「は? どういうこと?」
ルーチェモンは己の耳を疑った。
四名の領主が、何れもひとりの供すら連れる事なく己が居城へ推参した──指示したのは他でもない自分だが、あれ程の事があって尚己の元に集まるとは、一体彼らは何を考えているのだろう。
「王よ、ご心配には及びませぬ。城内に弓兵隊を待機させております故、奴らが何を企んでいようとも恐るるにに足らず」
「……ま、別にいいけどさ。通して」
その声に呼応し、玉座の先にある大扉が開いた。一礼の後に広間へと入った四匹のデジモン達が、玉座の階(きざはし)を前にして平伏する。
「貴様ら、一体何をしに此処へ来た?」
ミスティモンの問いに、先頭の『土』が憮然とした様子で顔を上げた。
「これはこれは、軍団長様ともあろうお方が、何と惚けた事を。この時分に登城するのは兼ねてよりの取り決め、何ぞおかしなところがありますかな?」
挑発じみたその言葉に思わず抜剣しそうになったミスティモンを制し、ルーチェモンは四匹の古代種に視線を移す。
「今の状況、分かってるんだよね? 今更何しに来たの?」
「は……件の襲撃と御触書、是等が故無き事とは考え難し。よって我等四名、王に潔白の証を示さんが為、本日此処へ推参した次第に御座います」
『土』の隣に控えた『鋼』が、手を拱いた姿勢をとってそう答える。
彼のこの所作は己に敵意無き事を表すものの一つだが、それが全く信用できるものでない事は、本人を含めここに居る殆どの者達にとっての共通事項であった。
「別にいいよ。聞く気なんて無いから」
そう言ったルーチェモンの眼前に、煮え滾る火球の群が出現する。
「グランドクロス」
天上に燃える星々のエネルギーをそのまま凝縮したかの如き怒涛の攻撃が、四匹の古代種達に迫る。
だが不思議な事に、彼らの内誰ひとりとして、慌てる様子は見られない。
──どういうことだ。まさか、打つ手が無いと思って諦めたのか。
訝しむルーチェモンの視線の先で、火球の群が突如として霧散した。『鋼』が予め施していた防護の結界に触れたためである。
「両名、これでも未だ、おれの決断を愚とするか」
覆面の奥で僅かに目を細め、『鋼』は横目で『土』と『水』を見遣る。
二匹は何も言わず、ただ首を横に振るだけだった。
「弓兵隊前へ! あの賊どもを討ち取れ!」
ミスティモンの号令で、隊長パジラモンに率いられた弓兵隊の精鋭達が方々から集結する。
「射てっ」
降り注ぐ矢の雨。研ぎ澄まされた鏃の表面が、遥か上方の高窓から差し込む陽光を受けて銀鱗の如くぎらりと輝いた。
「お二人、後ろ失礼しますよ」
「悪いわね」
『土』と『水』が、其々『木』と『鋼』の背後に回った。味方を、文字通り矢面に立たせるその行為に、ミスティモンと弓兵達は何のつもりかと訝ったが、『木』の巨体が矢の殆どを受け止め『鋼』の錬鉄で出来た体に当たった鏃が潰れるのを見て、漸く彼等の意図を知った。
「凡愚の王よ、貴公は我等の忠誠を踏み躙り、そればかりか故なくして粛正の対象と断じた。斯様なる不義の主に、我等が仕うる理由は無い」
「黙れっ、下賤の獣ども! 不義者とは貴様らの如きを云うのだ」
抜剣して斬り掛かるミスティモンに向け、『土』は傍に落ちていた矢を拾って投げつけた。ヒトの使う擲箭(ダーツ)と同じ要領だが、『土』の剛力を以て放たれる投矢の威力は人間のそれとは到底比べ物にならない。
咄嗟に身を屈めたミスティモンの頭上を掠めて飛んだ矢は、彼に追随していた騎士の眉間を兜ごと貫いたばかりか、その勢いの衰えぬまま、串刺しの頭部を胴体から捥ぎ取って後方の壁に磷付てしまった。
