手が血に濡れていた。地面には昨日まで笑い合っていたデジモン達が転がっていて、その目は恐怖と苦痛を私に訴えかける。
「……なんて、おぞましい、やはり天使型デジモン達は皆同じなのだ……」「あのルーチェモンと同じ……」「私達をずっと騙していたんだ……」
倒れたデジモン達の恨み節が聞こえる。か細い声で息絶え絶えに、殺されると思いながらも彼等は私に憎しみを投げかける。
耳を手で塞ぐと、ねちゃと返り血の水音がした。
その場から逃げ出したくて、でも逃げる場所も私には思いつかなかった。この小国で育ち、この小国を愛していた。一度も国から出たことなどない、ただ熱心にビーストヒューマン隔てなく平和に幸せに生きられる様にと努めてきた。
「ルーチェモン様……どうしてこうなったのです……」
ふと、視界の端に幼年期のデジモン達と、それを守る様にか率いる様にか立つコテモンの姿が映り込んだ。
彼等は弱く、もう戦いは終わったとはいえ、瓦礫やガラス片は彼等を傷付けるにはは十分だ。
誰かが保護しなければと私が歩き出すと、彼等は怯えた顔をして逃げていく。
つい昨日、一緒に野菜の苗を植えて楽しみだねって笑い合ったのに。今の私は彼等にとって恐怖なのだ。
地面に置いたままの剣を取りに引き返す。戦闘が始まる前に投げ捨てた剣は誰も切ってないのに血に汚れていた。
刃に映る自分の顔は仮面に隠れてもひどく歪んでいるのがわかった。
街から立ち去る時、戦いから離れた場所にあったのにぐちゃぐちゃにされた野菜の苗が目に入って、私は泣いた。
悪夢にうなされて起きた俺は、森の寝床を飛んで出ると、そのまま川に向かってじっとりとした嫌な汗を流す。アレはもう五年は前、【ルーチェモンの乱心】の直後の話だ。
ルーチェモンはヒューマンとビーストの戦争を収め、デジタルワールド全域を平和に導き、千年以上大きな戦をなくした理想的統治者だった。
でも、ルーチェモンは五百年経ち世代が交代してもなくならない戦争に苦しみ、心を病み、そしてデジモンという種を見限った。
デジモンは殺し合うことなくして生きられない種なのだと。そして、世界ごとデジモンを作り直す為にリソース集めを始めた。
でも、そこに本来デジモンの虐殺やロードは含まれていなかった。でも、デジモンを争わない様に作り直すことを殺されると考えた一部のデジモンがルーチェモンに反旗を翻した。
それが鎮圧されると、その残党はルーチェモンに意見したら皆殺しにされたと、天使型デジモン達はいずれ背中から刺してくるぞと世界中に触れ回った。
当時の俺は、今もそうだが天使型のダルクモン。こう言うとなんだが国で一番目立つ天使型だった。ヒューマンとビーストが争わない様にと厳格に監視する他の仲間達が多かったが、私は率先して民と一緒に清貧の生活を訴え作物の作り方を教えるなどしていた。
そして、あの日、私は他の天使達同様に急に襲われた。まず自分から剣を捨てて話し合おうと提案して、止まらなくて、自衛のために拳を握って、気がついたら皆が倒れていた。自分の才能は拳にあった。
川に身を沈めて金色の羽を広げ、隅々まで汚れを落とす。
ルーチェモンがデジモンを見限ったことは私にとっても裏切りだった。でも、そうでないデジモン達からは俺は敵でしかない。
「お前が、森に住み着いたというダルクモンか」
川から上がると、脱いで置いた服を四足の獣の身体から竜人の上半身が生え、赤い弓を携えたデジモンが踏みつけていた。
「そうだ……そうですわ。私に何か用でしょうか、街に出ていく気はありませんわ。もう疲れましたの」
「我が名はサジタリモン」
「……ご丁寧にどうも、白亜の城の国出身のダルクモンですわ」
「お前にlevel4としては破格の懸賞金が掛けられているのを知ってるか? 千体に一体しかいない完全体をも上回る力を持ち、拳で一国をルーチェモンに捧げた血の聖女。他のダルクモンと混同するべからず、と」
知っている。何度も来て、何度も追い返した。
脚を全部潰すと街まで送らなければいけないが片脚だけなら自力で帰ってもらえるということもその時知った。
「……私はルーチェモンに国を捧げてなどいませんわ」
