとても興味深く思える。拓海と八雲は音楽が趣味ということで、それぞれの好きな音楽について盛り上がっていた。方向性の違う曲が好きみたいだったけれど、互いが互いにうまく歩み寄って理解を深め合っている。八雲とうまく響き合っている拓海を見るとなんだか少し胸が痛かった。
ちなみに、夢の趣味は園芸だ。年単位で時間をかけて植物や土と向き合い、花咲く時をじっと待つのが好きだ。綺麗な花が咲いた時、夢は自分の世話が過不足なく間違いでなかった実感を得られる。この感覚は、エヴォリュシオンという仮想世界では決して味わえないものだろう。だから夢はエヴォリュシオンには行かない。それに、エヴォリュシオンには運営会社が黒い組織と関わりがあるとか、中で違法な取引が行われているのを黙認しているとか、そういう突拍子もなくて根も葉もない噂も流れている。たとえ噂だとしても、そうしたものへの忌避感が夢にはあった。
届いた料理を楽しむ頃には、夢の気持ちもすっかり上向いてきていた。朝陽が上手く話題を提供して話も広がっている。朝陽も八雲には懐いているようだし、拓海と八雲は互いに何か引き合うものがあるようだ。自分はどうだろう。このまま一緒にデジモンと出会ったはずの彼らと馴染めないままでいるのだろうか。
「あのっ、デジモンと一緒になって、みんなは何がしたい? 何してあげたい?」
「俺はヴォーボモンの夢を叶える手伝いをすることにした! 大空を飛びたいんだって。めちゃくちゃいいなーって思ったから!」
「エリスモンを強くしてあげたい。村でいじめられてるらしいんだ」
「だからこの前デジタルワールドにいたの? 強くなろうと思って」
ふたりがデジタルワールドへ足を踏み入れているなんて知らなかった。それぞれにデジタルワールドに行く理由があるのは分かっているけれど、拓海も朝陽もどうしてデジタルワールドへ行くのか、ふたりのことをよく知らないままの夢には見当もつかなかった。
「うん。でも、あんなことになると思わなかったからちょっと驚いたかな」
「何も分からなくてがむしゃらに戦っちゃったけどさあ、拓海、なんかしたの?」
「……戦ったの?」
自分でも驚くほど乾いた声が出た。デジタルワールドへ行くことも戦うことも、本来夢が口を出せることではない。頭では分かっているのだけれど、一度抜かれた夢の正義の剣は止まることなく振るわれた。正しくない。その思いだけが夢を突き動かしている。
「だって、急に襲われたんだ。それ以外の手段なんてなかった」
「戦うことない」
「じゃあ戦わないでどうすればよかったの」
「逃げるとか、話をするとか、あるでしょう」
「……夢さん、そうはいかないことだってあるよ。無闇にデジタルワールドへ行くのは賛成できないけれど、実際の状況を知らない僕たちが何か言えることじゃない。拓海くん、朝陽くん。行く理由があって、危険も承知のうえなら……その、できれば僕を頼ってくれないかな」
八雲の口から出たのは意外な提案だった。もっときちんと止めると思ったのに、八雲はふたりのことは止めようとはしない。年上の大人なのに、と思ったところでなんとか留まりたかったけれど、うまくできなかった。
「……ありがとう、ごめんなさい、八雲さん。あの、でも無闇に行ったんじゃない。エリスモンは強くなりたがってる。現実世界はデジモンには狭すぎるんだ」
「だからって、戦って、他のデジモンを倒していい理由にはならない」
「自分とパートナーの命が危ないのに、そのままでいろってこと?」
夢には分からなかった。積極的にパートナーを危険に晒して、そこに生きるデジモンの命を奪うことをどうしてそう簡単に肯定できるのか、拓海がどうしてそんなことを言うのか、少しも理解できなかった。殺すか殺されるか、そんな話がしたいのではない。もっと前向きで建設的な解決手段を持てるはずなのだという話がしたい。それが夢の唯一持つ強さであり、力だった。
「ふたりとも、ちょっと落ち着けよ。拓海、夢はきっとそこまでは言ってないと思う。仕方がない状況以外、倒さないようにしたいって言いたいんだと思う。夢ももう少し拓海の話聞いてくれよ。仕方がない状況だったのかもしれないじゃん」
