声が聞こえた。
どこからともなく。
暗雲立ち込める空に一筋の光が差し込むように。
「ねぇ、もしもし? おーい」
誰かに呼びかけられている。どうやら眠りについていたようだ。目を開ける。
「あ、起きた」
視界には、ツバの大きな赤い帽子を被り、そこに黒猫のような生物を携えた、成人した女性が映った。彼女が声をかけてくれたのだろう。仰向けの状態から体をゆっくりと起こす。
「この岩陰で休憩しようとしたら、あなたがいて、びっくりしたのよ。何があったの?」
「……?」
立ち上がった。なのに、なぜだろう? 目線が低い。膝立ちの彼女の顔にすら目線が上を向く。それに、視界の中央に黒い色と黄色い色のなにかが位置している。首を左右に振ったがそれは付いてくる。
「なにこれ、えっ?」
口を動かすとそれは上下に動いた。触ろうと手を当てる。しかしその手のひらは青色で、指と呼べるものは消失して代わりに爪と呼んだほうがふさわしいものが3本生えていた。指ほど自由ではないが自分の意思で動かすことができる。
「なになになに……???」
下を見ると黄色い足に赤い爪。腹には青いVの字の模様が複数。ぐるっと捻って体の後ろを見ると、真っ青な背中に小さいしっぽのようなものが生えている。これはなんだ。
「ちょっと、どうしたの?自分の体を見回して驚いて。あなた名前は?」
呆然とした様子で女性に尋ねられる。
「名前は……ペンモン、です……え?」
「ペンモンね」
「ペ、ペンモン?」
「ん?」
「わたし、ペンモン?」
「は?」
「え?」
「いや、あなたがペンモンって名乗ったんだったらペンモンでしょう」
咄嗟に名乗った名前はペンモン。私の名前はペンモン。ペンモン?変な名前。ペンギンのようだ。口から出て初めて今の自分の体がペンギンの特徴と似ていることがわかった。
だがしかし、そのペンモンという名前も、ペンギンのような体も、自分のことを表している要素だとはとても思えないのだ。なにかもっとこれだという名前や体があった他にあったはずだ。それなのに、思い出せない。
「ちょっと、大丈夫?」
「いや、自分が自分じゃないって感じがして」
「どういうこと?」
「元からあった記憶を、誰かが蓋をして閉じ込めた……そんな感じなの」
「ふーん……」
信じられない、という顔をしている。自分はペンモンという生き物なのか、それ以外だったのか。証明できるものは何もない。どうしたものか。うんうんと悩んでいると、お腹からぐう〜と音がした。明らかに目の前の女性に聞こえたようで少し恥ずかしい。
「お腹空いてるっぽいね。よし!じゃあ街に行って何か食べよう!」
「え……いいの?」
空腹を見かねて、食べ物を恵んでくれる。こんなに嬉しいことはない。気持ちが明るくなった。
その影響か、周りの景色の情報が視界に入るようになった。辺り一面見晴らしの良い草原が広がっていたが、遠くを見るとなにか建物が点在している。彼女の言った街はもしかしてあそこなのか。
「あったりまえじゃん! こういうときはまず腹ごしらえ! だよ」
「あ、ありがとう。こんな、見ず知らずのわたしに……」
「いいっていいって」
感謝の気持ちを伝えると、胸がじんわりと温かくなる。そういえば、名前を聞いていなかった。
「あなた、名前は?」
「アタシはウィッチモン!」
ウィッチモン。確か、ウィッチは英語で魔女。見た目通りの名前だった。
「じゃあわたしも。ペンモンです。よろしくね」
「よろしく!」
未だ違和感のあるヒレのような手を出して、握手を交わした。赤く大きな手を差し出されると、今の自分の体の大きさなら、上から鷲掴みにされて潰されそうだと嫌な想像をしてしまったが、これも空腹だからだろう。
「やっほーう!!!」
「わわ……」
「どう!気持ち良い?」
「うん!」
風を切ってぐんぐんと街の方向へ進んでいく。
