荒涼たる原野の果て、絶えず黒煙を吐き続ける火の山の頂に竜たちの住処はあった──
「長、今戻りました」
身体の各所に古傷を刻む灰色の老竜が主の前に跪く。
「ご苦労だった。それで、今の状況は?」
「東の山地は此度の粛正により焼き尽くされ、生き残った住民は皆無。いやはや、何とも惨たらしいことです」
真紅の外殻と山吹色の翼を持つ巨竜──以後彼を『炎』と呼ぶ──その蒼い瞳に暗い翳が差す。
「理解出来ない。何故今になってこのような事をなさるのだ?」
ルーチェモンは元々気位の高いデジモンであったし、それ故に配下を軽んじる事も珍しくはない。しかし、平和を願う彼の心に偽りは無かった。その彼が如何なる理由でこのような暴挙に出たのだろうか。
「昨日『木』と『土』の兵がこちらに通じる岩山の尾根を通っておりましたし、加えて『鋼』の手の者らしいイガモンとコウガモンの混成部隊が山の周辺に潜伏しているとの情報もあります。長、我らの里もあらぬ罪と王の気まぐれで攻められないとも限りませんから、くれぐれも油断めされるな」
老竜がそう言い残して退出した後、暫くの間虚空を見つめていた『炎』だったが、ふと傍の客人に向き直った。
「『光』よ。今の話、どう思う?」
「『木』も『土』も山の戦に長けた兵を多く擁する。彼らに加え地の利に明るい『鋼』が間者を送り込んでいるとなれば、近々この地に侵攻する用意があると見てほぼ間違いないだろう」
『光』と呼ばれた銀狼が、得物である黄金の大剣を溶岩の明かりに翳しながら答える。
彼は人獣争乱の時代から各地の戦場を渡り歩いてその武技を磨き続けている流浪の剣客であり、『炎』とは幼少期からの古い友人だった。
「やはりそうか……里の竜も山戦は慣れているが、今回は敵の数が多いな。『雷』と『氷』の加勢を得ても防ぎきれるかどうか……」
「あとここから近いのは『闇』の領域だが、あそこの主……黒獅子は得体の知れぬ奴だ。期待はしない方が良いだろう」
死を招く闇の獣。
破壊と消滅を司る恐怖の魔獣。
常夜の国を統べる漆黒の獅子の噂は各地に知られていたが、実際彼に目通りした者は皆無に等しい。
数少ない目撃者を探して尋ねてみても、皆一様に口を噤むばかり。会えばその場で命を落とす、永劫の闇を引き連れる呪いの獣なりと皆彼を畏れた。
「かの獅子も我らと同じ古代の末裔と聞く。味方に付いて貰えば心強いことこの上ないのだが……」
「関わるなとは言わない。だが、黒獅子は『土』や『鋼』と同じ純粋のウィルス。あの二匹の所業を見れば、『闇』もまた容易な相手でないことはよく分かるだろう?」
比類なき膂力で全てを叩き潰す『土』の暴威。
謀略の糸を以て敵を死地に招く『鋼』の狡智。
ルーチェモンに命じられた事とはいえ、この二匹が手に掛けた無辜の民は数知れず。そんな彼らと同様の獰猛な本能を内包する『闇』の主を説得し味方につけるには相当な困難が伴うだろう。
「止めはしないが、無理をしてまで奴の助けを求める必要など無いだろう。取り敢えず、俺は『風』にでも話をしておこう。お前も必要な準備を整えておくことだ」
白銀の山嶺を支配する『氷』、稲妻を操る密林の主『雷』、そして虹を渡る迅速の剣士『風』。
自分と『光』と、彼ら三匹。あとは各々の配下と僅かな協力者たち。
『木』『土』『鋼』の連合軍だけが相手なら充分対抗出来るだろうが、長引けば彼らと同盟を結ぶ『水』の大軍までもが動く虞があるし、なにより彼らの後ろにはルーチェモン率いる天使デジモンの精鋭軍がいる。果たして自分たちだけで戦えるのだろうか。
山頂から麓の原野を見渡す『炎』。
陽は既に没し、青い宵闇が山肌に迫り始めていた。
デジタルワールドの極北、永久凍土に覆われた銀の嶺に『氷』の名をもつ巨大な白獣が暮らしていた。
