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【Part 1/3】
*
今日まで他人の機微など気にせず生きてきた少年――坂本翼(さかもとたすく)の眼にも、パートナーデジモン達の顔から漂う申し訳無さげな感情はありありと見て取れた。
こればかりは仕方が無い、と翼は思った。先の戦いで判明した《進化補助プログラム》のギミックとは、要するに「テイマーの生命エネルギーをデジモンに分け与えることで進化体の定着を補助する」というものなのだが、パートナー達はプログラムの補助なしではその身体を数秒も維持できない――言い換えれば、パートナー達が進化し戦い続ける限りテイマーの生命力が消費され続けるのである。テイマーを守るための力と引き換えにテイマーの命そのものが危険に晒される事実は、無論翼らを困らせはするが、それ以上にパートナー達にとって不本意極まりない筈であった。
せめて、ドラコモン達を元気付ける方法でもあればいいのだが。
今はどんな言葉を並べても、全部上辺だけになってしまうような気がした。

ep.04「ZERO-FIELDS」
*
ひなたがある程度まで復調し、問題なく対話を行えるのが確認されると、健悟はすぐに次の行動を提案した。その内容は、山賊の頭に脅しをかけた魔王派集団の滞在地点を把握し、それを無視して先へ進むというものだった。テイマー、デジモン共々ガードロモン達との戦闘で体力を消耗した今の状態では、戦闘は言わずもがな、本来なら移動の敢行すら適切とはいえない。とはいえ、遮るものの少ない荒野でいつまでも養生している訳には行かない上、タイムリミットも不明な《魔王》リヴァイアモンの覚醒を悠長に待つ余裕もやはり翼らには無い。そのため、体力を温存しつつ着実に目的地へ近付く策として、少なくとも今日1日敵勢力との接触を避けつつ北へ向かう計画が立案されたのだ。
この提案が可決される頃には、翼や誠、レミ、健悟の「消耗」――即ち生命エネルギー供給による疲労と体調不良――は殆ど回復していたが、ひなたの消耗はそれらに輪をかけて重篤で、意識が戻ってもまともに歩けない有様であった。そのため道中は誠がひなたを背負い、他の面々は誠のペースに合わせて歩みを進めた。その道中、子供達もデジモン達もまともに口を開かなかったことは言うまでも無い。
「……どうなってるんだ……?」
ただ1人、LEAFのボタンを忙しなく操作しながら歩く健悟だけは、微妙に事情が異なるようであったが。
「健悟、歩きLEAFは危ないよ」
「歩きスマホみたいな言い方だね……翼君、君のLEAFを貸してくれる?」
頼まれるままLEAFを手渡すと、健悟はそのボタンを数回押し、すぐにそれを突き返した。一体何の用事で、と問う間も無く、健悟は鞄からタブレットを取り出してこれまた忙しなく操作し始めた。
「ありがとう。これで君のLEAFのログを受信できる筈……ん、できた。こっちもあんまり変わらないな」
「もしかして……LEAFの機能の検証、ってやつ?」
「そう、それも急ぎの。他の皆も、よければLEAFを貸して欲しいんだけど」
そう言って仲間達から代わる代わるLEAFを受け取りつつ、健悟は「重要な話がある」と前置きして3つの事柄を説明した。
1つ、「デジモンの進化には6つの段階がある」こと。デジモンはタマゴから小さく非力な姿で生まれ、《進化》を重ねることで成長する。生まれた直後を第一~第二段階「幼年期Ⅰ~Ⅱ」として、今のパートナー達やゴブリモン達は第三段階「成長期」、オーガモンやガードロモンは第四段階「成熟期」、そして大陸北端で翼らを待ち受ける《魔王》リヴァイアモンは最大レベルまで進化していると見られる。《魔王》を討つためには、5体のパートナー全員が進化を極め、最高位の力を手に入れるのが最低条件なのだという。
2つ、「デジモンの進化とは本来恒久的な変化である」こと。デジモンは食事やバトルを通して自身のデータ量を増大させ、そのデータをリソースとして自らを強化・拡張=《進化》していく。通常、一度進化をすれば前の段階に退行=《退化》することは無いが、進化直後で身体機能が不安定な場合や、致命傷レベルの深刻なダメージを受けた場合などに限り、デジモンの体は自己防衛のために退化を起こすことがあるらしい。ベアモンが口述した「妙なウィルス」は、正にこの現象を引き起こすものなのだ。
そして3つ、「現時点で、進化補助プログラムを安全に運用するのは難しい」こと。パートナー達はテイマーから絶えず生命エネルギーを供給されなければ進化体を維持できない。そのため長時間、或いは高負荷の戦闘を行えばテイマーの生命にも危険が及ぶが、LEAFの設定画面から時間当たりのエネルギー供給量を調整することは可能であり、健悟はこの方法でエネルギー供給量を既定値の7割に減らすよう子供達に指示した。これによりテイマー側の負担は多少軽減されるが、必然的にパートナー達のコンディションが低下するリスクがあった。
という具合に、判明した情報は決して少なくはなかったが、それらはいずれも子供達の抱える様々な課題を浮き彫りにするだけのものだった。その課題の解決策を見出すためにも、子供達は丁度今そうしている様に、ただひたすらDWを彷徨い続けるしか無いのが現状だった。
「で、結局健悟は何を気にしてたの?」
つい先刻、健悟が何かを訝しむように呟いたのを翼は忘れていない。健悟は思い出したようにタブレットをつつきながらそれに応じる。
「《進化補助プログラム》のログを見てたんだ。自分のデータだけだと、エネルギー消費量に時間の影響や個人差があるのか分からなくて……」
「あ、だからオレ達のLEAFを」
「そう。特にひなた君の消耗の度合いが気になってたから、この際全員分を比較しようと思ったんだ。そしたら……」
百聞は一見に如かず、とでも言いたげに、健悟は翼にタブレットを手渡した。画面には5つの折れ線グラフが並び、それぞれの横軸下に翼らテイマーの名前が英字で記されている。
「これがひなた君のグラフ。戦闘中、ずっと上限一杯のエネルギーを消費してる。これじゃ倒れてもおかしくない……僕や星上君はその半分以下で済んでるけど、体調には多少影響が出ていたね。そして翼君とレミ君は、戦闘中盤で一時的に消費量が増した程度で、平均値はかなり低かったんだ」
「え、私?」
その指摘を受け、翼とレミは画面上のグラフを注視した。確かに、原点から急角度の上昇を見せたグラフは、ある時点から大きな増減もせず一定の値を保ち、グラフ右端――これが戦闘終了時点か――で再びゼロに戻っている。レミのグラフも殆ど同一の形状に見える。
「それってアレだろ? デジモンがめっちゃ頑張ったり、強い技を出したりすると、オレらにも負担がかかる、みたいな?」
いつの間にか、誠も翼の手元を覗き込んでいた。近付いた彼の顔には汗が滲み、よく聞くと息が僅かに弾んでいる。妹をおぶっての長時間のトレッキングは、運動部員にとっても決して楽ではないようだった。
「確かに攻撃のタイミングで増減が見られるけど、ノイズ程度の差だね」
「じゃあパートナー達の燃費が悪いんだな!」
「燃費って、車じゃないんだから……まあ、個体差って意味なら分かるけど。ただ、これは僕らが思ってるほど単純な問題ではない気もする……」
健悟は言葉尻を濁すと、翼の手からタブレットを取り上げひとりの作業に戻ってしまった。
彼の言わんとすることは、翼にも何となく察しがつく。ただパートナー達のエネルギータンクになるだけなら、オファニモンが翼らに「テイマーとデジモンの強い絆」などを求める道理は無い。今の子供達とデジモン達の関係は、どこかぎくしゃくした、あるべき形に収まらない不完全さを持っているように、翼には思えてならなかった。