ウィッチモンの持っているほうきは、絵本に出てくる魔法のほうきみたいに、跨っているだけで自転車や車のように自分の行きたいところへ行くことができる。最初にこのほうきに足をかけて自分の背中に捕まれと言われたときは驚いた。
「わぁ……」
見上げると、大きな翼を羽ばたかせて飛ぶ竜や炎を纏って飛ぶ巨鳥たちが見え、君たち以外にも空を飛ぶ者はいるのだよとこちらを見下すかのように優雅に空を駆けていた。
下を見ると、草原をダダダッと駆ける2匹のそれぞれ違う種類の狼が、どちらが速いかの競争をしていた。
「どうしたの?」
「いや、わたしたちの他にも空を飛んでる生き物がいるんだなぁって思って」
ウィッチモンはペンモンの追った目線を後から追いかけてその生き物たちの説明をする。
「エアドラモンにバードラモン、ガルルモンにルガルモンね」
「みんな最後にモンって付くんだね」
「この世界は、デジタルワールドって名前で、デジタルモンスターって言う色んな姿かたちをした生き物がいるの。略してデジモン。アタシもそのデジモン」
「デジ、モン……」
「そう。そしてあなたも」
「……」
デジモン。あの生き物もこの生き物もデジモン。鳥や狼も全てはデジモンという大きな枠組みの一つ。そう考えると……。
「わたしがいた世界とは全然違うんだなー」
「え?」
「あれ、わたし何か言った?」
「いや、よく聞こえなかった」
今、何か言った?結局思い出せなくて、首をかしげる。
「よし、到着!」
ほうきの運転を止めて地面に足を着ける
「ここが、街?」
「そう。ここは、インダク大陸のダイオー島にあるシルク街」
辺りを見回すと、見慣れない文字が書かれた看板を構えた商店が所狭しと並んでいて、これまた色んな姿かたちをした生命体が、会話をしたり店で変わった見た目の食べ物を買って食べたりといった日常生活を営んでいた。この街で目にするみんなが全てデジモンなんだ。自分と違う姿だけど自分と同じ存在なんだ。それが歩いて喋って食べたり飲んだり……モンスターと言いながらもその実態は平和そのものだった。
「いらっしゃい」
彼女は看板に骨付き肉のアイコンが描かれた店に入った。それに続いて入店すると、先ほど草原で見た灼熱の鳥と似た炎を纏った人型の生き物が厨房で何かを調理していた。あれ?人型?ヒトってなんだっけ。
「メラモーン! りんご肉2つ、ミディアムね」
「あいよ!」
ウィッチモンはメラモンという料理人に景気の良い声で注文を頼んだ。それにしても、りんご肉というのはどんな料理?プレートに置かれた肉の横にカットしたりんごを置く?思わず質問する。
「ウィッチモン、りんご肉ってなに?」
「はいよ!りんご肉2つね」
間髪いれずにメラモンが料理を運んできた。注文してから時間はあまり経ってないのに。周りを見ても自分たち以外のお客さんは4人(4匹?)くらいで既に料理を食べた後の様子だったからだろうか。街の盛況ぶりを見たあとだと違和感が残る。
「よし、食べよう! いただきます!」
「いただきます……」
出てきたのは、骨付き肉。それにほんのりりんごの赤みが加えられていた代物だった。こんな、漫画やアニメで見るような主張の強い肉があるのだろうか。飼い主が犬に「取ってこーい!」「わんわん!」と思いきり遠くに投げる光景が頭をよぎる。それくらいの骨。
これは……どういう食べ方がいいのだろうか。口を前に出してパクリとかぶりつこうと一瞬動いたが、少々はしたない。更に今の自分にはペンギンの硬く長いくちばしが付いている。距離感を誤って肉を貫通して骨にズブリと刺さってはさぞかし痛い思いをする。思案した結果、くちばしの先を使って肉をつまんだ。気のせいか、ウィッチモンがずっとこちらを見ているような。
「どう?」
肉のくちばしの中に入れて慎重に味を確かめる。咀嚼しようとして気づいたが、このくちばしの中には歯が無かった。ともかく、肉の味を噛み締める。
「……うわっ!」
「あれ」