「だが、お前は国を落として真っ直ぐにルーチェモンの元に向かったと聞いている」
「真意を問いに行ったのです。望む答えは得られず、命からがら落ち延びて、ルーチェモンが全デジモンをロードするその日まで静かに余生を送ることに決めたのです」
「その力、確かめさせてもらう」
サジタリモンはそう言って弓に矢をつがえ、放った。
放たれた矢は俺の手のひらをほんの少し摩擦で温めただけ。掴んだ矢をぽいと投げて川魚を突き刺す。
「あのお魚はお土産に差し上げます」
そう言ってから、ダルクモンは中指を突き立てた。
「さっさと帰れ。ここに残ったらアレがお前の未来だ」
そのダルクモンの言葉に、サジタリモンは怯えるどころか目を輝かせた。
「素晴らしい……あなたこそルーチェモンを討てるデジモンだ。私を部下に、そして共に悪逆と戦ってはくれませんか」
サジタリモンはそう言うと、その場で膝をついた。
「討てたらとっくに討ってます。きっと彼の方はlevel5まで上がりきったあと、もう一周level1から進化してlevel3まで上がってるのですわ。私とはレベルが違うのですわ」
「……もしかして、十闘士のことをご存じないのですか?」
サジタリモンの言葉に、俺は少しだけ興味を引かれた。俺を倒しに来たデジモンの一体が、いずれ天使は十闘士が皆殺しにしてくれると言っていたのを覚えていた。
「十闘士、聞いたことあります。凄腕のlevel5のデジモン達だとか。でも、一度ルーチェモンに敗走したのではなかったかしら」
「それが、彼等はlevel6に進化し、この前の戦でルーチェモンを逆に退かせたと。その後、各地でlevel6に進化するデジモン達が現れ始めているという話です。あなたもきっとその器……level5を倒すだけの力を持ちながらlevel4なのはきっとlevel6に進化する素質を持つ為の歪みなのです」
だとしたら、と俺は考えてしまった。
諦めていたつもりだったのに脳裏に浮かんだのはあの子達。俺、いや私が、ルーチェモンを倒したら皆もまた私と一緒に笑ってくれるだろうか。
でも、それはないのだ。ない。ルーチェモンは最強だ。十闘士がいくら新しいlevelに足を踏み入れようと、それを超越しているのがルーチェモンだ。
「……面白い空想でしたわ。お帰りください」
「ですが、そうすればきっとあなたの名誉も……」
サジタリモンの角を掴んで地面に引きずり倒す。
「俺は帰れと言った……もう、二度と私は誰かと関わったりしない。ルーチェモンと同じ、俺は天使型だ」
私がそう言っても、サジタリモンは帰らなかった。
いつか説得できると思っているのか、俺のそばに住み着いて時折調味料なんかを街で買って渡してくる様になった。
「俺より強いやつだって幾らでもいるだろうに……」
「いませんよ。level6への道を開いたデジモン達は皆level5の中でも一際目立つ強さを元々持っていたデジモン達。しかし、level4の時点でlevel5数体を含む数千のデジモンを倒せるデジモンは多分いません。それこそルーチェモンかその三弟子になるでしょう」
ルーチェモンの三弟子、三体の通常のlevel5とは一線を画す天使型デジモン。今は十闘士と共に打倒ルーチェモンを掲げているという。
私なんかのそばにいたって肝心な時に守りきれないのは目に見えている。俺は拳の届く範囲のものを壊すしかできないのだ。
「先生、ぼーっとして考え事ですか?」
「えぇ、特に何もありませんわ……じゃなかった。特になにもねぇよ。うっとおしいのがどうしたらいなくなるかと考えてた」
「虫ですか? 煙でも炊きますか? 先生」
「……お前だよ。お前。あと先生予備もやめてくれ、色々思い出す」
「子供達に色々教えていましたもんね」
一瞬不思議に思ったが、召喚首になってるならば情報なんかもきっと売られていることだろうと、私は気にも留めなかった。
そんな感じで、幾ら追い払っても来て、いくらやめさせようとしても先生と呼んでくるサジタリモンは、気がつけば俺の生活の一部になっていた。
