※注意※
古代十闘士のいた時代から既にデジタルワールドとウィッチェルニーとの交流があった事を示唆する記述が本文中にありますが、デジモンプロファイル等の公式情報にはその辺りに言及する記載が一切ないため、本当のところはどうなっているのか分かりません。鰐梨の完全なるオリジナル設定ですので、ご了承のほどよろしくお願いします。
アンティラモンは頭を抱えていた。
竜族との戦いを制したあの日以降、少しは肩の荷も降りるだろうというその考えは甘かった。
王直属の天使軍。
正しくは、天使の他にも騎士や聖獣型等のデジモンを含んだ混成団であり、現に今代の軍団長を務めるのはウィッチェルニー出身の魔法戦士ミスティモンなのだが、頂点であるルーチェモンが天使の姿をしている事、彼に仇為す不届者を断罪せんと戦うその様があたかも神の御使のようであるという意味も込めて、世の民は彼等を天使軍と通称した。
ルーチェモンが世界の統治を始めたその日以来、この聖なる軍団は王の命を受けてあらゆる邪悪を討ち滅ぼしてきた。
勇猛果敢、威風堂々たるその姿はあらゆるデジモン達から尊敬と畏怖の念を以て讃えられ、彼等もまた己が武勇を至上のものと信じていた。
そんな彼等の誇りが粉々に打ち砕かれる原因となった出来事──晩秋に行われた竜族との戦闘である。
初めに彼等の討伐を任された天使軍の将官のひとりは、その本拠たる火山──そもそも長の『炎』が王軍の敵意を感知しなかったあたり、竜族の勢力圏にすら入らなかったとみえるが──其処に到達することさえ叶わなかったばかりか、何を血迷ったか無関係の領主──『土』と『鋼』を襲った挙句返り討ちに遭った。
それだけではない。この二匹と、彼らに協力したもう二匹の古代種が、先代がついに成し遂げられなかった作戦を引き継ぎ、一日の内に全て片付けてしまったという事実に、天使軍の兵士達がどれ程心を乱されたか、想像に難くない。
「アンティラモン、少しいいか?」
背後の声に振り返れば、そこに居たのは同輩のホーリーエンジェモン。
彼も天使軍に籍を置く戦士のひとりであるが、その清廉な気質が幸いしてか、件の領主達との諍いに僅かの関わりももたずに済んでいた。
「お前が直接訪ねてくるとは珍しい。さては、何か起きたな」
「ああ……一昨日のことなんだが、伝令の一人が『鋼』の領域に行ったきり行方不明になっているんだ」
近頃天使軍の重役──軍団長のミスティモンかその取巻きが主であるが──と領主達が度々接触している事はアンティラモンも度々聞いていたが、それは使者が頻繁に行方を眩ませたり各領域に暮らすデジモン達が不可解な死を遂げる等の不穏な噂を伴うものであった。
「こんな時に供も無しで、しかもよりによって争いの当事者本人に使いを遣るとは……何を考えているんだお前の主は」
とはいえ、彼がこうする理由として充分な心当たりはある。
脳裏を過るのは、戦の直後に行われた報奨のこと──
居並ぶ天使の集団は、玉座の間を満たす重苦しい空気にその身を強張らせる。
王の御前に平伏する四匹の古代種、即ち、
其々討伐軍の先鋒と参謀を務めた『土』『鋼』
彼らと同調し敵の援軍を防いだ『木』『水』
ルーチェモンが功労者達に掌を向けると、彼らの前に眩い光を放つ塊が出現した。
「あれは……‼︎」
天使の一人が驚愕の表情を浮かべる。
それもその筈。四匹に与えられたのは、天使軍秘蔵のデジメンタル。
特に功績多大な『土』には〝希望〟と〝光〟の二つを。
『鋼』『木』『水』には其々〝奇跡〟〝運命〟〝優しさ〟を。
王は何を考えているのか。希望と光のデジメンタルは使用者を聖なるデジモンへと進化させる天使軍の至宝とも呼べる重要なもの。それを、よりによって蛮行と殺戮を好む『土』への褒美にするとは。
それに、他の者に与えた三つも真に強く、正しき戦士にのみ使用が許された神聖なデジメンタルだ。少なくとも、あの古代種達が持っていて良い代物ではない。
「ルーチェモン様! あのデジメンタルを奴らに渡すとは如何なるお積りですか⁉︎」
鎧と剣を身に付けた魔導士──ミスティモンが思わず声を荒げる。
領主宛に配られた五つのデジメンタルは、彼が遠い昔にルーチェモンから直接管理を任された重要な品であり、その輝かしき戦歴を彩る誉の証でもあった。
「だって仕事したんだから何かあげないとダメでしょ? それとも何、僕のやり方にケチ付ける気?」