「ごめん、なさい……ワタシが、ちゃんとしてなかったから……」
「いーんだよ謝んなくて! おい健悟、お前がじめじめした話するせいでひなたがヘコんでるじゃねえか!」
「……僕は必要な情報を共有しただけ。日本語が分からないなら妹さんに教わるといいよ」
「ぁあ!? 誰が日本語分かんねえっつったよ!? 会った時から思ってたけどな、その人をバカにしたみてーな態度がクソムカつくんだよ!!」
――人間がこんな調子だから、なのか。翼は自分のこめかみがギシギシと痛み出すのを感じた。
「誠。健悟は大事な説明してくれてんだから、じめじめとか言わないの。それと健悟、ごめんね……こいつの性格は多分どうにもならない……」
「おい翼、今オレ本気でしょげたんだけど……」
「お兄ちゃん、元気出して……後でいっしょに、敬語のお勉強しようね」
「私も手伝ったげる! 語彙には自信あるから」
「いらねえよそんな気遣い……」
こうして中身の無い会話をする内に、誠達の諍い(正確には誠が一方的に癇癪を起こしただけ)はどうにか収まった。若者のコミュニティに見られるこの柔軟性は、出会って間も無い子供達の互助には役立つらしかった。
ただ、子供とデジモンの間ではどうだろうか――当て所無く視線を漂わせるドラコモン達を、翼は横目で一瞥した。《進化補助プログラム》を巡るこの一件で、パートナー達が負い目を感じる必要は無い。そう何度も言い聞かせてはいるものの、彼らの表情が晴れる兆しは見えない。伝えるべきことは伝えた、後は時間に解決を委ねるしかない。そういうことだろうか。
「……タスク。あれ、何だと思う?」
正味1時間ぶりに、ドラコモンが声を発した。「あれ」と言って彼が視線を注ぐのは、翼らの針路を左前方に逸れた場所、地面に半ば埋もれたマンホール様の物体である。ただRWのマンホールと異なるのは、遠目に見ても径がやけに大きい点、そして真ん中にハンドルが付いている点である。
「何かの入り口、かな? 地下に繋がってるのかも」
「やっぱそー見えるか。あれが魔王派の連中の拠点ってヤツかも知れねーぞ」
その「入り口」は、距離・方角共に盗賊のゴブリモンから聞き出した情報と概ね一致する。ここ2日間に渡って翼らを苦しめた元凶があそこにいるのだと思うと、誠に倣って自らの拳で礼をしたい衝動に駆られた。
「皆分かってるとは思うけど、今は寄り道をしている余裕は無いよ。敵に気付かれない内にここを離脱する、それだけを考えて」
思考を読まれたのか、健悟に釘を刺されてしまった。先刻の会議で決定した事柄に今更異議を唱えるつもりは無いが、一抹のもどかしさは拭えない。魔王討伐を成した暁にはお礼参りにここを訪れようと、翼はマンホール周りの景観を目に焼き付けた。
水気を失いひび割れた大地の真ん中にマンホールが1つ、というだけでも十分特徴的なロケーションだが、よく見るとそれを遠巻きに囲むように4つの赤黒い突起物が地面からひょっこりと頭を出している。その色味と形状はさながら鉄骨を思わせるが、どれも建物の骨組みとするにはあまりに短く、飛び出た頭は全て同じ方向・高さに切断、というよりせん断されたような形をしている。そしてその一帯には、何かを粉々に砕いたような細かい瓦礫がまばらに散っていた。
「あの場所、もしかして最近まで建物があった、とか……?」
ここまでの所見を総括すると、そう結論付けるのが自然であるように翼には思えた。しかしそうなると、何故入口が無防備なまま晒されているのか、修復する者はいなかったのか等々、不自然な点がいくつも浮かび上がる。
流石に気になるでしょ、と子供達の顔を見ると、皆一様に立ち止まり、「これ以上の詮索はするな」と言いたげな冷たい眼差しを返した。パートナー達も概ね同じ反応だったが、ヒョコモンだけはマンホールを見つめて何か考え込んでいる風情である。
「ケンゴ殿。ヒョっとするとあの拠点、今はもぬけの殻やも知れませぬ。情報収集にもってこいではゴザらぬか?」
「……まさか立ち寄ろうとか言うんじゃないだろうね……?」
「さよう。尤も、かような謎は解くに値しないと仰るならば、これ以上申すことはゴザらぬが……」
健悟の冷静な面構えが一瞬揺らいだ。謎を謎のまま放置できない性格が、過去の自分の決定を翻さんとしているらしい。
「ルナモン。君の聴覚で地中の音は聞き取れる?」
「えっ、はい……風が通り抜ける音と、誰かの話し声が少々……ここから聞こえるのはそれぐらいです」
「ありがとう。……ちょっとだけあの近辺を調べて来る。皆は先に行ってて」
健悟の探究心が警戒心に勝った。
「なあちょっと待って? 健悟、キミさっき寄り道をしてる余裕は無いって言ったよね? オレには釘刺しておいて自分は調べに行くんだ? どんな合理的判断が働いたのかな? そこんとこ謎過ぎて気になっちゃうなあ?」
「いや、申し訳無い……有益な情報をなるべく多く集めたいんだ。まずは侵入できるかどうか様子を見て、少しでも不安を感じたらすぐ引き返す。仮にこれが罠でも、君達が距離をとっていれば全滅は防げると思うよ」
「そういう問題じゃないんだけど……」
翼はあまり納得していないが、健悟の眼に宿る熱があまりに強かったため、「気を付けて」の一言を以って送り出す他無かった。
ヒョコモンを連れて駆け足でマンホールへ向かう健悟を横目に、子供達は予定通りの針路へ再び歩き出した。先程に比べて移動速度が落ちているのは、誰もが健悟達の様子を気にしているからに相違無かった。
早くもマンホールへ到着した健悟達は、背中合わせで周辺を見回した後、建物の痕跡と思しき鉄骨付近を物色していた。特に目立った何かが見つかる様子も無く、そのままマンホール内へ侵入する――かと思いきや、健悟は突然その場に屈み込んだ。地面に散乱する瓦礫が気になったらしい。健悟は掌よりやや大きめの建材の欠片を1つ拾い、数秒じっと見つめると、それを持ったまま翼らの方に駆け戻ってきた。
「あーれれ、どしたの健悟? もしかして寂しくなっちゃった?」
息を切らして翼らに追い付いた健悟は、仲間達全員と目を合わせ――しかし軽口を叩く誠からは器用に視線を逸らしつつ――、極めてシリアスな声音でこう言った。
「全員で、あの場所を調べよう。あそこには…………多分、僕達以外の人間がいる」
翼は耳を疑った。きっと己の目も、遅れてやって来たヒョコモンや、足を止めた他の仲間達と同じく丸くなっているだろうと思った。
「人間って……どうしてそう思ったの?」
翼が疑問をそのまま口にすると、健悟は先程拾っていた瓦礫の一片を翼らに見せた。漆喰めいた白い破片の表面に、黒い手書きの文字で“WELCOME!”と記されている。線の形状から察するにマーカーペンの筆跡である。
「デジモンの世界には独自の文字言語があって、僕達人間の文字は殆ど使われていない。意味の通る英語を書けるのは、人間か、或いは人間の文明に詳しい誰かだ。加えて、壊れた建物の残骸にこんな文言を書き残したってことは、『人語が読める存在』を、あの場所に誘導する意図があるってことだ」
人語が読める存在、の部分を、健悟は心持ちゆっくりと強調して発音してみせた。そんな者は翼ら人間以外にいないと、健悟自身が説明したばかりである。
例の欠片を鞄にしまう健悟に、レミが「一応聞いておくけど」と前置きして問いかけた。
「これ、どう考えても罠じゃない?」
「そう考えていいだろうね。ただ、もしあそこにいるのが人間だとしたら、接触すること自体に意味がある。DWの現状に関わる、ひょっとしたらオファニモンすら知り得ない重要な情報を掴める筈だ」
