以前支部にて掲載したものを加筆修正したものです
◇
「早くアグニモンを出せアホドラゴン!」
「ならぬな!不敬ものが!」
古代十闘士の内、火の闘士を祀る寺院。
参拝客もまばらな日が続く中、とある珍客……グロットモンが祭神の在す祭壇へと頭を下げていた。
プライドが高いと有名な鍛治職人たる彼が頭を下げる姿を見てなお、ヴリトラモンはそれを上回る尊大な態度で申し出を強固に断る。
「ダーッ!頭下げてんだぞ!ていうかお前じゃ話にならねえ!だから!アグニモンを出せ!アグニモンを!」
「あの阿呆の片割れなら二つ返事に決まっている!だが俺が貴様を気に入らぬから断るのだ!帰れ〜〜〜!!!」
祭祀の間に響き渡る怒号のやりとりに、寺院に仕えるデジモン達はすっかり萎縮していた。
激しく火花を散らす双方だが。
「グロットモンか!久しいな!ヴリトラとまた喧嘩しているのか」
グロットモンには絶好のチャンス、ヴリトラモンには最悪のタイミング。
丁度寺院近くの鍛錬場に修行しに行っていたアグニモンが帰ってきた。
「ゲェーッ!アグニ!」
「アグニモン〜〜!!丁度いいところに!」
「阿呆ゥ!なんで今ァ!」
「俺がいつ帰ってきたっていいだろう、自宅なんだし。グロットモン、俺に用事か?」
食いかかってくるヴリトラモンの鼻先を押さえつつ、アグニモンはグロットモンへと視線を向ける。
待っていた、とばかりにグロットモンは喋りだした。
「実は……」
◇
「なんで俺がお前のお守りをしないといけないんだ」
「ヴリトラに言ってくれ、俺は1人でも大丈夫だと言ったのに」
「……お前1人じゃどうなるか」
「俺はそんなに頼りないのか?」
「ああそうだ」
トレイルモンに乗り西へ。
言われた通り、森の豊かな駅に降り立ったはいいが、そこからはグロットモン曰く1時間以上徒歩での移動となるらしい。
ヴォルフモンがナビを操作しながら先導し、光の刃で鬱蒼と茂り道にはみ出す草木を斬り払って進んでいく。
「で、グロットモンはなんと言ったんだ」
「さっきトレイルモンの中で話したぞ」
「……」
「あ!お前聞いてなかったな?!頷いてたけどアレ船漕いでただけかよ。も〜。お前トレイルモンの揺れですぐ寝るから」
あの日、グロットモンから、「アグニモンの火が今働いている鍛冶場に必要だから来て欲しい」と頼まれたのだ。
火如きでウチの阿呆の片割れに頼むな、とヴリトラモンは威嚇に威嚇を重ねたが、怒りに震えるヴリトラモンよりもアグニモンを連れてこれなかった時の親方の方が怖いと断言するグロットモンの姿を放っておけず、アグニモンは首を縦に振ったのだった。
「本当にお人好しだな」
「グロットモンが震えるくらい怖い親方なら本当にいるんだろう。かわいそうじゃないか」
この足取りであればそうも時間はかからないだろう。会話に息を切らすもない。
苔むした岩の上で物珍しそうにこちらを眺める幼少期デジモン達の視線を受けながら、2人は先を急いだ。
◇
山の中を歩き続け、ようやく開けた場所にたどり着いた2人の眼前に、灰色の煙が燻る。
山の麓の小さな湖岸に建つ要塞のような鍛冶場があった。
湖畔を回り込み、ようやく鍛冶場の出入口を見つけたところで門の前で立ち止まった。
「申し!申し!アグニモンだ!グロットモンに呼ばれて参った!グロットモンはいるか」
声を張り上げたアグニモンの声量に、耳の良いヴォルフモンが微かに肩を震わす。
照れ隠しに脇腹を小突かれ、アグニモンは軽く手を合わせ軽いノリで謝る仕草を見せた。
櫓の上には小さなミノモンとギリードゥモンが見張りをしており、アグニモンの声掛け後、「応」「ミノ」を合図に門が開きアグニモンとヴォルフモンを迎えた。
「お待ちしておりましたミノ、親方がお呼びミノ」
「思ったよりも早くご到着されましたな」
「ありがとう。グロットモンの首は繋がっているか?」
「ピクセル1枚と言ったところです」
冗談を混じえながら2人とギリードゥモン、ミノモンは鍛冶場の心臓たる建物へと足を運ぶ。
その建物の出入口にはアグニモンの到着を待っていただろうグロットモンがそわそわと落ち着かない様子でいた。
「あ、アグニモン〜〜〜〜!良かった!本当に来てくれたんだな!」
