※ 今回も独自設定(年代やその他諸々)多めです。ご注意下さい。
「うーん……どうしよう、コレ」
雪に覆われた山の中腹、『氷』の巨獣は悩まし気にその頭を捻った。
大量の塩水。内陸深くに聳える高山の中頃に、そこの空間だけがそっくり入れ替わったかのように海があるのだ。
「海が無いなら作ればいいじゃない」
大海を統べる、群青の人魚。
この世に存在する、ありとあらゆる水を如何様にも操れるという海の支配者に対し、此度作戦参謀を任された『鋼』の領主は以下のように伝えてきた。
「竜共はおれと『土』で当たるが、後ろの『雷』と『氷』に加勢されると少々厄介だ。お前と『木』で抑えておいて貰えるか」
彼の依頼に対して『水』が示したのは、『氷』が火山に赴く際に通るであろう大峡谷を、引き込んだ海水で満たすという作戦。
かの巨獣とその配下達の進軍を阻みつつ自分達の独壇場たる水中の環境を強引に作り出す力業だ。
現実世界には、永い時を経て沈み込んだ氷食谷に海水が入り込んだフィヨルドと呼ばれる特殊な入江が存在するが、『水』はこれと似た状況を擬似的に、それも即席で作り出した。
これに際しては、地下水を抜き谷の一帯を若干沈下させておく下準備はあったが、それ以外に『水』がすべき事は何もなかった。
早々に準備を終え、実行の前日まで『鋼』を揶揄いに出かける程暇を持て余していた彼女だが、いざ戦に臨み己が身に宿す甚大なる力を振るうその姿は、大海の王者たるに相応しきものといえた。
現代に残る彼女に関する逸話の一つに、その怒りに触れた無数の島々や大陸が海底に沈められたという恐るべき言い伝えがあるが、此度の仕業を鑑みれば、この話は決して誇張や絵空事ではないのだろう。
『氷』は頭を抱えた。最近、山の各所にある温泉が次々と枯れる不可解な現象が起きている話を部下から聞いていたが、まさかこんな突拍子もない出来事の前触れだったと誰が想像し得ただろうか。
「マズいなぁ……コレ、うち以外にも来てるよね?」
『氷』の不安は的中していた。
同時刻、『雷』率いる昆虫型デジモン達は『木』の密命を受けた植物型デジモンの部隊と激闘を繰り広げていた。
「お前ら、足を止めるなよ。囲まれたら終わりだぞ」
「大将、そんな事言ったってこの寒さじゃ兵もマトモに動けませんぜ」
右の前脚と大顎とを失ったオオクワモンが『雷』に背を向けたまま怒鳴るようにそう叫んだ。
樹海に立ち込める晩秋の寒気は、低温に弱い昆虫達の身体を容赦なく責め苛み、その自由を奪う。
対して『木』の兵士達は、厳寒の気に晒される影響など微塵も無いと言わんばかりに木々の合間を自由自在に駆け回っていた。
『雷』は今のこの状況が不思議でたまらなかった。と、言うのも、『木』とその配下達は、温暖な樹海の環境下で生まれ育ったデジモンらしく、ごく一部の例外はあれど基本的に寒さを嫌い、実際冬季を迎えた彼らが戦を仕掛けた前例は今まで一度もなかったのだ。『雷』は長きに亘る『木』との戦を通じてそんな彼らの性質を把握し、結果彼らを、自分達と同様低温に弱い生き物だと結論付けた。
これは何ら誤りのない見立てであるし、実際『木』の軍勢は、今日までは寒冷期の戦を頑なに避けていた。
だが、現在目の前にいる敵兵たちは、枝葉に霜が下りる程の冷気に晒されて尚、陽光の下に居るかの如き平然とした振る舞いを見せていた。これはどういう訳だろうか。
彼らの正体──それは、『土』と『鋼』の領域に跨る高山地帯を出身地とする植物型デジモンの戦士。
樹海に住む者達と全く同種のデジモンであるが、寒冷地で生まれ育ったが故、低温下の活動に耐え得る身体を持っている。そんな彼らが樹海西部の『木』の領域に到達したのは、火山の戦が起こる五日ほど前のこと。
これより更に前、竜族の協力者である『風』の剣士が樹海を訪れたさい、東西領域の境界線付近にある村々から住人の影が全く消えていたのを確認しており、その直前には、件の村人達と同じ種類のデジモンが大群を成して一斉に移動する姿を『雷』の手下達が目撃していた。
だが、彼等はその出来事を新たな敵の襲来と結び付けることはなかった。何故なら、『雷』達は外敵の行軍を現地の住民が移動する姿だと誤認していたからだ。
これこそが、敵の最大の狙い。
樹海の村人達は確かに棲家を離れてはいたが、それは幾つもの小集団に別れた上で、且つ木々の影や夜陰に紛れて行う極めて密やかなもの。
対して、『雷』の部下が見た大群の移動は、高山から呼び寄せた植物型デジモンの行軍。
