「剣を打ち終わって、納刀した瞬間鎖が絡みついたんだ。思うに、その剣はそれが正しい形態なんだろう」
グロットモンを問いただせば、今まで普通に抜いていた事の方がおかしいと、そんな風に、言って返す。
十闘士の里の剣士--ヴォルフモン。そして炎の闘士が風・氷・木・土の闘士の力を借りて進化した超越闘士カイゼルグレイモン。彼ら『ゼロアームズ〈オロチ〉』と直接繋がる者達でさえ、『ラ・ピュセル改』を鞘から引き抜く事は、叶わなかった。
「十闘士でも剣を抜けないのは、俺から引き継いだ『Legend-Arms』の力が混ざってるせいで、『ゼロアームズ〈オロチ〉』とは全く別物の剣として固定されちゃってるから……だと思う」
というのが元『Legend-Arms』(ズバイガーモン)であるヴァーミリモンの見解である。
怨霊は剣の『属性』を
『Legend-Arms』は剣という『性質』を
『ゼロアームズ〈オロチ〉』はこの剣の『本分』を
それぞれ、定めている故に。『ラ・ピュセル改』はやはり、現状が最も完成に近い段階で。
だからこそヴァーミリモンにもグロットモンにも、これ以上はお手上げなのである。
「抜刀の手掛かりを知る者の可能性としては、制作者であるウルカヌスモン。そして――」
ピエモンが思い返すのは、テイルモンに教えられたアドレス、その先にあるデジタルワールド。
「『ラ・ピュセル改』と同じ剣」が、そこにはかつて、存在したという。
(『イリアス』は兎も角、ほとんど情報の伝わっていないような無い未知のデジタルワールドに、今のダルクモンを連れて行って良いものか)
『ラ・ピュセル改』が鞘から抜けないと判った当初と比べれば、ダルクモンは落ち着いているようにも見えた。表情からは、不安そうな様子は感じられなくなっている。
しかし、普段に比べて口数は目に見えて減っており、口を開いたとしても、トンチキというよりは上の空な発言が主立っていて。
懸念材料はもう1つあった。
完成に近い、という事は、結局未完成という事でもある。
ともすれば、最後の素材を『ラ・ピュセル改』に与えれば、鎖が外れるという可能性も無くは無い訳で。
ただし、その素材は。
今度こそ入手不可能なのではないかと、ピエモンも思ってしまうばかりで。
……『ラ・ピュセル改』を完全な物とするための、最後の素材。
それは、ロイヤルナイツ最強とも名高い聖騎士――オメガモンの、データだった。
*
「『参の太刀・改 地鎚閣(レ・バテーム・デ・アムール トロワ:ソルマルトシャトー)』!!」
地面が、凄まじい勢いで隆起する。
以前の『参の太刀・天守閣(バテーム・デ・アムール トロワ:シャトートゥール)』の比では無い。
「ぬぅ……っ! 切っ先が鈍っていると喝の一つでも入れてやろうと思ったら、全然そんな事は無いではないか!!」
吸血鬼王の城、その城壁を駆けあがり、遥か上空から繰り出されたマタドゥルモンの必殺技『蝶絶喇叭蹴』は『参の太刀・改 地鎚閣』に阻まれ、その途中までは割って裂いたものの、中腹のあたりでその勢いを殺されてしまう。
「剣に迷いを乗せたまま戦うのは、相手に失礼だからな。略していあいだ」
「くっ、剣を抜けない未練が微妙に略にも表れているというのに……!」
必殺技を受け止められたマタドゥルモンが、その場から飛び退く為の僅かな間を狙って。
ダルクモンは『ラ・ピュセル改』を肩まで持ち上げ、構える。
翼が無い故に持たない飛翔力を補うために鍛えた、ダルクモン自身の跳躍力と、『ラ・ピュセル改』の超振動を起こす能力。そして、ズバイガーモンの性質から得た着想。
放たれるのは、それら全てを余すことなく発揮した、彼女の『突き』の必殺技。
「『鬼神突』!!」
瞬く間に、鞘で覆われた『ラ・ピュセル改』の切っ先はマタドゥルモンへと迫り――彼の顔の真隣に突き刺さるという形で、制止する。
「……美事だ」
推進力を失った『ラ・ピュセル改』の鞘にぶら下がるダルクモンを見下ろして、諦めたようにマタドゥルモンは呟く。
マタドゥルモンは攻撃を躱したのではない。ダルクモンが軌道を逸らしたのだ。
今回こそ、これがあくまで、模擬戦であるが故に。
突きには、攻撃が出来る面積が少ないという弱点がある。
だが『参の太刀』と組み合わせれば、『参の太刀』で盛り上げた地面が破壊されたとて、疑似的な岩の檻を造り出したり、単純な目くらましにする事が可能なのだ。攻撃を当てられる可能性は、これで大幅に上がるという訳で。
「これで『鬼神突』と『参の太刀』の相性の良さは証明できたと思う。恩に着るぞマタドゥルモン」
「私の方は、ひとつ課題が出来た、といったところだな。貴公の『参の太刀』とやらの対処法を編み出せれば、大型のデジモンとの戦闘にも応用する事が出来るだろう」
刺さったままだった足先の剣を抜きつつ、思案にと顎に手を添えるマタドゥルモン。
ダルクモンは、こくんと頷いた。
「私で良ければいつでも相手になるぞ。……ただ、『参の太刀』対策を考える前に、ひとつ、私と一緒に考えてほしい事があるのだが」
「? 何だ。『ラ・ピュセル改』の事についてか?」
「ああ。……どうやってこの状態から『ラ・ピュセル改』を回収すればいいと思う?」
「貴公、その類の事はあらかじめ考えておかないか」
「いや……本来ならば対戦相手ごとぶち抜いて着地するものだから……」
「……そう言われてしまっては仕方ない。取り合えず石塔を壊せばよいのではないか?」
「その手があったな。『壱の太刀(バテーム・デ・アムール アン)』」
「ちょ、バカ! 今壊したら私まで巻き込まれぐわあああ」
『ラ・ピュセル改』から発生した衝撃波によって、『地鎚閣』が瓦解する。
立ち上る砂埃の中、土塗れになったダルクモンとマタドゥルモンが、よろよろと瓦礫の中から這い出した。
「ぐぅ、聞いていた通りだ。勝負の最中は相も変わらず、いや、以前にも増して強者であったが、戦闘が終わると途端に注意力が散漫になっている。ピエモン殿が気に揉むのもこれでは仕方あるまい」
「……すまない」
養父殿と慕う相手の名前を出されてか、ダルクモンの態度はいやにしおらしい。
普段のトンチキ具合も困りものだが、これはこれで落ち着かないなと、マタドゥルモンは頭を振った。
「まあいい。この城に居る限りは、貴公の面倒を看るのは、我らが王から直々に、この私めが仰せつかった役目。……悩みがあるなら、聞いてやる」
地面を変形させる能力を使う都合上、一旦外に出ていた2体は、マタドゥルモン先導の下再び城へと帰って行く。
道中、ダルクモンは十闘士と邂逅したデジタルワールドでの出来事、そして改めて、貫く事が出来なくなった『ラ・ピュセル改』について語り――そうこうしている内に、談話室へと辿り着いた。
互いに向かい合って赤い革張りのソファに腰かけるなり、給仕係らしいサングルゥモンが、頭に乗せていたトレイを器用に滑らせてテーブルへと置いた。
トレイの上には、赤紫色の液体が継がれたワイングラスと、硝子の皿いっぱいに、丸くて小さな茶色い物体が積み上げられていて。
「これは……カリカリ!」
「聞けば、貴公も以前は犬系のデジモンだったそうではないか。馴染みがあるのではないか?」
「おいしいよな、コレ。なのにこの姿になってから養父殿が買ってくれないんだ」
「うちの城でももっぱらサングルゥモンの食事用だが、今となっても小腹が空いた時には丁度良くてな。まあ今日は遠慮なく食べるがいい。私もいただこう」
元犬系デジモン2体は、ぽりぽりと『カリカリ』をつまみながら、ワイングラスを傾ける。
中身は両方ともぶどうジュースだ。ダルクモンになってからの彼女の好みの品である。
「それで、今の『ラ・ピュセル改』について、だったな」
もぐもぐと口を動かしているダルクモンに、若干気力のようなモノが戻って来たらしいのを感じ取ったタイミングで、マタドゥルモンもまた口を開く。
ダルクモンは一度手を止め、小さく頷いた。
「私が思うに……そう、問題があるようには思えないのだが」
それが、マタドゥルモンの率直な感想だった。
今までにダルクモンが繰り出した必殺技は、鞘の付いた状態の『ラ・ピュセル改』でも問題無く使用する事が出来たのだ。
どころか、全体的に威力は上乗せされており、先程見せた通り、『参の太刀』に至っては技がさらに強力な形態に変化している程で。
『ゼロアームズ〈オロチ〉』の力は正しく『ラ・ピュセル改』に継承されているのである。
「うん、問題は無いんだ。何なら前よりも手に馴染むくらいで」
「で、あれば――」
「でも、もしもこの、「剣が抜けない」状態が、私の限界かもしれないと思うと。……それが、少し怖いんだ」
怖い。
目の前のダルクモンの辞書にまさかそんな言葉が載っていようとは、と割合失礼な事を考えるマタドゥルモンだったが、彼女がそれを抱いた事に驚いているだけで、その気持ち自体は、解らなくも無かった。
鞘から抜けない状態が、剣の正常な在り方である筈も無い。
確かにダルクモンは、成熟期としては破格の力を持ってはいる。だが、デジタルモンスターとは、強くなる事を己の本分とする生き物だ。
「これ以上強くなる事は出来ない」と天井を突き付けられて、動揺しないデジモンなどまず存在しないだろう。
ましてやダルクモンは、現状、進化という強化手段をその身に持たないのである。
「ダスクモンに敗れた件が、貴公に影響を与えている、という可能性は?」
「どう、なのだろう。多分、あるとは思う。……でも」
「でも?」
「負けた事を、引き摺っているとか、そういう訳じゃ無いんだ」