「十闘士のよしみだ、遠慮するなよ」
「お前は」
「保護者だ」
「ありがとうアグニモン1人だったら俺の首が飛んでたよ……」
「俺に感謝しろよ」
「お前らなんだよ、俺の事なんだと思ってるんだよう……」
明け開かれた出入口からは肌がひりつくような熱風が絶えず吹き荒ぶ。
アグニモンは平気だが、普段寒冷地で過ごしているヴォルフモンは目を細めてマフラーで顔を覆った。
炎が勢いよく燃え盛る音、鋼を打つ鋭く高い音、相槌を打つデジモン達の声。
工房の中で混じりあった音が爆音となってアグニモンたちの鼓膜を激しく揺らした。
「親方ァー!おーやーかーたー!!連れてきましたよー!!!」
工房の喧騒に負けないくらい、グロットモンが声を張り上げ名前を呼ぶ。
カン……と鋼を打つ音がひとつ無くなった直後、工房の奥から多少ぎこちない歩き方のデジモンが現れた。
まるでタコのように腕が複数ある、潜水服の頭部分みたいなものを被ったそのデジモンはずかずかとグロットモンを押しのけると、挨拶ひとつもなしにアグニモンの顎を突如掴んだ。
「貴様ッ」
「親方ァーッ?!一応仮にも火の御子とか火の闘士とか何とか言われてるんですよそいつ!」
ヴォルフモンが鞘に手をかけるが、急いでそれを押さえたグロットモンがかなりの早口で説得するように話しかける。
しかし、その声すら無視してアグニモンの首を好きなように傾け、観察するような目で睨み続ける。
「……フン、来い」
手を離し、鼻を鳴らしたデジモンはすぐさま背を向けて歩き出す。
「なんか俺、ワイングラスみたいにされたな……」
「くるくるするのはウイスキーじゃないのか」
「あ、アグニモン、ヴォルフモン!早く行け!親方の機嫌を損ねないでくれよ?!」
懇願するような顔(ぴえん顔)に近いグロットモンを見て、アグニモンとヴォルフモンは無礼なデジモンの後を小走りで追う。
丁度斜め後ろに着いた2体は、随分と背の高いそのデジモンを見上げて周りを見回す。
アシュラモンやゴツモン……熱さに強そうなデジモン達が刀鍛冶の作業にストイックに携わっている様子は、アグニモンにとっては大変新鮮なものだ。
「武器はああやってできるのだな!ヴォルフモンのもか?」
「どうだろうか」
「黙れ、みなの気が散る」
会話を交わす2体に対してきつい言葉を投げかけるデジモンに、ヴォルフモンは仮面の下の眉をひそめた。
そのまま進み続け、扉のある場所までたどり着いたところだ。
扉をくぐる2体だったが。
突如ヴォルフモンの腹に衝撃が走り、身体が軽く宙を吹っ飛んだ。
攻撃されたのだ。
鞘に手をかける時間も無く、ヴォルフモンは硬い地面に叩きつけられた。
「ヴォルフ!」
「お前さんには用は無い。火除けがこちらに来るなんざもってのほかだ」
冷たく言い放たれた直後にピシャリと引き戸を閉められ、断絶される。
アグニモンはデジモンと一緒のままだ。
「ッアグニ!」
「ハッハッハ!兄ちゃん閉め出されちまったな」
戸を叩くが反応は無い。
不満と不安混じりに悔しさをぶつけたヴォルフモンを、作業場の隅で休むアシュラモンが笑う。
「悪ぃな、元々気難しい性格もあるけど、今親方は随分気が立っててな。武神の刀の修繕なんだが、今ついてる火じゃあダメなんだと」
「……」
「だからファイアウォールの化身の火なら、今の火より清らかで浄化作用のあるから修繕に最適だろうってグロットモンに頼んだのさ」
随分とおしゃべりなアシュラモンだが、かなり汗だくで見た限りかなり疲労していた。
視線を作業場に向けると、まるでシーソーのように動く床をひたすらに踏むデジモンたちの姿があった。
「製鉄を見るのは初めてかい?」
「……工業エリアの製鉄なら見たことがある」
「なるほどな。ここでやってんのは"たたら"っちゅう昔ながらの製鉄で、小規模で手間はかかるが、かなり純度の高いデジギョクコウってのが精製できるんだよ。デジゾイドへの加工へも繋げられる」
複数のデジモン達が上から下げられた手すりを掴み、一定のリズムでたたらを踏んでいく。
余りの熱風に、ついにヴォルフモンはマフラーを脱いでふう、と深くため息をついた。
「赤い兄ちゃん待ちならちょいと手伝ってはくれねえかい。名前は?」
