はじめに
こちらのお話は、剣技クソ強トンチキダルクモン与太話です。
種の解釈を始めとして妄想色強めな他、後のお話ではオリデジや、漫画版『デジモンクロスウォーズ』のキャラクターも登場します。
デジモンに関してなら何でも許せる! という方だけ、よろしければ、どうぞです。
それでは、以下、本編です。
*
世代差は絶対では無いが、1つの目安ではある。
ここに、あるデジモンの群れが居た。
いわゆる『ウィルスバスターズ』と分類される、基本的に凶暴な種の多いウィルス種のデジモンを狩る事を生業とするデジモンの一団だ。
彼らはその他多くのデジモンの群れの例に漏れず、1体だけの完全体――大天使型の、ホーリーエンジェモンというデジモンだ――を除いては、成熟期以下のデジモンで構成された集団で。
今日の獲物として定めた究極体デジモンによって全滅させられる前までは、それなりに大きな群れであったのだが。
そして、ここに。
データの粒子と化していく『ウィルスバスターズ』のデジモン達の中央に佇んでいるのが、彼らを殲滅せしめた究極体デジモンである。
究極体にしては小柄な体躯。
白黒の面に対して、余りにも鮮やかで派手な装いは、人間の世界において「道化師」と呼称される姿に他ならない。
ピエモン。
究極体魔人型ウィルス種。
完全体が群れを率いるリーダーを請け負う事が多いのに対して、究極体にまで至ったデジモンは、単独で行動する事を好むとされている。
格下からの数の暴力などものともしない、一騎当千の古強者。
その強さこそが、究極という位を冠する所以なのだ。
そういう意味では、このピエモンはごく一般的なデジモンと言っても何ら差し支えは無いだろう。
だから、ここまでは。
デジタルワールドにおいては、よくある話の範疇だ。
「……おや」
返り討ちにしたデジモン達のデータ――最も、今となっては腹の足しにもならないものだ――を大方取り込んだピエモンは、しかしその場に今なお残されていた1体を見止めて、思わず目を瞬いた。
本当に、今の今まで気が付かなかったのだ。そのデジモンが、群れの他のデジモン達に比べて、あまりにも小さ過ぎたが故に。
「プロットモン、ですか」
白く、小さな子犬のような姿をした、成長期の哺乳類型デジモン。
人間達の愛玩動物を模して造られたと言われるそのデジモンは、大きな瞳で、じっとピエモンの事を見据えていた。
殺された仲間達を想って睨み付けている風でも無く、怯えて命乞いをするように見上げている様子でも無い。ただ、そこに居るから見ていると言わんばかりに、プロットモンの表情は無に等しく、ヘタな『メタルエンパイア』のマシーン型デジモンよりも、よほど機械的である。
とはいえ、だからと言ってピエモンにとってプロットモンは、その点を不気味に感じられる程の存在では無い。
彼は実際の道化が子供に向けてそうするように、にこり、と赤い唇を弓なりに歪めた。
「まだ幼いのに可哀想ではありますが、禍根を残すのはスマートなやり方とは言えませんからね。それに、このままではお寂しいでしょう。……すぐ、仲間の元に送ってあげますからね」
そう言って、ピエモンは右手を掲げる。
そして、ぱちん、と。
ただ、その場で指を鳴らした。
そうしただけで、先程は。
プロットモンを連れた群れのデジモン達は、一瞬にして、ピエモンが背中の『マジックボックス』に背負っている剣にデジコアを貫かれたのである。
プロットモンは、それを見て居た。
既に、見ていた。
「なっ!?」
さしものピエモンも、この時ばかりは狼狽した。
プロットモンは、その場を跳び退き、不可視の剣--指定した座標に直接剣をワープさせるピエモンの必殺技『トランプソード』を回避したのである。
否、タネが割れている事を考慮すれば、回避自体は成長期の力でも不可能ではあるまい。ただ避けていただけれあれば、ピエモンも「やりますね」と形だけの賞賛の後、第2撃を放つのみであっただろう。
彼を驚愕させたのは、プロットモンが攻撃を避けた事では無い。
プロットモンは、もっと後ろにまで下がる事も出来た筈なのに、攻撃が当たるギリギリ手前に跳んで、虚しく地面を突き刺すだけに終わったピエモンの剣の柄に、噛み付いたのである。