そう言って、彼女は顔を上げる。
視線の先にあるのは、この城の玉座の間。……今、ピエモンが居る場所だ。
「養父殿を、失望させてしまったらどうしよう、って。その気持ちが、一番強かった気がする」
敗北は、悔しい。
気を失っている間に何度も再生された「敗北の記憶」は、ダスクモンに敗れた事が切っ掛けとなって蘇ったものだ。
気付かなかっただけで、彼女の、礎であったモノ。
だが、それ以上に。
そんな『過去』を上回って彼女を揺さぶったのが、『現在』のダルクモンを、形作るモノ。
「……貴公」
ワイングラスを置いて、マタドゥルモンは無機質な瞳で、真っ直ぐにダルクモンを眺める。
「聞かせて欲しい。貴公が、剣を取る理由は何だ?」
「決まっている」
間髪入れずに、ダルクモンは返す。
その目は、見た目からは読めないマタドゥルモンの心情を鏡映しにするかのように、真剣そのもので。
「私が、剣士の聖処女たる理由は――」
*
「さて兄弟」
ところ代わって、玉座の間。
妙にわざとらしい笑みを携えた吸血鬼王――義兄弟・グランドラクモンを前に、ピエモンは顔をしかめていた。
構わず、グランドラクモンは続ける。
「今日は君に、良い知らせと悪い知らせ、それから個人的な小言を用意してある。……どれから聞きたい?」
「あなた基準で良い知らせと、一般的な感覚で言うところの悪い知らせ、といったところでしょうか。小言は大体予想がつくので結構です。良い知らせからお願いします」
「そうかい。では小言から始めるね」
ピエモンの意見を当然のように無視して、グランドラクモンはにこりと微笑む。
……そうして、ふっと笑みを消した。
「兄弟。少しばかり、君は従僕(イヌ)を気にかけ過ぎなんじゃないかな」
「……」
仮面に隠された、見る者全てを虜にしてしまう邪眼は、ただこの時、旧友の負傷した左腕に視線を注いでいて。
つい先程包帯を変えたばかりだというのに、未だにうっすらと、血液データが滲んでいる。
「フランベルジュ、だったかな。波打つ形状の剣は、複雑で治りにくい傷跡を残すと言われているそうだね。真偽はどうあれ、人間の世界では波状の剣はそういうもの、と記録されている以上、ダスクモンの『ブルートエボルツィオン』も同様の性質を持つのだろう。……見た目より酷いんだろう、その傷」
「日常生活にも戦闘にも支障はありませんよ。気にする程ではありません」
「気にするさ。君は私と違って、もう不死でも何でも無いのだから」
反論しかけたピエモンに口を挟ませず、吸血鬼王はさらに続ける。
「君の従僕は、確かに面白い。私もこれまで色々な天使で遊んで来たけれど、あれは格別だ。……だが、もし仮に、彼女が私の所持品であったとしても。私は、玩具のために自らの血を流そうとは、考えもしないだろう」
「……」
「そして、それは君も同じの筈だろう。「絆された」だなんて、君の口からそんな安っぽい言い訳は聞きたくないよ?」
「……ダルクモンの舞台が、あんなつまらない幕引きになるなど耐えられなかった、というのはありますよ。確実に」
ですが、と、ピエモンはおどけるように、左手を見せつけるようにしてひらひら振って見せる。
「耄碌しましたか? 兄弟。僕……いや、オレがどんなデジモンかは、お前が一番よく知っている筈だろう」
「……」
「オレの従僕に、あのクソ餓鬼は飼い主の許可も取らずに手を出した。そんなナメた真似をする輩相手に、オレが愉快な道化のままニコニコしていられるとでもお思いかな?」
「…………あー、そうだった。君ってばそういう奴だった」
若い頃のように振る舞う旧友に、グランドラクモンは頭を抱える。
吸血鬼王の仕草はわざとらしくはあったものの、今この瞬間だけを切り取れば、まるで普段とは立ち位置が逆転しているかのようであった。
「このところすっかり丸くなった風だったから、私も少々思い違いをしていたようだ。謝るよ兄弟。君は母音に濁点を付けるような、ひどく品の無いデジモンだったね」
「ハッ、田舎(イモ)貴族がダークエリアでの流儀に無知過ぎるだけだろ」
言うだけ言って。ピエモンは、ぱん、と手を叩く。
と同時に、まるで威嚇するかのように犬歯を覗かせた凶暴な笑みはすぐになりをひそめ、どこかわざとらしい道化の笑みに彼は表情を切り替えた。
「と、昔のように振る舞ってみたところで。これであなたが納得してくれたなら何よりですよ、兄弟」
肩を竦めるグランドラクモンに、ピエモンは先程同様、「良い知らせ」を聞かせるよう彼に促す。
「わかったよ、兄弟」
なんて事は無いと前置きして、グランドラクモンは口を開いた。
「良い知らせというのは、君の従僕の剣、『ラ・ピュセル改』の最後の素材……『オメガモンのデータ』を入手できるあてが見つかった、という話さ」
「おや珍しい。兄弟にしては、真っ当に良い知らせではないですか」
オメガモンのデータ。
本人の強さは元より、そも、ロイヤルナイツという組織の特殊性故に、邂逅すらも困難であろうと踏んでいたピエモンは、思わぬ知らせに目を丸くする。
だが、一方でグランドラクモンの表情はやけに浮かない。
その理由をピエモンが尋ねるよりも先に、グランドラクモンが口にしたのは
「その分、悪い知らせというのがね」
流石の私でも、看過が難しい程に、と。更にグランドラクモンは表情を険しくする。
「……と、いうのは?」
「『コキュートス』を根城に構える私には、直接は関係の無い話、と言い切る事も出来るのだが。……それでも、まあ。故郷は故郷だし、あんな冷蔵庫(管理プログラム)でも、我々の神である訳だから」
「?」
長々とした前置きを連ねて。
やがて、観念したのだろう。グランドラクモンは、若干の呆れを交えた声音で「悪い知らせ」をピエモンに告げる。
「ようするに、我々が所属しているデジタルワールドが、崩壊の危機に曝されているのだよ、兄弟」
大量のオメガモンによってね。
……最初、ピエモンにはその台詞の意味が呑み込めなくて。
「……なんて?」
呑み込んでからは、酷い眩暈を、覚えるのだった。
*
「そういう訳だから、ここからはアタシが説明するわね」
と、不意に女性口調で会話に割り込みながら、部屋の奥から人型の影が現れる。
それは、黒い鎧と蒼いマントに身を包んだ聖騎士だった。
「アルファモン……!?」
ピエモンが目を見開く。
アルファモン。孤高の隠士。平時であればまず姿を現さない、ロイヤルナイツの聖騎士達の中でも伝説と謳われる存在。
彼の役目は、ロイヤルナイツの暴走を食い止める事。
脳が拒否するレベルでの与太話じみたグランドラクモンの発言も、アルファモンが姿を現したとなれば、一気に真実味を帯びてしまう。
「そう、彼女はアルファモン。君がダークエリアを離れて放浪の旅に出ていた頃に知り合ったデジモンさ」
「その節はドーモ、グランドラクソモン。『預言』の事さえ無ければ、またアンタと関わるなんてまっぴらゴメンなんだけどさ」
「ははは、兄弟の口以外から、そしてこの私に対してその呼称を聞く事になるとは思わなかったよお嬢さん。息災のようで何よりだ」
グランドラクモンがどんなちょっかいのかけ方をしたのか、なんとなく察せなくは無いピエモンは、初対面のアルファモンにほんのりと同情を覚えたりするのだった。
とはいえ事態は一刻を争うのだろう。「べー!」と頭部の構造上舌は出ないもののその手の仕草をグランドラクモンに向けていたアルファモンは、こほん、と咳払いを挟んでから吸血鬼王を視界の端に追いやり、ピエモンへと向き直る。
「結論から言うと、我が君が「せや、オメガモンは最強やから、この際ロイヤルナイツ全員オメガモンにしたろ!」と思い立った結果が現状。ってなカンジなワケ」
「うわぁ」
ピエモンはそんな声しか喉から絞り出せなかった。
半面、容易に想像する事はできた。何せイグドラシルとは、極端な発想をとりあえず形にしてみる神なのである。
「とはいえ、当のオメガモン含めて、今回ばかりは流石にロイヤルナイツみんなそれに反発したの。オメガモンは確かに最強のデジモンかもしれないけれど、デジタルワールドの守護っていうのは強さだけじゃ成り立たないから。多様性あってこその組織だもの」
だからしょっちゅうモメて内ゲバ集団とか呼ばれたりするんだけどね、と洒落にならない自虐を挟むアルファモンだったが、言っている事自体は真っ当だ。
デジタルワールド最高峰のセキュリティシステムがオメガモン――最強のワクチン種にのみとなれば、世界そのもののバランスが大きく傾くと、想像に難くは無く。
「だから我々は、そんな事をしなくてもロイヤルナイツは激ツヨ集団だって証明するために、とりあえず12体複製されたオメガモン達と全員が1対1(サシ)で戦った。……そこは量産型の悲しきサガってヤツ? めちゃんこ大変だったけど、強さは本人程じゃ無かった。アタシ達は全員、オメガモンズに勝利したの」
「勝てたのですか? では」
「うん。勝てた。勝てたんだけど……その隙に、我が君が本物オメガモンに手を出してさ」
今現在、デジタルワールドのアーカイブに登録されている『オメガモン』は、少々本来のオメガモンとは出自の異なるAlter種も含めて全7種。
通常種の量産型が従来のロイヤルナイツの性能に届かないと言うのであれば
その通常種を、さらに強力な個体に昇華させれば良いのではないか。
そも、オメガモンとは2種のデジモンが融合して生まれたデジモン。
そんなオメガモンを全種類融合すれば、目的は達成できるのではないか。