「……ヴォルフモン」
「十闘士……?グロットモンの知り合いか!なら余計に良い。光の御子と武神のたたら踏みなら良い鉄が作れそうだ」
こっちに来な、と招かれてヴォルフモンは言われるがままについて行く。
はいここ掴まって、力を無駄に入れないよう、深く踏みすぎるなよ。
アシュラモンに指導されながら、ヴォルフモンはたたらを踏み始める。
灼熱の中、重たいたたらを踏む向かい側の巨大な武人らしいデジモンを横目に見ながら右足に力を入れた。
◇
「ヴォルフ」
「取って食いやしねえさ、あんな犬畜生」
「……お言葉ですが、客人に対して先程からその態度は如何かと」
あんまりな言い方をするデジモンに、アグニモンはなんとか怒りを抑え、品位を保ちつつ反論する。
ちら、と振り向いたデジモンはじとりと目を伏せ、鼻を鳴らす。
「それに、なんの説明もなしに俺だけ連れてきて、何をするおつもりで。……えーと」
「ウルカヌスモン。お前さんは炉の火種じゃ。……俺ァこれから武神の刀を修繕せにゃならんのでな。雷の武神の刀なら、火の神の清らな火が必要不可欠だからのう」
出会ってからようやっと詳細を話し始めたウルカヌスモンは炉を覗き込み、片目で火の様子を確認する。
目の前にある巨大な炉からは先程とは比にならない熱波が放たれ続けていた。
「ここの炉は全ての炉に通じる火の母体。この火の中でちょいと舞うだけでいい」
先程の態度やヴォルフモンへの仕打ちを反芻して未だ怒りを抱えるアグニモン。
しかし。
遠目で見る炉の火はかなり純度の高いものだ。アグニモンの火までとはいかないが、かなり手を加えられて燃やされている。ここまで大切に世話をされている様子に、ほだされるような気持ちになる。
更にここで断ってしまえばギリギリ繋がっていたグロットモンの首がどうなってしまうか。
「……うぐぐ……ッ!火を大切に扱う方を無下にはできません、から!それに!あくまで、グロットモンの頼みなので!」
鼻息荒く言い切ったアグニモンに、目を三日月のように細めたウルカヌスモンはゆっくり立ち上がり、炉の前を譲る。
重たい炉の扉を開け、舞い散る火の粉を浴びながらアグニモンは火の中へと足を踏み入れた。
心地の良い熱さがアグニモンを包み込み、炎は彼を讃えるかのように更に燃え盛る。
灰で燻る床を踏みしめ指先まで神経を尖らせると、寺院で定期的に行われる奉納の舞を思い出す。
ヴリトラモンから「もうちと華やかに舞わんか」と文句を言われて研鑽したその舞を。
業火の中花咲く蓮華のように指先を舞わせると、舞の一歩を力強く踏み出した。
◇
「ッフゥーッ……!フゥーッ……!!」
「真神よ、無理をせずともよい」
「無理はしていない……そちらこそ休んでは?」
「呵呵、我はまだ三日三晩行けるぞ」
顔を真っ赤にし汗を滴らせながらも、ヴォルフモンはたたらを踏み続けていた。
同じく、向かい側の巨体の武人デジモンも、ボタボタと汗を滴らせながらも足を踏み込む。
負けず嫌いのヴォルフモンと武人デジモン2体。先程までたたらを踏んでいたギュウキモン達は邪魔になるまいとたたらばの隅に寄りかかりついでに休憩をとっていたところであった。
「よくやるねぇ兄ちゃん達……おっ」
休んでいるデジモンに水を渡していたアシュラモンが声を上げる。
炉の火に変化が起こり始めていた。
白金色に近く燃える炎に、工房で働くデジモン達から声が上がり一気に空気に更に熱が加わる。
「野郎ども!急げ!一気に打つぞ!」
引戸を派手に開けたウルカヌスモンが姿を見て、さらに工房に熱が上がる。
「ッ、善い火だな」
深く踏み込んだ武人デジモンが、穏やかに目を細める。
「当たり前だろう、アグニの火だからな」
「火の御子であったか、呵呵、好い好い」
親友の事をよく言われて、喜ばないものはいない。ヴォルフモンはゆるく口角をつり上げた。
流れ出た鉄を採取し、金属をリズミカルに叩き、トントンと効率よく工房が働き始めた。
◇
「ありがとうなぁぁぁ!ありがとうなぁぁぁ!本当に助かったよぉ!」
工房の床に倒れ込むヴォルフモンと、引戸を力なく開けて倒れ込むアグニモン。
駆け寄り肩を貸すグロットモンに、アグニモンは力なく笑いかけ親指を立てる。