まずいと思われた?いやいや、そんなことはない。注文通りミディアムの焼き加減で溢れんばかりの肉汁がこぼれるがそれにプラスしてりんごの甘み成分というか、肉本来の味だけならともすればそれだけを主力にしなければいけないある種単調になりがちなところをりんごの甘みが融合して旨さを倍にして返す。互いの主張を消さずかといって強くなり喧嘩するということもない。
「これ、美味しい!すっごく美味しいよ!」
「あっはっは! ペンモンったら、顔面白い〜とろけてるじゃん」
「えっ? あぁ……恥ずかしい」
青を基調とした体なのに、顔がりんごのように赤くなった気がした。
「でもでも!本当に美味しかったんだよ」
「気に入ってくれてありがとう。みんなこの味の良さがわからないんだよね〜」
「お、いやに褒めてくれるな! ありがとう!」
「いやいやそれほどでも〜」
思わず奥にいたメラモンにも店の評判が耳に入ったのか、ニコリとはにかんで感謝の意を示した。こちらまで笑顔になってしまう。
「あれ?」
「ん?」
りんご肉に舌鼓を打ちながら食事をしていると、店内の天井に吊るされている古びたテレビから、おそらくデジモンと思われる者同士が、レスリングのコーナーのような場所で決闘をしているかのような映像が映し出された。
「ウィッチモン、あれは?」
「え?あぁ、デジモンがバトルしてるんだよ」
「バトル」
テレビにはグローブをはめた青い犬と、耳に飾りを着けたライオンが、互いの牙を剥き出しにしてリングの端で睨み合いを続ける姿が映っていた。
「あの闘技場、ここから近いんだ。見に行ってみようよ」
「あ、うん」
考える間もなくウィッチモンに返事を返した。
「お金1500bit、ここに置いとくね! ごちそうさん!」
「ごちそうさまです」
「おう! また来いよー」
Bitというのは、この世界のお金の単位だろうか? 思いがけずウィッチモンに2人分のお金を払ってもらった。後でお礼を言わないと。メラモンに手を振って店を後にする。
「あちゃー、満員だった」
ほうきを使わずとも歩いていける距離にあった闘技場に着いた。だが、闘技場は満席で入れないようだ。チケット売り場のカウンターからウィッチモンがとぼとぼと残念そうな様子で帰ってきた。先ほど見たメラモンの店にあったようなテレビが闘技場入口に3台ほど吊るされていて、デジモンたちの大きさに配慮して高さが調節されている。入ることができないデジモンたちはこのテレビを見て観戦するようだった。ウィッチモンは真ん中の高さのテレビで、こちらは低めの高さでそれぞれ観戦することにした。
彼女から、グローブ犬はガオガモン、ライオンのデジモンはライアモンだと教えてもらった。その事前情報を頭に入れて画面を見る。
「スパイラルブロー!」
そう叫ぶと、ガオガモンの口から強い風が吹きすさび、ライアモンはぎりぎりと歯を食いしばりながらその四肢でリングアウトしまいと必死に踏ん張っているが、強風で思わず顔を背けている。その風が止みライアモンは正面にいるはずのガオガモンに目線を合わせるが、そこにガオガモンはいない。刹那、ガオガモンは飛びかかり次の攻撃を繰り出した。
「ダッシュダブルクロー!」
ガオガモンはグローブを突き破る鋭い爪を立ててライアモンに肉薄していく。このままではライアモンは攻撃をモロに受けてしまう。だが、ライアモンは攻撃を繰り出すガオガモンの喉元に狙いを定めていた。
「クリティカルストライクッ!」
「ぐぐっ…………」
勢い激しいガオガモンの喉元に噛みつき、飛びかかるガオガモンのスピードをそのまま受け流し、リング外にガオガモンの体を叩きつけた。思わず近くにいた観戦客が恐れおののき、驚きの後に勝利したライアモンに喝采の拍手をあげる。興行は終了した。
「どう? 凄かったでしょ」
ウィッチモンが同意を求めたが、初めて見るデジモン同士の闘いに、どのような言葉を口から出していいものかわからない。そもそも、感想が出てこないような状態。
「……デジモンたちって、みんなこうやって戦うの? 相手を殴ったり蹴ったり」