「先生は何故俺とか言うようになったのですか? 敵意薄い相手とかだと私とか丁寧な口調は今も漏れますけど」
「漏れてない。私はずっと俺と言ってる。お前の耳がイカれてる」
「今も私って言ってましたよ。でなんでですか先生」
「……ナメられるから。戦いたくない、戦うのが嫌だ、誰も傷つけたくない、それを表に出していると実力差もわからない弱いデジモンが突っかかってくる」
拳で誰かを殴るのは斧で薪を割るのは違う。痛みなんてなくとも胸が痛むのだ。
「すごんでも痛めつけても粘着するやつがいるのは困る。怖がられていないとこの拳は自衛の為に誰かを傷つけることになる」
帰れと何度目になるかわからない言葉を投げかけると、その日はそれまでと少し違った反応が返ってきた。
「……先生、私の帰り道に同行してくれませんか?」
「一人で帰れないのですか?」
「……はい。実を言うと、先生に会う一月前までlevel3で、まともに戦ったことなんてないんです。一人旅は無理です」
「どうりで弓がへなちょこだと思っていました。死なれても目覚めが悪いですし、へなちょこがお家に帰れるまでは送ってあげましょう」
送ると言ったものの、私はその道中のほとんどをサジタリモンの背中の上で過ごした。戦いはへなちょこだったが速く走り且つそれを長時間維持することにサジタリモンは長けていた。
時には背中で私が眠っていても夜通し走り続けていたらしかった。
どうしてそんなに急ぐのかとも思ったが、いつ私の気が変わって殺されるかもと怯えているのだろうと思った。
しかし、急いでいた理由がそうではなかったことはある朝、何度目かになるサジタリモンの背中で起きた時に知った。
そこにあったのは白亜の城だった。私の故郷のシンボルであるそれを見間違えることなど私に限ってあり得なかった。
「……どういうことですサジタリモン。故郷までなどと、私を騙したのですか?」
「いや、違います……違う、違うんだ先生。私は、僕は確かにこの街の出身なんだ」
サジタリモンの姿が一瞬光に包まれて、何か黄色い卵状のものが転がり、光の中からコテモンが現れた。
「……どういうことですの。なにもわかりませんわ」
「本当は、本当はちゃんと説得して連れて行きたかった。先生と一緒にルーチェモン側のデジモン達と戦って、みんなを説得できる材料も準備して、そうやって……」
私は思わず、その場に膝をついてコテモンの顔を覗き込んだ。
「……先生は怒ってるわけじゃありませんわ。落ち着いて」
私がそう言っても、コテモンはなにか堰が壊れた様に言いたいことが溢れ出してどれもうまく形にならないようだった。
ともすればとちらりと転がった卵状のものを見る。あの卵が何かサジタリモンとしての落ち着きや自信を与えていたのかもしれなかった。
「でも、国に盗賊の一団が向かってきているって言うから、それで、急いで騙し討ちみたいな形になって……」
私がみんなを倒したからだと思った。
あの日、私はみんなの脚を奪った。戦い慣れてなかったから、加減なんてわからなくてきっと後遺症が残ったデジモンばかりだったはずだ。元いた天使の兵隊達は住民達に倒されている。
「新しく派遣された天使の兵達は……?」
「えと、その……ルーチェモンが十闘士相手に敗走したからって、みんなが前に追い出しちゃっていて……」
「……それで、国のピンチに恐怖を押して私に会いに来たのね。とても勇敢で優しい子ですわね、あなたは」
私がコテモンの頭を撫でると、コテモンは違うと首を横に振った。
「違う、違う! 僕は関係なく先生を探しに出ていてッ! それでッ! 話を聞いたのはその後で……!」
「いいのですわ。もう私は先生と呼ばれるべきデジモンではありません」
私が先生をやりたくとも、俺が一番得意なのは、素手で何かを壊すこと。せめてそれをかつての教え子達を守る為に振るえるというのは僥倖だろう。
「ここにいる俺は、恐怖。天使の形をした暴力だ」
街の方へ迫る砂煙が遠くに見えた。俺はコテモンを置いてその場から飛び立ち、砂煙を上げる中規模の集団の進路に立ち塞がると、剣を抜いた。
