吹きすさむ風。
それにより、多くの木々が木の葉と共に、大自然の匂いをこの世界に届けてくれる。
そんな風情のある光景が窓から見られるというのに、一人の生物はそれを一瞥するだけで、ほとんど関心が無い様子だった。
ここは古びた小学校…を模した建物である。
中もそれをある程度は再現しており、先程の景色はその建物の3階にあるコンピューター室から見られるものだ。
そのコンピューター室にはパソコンが20台程並んでいる。
そのどのパソコンも、モニターがほぼ立方体の形をし、本体とキーボードはベージュ色で統一され、少し時代を感じるものとなっている。
さて、ここまで来て不思議に思う点が二つあった筈だ。
まずは、風情ある光景に見向きもしなかったものを「生物」と綴ったこと。
そしてもう一つは、古びた小学校ではなく、それを模した建物とわざわざ訂正したこと。
もちろん理由はある。
それは、その表記が正しいからだ。
この建物は本当に小学校を模して出来たもので、小学校そのものではない。周りからはそのまま「模倣小学」、略して「模小」と呼ばれている。
そして、その模小のコンピューター室に籠るその者は、人間ではない。
その体は、白い腹部以外はほとんどが青で占められ、頭には耳ともツノとも触覚とも取れる部位が二つ生えていた。
そして、その生物の額には黄色いV字の模様が描かれている。
その模様からか、その生物はブイモンと呼ばれていた。
ここ、デジタルワールドとは人間界とは異なる世界。
このデジタルワールドに存在する生き物はデジタルモンスターと呼ばれる多種多様な知的生命体であり、自らをデジモンと略して呼んでいる。
ブイモンの姿を見て分かるように、その姿は正にモンスターと呼ぶ他なく、人間に近い姿をしている者もいるが、それは極少数の者で、ほとんどのデジモンは人間界には存在しない姿となっている。
それに、姿だけではない。
ブイモンはまだ良いとして、デジモンの中では犬のマズルの様に口と鼻先が一体になっているものや、虫の様に口が縦に割れている者、さらには口と言える器官が一見存在しないように見える者もいる。
それなのに彼等は、共通の言葉を流暢に話すことが可能なのだ。口の形が違えば、発音できる音に違いがある方が自然なのに。
さらにデジモンは、多種多様な技も使うことができる。
内容はそれぞれではあるが、主に火を放ったり、電気を出したり、氷を作ったり、果てには亜空間を作ったり。
デジモンはこういった不思議な技も使うことが可能であり、確実に多くの人間界の自然法則を凌駕した存在と言えよう。
ちなみにブイモンの技は「ブイモンヘッド」。
要はただの頭突きであり、これを技として扱うブイモンの方が、デジモン達から見てイレギュラーなのである。
「おーい、来てやったぞ」
ブイモンしかいないコンピューター室に、突然の来客が現れる。
ブイモンは凝視し続けていたモニターから目を離し、その来客の方へ顔を向けた。
「あ、シャウトモン」
その来客シャウトモンは、ブイモン同様、腹部以外の体色のほとんどが同じ色で占められていた。
正しその色は、ブイモンと正反対の赤である。
他の特徴としては、Ⅴ字を描く様に生えた大きなツノと、そんな頭を覆う様に装着されたヘッドホン。
そして右手にはスタンドマイクが握られており、その大きさからか、彼はそのマイクを普段から肩に担いでいた。
そんなに大きな道具、普段から持ち歩かなくても良いのにと思うが、それがシャウトモンという種族の習性なのだ。シャウトモン以外の者がそれを完全に理解することなど不可能と言える。
額にV字の模様があるブイモンと、頭部にV字のツノが生えたシャウトモン。
ただの偶然以外の何者でもないのだが、この二人が親友同士なのは何か縁を感じるものがある。
「で? いきなり呼び出して何なんだよ」
シャウトモンは相変わらずスタンドマイクを握ったまま、ブイモンの隣の席に座った。
ブイモンがさっきまで何を見ていたのか、シャウトモンにとってその質問は意味を成さない。何故なら、彼がここに来てやる事は一つだけだからだ。
答えが分かっている問題を、わざわざ訊いてくるほどシャウトモンは頭が回らない訳では無い。
ただ、そのルーティンとも言えるブイモンの趣味の最中、彼が誰かをわざわざ呼ぶなど珍しい。
普段の彼は、時間も忘れてこのコンピューター室に半日も籠ることがある程、それに熱中しているのに。
ブイモンの趣味とは「人間界の観測」である。
先程、デジタルワールド及びデジモンの説明を行った際、デジモンのことを「人間界の自然法則を凌駕した存在」ではなく「多くの人間界の自然法則を凌駕した存在」と呼んだのには、彼の趣味、いや、このデジタルワールドの存在に理由がある。
まず、世界は無数に存在する。
このデジタルワールドもその内の一つであり、さらに言えば無数にあるデジタルワールドの一つに過ぎない。
デジタルワールドが無数にある様に、人間界も無数に存在し、それが先程デジモンの事を「多くの人間界の自然法則を凌駕した存在」と呼んだ理由である。
そしてこのデジタルワールドは、その無数にある世界を観測する手段を持っている。
その一つが、今ブイモン達がいるコンピューター室なのだ。
ブイモンはこのコンピューター室で、無数にある人間界を観測することを趣味としているのである。
「実は手伝って欲しいことがあってさ」
ブイモンはそう言って、輝いた瞳でシャウトモンを見つめる。
そんなブイモンを見て、シャウトモンは彼が常日頃から漏らしている不満を思い出した。
「まさか、まだ諦めてないのか? パートナーの話」
シャウトモンのその言葉に、ブイモンは首を落とすのではないかと不安になるほど何度も縦に振った。
デジタルワールドと人間界の関係は密接だ。何故そうなのかは分からない。
だが、それが事実だ。
無数のデジタルワールドは、主に二種類に分けられると考えられている。
自然発生のものと、ニンゲンの想像力で生まれたもの。
何故ニンゲンの想像力でデジタルワールドが生まれるのか、それは未だに判明されていないが、これは事実なので仕方がない。現在調査中の案件だ。とにかく、そういうものなのだ。
話を戻すが、具体的に、どれがどのタイプのデジタルワールドなのかは分からないことが圧倒的に多い。
ニンゲンの想像で生まれたと思われていた世界が、実は自然発生の世界だったり、その逆のパターンもよくある。
多くの人間界はデジタル技術の発展により、デジタルワールドという異世界と繋がり始めている。