「おのれ賊ども、生かしては帰さぬ」
パジラモンの指揮で、弓兵部隊が四匹其々の元へと散ったが、腕利き或いは戦上手の評がある『水』や『木』に比べれば、『鋼』に当たる兵は、他の三匹と比べて少数だった。
「貴公らだけでは心許なかろう。後ろの暇そうな連中も呼んだらどうだ」
紫羽の扇を揺らし、揶揄するかのようにそう言い放った鏡獣の目線の先、対峙する三名の弓兵達の後方では、隊長パジラモンとその近侍が巨体の『木』を牽制しつつひたすらに矢を射っていた。
「貴様の如き姑息な軟弱者なぞ、我等だけで十分だ。大人しく首を差し出せ」
絶叫と共に放たれた矢は、法衣の袖に遮られ下に落ちた。
完全体より先の世代──究極体への進化と、それを成し遂げた者達の恐ろしさを熟知する現生デジモンの常識で見れば、弓兵達の行動は無謀もいいところだが、この時代に生きる古いデジモン達にそのような感覚は無かった。
そもそも、普段周りに戦う様子を見せない代わりに数々の策略を以てルーチェモン配下の勢力内を立ち回る『鋼』の戦闘能力など、ルーチェモンやミスティモンのような幹部達ならば兎も角、一兵士である彼らが知り得る機会などある筈も無かった。
「大層な口を利くではないか。雑兵風情が、随分と舐めた真似をするものよ」
『鋼』の輪郭が揺らめき、弓兵達の眼前から消えた。戸惑う彼らの背後で風を切る音が鳴った次の瞬間、三名全員の首がごとりと音を立てて床を転がった。
弓兵達の死骸の傍に佇む『鋼』の虚な袖口から覗くのは、哀れな獲物達の首から吸い上げた鮮血の赤が滴り落ちる、紫紺の羽扇──ただ"羽"とは言っても、持主が大量の金属データを内包するデジモンであるが故にこの羽もまた多くの金属成分を含んでおり、その縁は刀剣の刃の如く鋭利だった。
「首三つ……アンタ意外とやるじゃないの」
茶化すようにそう言った『水』を無視して、『鋼』は自分と他三匹の古代種達の足元に方陣を展開した。兵達が追う暇もなく、彼らは一切の痕跡すら残さず王城から消え失せた。
「──と、いう訳だ。本日を以て、我等四名は威王ルーチェモンの配下を辞した。王軍の兵も数名手にかけた故、名実共に逆賊となったということだな」
そう言って『木』は身体を二度三度震わせた。その勢いで、体表に刺さった矢がばらばらと音を立てて下に降り注ぐ。鏃の刺さっていた場所には僅かな跡が残ってはいるものの、抜けた直後から傷口が塞がり始めるその様からは、『木』に備わった恐ろしいまでの自然治癒力の高さが見てとれた。
「つまり、私達への協力を『土』と『水』に納得させる為に王城で暴れたって事?」
「人聞きの悪い事を言ってくれるな、『風』の剣士。あれは本来、王の真意を問いたださんが為のものだった。それを訊いたならば、あの二名も私と『鋼』の振る舞いを理解するだろうと思ったのだが……」
結果はこの通りだ、と『木』は足下に散らばる大量の矢を見回した。
「ときに『木』の主。ルーチェモンの……王軍の動きは、如何なものだろう?」
「数日のうちに動く、という事はなかろう。今は冬の只中、天使軍の編成もまだ定まらぬ状態だ。その間の動きに関しても、私と『鋼』と……あとは『水』の配下の内で陸上に慣れた者を間者として各地に放ってある故、情報には事欠かぬ」
『水』は半身が魚のそれであるため、陸上での移動を苦手としている。テティスモンのような水陸に適応した種族の他、領主となったときに賜った"友情"のデジメンタルで進化した部下──種にもよるが、これを使って進化したデジモンには優れた走力を持つ者が多いとされている──彼らを使うことで、その不便を補っていた。