昔から剣は苦手だ。ダルクモンという種の冴えある剣技は俺にはない。持った剣を構えると、俺はそれを集団の先頭を走るデジモンに向けて投げつけた。
そのデジモンは、自分の肩に突き刺さった剣を受けて一度地面に倒れた。
そして、それを合図に集団は足を止めた。
「……オ、マエ。オマエは何者だ?」
恐竜と虫の合いの子のようなlevel5らしいそのデジモンを見ても、俺はなにも怖くなかった。
うっすらと漂う血の匂いが、俺の姿を見てか集団から上げられる下卑た笑いが、こいつらは壊していいと俺に思わせてくれる。
「雑魚に知らせる名前はねぇ」
「お頭になんて口聞きやがる小柄な天使風情が!」
古木を重ねたようなデジモンから黒い霧のようなものが出て俺の身体にまとわりつく。服に穴を開け、肌に噛み付く極小の虫。
「裸に剥いてやれー!」「勘違い天使をわからせろー!」「おい全然見えねぇぞ!」「声を聞かせろよ苦悶の声をよぉ!」
気持ち悪い悍ましい声がかけられる。肌に虫が噛み付く感覚もひどく不快だ。
こんなものはコテモン達には見せられない。まだあの子達は幼い。私は彼等を守らなければいけない。俺はこいつらを滅ぼさないといけない。
すーと細く息を吸い、吐きながら地面を思い切り踏みつけつつ背中の翼をピンと張る。
身体にまとわりついていた虫は俺の全身を走る衝撃に潰れて地面に落ち、踏み締めた地面にはボコと穴が開く。
尚も古木のデジモンから俺の体積の数倍の虫が放たれまとわりついてくるが、一歩進むごとに俺の周りを覆う霧がごっそりと削れて地面のシミになっていく。
彼等が残したのは服に開けた小さな穴ぐらいで、皮膚からは血の一滴も出なかった。
「お前、どういうこッ」
俺はその古木のデジモンの脚を掌底で殴る。脚は内側から弾け飛び、そのデジモンは苦悶の声をあげる。それを聞きながら、俺は残る三本の足も奪っていった。
そうして他のデジモン達を見ると、ほとんどのデジモンが怯え、無視して街に行こうなんて言ってるデジモンまでいる始末だった。
私に注意を集めて、戦うことを選ばせるようにしなくてはいけない。
「……なにをびびってるんですの? テメェらは喧嘩ふっかけられたら虫差し向けてお肌の汚れを取ってあげたらはいさようならの、親切グループなんですの?」
それに何体かのデジモンがいらだったのが見てとれた。
「一発でもまともに入れられたら……優しく抱いていい子いい子して差し上げますわ」
俺はそう言って、何も面白くないのに笑みを作った。
先陣を切ったカマキリの姿のlevel4を手刀で叩き落とす。ゴキブリのlevel4は、直接当たらずゴミを降らせてきたが、軽く殴って散らした後、降ってきた中から良さげなものを見繕って拳で弾いて弾にすれば、他の何体かのデジモン達と共に手脚を砕かれ這いつくばることになった。
何体か倒したら巻き込まないように少し場所を変え、広い草原に次々と負傷者の山が出来上がっていく。
何体かで一斉にかかってきても、同時のようでタイミングには隙間があり、その隙間は俺が拳や蹴りを叩き込むには十分すぎて単体で相手するのと大した差はなかった。
「……お頭、こいつヤベェよ!!」
「チッ……これじゃ街に着く頃には半分になっちまうナ。足手まといのこいつらを連れて引くのも手、かもナ……」
「まぁ待ちなさい。そういう時の為に私がここにいるのでしょう」
そう言いながら、スッとひらひらと風に靡くピンクとの袖を振る奇妙な頭と細すぎる腰のデジモンが、盗賊頭の前に進み出た。
「……マタドゥルモンの先生、お願いできますか」
「任せてちょうだい。ダンスは得意なのよ」
マタドゥルモンと呼ばれたデジモンはそう言いながら軽やかな足取りで俺の前に出てきた。
「最近ストーカーに追われているもので、仮の姿にて失礼するわね。お嬢さん」
「……それは、丁寧にどうも」
一目見て、そのデジモンには敵わないと悟った。まるでそこにデジモンの形をした穴があるような、全貌が見えているのに見えてない感覚があった。
「できれば、あなたにはおかえり願いたいですわ」
「あら、つれない子」
そう言いながらマタドゥルモンは俺の脚を狙って刃のついた脚を伸ばす。
