目を開けると、眩しく動くオレンジ。紺色の背景。少しずつピントが合う。眩しいのは焚き火。それを座って見つめる君。あぁ、もう夜なんだ。
目が赤く腫れてるね。水を勢いよく飲んで、口の端から溢れてる。顎をつたって、肩から掛けてるのは…ねぇ、それ僕の大事な毛皮じゃない?濡れてない?
僕はまた君を泣かせちゃったんだね。
やっと戦えるようになったのに。今日からは君に頼って貰えるって、そう思っていたのに。
第二幼年期の頃からトレーニングをいっぱいして、それでも無理はさせないようにって、君はいつも僕を気遣ってくれたね。何かあるとすぐに僕を抱っこして、目の高さを合わせてくれて、
「痛くない?無理してない?」
って困ったように笑いかけて、なでなでくれる。元気だよって伝えたくて、まだ言葉を持たなかった僕は、その手を甘噛みするんだ。そうすると笑ってくれるから。気遣ってくれる優しい問いかけも安心できるけど、ちゃんと笑った顔の方が好き。
今日も、ただ笑って欲しかったんだ。やったねって一緒に喜んでほしかったんだ。
今朝やっと僕は成長期に進化した。つまりトレーニングだけじゃなく、誰かとバトルができるようになったって事だ。単純に嬉しかった。強くなれた。なれた気がしてたんだ。これまでより大きくて強くて頼もしい、今度は僕が君を守ってあげられるような存在に。
僕のデビュー戦は惨敗に終わった。憧れたミスリルの毛皮の持ち主に。「負け」なんて優しいものじゃない、殺されかけた。バトルっていうのは命の取り合いだ。そんな当たり前の事に、実体験するまで気づけなかった。
結局また君に助けられて、抱えられて逃げた。立てないくらいの大怪我だった。今も、あぁ、せっかく忘れていた傷が痛みだす。脚が、背が、熱を持ってジンジンと疼く。
毛皮の代わりに僕に掛けられているのは、君がいつも使ってるブランケットだね。君の匂いがする。少し気持ちが落ち着いた。
衣擦れの音に気づいた君が、駆け寄ってくる。頭を限界まで下げて、目線の高さを合わせてくれる。
「無理しないで、痛みは?」
平気だよって言いたいのに、声が出ない。
察してくれたみたいで、頭を撫でてくれる。いつもみたいに困ったように笑って、でもいつもと違って目に涙が溜まっていて。
泣かないで。僕、元気だよ。
「ちょっと待ってて、水持ってくるから」
待って、ねぇ待って!
撫でてくれている手が離れるのが心細くて、噛みついた。ちゃんと加減してるよ。ねぇ、僕元気だよ。前と同じだよ。
寝転んで君を見上げていると、昨日までの進化する前の僕に戻ったみたいだ。
また君は屈んで頭を下げて、僕に目線を合わせてくれる。
「こんなにクッキリ歯跡がつくくらい噛めるなら、まだまだ元気そうだね」
溜まっていた涙は溢れちゃったけど、ちゃんと笑ってくれた。
痛かった?ごめんね、でも伝わって良かった。噛んだところを一舐めして、息を吐く。まだ少し眠い。
「寝てていいよ、ゆっくりお休み」
またなでなでしてもらって、安心する。
本当は君を安心させてあげられるようになりたいけど、今はまだこの方法しか思いつかないから。
笑って貰えるなら、僕はいつでもはあとを君にあげるね。
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あとがき
もう10年くらい前に書いた同じタイトルの作品を1から書き直しました。
前作『啼音、妬けど』も『はあと』のリメイクのつもりで書き始めたのですが、やっぱり懐かしくなってしまって。覚えてる人がいるといいなぁ