イグドラシルは発想が極端なので、そういう結論に至って、それを実行した。
「ジョグレスとはまた異なる方法で誕生したそのデジモンは、合聖騎士『キメラオメガモン』。我が君の想像通り、いや、想像以上にヤバいデジモンだったのだけれど……DEFEATとかAlter-Bも混ざってるワケだから、まあ、うん。暴走しちゃって」
「バカじゃないの?」
ピエモンは素でつっこんだ。ピエモンじゃ無くてもそうしただろう。実際に少し前、吸血鬼王もこの時ばかりは道化と同じ言葉を孤高の隠士にかけている。
さらにそれ以前にも同様の事を嫌という程言われているのだろう。「返す言葉も無いデス……」とアルファモンはしゅんと肩を落としていた。
だがすぐに気を取り直すと、ただし気を取り直したとは思えない程げんなりした表情を継続させつつ、アルファモンはさらに気の滅入る現状を語って聞かせる。
「キメラオメガモンに付属するウイルスの影響を受けて、我が君も暴走。量産型オメガモンもまたデジタルワールド各地に出現&襲撃し始めたの」
「重ね重ね、もうちょっとなんとかならなかったんですかその流れ」
「なってればねー、こうはならなかったんだけどねー。……今は代理の管理プログラムが起動して、その演算能力が弾き出した預言に基づいて、ロイヤルナイツが対処に当たってる。……アタシがここに来たのは、預言の中に登場したデジモンが、この城に居ると聞いて来たから」
「君の従僕の事だよ、兄弟」
アタシが言おうと思ったんだけど!? と勝手に話を引き継いだグランドラクモンに、アルファモンが憤る。
……当の「従僕」の主人たるピエモンは、やはり、その言葉をすぐには、呑み込めないでいたが。
「……ダルクモン?」
問い返すピエモンに、本当に成熟期(ダルクモン)なんだ……と、ぽつりと呟くアルファモン。
ただ、どれだけ世代に不安があろうとも、こと預言の機能に限ってはイグドラシルを凌駕する管理システム代理の言葉。アルファモンは浮かんだ雑念を振り払って、顔を上げる。
「キメラオメガモンを倒すには、単純な強さはもちろんの事、過去にどこかの世界線で「オメガモンを倒した」デジモンの因果が必要なの。アルフォースくんあたり結構いい線行ってたんだけど……でも、さっき言ったの覚えてる? 「キメラオメガモンは、ジョグレスとも異なる方法で誕生した」って」
「言っていましたね。そのような事を」
「その方法の名は、『デジクロス』。アタシ達の暮らすデジタルワールドとは、全く理の違う世界での『進化』に近い技術みたい」
デジクロスで生まれたキメラオメガモンは、デジクロスと同じ理を持つ者の力でしか完全に倒しきる事は出来ない。
それが、管理システム代理の導き出した答えだという。
「しかし、ダルクモンは我々と同じデジタルワールドの生まれの筈。異世界の因果だなんて、そんなもの」
「ダルクモン本人はそうかもしれない。……でも、ダルクモンの剣は?」
「!」
「デジクロスっていうのは、ベースとなるデジモン1体に、複数のデジモンの力を掛け合わせる技術なの。だから、「進化に近い」技術。2体のデジモンが混ざり合うジョグレスと違って、仲間を武器や防具に変換している、って言った方が、解釈しやすいかな」
そう言われれば、確かに合点はいくとピエモン。
ダルクモンという、剣技に優れたデジモンをベースに、ウルカヌスモンの鍛えた剣、タイタモンの怨念、ズバイガーモンの『Legend-Arms』のデータに、十闘士の力。
知らず知らずのうちに、ダルクモンは異なるデジタルワールドの技術をその身に取り込んでいたと言っても過言では無いのだろう。
「つまり、キメラオメガモンとやらを斬れるのは」
「そ。管理システム代理が計算した限りでは、デジクロスの力を持つダルクモンだけ、ってワケ」
「……なるほど、話は解りました」
ただ、ダルクモンは
そう口を開いたピエモンに、グランドラクモンが視線を向けたが、彼女自身を心配しての事では無いと道化は眼差しで訴え返す。
「己の剣--『ラ・ピュセル改』を抜けなくなっているのです。その状態でも、斬れるものなのでしょうか、合聖騎士キメラオメガモンを」
「それは」
「話は聞かせてもらった」
その時だった。
玉座の間の扉が、勢いよく開いたのは。
「略してはかせだ」
その場に堂々と立っていたのは、当然、ダルクモンである。(ちなみにその後ろに「勝手に入ってよかったのだろうか」と言いたげなマタドゥルモンもいる)
「略……?」
「気にしないでください。そういう子なので」
言いつつ、この台詞は2回目だなと思い返すピエモンであった。
「それで、今どういう流れになっているんだ養父殿」
「いや、何にも聞いてないじゃないですか」
「どうにもとんでもない強者がいるようだったから、私も強者感を演出した方が養父殿の顔を立てられるかと思って」
「お気遣いありがとうございますダルクモン。僕の顔を立てたいのなら、次からは知らないデジモンには普通にご挨拶から始めましょうね」
駆け寄って来たダルクモンに言い聞かせながら、ピエモンはアルファモンに背を向けた。
一気に不安げになった彼女の表情が、いたたまれなくてとても直視できなかったのだ。
そのまま、ピエモンはダルクモンに事の次第を説明する。
相変わらずの無表情で話を聞き終えたダルクモンは、ただ、こくりと小さく、頷いた。
「キメラオメガモン。略してメラモンという訳か。きっと激しく、燃えるような闘いになるだろうな」
「勝手に種族を変えるんじゃないですよ。……しかし、その様子を見るに――闘う気は、あるのですね」
ピエモンの言葉に、ダルクモンは不思議そうに首を傾げる。
「どうしてそんな事を聞くんだ養父殿。私はいつでもやる気と元気とえのきで出来ているぞ」
「すみませんあなたにキノコ要素があるのは初耳なのですが。……いえ、ダスクモンに敗北してからというもの、本調子では無さそうに見えていたものですから」
「私が手合わせした限り、実力に関して心配は要らぬだろう」
マタドゥルモンが、そう、所感を口にする。
「精神面についても」
「マタドゥルモンのお蔭で少し元気が出た。今なら2時間くらい『せんとばぁなぁど』を踊り続けられそうだ」
「『武舞独繰(ブルドック)』な」
「踊り過ぎて背中から舞茸が生えるかもしれない」
「生えないだろ」
ツッコミをマタドゥルモンに任せつつ、拠点で夕飯を用意している筈のヴァーミリモンにキノコ料理を頼んでおくべきだったかもしれないと思うピエモンなのだった。
と、同時に。ほんの少しだけ、ピエモンは安堵する。
模擬戦でダルクモンが普段の調子を取り戻したのであれば、それに越した事は無い、と。
「では、『ラ・ピュセル改』も抜けるように」
「うむ。それは全然ダメだ」
「ダメなんですか」
まあ滅茶苦茶堂々と答えているという事は、本当にメンタルは大丈夫なんだなと、せめて、ピエモンはそう判断するのだった。
と、
「さっきは言いそびれちゃったけど」
2体の間に、暫く置き去りにされていたアルファモンが割って入る。
「その件については、アタシに任せて。少し荒療治になるかもだけど……でも、アタシも剣士の端くれとして、貸せる胸くらいはあるつもりだからさ」
「それはかたじけない。そして随分な謙遜だな。……お前の胸は、硬そうだぞ」
「うんそりゃまあ鎧だからね」
この子本当に大丈夫なのかな。アルファモンの瞳からはそんな表情を読み取れなくは無かったし、多分自分も同じ顔をしているなと思うピエモンだったが、アルファモンが言う限りでは、他にデジタルワールドを救う手立てが無いのだ。
(まさか、気まぐれで拾ったプロットモンが、こんな事になろうとはな)
小さく、そして本人も意識しない程度にではあるが、上機嫌に鼻を鳴らすピエモン。
改めて、彼はダルクモンとアルファモンの両名を見た。
「キメラオメガモンとの対峙にまで少し猶予があると言うのなら、僕は一旦拠点に戻ります。ヴァーミリモンにも事を伝えねばなりませんからね」
「それもそうだ。よろしくするぞ養父殿」
「はいはい、よろしくされましたよ」
「養父殿」
不意に、ダルクモンはその新緑の瞳で、ピエモンをじっと見つめる。
「何ですか」
「私は、養父殿の期待に応えるから」
「……」
ダルクモンが、何を思ってわざわざその言葉を口にしたのか。
ピエモンにも、解りはしなかったのだが。
「楽しみにしていますよ」
彼はただ、率直な意見を彼女に返す。
それ以上、2体がその場で言葉を交わす事は無かった。
「じゃ、一旦外に出ようか。よろしくね、ダルクモン」
「わかった。よろしくされたぞアルファモン」
「頑張りたまえよ、うら若き乙女たち」
「ちょっとやめてくれるー? セクハラ臭いんですけどー!?」
ピエモンが去った後、『ラ・ピュセル改』を抜刀するための算段を立てる2体のために、マタドゥルモンに彼女達の案内を言い渡すグランドラクモン。
その後、玉座の間には、王たる彼だけが残される。
「……そう、君は根っこの部分で品の無い、粗暴なデジモンではあるけれど」
そうして、独りになった事を確認して。
虚空に向けて、グランドラクモンは呟く。
友人の後ろ姿を、思い返しながら。
「でも同じくらいクソ真面目で--王になった私に、道化になって会いに来てくれたくらい、義理堅くて面倒見のいい奴だって知ってるからさ」
口では従僕だイヌだと言っていて、実際、嘘のつもりは無いのだろう。
ナメた真似をした相手をシメるのも、彼の行動原理としてはおかしくはない。