ルーチェモンは煩わしそうな表情でミスティモンに目を遣った。
「そうではありません。ですが、あれらのデジメンタルは我が軍……いえ、この世界で最高の秘宝と言っても過言ではありません。あたら手放すにはあまりにも勿体無う御座いませんか?」
本音を飲み込み、あくまでも冷静を装いつつ応える魔導士の姿に、幼王は蔑むような視線を送る。
「そう言うけどさ……君に使わせて役に立った事、今まであったかなぁ?」
ルーチェモンは悪戯っぽい笑みを浮かべ、ミスティモンと配下の天使達を見回す。痛い所を突かれた彼らは皆一様に苦虫を噛み潰したような顔で俯いていた。
「じゃ、皆お疲れ様。もう帰っていいよ」
四領主は各々下賜されたデジメンタルを恭しく戴いた後、玉座の間から退出した。
この後、ミスティモンが領主宛に使者──それを表向きの名目とした一種の刺客を送ったのは他でもない、長年かけて築いた栄誉に大きな瑕を付けた彼等が、己と同じ天を戴く事なぞ決して許さぬという澱んだ決意に突き動かされての事だ。
「大方、奴を脅すか何かして逆にやられたか……」
「近衛の兵士を手に掛けるなど、事が知れたら無事では済まないと思うが」
これが知性なき獣の仕業であればさもありなんと言えようが、海千山千の策士が、己を不利に追い込む短絡的な行為に走るだろうか。
「いや、『鋼』のことだ、不意に襲われたから返り討ちにした、とでも言って終わらせるだろう。まああいつの事は別にいいとして、心配なのはお前の主人だ。こんな事を続けて、そのうち天使軍そのものが崩壊しないとも限らんぞ」
それはそうだろう。現に兵士達の間では、指揮官に倣いかの古代種共と争うは望むところなりと血気に逸る者とそれに反抗する者、ホーリーエンジェモンのように争いに関わる事自体を良しとしない者とで既に分裂が起きているのだ。
峻厳なる軍律と戦の内に育まれた確固たる絆が支える、神聖不可侵の軍団。
その美麗なる姿の裏で今、黒く淀んだ憎悪と敵愾の影が蠢いている。
高潔無垢な天使軍が患うこの悩ましき病が、後年彼等に酸鼻極まる破滅の訪れを招くことになるのだが、今この時点において、凄惨なる己が運命を予見する兵士は誰ひとりいなかった。
「何でアンタだけ二つも貰ってんのよこの筋肉ボール」
「私の配下、とりわけ奇襲部隊の面々は命を賭してこの作戦の先鋒を切り開いたのですよ。それを思えば、この配分は寧ろ当然だと思いませんか?」
報奨が終了した後も、 『土』『水』の両名は延々と言い争いを続けていた。
彼らの後ろに立つ『木』は、使い道もないものを幾ら貰っても仕方なかろうにと呆れつつ、さてこのデジメンタルをどうしたものだろうかと思案していたが、ふと、傍らの『鋼』が深刻そうに押し黙っている事に気付いた。
「如何した?」
「いや……」
『鋼』は先程の記憶を呼び起こした。
ルーチェモンが貴重なデジメンタルをあっさりと手放した件──についてではない。
居並ぶ天使の群れが放つ邪悪な気配。
数年前からルーチェモンに顕れていたものと同様の、神聖系デジモンには凡そ不釣り合いな禍々しい瘴気を纏っていた。
「一体どうしたのでしょう?」
「内心怒ってるんじゃない? アイツの部下だって先鋒で何人か死んでるのに褒美はアンタの半分よ、半分」
「い、いや、それはそうですが……私だって先鋒で負傷しましたし……ねぇ?」
「……」
三匹には目もくれず、『鋼』は天上に浮かぶ星辰の瞬きに視線を移した。その金の双眸が眩しげに細められ、身体の大鏡が鈍い輝きを放つ。
紺碧に舞う魔の幻影。
災禍を供とする黒白(こくびゃく)の翼は、赤光の軌跡を残して星の海へと消えていった。
デジタルワールドを構成する十属性のうちでただ一つ、〝鋼〟のみが人工の物質にその由来を持つ。
そも、鋼は元来〝刃金〟或いは〝釼〟と書き、文字が示す通り刀剣等の刃を作る強靭な金属を指す言葉であった。
そして現代、貿易における国際規格では、割合にして2パーセント以下の炭素を含む鉄合金を鋼と定義するが、土壌や鉱石等自然の中にある鉄がこの状態になることはまず無い。
溶鉱炉で生産される各種鋼材、蹈鞴(たたら)製鉄で造られる超高純度の通称玉鋼(たまはがね)等、何れも人工的手法でのみ得られるものばかり。
──そう、本来〝鋼〟と呼ばれるモノは〝ヒトの技術無くしては決して存在し得ない物質〟なのだ。
