「剣を打ち終わって、納刀した瞬間鎖が絡みついたんだ。思うに、その剣はそれが正しい形態なんだろう」
グロットモンを問いただせば、今まで普通に抜いていた事の方がおかしいと、そんな風に、言って返す。
十闘士の里の剣士--ヴォルフモン。そして炎の闘士が風・氷・木・土の闘士の力を借りて進化した超越闘士カイゼルグレイモン。彼ら『ゼロアームズ〈オロチ〉』と直接繋がる者達でさえ、『ラ・ピュセル改』を鞘から引き抜く事は、叶わなかった。
「十闘士でも剣を抜けないのは、俺から引き継いだ『Legend-Arms』の力が混ざってるせいで、『ゼロアームズ〈オロチ〉』とは全く別物の剣として固定されちゃってるから……だと思う」
というのが元『Legend-Arms』(ズバイガーモン)であるヴァーミリモンの見解である。
怨霊は剣の『属性』を
『Legend-Arms』は剣という『性質』を
『ゼロアームズ〈オロチ〉』はこの剣の『本分』を
それぞれ、定めている故に。『ラ・ピュセル改』はやはり、現状が最も完成に近い段階で。
だからこそヴァーミリモンにもグロットモンにも、これ以上はお手上げなのである。
「抜刀の手掛かりを知る者の可能性としては、制作者であるウルカヌスモン。そして――」
ピエモンが思い返すのは、テイルモンに教えられたアドレス、その先にあるデジタルワールド。
「『ラ・ピュセル改』と同じ剣」が、そこにはかつて、存在したという。
(『イリアス』は兎も角、ほとんど情報の伝わっていないような無い未知のデジタルワールドに、今のダルクモンを連れて行って良いものか)
『ラ・ピュセル改』が鞘から抜けないと判った当初と比べれば、ダルクモンは落ち着いているようにも見えた。表情からは、不安そうな様子は感じられなくなっている。
しかし、普段に比べて口数は目に見えて減っており、口を開いたとしても、トンチキというよりは上の空な発言が主立っていて。
懸念材料はもう1つあった。
完成に近い、という事は、結局未完成という事でもある。
ともすれば、最後の素材を『ラ・ピュセル改』に与えれば、鎖が外れるという可能性も無くは無い訳で。
ただし、その素材は。
今度こそ入手不可能なのではないかと、ピエモンも思ってしまうばかりで。
……『ラ・ピュセル改』を完全な物とするための、最後の素材。
それは、ロイヤルナイツ最強とも名高い聖騎士――オメガモンの、データだった。
*
「『参の太刀・改 地鎚閣(レ・バテーム・デ・アムール トロワ:ソルマルトシャトー)』!!」
地面が、凄まじい勢いで隆起する。
以前の『参の太刀・天守閣(バテーム・デ・アムール トロワ:シャトートゥール)』の比では無い。
「ぬぅ……っ! 切っ先が鈍っていると喝の一つでも入れてやろうと思ったら、全然そんな事は無いではないか!!」
吸血鬼王の城、その城壁を駆けあがり、遥か上空から繰り出されたマタドゥルモンの必殺技『蝶絶喇叭蹴』は『参の太刀・改 地鎚閣』に阻まれ、その途中までは割って裂いたものの、中腹のあたりでその勢いを殺されてしまう。
「剣に迷いを乗せたまま戦うのは、相手に失礼だからな。略していあいだ」
「くっ、剣を抜けない未練が微妙に略にも表れているというのに……!」
必殺技を受け止められたマタドゥルモンが、その場から飛び退く為の僅かな間を狙って。
ダルクモンは『ラ・ピュセル改』を肩まで持ち上げ、構える。
翼が無い故に持たない飛翔力を補うために鍛えた、ダルクモン自身の跳躍力と、『ラ・ピュセル改』の超振動を起こす能力。そして、ズバイガーモンの性質から得た着想。
放たれるのは、それら全てを余すことなく発揮した、彼女の『突き』の必殺技。
「『鬼神突』!!」
瞬く間に、鞘で覆われた『ラ・ピュセル改』の切っ先はマタドゥルモンへと迫り――彼の顔の真隣に突き刺さるという形で、制止する。
「……美事だ」
推進力を失った『ラ・ピュセル改』の鞘にぶら下がるダルクモンを見下ろして、諦めたようにマタドゥルモンは呟く。
マタドゥルモンは攻撃を躱したのではない。ダルクモンが軌道を逸らしたのだ。
今回こそ、これがあくまで、模擬戦であるが故に。
突きには、攻撃が出来る面積が少ないという弱点がある。
だが『参の太刀』と組み合わせれば、『参の太刀』で盛り上げた地面が破壊されたとて、疑似的な岩の檻を造り出したり、単純な目くらましにする事が可能なのだ。攻撃を当てられる可能性は、これで大幅に上がるという訳で。
「これで『鬼神突』と『参の太刀』の相性の良さは証明できたと思う。恩に着るぞマタドゥルモン」
「私の方は、ひとつ課題が出来た、といったところだな。貴公の『参の太刀』とやらの対処法を編み出せれば、大型のデジモンとの戦闘にも応用する事が出来るだろう」
刺さったままだった足先の剣を抜きつつ、思案にと顎に手を添えるマタドゥルモン。