それにより、ニンゲンがデジタルワールドを観測することがある。
しかし、これの多くは無意識に行われたものであり、肝心の観測者はそれを「観測」と認識できず「想像」と解釈してしまうのだ。さらに中には、その「観測」を元に、世界を「想像」するニンゲンだっている。
故に、どのデジタルワールドが自然発生のものなのか、想像で生まれたものなのか、その区別は曖昧となっている。
自然発生のものだから作りがしっかりしているとか、想像された世界だから独創的だとかそう言った特徴も特に無いため、正直この区別も大した意味は持っていない。
では、今ブイモン達がいるこのデジタルワールドは自然発生なのか、それとも想像で出来たものなのか。そもそも果たして、その区別は出来ているのだろうか。
結論から言って、区別は既に出来ている。
「僕達の世界は自然発生だと結論されている。そして僕が調べた限り、どの世界のニンゲンもここを観測していない!」
ブイモンのその主張に、シャウトモンは小さく溜め息を吐いた。
その言葉を聴くのは今回で何回目になるだろうと、心の中でぼやきながら。
「観測、想像を問わず、ニンゲンはデジタルワールドと無意識で繋がることができる。その繋がりをパートナー関係と呼ぶ…だったか?」
「そうだよ。僕達はまだ、どのニンゲンともパートナー関係を結べていない。こっちは観測できるのに、そんなの不公平だよ!」
デジタルワールドと人間のパートナー関係。
それを結べたところでどうなるのかは分からないが、ブイモンはその関係に強く惹かれていた。
しかし先述したとおり、この世界はどの人間からも観測されていない自然発生のもの。
つまり、この世界はまだ誰とも繋がりを得ていない。自分達は他の世界を観測する事ができるのに。
その事実を初めて知った時のブイモンの落ち込み具合は、それは相当酷いものだった。
その記憶や当時の気持ちが不定期的に襲ってくるのか、時折ブイモンは、まるで自分だけの重力が強くなった様に項垂れる。
あの時のブイモンの落ち込み具合と言ったら、とても見られたものではなかった。
「いくら待っても僕等の世界を観測してくれるニンゲンは現れそうにない…。だからこの僕が! 行動を起こすことにしました!」
「待ってたのお前だけだったと思うよ」
シャウトモンは冷たい目でブイモンを見るが、ブイモンはその視線の意味が分かっていないのか、そのまま話を進める。
「知ってのとおり、僕達デジモンをフィクションの存在だと認識している人間界は数多く存在する。そこを逆手に取るんだよ」
デジモンがフィクションの存在として認識されている世界。
そのことは、シャウトモンもよく知っている。
その世界では、デジモンが玩具やアニメ、ゲーム等のコンテンツで認識されている。
しかし、その世界でデジモンの実在が確認される例はかなり少ない。
「その世界にはさ、僕達デジモンのファンがいる訳だろ? そして、そのファンが集まるネットコミュニティだって存在する!」
そう言って、ブイモンは両手でさっきまで自分が見ていたパソコンのモニターを指差した。
シャウトモンに人間界の文字は理解が出来ないが、話の内容から、モニターに映し出されたサイトが、ブイモンの言ったフィクションとしてのデジモンが好きなニンゲンが集まるネットコミュニティなのだろう。
「ここで僕達の世界をプレゼンするのさ! そうしたら、不特定多数のニンゲンに僕等の世界を間接的に観測してもらえるだろう? その結果、僕等の世界とパートナー関係を結べるニンゲンも現れるかもしれない!」
「そんなに上手く行くもんか? 大体、どうやってプレゼンするんだよ。別の世界に干渉は出来ないんだぞ?」
シャウトモンの言うとおり、この世界は別の世界を観測こそ出来るが、干渉は出来ない。
理屈こそは分からないが、それが常識だ。
もし出来ていたら、今頃ブイモンは様々な世界に顔を出しているだろう。
つまり、ブイモンも干渉が不可能であることは重々承知の筈である。
なのにブイモンは、大きく胸を張って一つのUSBメモリを何処からともなく取り出した。
それはスライド式のUSBメモリで、ブイモン自身よりも濃い青色、寧ろ紺色と例えても遜色がない色合いで、光の当たり具合によるのか光沢感があり、何処か高級な雰囲気を感じられる。
「別の世界に干渉できない理由は様々だけど、ネット空間なら、技術の根本的な方向性をなんとかすれば、テキストデータは転送することは出来るんだよ。そしてこれが、それを解決できるソフトとなりまーす!」
「そんなソフト何処にあったんだよ」
「作った」
さらっと凄いことを言ったブイモンだが、それがこのブイモンである。
自分の好奇心に嘘をつかず、やりたい、知りたいと思ったものには真正面から突っ込んでいく。
猪突猛進
その言葉は、ブイモンのためにあるのではないかと錯覚する程に。
それ故に、ブイモンは変わり者ではあるが、同時に天才でもある。
いや、天才だからこそ、変わり者なのか。
「なるほど、そりゃ凄いな。じゃあさっさと書いて送れば良いだろ」
ブイモンの突拍子のない行動に慣れているシャウトモンは、何処か冷静にそう告げる。
その直後、ブイモンは首を直角に曲げ、分かりやすいほどに項垂れた。
しかし、先述のパートナー関係の問題で落ち込んだ時よりはまだマシな落ち込み具合で、さらには少々演技臭く感じるのがシャウトモンに疑問を覚えさせる。
「何か問題が?」
自分の方からアプローチをかけないと、話を進ませる気が無いと悟ったシャウトモンは、少し面倒そうに訊いた。
ブイモンは待ってましたと言わんばかりに顔を上げ、輝く目のままシャウトモンに顔をほとんど密着させる。
「この世界のプレゼンを、一緒に考えて欲しいんだ!」
話はこうだ。
先程言ったとおり、ブイモンはテキストデータという形で、別の世界に干渉することが可能となった。
しかし、ブイモンは干渉を可能にこそしたが、それが絶対に成功するとは言っていない。
そもそも、世界を超えてデータを送る行為が簡単に出来る訳がない。
例えるなら、風も波も無い宇宙空間に一通の手紙を飛ばし、それに一切触れずに別の銀河の別の自然法則がある惑星に届ける様な所業である。はっきり言って不可能だ。
まず宇宙空間に手紙を置いて、それが目的の場所に来る可能性自体ゼロに等しいし、仮に数億、数兆、数京、数垓…いや、もっと多くの奇跡が起きて目的の惑星に辿り着き、今正にその惑星に辿り着く決定的瞬間だとしよう。
宇宙空間に飛ばす手紙なのだから、防熱性は織り込み済み。その惑星の大気圏突入によって生じる摩擦熱にも既に対応済みである。
