全くご無沙汰だったのですが面白そうな企画を見て書き始め……全く間に合わなかったので1話というていで投稿です。
一応構想はあるのですが、続くかどうかは未定です。
独自解釈・設定、他諸々ありなのでその辺りご了承ください。
どれだけ緩やかであろうとふたつの世界の交錯には悲鳴が混じる。木々が風に吹かれ木の葉を落とすように。森を駆けるネズミが上空の鷹に見つかる様に。星の衝突が大地を砕き、摩擦で大気を焼き尽くすように。
たとえ目に見える異変がなかろうと───衝突とは、遭遇とは、出会いとは、両者に無理をもたらす。それは言い換えれば「今までと同じではいられない」ただそれだけのことなのだけれど……。
ただそれだけのことで、大切なものも失われてしまう。
───digi-rise a 3─── 1
からりとした地中海の風が白い街並みを吹き抜ける。
微かに柑橘の香りを運ぶ潮風はジリジリと陽光に焼かれる肌に心地いい。金や茶、白、ブラウン、雑多な髪と肌の色が道行く中で、周囲とやや趣きの異なる顔つきの黒髪の青年は両手で広げたパンフレットの地図を必死ににらみつけていた。
「ん~っと……ここが、あれで…………あそこがこれで?」
人のよさそうな顔が必死に眼をすぼめる姿はどこか滑稽に見える。その上、手にした地図をグルグル回し、姿勢もそのたび変えていくのだから、道行く人の中には路上パフォーマンスと勘違いして口笛を鳴らしていく者もいる。
「ぬぬぬぬぬ……」
実際には異国の地で道に迷っているだけなのだけれど。
「エィ!」
地図とのにらめっこを続けて数分、首を90度、地図を380度傾けていた青年に甲高いソプラノの声が飛ぶ。
「ん?」
青年が視線を向けるとそこには声の主にふさわしいクルクルとした栗毛の少年が立っていた。自分の存在に気づいた青年へともう一度「エィ!」と声をかける。
「な、んな!?あ、えーっと、ちゃ、チャオ?」
驚きつつ覚えたての言葉で何とかコミュニケーションを取ろうとするのだが、少年は現地人らいい流暢な───碌にこの国の言葉も覚えずに来てしまった青年には欠片も聞き取れない───言葉づかいで何か話しかけてくる。
「ま、待った待った、わかんないっす!?あー、えーっと……ノン、かぴー」
何とか言葉がわからないことを身振り手振りで伝えると、少年は無言で青年が手にしている地図を引っ張った。青年と地図を交互に指し示し、何処へ行きたいのかを教えろとジェスチャーで示す。
「あ、もしかして道を教えてくれるんっすか……ありがたい!あーえっと……ぐらっつぇ、ぐらっつぇ!」
かろうじて覚えていた感謝の言葉を口にし、身振り手振りで自分が向かおうとしているとある洋菓子店の位置を地図で示した。地図上をなぞる青年の指先を見ると栗毛の少年は青年の手を引いて歩き出す。
「クィ、クィ!」
「こっちなんっすね!いやぁ、マジで助かるっす!!」
彼は思わぬ親切に感激し、その導きに従って路地を曲がっていく。足を踏み入れた先が、埃っぽくラテンの陽光も届かない裏路地へ続くことも気づかないまま。
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少年の先導に任せ5分ほど歩いたところで青年もなにかがおかしいことに気づき始めていた。白く美しかったはずの壁はスプレーで描かれた雑多な落書きに覆われすすけていた。割れた窓ガラスや砕けた何かの木片が道端に散乱している。何より、あんなにも賑やかだったはずの町の喧騒がここではひどく遠くに感じられた。
「えーっと……ホントにこっちであってるんっすか?」
少年に声をかけてみるも答えは返ってこない。言葉が通じてないのか、しばらく困惑したものの青年は自らの足を止めることで意思表示することにした。
「すとっぷ、すとっぷっす!……わかるっす?」
何とかコミュニケーションを成立させようと笑顔を浮かべて話しかける。先ほどは身振り手振りで通じ合えたのだ、今だって……。
彼の楽観的な考えは、振り返った少年の胡乱気な目つきに吹き飛ばされる。最初に声を掛けられた時のにこやかな笑みは何処にもない。
何か、青年にはちっともわからないが罵倒と思しき言葉を早口で吐き捨てながら少年は乱暴に彼の手を引き、薄暗い道の先へ連れていこうとする。
「ちょ、ちょちょっお!なんなんすか!?どうしちゃったっていうんすか!?」
小柄な少年を振り払うことは躊躇われ、かといってついていく気にもなれずその場で立ち往生位になる。“言葉が通じない”。先ほどは軽く飛び越えられたように思えたその壁が、彼の前に高くそびえ立つ。
「チッ、たく馬鹿ひとり連れ込むことも出来ねぇのかよ役立たずが」
その時、青年にも理解できる言葉が道の先から聞こえてきた。
同時に、少年もその言葉を理解したのかビクリと肩を震わせる。
先ほどとは打って変わって必死な声。母国語で何かをまくしたてる。青年にはその様子が許しを乞うているように見えた。
「あーあー、うるせぇんだよ!わーったわーった!マ、ここまで連れてきたから多めに見てやる」