ダルクモンは、こくんと頷いた。
「私で良ければいつでも相手になるぞ。……ただ、『参の太刀』対策を考える前に、ひとつ、私と一緒に考えてほしい事があるのだが」
「? 何だ。『ラ・ピュセル改』の事についてか?」
「ああ。……どうやってこの状態から『ラ・ピュセル改』を回収すればいいと思う?」
「貴公、その類の事はあらかじめ考えておかないか」
「いや……本来ならば対戦相手ごとぶち抜いて着地するものだから……」
「……そう言われてしまっては仕方ない。取り合えず石塔を壊せばよいのではないか?」
「その手があったな。『壱の太刀(バテーム・デ・アムール アン)』」
「ちょ、バカ! 今壊したら私まで巻き込まれぐわあああ」
『ラ・ピュセル改』から発生した衝撃波によって、『地鎚閣』が瓦解する。
立ち上る砂埃の中、土塗れになったダルクモンとマタドゥルモンが、よろよろと瓦礫の中から這い出した。
「ぐぅ、聞いていた通りだ。勝負の最中は相も変わらず、いや、以前にも増して強者であったが、戦闘が終わると途端に注意力が散漫になっている。ピエモン殿が気に揉むのもこれでは仕方あるまい」
「……すまない」
養父殿と慕う相手の名前を出されてか、ダルクモンの態度はいやにしおらしい。
普段のトンチキ具合も困りものだが、これはこれで落ち着かないなと、マタドゥルモンは頭を振った。
「まあいい。この城に居る限りは、貴公の面倒を看るのは、我らが王から直々に、この私めが仰せつかった役目。……悩みがあるなら、聞いてやる」
地面を変形させる能力を使う都合上、一旦外に出ていた2体は、マタドゥルモン先導の下再び城へと帰って行く。
道中、ダルクモンは十闘士と邂逅したデジタルワールドでの出来事、そして改めて、貫く事が出来なくなった『ラ・ピュセル改』について語り――そうこうしている内に、談話室へと辿り着いた。
互いに向かい合って赤い革張りのソファに腰かけるなり、給仕係らしいサングルゥモンが、頭に乗せていたトレイを器用に滑らせてテーブルへと置いた。
トレイの上には、赤紫色の液体が継がれたワイングラスと、硝子の皿いっぱいに、丸くて小さな茶色い物体が積み上げられていて。
「これは……カリカリ!」
「聞けば、貴公も以前は犬系のデジモンだったそうではないか。馴染みがあるのではないか?」
「おいしいよな、コレ。なのにこの姿になってから養父殿が買ってくれないんだ」
「うちの城でももっぱらサングルゥモンの食事用だが、今となっても小腹が空いた時には丁度良くてな。まあ今日は遠慮なく食べるがいい。私もいただこう」
元犬系デジモン2体は、ぽりぽりと『カリカリ』をつまみながら、ワイングラスを傾ける。
中身は両方ともぶどうジュースだ。ダルクモンになってからの彼女の好みの品である。
「それで、今の『ラ・ピュセル改』について、だったな」
もぐもぐと口を動かしているダルクモンに、若干気力のようなモノが戻って来たらしいのを感じ取ったタイミングで、マタドゥルモンもまた口を開く。
ダルクモンは一度手を止め、小さく頷いた。
「私が思うに……そう、問題があるようには思えないのだが」
それが、マタドゥルモンの率直な感想だった。
今までにダルクモンが繰り出した必殺技は、鞘の付いた状態の『ラ・ピュセル改』でも問題無く使用する事が出来たのだ。
どころか、全体的に威力は上乗せされており、先程見せた通り、『参の太刀』に至っては技がさらに強力な形態に変化している程で。
『ゼロアームズ〈オロチ〉』の力は正しく『ラ・ピュセル改』に継承されているのである。
「うん、問題は無いんだ。何なら前よりも手に馴染むくらいで」
「で、あれば――」
「でも、もしもこの、「剣が抜けない」状態が、私の限界かもしれないと思うと。……それが、少し怖いんだ」
怖い。
目の前のダルクモンの辞書にまさかそんな言葉が載っていようとは、と割合失礼な事を考えるマタドゥルモンだったが、彼女がそれを抱いた事に驚いているだけで、その気持ち自体は、解らなくも無かった。
鞘から抜けない状態が、剣の正常な在り方である筈も無い。
確かにダルクモンは、成熟期としては破格の力を持ってはいる。だが、デジタルモンスターとは、強くなる事を己の本分とする生き物だ。
「これ以上強くなる事は出来ない」と天井を突き付けられて、動揺しないデジモンなどまず存在しないだろう。
ましてやダルクモンは、現状、進化という強化手段をその身に持たないのである。
「ダスクモンに敗れた件が、貴公に影響を与えている、という可能性は?」
「どう、なのだろう。多分、あるとは思う。……でも」
「でも?」
「負けた事を、引き摺っているとか、そういう訳じゃ無いんだ」
そう言って、彼女は顔を上げる。
視線の先にあるのは、この城の玉座の間。……今、ピエモンが居る場所だ。
「養父殿を、失望させてしまったらどうしよう、って。その気持ちが、一番強かった気がする」