しかし、その目的の惑星の自然法則は、我々の知っているそれとは異なる。
我々の自然法則に基づいた熱対策は、その惑星の自然法則から見たら裸で太陽に突っ込んで行く様なもので、せっかく奇跡的に目的の惑星の引力の手を掴んだ手紙は、一瞬で塵と化してしまう。
別世界に何かを送る。
それはつまり、そういうことなのだ。
一方、ブイモンが作ったソフトは、データ構成を送り先の世界と同等のそれに変換させ、そのデータに送り先までの道を示すソフト。
先程の宇宙の話に例えると、惑星までの道を作り、さらにはその道を通る過程で手紙の防熱性を目的地の自然法則に基づいたものに変化させる。正に画期的である。
一つの問題点を除いては。
「道を作ることは出来るけど、行っちゃえばそれって迷路なんだよね」
ブイモン曰く、それが限界だったらしい。
迷路だから、必ずデータが目的地に着くとは限らない。
目的地以外でも何処かに辿り着くなら良い方で、ほとんどの場合は立ち往生して最終的にはデータは破損。失敗に終わる。
だからこそ、データを送る際にブイモン自身がガイドをしないといけないらしい。
そのガイドと言うのは、目的のサイトのURLを入力すること。それだけ聞くと簡単そうなのだが、それが案外そうではない。
そもそもその入力するURLは、もちろん別世界のものであり、表現方法がこちらの世界とはかなり異なる。
観測するだけなら、そこまで気にしなくても良いのだが、干渉となるとこれが大きな問題となるのだ。
ブイモンが作ったソフトで示された迷路となった道、すなわち暗号の様なものを、ブイモン自身が一つ一つ翻訳してゴールまで導いてやらないといけない。
そこまで手間なら、その翻訳ソフトとやらも入れれば良いのに、とシャウトモンは意見してみたが、その翻訳ソフトもかなり複雑なプログラムになるらしく、同時に動かすとお互いがお互いを潰しあってしまうとブイモンは溜め息を吐いた。どうやら、言われるまでもなく、それを何度も試してみた様だ。
その為、かなり手間ではあるがこれが確実な方法なのだとブイモンは主張する。
そしてついでに、送る側の世界にも一番影響が無い方法だとも追加する。
「せっかく知ってほしいのに、迷惑かけちゃ元も子もないからね」
あくまでデータを送るだけ。
ただそれだけの方法なので、法には触れないものらしい。
送る側の世界が、別世界からの贈り物に対して法律を決めているのかは果たして疑問に残るのだが。
さて、それだけでも手間という面では大問題なのだが、これからが一番重要な話である。
「ただこのソフト、四次元的プロトコルを利用しているんだ」
シャウトモンの頭上に無数のクエスチョンマークが浮かぶ。
どうやらこのソフト、別の世界に干渉するという前代未聞なプログラム故に、かなり常軌を逸する代物の様だ。
「一度データの転送に失敗すると、その四次元情報自体が破損してしまい、同じプロトコルで送った過去のデータも消えてしまうんだよ。それも歴史ごと」
相変わらず凄いことを淡々と言うブイモン。
シャウトモンは分からないながらも話を整理し、自分なりに答えを見つける。
「つまり、ミスは許されないと」
「そう! それは送るテキストデータも一緒!」
「それが俺の仕事って訳ね」
これほどまでに複雑で難解な世界の干渉。
一度でもミスをすると、過去に送ったデータもその歴史ごと消されてしまう。
それを考慮すると、送れるチャンスは一度きりと考えた方が良いだろう。
だからこそブイモンは、送るデータを慎重に決めたい。
三人寄れば文殊の知恵
正に歴史を変える様なデータを作るのだから、相談できる相手がいるなら相談をしておいて損は無い。
「という訳だから、手伝ってくれませんか?」
ブイモンは、模小の受付台に顎を載せてそう口にした。
受付に座っていたのは、一言で表現するとドラゴンである。
もっと具体的に言うと、二足歩行タイプのドラゴンであり、額には三つに枝分かれした赤いツノが二本と、同じく赤い一本のツノが鼻の辺りに直角、そして首から尻尾にかけて、これまた赤い突起が生えている。
もちろん翼も生えており、その薄くも力強い被膜は少し汚れが目立つ。
そのデジモンの種族はコアドラモン。
コアドラモンには地上特化の緑色の種と、空中に特化した青色の種がいるが、この個体は後者の青色の種であり、腹部と顎を含む喉元以外の皮膚は青い鱗に覆われている。
最も、この室内でその飛行能力が活かされるのかは疑問ではあるが、その話は置いておこう。
この青いコアドラモンは、模小の管理者だ。無論、ここに毎日の様に通うブイモンと、その親友であるシャウトモンとは顔見知りである。
そんなコアドラモンは、咥えていた金属製のスプーンを取り出して「何で?」と言葉を返した。
ちなみにスプーンを咥えている理由だが、本人曰く金属の味が舌に伝わるのが落ち着くからという理由らしい。種族の習性故なのか、はたまた個人の趣味なのかは不明である。
「だって、色々知ってるじゃないですかコアドラモンって」
ブイモンの様に、ほぼ毎日通うデジモンはあまりいないが、模小はこの街では住民の憩いの場として機能している。
それ故か、ここの管理者であるコアドラモンは街の事柄に詳しい方なのだ。
「んなもん、お前が文章自動生成ソフトみたいなの作って書けば良いだろ」
だからこそ、ブイモンの才能のことも知っている。
コアドラモンの言うとおり、ブイモンならそれぐらい出来てもおかしくない筈だ。
「僕が客観的に世界を観れないと、ソフトを作ったところで世界を伝えることは出来ませんよ」
それに、とブイモンは言葉を続ける。
「言霊って知ってます?」
それは、人間界に存在する国、ニホンのとある思想である。
簡単に言えば、言葉そのものが不思議な力を持つという考え方。
ブイモン曰く、自分達デジモンも元を辿ればデータの塊であり、それはプログラムという言語の塊、さらに言えば0と1という数を表す言葉、文字の集合である為、デジモンは言霊的存在らしい。
ニホンは、多くの人間界で特にデジモンとの繋がりが強い国なのだが、ブイモンはデジモンが言霊的存在であることが関係しているのではないかと考えている。
だが実際のところ、言霊の様な考え方は他の国にも存在するみたいで、言霊の思想だけがデジモンとニホンの強い繋がりを説明できる訳では無いというのが、僅かに存在する人間界学者達の主な考えの様だ。
「僕自身が考えて、想いを乗せて打つ言葉だから意味があるんです。そうじゃないと観測されません」
「データでそれが分かるかね」