「ルーチェモンの落胤に出会える機会なんてそうはないんだもの、少しぐらい付き合ってくれていいじゃない?」
後ろに一歩引いたら一歩詰められる。前に出て拳を振るえばひらりと避けられる。付かず離れずひらりひらり、こちらは袖にさえ触れられず、向こうはいつでも殺せそうにさえ見える。
おそらくは、こちらに合わせて力をセーブしている。
「ルーチェモンの落胤って……」
「隙アリ」
俺がそう喋る為に動きが緩んだ隙をついて、マタドゥルモンの五指が俺の脇腹を狙って伸びる。
慌てて左手で脇腹を庇うも、刃は手のひらを貫通し、剣先が脇腹をつつとかすめてプツリと血が出る。
「ルーチェモンの落胤ってぇっ!」
左手でマタドゥルモンの爪を握り込み、無理やり捻ってマタドゥルモンの身体をぐるりと回して天地をひっくり返らせる。
「なんのことですッ!」
俺の腰の高さで、ハッと驚きとも笑いとも取れる声を上げたマタドゥルモンの顔に、渾身の拳を叩き込むと鏃のような頭がぐしゃりと先端から半分ほど潰れた。
でも、マタドゥルモンは即座に立ち上がると、見る間にその顔は形を取り戻していく。
「私がそう呼んでるだけなんだけどね。時々ルーチェモンの味がする血を持つ天使デジモンがいるのよ。経緯や理由は知らないけれど、大体は拒絶反応を起こしていて虚弱になるか、あなたのように何かで種族以上の力を発揮するわ」
俺は話を聞きながら左手を振り回してマタドゥルモンの体勢を崩し、膝を砕き二の腕を折り曲げ、蹴りで腹の半分を吹き飛ばす。
またペースを握らせたら勝ち目がなくなる。ルーチェモンの味を知るというこのマタドゥルモンの本気は出させたら戦い以前の問題になってしまう確信があった。
「あなたはいい作用が出てるだけマシだけど、進化不全に性格と種族と才能の不一致もルーチェモンのデータのせいかしらね」
マタドゥルモンの顔はどこが目かさえ定かでないのに、心の奥まで覗き込まれているような感覚に、思わず俺は手を止めてしまった。
次の瞬間、マタドゥルモンは微笑むと自分の腕を噛みちぎって壊れた人形のような身体を跳ねさせて距離を取った。
「うふふ、本当に不死者を殺したいならまずは手足より電脳核を砕くのよ? それでも再生するなら、電脳核に遺物をねじ込んで再生しきれないようにするの」
あっという間に、踏み潰された虫のようだったマタドゥルモンは五体満足な姿へと戻ってしまった。
「殴りたくないからなるべく効率的に、殺したくないから急所は外して動きを止めたくて、でも、他の誰かに戦わせたくないから話しかけたり挑発したりする……とても素直ね、あなた」
おぞましいおぞましいおぞましい、足先から翼の先まで全身がこのマタドゥルモンを嫌悪していた。
「戦いが嫌いで仕方ないのに、勇ましいダルクモンに進化してしまったあなた」
マタドゥルモンの身体がぼこぼこと光を帯びながら泡立ち変化をしていく。
「剣技に優れるダルクモンの筈なの才能が拳闘に限られるあなた」
天をつくように登っていた金髪はさらさらと流れ、サジタリモンを思わせるような体型へと変わっていく。
「あなたの“ハジメテ“が私になったら最高だと思うのよね」
「やめ……私を、見ないでッ」
俺のメッキが剥げていく。戦う為に決めた覚悟が剥がれていく。拳や足の感覚がなくなっていく。
一瞬逃げようと振り返って、国のシンボルの城が目に入った。
現実逃避のように城での思い出が頭を過ぎる。
元は戦争の為の城、ビーストには攻めにくくヒューマンは攻めやすい構造のその城を、ルーチェモンは皆の集まる場所として改装した。
城内の図書館に何度も子供達を連れて行った。野菜の育て方の本もみんなで借りに行った。みんなで野菜の苗を植え、楽しみにしていた。
あの日のコテモンの顔を思い出すと、今日のコテモンの顔も思い出された。
「私は戦わなきゃ……いけねぇんですわ」
息を吸い、構えを取り直し、地面をガンと踏み締める。
「あの子達を守らなきゃ、今度こそ俺が守らなきゃいけねぇん……ですわッ!」
地面を蹴り、翼を広げ、もはやマタドゥルモンとは言えない巨体のそのデジモンの胸に辿り着くと、上半身のバネを使って飛び上がった勢いを前方への勢いに変換して思いっきり叩き込んだ。
