「ここは大マジらしいからな」
「幽霊が出たら絶対バズるな」
都市部から離れた場所にある、とある廃墟。
DWとの通信をメインに行なっていた研究所であったらしいが、数年前に起きたデジタルハザードによって機能が停止し、それからというものデジモンも人間も寄り付かぬ場所になったという。
彼らがここに来たのは、所謂企画だ。
彼らは動画配信者だが、動画の閲覧数が伸び悩んでいた矢先にこの廃墟での怪談を聞き、撮れ高あればさらに良し、というわけだ。
廃墟に至るまで、既に見たことも無い花が咲いていたり、鉄道も通っていないのに意味もなく設置された踏切など異様な空気が立ち込めていた。
3人のうち1人は既に怖気づき、帰ろうと2人に促すがそんな言葉届きやしない。
ついに車は廃墟の正門前まで到着してしまった。
車から降りて、早速スマホを翳して生配信が始まった。
「ンどもども〜ッ!ラキハピニキチャンネル始まるよ〜ッ!」
「今回は肝試し企画ゥ!デジタルハザードで死んだ人の幽霊が出るという曰く付き廃墟にやってきました〜ッ☆ヨッチもうビビりすぎて帰りたがってやんのwww」
暗い山の中、場違いな程に明るい声が響く。
風の音すら聞こえないような空間に、なぜこの2人が平気なのか、逆に恐ろしく感じる。
「ンでは早速廃墟に」
「やあ。こんばんは。いい夜だね」
一斉に上がる悲鳴。
コメント欄が高速で流れる画面はライトで照らされた先を移す。
廃墟の正門に寄りかかって手を振る、背の高い人間。
赤いタートルネックのサマーニットにハイウエストの黒スラックス。スマホのライトを反射する金の金具。
黒い髪を下ろしてはいるが、艶は良く、左に向かって前髪を流している。
どことなく中性的な姿、いわゆる男装の麗人のような雰囲気だ。
「こんな辺鄙なとこに、しかもこんな時間によく来たね。動画の配信かな。フフ、感心はしないね。あ、動画に映すなら美人に映してくれたまえ」
腰を抜かして呆ける3人に、叱るともなく陽気に話しかけるその女は、不気味な空気を纏うここには場違いすぎる。
幽霊にしては鮮明だし、コメント欄……リスナーにも見えているため、幽霊では無さそうだった。
「ちょ、びっくりさせないでよお姉さん!マジでビビったわ!wwww」
「こんな真夜中にお姉さん1人何してんの?wwwwお姉さんも動画配信?てかお姉さん超美人だね、俺たちと一緒に肝試しする?wwww」
「お、おい……やめろって……」
目の前の相手が生者だと安心した2人が、スマホを彼女に向けてナンパじみた声をかけるのを制止するが、雑に押し退けられる。
女は余裕のある表情で2人を見つめて微笑んでいる。
「私はちょっとした探し物をしているのと、……君たちみたいな子たちを帰すためにここにいるんだよ」
「お姉さん探し物?なら俺たち手伝うからさあ〜帰れだなんて言わないでよ」
「フフ、感心しないね」
肩をつかもうとした手を払うと、女は静かに人差し指に中指を絡ませた。
「ここからは立ち入り禁止だ。未だに事故の余波で周りにデジタルシフト現象が見受けられ、どのような被害が起こるか未知数だ。怪我をする前に帰りたまえ。それに廃墟への侵入は無許可の場合不法侵入の罪に問われるからな」
真剣味を帯びた警告に、背中に冷たいものが走る。
先程の見たこともない、やたら薄っぺらい花や違和感しかない踏切はデジタルシフトの影響で出現していたのだ。
「……マジでヤバいって、帰った方がいいよ……!」
「はぁ〜?お姉さん何言ってんの?警察みたいなこと言うじゃん」
「まあ大丈夫だからさあ、通してよ」
「ダメだ。引き返せ。
ここからは君達ニンゲンの領域じゃない。
魔王とか災厄が出る。
今すぐに立ち去りたまえ」
毅然とした態度で行く手を阻む女に、2人は明らかに苛立ちを覚えていた。
長く付き合っている、2人の気が短いのは分かっている。
コメント欄も2人を煽るようなコメントがほとんどで、たまに目に止まる落ち着きのあるコメントにしか安らぎがなかった。
「2人ともやめなッて!」
「お姉さんいい加減にしないと困るんですけどォ!」
咄嗟に腕を掴むが振り払われ、握り潰さん勢いでその手は女の肩を掴み、思い切り突き飛ばす。