「そういやお前、刺さった矢全部そのままにして帰って来たのかよ」
「然り。今の我等の立場と王軍の意思とを示すに、これ程までに適したものもあるまい」
四方から射掛けられた無数の矢。
抜かずにそのまま『雷』の所へ行けと言ったのは『鋼』らしいが、彼のその真意は、正に今『木』が述べたとおりの──王軍が四名の領主を誅殺の対象とした事の物証として示さんが為だという。
「マジかよ。あの下衆鏡……」
そう小さく呟いた『雷』の声には、彼の呆れと憤りの感情とが滲み出ていた。
「致し方無し。自分でやれと言おうにも、奴のあの身体では剣の刃も鏃の先も立てられぬからな。それに、此方に対しての疑心深き貴殿に真実を示すにも、それなりの証が必要だろう」
「だからってお前が……いや、俺がこれ以上とやかく言う事でもねぇな……」
散々覇権を争った怨敵である筈の『木』を気遣うとは、俺は遂におかしくなったんだろうか──そんな事を思いつつ、『雷』は鎌腕の先で角の根本を掻きながらぼんやりと虚空を眺めていた。
「……ひとつ聞くけど、騒ぎを起こして逃げて来た、それだけではないわよね?」
「うむ。もう一つ、残して来た物がある……」
四領主改め四名の逆賊が去った後の城内は混乱の坩堝の中にあった。玉座の間は所々に兵士達の血がこびり付き、豪奢な調度品の数々はその殆どが打ち壊されていた。
「軍団長! せ、正門の衛士が……」
天使の一人が示した先、城の正門脇の石柱に騎士の一人が己が得物たる斧槍に右胸を貫かれて磔にされていた。その上、斧槍の柄の中程には、紐で綴った木札の帯──木簡の切れ端と思われるモノが吊り下げられていた。
──我等四名、王に仕えしその日より、彼が為にこの生命を戦場に捧げき、此れをして我等が忠義の証とするもの哉。されど幼君、己が猜疑に因りてこれを踏み躙り、故無き粛正の刃にて我等を処断せんと欲するものなれば、誰可此れを得心すべけんや。古より、士は己を知る者の為に死すと云う、されど、愚王は我等を知る者に非ず。故に我等、彼の滅ぶを望むものなり。不義の王よ、汝が元に、惨烈たる死の訪れがあらんことを──
騎士の血で記された呪詛の言葉。
ミスティモン達に遅れてやって来たルーチェモンは上記の文言を一読すると、無造作に手を伸ばして木簡を掴んだ。
「い、いけませんルーチェモン様! その札は……」
ミスティモンの制止を無視して、ルーチェモンは斧槍の柄に括り付けられた木簡を荒々しくちぎり取る。その拍子に斧槍の穂先が柱から抜け、磔付られていた兵士が地面に落ちた。
木札に纏わり付く強烈な魔力に触れた皮膚が赤黒く焼け爛れても、ルーチェモンは眉一つ動かさない。
「死に損ないの獣風情が、舐めやがって……」
ルーチェモンは足元に横たわる騎士の頭を兜ごと踏み砕いた。血飛沫が飛び散り、次いで霧散したデータの残骸が空中に消えてゆく。
「……いいよ。そこまで言うんなら、僕を殺してみろよ。お前らが全員、俺に嬲り殺される前にな」
以前耳にしたのと同じ、嗄れたような声。
ミスティモンの背筋に悪寒が走る。
めきりと音を立てて、天使の右手の中にある木簡が握り潰された。木札の破片が掌を貫く激痛なぞ意に介する素振りすらなく、ルーチェモンは遥か彼方の空を睨んでいた。
*
何たることか。『光』の銀狼は、目の前に広がる光景を愕然とした表情で見つめた。
茫漠たる岩石の平野と、その所々に暗緑の毛氈の如く繁る蘚苔。
──まさか此処は……『闇』の領域か?