そして今度は自分の落ちる力を利用して、地面から剣を、引き抜いたのだ。
剣を咥え直し、構え直す。
地面に対して平行に剣を携え、プロットモンは、再びその場を蹴った。
ただし、今度は、前に向かって。
子犬の身体が、身の丈を超える大きさの剣を噛み締めて地を駆ける。
小さな足が、一歩、一歩。しかし着実に、ピエモンへと迫っていく。
残り3メートル程まで近付いた辺りで、プロットモンは、またしても宙へと飛び上がった。
首を横に大きく振り――剣の切っ先が、ピエモンへと突き付けられる。
そして
「『パピーハウリング』!」
超高音の鳴き声を、剣を口から弾き出すために使用して。
プロットモンの全力疾走を上回る速度で、剣が、プロットモンの口から撃ち出された。
世代差は、1つの目安ではあるが、絶対では無い。
俗に言う、ジャイアントキリング。格下が格上を打ち滅ぼす展開も、成長期であろうとも強力な技を持つ事があるデジタルワールドにおいては、実のところ、そう珍しい話でも無い。
最も、今回の場合は、そういうケースでは無かったのだが。
「『トランプソード』」
今度はしっかりと必殺技の名前を宣言して。
ピエモンからすればあくびの出るような速度で発射された剣は、ピエモンの喉元に届くよりも前にその場から消失し、次の刹那には彼の背中の『マジックボックス』へと収まっていた。
『パピーハウリング』の衝撃波だけはピエモンの頬を掠めていったが、それだけである。今更、成長期の金縛り技が通用するような手合いでも無い。
プロットモンが、その場に着地する。
表情は、あくまで引き続き「無」のままだ。
無表情を改めないまま、改めてピエモンの元へと駆け寄り――プロットモンは、剣を構えていたとは到底思えない程小さな口で、ピエモンの足首に噛み付くのだった。
「……」
デジモンは、程度の差はあれ、皆、戦闘種族だ。戦い、勝利し、奪う事によって強くなる。それが出来なければ死んでしまうからだ。
それにしたって、度が過ぎるのではないかと、ピエモンは苦笑する。
小さな牙が突き刺さったところで、痛みを感じるほどでは無い。ここまでくれば、剣で貫くまでも無く、頭を踏み潰せばプロットモン程度、彼には造作も無く殺せるだろう。
だが――いつまで経っても、ピエモンは、そうはしなかった。
「……?」
やがて、いい加減怪訝そうに、プロットモンが顔を上げる。
「なんだ、ころさないのか」
声音までやけに淡々としているな、というのが、ピエモンの印象だった。
技量、度胸、センス。どれをとっても成長期とは思えないが、成長期相応の力しか持たないその姿が、妙に可笑しく道化の瞳に映る。
「いえ、素晴らしいなと思いましてね」
先に浮かべたものとは違う。
心からの笑みと共に、ピエモンは手を叩いた。
プロットモンは首を傾げたが、彼は構わず、台詞を回す。
「称賛に値しますよ。『トランプソード』を成長期デジモンに避けられたのは、初めてです。加えて、仲間を鏖にされ、1体残された幼子とは思えないような胆力。到底敵わない僕に立ち向かったのは、同胞へのせめてもの手向けでしょうか」
「? いや。デジモンがころしあうのは、あたりまえのコトだろう。理由は無いぞ。ワンチャンあればいいなとは思ったが」
プロットモンの意見は最もではあったが、やはり、とても成長期の言い分だとは思えなかった。
ますます可笑しくなって、ピエモンはひょい、と、プロットモンの身体を抱え上げる。
「気に入りました。ここで命を散らしてしまうには、あまりにも惜しい逸材です。飼ってあげましょう。将来どんな傑物に育つか、この眼で見てみたくなりました」
ここで、プロットモンがようやく反応らしい反応を見せる。
目を、見開いたのだ。紛う事なき、驚きの感情である。
「おお。ころさないのか」
「ええ」
「お前、やさしいな」
「そうですともそうですとも。僕は優しいのですよ」
「略しておやさいだ」
「……は、はぁ」
略す必要性を感じられないピエモンだったが、その辺は子供だしまあ、と適当に片付ける事にした。