口から出てきた言葉は感想よりも疑問が先だった。
「そういうものよ。デジモンの基本は、よく食べてよく戦って、進化!これが原則。」
デジモンとは何か。そんな基本原則を教えてもらった。だが、一つ引っかかった。
「進化って?」
「あぁ……例えば、ほら」
何か具体例を挙げようと、近くにいる観戦終わりのデジモンたちをピックアップしようとして、一匹のデジモンを指差した。一本の角が生えていて、黄色い皮膚の上にどこかで見たような獣の毛皮を被ったデジモン。
「あの子。ガブモンっていうデジモンなんだけど、多くのガブモンは、草原で見たガルルモン、あのデジモンに姿が変わるのよ。」
「え……あのガブモンが?」
「さっき試合してたガオガモンも、ガブモンから進化する可能性もある」
ガブモンが、ガルルモンへ、またはガオガモンへ、進化。シルエットが大きく変わってもはや別の生物に変貌していると言っていい。自分が知っている進化という単語の意味とは少し乖離が生じたが、デジモンという未知の生物がいるこの世界では進化という意味合いも違うのだろうと納得することにして、続けてウィッチモンの説明を聞く。
「そもそも。デジモンは卵から産まれるの。幼年期っていう赤ちゃんの状態で。ガブモンやあなたは成長期。アタシやガルルモンは成熟期。食べたり戦ったりしていくうちに幼年期が成長期に進化して、成長期から成熟期へ、完全体、そして究極体にどんどん進化していくの。究極体はアタシも見たことがないけど」
「そんな分類があって……卵から産まれて……あれ? その卵ってどこから?」
「デジモンが死んじゃうと、そのデジモンから卵が生成されるの。デジタマって言って。輪廻転生っていうか? この世界の理みたいなもんよ」
卵と聞いて、てっきりデジモン同士から産み落とされるものだと思ったら、ここでも認識の齟齬が生じた。
「あれ、じゃあ成長期のわたしより、成熟期のウィッチモンの方がお姉さんってことなの!? ごめんなさい! ずっとタメ口で……」
「そんなこと、今更気にしないでって!」
キャハハと陽気に笑って、頭をぐじぐじと撫でる。謙遜も遠慮もいらないという意思表示に、つい口元が緩んで口角が上がる。
その瞬間、ある映像が頭に浮かんだ。今見た試合と同じシチュエーションが。だが、デジモンと違ってリング上に立つその選手や観客の姿に大きな違いは見られない。均一のとれた、ともすれば見分けがつかないのでは? と思うようなシルエットが埋め尽くしていた。
違う映像が浮かんだ。今度は、先ほどの見分けのつかない生物が、手を丸めて地面に着けた四足の格好から、右から左へ行くにかけて背骨が垂直に伸びて二足で立って歩いていく様子だった。映写機のような物体から深い緑色の板に映像を飛ばしている光景を、自分だけでなく自分と同じような服を着た生き物が皆一様に目線を映像に合わせて眺めている。
「なんか、こんな光景どこかで……」
「……大丈夫?」
困惑する姿を見てウィッチモンも心配の声をかける。そして彼女は、そうだ! と手をパンと叩き、提案をする。
「海を見ながらさ!今の試合の感想でも語ろうよ! ね!」
「……うん」
話頭を転じ、この島の海へ行く誘いをかけてほうきを取り出す。自分にはこのウィッチモンの行動が少し強引だなと感じた。
透き通った青の世界が広がる。ざざーん……と小さな波が打ち寄せる海。ウィッチモン曰く、リジッド海岸と呼ばれる名前らしい。足を前に出して、水平線を見つめる。
「……」
「……」
互いに落ち着いた雰囲気に引っ張られたのか、特に会話もしないままひとときを過ごす。
「……そういえばさっきの試合なんだけど」
「あ、そっか」
三角座りをしたウィッチモンの言葉で、そういえば先ほどの試合の感想などを語る約束をしていたなと思い出す。なんだかこの海にいると妙に感傷に浸ってしまう。
「なんだか……街のデジモンたちを見て平和な世界だなと思ったら、闘技場とかではあんな激しく戦ったりして、面食らった? みたいな感覚。」