敗北は、悔しい。
気を失っている間に何度も再生された「敗北の記憶」は、ダスクモンに敗れた事が切っ掛けとなって蘇ったものだ。
気付かなかっただけで、彼女の、礎であったモノ。
だが、それ以上に。
そんな『過去』を上回って彼女を揺さぶったのが、『現在』のダルクモンを、形作るモノ。
「……貴公」
ワイングラスを置いて、マタドゥルモンは無機質な瞳で、真っ直ぐにダルクモンを眺める。
「聞かせて欲しい。貴公が、剣を取る理由は何だ?」
「決まっている」
間髪入れずに、ダルクモンは返す。
その目は、見た目からは読めないマタドゥルモンの心情を鏡映しにするかのように、真剣そのもので。
「私が、剣士の聖処女たる理由は――」
*
「さて兄弟」
ところ代わって、玉座の間。
妙にわざとらしい笑みを携えた吸血鬼王――義兄弟・グランドラクモンを前に、ピエモンは顔をしかめていた。
構わず、グランドラクモンは続ける。
「今日は君に、良い知らせと悪い知らせ、それから個人的な小言を用意してある。……どれから聞きたい?」
「あなた基準で良い知らせと、一般的な感覚で言うところの悪い知らせ、といったところでしょうか。小言は大体予想がつくので結構です。良い知らせからお願いします」
「そうかい。では小言から始めるね」
ピエモンの意見を当然のように無視して、グランドラクモンはにこりと微笑む。
……そうして、ふっと笑みを消した。
「兄弟。少しばかり、君は従僕(イヌ)を気にかけ過ぎなんじゃないかな」
「……」
仮面に隠された、見る者全てを虜にしてしまう邪眼は、ただこの時、旧友の負傷した左腕に視線を注いでいて。
つい先程包帯を変えたばかりだというのに、未だにうっすらと、血液データが滲んでいる。
「フランベルジュ、だったかな。波打つ形状の剣は、複雑で治りにくい傷跡を残すと言われているそうだね。真偽はどうあれ、人間の世界では波状の剣はそういうもの、と記録されている以上、ダスクモンの『ブルートエボルツィオン』も同様の性質を持つのだろう。……見た目より酷いんだろう、その傷」
「日常生活にも戦闘にも支障はありませんよ。気にする程ではありません」
「気にするさ。君は私と違って、もう不死でも何でも無いのだから」
反論しかけたピエモンに口を挟ませず、吸血鬼王はさらに続ける。
「君の従僕は、確かに面白い。私もこれまで色々な天使で遊んで来たけれど、あれは格別だ。……だが、もし仮に、彼女が私の所持品であったとしても。私は、玩具のために自らの血を流そうとは、考えもしないだろう」
「……」
「そして、それは君も同じの筈だろう。「絆された」だなんて、君の口からそんな安っぽい言い訳は聞きたくないよ?」
「……ダルクモンの舞台が、あんなつまらない幕引きになるなど耐えられなかった、というのはありますよ。確実に」
ですが、と、ピエモンはおどけるように、左手を見せつけるようにしてひらひら振って見せる。
「耄碌しましたか? 兄弟。僕……いや、オレがどんなデジモンかは、お前が一番よく知っている筈だろう」
「……」
「オレの従僕に、あのクソ餓鬼は飼い主の許可も取らずに手を出した。そんなナメた真似をする輩相手に、オレが愉快な道化のままニコニコしていられるとでもお思いかな?」
「…………あー、そうだった。君ってばそういう奴だった」
若い頃のように振る舞う旧友に、グランドラクモンは頭を抱える。
吸血鬼王の仕草はわざとらしくはあったものの、今この瞬間だけを切り取れば、まるで普段とは立ち位置が逆転しているかのようであった。
「このところすっかり丸くなった風だったから、私も少々思い違いをしていたようだ。謝るよ兄弟。君は母音に濁点を付けるような、ひどく品の無いデジモンだったね」
「ハッ、田舎(イモ)貴族がダークエリアでの流儀に無知過ぎるだけだろ」
言うだけ言って。ピエモンは、ぱん、と手を叩く。
と同時に、まるで威嚇するかのように犬歯を覗かせた凶暴な笑みはすぐになりをひそめ、どこかわざとらしい道化の笑みに彼は表情を切り替えた。
「と、昔のように振る舞ってみたところで。これであなたが納得してくれたなら何よりですよ、兄弟」
肩を竦めるグランドラクモンに、ピエモンは先程同様、「良い知らせ」を聞かせるよう彼に促す。
「わかったよ、兄弟」
なんて事は無いと前置きして、グランドラクモンは口を開いた。
「良い知らせというのは、君の従僕の剣、『ラ・ピュセル改』の最後の素材……『オメガモンのデータ』を入手できるあてが見つかった、という話さ」
「おや珍しい。兄弟にしては、真っ当に良い知らせではないですか」
オメガモンのデータ。
本人の強さは元より、そも、ロイヤルナイツという組織の特殊性故に、邂逅すらも困難であろうと踏んでいたピエモンは、思わぬ知らせに目を丸くする。