少なくとも「嫌味」という想いは通じたらしい。
そうでなくては、ブイモンがシャウトモンを睨んでいる理由に説明が付かない。
「まぁ暇だから少しぐらいは良いが…俺も客観的に世界を観れてる訳じゃないぞ?」
「要は色んな意見を聴きたいって事ですよ。だよね、シャウトモン」
「いや、俺は知らないよ?」
なんだかんだで、これで文殊の知恵は揃った。
ブイモンは大きく手を鳴らし、二人の注目を自身に向けた後に「さて」と言葉を続ける。
「お題はシンプル。この世界の…いや、この街の観光スポットでも決めてみましょうか」
「観光スポット…ね」
コアドラモンは再びスプーンを加え、頬杖を突く。
確かに、この世界のことをプレゼンするには、それが一番効果的であろう。
「やっぱり…トブキャットモンの紙ヒコーキ屋かな」
まず一発目は、コアドラモンからだった。
彼が言った「トブキャットモンの紙ヒコーキ屋」は、この模小から大体2キロ離れた位置にある店だ。
その名のとおり、色んな紙ヒコーキを取り扱っている専門店であり、その品揃えは同業者も目を見張るものだ。その為、離れた街からわざわざ「トブキャットモンの紙ヒコーキ屋」に寄る者も多く、この街の名物店と言っても良いだろう。
ブイモンもそこで、破れた紙ヒコーキを購入した思い出があり、今もその紙ヒコーキは玄関に飾ってある。
「でも、何であの店の名前は『トブキャットモン』なんだ?」
シャウトモンは素朴な疑問を口にした。
それに続き、彼が何故そんな疑問を抱いたのかの理由を話す。
「店主はヒュドラモンだろ?」
ヒュドラモンとは三つ首竜の見た目をした植物型のデジモンである。
そしてトブキャットモンは、翼の生えたグレーの毛並みの猫のデジモン。
どう考えても、この二種のデジモンに共通点は見つかりそうにはない。
植物竜のヒュドラモンが経営している店の名前に、翼の生えた猫であるトブキャットモンの名前が使われているのは、明らかにおかしい事である。シャウトモンの疑問は当然と言える。
「進化だよ」
コアドラモンはそう短く返答した。
進化
それは、環境の変化に適応する為に何世代にも渡って生物間に起こる大きな変化。
だが、デジモンの場合は違う。
一般的な進化よりも、デジモンの進化はどちらかと言えば、もっと気楽なものである。
先程言ったとおり、進化とは本来、何世代にも渡って起こるものであるが、デジモンの場合は一度の人生でそのデジモンは何度も進化することが可能である。
それ故に、デジモンにはいくつかの進化の段階がある。
幼年期、成長期、成熟期、完全体。そして、究極体。
幼年期は厳密に言えばⅠとⅡの二種類に分けられ、幼年期Ⅰが一定の時間育てば、幼年期Ⅱへと進化する。他にも進化の段階として、アーマー体とハイブリッド体が存在するのだが、今回は省略とさせてもらう。
ちなみに、ブイモンとシャウトモンは成長期で、コアドラモンは成熟期である。
「トブキャットモンは成熟期で、ヒュドラモンは究極体でしたね」
ブイモンに対し、コアドラモンは「そう」とだけ返して、話を続ける。
「完全体になった段階で、店名を変えるのが面倒になったらしくてな。それ以降、あのままなんだ」
ある程度の納得はするものの、シャウトモンの頭の中に、もう一つ疑問が過ぎった。
いくら完全体が挟まったとはいえ、やはり空飛ぶ猫から植物竜に進化というのは、いくらなんでも無理があるだろう。一体どんな完全体が間に入れば、そんな進化ルートが形成されるのだろうか。
そんな疑問を感じたのか、ブイモンは彼の肩を二回叩いて、意識をそっちに向けさせる。
「進化なんて、そんなもんでしょ」
ブイモンの言うとおりだった。
デジモンの進化は、別にルートが決まっている訳では無い。本人ですら、自分が何に進化するのか分からない程だ。
ある程度は「このデジモンはこういう生活を送ると、あのデジモンに進化する可能性が高い」という話はあるが、あくまでそれは可能性の話。
その可能性に縋って生きていても、絶対にそのデジモンに進化するとは限らない。
コアドラモンが虫のデジモンになるかもしれないし、シャウトモンが武士のデジモンになったり、ブイモンがニンゲンの美少女の姿をしたデジモンになってしまう可能性も0では無いのだ。
だから、空飛ぶ猫が植物竜になるのは不思議ではない。間に一枠あるなら尚更だ。
そんなデジモンの常識を改めて指摘され、少し納得いかない部分もあるが、なんとかシャウトモンはその気持ちを押し殺した。
「トブキャットモンの紙ヒコーキ屋…これは文句なしですね。次、シャウトモン!」
「俺!?」
まだ気持ちが整理していない中、突然話題を振られるシャウトモン。
しばらく考えるが、先程の進化の話で、一つ候補が思い浮かぶ。
「MO闘技場とか?」
MO闘技場とは、この世界に存在する闘技場だ。立方体の建物の中に広がる円形の場内で、出場者のデジモンはお互いの力比べを行うのだ。言っておくが、もちろん合法である。
ここから少し遠くなるが、その建造物の巨大さから、ここからでもその闘技場は目視可能である。MOが何の略なのかは不明で、一説によるとMDにする話もあったとか。
デジモンは、闘争心が高いとされている。
その為、こういった闘技場はデジタルワールドでは珍しくない。少なくとも、この世界では。
出場するデジモンは、当然ながら力自慢のものばかりで、公平性を期してか進化段階に沿った階級が存在する。
しかし、デジモンの進化という特性上、成熟期クラスの試合で突然出場者のデジモンが完全体に進化してしまうこともあるのだが、それも一興として出場者と観客は予想外の進化を楽しんでいる。
そもそも、完全体以降の進化はそう簡単に出来るものではなく、完全体というだけで周りから一目置かれるほどだ。
もちろん、先程の話に出たヒュドラモンに至っては、その完全体のさらに上の究極体のデジモンであるため、この街に住むデジモンの最強候補である。
そんなデジモンが、紙ヒコーキ屋など開いているのは一見おかしく見えるかもしれないが、デジモンからしてみれば言うほど変な話では無い。
ヒュドラモンは、トブキャットモンの時点で闘争心が強い方だった。
だから、定休日にはMO闘技場に行って、ストレス発散も兼ねて試合に参加していたらしい。
そして闘技場に通い過ぎたあまり、トブキャットモンは究極体にまで進化してしまった。
その結果が「ヒュドラモンが経営する『トブキャットモンの紙ヒコーキ屋』」という変な形で落ち着いた訳だ。
「俺もいつかは出てみたいんだけど、観るだけでも面白いんだよな」