「……朝陽くんから見てどうだったの」
「俺が見つけた時にはもう戦ってたから分からないよ」
「ごめん、夢。でも俺、ただあの草原を歩いてただけだよ。エリスモンと一緒に。だから襲われた理由はよく分からない」
信じられないような話をする拓海に、夢はこれ以上どう言葉をかければいいか分からなかった。ただ襲いたいから、戦いたいからと戦いを挑んでくるデジモンがいるなんてことが本当にあるだなんて思えない。楽しいはずの食事の席に水を差しているのがすごく悲しかったけれど、それ以上に、分かり合いたいはずの人たちと分かり合えないことが切なく思えた。
「……夢は信じてくれないかもしれないけど、本当に、そうだったんだ」
「……うん。拓海くん、ごめんなさい。でもまだ信じられないよ。私がこの前会ったデジモンは皆優しかったから。同じ志を持っていてくれたから。だから」
「よし、じゃあ決め事をしよう。僕は皆が勝手にデジタルワールドへ行って、危ない目に遭ったり怪我をしたりするのが嫌だ。だからデジタルワールドへ行く時は必ず他の人と一緒に行くことにしたい。それからデジタルワールドへ行く前は、できる限りグループチャットに連絡をして欲しい。他にはどんなルールがあればいいと思う? 夢さんはどう?」
「……私は……戦うのは最低限にして欲しいって思う。拓海くんも朝陽くんも、他のデジモンを傷つけたいわけじゃないでしょう?」
「それは、もちろん。この間はそうは行かなかったけど……」
「戦いに関してはデジモンたちにも意見を聞いて決めようか」
八雲の提案には、頷けることと頷けないこととが混在していた。殺さない方がいいに決まっている。なのにどうしてすぐに決めてくれないのだろう。どうして、と尋ねる声には棘があったけど自分ではどうしようもなかった。
「少なくとも、ツカイモンは戦いたがってる。だからツカイモンの意見も聞きたい。彼女は強くなるのに戦いが必要だと思っているから。僕も彼女が戦うのに僕が必要なのだと言うなら、一緒に戦うつもりだ」
「それは間違ってるって教えるべきだと思う」
「ううん。間違ってはいない。実際にそういう面も否定はできない。そうでない手段があるのなら彼女と話し合って見つけていきたいけれど、僕は彼女に戦って強くなるのは間違いだとは言えない。僕はデジタルワールドへ行くことへも賛成はできないけれど、きみたちに行くなとは言えない。それは僕のできる範囲を越えてしまっているから。だから、せめて誰かと一緒に行動するとか、連絡をしてもらうとか、危険を回避する方法を提案しているんだけれど」
言っていることがまるで理解できない。強くなるために戦うというのは、自分のために他者を利用するのと何が違うのだろう。それがどうして間違いだとは言い切れないのだろう。八雲には夢とは違う信念があるのだろうけど、夢はどうしても、それを正義と呼ぶことはできなかった。
「……夢さんにできるのは、自分は戦わないと決意することで、戦わないという決意に付随するデメリットも自分で丸々背負うことだけだ。他者に戦わないことを強要はできない。きみはきみで、僕は僕だから」
「でも、自分が強くなるために他のデジモンを殺すなんて間違ってる」
「うん、言いたいことはよく分かった」
分かってくれない他者と共にいることがこんなに大変だとは思いもしなかった。議論すれば互いの意見を理解できると思ったけれど、夢が八雲の意見を理解できないように、八雲も夢の意見を本当には理解できていない様子だ。拓海と朝陽はふたりで顔を見合わせている。一生懸命食事を続けるけれど味はちっとも分からなくて、拓海が切ってくれたバジルのピザも楽しめなかった。どうしてこうして衝突してしまうのだろう。正しくないことを正しくないと言う時、どうしてその正しくなさをうまく伝えられないのだろう。涙を流すようなことはしないけど、笑顔を浮かべることもできないでいた。こういう時、先陣を切って口を開いてくれるのはいつも朝陽だ。