おやさいの件には触れず、彼はプロットモンを小脇に抱え直す。
そうして--ちらりと。己が消滅させた、『ウィルスバスターズ』が居た場所に横眼を流す。
成長期1匹殺さなかった程度で、優しい。
ウィルス種には容赦しないかの集団の有りようが、それだけでもうかがえるものだと、ピエモンは肩を竦めるのだった。
「では、行きましょうか」
「いいぞ。わたしは勝者にしたがうのみだ。それはそれとして、どこに行くつもりだ」
「そうですねえ。僕は旅の道化、根無し草ですから」
「ほーむれす、というヤツか」
「違います。どこで覚えたのですかそんな言葉。……ま、一度古巣にでも帰りますかね。成長期の面倒を看るなら、一所に落ち着いた方が何かと便利でしょうし」
「それは世話をかけるな。いたれりつくせりだ」
そうだろうか。ひょっとすると、自分も『ウィルスバスターズ』の事を言っていられないかもしれないなと、ピエモンは軽く自嘲する。
彼の古巣とは、闇の眷属達が住まう地--成長期が生きるには過酷を極める、ダークエリアだ。
死んでしまえば、その程度の個体だったと割り切った上で、面倒は無くなる。
生き延びれば、面白いものが見られるかもしれない。
あくまで、自分の悦楽のために。
ほくそ笑むピエモンは、ひとまず目的地に向かうための『ゲート』の使用が許されている区域へと足を向ける。
弱肉強食のデジタルワールドではあったが、変なところで、律儀に区画ごとのルールが定められていたりするのだった。
「では、これからよろしくお願いしますね、プロットモン」
「よろしくされたぞ。……お前の事は何と呼べばいい?」
「ん~? 種族名のピエモンでも、飼い主様とでも、あなたの思い付くよう、好きなよう。何とでも呼んで下さい」
「ピエモンなら、略すとモンだな」
「それは脚下します。何故デジモンの共通項から取ったのですか。その理屈だと、あなたもモンになってしまうでしょう。せめて前から取りなさいよ。いや、ピエも嫌ですけれども」
「なんだ。何でも良いって言ったのにワガママだな。ではその辺はゆくゆく考えよう。期待して待つが良い」
自分は、面白いけど相当面倒臭い拾い物をしたのではないか。
そんな疑念が頭を過らないでも無かったが、所詮は子供の言う事だ。ピエモンは引き続き、深くは考えない事にした。
それよりも、ダークエリアにおいて神聖系デジモン、それも妙に戦闘への意識が高い個体は、いかなる存在へと育つのか。
自分への呼称に対しては1ミリも期待できなかったが、このプロットモン自体には愉快な想像を膨らませつつ、ピエモンは足取り軽く、目的地へと跳ねて行くのだった。
*
それから、数年の月日が経った。
「そこまでにしておこうか」
甘い囁きのように発せられた制止に、片や渋々と、片や驚くほどすんなりと。お互いに構えていた剣を下ろす。
対峙していたのは、完全体のアンデッド型デジモン・マタドゥルモンと、成熟期の天使型--ただし、本来背中に生えている筈の4枚の翼が無い--デジモン・ダルクモンだ。
民族舞踊をベースとした剣の舞『武舞独繰』と、華麗なる天使の剣技『バテーム・デ・アムール』。「美しさ」を是とする者同士の剣戟は、美麗にして苛烈を極めた。
それこそ、手を取って踊り合うように交互に一撃を繰り返しては身を躱し--しかし最後にこれが戦闘であるという現実を、そのまま穿てば確実に相手の心の臓たるデジコアを貫ける位置にまで切っ先を突きつけたのは、ダルクモンの方であった。
剣舞に対して、剣技を以って。
ダルクモンは、世代差を覆したのである。
「見事、美事。本当に面白い拾い物をしたのだね、兄弟。この子は私の城では一番。かつての君の次くらいには素晴らしい舞を披露してくれるマタドゥルモンなのだけれど」
蜜で出来ているのかと錯覚する程に甘く蠱惑的な声を発するのは、巨大な双頭の獣の下半身を持つ、仮面の貴人--ダークエリア最下層『コキュートス』に君臨する王の1体・グランドラクモンだ。
彼は客人であり、昔馴染みでもあるダルクモンの「飼い主」に、そう言って微笑みかけた。
ただ王とは対照的に、ダルクモンの「飼い主」の表情は苦い。