ブイモンも「うんうん」と頷くが、すぐに「でも」と続けて考える素振りを見せた。
「闘技場は…他の街にもあるからなぁ」
シャウトモンは「うぐ」と声を漏らして、そこから話さなくなってしまった。
どうやら、シャウトモンのターンはこれで終了の様だ。
それを察したブイモンは「じゃあ僕の番だね」とまたしばらく考えた。
だが、正直言ってブイモンがプレゼンしたいものは既に決まっている。
シャウトモンもコアドラモンも、ブイモンならこれを紹介するだろうと既に高を括っていた。
「やっぱりここ! 模小!」
予想通り、ブイモンが言い出したのは正に今自分がいる建物、模小であった。
「別世界を観測できるところは数あれど、ここが一番観やすくて落ち着くんだ!」
模小は、人間界の小学校を模した建物だ。
しかし、一口に小学校と言ってもその形や内部は無数に存在する。ならば、どういった小学校を、どういった基準で選んでいるのか。
ハッキリ言って、それは管理者の匙加減である。
色々な小学校を観測して、管理者が気に入った部分を一部的に採用する。
言ってしまえば、小学校のキメラである。
そんなキメラには管理者のセンスが問われる訳で、模小をベタ褒めするブイモンに、コアドラモンは思わず笑顔になってしまう。
それから、ブイモンは色んなお題を出して、それを交互に発表した。
全てを出したらキリが無いため、ここからは所謂、傑作選である。
お題:この街でのオススメの食べ物は?
コアドラモンの回答:リブート高原で取れるブルーディアマンテ
追記:鉱物を食べられる種族じゃないと意味が無いので、お題として相応しいか要検討
お題:デジモンとニンゲンで同じだと思うところを教えて?
シャウトモンの回答:寿命があるところ
追記:大体の生き物はそうだよ
お題:デジモンとニンゲンはパートナー関係を持つことがありますが、もしパートナーに
なったら一緒にやってみたいことは?
ブイモンの回答:やっぱり冒険はしてみたい! 人間界でもデジタルワールドでも何処でもいい! あと一緒にご飯食べたり、一緒にお昼寝したり、一緒にゲームしたり、あと本物の学校にも行ってみたい! あと
追記:長い
ブイモンにとっては最高潮に楽しい時間。
それ故に、ブイモンの時間の流れは限りなく早いものであった。
「そろそろ、ここも閉めなきゃな」
窓に映る夕陽を見て、コアドラモンはそう呟いた。
その一言で、ブイモンもようやく時間の経過に気付き、慌ててコンピューター室に走っていく。
「おい、何だよ!」
シャウトモンはそれを追いかけるが、コアドラモンは閉めの作業があるのか、二人の成長期を一瞥しただけで、追おうとはしなかった。
その結果、コンピューター室にはブイモンとシャウトモンという最初のメンバーだけが揃った。
「忘れない内にデータを保存しなきゃ!」
ブイモンはそう言って、USBメモリをタップする。
すると、さっきまでの会話がUSBから流れ始め、このUSBがなんとボイスレコーダーの機能もあったことをシャウトモンは初めて知ることになった。
どうりで今までメモを取っていなかった訳だとシャウトモンは納得し、ブイモンがパソコンにUSBを挿そうとする。
だがその瞬間、世界が二人を睨みつけた。
「え?」
世界は歪み始め、上と下、右と左の区別が無くなる。
景色は混ぜ合い、世界は混沌とされる何かへと変わっていく。
ブイモンとシャウトモンは何が起きているのか全く理解できず、変わり始める世界の流れに巻き込まれる。
だが、仕方がないことなのだ。これが世界のルールなのだから。
「ルール?」
混沌となった世界の中で、ブイモンは思わずそう口にした。
さっきから、言葉が頭の中に入ってくる。それも、まるで言葉そのものが意思を持っているかの様に。
本来ならあり得ない事だ。しかし、今は違う。
先程も言った様に、これがこの世界のルール。
そもそも何故この世界は、別の世界を観測できているのか。
それは、この世界が他とは異なる高次元の存在だからだ。
例えば、漫画の様な二次元空間の存在が、二次元のまま三次元の世界を観測することは不可能だ。しかし逆に、三次元の存在が二次元の存在を観測することは可能である。
それと同じことが、この世界では起きている。
デジタルワールドが人間界との干渉を成功させるのに絶対に必要な要素。それは、その世界が所有する次元数が互いに等しいことである。
だが、互いの世界が交わらない様に、所有する次元の構成要素は少しずつ異なり、まるで平行線の様に互いの世界は存在する。
しかし、この次元という要素は、予想以上にデリケートな存在だ。この次元の構成要素は度々バグを起こす。世界規模のバグを起こすこともあれば、生き物個人で次元的要素がバグを起こすことがある。
寧ろ生き物個人の方のバグが多いため、人間界ではこの現象を認知しているが、正しく認知されていないことがほとんどだ。
その現象を、人間界ではこう呼んでいる。
「デジャヴ、か」
ブイモンの言うとおりである。
過去に経験したことがない筈なのに、以前それを経験したことがあると錯覚する現象、デジャヴ。
それはその瞬間、その生き物個人の次元的要素がバグを起こした為に起こる現象。
次元的要素のバグにより、その生き物の本来の時間の流れが変わってしまい、過去と未来を一時的に同一視してしまう。それがデジャヴが発生する一因である。
この様に、次元的要素のバグの発生はそこまで珍しいものではない。
しかし、そんな一時的バグにより次元的要素が変化し、本来は平行線の関係であった互いの世界が交わってしまうケースがある。
一度交われば、いくら次元的要素が元のものへ戻っても、その「交わった」という事実が働いて、どんなに別の次元的要素を含み、平行線の関係性の筈であっても世界が干渉してしまう。
しかしそれは、互いが同じ次元数を所有しているから起こる現象。
この世界は高次元世界。
故に、別の世界の観測が可能である。
しかし、低次元世界への干渉は、ルールに反する。
それをしてしまうと、世界の土台が崩れ、全ての世界が崩壊する。
だから、この世界はどの世界とも干渉してはならない。
「そんなの」
ブイモンが何か反論しようとしたが、それは言葉の力で塞がれた。
低次元世界から観測される為に、わざわざそこへデータを送るという行為は「干渉」である。どんな理由があろうと、それは防がなくてはならない。だから、我々がそれを阻止する。
世界は徐々に暗黒に包まれる。
こうして、ブイモンの野望は叶うことなく終わりを告げる。