「俺は、ルールを決めることはいいと思う。戦うことについては……まだ、よく分かんない。でもさあ、きっと俺たち皆、デジタルワールドを守りたい気持ちでいると思うよ」
「えっと、違う考え方を持つことは当たり前で、それで衝突するのも仕方がないと思う。夢の気持ちも八雲さんの気持ちも、俺たちよく分かった」
「ごめん、朝陽くん。拓海くん。僕も少し熱くなりすぎた。せっかくの席なのに水を差してごめん。このことについては、もう少し冷静になれる時にまた話そうか」
「……私も、ごめんなさい」
目を見て謝ると、皆一様に優しい瞳で頷いてくれる。話の内容はともかく、楽しい席をめちゃくちゃにしてしまったことは確かで、明らかに間違ってしまった。皆もうすっかり切り替えた様子で違う話題に花を咲かせているのに、夢の気持ちはどうしても晴れていかなかった。
【 第三話・三 】
午後はアミューズメント施設へ移動して、屋内レジャーなどをして過ごした。運動の苦手な夢はうまくできないことばかりだったけれど、その都度拓海が優しく教えてくれた。八雲のそばにはどうしても近寄れなかった。夢の気持ちを知ってか知らずか、拓海はずっと夢のそばにいてくれた。言葉のうまくない彼だけれど、何か夢に伝えたい気持ちがあるのだろうか。気にかけてもらえることは嬉しさもあるけどプレッシャーもあった。差し伸べられる手を本当に取ってもいいのか、夢は迷っていた。
夢は知らなかったけれど、拓海は案外運動神経が良かった。体育の授業の時は自分の課題に取り組むのに必死で周りのことが目に入っていなかったけれど、走るのも投げるのも苦手ではないらしい。特にスケートボードは趣味にするほど好きらしく、バランス感覚は抜群だった。ローラースケートもあっという間に滑りこなしていて、うまく滑れない夢に嫌な顔一つせず付き合ってくれていた。八雲と朝陽の方を見ると、ふたりとも十数分程度でコツを掴んだようでぎこちないながらもうまく滑れていると思った。拓海の両手をしっかりと握り、不安定な足元を気にしながら滑る。ひとりで立つのは怖くてどうしてもできそうになかった。
「夢、失敗しても大丈夫だから。前を見て、ゆっくり手離してみて」
「うん……」
失敗しても大丈夫。拓海のこの言葉が先ほどの夢にもかけられたもののように思えて、心の奥がじんわりと温まる。勇気を出して言われた通り前を見て手を離すと、少しふらついたけれどしっかりと自立することができた。バランスを取るため両腕をやや広げながら拓海の目を見ると、彼は自分ごとのように喜んでくれた。
「すごい、上手!」
無表情で無口だと思っていた、クールなイメージの拓海が明るく無邪気な笑みを浮かべている。夢が一歩前に進めたことを認めてくれている。またひとつ知った彼の新しい顔だ。
「ありがとう、拓海くん!」
正直、両足ががくがくしてもう転んでしまいそうだけど。それでもまた立ち上がればいいと思えた。朝陽と八雲の方へ行こうとゆっくり方向転換して、拓海と一緒に滑り出す。転びそうになるたびに手が差し伸べられることが、とても嬉しかった。
「八雲さん、朝陽、見て! 夢も滑れるようになったよ!」
「おおー! やるじゃん!」
「本当だ、すごいよ」
拓海の滑りに比べれば終始ガクついていて不恰好な滑りだったし、最後には朝陽と八雲に導かれるように壁に手をつくことにはなったけれど、夢はとにかく今の自分が誇らしく思えた。そんな自分にもやもやぐるぐる、後ろ向きな気持ちは似合わない。そう思って夢は、皆の顔を改めて見つめながら言った。
「ね、さっきは本当に、ごめんなさい!」
失敗しても、また立ち上がればいい。大丈夫だから、ゆっくりでも進めばいい。拓海がくれた勇気が夢に言葉をくれた。正義の気持ちは小さく非力な夢が持つ唯一の力ではあるけれど、その振り方を決して間違ってはいけないのだ。八雲には八雲の信念がある。夢がそれを正義とは呼べないのなら、否定するのではなく対話をするべきだった。間違ってしまったことは明らかな失敗だったけれど、それならまた立ち上がればいい。これはそのための最初の一歩だ。謝罪を受け入れてくれた仲間たちに感謝しながら、夢は今日一日がとても意義のある一日であったことを噛み締めていた。