「素晴らッ……げぼぁ」
表面から入って胸の内の電脳核と肺とを破壊するその衝撃に、賞賛の言葉を述べようとしていた吸血鬼の王も思わずその言葉に詰まり、胸の内から溢れた血を吐き出した。
鮮血の雨が俺の体を濡らす。あの日の様に、しかしあの日とは違って自分の意思で。
「ふ、ふひゅっ……普通のデジモンなら身体の内側から破裂していたでしょうね」
仮面の内側から覗くその眼を、私は今度こそ正面から睨みつけた。
「殺されたがりの変態吸血鬼なんて、あの子達の教育に悪すぎて見せられねぇんですわ!」
俺は吸血鬼の王の胸に剣を突き立て、拳で蹴りでそれを電脳核へと捻り込む。
吸血鬼の王は一撃受ける度に喜びの声を上げ、殺してくれと言わんばかりに両手を広げてそれを受け止める。
胸の奥に剣を突き刺したら、首の高さまで飛び上がり、首を千切れるまで殴り続け、千切れたところで断面に頭に被っていた布を噛ませる。
そうして俺が距離を取ると、首の傷はじわじわと塞がったが、神経までは繋がっていないのか首から下が動くことはなく、口だけは楽しそうにパクパク動いていたが声が出ることもなかった。
「あとは、残りのデジモン達を……」
私が周囲を見渡すと、もう盗賊達は辿り着いたようで小さく悲鳴が届いた。
コテモンが私を待っている。コテモンは私が国を救うと信じている。
俺は気づかなかった。
俺が飛び立った後、首に挟んだ布と胸に突き刺した剣を当然の様に引き抜いて吸血鬼の王が立ち上がっていたことも。
「あなたのハジメテ、言った通りもらったわ。私の目をあなたは見た、私の声をあなたは聞いた」
街中で略奪しているデジモン達の頭を砕き、胸を貫き、蹴りで半身を吹き飛ばす。
それでも盗賊達は散ってしまっていてなかなか見つからなくなる。
血が目に飛び散ったのか、視界が真っ赤に染まっていく。
「……あの子の期待に応えなきゃ」
飛んで探して、降りて殴ってが億劫で、そう望んでいたら不意に体がメキメキと音を立てて変わり始めた。
それも気にも留めなかった。
身体が紫色の巨鳥になり、口から白い光線を吐き出す様になっても、それで国が守れる。盗賊達を殺せる。コテモンの、最後の生徒の期待に応えられる。
「オレは、先生だかラ……」
光線に晒された盗賊デジモンは蒸発して消え、地面にはポッカリ穴が残る。
もういないだろうか、真っ赤な視界ではよくわからなくなってくる。
よくわからない、よくわからないと見ていると、不意に二体の強そうなデジモンが現れた。赤色と白色、四足と二足。
「……グランドラクモンを追っていたが、やつがいたはずの盗賊団が壊滅しているのはどういうことだ」
「この国にはlevel5超の強さの天使がいるという話だった。やつがその天使を“歪め”たのだろう」
「なるほど、今は見境がまだついてる様だが、それも時間の問題だな……」
「グランドラクモンに用意してきた封印を使わねばならないか」
「そうだな、かの吸血鬼王にきけばルーチェモンにもと確信が持てたが……このデジモンも俺達以上のエネルギー量を持つデジモンだ。このデジモンで通用しなければ当然ルーチェモンにも通じまい」
彼等が何を言っているのか、もう、わからなかった。
それからの戦闘のことはよく覚えていない。赤い方を狙っていたら白い方に首を無理に曲げられて城が半分消えて、図書館のあった辺りが火に包まれたのまでは覚えている。
その瞬間、何かが切れて、次に気がついた時にはボロボロの身体で国もボロボロで、辛うじて無事な区域にコテモンがいた。
もう終わったよ。盗賊達からは守ったよ。安心してと、それを言いに、私は地面に降り立った。
直後、翼を白いデジモンの二刀が貫いて地面に縫い付けられた。
コテモンが走ってくる。
「先生は、先生は違うよ!! 先生は盗賊じゃない!! 先生は街を守ってくれた、僕の、僕の先生なんだ……!!」
コテモンの声が聞こえる。コテモンの声に微笑む。
でも、そうして我に帰ってわかったのは、この姿は歪み果てているということだけ。この姿になれば暴力の衝動が溢れ出る。この姿になれば理性が意味を成さなくなる。