いや、苦いと言うよりも、若干やつれている感がある、と言った方が正しいかもしれない。
「ああ、我らが王、お戯れを。全ては私の不徳の致すところ。天使の小娘--それも、羽の無い半端者相手に敗北を喫するなど、あなた様の眷属として在ってはならぬ事態。なんなりと処罰を。このマタドゥルモン、甘んじて受け入れる次第です」
そんな対照的な2名の前に、試合を終えたばかりのマタドゥルモンは傅き、深々と頭を下げる。
うやうやしい彼の態度を前にしても、グランドラクモンは上機嫌に、くつくつと喉を鳴らすばかりだ。
「何も気にする事は無い。私は嬉しいんだ。知友の審美眼が数百年の時を経てもなお衰える事無く、私の退屈に一石を投じてくれる、その事実が。……強いて言うのであれば、己を降した相手を悪し様に言うのは、善い行いとは言えないよ。彼女に謝りなさい。それで、許してあげるから」
「……っ」
むしろそれ以上の屈辱は無いと歯噛みするマタドゥルモン。
……と、その隣に、勝者である筈のダルクモンが、片手を上げながら、躍り出た。
「そうは言っても、私はコイツのダンシング剣技--『しべりあんはすきぃ』だったか」
「『武舞独繰(ブルドック)』だ」
「おお、惜しい。訂正、恩に着るぞ。……『武舞独繰』の事は、事前に知っていたからな。それに、本当は蹴りの必殺技がある筈なのに、コイツは「手に持つ剣のみでの試合」という、事前の取り決めを守って使わなかった。私が大量にハンデをもらっていたも同然だ。本当の戦場なら、ぼこめきょのドゥルドゥルにされていたのは私の方だったかもしれないぞ」
マタドゥルモンは、一種虫にも似た無機質な紫の目を、それでもやや怪訝そうに、つらつらと戦闘を纏めるダルクモンの方へと向ける。
「『蝶絶喇叭蹴』の事も、事前に貴様は知っていたのか?」
「む? 蹴りの必殺技の事か? 『ちょうぜ……。……。……略して『ちょう』については、お前の動きを見るまで知らなかった。養父殿の剣技は『らぶらどーるれとりーばー』をベースにしているが、進化後に魔改造したと聞いている。だがお前のは、蹴りが組み込まれている事が前提の踊りにしか見えなかった。さっきも言ったが、それも踏まえて全力で戦っていたら、結果はわからなかっただろう。だから、私をハンデに甘えたスーパーシルクスイートさつまいも天使だと侮っても無理はない。謝らなくても構わないぞ」
「『武舞独繰(ブルドック)』だ。魔改造しているのは貴様の認知能力だろう」
ふう、と。マタドゥルモンは全身で息を吐く。
そうして、一度頭を振って。……改めて、ダルクモンの方を見た。
「そこまで見抜かれていたとなれば、もはや貴様の……いや、貴公の実力は疑うべくも無い。非礼を詫びよう、強く美しいダルクモン。……すまなかった」
「む。むしろ何故か謝られた。しかし強いは兎も角美しいのは事実だから、認められたなら私も鼻高々。お前、良い奴だな。略しておやつだ」
「貴公の寛大な処置に感謝s……おやつ……?」
戸惑うマタドゥルモンに、グランドラクモンは声を上げて笑う。
……傍らの彼の「知友」は、引き続き頭を抱えていたが。
「本当に愉快な子を拾ったものだ。私も競争の果てに勝ち取った王という身分に誇りはあるけれど、旅の道化という生き方にはやはり、浪漫がある。私とした事が、鰐の君のように妬いてしまいそうだ。羨ましいよ、兄弟」
「……過ぎた悦楽はいらん苦労を招きますよ兄弟」
「うん、ここ数年で何があったの兄弟。君、そんなキャラじゃなかったでしょ」
見れば判るでしょう、とグランドラクモンが兄弟と呼ぶデジモン――ピエモンは、力無く顎でダルクモンの方を指し示した。
つい先程までキリッとした調子で「私もこの先研鑽を重ね、いつか強者として貴公の血を吸える事を楽しみにしている」と敗者なりに矜持を述べていたマタドゥルモンは、しかし今現在、その種族として無機質な瞳にさえ困惑の色を濃くしてちらちらとピエモン達に助けを求める視線を送っている。
ダルクモンの言動は、傍から掻い摘む分だけでも相応にフリーダムで、毎日のように彼女の発言に振り回されているピエモンの気苦労は、流石のグランドラクモンにも推し量れるものが無いでも無く。