多少驚いた表情を浮かべるも、「おっとっと」と軽くつぶやく女を、恐怖で震えながらも急いで支えに行く。
「お前だけいいカッコしてんじゃねーよ」
「今回はコンビ配信でーすwww」
唾をはきかけんとばかりの勢いで言い捨てた2人は、廃墟への正門へと手をかける。
すっかり錆び付いた門はサビをサラサラ落としながらキイキイと耳障りな音を立てる。
「あ、あの、大丈夫ですか」
「ご親切にどうも。やれやれ言っても聞かないか。困ったね」
「すみません、あの2人ちょっと……」
「まあ大丈夫だよ。すぐ出てくるから」
スラリとスマートに立ち上がり、自然な仕草で女はエスコートをするように手を取り、男を立ち上がらせる。
「あの廃墟はね、執念深いデジモンしかいないんだよ。デジタルハザードで行方不明になったとあるテイマーを探すために、日々ここにあるデジタルゲートを使っているんだ」
この廃墟の怪談の所以たるデジタルハザード事件は、男がちょうど小学生の時に起きた、世界的にも大きく報じられた出来事だ。
研究員やその施設にいたデジモンは全員死亡、鎮圧に向かった警察官・デジモンも何人か殉職していたはずだ。
「運良く生き残った子達がね、まだ探しているんだよ」
「……そうなん、ですね」
「私もそうだからね」
「……?」
女が呟いた一言に、首を傾げると同時だった。
「ウワァ───────!!!!!」
突然、暗闇を切り裂くような絶叫が耳をつんざく。
バタバタと慌てた様子で走る靴音は一気に2人の真横を通り抜けていく。
自分を置いて……というか、自分と車を置いて、男の同伴者2人は逃げ去っていった。
「おい」
2人の見えなくなった後ろ姿に呆けていると、正門から冷たく腹に響く低音が投げかけられる。
後ろを振り向くと、巨大な漆黒のデジモンが正門から身を乗り出していた。
肩や手についた鋭い歯をガチガチと鳴らし、まるで威嚇をするかのように。
カヒュ、と、恐怖で喉から空気が抜ける。
「すまないね、入られちゃった」
「ちゃった、ではない。こんなモノまで」
先程まで男の相方2人が握っていたスマホをバキョ、といとも簡単に鋭い歯が磨り潰す。
女はそれを見てただ笑うばかり。
フン、と鼻を鳴らして腰が抜けて立てなくなった男を睨みつけた後、それは再び廃墟の中と去っていった。
「ね?だから言っただろう。さあ早くお帰り。あとあの子たちとつるむのはもうやめたまえよ」
すっかり立てなくなってしまったが、女は微笑みながら肩を貸し、車までゆっくりと足を進める。
「お姉さん幽霊……?」
思わず出た言葉に、ハッとなって口を押えるが、女はただ微笑みを返す。
「フフ、私は生きているよ。生きているが、半分死んでいる。さあ、気をつけてお帰り」
煙に巻くような言葉を返事にして、女は車のトビラをがぱり、と開けて運転席へと座らせる。
女に最後にお礼を言おうと口を開きかけるが、細く長い人差し指が唇を制した。
「もうこんな彼岸に来てはいけないよ。さよなら」
……それで、気がついたらアパートの目の前に車が停まっていた、という訳だ。
2人はまだ帰ってきておらず(当たり前だが)、男は自分のスマホでアカウントにログインし、混乱する配信に顔を出す。
「……俺、ハピラキニキチャンネル脱退します!みんな今までありがとうございました!」
それだけ伝えて、男は配信を停止した。
さて、2人が帰ってくる前にどれだけ私物を纏められるか。
明け方が空に滲んでいる。
今までの胸の取っ掛りが外れた、晴れやかな気分で男はアパートの階段を昇った。
◇
「なんの為にお前が門番をしているんだ」
「悪かったよ。そんなに怒らないでくれたまえ」
廃墟の中、デジタルシフト化した空間に、女はいた。
目の前には5体のデジモンがいる。
ボロボロのデスクに腰掛け、威圧的に腕を組むプルートモン。
苛苛が隠せず髪の毛をくるくるといじり続けるルーチェモン。
すっかり意気消沈したようなしなびれを見せるアルゴモン。
今にも泣きそうなロップモン。
壁によりかかり顔すら向けないバグラモン。
重たい空気の中、女は微笑みを絶やさない。
「……末結美、もう見つからないのかな……」