彼らは樹海まで敢えて遠回りの道を通ってゆく、或いは同種の村人達の集団との分離集合を何度も繰り返すなど、己が正体と目的地を隠す為の様々な工夫を行ったが、結果としてそれが功を奏し、『雷』の軍勢に自分達が増援の部隊であると察知させる事なく『木』の指揮下に入ったのだった。
本来樹海では起こり得ぬ筈の厳寒の戦と、隠密裏に送り込まれた敵の増援。
『雷』の兵はそれぞれが三匹程の集団を相手に奮闘していたが、相手が多勢なのに加えて寒さの為に動きを鈍らせ、瞬く間に敵の輪の内に呑まれてしまった。
程なくして彼らは立ち去っていったが、その場に残された配下の姿を目にした『雷』は愕然とした。
配下達は皆、かろうじて生きてはいた。だが、それが敵の慈悲によるものではない事は、瀕死の彼等の脚と翅を全て根元から毟り取った上で捨て置くその所業を見れば明らかだった。
『木』の領主が下した厳命──
『雷』の軍を樹海の内より出すべからず。
これを遂行するだけなら、とどめを刺さずともただ敵兵の戦闘能力を奪えばより早く、簡単に事が進む。そう考えた末に選んだ手段が、かの恐るべき苛虐の遊戯であったのだ。
斯くして、同時代のデジタルワールドでも屈指の兵数と練度を誇る『雷』の精鋭軍は、謀略と欺罔を駆使する『木』の領主のために潰滅の憂き目に遭い、更に負傷した兵の半数近くはその戦闘能力を殆ど永久的に奪われてしまった。
同日『水』の大軍から襲撃を受けた『氷』の山も、先述の通り八方塞がりの状況にあり、危機に陥った『炎』とその一族に対する加勢は叶わなかった。
もし『雷』『氷』のこれら二勢力が竜族に加勢していたならば、戦の結末は変わっていたのか──否、それも闇の奥底で微睡む魔神の目覚めを早める引金となるに過ぎず、破滅の運命を打破するには至らなかったであろう。
峨々と聳える無数の岩峰が天然の要害を形成する『鋼』の縄張りは、一足早い冬の季節を迎えていた。
領内の街に点在する建物や彼方に見える山脈の頂が、白く輝く雪衣を纏っている。
厳寒の気候と、痩せた土壌。
決して豊かとは言えない荒涼とした山地であるが、この地に集まる現実世界(リアルワールド)由来のデータとそれが齎す様々な恩恵の賜物か、領内の市街や村落は似たような環境下にある他地域と比べてその発展の度合いが著しく大きかった。
「大将、これちょうだい」
緊張感など微塵も感じられぬ、暢気な声が響く。
薄黄色の身体に赤い股引を身に付けた、猫と狐の中間とでも形容すべき眠ったような表情の獣人は、城外で待たされるその暇に飽いて付近の店を物色し始めていた。
「アンタ、油売ってるとまたご主人に叱られるぞい」
「ちょっとなら大丈夫、二人とも話長いから」
そう言いながら、獣人は手に持った赤茶色の細い瓶を店主に差し出した。その表面に貼られた楕円形の紙片には、チィリンモンと呼ばれるデジモンとよく似た不思議な動物が描かれている。
「それは酒じゃぞ。お前さん確か下戸じゃなかったかの?」
「平気へーき。えへへ……」
炒り豆の粉を塗した餅菓子を肴に二、三口程呑んだところで、獣人は店先に鎮座する丸々と太った犬か豚のような焼物の像に寄りかかって眠り込んでしまった。
「こらぁ! こんなところで寝る奴があるか‼︎」
白い顔の真ん中を真っ赤に染めた店主の叫びは、酔夢の中に漂う彼の耳には届かなかった。
「……何だ今のは?」
付け根よりやや上で垂れた耳を蠢かせ、アンティラモンは怪訝そうに呟いた。
「あの声は問屋の小僧だな……おい、まさかとは思うが、お前のところの小間使いがまた何かやらかしたのではあるまいな?」
「それは……そうかもしれんが……い、いや、まずはその手紙の事だ。『鋼』よ、それをどう思う?」
内心で「こいつ、誤魔化すつもりだな」と毒突いた『鋼』だったが、取り敢えず先程手渡されたルーチェモンの書簡に目を通した。
その内容を要約すると、こうだ。
火山の竜族を降して以来、彼等に与する忌々しき反乱分子の殆どが姿を消した。
これはまことに喜ばしく、この勝利をもたらした汝らの功績は多大である。
この上は、安寧の治世を永久不滅のものとする為、我最後の聖戦に挑まんと欲す。
挙兵の日まで、汝ら努々錬磨を怠ること勿れ。
「……まぁ、碌でもない話なのは間違い無かろう」
「ハッキリ言うな、お前。だが、確かに妙な予感はする。今でも反逆者と呼べる連中もいるにはいるが、あの程度わざわざ大軍を成してまで当たるものでもなかろうに……」
相変わらず、幼王の考える事は為体が知れぬ。
とはいえ、これを拒んだその時どうなるかは今更考えるまでもないので、二匹には王の下命を待つ以外の選択肢は無かった。
「うーん……もう食べられない……」
「何をやってるんだ馬鹿者っ、仕事中だぞ‼︎」
「うへぇ!」