だが、一方でグランドラクモンの表情はやけに浮かない。
その理由をピエモンが尋ねるよりも先に、グランドラクモンが口にしたのは
「その分、悪い知らせというのがね」
流石の私でも、看過が難しい程に、と。更にグランドラクモンは表情を険しくする。
「……と、いうのは?」
「『コキュートス』を根城に構える私には、直接は関係の無い話、と言い切る事も出来るのだが。……それでも、まあ。故郷は故郷だし、あんな冷蔵庫(管理プログラム)でも、我々の神である訳だから」
「?」
長々とした前置きを連ねて。
やがて、観念したのだろう。グランドラクモンは、若干の呆れを交えた声音で「悪い知らせ」をピエモンに告げる。
「ようするに、我々が所属しているデジタルワールドが、崩壊の危機に曝されているのだよ、兄弟」
大量のオメガモンによってね。
……最初、ピエモンにはその台詞の意味が呑み込めなくて。
「……なんて?」
呑み込んでからは、酷い眩暈を、覚えるのだった。
*
「そういう訳だから、ここからはアタシが説明するわね」
と、不意に女性口調で会話に割り込みながら、部屋の奥から人型の影が現れる。
それは、黒い鎧と蒼いマントに身を包んだ聖騎士だった。
「アルファモン……!?」
ピエモンが目を見開く。
アルファモン。孤高の隠士。平時であればまず姿を現さない、ロイヤルナイツの聖騎士達の中でも伝説と謳われる存在。
彼の役目は、ロイヤルナイツの暴走を食い止める事。
脳が拒否するレベルでの与太話じみたグランドラクモンの発言も、アルファモンが姿を現したとなれば、一気に真実味を帯びてしまう。
「そう、彼女はアルファモン。君がダークエリアを離れて放浪の旅に出ていた頃に知り合ったデジモンさ」
「その節はドーモ、グランドラクソモン。『預言』の事さえ無ければ、またアンタと関わるなんてまっぴらゴメンなんだけどさ」
「ははは、兄弟の口以外から、そしてこの私に対してその呼称を聞く事になるとは思わなかったよお嬢さん。息災のようで何よりだ」
グランドラクモンがどんなちょっかいのかけ方をしたのか、なんとなく察せなくは無いピエモンは、初対面のアルファモンにほんのりと同情を覚えたりするのだった。
とはいえ事態は一刻を争うのだろう。「べー!」と頭部の構造上舌は出ないもののその手の仕草をグランドラクモンに向けていたアルファモンは、こほん、と咳払いを挟んでから吸血鬼王を視界の端に追いやり、ピエモンへと向き直る。
「結論から言うと、我が君が「せや、オメガモンは最強やから、この際ロイヤルナイツ全員オメガモンにしたろ!」と思い立った結果が現状。ってなカンジなワケ」
「うわぁ」
ピエモンはそんな声しか喉から絞り出せなかった。
半面、容易に想像する事はできた。何せイグドラシルとは、極端な発想をとりあえず形にしてみる神なのである。
「とはいえ、当のオメガモン含めて、今回ばかりは流石にロイヤルナイツみんなそれに反発したの。オメガモンは確かに最強のデジモンかもしれないけれど、デジタルワールドの守護っていうのは強さだけじゃ成り立たないから。多様性あってこその組織だもの」
だからしょっちゅうモメて内ゲバ集団とか呼ばれたりするんだけどね、と洒落にならない自虐を挟むアルファモンだったが、言っている事自体は真っ当だ。
デジタルワールド最高峰のセキュリティシステムがオメガモン――最強のワクチン種にのみとなれば、世界そのもののバランスが大きく傾くと、想像に難くは無く。
「だから我々は、そんな事をしなくてもロイヤルナイツは激ツヨ集団だって証明するために、とりあえず12体複製されたオメガモン達と全員が1対1(サシ)で戦った。……そこは量産型の悲しきサガってヤツ? めちゃんこ大変だったけど、強さは本人程じゃ無かった。アタシ達は全員、オメガモンズに勝利したの」
「勝てたのですか? では」
「うん。勝てた。勝てたんだけど……その隙に、我が君が本物オメガモンに手を出してさ」
今現在、デジタルワールドのアーカイブに登録されている『オメガモン』は、少々本来のオメガモンとは出自の異なるAlter種も含めて全7種。
通常種の量産型が従来のロイヤルナイツの性能に届かないと言うのであれば
その通常種を、さらに強力な個体に昇華させれば良いのではないか。
そも、オメガモンとは2種のデジモンが融合して生まれたデジモン。
そんなオメガモンを全種類融合すれば、目的は達成できるのではないか。
イグドラシルは発想が極端なので、そういう結論に至って、それを実行した。
「ジョグレスとはまた異なる方法で誕生したそのデジモンは、合聖騎士『キメラオメガモン』。我が君の想像通り、いや、想像以上にヤバいデジモンだったのだけれど……DEFEATとかAlter-Bも混ざってるワケだから、まあ、うん。暴走しちゃって」
「バカじゃないの?」