しかしだからと言って、ピエモンがダルクモンを蔑ろにしているようにはとても見えないし――むしろ、周囲から見れば。道化の行動は、剣士の聖処女が彼を呼ぶ際の愛称に、何ら遜色ない用にしか、見えなくて。
だから、私だって、君が心配なんだよ。
そう、独りごちった後。
……自分の方こそ「らしくないな」と、吸血鬼王は独り、自嘲気味に笑うのだった。
*
「さて、と」
うーんと身体を伸ばした後、アルファモンは指先で、宙に魔法陣を書き始める。
「時間が無いから説明しながら進めるね。アナタが剣を鞘から抜くための作戦について」
「略してたつただな」
「うん、やっぱり時間は無いんだけど、だからってよくわかんない略し方したら説明二度手間にならない?」
「それはそうかもしれないが、今からやる事は大体分かるぞ孤高のキョンシー」
「孤高の隠士ね。キョンシーは術者居ないと動かないから」
とはいえ、察している分にはそれでいいと、アルファモンは魔法陣を書き終えた指を下ろす。
「『デジタライズ・オブ・ソウル』」
緑色の魔法陣は眩い光を放ち--その円の中を潜るようにして、一体の龍が、姿を現す。
「……少しだけ、ズバイガーモンと似たにおいがするな」
「察しが良いね。『Legend-Arms』じゃないけれど、この子もいわゆる『武器』の特性を持つデジモンなんだ」
「オッスオッス! ヨロシクッス!」
両腕、そして翼に巨大な刃を携えた武者竜--オウリュウモン。
彼はあいさつ代わりにとでも言うように、握り締めた双刀をかちかちと打ち鳴らした。
アルファモンは、よしよしと活きの良いオウリュウモンの胴体を軽く撫でる。
「出てきて早速、悪いんだけどさオウリュウモン。ちょっとこの子とやり合うつもりだから――アタシに力、貸してくれない?」
「ウッスウッス! マカセロッス!」
登場時同様、凄まじい光と共にオウリュウモンが変形し、その光はアルファモンをも呑み込む。
次にダルクモンが目を開いた時には、アルファモンは黄金の翼を生やし、手には身の丈よりも大きな黒鉄の剣を握り締めていた。
「……アルファモン:王竜剣」
その姿での名を宣言して、孤高の隠士はその名の由来ともなる大剣を静かに構える。
「さ、勝負よダルクモン。……本気で行くから、死ぬ気でかかってらっしゃい」
「そうか。わかった」
ダルクモンもまた、鞘の付いたままの『ラ・ピュセル改』を中段で構える。
……外への案内を終え、遠巻きに事の成り行きを見守っていたマタドゥルモンは、2体の闘気に思わず身体を震わせる。
願わくば、自分も同じように刃を交えたいと願う程に、静かでありながら猛々しく――しかしそれ故に、割って入ることは許されないと、ある種神聖でさえある、その空気に。
「いざ」
「尋常に」
どちらとも無く地を蹴って
次の瞬間、かち合った2本の剣に、空気が爆ぜた。
「!」
衝撃波、そして火花と共に、王竜剣から新たな魔法陣が浮き上がる。
その向こうに、ダルクモンは、1つの影を幻視した。
「アナタのその剣とアタシの王竜剣がぶつかり合う毎に、アタシの魔法が発動するの」
アルファモンは、騎士であると同時に魔法使いだ。
魔法。デジタルワールド風に言うのであれば、高級プログラム言語。
時にはデジタルワールドの理にさえ干渉する高次元の術式は、先にアルファモンが異空間からオウリュウモンを呼び寄せたように、今この瞬間、『ラ・ピュセル改』のオリジナルが振るわれていた世界の記憶を垣間見せる。
数万年分もの無念
志ある主
信念は違えども共に将たる同志
閃光(するど)く熱い魂
「……っ」
巡り合いの戦い
王竜剣と刃を交える程に浮かび上がる、どこか懐かしい知らない記憶に、ダルクモンは眩暈さえ覚える。
「だがッ」
歯を食いしばり、ダルクモンはその『記憶』を振り払う。
たとえそれが、世界の命運を賭ける程重要なモノだとしても。
今この瞬間は、自分とアルファモンだけの、戦の場。
呪詛の塊となってなお追い求めた、『■■』としての誇は、いかに過去の戦が素晴らしかろうが、現在(いま)の戦を穢す理由にはならないのだ。
それに--ダルクモンとなった自分が見上げる赤い瞳は、もう、大粒のルビーでは無い。
「これは、『私』の戦場(いくさば)だ!!」
不意に、『ラ・ピュセル改』の周りに暗い渦が巻き起こる。
タイタモンから得た怨念だけでは無い。それは、ダークエリアの最下層『コキュートス』に堕ちた無念の残留魂魄。
彼女自身の強さを知る者からの、細やかな力添えだ。
「『死の太刀(バテーム・デ・アムール キャトル)』!!」
『ラ・ピュセル改』が、荘厳な鎮魂歌にも似た唸り声を上げる。
鞘越しに纏った黒怨は大蛇の姿を取り、打ち合っては弾かれるばかりだった王竜剣を、アルファモンが見せる過去の幻影ごと叩き斬らんと、喰らいつく。
「……そうこなくっちゃ!」
アルファモンは確信する。
『ラ・ピュセル改』の、否、ダルクモンの覚醒の時は近い、と。
異世界の理は、確かに彼女の強みではある。礎ではある。
だが、『Legend-Arms』やオウリュウモンがそうであるように、剣とは持ち主を選ぶ者。結局のところ、剣士に確固たる技量と信念が無ければ、剣は応えない。
「さあ、超えて魅せなよ……!」
王竜剣を振るう腕にも力が籠る。
アルファモンもまた、ダルクモンの言うところの『■■』である。世界の命運という事情があってなお、強敵との戦いに心が躍っていた。
の、だが――その時だった。
他のロイヤルナイツからの通信が、彼女の中に響き渡る。
(ちょっと、今いいところなんだけど!?)
とはいえ仲間からの通信は最優先事項。一度『ラ・ピュセル改』の振り下ろしを王竜剣の側面で受け流し、アルファモンは開いてからの通話を繋げる。
それでも憤りのひとつも出しかけた思考は――その内容を受け取るなり、一瞬にして、引いてしまう。
思わずアルファモンはダルクモンに視線を流す。
……しかし、当然ながら。彼女の剣筋に、迷いは無い。
「……」
数歩引いて、『ラ・ピュセル改』を躱し。
アルファモンは小さく頭を振る。そうして、雑念を振り払った。
(例え、この子の心を悪い方向に揺さぶる事になったとしても――この戦闘を終わらせるなら、『決着』という形しか無い)
アルファモンは、剣を振り被る。
王竜剣という最強の剣の一角で放つ、自らの最終奥義の構えだ。
「『究極戦刃王竜剣』!!」
剣の銘にして必殺技が、光と共に振り下ろされる。
究極体デジモンの存在そのものを力に転じた、文字通り究極の一撃。
相対するは、星を断つ剣。
ダルクモンの構えもまた、大上段。小細工無し、正面切っての必殺剣だ。
「『星割り』!!」
「ぐ……っ!」
マタドゥルモンは地面に己の足を突き刺して、決死の思いで踏んじばる。
そうまでしてでも、見届けずにはいられなかったのだ。
「全く、大した奴だよ貴公は………!」
『コキュートス』が揺れる。
凍てつく闇の国に、光と熱が、迸った。
*
ダルクモンとアルファモンの衝突から、時間は少しだけ遡る。
「おかえり~……って、ダルクモンは?」
『コキュートス』よりはいくらか上層にある、とあるダークエリアの一角。
自身の拠点に1体戻ったピエモンを出迎えて、ヴァーミリモンは目をぱちりと瞬いた。
そも、『コキュートス』は並のデジモンに踏破出来る領域では無い。
吸血鬼王の城に赴く際は、ヴァーミリモンはいつも留守番なのだ。
「少々、このデジタルワールドそのものに厄介な事が起きていましてね。世界を救うのに、ダルクモンの力が要るのだそうで」
前置きで結論を述べてから、ピエモンはヴァーミリモンに、ざっくりと事の流れを説明する。
ヴァーミリモンもまた、若干げんなりとした表情を浮かべていたが、「ダルクモンが世界を救う」という話には、何ら疑いを抱いていないらしい。
それもそのはずだ。現に彼は、ダルクモンが自分の元いた世界に降りかかった災厄を斃した姿を見ているのである。
「んじゃ、晩飯は世界を救ってから?」
「そうなりますかね」
ピエモンも思わず、ふっと笑いが零れる。
戦いが終われば、当たり前のようにまた食卓を囲むのだと。当たり前の日常を信じて疑わない自分がどうしようもなく可笑しかったのだ。
「それなら出かける準備しないとだな。ダルクモンとあの伝説のオメガモンとの大一番だなんて、見逃したら一生後悔するぜ」
ちょうどいいサイズになって前脚で器用に炊事をこなしていたヴァーミリモンは、コンロの火を消して何かを煮込んでいた鍋の蓋を閉める。
「今日シチューなんだけど、ルーは帰ってからでもいいよな?」
「ええ。……時にヴァーミリモン、そのシチュー、キノコ入ってたりします?」
「デジマッシュルームなら入ってるぜ。何? ダルクモン、今日はキノコの気分とか? それならデジしめじとか足してもいいけど……まだあったかな?」
ちょっと在庫だけ見てみるわ、と冷蔵庫の方に足を運ぶヴァーミリモン。
と――その時だった。
「!?」
どおん、と大きなものが降ってきたような音がして、
同時にぐらりと、地面が揺れる。
「えっ、な、何!?」
「様子を見てきます。ヴァーミリモンは拠点の中で待機を」
「お、おう」
拠点を飛び出し、件の「何か」が落ちたと思わしき方向を見やるピエモン。
そこには、2つの影があった。
2つの、騎士の影。
片や、地に伏した青い騎士。
そしてもう片方の騎士は、倒れた青い騎士を、氷を思わせるような青く冷たい瞳で見下ろす、灰色の異形であった。
ピエモンでさえ、足がすくんだ。
それぞれ元となった究極体デジモンの頭部を模した剣と砲の付いた4本の腕。