「だから皆でガード固めて侵入しよう、って訳ね」
頷く健悟を見て、レミは一応納得の表情を示した。
翼が思うに、健悟の言い分は正しい。翼らとは異なるアプローチでDWに来た人間とは、言い換えればオファニモンの関知していない未知の存在ということだ。それが敵であれ味方であれ、世界の情勢を深く知る手掛かりにはなる。しかし、“WELCOME!”などと緊張感に欠ける、というより挑発的な文言を書き残す辺り、友好的な者達とは断言できない。健悟が主張したい事柄は、大方そんなところだろう。これには一理ありと得心したのか、仲間達も神妙な顔で頷いている。
ただ――翼にはどうしても理解しかねる点が一つ。
危機管理には人一倍強いこだわりを見せていた健悟が、何故この状況で突然敵の罠へ飛び込もうなどと進言したのか。地下で翼らを待ち受ける存在が人間である、という確証も今のところ無いというのにだ。単なる好奇心を理由に他者を危険に巻き込める程、彼が身勝手な性格であるとは考え難い。
これは、何か裏がある。翼の直感が俄に騒ぎ始めた。
――例えば、健悟がさっさと鞄に隠してしまった欠片の裏面なんかを見れば、この疑問は解消されるだろうか。そんな詮無い思い付きを意識の隅に押しのけつつ、翼は仲間達の背中を押すように確と声を発した。
「行って確かめよう。オレ達にとって大事な何かがあるなら、確かめなきゃ損だよ」
「……いいのかタスク。今のオレ達じゃ、何かあった時にオメーらを守れるか……」
「大丈夫だよ! 健悟が対策を考えてくれたんだし、後は改めて実戦あるのみでしょ? オレ達が力を合わせれば、きっと何だってできるさ」
「……それ、オレが昨日言ったセリフじゃねーか」
ドラコモンの口元が綻んだ。それを皮切りに、他のパートナー達の表情にも、少しずつ張りが戻り始めたようだった。
そう、今は多少無茶なことでもやっておいた方がいい。翼らにとって本当に損なのは、モノや情報にありつけないことではなく、パートナー達が自責の念に囚われ万全の力を出せないことだからだ。今度の試みを機に、パートナー達がまた気兼ねなく戦えるようになれば、戦果としては上々と言える。
とはいえ、本当に翼らとドラコモン達の力で「何だってできる」のか、そこだけは不安が残る。今できることといえば、あらゆる事態を想定して予め知恵を捻り出す程度だ。何かあっても、状況に応じて何とかするしか無い。少々無責任な理屈ではあるが。
「全員承諾してくれるんだね。それなら早速全員で…………いや、ひなた君は残った方が……?」
「わ、ワタシも行きます! もう自分で歩けますから!」
「ヒナタ、無理はするなよ! さっきはヒナタに負担をかけてしまったから、今度はオイラがヒナタを支えるぞ!」
「うん、ありがとねっ」
全員、腹は決まったらしい。
一足先に踵を返した健悟に並ぶように、翼らもマンホールへ向けて歩き出した。珍しくデジモン達が足音を立て堂々と歩いているのは、今しがた湧き上がった闘志の表れだろうか。
現状の最新話こと第四話、拝読いたしました。
前話で発覚した『進化補助プログラム』の存在とそのリスクに、最も危険な要素を孕むことになった一行。前話のドラコモンの反応からも察してましたが、リスクを直接背負う側である人間側よりも、そのパートナーデジモン達の方がやっぱりショックは大きいようで……まぁね、パートナーデジモン達が自分達のパートナー第一なのは第二話の時点で明らかでしたし、この事実は『仕方無い』の一言でなかなか納得しづらいものでしょう。
健悟君がせっせと『進化補助プログラム』による『消耗』は『設定』を調整することによってセーフティーを設けることが出来ると調べてくれたおかげで、ひとまずテイマー側の負担を少しは軽減出来たとはいえ、その負担がイコールでパートナーデジモン達の力となっていた以上、それ即ちパワーダウンに他ならない、と……楽して助かる命が無いのは何処も同じだな!!(パンツライダー並感)
で、今回はタイトルの時点で薄々察してましたが翼くん達が翼くん達以外のデジタルワールドにやってきている人間と出会う回でしたね。……いやいやいやいや、パートナーのレベルが違い過ぎるって!! 序盤から魔王と同レベルのビッグネームがやってきた!! しかも第三勢力と来たかぁ……色々知ってることは多いでしょうし、今後の動向が気になる一派ですなゼロ・フィールズ……。
今回相対することになったのはそんな彼らの雇ったコマンドラモン達にシールズドラモン……推しだー!! 推しデジだー!! そして健悟君&ブライモン初手からいったぁ!?
えぇ……相手が人間だと解ってる上で微塵も遠慮が無いよ寸止めする気があったかも怪しいよこの子達ぃ……いやまぁマジで大事に至ろうとしたらシールズドラモンより先に傍らの海中最速の神が手を出して三秒で終わってたでしょうけど、どっちにしてもやべぇよやべぇよ……。
マジのマジで一触即発で始まった今回の戦い、ひなたちゃんの『支え』のくだりもそうですがゼロ・フィールズと遭遇する前に出会ってヒョコモンがロードしたスカルサタモンの存在がこう活きることになるとは……テイマーズでレオモンがオロチモンを葬ったあのシーンが好きな自分としては心躍らずにはいられねぇ……!!
テイマー達の言葉に応えて改めて進化の力を使ったパートナーデジモン達といい、前話もその前の話もそうでしたが、明るみになった問題や悩みをその話の内に解決しようと各々が意識してるからか、実際にはまだ『解決』だなんて言えない状態でも少年達がしっかり奮起しているのはとても安心感を覚えますね。まぁ今回の話で浮上した問題についてはある種の核心に近い物だと思うので一話二話でどうにかなるものかは怪しく思えますが……。
今回の話も非常に濃密で、ワクワクするものでございました。
はてさて、第三勢力の存在も明らかになってこれから翼くん達のアドベンチャーはどうなることやら……期待に胸を膨らませながら、次の話も待っております。これでひとまず現状投稿されているお話は全部読み終わったはず……って、
あ、第0話があった……読まねば……。
【Part 3/3】
「あー、そこの無鉄砲少年――坂本翼、でいいんだっけ?」
尚登は翼の名まで言い当て、少し真剣そうな顔つきで翼の目を見た。翼は敢えて答えず、視線のみを返す。
「お前ら確か、人間5人とデジモン5体のパーティだったよな。1組別行動してるみたいだが……そいつら一体何者だ?」
「何者って……パートナーの方は落ち着きのある子熊デジモン、人間の方は元気なだけのバカだよ」
「冗談だろ? 今この広間の結界プログラムを停止させたの、多分そいつらだ。トンネルの途中で脇道に入ってった2人」
へえ、と翼は素直に嘆息を吐いた。あくまで情報収集のために別行動をしていた筈の1人と1体が、まさか離れた翼らの戦況に変化をもたらすとは夢にも思わなかったからだ。
ブライモンとシールズドラモンの鍔迫り合いだけが続く中、翼はいそいそと元の場所へ退却し、ぽかんとした表情のひなたに声をかけた。
「すごいじゃん、君のお兄さん。今ならオレ達、あいつらに勝てるかも」
ひなたはどこか驚いた様子で翼の目を見ると、しばし俯いてから、勢いよく顔を上げ叫んだ。
「コロナモン、進化して! 進化すれば絶対勝てるから!」
「ヒナタ……いいのか? また倒れてしまうかも知れんのに」
「それでもいいの! ワタシもお兄ちゃんみたいに、みんなの力になりたいから! ……コロナモン、言ってたよね? 今度はワタシを支えてくれる、って。全力で戦うコロナモンを支えられることが、今のワタシの『支え』なの!」