どうやら無事に務めを果たせたようであった。
「ヴォルフモンもたたらを踏んでくれたからよ、光の気を帯びたデジギョクコウのおかげで武神の刀も修繕どころか!更に良い刀になる、と親方も上機嫌さ!」
「そぉかい……」
「うわヴォルフ顔真っ赤。プニモンみたいだぞ。……あいつ大丈夫なのか?」
壁にもたれ掛かった武人デジモンも疲労困憊だ。他のデジモンから水を飲まされ体を冷やすために水もかけられるジュワァ!と凄まじい蒸気が発生していた。
「アンタ大丈夫か?」
「……フー……そなたが火の御子か……なぁに……そなたが来るまで三日三晩たたらを踏んでいたからな……」
「えー!すごいタフだな」
「ウルカヌスモンとの約束だ……刀を修繕してもらう代わりに働いてもらうとな……」
アグニモンと話している間にも、アシュラモンがバケツをひっくり返して水をかけて体を冷やしていたが、再び凄まじい蒸気が立ち上りアグニモンを包んだ。
「わばば!」
「おい、アグニ。グロットモンが飯準備してくれるらしい。外で休んでいこう」
「本当か?!ご飯あるらしいぞ、アンタ立てるか?」
蒸気を振り払い、二人で協力して武人デジモンの手を引っ張り立ち上がらせると、グロットモンが伝えた工房の外の別棟へと向かった。
◇
「初めてこの時間まで寝ちゃった……」
目が覚めた3体。
時刻は寝入った日の翌日の夕方である。
肉体的な疲労が限界だったせいだろう。夕食を食べてからの記憶が無い。
「朝飯と昼飯損しちゃったな」
「呵呵、のんきな御子だな」
「のんきなのはコイツだけだ」
「身体は資本、食事は大事だろ。ムグググ」
起き抜けのストレッチをするアグニモンを微笑ましそうに眺める2体。
穏やかな時間だったが。
「出来た」
しっかり休んだ3体の前に、ウルカヌスモンがくっきりと濃い隈と立派なデジパウロニアの箱をこさえて現れた。
「ウルカヌスモン隈エグいな!大丈夫か」
「寝る間も惜しんだからのう。……カヅチモン、ほれ」
武人デジモン……カヅチモンは頭を下げながらデジパウロニアの箱を受け取る。
「アンタカヅチモンって言うのか!聞いたことあるぞ、雷の武神だろう」
「そんなデジモンが依頼してたのか」
「なあに、まだまだ武の道は途中。我の腕のせいで刀が折れてしまってな。だが流石鍛治の神、最高の出来栄えだ」
箱を開けると、蛍光に輝く雷型の刀が一振。
継ぎ目すらない美しい刀身は透き通る柳緑、最早芸術品の域、それ以上だ。
「最高だ」
「当たり前じゃろう。火の御子の火に、雷神と光の御子のたたら、俺の腕じゃぞ」
「誠にかたじけない。これでまた武の道を歩める」
「フン」
満足気に鼻を鳴らすと、上機嫌な足取りでウルカヌスモンは3体に背を向け、再び工房へと戻っていく。
「よかったなカヅチモン」
「ああ。ありがとう火の御子、光の御子。また今日から修行と勤めを再会できる。機会があればそなたの寺院に立ち寄れたらと思う」
「いつでも大歓迎だ。ヴォルフもたまに遊びに来るし待ってるぜ」
順番に握手をかわし、カヅチモンは昨日の疲れを見せることなく足取り軽く旅路へと歩みを進める。
カヅチモンの背中を見送った2体の表情は晴れやかだ。
「俺もなんか武器作ってもらおっかなあ。ヴォルフもソレめちゃくちゃ強くしてもらえばどうかな」
「……もうたたらは踏みたくないな」
「ハハ!じゃあグロットモン達に挨拶して帰るかあ」
◇
揺れる電車が恋しいとばかりに、2体は帰路に着く。
寺院ではイラついたヴリトラモンが不機嫌そうに尻尾で地面を叩いているところだろう。
ヴォルフモンもまたアグニモンを送り届ければ北国へ、ガルルモン達と回遊の旅へと戻る。
大切な仲間との楽しい時間はあっという間だ。
森の道を歩きながら、惜しむようなきもちをアグニモンは抱く。
日が暮れる前に森を抜け、駅のホームにたどり着く頃にはすっかり夜が降りて、宵の明星が輝いている。
「またこうやって出かけたいな」
「安請け合いの付き添い以外なら」
「関係ないけど、顔の赤み早く引くといいな。プニモン」
「……本当にな」
ジジ、と無機質な音を立ててホームの灯りが弱々しく点灯する。
ホームのベンチに腰掛け、2人はケの明日行きのトレイルモンの時刻を待つことにした。