ピエモンは素でつっこんだ。ピエモンじゃ無くてもそうしただろう。実際に少し前、吸血鬼王もこの時ばかりは道化と同じ言葉を孤高の隠士にかけている。
さらにそれ以前にも同様の事を嫌という程言われているのだろう。「返す言葉も無いデス……」とアルファモンはしゅんと肩を落としていた。
だがすぐに気を取り直すと、ただし気を取り直したとは思えない程げんなりした表情を継続させつつ、アルファモンはさらに気の滅入る現状を語って聞かせる。
「キメラオメガモンに付属するウイルスの影響を受けて、我が君も暴走。量産型オメガモンもまたデジタルワールド各地に出現&襲撃し始めたの」
「重ね重ね、もうちょっとなんとかならなかったんですかその流れ」
「なってればねー、こうはならなかったんだけどねー。……今は代理の管理プログラムが起動して、その演算能力が弾き出した預言に基づいて、ロイヤルナイツが対処に当たってる。……アタシがここに来たのは、預言の中に登場したデジモンが、この城に居ると聞いて来たから」
「君の従僕の事だよ、兄弟」
アタシが言おうと思ったんだけど!? と勝手に話を引き継いだグランドラクモンに、アルファモンが憤る。
……当の「従僕」の主人たるピエモンは、やはり、その言葉をすぐには、呑み込めないでいたが。
「……ダルクモン?」
問い返すピエモンに、本当に成熟期(ダルクモン)なんだ……と、ぽつりと呟くアルファモン。
ただ、どれだけ世代に不安があろうとも、こと預言の機能に限ってはイグドラシルを凌駕する管理システム代理の言葉。アルファモンは浮かんだ雑念を振り払って、顔を上げる。
「キメラオメガモンを倒すには、単純な強さはもちろんの事、過去にどこかの世界線で「オメガモンを倒した」デジモンの因果が必要なの。アルフォースくんあたり結構いい線行ってたんだけど……でも、さっき言ったの覚えてる? 「キメラオメガモンは、ジョグレスとも異なる方法で誕生した」って」
「言っていましたね。そのような事を」
「その方法の名は、『デジクロス』。アタシ達の暮らすデジタルワールドとは、全く理の違う世界での『進化』に近い技術みたい」
デジクロスで生まれたキメラオメガモンは、デジクロスと同じ理を持つ者の力でしか完全に倒しきる事は出来ない。
それが、管理システム代理の導き出した答えだという。
「しかし、ダルクモンは我々と同じデジタルワールドの生まれの筈。異世界の因果だなんて、そんなもの」
「ダルクモン本人はそうかもしれない。……でも、ダルクモンの剣は?」
「!」
「デジクロスっていうのは、ベースとなるデジモン1体に、複数のデジモンの力を掛け合わせる技術なの。だから、「進化に近い」技術。2体のデジモンが混ざり合うジョグレスと違って、仲間を武器や防具に変換している、って言った方が、解釈しやすいかな」
そう言われれば、確かに合点はいくとピエモン。
ダルクモンという、剣技に優れたデジモンをベースに、ウルカヌスモンの鍛えた剣、タイタモンの怨念、ズバイガーモンの『Legend-Arms』のデータに、十闘士の力。
知らず知らずのうちに、ダルクモンは異なるデジタルワールドの技術をその身に取り込んでいたと言っても過言では無いのだろう。
「つまり、キメラオメガモンとやらを斬れるのは」
「そ。管理システム代理が計算した限りでは、デジクロスの力を持つダルクモンだけ、ってワケ」
「……なるほど、話は解りました」
ただ、ダルクモンは
そう口を開いたピエモンに、グランドラクモンが視線を向けたが、彼女自身を心配しての事では無いと道化は眼差しで訴え返す。
「己の剣--『ラ・ピュセル改』を抜けなくなっているのです。その状態でも、斬れるものなのでしょうか、合聖騎士キメラオメガモンを」
「それは」
「話は聞かせてもらった」
その時だった。
玉座の間の扉が、勢いよく開いたのは。
「略してはかせだ」
その場に堂々と立っていたのは、当然、ダルクモンである。(ちなみにその後ろに「勝手に入ってよかったのだろうか」と言いたげなマタドゥルモンもいる)
「略……?」
「気にしないでください。そういう子なので」
言いつつ、この台詞は2回目だなと思い返すピエモンであった。
「それで、今どういう流れになっているんだ養父殿」
「いや、何にも聞いてないじゃないですか」
「どうにもとんでもない強者がいるようだったから、私も強者感を演出した方が養父殿の顔を立てられるかと思って」
「お気遣いありがとうございますダルクモン。僕の顔を立てたいのなら、次からは知らないデジモンには普通にご挨拶から始めましょうね」
駆け寄って来たダルクモンに言い聞かせながら、ピエモンはアルファモンに背を向けた。
一気に不安げになった彼女の表情が、いたたまれなくてとても直視できなかったのだ。
そのまま、ピエモンはダルクモンに事の次第を説明する。
相変わらずの無表情で話を聞き終えたダルクモンは、ただ、こくりと小さく、頷いた。