「…………そうか、なら遠慮はいらないな! 君との約束、今こそ果たそう!!」
コロナモンが構え直すと、彼の周囲の景色がほんのり揺らぎ始めた。コロナモンが熱気を纏い、陽炎を起こしているらしい。それに警戒したのか、コマンドラモンが砲火をコロナモンに集中させたようだが、弾体は悉く融けて歪み、本来の弾道を逸れて床に落ちるばかりだった。
「さっきより射線がよく見える……『結界』とやらが消えたせいか!」
コロナモンは巨大な炎の塊と化し直上へ高く跳び上がった。かと思えば、炎の塊はその軌道を水平に変えて空中をぐるぐると飛び回り始めた。炎が通り過ぎた道筋には火傷を負ったコマンドラモン5体が姿を現し、そのまま床へと落下して行った。
「どうだ、これが本当の炙り出しだッ!」
炎のベールを吹き払いつつ、金色の鬣をなびかせる有翼の獅子〈ファイラモン〉がしなやかに着地した。それを嬉しそうな笑顔で見つめるひなたの手の中では、LEAFが煌々と輝いていた。
そんな様子を見て翼も一安心――と行きたかったが、光学迷彩を解かれた5体のコマンドラモンと、未だ姿を隠したままのコマンドラモン達が尚も攻撃を浴びせてくる。パートナー達は肉眼で捉えた敵に襲いかかるが、見える敵と見えざる敵の銃撃を四方八方から受け満足に動けない。数の不利は未だ覆ってはいないのだ。
「やるしか……ねーのか……ッ」
膝を突いたドラコモンが、切れ切れの呼吸で一言呟いた。何を、とまでは確認するまでもない。《進化》の力に頼る必要性を認めざるを得なくなっているのだろう。
――いや、翼に言わせれば必要なら最初からあった。ドラコモンがそれを望まなかっただけだ。それが、テイマーである翼に負担をかけさせまいと彼なりに気を回した末の判断であることも理解はしている。
現状を打破できる力なら、すぐにでも使うべきだ。けれどそれを渋らせる事情がある。まるでDWへの旅立ちを躊躇った翼のような境遇ではないか。
「――ドラコモン、一つだけ答えて!」
「ンだよこんな時に!!」
「こんな状況、じれったいと思わない!? 本気を出せばどうってことないのに、周りの誰かに気を遣って満足に戦えないなんてさ!」
「オメーな、オレが誰のためにガマンしてると――」
「オレのことはいいから!! やりたいかやりたくないのか、それだけでいい! オレの背中を押したキミが、こんなとこで躊躇わないでよ! ……多分、オレ達の旅に安全な道なんてないんだ。逃げ腰になって死ぬくらいなら、オレは死ぬ思いをしてでも確実に生き延びたい!」
「…………そうか、そうだよな。オメーはそういうヤツだったな」
ドラコモンは自嘲気味に小さく笑うと、徐ろに立ち上がった。
「タスク、オレは絶対にオメーを死なせない。けど、死ぬ思いは嫌ってほどさせるかも知んねーぞ」
「いいじゃん、面白そう」
「もーちょい緊張感持てねーかな……まあ、オメーらしくていいけどよ。ルナモンもさ、コイツくらい素直になってもバチは当たんねーと思うぜ?」
「……ふふっ、そうかも知れません」
「んじゃ、湿っぽい話は一旦終わりだ。こっからはオレ達のやりたいように、暴れてやろうじゃねえの!!」
活気を宿したドラコモンの瞳と、翼の視線がぴったり重なった。それに呼応するように、翼のLEAFも強い光を宿し始める。
「ドラコモン進化、コアドラモン!!」
「ルナモン進化、レキスモン!!」
ドラコモンとルナモンの姿は、瞬く間に成熟期の風貌へと変化した。
翼が反撃の一手を考えていると、LEAFから小さな鈴を思わせるサウンドが一つ鳴った。画面を覗き込むと、2つの通知が表示されている。
[Recieved 1 item : Weapon Unit “Nail Bone”]
[Message from K.Hayase : ]
[解析がたった今終わった。コアドラモンに転送してシャンデリアに命中させるのが最も効率的。味方全員に遮蔽物の用意を]
何かしらの物品とメッセージが、健悟から届いていた。健悟はブライモンとシールズドラモンの戦いを見つめているだけのように見えたが、その片手間でタブレットを操り別の作業をしていたのかも知れない。一時は冷静さを欠いていたとはいえ、戦いを効率的に進めようとする機転は健在だったようだ。
送られてきた「ウェポンユニット」の通知にカーソルを合わせると、健悟がスカルサタモンから受け取った杖によく似た画像と、[UP-LINK]のボタンが画面に現れた。これをコアドラモンに「転送」すればいいらしい。
「皆、さっきのドアに身を隠して。コアドラモン、オレがデータを送ったらあのシャンデリアを攻撃して!」
「いいけど、何か策でもあんのか?」
「オレもよく分かんないけど、健悟のアイディアなら多分大丈夫……ウェポンユニット《ネイルボーン》、アップリンク!」
翼がLEAFのアンテナをコアドラモンに向け、ボタンを押すと、青い光の線が飛び出し真っ直ぐにコアドラモンの元へ届いた。それが消えるとコアドラモンは一瞬目をしばたたかせたが、すぐに何か得心したように表情を引き締め、翼を庇える位置へ一飛びで引き下がった。
「うおらあああッ!!」
胸と口を大きく開き、コアドラモンが熱線を吐く。それは《ブルーフレアブレス》の青色とも、ドラコモンの《ジ・シュルネン》の赤色とも違う、怪しげな黄色の光だった。その光は天井のシャンデリアによって反射・屈折し、大広間の空間をより明るく照らし出した。
コアドラモンの陰から広間の様子を伺うと、透明化して視認できなかったコマンドラモン達が可視の立体として床面に次々と落ちて来た。しかしその体表は彼ら本来の色ではなく、さながら故障した液晶ディスプレイの如く雑多な色の塊を纏っている。そして全員揃って姿を暴かれたコマンドラモン達は、ある者は頭を抱え、ある者は胸を掻きむしり、またある者はその場に倒れ込んで痙攣している。
――何をしたらこうなるんだ。翼は目の前の光景に酷く困惑したが、それは斬り崩された鉄扉を盾にした仲間たちや、ゼロ・フィールズの面々も同様であった。
「どうなってんだこれ、コアドラモンがスカルサタモンの技使ったってのか!? それになんでブライモンは無事なんだよ!?」
ネプトゥーンモンと共に玉座の陰に隠れていた尚登が顔を出し、全く理解できないといった顔で声を荒げた。他のメンバーは仮面の少女が構えた大剣に庇われていたが、その剣も僅かにテクスチャが崩れている。
「スカルサタモンのデータを利用したんだよ。コアドラモンは武器本体を、ブライモンは免疫を含む全身のデータをね」
健悟は普段通りの涼しい顔で言い放った。ブライモンの翼と腕に包まれ光線のダメージを免れたらしい。その一方で、光線を無防備に浴びたシールズドラモンはノイズ粒子となって跡形もなく消滅してしまった。
「さっきの奴、仕留め切れてなかったのか……ブレ公が余裕って言うから任せたのによ」
「余裕だったさ! 自分のこのブレードで土手っ腹をズバッとよ!」
「あれが腹切って死ぬ手合かよ! アンデッド型ナメてんのか!?」
尚登が「ブレ公」と呼び怒鳴りつけているのは、央基少年の隣に浮遊する金属質の飛行物体である。頭部に生やした刀身でスカルサタモンの胴体を分断したはいいものの、どうやら相手の耐久力を見くびっていたようだ。
尚登達が間の抜けたやり取りをしている間に、コアドラモン、ファイラモン、レキスモンはそれぞれ持ち前の飛び道具《ブルーフレアブレス》《ファイラボム》《ティアーアロー》を広範囲に向けて放った。それによりコマンドラモン達は10体全て殲滅された――かに見えたが、たった1体、移動能力を残した個体が弾幕を掻い潜っていた。姿が見えるとはいえ的としてはあまりに小さく、パートナー達のスピードを持ってしても追撃に苦労することは請け合いであった。