感情の乱高下が激しいという気持ちを伝えた。
「あのガオガモンとライアモン、必殺技みたいなのを叫んでたけど、みんなああやってワーって叫ぶの?」
「そうだよ。デジモンにはみんな得意技とか必殺技があるの。アタシにもあるし、あなたにも。別に絶対に叫ばないといけないわけじゃないけど、その場合は技の威力とかは下がっちゃうの。あと、そうした方が気合が入るって理由も」
「なんか、縁起担ぎみたいだね」
おそらくこの世界では当たり前すぎて呆れられてしまうだろう質問にも答えてくれた。
「ウィッチモンはどんな技を使うの?」
興味が湧き、すかさずウィッチモンに質問をする。
「お、興味ある感じ? じゃあ、見ててね……」
ウィッチモンは得意げにその大きな手を上に掲げ、人差し指を立てくるくると円を描く。その円には先ほどガオガモンの繰り出した風のようなエネルギーが発生して、指を回すたびにどんどん大きく強くなる。
「バルルーナ……ゲイルっ!」
技の呼称と共に、指を前に突き出してエネルギーを海に投げる動作をすると、水平線に届くか届かないかの遠い距離まで飛んでいった。約5秒経ってから、巨大な水の柱が天高く突き上がり、時間差でドーンという音が発生した。
「どうよ?」
立てた人差し指にふっと息を吹きかけ、自信に満ちた顔をこちらに見せる。これは大丈夫なのだろうか? 呆然として声も出ない。意識せずに、ぱちぱちと拍手だけはしたが。
「わたしも、そんな技が出せたり、するのかな」
何事もなかったかのように再び三角座りをするウィッチモンに、自分にも同じようなことができるのか問いかける。
「出せるよ。無限ビンタ! って言って相手のほっぺたをぱちぱちぱちって叩くの!」
「ええ! 何それ野蛮……」
人の頬を激しく叩くという自分が絶対にしない姿を想像すると、酷く他人事というか、テレビゲームでキャラクターをコントローラーで自由自在に操作するような乖離感を覚える。
「ていうか、なんで知ってるの?」
「他のペンモンにも会ったことあるから」
「他の……?」
街のデジモンたちを見てもしやと思っていたが、ペンモンというデジモンは自分以外にも存在するようだ。
頭に浮かんだ人型という言葉。闘技場で覚えた既視感。徐々に蘇る何かの断片に、ある決断をする。
「ねぇウィッチモン」
「なに?」
意を決して、告白する。緊張しているのか、胸がどきどきと脈打つのを感じる。
「わたし、もしかしたらペンモンじゃ……デジモンじゃなかったのかもしれない」
「……」
「闘技場で試合を見てたら、どこかで見たような感じがしてね」
「……うん」
「メラモンを見たときも、体型が人みたいだって思って、人ってなんだろうって」
「……うん」
元気の塊だったウィッチモンも、話し相手の自分を見ず、ただ相槌を打つだけで随分としおらしくなった。
「わたし……人間っていう生き物かもしれない。いや、人間だった! ごめんね、こんなこと思い出して。なんでかわからないけど、徐々に記憶が蘇るっていうか……こんなこと思い出さなかったら、何も疑わずにデジモン同士で仲良くいられたと思う……けど、人間って多分わたし以外にもいて、人間の友達とか、家族っていうの? それもいてね、戻らないといけないというか……えーと……この世界はとても楽しくて、でも戦いとか怖いところもあって……やっぱりこの世界はわたしのいるべき場所じゃなくて、わたしを待ってる人がいるかもしれなくて……」
話し方がめちゃくちゃだ。なぜか、目頭が熱くなる。ウィッチモンはただ黙ってとりとめのない話を聞いてくれている。そして、ウィッチモンの口が動く。
「……ペンモン」
「……?」
「目をつむって」
何も言わず指示に従う。目を閉じる。砂の動く音が聞こえる。目線を自分に合わせて膝を曲げてくれたのだろうか。そんな予想をしていると、体に圧迫感を覚える。ウィッチモンの両手? 自分は今、ぎゅっと抱き締められている?