城を出たアンティラモンは、問屋の軒下で雪の布団を被って寝そべる部下の姿を見るや街中に響く程の大声を張り上げて怒鳴った。
「全くお前というやつは……」
「すみませぇん」
哀れな黄色の獣人は、上司の小言を頭上に聞きながら、雪の街路に見事な二本の平行線を残して引き摺られていく。
凍死は免れたものの、この後の彼を待つ厳しい仕置きを思うと、これは果たして幸いだったのか否か……。
一方のアンティラモン、部下の奔放ぶりに呆れつつふと周りを見渡してみれば、大路沿いの店先に、今まであまり目にすることの無かった様々な品物が並んでいることに気付いた。
酒や菓子類といった嗜好品の類いはもとより、複雑に組み上げられた機械やその部品など、それらは何れも人間の活動により生まれる各種データを主な起源としていた。
先程の帰り際に『鋼』から聞いたところによれば、近頃これら現実世界由来の物品が、過去に類を見ない程大量にデジタルワールドの各地へと流入しているのだという。
当時の現実世界──年代にして、おそらくは1970年代後半頃と思われる──ちょうど企業向けの、所謂オフィスコンピュータと呼ばれる機器が普及の過渡期を迎えた頃であり、先に述べた各物品を扱う企業もまた、帳簿管理や商品開発に関するデータの処理をこれら電子計算機器を用いて行う機会が増加した。
目敏い『鋼』は、これにより齎された人間達の創造物を、己が縄張りの発展と拡充に最大限利用しつつも、それらに対する警戒心を解く事は決して無かった。
人間の影響は、その全てがデジタルワールドにとって好ましい物にはなり得ない……『鋼』に限らず、多くのデジモン達はそう認識していた。
輝かしき繁栄の反面、人間達の抱く悪意や欲望が黒々とした渦を巻いていたこの時代、人類の社会的活動に起因するデータを礎に生まれたデジタルワールドもまた、起源たる世界の不吉な影を受け継ぎ、そこから溢れ出る災いの種を今なお取り込み続けているのだ。
さて、『鋼』の部下には元来凶暴な者が多いが、近頃彼らのその性質が以前にも増して激烈なものとなっている。何なら、頭目である『鋼』自身──古代種の特性故に元々激しい気性を備えたデジモンではあったが──彼にこそ、この不気味な変容が如実に顕れており、それは、ヒトに由来する"鋼"の属性を宿した彼の特質と全くの無関係ではないだろう。
そして、ヒトといえば、この世界の頂点に立つルーチェモンやその近縁である天使型デジモンも、『鋼』より更に人間に近しい姿や性質を持っている。
このデジモン達の基になった天の御使の偶像が、大抵その作者の考え得る理想的人物の姿を表している所為であろうが、そんな彼等もまた、その神々しい体の内に邪悪な瘴気を溜め込んでいた。
その影響は、ルーチェモンの行う様々の暴挙、天使軍の構成員同士で繰り広げる権力闘争等の形を取って表面に浮き出している。
デジモン達の創造主たる、人類の繁栄が齎した功罪。
大禍の足音は、もう間近に迫っていた。
待ってたぜキ〇ンビール! 夏P(ナッピー)です。
あ、そういえば凄まじく今更も今更に気付いたのですが、今回阻まれて加勢できなかったことが明かされた『氷』『雷』含めて『炎』側と『鋼』側ってフロンティアの主人公組と悪の五闘士組で分かれてたんですな。どうしても十闘士ってカイゼルグレイモン組とマグナガルルモン組で考えちゃうので、アニメ通りなのに全然気づかなかったのでした。おのれエンシェントマリーアントワネットモンんんんんんん。そして諸事情から最近好きになりつつあるエンシェントトロイアモン有能っぽくて俺歓喜。
闇の奥底で微睡む魔神とは一体……? (多分堕天するものとして)ルーチェモン以外に敵がいるのか……?
お、再び人間界との繋がりが示唆されてきましたね。70年代ってことはオイルショックの時期ですが、人間界の遺物がガンガン流入してくるのはデジタルワールドを“早めよう”とする『鋼』の姦計だったりするのかなーとちょっと予想しましたがむしろ『鋼』は警戒する側でしたか。サイスル世界からアケミちゃんを呼べー!
アンティラモンに拉致された飲み屋で酩酊した獣型はてっきり双子の兄弟かと思いきや、コイツ黄色の獣人とか書かれてたし、さてはジンバーアンゴラモンかラモールモン辺りだな……!?
DWにおけるかつての戦争が第二次大戦期で人間界からの流入による影響と発展が高度成長期なら、果たして来たる“大禍”は湾岸戦争なのか911なのか。ルーチェモンがやられるのはゲーム、アニメとしてのデジモンが生まれる前、つまり“古代”と考えて前者と予想しておきましょう。
戦乱フラグが立ちまくっておりますが、次回もお待ちしております。