他の九属性が火や光、水や土など自然現象或いは自然界の構成物に由来する中で唯一人類によって生み出された要素を司る太古代の末孫は、確かに人間の──その形を歪に真似たような奇怪な容姿と、その叡智と悪意を写し取ったが如き深謀と狡猾さを備えていた。
「端的に言う。先日の報奨……〝奇跡〟のデジメンタルをこちらへ渡せ」
「お断り申す」
鰾膠(にべ)も無き『鋼』の返答が、分厚い鉄扉の向こうから投げつけられる。
戸を挟んで彼と言葉を交わすのは、天使軍の指揮官ミスティモンの伝令。
出迎えどころか姿すら見せぬ無礼な振る舞いに内心立腹しつつも、使いの騎士は憤怒の感情を抑えながら会話を続ける。
「そのデジメンタルは我が主人が、偉大なる王ルーチェモン様より預かりし至高の宝。小領主風情への褒美とするなど罷りならぬ」
何と傲慢な物言い。偉大なる王の代理としてその武威を振るう王軍の一員たるその矜持(プライド)と、辺境の主如きが何するものぞと言わんばかりの侮蔑の感情とが、声の端々から滲んでいた。
「笑止。我にデジメンタルを授けたのは王自身、それも、貴公の主人にこの至宝を預けたとて微塵の役にも立たぬ、と仰った上でだぞ」
「それは貴様の讒言に惑わされた故。君主の誤りを正すのは配下として当然の務め也」
「……使者殿、貴公は此度の王の判断が間違いであると、そう申すのだな」
「然り。賢王とて愚を犯すこともあろう。そんな事より貴様、扉越しに使者を迎えるとは無作法にも程があるぞ。早くここを開けろ」
「それは出来ぬ相談というもの。兎に角、今の〝奇跡〟の管理者はそれがしに御座る。ミスティモンに伝えよ、『貴公に至宝を預かる器量は皆無、故に其の任は我が引き継ぐものなり』とな」
その言葉が終わるや否や、騎士は腰の大刀を引き抜いたその勢いで鉄製の留金を両断した。
留めを失った大扉が、耳障りな軋りを伴って開かれる。
騎士の目に、室外の僅かな灯りを反射して煌る法衣の背が映った。
「最後の猶予をやる。さあ、デジメンタルを返せ」
鋼鉄を断ってなお刃毀れ一つ起こさぬ鋭剣の鋒を突き付けられたこの瞬間も、当の『鋼』に動じる様子は微塵もない。
「全ては貴公の身を案じての事だというのに……何と察しの悪い奴め」
『鋼』は緩慢な動作で騎士を顧みる。
晒布に覆われたその喉元に深々と食い込む、異形の五指。連なる腕は術者の胴──異界に続く大鏡を貫いて外界へと伸び、依代の躰に大蛇の如く絡み付いていた。
「是非も無し。ちと弱過ぎるが、この際貴公を代わりにする他あるまい」
欲望の儘に命を喰荒す暗黒の黒々とした表皮が、電脳核の拍動に合わせて不気味な波を打つ。宙を舞う魔鏡は暗がりの虚空を音も無く滑り、恐怖のあまり身じろぎ一つ出来ぬ哀れな獲物に詰寄った。
「き、貴様、王の近衛に手を出して、無事で済むと思うのか⁉︎」
「貴公、先程王の賢慮を誤りだの愚だのと、勝手な事を申しておったではないか。木端の騎士如きが王を愚弄する不遜、これを処すに、何の咎めを受けようか」
高慢なる騎士が最後に見た光景──常時黄金であるはずの双眸は、鮮血の如き赫に染まっていた。
P.S.
災厄ポ〇モソのBGMを聞きながら執筆したら大分不穏なお話ができちゃった。
(・ω<) テヘペロ
災イノ カガミ
封印ハ 解カレタ ▼
デジメンタル既にあるんかイイイイイイ。夏P(ナッピー)です。
そういえばスピリットって旧デジカだとデジメンタルの効果も併せ持ってたなぁなどと思い出しつつ、おおおおお俺の好きなミスティモンが愚将なポジで登場して無念ンンンンンンンンン! アンティラモン此奴さては後の~みたいなことを前回感想に書かせて頂いた気がしますが、今回ノンポリ気味なホーリーエンジェモンまで登場したので自信が確信に変わりました(松坂大輔)。こっからエンジェウーモンも出てきたらコンプだ!
物質としての“鋼”の解説が入ったの、こーいうの好きなので俺歓喜。人間と唯一切っても切り離せぬ関係である『鋼』ってつまり……俺も大概屁理屈に満ちた設定を捻り出してますが、こういった作者様毎の自由な解釈や設定、注釈が読めるからこそデジモン小説を読むのはやめられねえぜッ!
というわけで使者が死者に……フフフ、はともかく使者死んだァ! やべーぞミスティモン次回で死にそう!
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。