しかし、コマンドラモンの行き先を阻むものがあった。天井の一部、それも丁度コマンドラモンの頭上が突如崩壊したのだ。コマンドラモンは身の丈より大きい結晶の塊を4、5個紙一重で躱したが、最後に落下した青色の物体――もとい、グリズモンである――に真上から押し潰され、その圧に任せて粉々に粉砕されてしまった。
「っしゃあ、1体撃破! ……あれ、これだけ?」
落ちて来たのはグリズモンだけではなかった。よく見ると誠がグリズモンの背中にしがみついている。
「おう翼、遅くなってゴメンな!」
「いや、それはいいんだけど……なんで2人して天井から入って来たの……?」
「それがな、さっきの分かれ道の先の部屋に入ったら入口塞がれちゃってさ。戦いの音がする方に向かって掘り進んで行ったらこの通り、ってワケ!」
事の仔細は掴みかねるが、入口を再び開通させるよりも地中を掘り進む方が彼らにとっては都合がよかった、ということだろう。現に味方すら驚かせるアンブッシュで敵の殲滅に貢献したのだから、結果オーライと言うべきだ。
頭上からの乱入者にゼロ・フィールズも驚きを隠せないようだったが、尚登はすぐに不敵な表情を作り直し、誠に声をかけた。
「随分派手なご登場だな、星上誠クンよ」
「へへっ、やっぱ何事も派手にやった方が……………………えっ誰!? 人間!? 何がどーなってんの!?」
「星上君、それについては後で詳しく話す。要点だけ言うと、彼らは味方じゃない」
「マジ!? 敵なのかよ!!」
誠への状況説明をさらりと済ませ、健悟は尚登と向かい合った。
「君らの刺客は全部片付けた。約束通り、知っていることを話してもらおうか」
「知ってることねえ……なんだかんだで色んな情報拾ってきたからな、話せることが多くて迷っちまう」
「この期に及んでまだ戯言を……! あんなものを釣り餌にしたんだ、食い付く人間の欲しがる情報くらい分かってるだろ!」
あんなもの、と健悟が呼んだのは、恐らく英語が書かれた瓦礫の欠片のことである。翼は両手で包んだままのそれを、改めて掌の上で組み合わせてみた。砕けた漆喰の欠片は、偶然にも最初に健悟が見せたのと反対の面を上にして組み合わさった。
「“22 July @ SPICA-SQUARE”?」
「なっ――翼君、いつの間に!?」
そういえば健悟に断りを入れるのを忘れていた、という反省はさておき。
組み合わせた瓦礫には、先の“WELCOME!”とはまた別の文字列が記されていた。健悟と尚登の会話から察するに、健悟は主にこの日付表記を見て――そして翼らには敢えてこの情報を伏せ――翼ら以外の人間の存在を確信したのだ。まさか本当に「裏を読む」ことで真実が明らかになるとは、翼自身夢にも思っていなかったが。
7月22日といえば、翼がDWへ渡る前日のことだ。アットマーク以降は場所を示す固有名詞と推測されるが、翼には全く心当たりの無いものであった。
「……そう、それが僕の知りたい事実の一つだ。あの日、現実世界でで起きた事件を――あれにデジモンが関係していることを、普通の人間は知る由も無かった筈だ! その上、あの場所に僕がいたことまで……君達は何を知っている!? 何のために僕達に干渉しようっていうんだ!?」
――そうか、健悟を突き動かしていたものはこれか。今のところ分からないことばかりだが、それでも直感で感じ取れるものは決して少なくなかった。
健悟はRWで何らかの事件に巻き込まれ、その真相を探るべくDWへ足を踏み入れたのだ。真相の究明は健悟にとってリヴァイアモン討伐と同等或いはそれ以上に重要で、その故に健悟は情報収集に並ならぬ執着を示すのだろう。
「あの件はあんまり深く関わってねーから、説明はちょっと難しいな……まあでも、そこの誠少年が持ち帰ったデータを見ればおおよそのことは分かるだろ」
「え? データって何?」
「……何って、あの部屋のサーバーから出て来たディスクあるだろ。セキュリティを解除できたご褒美のアイテム」
「あ、あれサーバーっていうんだ。よく分かんねーからぶっ壊しちまった」
「……ちょい待ち、今何て?」
「だから、壊しちまった。あれ壊せば外に出られるかなって思ったんだけど、結局なんも起きなかったんだよな」
健悟と尚登が、マジかこいつ、とでも言いたげな渋い表情で誠を睨んだ。
「「マジかこいつ……」」
実際に口にも出した。
「流石にこう来るとは思わなかったな……ここでやること無くなったわ、うん」
「星上君、なんてことを……貴重な情報源が……!!」
「え!? 何!? なんかヤベーことやらかしちゃった……!?」
呆れる尚登と憤る健悟の視線を浴びれば、流石の誠も事の重大さを理解できるというものだった。
「まあ、そんなに怒らなくてもいいと思うぞ。こっちは今後お前さん達に会う口実ができたしな」
「何だと……?」
「お前さん達に近付く機会が多けりゃ好都合、ってだけだよ。さっきお前さん、何のために僕達に干渉する、って訊いたよな? あれについてならこの場で答えられる」
尚登は一旦言葉を切り、仮面の少女に目配せと何らかのハンドサインを送ってから、翼ら全員の顔に目を合わせつつ話を続けた。
「俺達はただ見極めるだけさ。未来を選ぶに相応しい存在をな」
尚登がそう言い終わると同時に、仮面の少女は得物の大剣を真上に放り投げた。大剣は天井に突き刺さるかに思われたが、実際は刺さるのみに留まらず、大広間の天井を半分粉砕してしまった。天井はシャンデリアを巻き込んで崩れ落ち、ゼロ・フィールズの姿をあっという間に覆った。
偶然か、それともそういう具合に加減されたのか、翼らが崩落に巻き込まれることは無かった。崩落が収まると、結晶の山を地上から差す光が明るく照らし出した。
「……逃げたか」
健悟は天井の成れの果てを眺め、ぽつりと呟いた。ゼロ・フィールズの行方のことを言っているらしい。
「これだけ派手に崩したら死んでるでしょ普通」
「いや、そんなヘマはしないだろう。これはあくまで演出……撤退の絵面を派手にするための遊び心。見たところ、あいつはそういう人間だ」
忌々しげにこぼす健悟。翼が思うに、尚登のように人を食った態度を取る人間は健悟とは馬が合いそうにない。今後もゼロ・フィールズと接触する機会があることを尚登はほのめかしたが、その機会の数だけ健悟と尚登が衝突するのかと思うと翼はどうにも気が気でない。
「えっと、あのさ健悟……ごめんな? あのサーバーってのがそんな大事なモノって知らなくて……」
珍しくしょげた様子の誠が、健悟の顔を覗き込みながら謝罪の言葉を口にした。ひなたの推測が正しければの話だが、仲間達の力になろうと気負って行動した結果がこれでは、誠はさらに自信を失ってしまうに違いない。
「そのことなら、あまり気にしなくていいよ。たとえ情報の回収に成功しても、奴らからの施しだと思うと素直に受け取れる気がしないからね」
「でも、健悟は情報収集ってことでオレを行かせてくれたんだろ? オレはそれに応えられなかった……」
「確かに今回は損しただけだったけど、君が積極的に動いてくれたおかげでひなた君が吹っ切れたみたいだから、それでよしとしよう」
「マジ? おいひなた、お前何したんだ!?」
「え、ワタシは別に何も……ただ、お兄ちゃんが頑張ってるからワタシも、って……」
ほんのりと和む誠達の表情を、地上の光が照らし出していた。
翼らの旅路に、僅かではあるが光明がもたらされた。それは新たな情報源としての第三勢力と、仲間達の間に生まれた互いを認め合う心である。