自宅へ戻ると、夢は一度に押し寄せた疲れに思わず座り込んだ。反省も後悔もたくさんある。同じだけ、嬉しいことも収穫もあった。上手く行かなかったことばかりが頭の中で渦巻いて、今更巻き戻したりなんてできないのにもどかしい。
八雲の意見を聞く姿勢が取れなかったことは反省するべきだ。八雲の言う通り、八雲は八雲で夢は夢なのだ。それでも、八雲の言うことは分からない。それが八雲の意見だから、と飲み込むには、犠牲になるかもしれないものが大きすぎる。それが夢の意見だ。
いつか分かり合える日が来るのだろうか。その時自分はどんな自分になっていて、デジタルワールドはどうなっているのだろうか。夢はデジタルワールドの平和を守りたい。戦争なんてして欲しくない。きっと同じ方向を向けるはずなのに、どうしてその手前ですれ違ってしまうのだろう。
「プロットモン、今日はちょっぴりうまく行かなかったよ」
「私も。ツカイモンって、ちょっと苦手」
夢に寄り添うプロットモンをぎゅっと抱きしめ、夢は八雲のことを考えていた。一緒にいたら、きっとこれからも何度もこうして衝突するだろう。その度にこうして傷つけ合うのだろうか。それはちっとも夢の本意ではなかった。
「八雲さんのこと、分からないことだらけ。どうしよう」
「分かりたい?」
「分かるまで、話したい。何度でも」
何度失敗しても、その度にきっと立ち上がれる。今日皆が夢を受け止めてくれていたみたいに。出した勇気を認めて、受け止めてくれる仲間がいる。そのことが分かったから、夢は何度でも八雲と対話をするつもりだ。自分の正義を振り翳し分かってもらうためではない。八雲の正義を理解するために、仲間として何度でも話したい。デジタルワールドへ行く仲間として不安も感じていたけれど、不安になったらその度に八雲と話をして行きたい。それが夢ができる、八雲との向き合い方だった。
八雲だけではなく、拓海のことも朝陽のこともまだ誤解していることがあるはずだ。知らないから勝手に内心を想像してしまうし、勝手に怖くもなってしまう。誤解で固めた人物像に対して頑なになって、対話できないままで終わってしまう。そんなのは嫌だ。八雲は対話をしようとしてくれる人だ。夢が失敗しても一度で見捨てず、立ち上がるのを待っていてくれる人だ。きっとまだ夢を信じていてくれる。そんな彼のことを、分からないままでいたくなかった。
「なにも、なにひとつとして誤解したくない。この人は苦手だなって勝手に思ったまま、割り切って一緒にいるのもしたくない。だから、八雲さんのこと分からなくなるたびに、ぶつかることにする。八雲さんのこと分からないけど、私やっぱり分からないままでいたくないよ」
夢の気持ちはまっすぐで、いつでも眩しい。まさに光のようだった。プロットモンは夢の決意を応援するようにそっとその手で夢に触れた。スマホの中の金星は、夢にとってまだなんの標にもなってはくれない。それでも、八雲という正反対の性質を持つ人とこうして引き合わせてくれた。それがどんな意味を持っていて、今後どんな成長を与えてくれるのか分からないけれど、きっと何か意味があるはずなのだと夢はそっと瞳を閉ざしながら、そう思った。
続
お早い投稿お疲れさまでした、夏P(ナッピー)です。
メイン登場人物を一人ずつ紹介していくような流れがありますね。今回はプロットモンと夢さん(ちゃん?)でしたが、彼女達は先の二人とは考え方が違うようで。これは男の子と女の子の差から来るというよりは、本人たちの性格ゆえでしょうか。でも序盤からこういった考え方の違い、そしてそれが緩和される(ような気がする)流れが提示されたということは、この辺の差異は早めに昇華されることが予想できる気がしないでもない。でも互いの認識や考え方の違いを早めにぶつけ合い、そして一話の内にそれらをある程度すり合わせできるのは良いですね。
一方で妙に話が振られるので、ツカイモンと八雲さんは何か怪しい感じが……?
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。