マントが変形した白い翼。全身に巻き付き、しかし拘束の役目は既に果たしていないと思われる漆黒のベルト。
一目見て、理解する。
このデジモンこそが、合聖騎士キメラオメガモンだ、と。
キメラオメガモンは、足元の青い聖騎士に向けて、左腕の白いメタルグレイモンの頭から伸びる刀を振り上げる。
介錯の剣、惜別の一撃『虞玲刀』だ。
「っ『トランプソード』!」
ほとんど反射的に、ピエモンは背中の『マジックボックス』から『トランプソード』4本全てをキメラオメガモンの方へと放つ。
良心からなどでは無い。
ここで青い聖騎士を死なせれば、取り返しのつかない事になると、本能的に察したのだ。
ピエモンの考えた通り、万が一青い聖騎士――アルフォースブイドラモンまでキメラオメガモンに取り込まれれば、キメラオメガモンはオメガモンという枠さえ超えた怪物と化していた可能性があった。
幸い『トランプソード』の特性は瞬間移動。間に合った4本の剣は傘となって、振り下ろされた『虞玲刀』を受け止める。
だが――当然、己が狩りを邪魔した不届き者を、キメラオメガモンが見逃すはずが無い。
合聖騎士は、ピエモンの方へとゆっくりと振り返った。
刹那、全身に浮かび上がっていた、涙にも似た青白いラインが消え、白い翼は黒いマントへと変貌する。
キメラオメガモンを構成するオメガモンの1体、オメガモン:マーシフルモードは、善の心を持っていた者だけを斬る慈悲の聖騎士。
ダークエリアの住民であれば元天使型のデジモンが稀に該当しはするが、前吸血鬼王の眷属だったピエモンが、そんな類である筈も無く。
つまるところ、キメラオメガモンはこの瞬間、ピエモンを敵と見定め、標的を動けなくなった元同僚から見ず知らずの魔人型デジモンへと切り替えたのだ。
白銀から蒼へと。色の移り変わったメタルガルルモンの頭部がかぱりと口を開く。
喉の奥から飛び出したのは、黒光りする砲筒。
放たれるのは、絶対零度の冷気弾--『ガルルキャノン』!
「っ、『トイワンダネス』!」
ベルグモンを追った時のように、半ば自分を撃ち出すように発動した得意技『トイワンダネス』で、ピエモンは『ガルルキャノン』を回避する。
ダークエリアの黒い大地を舐めた冷気弾は軌道上の全てを瞬く間に凍てつかせ、氷の壁を造り出した。
息を吸えば、肺腑の奥にまで冷気が刺さる。
だが背筋に走った薄ら寒い感触は、空気の冷たさだけが原因では無いだろうと、ピエモンにも、それだけは解った。
と、
「ケンシ、ノ……セイショ、ジョ……!」
不協和音に近い合成音が、ダルクモンが名乗りの際によく使う肩書を口にする。
「ド、コニ」
ピエモンの表情が引きつった。
噂には聞いた事があった。オメガモンの秘奥義『オメガインフォース』について。
それは、あらゆる戦況に置いて一瞬で先を読み、対応してしまうという奇跡の力。
その能力がある限り、理論上、オメガモンに敗北は無いとされる。それがこの聖騎士の、最強たる所以だ。
……キメラオメガモンに、使えない筈が無い。
で、あれば。
万が一にも自分を脅かす力の持ち主が存在するとして
その力の持ち主が、まだ覚醒していないとすれば
その内に、対応しない理由が無いのだ。
キメラオメガモンは、自身を足止めするアルフォースブイドラモンを撃退しつつ、このダークエリアの、脅威となるデジモンの普段の住処を探り当てて、ここまで降りてきたのである。
(ただ、自慢の演算能力も『コキュートス』にまでは及ばなかったか)
気を抜けば立っているだけで荒ぎそうな呼吸を整えながら、ピエモンは冷静に考察する。
ダルクモンの居場所が正確に解っていれば、キメラオメガモンはそちらに直行しただろう。
だが、『コキュートス』は全てのデジタルワールドにとっての最下層。あくまでピエモンが属するのと同じデジタルワールドの住民であるキメラオメガモンには、その理までは、超えられなかったのだと判断する。
(……あるいは、ダルクモンと共に暮らしているデジモンを標的にすれば、彼女が飛んでくるとでも思ったか)
すっ、と。ピエモンは目を細める。
本音を言えば、完全に気圧されている。敵う相手では無いと、理解はしている。
だが、
「随分と、ナメた真似をしてくれるな、小童……!」
それらは、この場から引く理由にはならない。
どうせ、逃げ切れる相手でも無い。
で、あれば、アルフォースブイドラモンがそう試みていたように、ダルクモンが『ラ・ピュセル改』を抜いて、この場に駆け付けるまで時間を稼ぐのは、自分の役目だと――ピエモンは、回収した『トランプソード』の内2本を右手に構えた。
「『トランプソード』!」
一度『マジックボックス』に納刀した残りの2本を、キメラオメガモンのデジコアがあると思わしき位置に向けて放つ。
しかし瞬間移動する剣も、『オメガインフォース』の力で場所を予知できるとなればそう大した脅威では無い。
キメラオメガモンは『トランプソード』の転移位置を悠々と離れ、『虞玲刀』から通常の形態に戻った『グレイソード』を振るう。
と、同時に
『グレイソード』の真上にあるもう1本の腕。その先に装着された赤いグレイモン種の頭部--ブリッツグレイモンの頭から、ガルルキャノン同様砲塔が現れる。
『グレイキャノン』--膨大な量のプラズマ弾が、『グレイソード』の軌道を追うようにして撃ち出される。
「ちいっ」
ピエモンに出来る事と言えば、先程と同様、『トイワンダネス』と組み合わせた跳躍での退避。
続く『グレイキャノン』の砲撃は、またしても『トランプソード』を足場にして跳ねまわる事でどうにか回避する。
とはいえ、キメラオメガモンの連撃は、ピエモンの回避先を予測した上で放たれている。
今はまだ、異形の合聖騎士と比べれば小回りの利く体躯が、素早さだけはキメラオメガモンを上回り、一撃必殺の攻撃から逃れてはいる。が――追いつかれるのも時間の問題だと、余波を掠めて消し飛んだ青い飾り布に歯噛みしながら、ピエモンはそこかしこを跳んで回る。
「う、嘘だろ……なんだよこれ………!」
あまりの騒ぎに居てもたってもいられず、拠点を出てきたヴァーミリモンは言葉を失う。
ヴァーミリモンは、元『Legend-Arms』として、様々な勇士の在り方を知るデジモンだ。
善にせよ
悪にせよ
強さと信念を持つ者を担い手と定める。それ故に、多少その役目への意識が薄れていた時期があったとはいえ、その審美眼自体は極めて正確であり、それだけは、『Legend-Arms』で無くなった今も失ってはいないつもりでいる。
だが――キメラオメガモンは、いかに強いデジモンであろうとも、『Legend-Arms』としての本能が拒否する悍ましさを有していた。
化け物、と。
同じデジモンである筈なのに、そんな言葉が思わず零れる程には、キメラオメガモンは、ヴァーミリモンにとってとても直視できるようなデジモンでは無くて。
--と、
「ヴァーミリモン!」
冷気とプラズマの砲撃、そして無敵の剣の斬撃を必死にかわしながら、とても余裕など無い筈のピエモンが、それでもヴァーミリモンに向けて声を張り上げる。
「!」
「アルフォースブイドラモンを! 彼の神速なら、まだ、望みが――ぐぅっ!」
「ピエモン!」
ピエモンの着地先を狙った『グレイキャノン』の爆風に、道化の身体が浮き上がる。
吹き飛ぶ先には、既に着弾した『ガルルキャノン』から鋭い氷の結晶が芽生えており、そのまま落ちれば、串刺しは免れない。
「『トランプソード』!」
自分と氷の間に剣をワープさせ、ピエモンは刀身に自身を受け止めさせる。
柔らかなクッションなどでは無い鉄の塊。背中を強打すれば、一瞬呼吸が止まったような衝撃が襲うが、だからと言って動きを止める暇など有る筈も無く。
戦闘中、ピエモンが辛うじて気を回したのか、キメラオメガモンとアルフォースブイドラモンには若干の距離が空いていた。
あっと今にからからに渇いた喉に生唾を流し込んで、ヴァーミリモンはピエモンの無事と、自分に攻撃が向く事の無いよう祈りながら、急いでアルフォースブイドラモンへと駆け寄った。
「お--おい、アルフォースブイドラモン、アルフォースブイドラモンってば!」
「……っ」
爪で傷付けないよう細心の注意を払いつつ、ヴァーミリモンがアルフォースブイドラモンの身体を揺すると、僅かながらうめき声が返って来た。
「アルフォースブイドラモン!」
傷口にはマーシフルモードの属性故か一度凍り付いたような痕跡があり、それだけにテクスチャそのものが脆くなっているように見て取れた。
だが、どの傷も、致命傷には至っていない。神速を以って、彼はキメラオメガモンの猛攻を躱し続けていたのだろう。
「う……っ」
何度目かの呼びかけの後、アルフォースブイドラモンが目を開いた。
「ここ、は……キメラオメガモン、は……?」
「た--たすけて、アルフォースブイドラモン!」
思わずヴァーミリモンが零した懇願に、アルフォースブイドラモンは目を見開く。
ピエモンの戦況は、刻一刻と悪くなっていた。
「そうか、君は、君達は……預言に在った、ダルクモンの」
だがアルフォースブイドラモンは、苦しそうに、そして申し訳なさそうに、キツく目を閉じる。
「すまない、ボクはまだ動けない……足が凍り付いて、動かないんだ」
「!」
見た目にこそ変化は無かったが、言われて前脚を伸ばしてみれば、アルフォースブイドラモンの足からは冷気が漂っていて。
立ち上がり、飛び立たない事には、自慢の神速も行使できる筈が無く。
「そん、な」
アルフォースブイドラモンへの止めは、ピエモンを倒してからでも十分に間に合う。