しかし、その光でもって色濃く縁取られた陰も決して無視できない。先程から俯いたままのレミ、そして何か重い過去を背負っているらしい健悟。2人の胸の内を少しでも明かしてもらえるようにならなければ、強固な信頼関係を結ぶことは難しいように思えてならない。
これを機に、健悟の過去にまつわる話を少しでも聞き出せないだろうか。そんな期待を胸に翼は健悟の顔色を伺うが、表情のせいか、はたまた環境光のせいか、健悟の目元に宿る陰がいつもより濃く見え、翼は咄嗟に目を逸らしてしまった。言葉なくして相手の心は開けないが、むやみに言葉を投げかけて心を閉ざされるくらいならいっそ黙っていた方がいい時もある。翼はそう自分に言い聞かせ、己の無遠慮な好奇心をなだめることに専念した。
(つづく)
【Part 2/3】
*
そんなやり取りを経て、翼らは地下のトンネル――土をくり抜き、その内側に木製の柱と電球を一定間隔で据えただけの一本道――を進んでいた。マンホールを開け、全長10m程の梯子を降りてから地下道へ至るまで、敵に勘付かれた様子どころか翼ら以外の存在が動く気配すら感じられなかった。いつしか子供達は息と足音を潜めるのを止めていたし、実際潜める必要も無かったようだ。
代わり映えのしない坑道をしばらく進むと、道の左手側に分かれ道が1つ現れた。道幅も光源も今の道より少なく、その奥からは何かの機械が動くような低い振動音が聞こえる。分かれ道の先を確かめたい気持ちもあるが、このまま直路を急ぎたい気持ちもある――とでも言いたげに子供達は立ち止まった。
「おし、こっちはオレとベアモンが引き受けた! お前らは先に進んでていーぞ」
誠は胸を張ってそう宣ったが、残る仲間達、特にベアモンとひなたは顔全体で「心配」の意を示した。
「お兄ちゃん、ワタシも一緒に行く!」
「んん? ダメダメ、お前は翼達と一緒にいるの」
「なんで!? ワタシ、お兄ちゃんの足手まといになんてならないよ!」
「そーゆーんじゃなくてさ。オレじゃいざって時にお前を守れねえの。ほら、オレはベアモンを進化させると命がやべーらしいから……パートナーを全力で戦わせられる翼とレミ、ついでに頭いい健悟がいれば、多分ひなたがケガすることはないじゃん?」
自分とベアモンは戦力としての価値が低い――そういう旨のことを、誠は恥じる様子も無く言ってみせた。
「マコトの言うことは正しい。迂闊に力を浪費できない今のボクじゃ、自分を守りつつヒナタ達を守れるかどうか……」
「ま、そういうことだから。……翼、レミ、健悟。悪いけど、ひなたのこと頼むわ。オレもなるべく早く合流するから」
両手を合わせる誠に、分かった、とだけ返す翼。レミと健悟も、数秒の逡巡の後に頷いた。
「サンキュ! じゃあ行くか、ベアモン!」
「こらマコト、走らないの!」
駆け足で進もうとする誠と、その腕を引いて制するベアモン。親子、或いは兄弟のような距離感でじゃれ合いながら歩く2人の姿は、やがて坑道の暗闇に消えてしまった。
「……なーんか意外だな。誠君があんなこと言うなんて」
呟きつつ、レミは元のルートへ向け再び足を動かし始めた。翼もそれに続き、レミの顔を覗き込む。
「意外って、何が?」
「なんかこう、誠君ってもうちょっと自信家みたいなイメージがあったからさ。ひなたちゃんとコロナモンを連れてくくらい余裕、とか言うと思ってた」
「まあ、アイツは基本勢い任せだからな……」
然程間違っていないような、と翼が頭を掻いていると、その背後でぽつりと呟く声があった。
「お兄ちゃん、多分落ち込んでるんだと思います」
それはひなたの声だった。翼とレミが思わず立ち止まって振り向くと、ひなたはその場を動かず、兄の行く先をどこか寂しそうに見つめている。
「夕べの見張りをお兄ちゃんと交代する時、お兄ちゃんと少しだけ話したんです。その時、『オレは翼達みたいにスゲーことできないから、どんなことでも全力でやるしかないんだ』って……だからきっと、皆さんのためにできることを少しでもやろうとしてるんじゃないかと」
言葉を切ったひなたは、コロナモンの手を取って真剣な顔つきで歩き出した。
「皆さんにも、今のお兄ちゃんにも、心配はかけられないです。ワタシはワタシにできることを、全力でやります」
幼さの残る目元を精一杯引き締め、翼らを追い越して進むひなた。進む先には、同じ太さの坑道が交差する十字路が待ち構えている。健悟とヒョコモンは、急ぎ足のひなたを遠巻きに追った。
「行くよ。ひなた君に何かあったら、星上君に示しがつかない」
すれ違いざま健悟が翼に向ける眼差しも、やはり真剣だった。人の肉親を預けられたのだから当然とは思うが、決して好きではないであろう誠の頼みに真摯に応えようとする健悟の振る舞いこそ、翼にとっては意外であった。
――ともあれ、これからはもうちょっと誠を丁寧に扱おう。そう思いつつ、翼はひなたの隣に追い付き、
グニッ。
何かを踏んだ。
「ん、何これ」
「タスク!! 離れろ、それデジモン!!」
「なんで!?」
ドラコモンの警告に目を剥き、翼は反射的に――しかしひなたを庇い退かせることも忘れず――その場から飛び退った。
それに入れ替わるように、ドラコモンとコロナモンが前へ踊り出る。コロナモンが両拳に炎を燃え滾らせると、今一つ不明瞭だった翼らの足元が明るく照らし出された。朱い骨格を剥き出しにしたヒトガタの骸骨が両腕を投げ出し、交差点の真ん中で左右の岐路に沿って横たわっていた。よく見るとその背には黒い羽が一対生え、左手には禍々しい装飾の施された杖を持っており、西洋の「悪魔」を思わせるなりをしている。そういえば、オーガモンが率いていた盗賊一味は「悪魔」のようなデジモンに焚き付けられて翼らを襲撃したとゴブリモンが語っていたが、ひょっとしてこいつのことではあるまいな……と翼は首を傾げる。
ヒョコモンは刀に手を掛けつつ、その悪魔の顔を覗き込んだ。
「こやつ……完全体の〈スカルサタモン〉でゴザる」
「完全体って……成熟期より上じゃないか!」
健悟の反応に、翼らは思わず身構えた。「完全体」とはデジモンの進化の第5段階に相当する。ドラコモン達が進化に成功したばかりの「成熟期」を上回り、《魔王》リヴァイアモンの位置する最高レベルの一つ下である。パートナー達の戦闘能力を鑑みると、できれば出くわしたくなかった手合いだ。《進化補助プログラム》の運用もままならない今の状況では、この場を即座に離脱する以外の最適解は無い――はずだった。
「ドラコモン、早く逃げなきゃ!」
「うんにゃ、その必要は無さそうだ」
ドラコモンはやけに落ち着き払っている。そればかりか、コロナモンも拳の炎を松明程度に弱め、ヒョコモンは抜きかけた刀を再び鞘に引っ込めている。敵地の只中で味方以外のデジモンを前にし、パートナー達は戦闘の意思を微塵も表しはしなかったのである。
「どうしてそんな……」
「よく見ろ。こいつ、死にかけてる」
ドラコモンの指摘を受け、翼はスカルサタモンの身体をまじまじと観察する。先程翼が踏んだらしい上半身から下半身へ……と視点を動かしていくと、悪魔の身体は途中で途切れている。下半身が無いのだ。切れ目と思しき朱い脊椎の断面からは、赤黒いノイズの粒子が弱々しく流れ出していた。
――これは、誰かにやられたか。翼はそう直感する。この有様で息はあるのか、と翼は悪魔の黒い頭部を凝視するが、時折ヒュー、ヒューと細く息を吸う音が辛うじて聞き取れるだけだった。これではルナモンの聴力でも察知できたか怪しい。