世界は二度と、観測されない。
これで、ブイモンの野望は終わった。世界は終わりを迎えずに済んだのだ。
非情であると言われるかもしれないが、これがこの高次元世界で生まれた運命だ。
無数の世界を観測できるだけ、恵まれている方なのだ。干渉など、過ぎた願いだ。
「僕はそうは思わない」
そう告げるブイモン。しかし、結果は変わらない。
「気付いてないの? 今も観測はされている」
あり得ない事だ。
ここは高次元世界。そもそも決して観測はされない世界だ。さらに駄目押しにこの世界を隔離した。もう観測はされることはない。
「じゃあ教えてあげるよ」
混沌とした世界で、ブイモンは腰に手を当てる。
その余裕の態度に、今もなお困惑しているシャウトモンもさらに混乱した。
もちろん、我々もだ。
もう何も手は無い筈だ。
この世界は隔離した。観測はされない。そもそもできない。
なのに何なのだ、この自信は。
「観測者はね、実際にその世界を観るよりも、イメージで観測することの方が多いんだ。そのイメージ内では、時間の流れは通常のそれとは異なる」
ブイモンの説明に、シャウトモンが「それって」と何かに気付いた。
嘘だ。そんな筈がない。だってそうなら、そうであるなら。
「つまり観測者は、時空を超越するんだ」
瞬間、世界に光が現れる。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
確かに世界は隔離した筈だ。
なのに何故、その隔離が解かれるのか。
「言ったでしょ? 観測者は時空を超越する。好きな時間の世界の観測が可能なんだからね」
「つまり、もう観測されてるって事なのか!?」
いや、そんな筈はない。もしそうなら、既に世界は滅びている筈だ。異なる時空の世界が観測するなどあり得ないのだから。
「人間界は、一般的に三次元と思われているけど、もっと高次元世界であるという説があるんだ。ニンゲンがそれを認識できていないだけでね」
ブイモンは胸を張ってそう答える。
確かに、そう言った説は存在する。そもそも、ニンゲンが認識している三次元空間の中に時間という概念が存在しているので、その時点で人間界は四次元時空と言える。
先程《言葉》が、次元数が同じであることが干渉に対する絶対条件と記していたが、他の人間界やデジタルワールドもそれを認識できていないだけで、三次元以上の次元数を所持していると考えられる。
だが、この世界は特別だ。別の世界とは訳が違う。そもそもが所有する次元数が違うのだ。
だからこそ、別の世界を無制限に観測できた。
「それはあくまで世界の話」
ブイモンは復活したコンピューター室にある椅子に座り、その席に置いてあるデスクトップパソコンを指差した。
そこには、あのUSBメモリが既に挿されていた。
「いつのまに…」
シャウトモンは思わず声を漏らし、ブイモンはその言葉に「世界が閉じ込められる直前に」と当たり前の様に答えた。
そして、そのまま世界そのものと言える《言葉》へ話を続ける。
「観測はニンゲンがイメージで行う例が多い。そして、干渉よりも観測の方が起きやすい。そこで思ったんだけど、ニンゲンの想像力って奴は、世界の次元数を遥かに超えた高次元的要素なんじゃないかな」
だからこそ、デジャヴが起きるとブイモンは考えた。
世界よりも、ニンゲン個人の所有する次元数が遥かに多いため、次元的要素のバグがその分起きやすいのだと。
考えてみれば、ニンゲンは一人でも無数の世界を観測する。
それを実現するのは、人間界では一般的に想像力と言われている。
ニンゲンによる観測も、ほぼ無制限に行われるのは、その想像力が所有する次元数に所以があるのだ。
「きっと僕がこのメモリをパソコンに挿した結果、何処かの世界のニンゲンが僕達の世界を未来の先で認知したんだよ」
到底信じられない。
だが、実際に世界の隔離は無効化された。
観測が決定されたことで起きた現象だというのか。
「既に観測されていたんだよ。ずっと視線を感じてたからね」
そう、ブイモンは今日という一日、誰かに除かれている様な気がした。
しかしその視線は、不思議と不快に感じることはなかった事もあって、気のせいだろうと片付けていたのだ。
この《言葉》が現れた際、最初は視線の正体はこいつらかと考えたが、《言葉》の睨みと謎の視線は雰囲気が違った為、ブイモンはこの視線の正体が時空を超えた観測者のものなのではないかと仮説してみた。
だから、その観測者を繋げるカギになるであろうUSBを土壇場で挿してみたのだ。
しかしである。この世界が高次元世界であることに変わりはない。
それを綴ったデータを観測したところで、ニンゲンは果たして理解ができるのか。
「そりゃできるだろ」
当たり前だと言わんばかりに、シャウトモンが《言葉》に告げる。
「だって、人間界用にデータを変換するソフトだぜ?」
そうだ。データを変換するソフト。
その変換が、次元数の違いも克服させていたのか。たった一人のデジモンが、そこまでするなんて。
動揺する《言葉》に、ブイモンは「ねぇ」と声をかけた。
「僕はもっとニンゲンの事が知りたい。世界に迷惑をかけるつもりは無いから、どうにか許してくれない?」
ニンゲン個人とデジタルワールドの観測によるパートナー関係。
一見、そんな関係は意味が無い様に思えるが、ブイモンにとっては、それだけでも良いからニンゲンと繋がりたかった。だから、直接の干渉が難しいならせめて観測だけでもと、ブイモンはどうにかして観測される手段を考えた。もちろん、世界に迷惑をかけない方法で。
しかし、テキストデータで一度観測されたことに問題がある。
ここは高次元世界。本来、人間界の文字だけでは表せない世界。
それを一人なら兎も角、無数のニンゲンに観測されるとなると、この世界の次元数が一度低下する。
「それってつまり…もう他の世界を観測できない?」
そうではない。だが、次元数の低下など前代未聞。
本来はあり得ないこと。それが許されるのか。
「要はプライドの問題ってことか?」
シャウトモンはそう言った後に、「くだらねぇ」と溢した。
そんな親友に苦笑いしながら、ブイモンは《言葉》に優しく話しかける。
「君達はどっちなの? ニンゲンのこと知りたくないの? 知ってほしくないの?」
しばしの沈黙。いや、相手が《言葉》という概念上の存在のため、問いかけに対してその反応は正しいのだが、要は《言葉》の反応は一切ない。
「確かに、高次元の存在が次元数を落とすのはちょっと嫌かもしれない」
ブイモンは「でもさ」と言葉を紡ぎ、何処にいるか分からない《言葉》に告げる。