それが、『オメガインフォース』の導き出した計算だったらしい。故にこそ彼は見逃されていたし、そもそも完全体であるヴァーミリモンなど、それ以上に取るに足らない存在だと、歯牙にもかけられていなかったのだ。
絶望に、ヴァーミリモンの胸が詰まる。
戦いが始まってから、どれだけ経ったのだろう。
ダルクモンが戻って来る気配は--自分の分け身でもある『ラ・ピュセル改』の気配は、まだ、微塵にも感じられなくて。
「今日も……いつも通り、晩御飯……」
口を突くのは、縋りつく様な日常の光景。
どんな強敵と会い見えても、最後には「いつも通り」だと、そう、信じていた筈なのに――
「……」
その時だった。
涙で滲み始めたヴァーミリモンの視界に、青い光が、覗いたのは。
「え?」
「ヴァーミリモン、だよね。……これを」
見れば、アルフォースブイドラモンは自分の左腕から外したブレスレット――『Vブレスレット』を、ヴァーミリモンへと差し出していて。
「これは、預言には無いから、ボクの自己判断でしか無いのだけれど……なんだか君、『武器』と相性が良さそうに見えるから」
「!」
「こんなでも、ロイヤルナイツの武器だからね。……きっと力に、なってくれる筈だ」
即ち、代わりに戦えと。
酷な事を言っている自覚は、アルフォースブイドラモンにもあった。
それでも、ヴァーミリモンには守りたい物があると。
その信念を、アルフォースブイドラモンは感じずにはいられなくて。
奇しくも同じ頃、同胞アルファモンが考えていた事。
剣は、持ち主を選ぶ。
今、この瞬間。『Vブレスレット』は、動けない自分よりも、ヴァーミリモンの力になるべきだと――アルフォースブイドラモンは、そう判断したのだ。
「……」
ヴァーミリモンは、緑色の瞳でじっと『Vブレスレット』を見下ろす。
迷いはあった。当然のように。
しかし戦う事以上に恐ろしい未来が、今、彼の目の前にちらついていて――それを思えば、足を止める理由にはならなかった。
ヴァーミリモンは、口で『Vブレスレット』を受け取り、そのまま、喉へと押し込んだ。
そうして、キメラオメガモンの方を向く。
息を切らして、いよいよ被弾の形跡が見え始めたピエモンに、『グレイソード』を向ける合聖騎士の方へ。
目標を決めれば
後は、真っ直ぐに進むだけ
「トゥウウウウウエエエエエエエニイイイイイイスウウウウウウトオオオオオオオオオオオッ!!」
失った姿を掛け声に、力いっぱい、足を踏み出す。
キメラオメガモンが、振り返った。
ヴァーミリモンを、認識したのだ。
全身から光を放ち--自身に迫る、1体の竜を。
「ヴァーミリモン、進化--」
光は瞬く間に怪しげな軌跡と化して、キメラオメガモンへと放たれる。
キメラオメガモンは『グレイキャノン』を起動させ、怪しい光の斬撃を消し飛ばす――が、光はプラズマ砲を巻き込んで爆ぜ、攻撃を、ヴァーミリモンが進化したそのデジモンにまで届かせる事は無かった。
爆煙を抜け、佇んでいたのは、二刀流の鎧武者。
それは、ヴァーミリモンが憧れていた姿でもある。
ダルクモンと同じ、『■■』――剣士のデジモンの1体だ。
「--ガイオウモン!!」
アルフォースブイドラモンが『Vブレスレット』と共に潜り抜けて来た死線から得た学習データを礎に生み出した、やや歪なVの字型に曲がった独自の剣『菊燐』の切っ先を、ガイオウモンは宣戦布告のようにキメラオメガモンへと向けて見せた。
「『燐火斬』!!」
振るった『菊燐』の軌跡は、またしてもそのまま宙を征く斬撃と化し、キメラオメガモンへと迫る。
ガイオウモンも、すぐにその後を追った。
「『燐火斬』! 『燐火斬』! 『燐火斬』ッ!!」
一歩迫るごとに、怪しい光の刃を増やし、迎え撃つキメラオメガモンの砲撃を無理やりに潜り抜けながら、ガイオウモンは直進する。
その間にも、空いた砲身はピエモンにも向けられ、相変わらずダークエリアのこの区画を蹂躙してはいる――が、それでも、いくらかは攻撃は手薄になっている。
『ガルルキャノン』の余波からそびえ立った氷壁の裏に回り、ピエモンはその場で片膝をついて、息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……げほっ」
ぼたぼたと、鼻と口から伝った血液データが青い氷の上に赤い斑点を描く。
ダメージはもちろんの事、見た目以上に繊細な座標指定の操作を必要とする『トランプソード』の連発に、神経回路の一部が焼き切れたらしかった。
視界はとうの昔にぼやけている。ガイオウモンが加わったところで、事態が好転するようにはとても思えなかった。
「うあああああっ!?」
事実として、既にガイオウモンはキメラオメガモンに圧し負けている。
更に悪い事に、ピエモンと違ってガイオウモンは最初から善良なデジモン。鳴りを潜めていたマーシフルモードの力が再起動し、『グレイソード』から変貌した『虞玲刀』が、『燐火斬』の光の軌跡を青白い閃光で斬り掃っていた。
属性的な相性だけなら幾分かガイオウモンの方が有利ではある筈だが、その程度の差など、圧倒的な力で捻じ伏せるが故の、最強の騎士だ。
それでも
「がんばれ、がんばるぞピエモン!」
ガイオウモンは、泣きそうな声で鼓舞の言葉を絞り出す。
ピエモンと、それから、自分に向けて
「もうちょっとで、もうちょっとがんばれば、ダルクモンが来てくれる! ダルクモンは絶対に来てくれる!!」
『虞玲刀』を両方の『菊燐』で受け止め、圧し潰されそうになってでも、ガイオウモンは前を見据えて、今度は、大声を張り上げた。
「俺の認めた剣士なんだ! ダルクモンは、キメラオメガモンにだって、負けるもんか!!」
がちゃん、と。
無慈悲な音を立てて、『虞玲刀』に押さえつけられて動けないガイオウモンに、白銀の砲身--『雅琉々砲』が向けられる。
放たれるのは、絶対零度のレーザー砲。
『ガルルキャノン』と違うのは、その威力を一点に集中したが故に、さらに増した殺傷能力。
一撃で決める事だけが慈悲であると、それが、マーシフルモードの必殺技である。
「……あなたの言う通りですよ、ガイオウモン」
氷壁から飛び出し、『雅琉々砲』の前に躍り出たピエモンは、先の負傷のせいでこの戦いにおいてほぼほぼ役に立っていなかった左腕を、砲身の中に突っ込んだ。
それは、彼なりに考えた、『オメガインフォース』を欺く方法。
その能力が、オメガモンにとって最適解しか導き出さないと言うのなら
捨て身の攻撃――即ち、負傷込みでもオメガモンの方が圧倒的に優位を保てる一撃であれば、通せるのではないかというのがピエモンの考えだった。
平時であれば兎も角、このキメラオメガモンは、理性を手放し直感と本能のままに暴走する狂戦士。賭けてみる価値はあると、そう思ったのだ。
そして実際に、ここまでくれば、上手くいったも同然だろうと。道化はわずかに、唇の端を持ち上げる。
「『エンディングスナイプ』!!」
左手から発射された帯状の電撃波が、『雅琉々砲』のタメに入っていた砲身に差し込まれる。
砲内の冷気により発生していた氷の粒は、『エンディングスナイプ』を乱反射させ、自然界で起きる落雷のように、内部に電気を溜めきれなくなった瞬間――爆発する。
『雅琉々砲』から稲妻が噴き出し
ピエモンとキメラオメガモンは、両者ともその衝撃に弾き飛ばされる。
「ピエモン!」
『虞玲刀』が持ち上がったのを好機と見てその場から脱出したガイオウモンが、投げ出された道化の身体を受け止める。
「はっ……片方だけですが、自慢の砲身は潰してやりましたよ……!」
引き換えに、ピエモンの左手から肩にかけては、無茶苦茶な方向に曲がっていた。……腕1本そのものが、ではない。テクスチャが吹き飛んで露わになったワイヤーフレームが、それぞれバラバラの方向に、だ。
剣の勝負なら
ダルクモンは負けないと、信じているが故の無茶だ。
「む、無茶しやがって……こんなの当分治らないぞ!?」
「生きてさえいればなんとかなりますよ……生きてさえいれば、ね」
逆に言えば、死ねば元も子もないと言いたくもなるガイオウモンだったが、口論している場合では無いとも弁えてはいる。
彼はピエモンを抱えたまま、後退し、舞い上がった砂煙の中に身を潜めたキメラオメガモンへと『菊燐』を向ける。
意識を朦朧とさせながらも、ピエモンもまた、いつでも『トランプソード』を放てるようには身構えていた。
だが――合聖騎士は、これまで以上の絶望を、満身創痍の2体に見せつける。
「……え?」
これまで、沈黙していた黄金の剣。
右腕。クーレスガルルモンの頭部から生えた、『ガルルソード』--その中心部。
その部分が、刀身にも増して、途方もない量の光を放っているのだ。
ピエモン達は、戦闘中も動かさないその腕は、アルフォースブイドラモンとの戦いの最中、負傷したものだと推測していた。
けれど、実際はそうでは無い。
じっと、ずっと。力を蓄えていたのだ。
『ガルルソード』は、剣中央に蓄えたエネルギー量で、斬撃力が変化する剣であるが故に。
キメラオメガモンが、『ガルルソード』を振り被る。
回避など、とても出来たものでは無いだろう。そう確信する事が容易い程に、『ガルルソード』の中央は眩い。
――終わった。
ここまでどうにか堪えてきたけれど、これは、もう、ダメだと。
振り絞っていた勇気が抜け落ちていくのを、ガイオウモンは感じていた。
「っ……『トランプソード』!」
なけなしの『トランプソード』も、事も無げに最低限の動作で躱される。