「ごめんね、サナ」
「!!」
サナ。ペンモンではない誰かの名前。それが自分の名前だとなぜかすぐ認識できた。わたしの名前。
「そのまま聞いててね」
ウィッチモンの声と、波の音だけが聞こえる。
「今まで騙しててごめんなさい。あなたの言う通り、あなたは元々ペンモンってデジモンじゃなくて、サナ。岩飛沙奈っていう人間なの。人間って生き物がいるってことを知って人間の世界に来たら、サナと、サナの他の人間が森の中に入っていくのが見えたの。見つからないように隠れてこっそり上からあなたを見てたら、他の人間とはぐれたみたいだったの。バレたら面倒なことになるから手助けはできなくて、そのままあなたを観察していて。探して歩き回ってる内に木陰で休んだと思ったらしばらく動かなくなって、周りに誰もいないのを確認したら急いでサナのところへ駆け寄って、もしかして仲間とはぐれて元気無くなったのかなと思った。デジモンがいる世界と他の世界は時間の流れが違うって説を聞いたことがあったからそれを信じて、ゲートっていう他の世界同士を繋ぐ穴を魔法で開けて、サナをデジタルワールドに連れていったの。そしてデジタルワールドに着いたらなぜかサナの姿がデジモンに変わっていたの。話しかけたら記憶も失くしてる様子だったから、せめて元気だけでも取り戻してほしいと思って今まで、サナが人間じゃなくて元からデジモンだったかのように振る舞ってた。元気になったら元の世界に返さないとって思ってはいたんだけど、サナとずっといる内に、サナと一緒にいると安心するっていうか、これからもっとずっとサナと仲を深めたいって思うようになって……でも……やっぱりサナにはサナの居場所とか友達がいるから帰してあげないといけなくて……」
左の足に、一滴の水が垂れた感覚がした。
「ごめん、ごめんね」
「ううん。ごめんなんて言わないで」
目を閉じたまま、こちらもウィッチモンを抱きしめる。目を開けたら、もう会えない気がして。
「わたしのことを思ってそうしてくれたんだよね。レストランではお金も出してくれたし。ありがとう。悪いことだなんてちっとも思ってないよ。確かにわたしには帰らないといけない場所があって、待ってくれる友達もいる。わたしはペンモンだけど人間で、あなたはデジモンで、違う世界の違う生き物。でも、今日ずっとわたしと一緒にデジモンたちの住んでる世界を見せてくれたウィッチモンも友達だよ。友達に人間もデジモンもない」
「サナ……」
「もしかしたら、わたしの世界とウィッチモンの世界はそんなに離れてなくて、同じ空の下にあって、ずーっと歩いていったら会いにいけるのかもって。空想だけど、わたしはそう信じたい。わたしたちはずっと友達だよ。だからいつか」
突然、視界が、世界がぐるんとひっくり返るような感覚が体を襲う。
「……沙奈! さーな!!」
「はっ!」
頬を何度かぺちぺちと叩かれる。思わず目を開ける。
「……茜? それに、恵?」
目の前には、登山に備えた格好をした女の子が2人。きょとんとした顔を披露したようで、呆れてた様子の女の子と、心配が安心に反転して嬉しさのあまり泣き出しそうなもう一方の女の子がいた。
「茜ですけど何か? んもー、はぐれたと思ったらこんなところで寝てるなんて!」
「さな〜〜〜〜!!! 心配したんだから〜〜〜〜!!!」
顔をしかめながらこちらを咎める茜。涙が洪水になって溢れ出しそうになっている恵。トラブルを起こしがちだと評される自分。我ながらいつもの風景だなと感心してしまう。
「状況によっては取り返しつかなくなるんだから! 反省してよね」
「怖いからもうはぐれないでね〜」
「ごめんごめん。反省してます」
手のひらを合わせて反省している素振りを見せると、二人とも踵を返して元の登山ルートに戻る。
下半身にぐっと力を入れて立ち上がり、腰に付いた土の汚れを払い落とし、ポケットからハンカチを取り出し汗を拭う。突然、一瞬の突風に襲われる。手に持っていたハンカチは、吸い込まれるように空へ飛んでいってしまった。風が収まると、どこから吹いてきたのか不思議に思い、ハンカチの舞った上空を見上げる。
「……!」
森林に覆われながらも広がる青い空に、思わず首にかけていた双眼鏡を持って焦点を合わせる。
そこには、魔女の格好をした生き物がほうきに乗ってこちらを見ていた。目を凝らして見ると、布切れのようなものを掴んだ手を振っている。お別れの挨拶をするかのように。
「夢じゃ、なかったんだね」
たまらず目に涙が溜まり、まぶたをぎゅっと閉じる。こんなにも涙が溢れるのかと驚くほどぽたぽたと涙が落ちる。もう一度目を開けると、そこに魔女はいなかった。双眼鏡を下ろし、涙を拭いて、今度は絶対にはぐれないように茜と恵の後を追う。
「また会おうね。ウィッチモン」
世界のどこにも繋がっている空が、燦然と輝いていた。
ノベコンお疲れさまでした!