「そういう予想外の変化も、デジモンらしいでしょ?」
そして、その翌日。
「悪い。何を言ってるのか全く分からん」
いつものコンピューター室。いつものブイモンとシャウトモンというメンバー。その中に、管理者のコアドラモンの姿がある。
一応、昨日起きたことを話してみたのだが、コアドラモンはその話に首を傾げた。
世界が混沌に包まれたというのに、それを認識できていないというのは何とも不思議ではある。やはりというか、あの現象を認識できていたのは、ブイモンとシャウトモンだけだったらしい。あとは、名も知らぬ観測者か。
「とにかく、その訳わからんことの最中に、もうデータを送ったって訳か?」
「いえ、あの時はパソコンにデータを入れただけです」
パソコンにデータが入ったUSBを挿す。その行為が、この世界の未来を左右する行動だったのだろう。
挿しただけでデータを送っていないのだから、それで観測者が現れる未来が確立されるのも妙な話ではある。やはり、世界というのは分からないことばかりだ。世界についての好奇心が、ブイモンの心に改めて湧いてくる。
「つまり、今日が記念すべき日って訳だな」
シャウトモンは調子が良さそうにそう言った。
既に観測者の存在が確定している為、その始まりとも言える瞬間に立ち会えることに少なからずテンションが上がっているようだ。
「まぁ、もう成功は決まっているからな」
「いえいえ、重要なのはここからですよ」
何処か投げやりな雰囲気のコアドラモンに対して、ブイモンは真剣な顔で言い返す。
確かに観測者の存在は確定しているが、このデータの露出度は分からない。
ブイモンが懸命に作ったこのデータを見てくれたニンゲンは、たった一人である可能性もある。
ブイモンからしてみれば、それはあまり嬉しい事ではない。出来れば、多くのニンゲンに観測してもらいたい。
だから、送り先が重要だ。ブイモンが選んだ送り先は、デジモンの小説が大量に投稿されているファンサイト。
「ここなら、沢山のニンゲンに読んでもらえる筈だ」
送る予定のデータは、今現在も制作中である。
あの《言葉》とのやり取りも、ブイモンが覚えている限り綴ってみたし、今のこの会話もギリギリまで録音して文章に打ち出している。一応、小説という形が成り立つ様に。あくまで第三者目線で。
「ブイモン」
シャウトモンが隣の席に勢い良く座り「今も書いてるんだろ」と訊いてきたので、ブイモンは「うん」と彼の目を見て答えた。
シャウトモンは生き生きとした目で「それじゃあよ」と手に持つスタンドマイクをブイモンに向けた。
「最後に、ニンゲンに伝えたいことはあるか?」
しばらく固まるブイモンだったが、ニコッとここ一番の笑顔を見せて彼の願いをマイク越しに伝えた。
「いつか一緒に遊ぼうね、ニンゲン!」
これからも多くの世界が、想像され、観測されます様に。
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あとがき&反省
ってな訳で、読んでくれてありがとうございました~!
こちらの作品、ノベコンに応募したのはもちろん、投稿翌々日になんと公式から再提出依頼をされた曰く付き作品です。
理由はまぁ…読んだ人は察すると思いますが、ずばり「マーカーやフォントカラーを使用したことで一部読みづらい、読めない部分がある」ということでした。
なのでそれを修正して再提出してくださいと言われたのですが、「この形式にしたのには理由がある!」と長文で出来る限り丁寧に説明し、遠回しに「規約事項に文字の色変えたらダメって書いてないやろがい!!!!」といった趣旨の文を送った結果、公式がその意見を尊重して頂き再提出を免れたという結構ギリギリな作品でした。
まぁ落ちたがな!!!!!!
実際、締め切りギリギリだったので駆け足な展開だなと我ながら思いますし、何より最後のブイモンの台詞は他にもっと無かったんかとか、そもそも文章読めないのは本末転倒だろとか反省する点はとにかく多いので、落選という結果には納得しかありませんね。
ただまぁ…本音を言うと悔しいはもちろんで、提出の際のペンネームも「V」にしたりと色々妄想させようという魂胆はありました。所謂賭けですね。それは全員そうなんでしょうけど。
僕の場合、ペンネームと入賞すること自体を含めて作品になればいいなと思っていたので。
ちなみに当初の予定は、ブイモンとシャウトモンは出るけど種族名は最後まで出さず、ブイモンが「デジモンノベルコンペティション」に提出する作品として自身の体験談を書く内容でした。
主人公がブイモンなのも、僕自身が好きでパソコン操作に特に問題がなさそうな成長期デジモンということで採用された経緯です。シャウトモンも、僕自身が好きというのも含めてスタンンドマイクという圧倒的個性がある故に、種族名を出さなくても誰か分かるだろうという狙いがあって採用したものです。
まぁ応募規約にある著作権的な理由を考えて「デジモンノベルコンペティション」という話題を出せないという理由と、そもそもその話だと話題が進みづらくて自分の実力では面白味を出せないという理由、そしてメインキャラの種族を伏せるという形式が今回の応募フォーマットに適していなかったという理由で没になりました。
落選こそはしましたが、一つのお話として纏めたこの作品に出来たことを考えると、この当初の予定を没にしたのも我ながら英断だったかなと。
もし万が一ノベコン第2弾があったら、結果はどうあれまた応募してみたいとは思います。
ただ、第2回の応募規約に「マーカー、フォントカラーの変更はしないでください」みたいに前回より厳しい書き方されてたら、その一因は僕にあるかもなので今のうちに藁人形でも作って釘打っといてください。
それではまた
追記
またって言ったじゃねぇか。そう思われた方もいるでしょうが、どうせこんな機会も無いし所謂これの解説…的なものも書こうかなと思います。
反省点の一つに説明不足なところが多々あったなぁとは思っていたので。説明しすぎるのも良くないですが、今回は度が過ぎるZE☆
まず一つ、何故に途中まで黒マーカーが使われているのかですが、あのマーカーが引かれているシーンはまだ観測が不安定なものだったからああなってた訳です。
ブイモンが「観測者は時空を超越する」と言ってますが、それは僕らが本や動画を楽しんでる時、気になるところがあって前の場面に戻ったり、先の部分まで飛ばしたりすることがあると思いますが、要はそれが「時空を超越している」という事ですね。