「この傷じゃ、私にも手の施しようがないな……せめてここで何が起きたのか、聞き出せればよかったんだけど」
レミが呟き終わるや否や、健悟は仲間達を乱暴に押し退け、スカルサタモンの首を左手で掴み上げた。そしていつの間にか右手に持っていた白色のディスクケースを悪魔の胸に押し当て、吸収させてしまった。
「ちょっ――健悟、何してんの!?」
「《ディスクイメージ:再生(レストア)》……こいつの息が続く限り、情報を吐かせる……!」
ディスクが完全に吸収されると、スカルサタモンが小さく咳き込み、暗く落ち窪んだ眼孔に僅かな赤い光を宿らせた。それは骸骨悪魔の眼に相当するらしく、光が健悟の顔を向くとスカルサタモンはびくっと身じろぎをした。
「なっ……人間の、子供…………また、か……!!」
骸骨の首元から絞り出される声はまさしく虫の息で、少し小突けば今にも途絶えてしまいそうだった。
「また、って……人間の子供を見たのか!? ここで!!」
「アァ……そ、そうだ……奴ら、この基地を乗っ取って……ゲホッ……」
その返答を聞くや否や、健悟が鋭く息を呑んだ。彼の予感は的中したのだ。
「お前達……奴らの、仲間じゃないのか……?」
「ああ、そいつらを追って来た。そいつらは今どこにいる!?」
「この奥だ……気を付けろ、奴らは…………グ、オオオアアッ……!」
スカルサタモンが俄にもがき始めた。見ると、背骨の断面のみならず、羽や手指といった身体の末端までもが粒子状に分解されつつある。スカルサタモンの生命がいよいよ死に向かいつつある証拠だ。
「おい、まだ死なれちゃ困る!! ……回復が足りなかったか。もっと効果量の多いデータを……!」
スカルサタモンの延命を試みようというのか、健悟が鞄からタブレットを取り出して操作し始める。が、その手を後ろから掴んで制止する者がいた。レミだった。
「邪魔しないでくれ! 完全体の生命力なら後数分は――」
「ごめん、流石に見過ごせない。ターミナルケアって言葉知らないの?」
「瀕死で苦しそうな奴は見捨ててもいいって訳か? 随分都合のいい倫理観だな!」
「『後数分』の命なんでしょ!? 半端に患者の苦しみを長引かせるなって言ってるの!」
健悟はきまりの悪い顔をしつつ、レミの手をそっと掴んで引き離した。熱の入ったレミの言葉に納得したのか、或いは気圧されたのか、ともあれスカルサタモンに別のデータを投与することは諦めた様子だった。そんなやり取りを見ていたのかどうか、スカルサタモンは崩れかけた右腕を徐ろに持ち上げ、健悟の肩にぽすんと乗せた。
「俺は……お前らの、味方ではないが……奴らとやり合うなら……この俺を、喰って行くといい……!」
「敵に塩を送るのか?」
「使えるモノは何でも、使わんと損だぞ……俺がこの間、田舎の盗賊共を鉄砲玉にしたようにな……」
「……そうか、あれは君の差し金だったか」
「お前らの、血肉となって……奴らに一矢……報い、られ………………」
震える左手で、得物の杖までも差し出すスカルサタモン。逡巡の後に健悟がそれを受け取ると、我慢の限界を迎えたようにスカルサタモンの手が、腕が、そして上半身全体が溶けるように崩れ去った。
「完全体のデータか、面白ぇ! 4体で山分けしても結構な量――」
「ヒョコモン、全部吸収していいよ」
「――おいケンゴ! 勝手に決めんじゃねーよ!」
健悟に睨まれたために、ドラコモン達はヒョコモンが悪魔の残滓を吸い尽くすのを指を咥えて見ることしかできなかった。その間タブレットを鞄に、そして消えずに残った悪魔の杖をLEAFに収めながら、健悟は坑道の「奥」――煤けた金属の扉に閉ざされた行き止まりの先を、凄みに満ちた目で見据えた。
「ヒョコモン、進化だ…………突入する!!」
「御意!」
健悟が握り締めたLEAFは、先の戦闘時と同様に強い輝きを帯びていた。彼の胸に熾る闘志が本物であることは誰の目にも明らかである。
けれど、このまま征かせる訳にはいかない。翼は咄嗟に健悟の肩口を捕まえた。
「落ち着いてよ健悟! まずは相手の出方を見なきゃ!」
「そんなの今更だ。どうせ敵はこっちに気付いてる」
「そういう問題じゃなくて! 仲間を置いて突っ走るなんて無謀だろ!? そんなやり方、健悟らしくないよ!」
「仲間? 僕らしくない? ――適当なことを言うな!!」
怒号と共に、健悟は翼の手を裏拳で振り払った。
「協力するとは言ったが、僕個人の自由を売ったつもりは無い! ……ここから先は僕の自由にさせてもらう。星上君を連れてさっさと離脱するといい」
肩口から垣間見えた健悟の目元に、過熱し切った激情――と、どこか申し訳無さげな動揺の色がひとさじ。
1秒にも満たない視線の交わりを、開かれた瞳孔には耐え難い閃光が遮った。咄嗟に閉じた瞼を再び開けると、健悟の傍に侍っていたヒョコモンは成熟期〈ブライモン〉の姿に変わり、健悟を後ろに連れて鉄扉の方へ駆け出していた。
――厄介なことになった。翼はレミ、ひなたと頷き合い、共に健悟らを負う。
ブライモンは腰に携えた二振りの刀を素早く抜くと、行く手を阻む扉をバラバラに斬り裂いた。
「いや素直に開けようよ!!」
扉の形をしていた分厚い金属板が崩れ落ちる音、そして翼が荒げた声がやけに大きく響く。その理由は、扉のあった入口を潜るとすぐに判明した。
土を掘ったのトンネルとは打って変わり、紫色に煌めく結晶状の物質を四角くくり抜いたような大広間が広がっている。幅、奥行き、高さのいずれも50メートルを優に超えており、なるほどこの広さならあらゆる音が反響して聞こえる筈であった。その上天井には豪華絢爛なシャンデリアがぶら下がり、ここまでの道程とは不釣り合いな明るさを演出している。
そして広間の奥側、健悟とブライモンが棒立ちで見つめる方向に、内装と同じ結晶でできた玉座風の椅子が一つ。丁度人間が一人座れそうなサイズのそれに、何かが、否、「誰か」が気怠そうな顔をしてゆったり腰かけていた。
「そこの少年の言う通りだぞー、こっちがビビっちまったじゃねーか」
Tシャツの上からダンガリーシャツを羽織り、ベージュのチノパンを纏った両脚をゆったりと組んだ玉座の主が、少々呆れた風情で言葉を発した。肩肘を張り過ぎない余裕の感と、「少年」よりは「青年」に近い厚みの声が、健悟とはまた違ったベクトルの大人っぽさを印象付ける。
しかもその周りには、同じく人間と思しき少年と少女、そして3体のデジモンらしき影が所在無さげに集まっている。その全員の視線が自身らに集まるのを感じ、翼の緊張は最高潮に達した。恐らくひなた達も同様だ。翼らと事情を異にし、翼らの知らぬ何かを握っているかも知れない来訪者を前にすれば、どうアプローチを試みようかと慎重になるのが筋というものだ。
しかし、パートナー達の反応は、子供達のそれとは明らかに様相が違った。
『――――ッ!?』
皆一様に手足を震わせ、目を見開き、攻撃の構えを取りながら怯えている。ドラコモンは両角を不規則に明滅させ、コロナモンとルナモンに至っては全身の毛を逆立たせている。ブライモンは然程動じていないかに思われたが、よく見ると僅かに腰が引けていた。
「ドラコモン? どうしたのさ」
「どうしたのじゃねーよ、あれ見て分かんねーのか!? あのデジモン達、プレッシャーが尋常じゃねえ……ッ!!」
相棒の言う「プレッシャー」の源を翼も順々に見ていくが、翼にはデジモン達のような「野生の勘」が無いため特に何も感じられない。一つは蒼い鎧と三叉の槍で武装した屈強そうな半魚人、一つは大剣と盾を携えた仮面の少女、そしてもう一つは巨大な刃物とクワガタムシめいた一対の大顎を備えた金属質の飛行物体と、いずれも個性的な姿態をしているそれらは、パートナー達が本能的に恐怖するほどの強さを備えた存在であるらしい。