(そういえば兄弟、なんだかんだ言って根は真面目だったからな、昔から……)
グランドラクモンとピエモンは、お互いがお互いを「兄弟」と呼称する通り、若い世代の時期にダークエリアを旅した仲だ。故にこそ、グランドラクモンが吸血種の王となってなお--ピエモンが王に対しての『道化』であるが故、というのもあるが――特例として、彼に対等な立場を認められている。
在りし日の思い出が、グランドラクモンの中で、さらにピエモンの過ごした数年間への想像に拍車をかけていた。
……まあ、グランドラクモンはグランドラクモンなので
その辺の事情を、愉えt微笑ましく思ったりしていない訳では、無いのだが。
「さて」
とはいえ、その辺を悟られて気分を害させるのは本意では無いと、グランドラクモンはマタドゥルモンの事は助けるでもなく、ピエモンに向けて、話題を変える。
「君の愛玩動物が私の眷属に打ち勝てると証明出来たら、このコキュートスを介して他所のデジタルワールドへ赴く権利を授けてほしい、との話だったね」
「ええ」
やや辟易したように頷くピエモンに、グランドラクモンは笑みを深くする。
そんな面倒な手順を踏まずとも、王は旅の道化に寛大であったが、その件についてはピエモンの方がまず、ダルクモンの実力を、自分の前でハッキリさせておきたかったのかもしれない。
そも、土地に覚えがあるピエモンは兎も角、先導が居たとはいえ初見でコキュートスを踏破し、吸血鬼王の城に辿り着いたダルクモンの実力は、最初から疑うべくも無いのだが。
「構わない。すぐに通行証を用意しよう。ジャッカルの君によろしくね」
ジャッカルの君--ダークエリアを管理するアヌビモンの事だ。
ダークエリアの最下層・コキュートスは、堕ちたる者が最後に行き付く地で在るが故に、あらゆるデジタルワールドへと繋がっている。
もちろん、各デジタルワールドへの渡航へ厳しく制限されてはいるものの、ダークエリアに根城を構える『王』の許可を得た後、管理人であるアヌビモンに各種書類を提出した上で審査に合格さえすれば、不可能な訳では無かった。
「感謝しますよ、兄弟」
「ああ、旅立ちの前にひとつ教えておくれ兄弟。……君達は、まず、何処へ?」
「十二神の地、『イリアス』へ」
グランドラクモンはピエモンの視線を追う。
その先には、今は鞘に収まったダルクモンという種の持つ細身剣『ラ・ピュセル』が在った。
マタドゥルモンとの決闘の最中には剥き出しとなっていたかの刀身は――ひどく、欠けていて。
デジモンの武器は、デジモンの一部だ。
たとえ破損しても、デジモンの体力が回復すれば、同じように自動的に修復される。
だが、そうならないという事は、もはやダルクモンの剣技に、武器が追い付いていないのだろう。
で、あれば。進化という形で身体か武具、どちらかがどちらかに、相応しいものになっても良い筈なのだが。
「なるほど。良いところだ。土産話を楽しみにしているよ」
「あなたが面白がる程愉快な道中にならない事を祈るばかりです、兄弟。……ダルクモン」
マタドゥルモンに対抗して独自の舞(リアルワールドでは阿波踊りと呼ばれている)を披露しようとしていたダルクモンが、ピエモンの呼びかけを受けて、彼の元へと駆けて行く。
安堵の息を吐いたマタドゥルモンは、数分前よりもいささかやつれているようにも見えた。
「何だ、養父殿」
「許可が下りましたからね。申請用の書類を作らなければならないので、帰りますよ」
グランドラクモンが作り出した、溶けない氷の結晶で出来た通行証を受け取りながらそう述べるピエモンに、「おお」と無機質ながら、ダルクモンは感嘆の声を漏らした。
「では、いよいよ『イス』に行くわけだな。楽しみだ。帰ってきたら帰国子女を名乗ろう」
「『イリアス』です。その変な略し癖を止めなさい」
でもどうせ言っても直らないんだろうな。今までもそうだったし。
これまでの事を振り返りながら、ピエモンは肩を落とす。プロットモンの頃はまだ良かった。多少突飛な行動をしても、子犬のやる事だと笑って片付けられたのだから。