「キメラオメガモン。略してメラモンという訳か。きっと激しく、燃えるような闘いになるだろうな」
「勝手に種族を変えるんじゃないですよ。……しかし、その様子を見るに――闘う気は、あるのですね」
ピエモンの言葉に、ダルクモンは不思議そうに首を傾げる。
「どうしてそんな事を聞くんだ養父殿。私はいつでもやる気と元気とえのきで出来ているぞ」
「すみませんあなたにキノコ要素があるのは初耳なのですが。……いえ、ダスクモンに敗北してからというもの、本調子では無さそうに見えていたものですから」
「私が手合わせした限り、実力に関して心配は要らぬだろう」
マタドゥルモンが、そう、所感を口にする。
「精神面についても」
「マタドゥルモンのお蔭で少し元気が出た。今なら2時間くらい『せんとばぁなぁど』を踊り続けられそうだ」
「『武舞独繰(ブルドック)』な」
「踊り過ぎて背中から舞茸が生えるかもしれない」
「生えないだろ」
ツッコミをマタドゥルモンに任せつつ、拠点で夕飯を用意している筈のヴァーミリモンにキノコ料理を頼んでおくべきだったかもしれないと思うピエモンなのだった。
と、同時に。ほんの少しだけ、ピエモンは安堵する。
模擬戦でダルクモンが普段の調子を取り戻したのであれば、それに越した事は無い、と。
「では、『ラ・ピュセル改』も抜けるように」
「うむ。それは全然ダメだ」
「ダメなんですか」
まあ滅茶苦茶堂々と答えているという事は、本当にメンタルは大丈夫なんだなと、せめて、ピエモンはそう判断するのだった。
と、
「さっきは言いそびれちゃったけど」
2体の間に、暫く置き去りにされていたアルファモンが割って入る。
「その件については、アタシに任せて。少し荒療治になるかもだけど……でも、アタシも剣士の端くれとして、貸せる胸くらいはあるつもりだからさ」
「それはかたじけない。そして随分な謙遜だな。……お前の胸は、硬そうだぞ」
「うんそりゃまあ鎧だからね」
この子本当に大丈夫なのかな。アルファモンの瞳からはそんな表情を読み取れなくは無かったし、多分自分も同じ顔をしているなと思うピエモンだったが、アルファモンが言う限りでは、他にデジタルワールドを救う手立てが無いのだ。
(まさか、気まぐれで拾ったプロットモンが、こんな事になろうとはな)
小さく、そして本人も意識しない程度にではあるが、上機嫌に鼻を鳴らすピエモン。
改めて、彼はダルクモンとアルファモンの両名を見た。
「キメラオメガモンとの対峙にまで少し猶予があると言うのなら、僕は一旦拠点に戻ります。ヴァーミリモンにも事を伝えねばなりませんからね」
「それもそうだ。よろしくするぞ養父殿」
「はいはい、よろしくされましたよ」
「養父殿」
不意に、ダルクモンはその新緑の瞳で、ピエモンをじっと見つめる。
「何ですか」
「私は、養父殿の期待に応えるから」
「……」
ダルクモンが、何を思ってわざわざその言葉を口にしたのか。
ピエモンにも、解りはしなかったのだが。
「楽しみにしていますよ」
彼はただ、率直な意見を彼女に返す。
それ以上、2体がその場で言葉を交わす事は無かった。
「じゃ、一旦外に出ようか。よろしくね、ダルクモン」
「わかった。よろしくされたぞアルファモン」
「頑張りたまえよ、うら若き乙女たち」
「ちょっとやめてくれるー? セクハラ臭いんですけどー!?」
ピエモンが去った後、『ラ・ピュセル改』を抜刀するための算段を立てる2体のために、マタドゥルモンに彼女達の案内を言い渡すグランドラクモン。
その後、玉座の間には、王たる彼だけが残される。
「……そう、君は根っこの部分で品の無い、粗暴なデジモンではあるけれど」
そうして、独りになった事を確認して。
虚空に向けて、グランドラクモンは呟く。
友人の後ろ姿を、思い返しながら。
「でも同じくらいクソ真面目で--王になった私に、道化になって会いに来てくれたくらい、義理堅くて面倒見のいい奴だって知ってるからさ」
口では従僕だイヌだと言っていて、実際、嘘のつもりは無いのだろう。
ナメた真似をした相手をシメるのも、彼の行動原理としてはおかしくはない。
しかしだからと言って、ピエモンがダルクモンを蔑ろにしているようにはとても見えないし――むしろ、周囲から見れば。道化の行動は、剣士の聖処女が彼を呼ぶ際の愛称に、何ら遜色ない用にしか、見えなくて。
だから、私だって、君が心配なんだよ。
そう、独りごちった後。
……自分の方こそ「らしくないな」と、吸血鬼王は独り、自嘲気味に笑うのだった。
*
「さて、と」
うーんと身体を伸ばした後、アルファモンは指先で、宙に魔法陣を書き始める。
「時間が無いから説明しながら進めるね。アナタが剣を鞘から抜くための作戦について」
「略してたつただな」
「うん、やっぱり時間は無いんだけど、だからってよくわかんない略し方したら説明二度手間にならない?」