少年はその言葉にホッと安堵の息を漏らすと、先ほどまで必死に引いていた青年の手を放り出し、道の先へ駆けだす。ちらりと振り返った表情にはしてやったとでも言うようなニマニマとした笑みが浮かんでいた。
青年はその表情に見覚えを感じ眉を寄せる。
自分より弱い奴を見下し悦に浸る表情だ。あまりいい思い出はない。
「……」
「見たところこの国の言葉も碌にわからねぇ観光客って感じだが……オレの言葉はわかるよなぁ」
そう問いかける声は自国の言葉として青年にはっきりと聞き取れるものだった。ただ、不思議とこの国の全く言葉の異なる少年にも同じように通じている様子だった。
そういう言葉が話せる存在に青年は心当たりがあった。
ズン、ズンと重々しい足音が青年へと近づいてくる。とてもでないが人間のものとは思えない。やがて小山ほどもありそうな巨体が青年の前に姿をあらわす。
全身が茶褐色の毛でおおわれた狒々のような姿だった。体のいたるところをまるで鎧のように無骨な岩が覆っている。何より目を引くのがその相貌。顔のほとんど、額から眼の下、そして下あごも灰色の岩に覆われている。唯一覗く巨大な口にはのこぎりの様に鋭い歯が並びその奥から獣の呼気が漏れ出ていた。
それは人に非ざる化け物───、モンスターだった。
「へへへ、お前みたいなガキにだまされる間抜けはいいカモでよぉ……痛い目見たくなかったら身ぐるみ全部おいていきな。何もかも今すぐ差し出すってんなら……マ、パンツくらいは見逃してやるぜ」
自分の言葉にアヒャヒャとガラの悪い笑い声を上げ、その狒々のような化け物───バブンガモンは最後の駄目押しとばかりに巨大な腕をゆっくりと青年の頭上に掲げる。岩に覆われ、その先から黒々とした鉤爪が伸びるソレが頭上から迫る圧力は、対峙する人間を恐怖で縛り付けるに十分すぎる。筋骨隆々の大男だって腰を抜かして命乞いをした。
だというのに───。
迫る腕をまるで暖簾でもくぐる様にひょいと青年は避け、一歩距離をつめる。
怪訝な視線をバブンガモンに向ける。
「デジモンこんなところで追剝……しかも子供を使ってとか……マジっすか?」
「は……?」
これまでここに連れてこられた人間はだれだって自分の姿に怯え、慄いてきた。それはバブンガモンが少年に“そういう人間”を連れて来させていたからでもあった。
それはつまり、今の世の中になってもデジモンとあまり接点がない、慣れていない、パートナーを持たない人間。コイツは───そうではない。
「オンブロォ!!テメェ、テイマーを連れてきやがったなぁ!」
獣の怒声。振り返ることもなく自分の背後にいた少年、オンブロへ怒りをぶつける。大気を震わせる咆哮に少年はギョッとし、後ずさろうとして───、足をもつれさせ地面に転がった。獲物を連れ込んだことでようやく逃れたはずの恐怖が再びオンブロの体を支配していた。
だが、その怒声を真正面で浴びたはずの青年はひるむ様子はなく、むしろそれに対抗するように声を張り上げる。
「ダセェことしてんじゃねぇ!!」
胸を張り、自分よりふたまり近く大きなデジモンを彼はにらみつける。先ほどは虚を突かれたバブンガモンだが、今度はそれを蛮勇と笑い飛ばす。
「ハッ、誰に口きいてると思ってんだ……俺様に逆らって唯で済むと思ってんのか?テイマーだからって力が強いわけでもねぇ!テメェは雑魚一匹に代わりねぇんだよ!!」
大きく振り上げた手のひらを青年へ振り下ろす。先ほどとは比べ物にならない速さを備えた岩掌は人間などたちまちにミンチに変えてしまうだろう。
「うわぁっと!」
間一髪、青年は大きく後ろへ飛びすさることでそれを逃れる。バブンガモンの背後からその様子を見ていたオンブロは、驚きの声を上げながらも青年が決して焦っては、ましてや怯えてはいないことに気付いた。それは彼の常識ではありえない事だった。人間があの凶暴なバブンガモンに怯えないなど。その上、立ち向かおうとするなど。
少年は知らない、青年には共に危機に立ち向かえるパートナーがいるということを。後ろへと飛びのきながら、取り出した携帯端末の意味を。
「もうちょっと寝かせてやりたかったけど……わりぃベアモン!」
青年───夏八木カズマが声を上げるのと同時に彼の手の中の携帯端末が光を放つ。
「チッ、やっぱりパートナーもいやがったか……!」
その光が晴れると、そこにカズマの頼もしいパートナーが姿を見せる。
「……ん~むにゃ…………むにゃ……」
うつらうつらと船を漕ぐ、頼もしいパートナーの姿が。
「ハッ……ア、ヒャヒャヒャ!!どんなヤロウが出てくるかと思えば寝ぼけたチビ一匹かよ」
「カズマぁ~……うるさい。まだ眠い…………もう、ちょっと…………むにゃ……」
カズマの腰に届くかどうかという背丈。青いキャップを逆さに被った小熊の姿をしたデジモン。カズマのパートナー・ベアモンは時差ボケの真っ最中だった。
「ちょちょっちょ!ベアモン!起きるっす!ちょっとマジな感じのシーンだから!!」
「う~ん……」
地中海を臨むとある町。あの冒険から3年。
二十歳を目前にした夏八木カズマは異国の地でゴロツキのデジモンにからまれていた。