涙声でそう呟いたロップモンがしとしとと泣き出す。
「馬鹿を言うな、末結美が死ぬわけないだろう。現にこうして私たちが生きているんだ。そんな事二度と言うなよ!」
「ひゃああ……!」
「ルーチェモン、キツい」
泣き出したロップモンの言葉を、多少厳しい口調でルーチェモンが否定する。
身を乗り出す勢いで詰め寄ろうとするルーチェモンを、アルゴモンが触手で優しく制すると、舌打ちをしながらルーチェモンは壁際の椅子にどっかりと腰掛けた。
「……不安なのは皆一緒だ」
バグラモンのその言葉に、他のデジモン達も静かに頷く。
ロップモンは小さな身をさらに縮こまらせてしまう。
「……ロップモン、不安にさせて申し訳ない。もう少し、みんなで頑張ろうな」
女はロップモンを抱き上げ、優しく抱きしめると、ロップモンはすんすんと鼻をすすりながら長い耳をくるんと肩に回して抱き締め返した。
「ありがとう……わたしがんばるね……」
「ありがとう。皆頑張ってくれてるからね。絶対見つかるよ。私も頑張って探すから」
「いいや、捜索は我らに任せてもらおう。お前は末結美の"生命維持装置"だ。それだけに専念しろ。分かったな」
「プルートモン。……そうだね、わかった。頼りにしているよ」
女はプルートモンと拳を突き合わせ、廃墟を後にする。
すっかり廃墟の暗闇に目が慣れた金色の目に、朝ぼらけの空は眩しすぎる。
女とアルファモンの2ショットが映るスマホの画面には、職場の同僚からの着信履歴が16件ほど通知されていた。
「朝帰りはちょっと辛い、んだよね。ニンゲンは。今日は有給とって身体を休ませてあげなきゃ」
通知をサッとスライドし、女はようやく電話を折り返した。
「もしもーし、ハジメくんとオメガモン?おっはー。今日朝帰りだから末結美の体休ませるために有給取るっていい感じに誤魔化して伝えてくれたまえ。ではおやすみなさーい。チュッ♡」
要件を手短に伝え、スマホ越しの2つの怒鳴り声をミュートにし、女……末結美の体を片手に優しく抱えたアルファモンは朝が広がる空へと飛び立った。
◇
◇◇◇◇年○○月△△日
『最大規模のデジタルハザード発生 死者多数』
某県某市のデジタルワールド拠点・DW研究所にて最大規模のデジタルハザードが発生。
研究所は深刻なデジタルシフト現象による、身体崩壊や精神分離が起こり、研究員の死者は250名と見られている。
警察の特殊部隊「D.A(デジタルエージェント)」がこれを鎮圧したが、そこでもデジモンを含めた死者や怪我人が複数人出ている模様。
デジタルシフト現象は山一帯に広がっており、現在立ち入り禁止となっている。
これは夏の怪談、というか最後の記事っぽい文章に鳥肌が立ちました。夏P(ナッピー)です。
一番驚いたのがアカンこれ死んだわと確信しましたが二人が死なず(スマホはご臨終した)に終わったことでしょうか。デジモンサヴァイブの影響で赤のタートルネックと出た時点で「アルケニモンだ! この女アルケニモンだぜ絶対!」と警戒していましたが、一応(?)肉体としては人間そのものだったということでしょうか。デジモンアドベンチャー的なデジモンと人間は表裏一体もしくは一心同体、片方が死すればもう片方も死ぬという感じなのではなく、最後の記事からして“女”というか“末結美”は精神分離を起こして精神だけDWに飛んでしまい、抜け殻の肉体だけがそこにあるということ……?
彼岸という言葉はまさに文字通りの意味での彼岸だったということで……ロップモンだけ浮いているのかと思いましたが、究極体を思えばオメガモンやアルファモンも含め凄いデジモン達がいる……バグラモンまで。
警察の特殊部隊なるワードも出てきましたので、これさては尾ひれがつきまくって都市伝説化してまたバズリを狙う配信者が続々と来る奴では……?
彼は配信チャンネル脱退できて良かったのか、いや逃げた二人は最初に「死ななかった」と書きましたが、案外帰ってくるまでに消されたりしてなんて怖い想像をしてしまうのでした。真夏のホラーならかく在るべしか。
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。