感想を配信で喋らせていただきましたので、リンクを下に貼っておきます!
https://youtube.com/live/OXNtTQEYP4M
(33:50~感想になります)
ノベコンお疲れさまでした。同業のユキサーンです。
いろいろありましたが、遂にブイレさんの作品を久々に読めるとなって急遽読み上げ、内容を理解し、ひとまず叫ぶべきことがあるなと思い至りましたので、一言。
デジモン化だああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
蓋を開けてみれば、まるでゆきさんの原点たる不思議のなんとやらを思い出させる目覚め、デジモンとして自認していながらちょくちょく人間としての知見で夢から覚めそうになって、そうしてウィッチモンと共に美味しいものを食べたり闘技場を観戦したり……そして夢のような時間が終わり、人間としての自認を得ると共に元の世界へ帰り着く……。
起きた出来事、過ごした時間の内容を並べ立ててみればあっという間で、名残惜しさすら感じさせる出会いと別れの物語でした。
いやまぁ、これきっとサナちゃん後々またデジタルワールドに転移してまたペンモンになってその時はウィッチモンとタッグを組んで何かしらの世界の異変に立ち向かうことになると思うんですけどね自分は!! そうならないわけが無いって原点が証明してるので(ぇー)。
というか、今作で取り上げられているデジタルワールドそのものが『デジモンしか生きられない=デジモン以外の生き物はデジモンになる』的な何かの要素を含んでいるように感じました。ウィッチモンの言葉を信じるなら、そういう摂理があるとしか思えない。
無論、そんな事実は何処にも書かれておらず、全ては想像の域を出ないわけですが……きっとサナちゃん以外にも転移しちゃった人間が同世界のどこかにはいて、その子はひょっとしたらデジモンとして生きることを選んだのかもしれな……うふふふふふふふふ良い世界じゃないですかちょっと自分もそこに転移させてもr(自重)。
とても想像の膨らむ夢のある物語をありがとうございました。
ひとつづきの空の下、またサナちゃんとウィッチモンが再会できるその時を、心待ちにしておきます。
それでは、今回の感想はここまでに。
重ね重ね、素晴らしい物語をありがとうございました。
PS ウィッチモンとマトリックスしてヘクセブラウモンに進化したペンモンサナちゃんが、世界を救うと信じて……!!!!!
【おつコン2024】として挙げさせていただきました。供養の場を設けていただけるのもありがたいですし、なによりノベルコンペティションを開催してくれてありがとうという気持ちでいっぱいです
書きながら、やっぱり普段から見たり書いたりしてないとキツいということを痛感しました。表現の幅の少なさもさることながら、起きたことを単に羅列してるだけになってるのでは?という気持ちが頭から拭えません。なので、最近はもっぱらデジモンカードに浸かっているところをこういった創作の面にも浸りたい次第です。
受賞者のみなさん、受賞おめでとうございます!