「へー、あのワガママ王が火山に攻めてくるって?」
山の如き巨体に似合わぬ少年の様な声が遥か上空から降ってくる。『炎』の言伝を預かった赤い恐竜のようなデジモンは上を向いたままその声と会話を続ける。
「確証は無いのですが……最近周辺の領主達が何やら怪しげな動きを見せているそうで、おそらくは侵攻の準備ではないかと……」
「その領主って誰?」
「実働は『木』と『土』、後方に『鋼』が付いています」
連ねられたそれらの名に、声の主である十脚と白毛の麝香牛と形容すべきデジモン、もとい『氷』の表情が俄かに翳った。
「ええ、あの筋肉ボールと下衆鏡もいるの? ……ねぇ、僕たち『木』だけ相手にするから他はお願いしていい?」
「……努力します」
このやりとりの間にも、『氷』の体側にある管からは絶えず吹雪が生み出され、辺り一帯を白く染めていた。
「すみません、この雪ちょっと止めて貰えますか? 私なんだか眠くなってきたんですけど……」
「ごめん、これ生理現象だから止められなくて……うわぁ、ここで寝ちゃダメ!」
『氷』が前脚の先で恐竜の体を揺する。彼は後に「あの時、川の向こうの花畑の中で亡き先代が俺に手を振っていた」と周囲に語ったという。
ルーチェモンは執務室の長椅子に寝転んで退屈そうな欠伸を漏らした。傍の卓上には大陸全土の地図が広げて置かれ、その一点に豪奢な装飾を施した短刀が突き刺さっている。
「そういえば……ホラ、誰だっけ? だいぶ前に向こうの火山エリアの攻略を任せた奴がいたじゃん。あいつ今何してるの?」
「彼奴でしたら、先月『土』と『鋼』を私怨で襲ったとかで奴らに始末されましたぞ。『鋼』から報告書が来ていた筈ですが」
「そうだったっけ。どうでもいい事だからすっかり忘れてたなぁ」
この王はいつもこんな調子だった。
まともなデジモンなら嫌気が差して彼の元を去ってしまいそうなものだが、このルーチェモンは圧倒的な力の化身であり世界最高の権力者である。
彼の配下達にとって、その庇護下で受ける恩恵に比べれば、一時の気まぐれに振り回される苦痛など些細なもの。暴君と化した今の彼ですら付き従う者は数多くいる。
それこそ、先日の責苦を理由にルーチェモンへの強い怨念を抱く『鋼』ですら、未だ彼の配下としてその禄を喰み、彼の命に従い、彼の為に日夜計略を巡らせている程。
天使の強大な力を礎に築かれた権力の牙城は決して揺らぐ事なく、その威容を盤石のものとしていた。
「火山エリアには『木』と『土』、彼らの支援には『鋼』の軍を当てました。あの三匹ならそれほど時間も掛からず制圧出来るでしょう」
ルーチェモンは報告の声をさもつまらなそうに聞き流しつつ、地図から短刀を抜いて手持ち無沙汰に弄ぶ。
その昏い眼光は遥か遠く、だが確かに存在するひとつの獲物を見据えていた。
な、なんてことじゃ……戦争じゃ……どうも、夏P(ナッピー)です。
弐までの流れ的に、今後も一体ずつ『鋼』との関わりで十闘士が出てくるのかと思いきや、今回だけで一気に三体も出てきた上に名前だけならほぼ全員出てきたんじゃねーか……? そして『炎』『光』は全然そんな感じじゃなかったですが『氷』は明らかに友樹だ! ドラゴンタイプに氷は効果抜群だからか死にかける伝令役(ティラノモン? グラウモン?)。悲惨な扱いでしたが、恐らく懸賞金1億ぐらいあったと思ってんすがね……ロックスター的に。
ルーチェモン様は既にすっかりニート的な意味で堕落しているような感じでしたが果たして。信長の野望かギレンの野望でもやっているつもりなのだろうか……? いわれてみれば『土』『鋼』『闇』はウイルス種であった。
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。