「それはそうかもしれないが、今からやる事は大体分かるぞ孤高のキョンシー」
「孤高の隠士ね。キョンシーは術者居ないと動かないから」
とはいえ、察している分にはそれでいいと、アルファモンは魔法陣を書き終えた指を下ろす。
「『デジタライズ・オブ・ソウル』」
緑色の魔法陣は眩い光を放ち--その円の中を潜るようにして、一体の龍が、姿を現す。
「……少しだけ、ズバイガーモンと似たにおいがするな」
「察しが良いね。『Legend-Arms』じゃないけれど、この子もいわゆる『武器』の特性を持つデジモンなんだ」
「オッスオッス! ヨロシクッス!」
両腕、そして翼に巨大な刃を携えた武者竜--オウリュウモン。
彼はあいさつ代わりにとでも言うように、握り締めた双刀をかちかちと打ち鳴らした。
アルファモンは、よしよしと活きの良いオウリュウモンの胴体を軽く撫でる。
「出てきて早速、悪いんだけどさオウリュウモン。ちょっとこの子とやり合うつもりだから――アタシに力、貸してくれない?」
「ウッスウッス! マカセロッス!」
登場時同様、凄まじい光と共にオウリュウモンが変形し、その光はアルファモンをも呑み込む。
次にダルクモンが目を開いた時には、アルファモンは黄金の翼を生やし、手には身の丈よりも大きな黒鉄の剣を握り締めていた。
「……アルファモン:王竜剣」
その姿での名を宣言して、孤高の隠士はその名の由来ともなる大剣を静かに構える。
「さ、勝負よダルクモン。……本気で行くから、死ぬ気でかかってらっしゃい」
「そうか。わかった」
ダルクモンもまた、鞘の付いたままの『ラ・ピュセル改』を中段で構える。
……外への案内を終え、遠巻きに事の成り行きを見守っていたマタドゥルモンは、2体の闘気に思わず身体を震わせる。
願わくば、自分も同じように刃を交えたいと願う程に、静かでありながら猛々しく――しかしそれ故に、割って入ることは許されないと、ある種神聖でさえある、その空気に。
「いざ」
「尋常に」
どちらとも無く地を蹴って
次の瞬間、かち合った2本の剣に、空気が爆ぜた。
「!」
衝撃波、そして火花と共に、王竜剣から新たな魔法陣が浮き上がる。
その向こうに、ダルクモンは、1つの影を幻視した。
「アナタのその剣とアタシの王竜剣がぶつかり合う毎に、アタシの魔法が発動するの」
アルファモンは、騎士であると同時に魔法使いだ。
魔法。デジタルワールド風に言うのであれば、高級プログラム言語。
時にはデジタルワールドの理にさえ干渉する高次元の術式は、先にアルファモンが異空間からオウリュウモンを呼び寄せたように、今この瞬間、『ラ・ピュセル改』のオリジナルが振るわれていた世界の記憶を垣間見せる。
数万年分もの無念
志ある主
信念は違えども共に将たる同志
閃光(するど)く熱い魂
「……っ」
巡り合いの戦い
王竜剣と刃を交える程に浮かび上がる、どこか懐かしい知らない記憶に、ダルクモンは眩暈さえ覚える。
「だがッ」
歯を食いしばり、ダルクモンはその『記憶』を振り払う。
たとえそれが、世界の命運を賭ける程重要なモノだとしても。
今この瞬間は、自分とアルファモンだけの、戦の場。
呪詛の塊となってなお追い求めた、『■■』としての誇は、いかに過去の戦が素晴らしかろうが、現在(いま)の戦を穢す理由にはならないのだ。
それに--ダルクモンとなった自分が見上げる赤い瞳は、もう、大粒のルビーでは無い。
「これは、『私』の戦場(いくさば)だ!!」
不意に、『ラ・ピュセル改』の周りに暗い渦が巻き起こる。
タイタモンから得た怨念だけでは無い。それは、ダークエリアの最下層『コキュートス』に堕ちた無念の残留魂魄。
彼女自身の強さを知る者からの、細やかな力添えだ。
「『死の太刀(バテーム・デ・アムール キャトル)』!!」
『ラ・ピュセル改』が、荘厳な鎮魂歌にも似た唸り声を上げる。
鞘越しに纏った黒怨は大蛇の姿を取り、打ち合っては弾かれるばかりだった王竜剣を、アルファモンが見せる過去の幻影ごと叩き斬らんと、喰らいつく。
「……そうこなくっちゃ!」
アルファモンは確信する。
『ラ・ピュセル改』の、否、ダルクモンの覚醒の時は近い、と。
異世界の理は、確かに彼女の強みではある。礎ではある。
だが、『Legend-Arms』やオウリュウモンがそうであるように、剣とは持ち主を選ぶ者。結局のところ、剣士に確固たる技量と信念が無ければ、剣は応えない。
「さあ、超えて魅せなよ……!」
王竜剣を振るう腕にも力が籠る。
アルファモンもまた、ダルクモンの言うところの『■■』である。世界の命運という事情があってなお、強敵との戦いに心が躍っていた。
の、だが――その時だった。
他のロイヤルナイツからの通信が、彼女の中に響き渡る。
(ちょっと、今いいところなんだけど!?)