キメラオメガモンは、破損した『雅琉々砲』を鈍器のように振り払っただけで、自分に差し向けられた4本の剣を叩き落した。
『ガルルソード』が、振り下ろされる。
黄金の斬撃は大地を割りながら、2体の下へと突き進み――
「『テンセグレートシールド』ッ!!」
間一髪のタイミングで滑り込んだアルフォースブイドラモンが、片方残しておいた『Vブレスレット』からバリアを出現させる。
「アルフォースブイドラモン!」
「すまない、君達が『雅琉々砲』を壊してくれたお蔭で、どうにか--ぐぅっ」
確かにアルフォースブイドラモンは動けるようにはなっていたが、だからといって肉体に残ったダメージはそのままである。
みしり、みしりと。バリアの端からは、嫌な亀裂音が響き始めていて。
「……っ『燐火撃』!」
取り込んだ『Vブレスレット』から得た知識を応用して、バリアの重ねがけを試みるガイオウモン。
試み自体は上手くいったが、焼け石に水であるのは誰がどう見ても、明らかで。
「でも――せめて、この一撃だけでも!」
自身の感情さえもデータに変換して、アルフォースブイドラモンはその場で踏ん張る。
『ガルルソード』さえ防ぎきれば、預言のデジモン――ダルクモンの勝率を、更に上げる事が出来ると。
同胞を討たねばならない心苦しさは、当然彼の中にもあった。
それでも、主の判断に間違いがあったとするならば、命を懸けてでも抗い、世界を護るのが、彼のロイヤルナイツとしての矜持だった。
――しかし、キメラオメガモンもまた、『オメガインフォース』による計算の元、この技であればこの場の全員を殺せると、確信を持ってフルチャージ状態の『グレイソード』を放っている。
心の動きをも力に変えるアルフォースブイドラモンだからこそ拮抗できてはいるものの、気持ちだけで戦いに勝てる程、デジモンの戦いは甘くは無い。
ただ、殺す。
そこに居るから、殺す。
機械的な、乾いた殺意は黄金の斬撃となって出力され続け--そしてついに、『テンセグレートシールド』の中央に、巨大な亀裂が走った
その時だった。
「あっ」
ひどく、間の抜けた声だった。
思わず、ガイオウモンの口を突いたのは。
それは、彼が『ラ・ピュセル改』の分け身であるからこそ持つ探知能力。
「『壱の太刀(バテーム・デ・アムール アン)』」
轟音の中でさえ良く響く声が、必殺技を宣言する。
翼の無い天使が、身の丈ほどの大太刀と共に、天から舞い降りて――その鞘の先で、地面を1度、打ち据える。
放たれた衝撃波が、黄金を一瞬にして、霧散させた。
「は……はは」
呆気にとられるアルフォースブイドラモンと並んで、ガイオウモンは涙ぐみながら、思わず笑い声を上げる。
「やっぱり、ダルクモンは、すっげえや」
「待たせたな。養父殿。ヴァーミリモン」
『ラ・ピュセル改』を地面に突き立てたまま、ダルクモンは共に暮らす2体へと、振り返った。
「本当ですよ、全く……!」
「それに、今はヴァーミリモンじゃ無くて、ガイオウモンな!」
宙に出現していた魔法陣が消える。
アルファモンが彼女を転送させたのだなと、アルフォースブイドラモンは僅かに微笑んだ。
「なあ、養父殿」
ダルクモンは『壱の太刀』によって後退を余儀なくされたキメラオメガモンの方に目をやる事無く、ただ、じっとピエモンを見つめる。
「……何ですか」
「旧い記憶を、思い出したんだ。……『ラ・ピュセル改』は、私が自分の力で抜くんじゃ無くて、誰かに封を解いてもらわなきゃいけないらしい」
「……」
「『武人』の我が儘だ。頼んでいいか、養父殿」
ようやく、明瞭になった『■■』の中身。
武人。
只、武に生きる者達を定義づける在り方。
「……」
ピエモンはガイオウモンの腕を跳び下りる。
途端にふらつきはしたものの、どうにか、2本の足は、身体を支えた。
彼は、ぱちん、と。
彼女と初めて出会った時のように、指を鳴らした。
刹那、鞘と鎖の隙間に、半分以上刀身の折れた『トランプソード』が差し込まれる。
「どんな傑物に育ったか。この眼に見せて下さい。ダルクモン」
それだけで。
誰がどれだけ引いても押してもびくともしなかった『ラ・ピュセル改』の鎖は、呆気なく断ち切られた。
「心得た」
身を屈め、『ラ・ピュセル改』を逆さに持ち上げた抜刀の構え。
示し合わせたように、キメラオメガモンが間合いを詰める。
抜かせさえしなければまだ間に合うと、そう言わんばかりの勢いで。
しかし達人の居合は、対峙者の眼に留まるようには、出来ていない。
「『悟の太刀(バテーム・デ・アムール サンク)--」
キン、と。
鯉口を切る音が、甲高く、そして静かに響いた。
「――五稜郭(ミュライル ドゥ パンタグラム)』!!」
蛇。
キメラオメガモンが辛うじて垣間見たのは、荒れ狂う5頭の蛇の胴だった。
ただ引き抜いただけで何重にも蠢き敵対者を切り刻まんとする反則的な太刀筋を--しかしキメラオメガモンがオメガモン種であるが故に、的確な箇所に『グレイキャノン』を差し込む事によって相殺する。
ただ、それはこの時になってようやく見せた、キメラオメガモンが防御のために取った行動。
究極に究極を重ねて掛け合わせた最強の合聖騎士に対して、羽の無い成熟期の天使は、剣という武の道を以って、同じ土俵に立っていて。
否。同じ位とするには、ダルクモンの側から見ればやや語弊がある。
彼女は、抜いた『ラ・ピュセル改』--既に『死の太刀』の様相と成っているに加え、黒い大蛇に似た闘気を纏っている――を、最初から己の頭上、即ち上段で構えていた。
天の構え。
この構えは、剣道の世界において、格上の相手に対して使えば大変な失礼になるとされている構えである。
ダルクモンは、幾度となくこの構えを使って来た。
彼女にとって、天の構えは必殺技『星割り』を放つための構え。
故にこそ、使用の際には相手に最大限の敬意を払った上で、彼女なりに、戦の場では相手との対等を信じて、この構えを使って来た。
だがこの時、キメラオメガモンに対して、ダルクモンは意図的に天の構えを取っていた。
ただ強いだけのお前になど負けないと。
……そして、自分にとって大切なデジモンを傷付けたお前を許さないと。
「勝つのは私だ」と、ダルクモンは、大見得を切ったのである。
その意図が、キメラオメガモンに伝わったとは思えない。
しかしダルクモンが、このあまりにも格下の存在が自分にとって脅威である事は、ダークエリアに突入する以前から感じていたのだ。
またしても、マーシフルモードの力が失われる。
善も、悪も、彼女には無い。
武人の正義は、己が勝利のみにある故。
で、あれば。
慈悲など無しに、ただ、殺す。
全て殺すために、1体を殺す。
キメラオメガモンがダルクモンと戦う理由は、それ以上に、無い。
剣士の聖処女
終の合聖騎士
待ったなし、どちらかが死ぬまでの果し合い。
いざ、尋常に
「『悟の太刀 五稜郭(バテーム・デ・アムール サンク:ミュライル ドゥ パンタグラム)』!!」
黄金の翼にも似た『ラ・ピュセル改』の刀身に纏わりついた大蛇は、ダルクモンの掛け声と共に頭を五つに裂いてキメラオメガモンへと飛び掛かる。
同様に、自分自身も地を駆け、キメラオメガモンとの距離を詰める。
時間にして僅かコンマ数秒の出来事。その間にも『グレイキャノン』は雨のように降り注ぎ、しかし大蛇がダルクモンを射貫かれるまいとそれを喰らう。
防御を蛇に任せ、ダルクモンが地を『ラ・ピュセル改』の先で打ち据える事3度。
「『参の太刀・改 地鎚閣(レ・バテーム・デ・アムール トロワ:ソルマルトシャトー)』!!」
マタドゥルモンとの模擬戦の際に見せた『参の太刀』の強化技を、ダルクモンは、今度は自身を発射する砲台として利用する。
奇しくも、ピエモンが『トイワンダネス』で行っていた策とほとんど同じ思考による技の応用だ。
撃ち出された地面に乗って、ダルクモンは『ラ・ピュセル改』を突き出す。
『星割り』に並ぶ、突きの必殺技。
「『鬼神突』!!」
――だが、『ラ・ピュセル改』に押し出され、大きく後退を余儀なくされたキメラオメガモンではあったが、『オメガインフォース』はこの技を受けても敗北には至らないと判断していたらしい。
エネルギー波の斬撃こそ打ち消されたとはいえ、『ガルルソード』は特異な形状を持つ剣。
もはや役に立たない『ガルルキャノン』の砲身を盾にしながら、キメラオメガモンは『ガルルソード』の矢じり型の切っ先、その端を『ラ・ピュセル改』の刀身に引っ掛ける。
あとは腕を引く力だけで、『鬼神突』の方向は逸らされた。
がら空きになったダルクモンの腹に、続けざまに『グレイソード』が迫る。
「っ、『壱の太刀』!!」
刀身から発せられる衝撃波が、『ガルルソード』と『グレイソード』の両方を弾き上げる。
その隙に、ダルクモンは足を踏みしめ、持ち上がっていた『ラ・ピュセル改』を再び振り下ろす。
それでも、砲筒によるガードは引き続き固い。
『ラ・ピュセル改』を受け止められれば、また同じことの繰り返し。ダルクモンはそれを避けるため、あえて自分の振り下ろした刃の威力で、自分自身を後ろへと弾いた。
――確か、「あの時」は
彼女の脳裏を過るのは、ピエモンの前でも口にした『旧い記憶』
――私と『へいか』が、2体がかりで。『へいか』が聖騎士の能力をクラッキングして、ようやく討ち取る事が出来たんだ。
白い髪。
赤い瞳。
数万年分もの怨念に、刃を振るう場所を与えて下さった、偉大なる皇帝。
――私1体で、勝てるだろうか?