問題は、ダルクモンになってからである。
なまじ人型の形態を得たというのに、行動と言動は成長期の頃から変わらず(これに関しては、プロットモンの頃に肝が据わり過ぎていたというのもあるだろうが)、ついでに女性型だと(ピエモンが)アウト判定を喰らう言動もそこそこある事に進化してから、気付いてしまった。
「ふむ。『ラ・ピュセル』が身体に合わないという事は、私は処女では無いのかもしれない」
等、突拍子も無く言い出すのである、このダルクモン。
ちなみに上記の発言は、一向に修復しない『ラ・ピュセル』に関してピエモンが推測を述べた際の彼女からの反応である。
ピエモンはその時飲んでいたお茶を思わず噴き出した。デジモンに性別は無いが、見た目に引っぱられての趣味嗜好等は存在する。ピエモンにその類の趣味は無いが、ダルクモンの言動次第では、彼の品性には疑いの目が向く訳であって。
絶対に外でその類の話をするなと釘を刺したが、直らない略し癖の事も含めて、ピエモンは常に気が気では無い。少なくとも、ダルクモンと談笑する際は一度飲み物を置いてから、と、彼は心に固く決めている。
そして、何よりも――
「養父殿。『リス』に行けば、本当に私にぴったりの武器を造ってもらえるのか?」
「それはあなた次第ですよダルクモン。それと、もうこの際略しても良いので呼称は統一して下さい。……ま、工匠の実力に関しては心配は要らないでしょう。何せ暴食の王ベルゼブモンの銃・『ベレンヘーナ』を作り上げたのは、かのデジモンという話ですし」
「『ベレンヘーナ』……不思議な響きだ。猛烈におひたしが食べたくなる。名前だけで私にそんな想像をさせるとは、よほどすごい奴なのだろう。気に入ったぞ」
「……工匠にも気に入ってもらえるよう、頑張って下さいね」
城を出ても絶好調のダルクモンに、何度目かも判らない溜め息を吐きつつ――「工匠に気に入られる」という課題については。その件に関してのみは、ピエモンはさほど、心配していなかった。
--……何よりも。
ダルクモンは、剣技に関してのみ。
成熟期とは思えない程、強力な個体に成長してしまったのだから。
ダークエリアで育った故か、堕天こそした風では無いものの、ダルクモンには翼が生えては来なかった。
その分のデータが全て剣の扱いに回されたのだろうと、ピエモンは推察する。
プロットモンの頃から片鱗が無かった訳ではないが、人型となる進化を経て、彼女の特異性は明確なものとなった。
その証拠ががたがたの刃を持つ『ラ・ピュセル』であり--マタドゥルモンとの決闘の、結果であって。
「兎にも角にも、粗相の無いようにお願いしますよダルクモン。神人型を怒らせるなんて、僕はまっぴらごめんですから」
「よろしくされたぞ養父殿。しかし養父殿なら大丈夫だ。何と言っても、養父殿は最強の剣士だからな。神人型どころか銀河型が襲って来ても、朝飯前は無理でも夜ご飯前くらいだろう」
「洒落にならない事言わないでください。それに剣の扱いに関しては、あなたの方が、既に数段は上手ですよ」
「謙遜が過ぎるぞ養父殿。思うに最強の剣技とは、剣をワープさせる術の事だ。私が知る限り、養父殿以外にワープ剣術を使うデジモンは見た事が無い。私もワープ剣術のプロ、略してワープロを名乗れるようになるまでは、半人前もいいところだろう」
「……」
そしてダルクモンは、至極真面目に、真っ直ぐに。
ピエモンにそんな事を、言うのだった。
……その内瞬間移動と見間違えるような速さで動き出したらどうしよう、と。ピエモンは普通ならダルクモンに対して必要無さそうな心配を抱える他無い。
「む? ところで朝飯前と夜ご飯前と半人前は、韻を踏んでいる気がするな。すごくライムだ。すっぱいぞ」
「踏んでません」
こうして吸血鬼王の城を後にした道化と翼の無い天使のコンビは、数日後、別世界のデジタルワールドへと旅立つ事となる。
待ち受けるのは如何なる出会いか、トンチキか。
後に『剣の聖女』を自称するダルクモンの伝説の幕開けに、ピエモンの胃は、キリリと痛むのであった。
イリアス編へつづく!