とはいえ仲間からの通信は最優先事項。一度『ラ・ピュセル改』の振り下ろしを王竜剣の側面で受け流し、アルファモンは開いてからの通話を繋げる。
それでも憤りのひとつも出しかけた思考は――その内容を受け取るなり、一瞬にして、引いてしまう。
思わずアルファモンはダルクモンに視線を流す。
……しかし、当然ながら。彼女の剣筋に、迷いは無い。
「……」
数歩引いて、『ラ・ピュセル改』を躱し。
アルファモンは小さく頭を振る。そうして、雑念を振り払った。
(例え、この子の心を悪い方向に揺さぶる事になったとしても――この戦闘を終わらせるなら、『決着』という形しか無い)
アルファモンは、剣を振り被る。
王竜剣という最強の剣の一角で放つ、自らの最終奥義の構えだ。
「『究極戦刃王竜剣』!!」
剣の銘にして必殺技が、光と共に振り下ろされる。
究極体デジモンの存在そのものを力に転じた、文字通り究極の一撃。
相対するは、星を断つ剣。
ダルクモンの構えもまた、大上段。小細工無し、正面切っての必殺剣だ。
「『星割り』!!」
「ぐ……っ!」
マタドゥルモンは地面に己の足を突き刺して、決死の思いで踏んじばる。
そうまでしてでも、見届けずにはいられなかったのだ。
「全く、大した奴だよ貴公は………!」
『コキュートス』が揺れる。
凍てつく闇の国に、光と熱が、迸った。
*
ダルクモンとアルファモンの衝突から、時間は少しだけ遡る。
「おかえり~……って、ダルクモンは?」
『コキュートス』よりはいくらか上層にある、とあるダークエリアの一角。
自身の拠点に1体戻ったピエモンを出迎えて、ヴァーミリモンは目をぱちりと瞬いた。
そも、『コキュートス』は並のデジモンに踏破出来る領域では無い。
吸血鬼王の城に赴く際は、ヴァーミリモンはいつも留守番なのだ。
「少々、このデジタルワールドそのものに厄介な事が起きていましてね。世界を救うのに、ダルクモンの力が要るのだそうで」
前置きで結論を述べてから、ピエモンはヴァーミリモンに、ざっくりと事の流れを説明する。
ヴァーミリモンもまた、若干げんなりとした表情を浮かべていたが、「ダルクモンが世界を救う」という話には、何ら疑いを抱いていないらしい。
それもそのはずだ。現に彼は、ダルクモンが自分の元いた世界に降りかかった災厄を斃した姿を見ているのである。
「んじゃ、晩飯は世界を救ってから?」
「そうなりますかね」
ピエモンも思わず、ふっと笑いが零れる。
戦いが終われば、当たり前のようにまた食卓を囲むのだと。当たり前の日常を信じて疑わない自分がどうしようもなく可笑しかったのだ。
「それなら出かける準備しないとだな。ダルクモンとあの伝説のオメガモンとの大一番だなんて、見逃したら一生後悔するぜ」
ちょうどいいサイズになって前脚で器用に炊事をこなしていたヴァーミリモンは、コンロの火を消して何かを煮込んでいた鍋の蓋を閉める。
「今日シチューなんだけど、ルーは帰ってからでもいいよな?」
「ええ。……時にヴァーミリモン、そのシチュー、キノコ入ってたりします?」
「デジマッシュルームなら入ってるぜ。何? ダルクモン、今日はキノコの気分とか? それならデジしめじとか足してもいいけど……まだあったかな?」
ちょっと在庫だけ見てみるわ、と冷蔵庫の方に足を運ぶヴァーミリモン。