もしかすると、吸血鬼の王なりに私へのプレゼントなのかもしれない。暴力に躊躇しなくていい、暴力を振るっても心が痛まない。そういうデジモンになれたらと全く思わなかったわけじゃない。
もう図書館の本を持つこともできない。誰に何を教え導くことができるというのか。
「……コテ、モン。ありがとう」
白いデジモンと赤いデジモンが何かしらの呪文を朗読しているのが聞こえた。時間はない。
「ちゃんと、学んで……次の子達に伝えるのです。あなたが、あなたの教え子達が過ちを一つずつ直していけば、いつかきっと……野菜の苗を誰も荒らさない世界に……」
私は、その直後封印された。
十闘士の二体によれば、私にかけられた封印は姿を封印するもので、level3から level6までの全ての姿を封印された私は、永遠にデジタマのまま。予測では一年もすればデジタマのまま餓死するという。
それを聞いて、コテモンはデジタマとその封印の解き方を十闘士から盗んで廃墟と化した城で生活を始めたらしい。
なぜわかるかといえば、彼は毎日日課の様に何が起きたかを話してくれたのだ。
「先生、今日はね……」
そうやって、毎日話し続けた。
十闘士の計算は間違っていて、私は一向に死ななかった。しかし、封印の解き方の暗号を解読する前にコテモンは寿命を迎えた。
私は彼の手を握ってあげることもできなかったが、彼の死を嘆く者が何人も何十人もいたのが後だけでもわかって、その中に彼を先生と呼ぶ誰かがいたのは、私にとっても救いだった。
私の封印が解けるのはそれから三千二百年は後のことだった。
※一応、世界観的には『ドレンチェリーを残さないで』、『嘘吐き達の青薔薇』の過去のお話になってます。時系列ややこしいですね。
※本編もあとがきも彼岸開き前に書いてるので、嘘吐き達の青薔薇の内容と被ってるとこもあります。
というわけで、勢いだけで書いて、見返してもないので粗々なところはごめんなさいね。
ちなみに、この世界の傲慢さんは、デジモンの可能性を信じたくて、でもヒューマンとビーストの争い止めても今度は別の理由で争うし、自分のデータとか使って天使型に色々人体実験とかやっても自分に並ぶデジモンとか産まれてこないし、世界作り直すしかねぇなって結論に至ってしまったんですね。
そしたら、十闘士がlevel6とかいうデジモンの新しい段階を作り出して来たので大喜び、そこに人間の協力があると知って人間界行ったりして、海の民になって人間界の歴史に空白作ったりとかした後、数万人の人間巻き込む形でダークエリアに封印されてる。封印されてた。
今はダークエリアで、まぁ弟子達が頑張ってる間は少し大人しくしてるかぁ……でも、駄目そうならいつでも頼っていいのよ?私は神だからね?人間も頼りたくなったらいつでも頼ってきていいのよ?ってやってる。
吸血鬼王はね、最悪ですね。ちなみに、level6産まれる前から吸血鬼王は吸血鬼王です。並のマタドゥルモンにはできないことができ、並外れて不死身で、孤独感に苛まされている。ドレのこと同じ個体です。
世代周りはこの世界の四聖獣とかも同じ感じ、level6が生まれる前は種族として四聖獣ではなくとも四聖獣としての役割を果たせる規格外のlevel5だった。level6が解放されるとそれに伴って最適化された今の肉体になった。という感じ。
主人公のダルクモンさんはオニスモンになったダルクモンさん。性格と種族と才能が全て噛み合わないのはルーチェモンのデータのせい、進化不全もルーチェモンのデータのせい、迫害されたのもルーチェモンのせい、オニスモンになっちゃったのはグランドラクモンのせい。ぶっちゃけ封印しなくても正気に戻ってたのに封印されたのはグランドラクモンの前科と十闘士がルーチェモンに使える封印か確かめたかったせい。
本人はお野菜育てたり子供達に料理教えたりお掃除してる方が楽しかったのに可哀想……三千二百年封印から解放されるの待ってね……国の治安が最低でもヤクが蔓延してる三千二百年後だけど……
では、そんな感じでした。他二つもよろしくお願いします。