そう、弱音が覗きかけて――ダルクモンは、首を横に振る。
否、
否。
確かに、『オメガインフォース』を封じる力を持つ者は、ここにはいない。
だが、キメラオメガモンと戦っていたのは、1体だけでは無い。
マタドゥルモンとアルファモンが、ダルクモンが力を得るために手伝ってくれた。
アルフォースブイドラモンが、そのための時間を稼いでくれた。
そも、『ラ・ピュセル改』は、ダルクモンの元からの所持品ではなく、ウルカヌスモンとグロットモンが鍛えてくれたもの。
タイタモンは剣の基礎を与えてくれた。
現ガイオウモン――ズバイガーモンは、『ラ・ピュセル改』を真の剣にしてくれた。
ガルフモンの残滓が、肩を貸してくれている。
ダスクモンが思い出させてくれた敗北の苦さが、武人としての記憶を呼び覚ましてくれた。
――それから、養父殿。
『ガルルキャノン』を破壊した件だけではない。
ダルクモンが、力を得るまでに--ピエモンは、ずっと傍に居てくれた。
――ああ、養父殿は
漠然と、もはや誇ある戦場と巡り合う事は無いだろうと、半ば全てを諦めきっていたプロットモンの頃に、突然降って湧いた様な、厄災じみた地獄の道化。
彼の無駄も慈悲も無い鮮やかな太刀筋を目にした時――『私』はもう一度、蘇ったに等しいのだと、ダルクモンは思い返す。
――私が勝ったら、喜んでくれるかな?
「『悟の太刀 五稜郭』!!」
体勢を整え直したダルクモンは、今一度、キメラオメガモンと切り結ぶ。
「ここまでお膳立てをされておいて負けられる程、私は鈍(なまくら)ではないぞ」
2体がかりで、やっと勝てた相手の似姿。
今度はもっと、何体ものデジモンが、力を貸してくれている。
けして、自分1体で戦っている訳では無いと、ダルクモンは歯を食いしばる。
「『悟の太刀 五稜郭』ッ!!」
懐に入りさえすれば、『グレイキャノン』を恐れる必要は無い。
しかし理性を失おうとも、オメガモンは最強の聖騎士。剣の振るい方は、魂が覚えていると言っても過言ではあるまい。
『グレイソード』と『ガルルソード』が、5頭の蛇と翼の剣を捌く。
拮抗はしている。出来ている。
だがこのまま戦いが長引けば、先に折れるのは成熟期である自分の方だと、ダスクモン戦での一件でダルクモンは身に染みていた。
足りない。
足りない。
あと、ひと押し。
『悟』の
さらに、その先へ
「是は、巡る剣。巡り合いの果てに、終焉に至る剣」
なんども打ち合った衝撃に、テクスチャは剥がれ、露出したワイヤーフレームがぶちぶちと千切れ始める。
世代の許容量を超えた肉体はオーバーヒートを起こし、目からは血の涙が溢れ始めていた。
それでもなお、例え命尽きるとしても、その者のために剣を振るいたいと、願うデジモンがダルクモンには居る。
「然して是の剣、『未来』に挑まん!!」
分裂では無く、増殖。
一同に集った蛇達は、裂けるのではなく新たな6頭の大蛇となって、キメラオメガモンに牙を剥く。
「『無の太刀 六道輪廻(バテーム・デ・アムール シス:レーインカーネイション)!!』」
縦横無尽に暴れ狂う大蛇の群れは、キメラオメガモンの4本の腕に喰らいつき、纏わりつき、牙を立て、飛び掛かり――ついに、堅牢なガードをこじ開ける。
ダルクモンは再び、大上段で構えた。
「是は、星を割る剣」
しかし大蛇達が『ラ・ピュセル改』の元に再び集った事により、キメラオメガモンにも腕を持ち上げる余裕が生まれる。
マーシフルモードの慈悲故に1撃で全てを終わらせる必殺技は、使えない。
しかしオメガモンには、無慈悲であるが故に振るえる剣もまた、存在する。
グレイソードが白熱する。
敵対者を、否、視界に映る何もかもを、世界から滅却するために。
その一振りは、名を、『オールデリート』と言う。
「お前の因果も、ぱかんと2つに割ってやる!!」
決め台詞こそ、やはり、若干締まらないのだが。
そんな場合では無いし、まあ前回よりは改善されているし、もう声も出ないのでピエモンはこの時、ツッコミを破棄した。
「『星割り(フェンダー リズ エトワール)』ッ!!」
そしてこの瞬間。
ダルクモンは真に、この必殺技を『自分』のものにして。
全てを消去する刃に、ただ、一閃を叩き込む。
――空気が、割れた。
否、空気では無い。世界そのものに、ひびが入っているのだ。
究極体をも超越する合聖騎士と、世界の理さえ飛び越えた異界の剣、その覚醒した状態とがぶつかり合った結果--その威力に、空間が堪えられなくなってしまったのである。
だが、剣を挟んで向き合う2体には関係の無い話だ。
迸る次元の亀裂という名の火花を散らしながら、消滅の刃と星を割る剣はお互いを受け止め、拒絶し合う。
「うおおおおおおおおおおおお」
「ガアアアアアアアアアアアア」
やがて、決着の時が、訪れる。
『ラ・ピュセル改』の刃が、『グレイソード』の刀身に、沈み込んだのだ。
無敵の剣が、真っ二つに折れた。
そのまま、黄金にして闇色の刀身は、キメラオメガモンの身体を両断する。
合聖騎士の雄叫びは、断末魔へと転じていった。
「……終わりだ、キメラオメガモン」
『ラ・ピュセル改』を振り切って、ダルクモンは、その場に膝を付く。
「今度は――お前も武人である時に、戦えればいいな」
最後の抵抗を、と言わんばかりに宙でもがいていた腕を、ダルクモンの言葉を耳にするなり、キメラオメガモンはぴたりと止める。
と同時に、彼の青い瞳に久方ぶりの光が差し――だがその光を宿しきる事無く、合聖騎士は、霧散した。
「か--勝った」
戦いを見守る他無かったガイオウモンが、ようやく訪れた静寂を噛み締めて後--声を震わせながら、口を開く。
「ダルクモンが、勝ったんだ!!」
次の瞬間には、彼の声は、弾んでいた。
信じてはいた。だが、信じられないような勝利に、ガイオウモンの目から嬉し涙が溢れ出す。
……だが、ダルクモンがガイオウモンに応える事は無かった。
「!」
彼女は、ついにその場に、倒れ込んでしまったのだ。
限界だったのだ。
超究極体を相手に、『ラ・ピュセル改』を振るい続けたツケが、ここにきて一気に回って来たのである。
それだけなら、仕方が無いのひとことで済ませられただろう。
いっそ全員でこの場に横たわって、治療の後にでも、元の日常に戻ってから、今回の戦いについて、話に花を咲かせればよかったのだ。
いよいよ堪えきれず、ダルクモンの真後ろの空間に穴など開いたりしなければ、
そうする事も、出来ただろうに。
「ダルク--モン?」
気を失い、身動きの取れないダルクモンを、容赦なく空間の穴は、呑み込んでいく。
「ダル--」
「ダルクモンッ!!」
悲鳴と共に駆け寄ろうとしたガイオウモンよりも先んじて、その場から跳び出す影が一つ。
もはや指一本動かす事さえままならない程弱り切っていた筈のピエモンが、持てる力の全てを投げ打って、ダルクモンの下に、駆け寄ったのだ。
彼自身、どうしてそんな事をしたのかなど、自分の事であるのに理解など出来なかった。
神速のアルフォースブイドラモンでさえ動き出せなかったのに、何故、満身創痍の自分が走り出せたのかも。
ただ1つ確かなのは、気付けばピエモンの右手がダルクモンの手を、しっかりと握り締めていた事だけで。
2体はそのまま、裂けて広がった暗がりの中へと、転がるようにして、落ちていった。
次回、終幕
クロスロード編へつづく