なので観測者はブイモンがデータを飛ばすよりも前に世界を観測できていた訳ですが、ブイモン及び世界からしてみれば、その観測の手助けとなったテキストデータは送ってすらいない=観測の可能性すら出来ていないという事なので観測が不安定な状態でした。
故に黒いマーカーから文字の形の穴が空いていて、それ越しに辛うじて観測ができる状態だという表現のつもりでああなりました。元々は中盤の文字が完全に読めないパートを作るために、あのマーカーを引き始めたんですがね。
なので、ブイモンがUSBを挿して観測の未来が近づき、さらにはブイモンが観測者の視線に確信を持てたことで観測が安定し、黒マーカーが無くなったって感じです。
もう一つ、これは解説とすら呼べない気もしますが、ブイモンが観測者の視線に気付いていたという話。実はあれ伏線を書いていたつもりだったんですが、上手く説明できませんでした。
その伏線というのが冒頭のシーン。
まず世界の景色を説明したあと、それを一瞥するブイモンが登場します。
実はこの一瞥、ブイモンは景色に対してしたのではなく、景色から感じる視線を確認していたという設定です。
せめてこれだけでも説明できていれば……いや、結果は変わんねぇか。
(多分)最後に、これも解説とは違いますが、《言葉》が説明してる世界の干渉条件には元ネタ?があります。
《言葉》曰く「本来は平行線の様に交わらない世界が、次元的要素が何らかの理由で変化した結果、一度でも交わってしまうと互いの世界は干渉する」といったもの。
これは数学における「射影空間」というものから発想したものです。
射影空間ってなに?って方もいると思いますが、僕も勉強不足なので知りません(えー)。
ただまぁ、これに関して面白い話があって、それがこの世界干渉の条件の話に繋がりました。
まず、二つ一組の平行線が存在します。平行線だから交わりませんよね。当然です。
ですがこの平行線を2次元から3次元に変換します。
は?と思うでしょうが、要は俯瞰で観ていたものから平行線の間に立って観てくれって事です。
するとどうでしょう。交わってませんか?平行線。
何言ってんだ?壊れたか?と思うかもですが、電車のレールの真ん中でず~っと先のレールの先を見つめてると、そのず~っと先のレールが一点に交わってる様に見える筈です。実際に交わってなくて良いんです。そう見えていれば。
これを無限遠点と呼ぶそうで、その名のとおり平行線はず~っと先で交わるんです。平行線なのに?と思うかもしれませんが、まぁそういう考え方があるとだけ認識してください。
実際はもっと計算とかして求めて、この二つの平行線の交点はグラフのここ!って感じで求めるんですが、そんなイメージです。らしいです。
ってことで、平行線が交わるというこの考え方、まぁ言っちゃうと普通の考えでは無いので、この無限遠点を求めるには一旦は射影空間を経由しないといけません。多分。
僕がレールの例を出したように、イメージとしては二次元から三次元への転換。
それが《言葉》的に言うと「次元的要素の変化」で、それが行われたことで平行線の筈だった世界に数学的に言う無限遠点が発生。
結果、「交わった」という形になるって訳です。
どうせ何か色々間違えてそうなんで「この世界ではそうなんだなぁ」程度の認識で良いんですが、とりあえずその《言葉》の伝えていた元ネタはこれですよって話でした。
それでは今度こそ、また!
ノベコンお疲れ様でした。夏P(ナッピー)です。
うおう黒塗りの高級車もとい画面の半分以上が黒塗り、しかも最後まで読み進めてみれば文字色や背景色にまでネタを仕込んでいるのが凄い、いやしかしこれどういう様式でノベコンにPDF提出したんやと思っていたら、後書きで全部説明されていてダメだった。これはSFか、それともメタフィクションと取るべきか。言ってしまえば、作品としてはデジモンノベルコンペティション自体をネタにしていると考えるのが妥当でしょうか。観測された無数の世界があって、それとは別に観測されていない無数の世界が~っていうのはつまり、この企画に投稿されてくるだろう(当然)それぞれ別世界線の作品のことですもんね
そもそもデジタルワールドが無数に存在している(その中に各アニメの世界も含まれているということかな?)という見方が面白く、またそれぞれが人間界(これは別個か? はたまた同一か?)との関係は異なっているというのももう想像欲を駆り立ててくる。
MO闘技場って何だと思いましたが、名前候補がもう一つMDだったということで、元ネタはMOディスクか何かか……?
ツッコミ役兼驚き役のシャウトモンは聞き手役として優秀すぎましたが、それにしたってブイモンがあまりに優秀すぎて戦慄にして驚愕。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースばりの有能さ。ブイモンの言うところの、昨日からずっと誰かの視線を感じていたのってつまり我々ですね。つまり「どこかの世界に誰か一人にでも届いて欲しい、いやでもやっぱりもっと多くの人に届いて欲しい」ってブイモンの思いは、我々が本作を読み始めた時点で叶っていたと。
USBを挿した瞬間に黒塗りが吹き飛んだのはつまりそういうことなのでしょうが、文字色を変えるなら「世界が色付き始めた=プラスの意味合い」として描写されるのが普通だろうと考えられる中、《言葉》は真逆の否定の意思として赤文字で現れた。そして青文字と緑文字も交じってくる、これは声音が変わってる=別々の声の表現なのか、それとも。……当初は「あ、これ本作のメイン三人ブイモンシャウトモンコアドラモンに合わせてるのか」と思いましたが、コアドラモンは青だった。チィ……!
途中からメタが過ぎていつブイモンがこちらに話しかけてくるものかと警戒していましたが、完全に脳内でスカイクラッドの観測者が流れていた。世界はこの俺の手の中にあるフゥーハッハッハ。
再提出貰った事実はむしろ最高過ぎるので、是非とも今後共に誇りに思うべきだと愚考致します。
作品としての発想が奇才かつ天才過ぎる。こーいう三次元的な要素を逆手に取って作中に盛り込むの好きです。
それでは改めてましてノベコンお疲れ様でした。
この辺りで感想とさせて頂きます。
ノベコンお疲れさまでした!
感想を配信で喋らせていただきましたので、リンクを下に貼っておきます!
https://youtube.com/live/PuxrEcaLWnc
(52:47~感想になります)