『光』は用心深く周囲を見渡した。東西南北凡ゆる方角の空が地平の際まで全て漆黒に染まっているあたり、此処は『闇』の領域の、それも真っ只中の地点にあるとみて間違いはないだろう。
「竜達の痕跡を探ったつもりだったが……何故此処に……」
『光』の電脳核が内包するデータの中には、現実世界のイヌ科動物、就中オオカミの生態や伝承に関するものが多分に含まれている。そのため、『光』は彼らと同様に極めて優れた嗅覚を持ち合わせているのだが、戦火の只中にある火山地帯周辺に充満する硝煙や血の匂いが本人の気づかぬうちにその感度を鈍らせ、その上数日間も一筋の明かりすら届かぬ暗闇の谷底に居たがために、大元の方向感覚にも狂いが生じていた。
「敢えてこの領域を突っ切るのも手だが、それではお前が危ないな。さて、どうしたものかな……」
その声に応えるかのように、白銀に光る鎧の隙間から、薄青色の饅頭とでも形容すべき小さなデジモンが顔を出した。それはチコモンと呼ばれる、竜の里で暮らしていた幼年期のうちの一匹だった。
「……いない。みんないない」
円な眼一杯に涙を溜めてそう言ったチコモンが、丸い身体を左右に振った。激戦の最中に里の竜達と逸れた彼は、迷い込んだ谷底で気を失った『光』を見つけその耳元でひたすら泣き続けた。銀狼の意識を現世に引き戻したのは、その時チコモンの発した甲高い泣き声だった。
「大丈夫だ、長も里の竜も皆生きている。早く此処を抜けて、皆を探そう」
竜の幼子を宥めつつ『闇』の領域を進む『光』の耳に、何処(いずこ)かで絶叫する獣達の異様な声が響く。
──この声は……『闇』の一族の者か。
其処彼処から発せられる不気味な咆哮。どうやら自分達は、『闇』の領域の中枢部まで入り込んでしまっていたらしい。
『光』は内心で焦りを覚えた。まだ満足に戦えないチコモンを守りながら『闇』の一族のデジモンと、おそらく既にこの領域に戻っているであろう彼らの長──漆黒の獅子とを相手に立ち回るなど、無謀の極み。ましてや、未だ戦の傷が癒えぬ身体でそれをするとなれば尚更である。
「だが、今更引き返しても結果は変わらんだろう……致し方無い」
銀狼の双眸が真紅に輝き、二振の大剣が抜き放たれた次の瞬間、彼の周りを、目玉模様の仮面を被り三叉の蠍尾を備えた魔獣型デジモンの群れが取り囲んだ。
「悪いが、通して貰うぞ」
黒の虚空に金の剣光が迸る。
今まさに飛び掛からんとした魔獣の躰が、分厚い鉄面ごと断ち割られて左右に転がった。
残る魔獣達は同胞の仇たる銀狼を襲うかと思いきや、真っ二つになった死骸へ我先にと群がってデータの残滓を貪り始めた。
「こわい!」
あまりの恐ろしさにチコモンが悲鳴を上げた。無理もない、長年デジタルワールドの野生下を生き延び、数々の戦場を渡り歩いた銀狼ですらこの悍ましい光景には目を背けたくなる程だ。ましてや非力な幼子の目を通して見たならば、それはどれ程迄に恐ろしいものと映るか──
だが、魔獣の群が死骸を喰うのに忙しい今こそが、チコモンを連れてこの場を離れる好機であると、そう判断した『光』は地を蹴り、その呼び名に違わぬ電光の如き速さで走り出した。
血の香の漂う淀んだ空気を切り裂いて、常夜の大地を駆け抜ける白銀の剣狼。彼と蒼き幼竜とが目指すその先に待つは、脱出の活路か将又死出の洞門か──
あまりにもマミるの嵐。夏P(ナッピー)です。
うっひょお『王』がお怒りですぞォーッ! 自分から誅殺すべく登城させといて暗殺に失敗したら歯軋りという素晴らしい敵の将ぶりで燃えるぜ! しかしハッキリと愚王とまで言われてしまい、ここまで侮られたら急成長してフォールダウンモードになるしかあるまい! 蛹を破り蝶は舞う……天使の殻を破った時、この傲慢が天に輝く!(所詮貴様は流れ星フラグ) てっきり『鋼』含めた四人は、その場でルーチェモンを討ち取らんと襲い掛かるもしかし魔王の力は強大だった……(ティアキンで四回は聞いた台詞)して命からがら逃げ延びるとかそういう展開だと思ってましたが、盛大に雑兵の首が飛ぶだけだった。モブの首の接続が甘すぎるゥ! マミや! 巴マミを呼べー!
今回召集されて反撃したの、まさにフロンティアでセラフィモンの城に攻め入ってきた時のケルビモン側の闘士達でしたが、そこに『闇』がおらず四人であったことまでしっかりフロンティア初登場時を再現しておりましたね。騎士と弓兵だらけとのことなのでソーサリモンは死んでないと思うが……? ちゃんと『木』が大型かつ材質が木である(矢が刺さる)ことまで活かされていてニヤリ。
そして待ちに待った『光』VS『闇』パート! わざわざここを描写するということは、やはり光と闇を一つに系の話題が来ると観て間違いないでしょう! チコモンは死にそう。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。