「まあでも、折角来てくれたんだからちゃんと歓迎しなくっちゃな。ようこそ、魔王派集団の地下拠点へ。今は俺達が制圧してただの地下空洞になっちまってるけど」
言いつつ、少年は玉座から立ち上がり、どこか面白そうに翼らの顔を眺めた。
「その言い草だと、やっぱり君達は魔王のフォロワーじゃないんだね。……一体何者なんだ?」
「お、いい感じの訊き方するね。そうだな、強いて言――」
「《ゼロ・フィールズ》! アタシ達のチームの名前だよ!」
「――アヤメ、なんでそこで割り込むかな……」
会話に口を挟んだのは、淡桃のオープンショルダーシャツと七分丈ジーンズを着こなした赤毛ポニーテールの少女だった。少年は彼女を諌めてから、仕切り直しと言わんばかりに一つ咳払いをした。
「世界を侵略しようとする魔王派の連中と、それに対抗すべく集められた人間の子供達……俺達はそのどちらにも属さない、言ってみりゃ流れ者みたいな集団だ。《ゼロ・フィールズ》……そういう名前の第三勢力、とでも覚えといてくれよな。で、俺は名目上そのリーダーをやってる〈東尚登(あずまなおと)〉。こっちは相棒の〈ネプトゥーンモン〉な」
少年改め東尚登は、傍らの半魚人を指差しつつ、ズボンのポケットから何か小さな物体を取り出した。その形と大きさは《LEAF》によく似ているが、外装は艶消しの灰色で、翼らのものには見られない朱色のカバーパーツで左下の角を覆われている。彼らは翼らと同じ――しかし細かい部分で何かが違う――《デジモンテイマー》である、とアピールしているのだ。
「他所の軍事拠点を荒らして、僕らにガードロモンをけしかける用事のある連中が、ただの『流れ者』な訳無いだろう……!」
「なんだ、ガードロモンの件まで知ってんのか。随分察しがいいじゃんか」
「これ以上のお喋りは無意味だ、端的に答えろ。君達は敵か、味方か?」
「その顔、味方だなんて微塵も思ってねーだろ……まあ、確かに『味方』ではないかもな。どっちにも平等に喧嘩売るって意味では『中立』って言えなくもないけど」
「何を分からんことを……!」
「それにさ、一応『敵』って言っとかねーと、どうせお前らは本気で戦っちゃくんねーだろ?」
パン、と両手を打ち合わせる尚登。途端に機銃と戦闘服を装備した2足歩行の竜10体の隊列が、尚登達の前に音も立てずに出現した。
「〈コマンドラモン〉隊、派手にやっちゃって」
隊列中央の竜1体が機銃を翼らに向けると、残る9体も倣って得物を構える。
――いきなりか! 翼ら人間が反射的に屈み込むのと同時に、ドラコモン達デジモンは各々の相棒を庇わんと前方へ飛び出した。
想像よりもやや軽めの銃撃音に乗せ、無数の弾丸がドラコモン達に叩きつけた。バスッ、バスッ、と時折聞こえるくぐもった破裂音は、銃弾がパートナー達の手足を貫通する音であった。
「ぐっ……ンの野郎、舐めたマネしやがって! タスク、一気に蹴散ら――――」
弾幕の切れ目に、ドラコモンは翼の顔を見――すぐに目を逸らしてしまった。躊躇っているのだ。進化して戦闘に臨むことは、その間多少なりともテイマーの生命を危険に晒すことと同義だからだ。
「――こんな雑兵共、進化しなくたって余裕で潰せる! タスク達は下がってろ!」
「待てドラコモン! 無茶するなって!!」
タスクが止めるのも聞かず、ドラコモン達は敵の隊列に立ち向かって行った。対するコマンドラモン隊は、背中のバックパックから鉤爪付きのワイヤーを射出し、それを天井に突き刺すと、そのワイヤーでもって空中に自らを引き揚げ始めた。かと思えば、次の瞬間にはコマンドラモン10体の体表がすうっとその色を失い、ワイヤー諸共透明になってしまった。
ドラコモンやコロナモン、ブライモンさえも敵を見失い狼狽えたが、ルナモンだけは両耳を少しずつ動かして何かを捉えている様子だった。
「……ワイヤーの軋みが消えてません。まだ、ここにいます」
それが判明しただけでも、戦況を好転させるには十分だと翼は確信した。閉じた空間に小さな敵10体が確実に存在するならば、この大広間全体を立体的にカバーできる攻撃手段を以て応戦できる。現にブライモンは背中の翼で宙を舞い、刃渡りと両腕のリーチを一杯に使い辺りを薙ぐように斬り付けている。コアドラモンやファイラモンは飛行能力と遠距離火力を備えているため、翼らの陣営は戦力的には非常に恵まれているといえた。
翼はLEAFを取り出し、ドラコモンへ向けてかざした。しかしLEAFは何の反応も示さない。ひなたとレミのLEAFも同様らしく、2人は驚きと困惑をその顔に浮かべている。
その原因が、翼には何となく想像できた。パートナー達が《進化》を拒んでいるのだ。翼とレミの負担がそれほど重くないことは証明され、ひなたに関しては既に対策も考案された。それなのにパートナー達は、出せる筈の力に頼ることを恐れている。
「おいおい、《進化》させないのかよ? 全員使い方は知ってるもんと思ってたが」
静まり返った戦場を前に、尚登は僅かに眉をしかめ、「不服」の表情を示した。答えに詰まる翼らに代わり、健悟がそれに応じる。
「パートナー達が必要ないと判断したんだろう。レベルⅢ10体程度なら、レベルⅣが1体いれば余裕で応戦できる」
「あれ? そのレベルの呼び方、SPICA(スピカ)式じゃん。じゃあイギリスの少年ってのはお前のことだな、早勢健悟?」
フルネームを言い当てられた瞬間、健悟の佇まいが――後ろ姿だけで顔までは見えなかったが――明らかに殺気立ったものに一瞬で切り替わるのが分かった。
「――――やっぱり知ってるのか、貴様ッ!!」
突然声を荒げ、健悟は尚登目掛けて走り出した。それに合わせてブライモンも滞空を止め、健悟の進路を先取りして猛スピードで滑空する。
ブライモンの刃が尚登に届くかに思われた瞬間、両者の間にヒトガタの影が割り込み、ナイフ状の武器で攻撃を受け止めた。
「〈シールズドラモン〉、ナイスガード。……人間相手にこうも迷いなく斬り込めるかね、普通」
かち合わせた刀身を打ち鳴らし、ブライモンは数メートル後ろへ飛び退いた。ブライモンの傍らに立ち止まった健悟は、鞄からタブレットを取り出し――彼はそれに気付かなかったが、先程しまい込んだ瓦礫の欠片を取り落とした。
「いきなりネプ公と戦わせても勝負になんねーだろうから、本気を出せばギリギリ勝てそうな連中を雇っておいた。こいつに勝てたら……そうだな、お前さん達の知りたいことをちょびっと教えてやろうかな」
「……ふざけやがって……!!」
ブライモンはシールズドラモンに肉薄し、鬼気迫る高速の斬撃を浴びせた。シールズドラモンはそれをたった1本のナイフで器用に捌きつつ、流れるような動作でブライモンの懐に蹴りや拳を滑り込ませようとするが、ブライモンには届かない。両翼を細かく羽ばたかせて体幹と間合いを目まぐるしく動かし、攻撃と回避運動を両立しているのだ。
一方で、姿を消したコマンドラモン達も再び攻撃を開始した。敵の銃口はおろか弾道すら視認できない不可視の銃撃を無防備に受けながら、パートナー達は遠距離技の弾幕を宙に広げて応戦する。
ブライモンの戦闘は危なげないため健悟に一任するとして、翼はドラコモン達の戦いを見守った。敵の攻撃と比べ、こちら側の攻撃は火力と射程が明らかに足りていない。せめて敵の射線が読めれば、被弾を最小限に抑えつつこちらの攻撃をより正確に当てられるようになるのだが――。
不意に、パキン、と何かが弾ける音が響いた。ブライモン達の剣戟の音ではない。室内を注意深く観察すると、先程健悟が落とした瓦礫がいつの間にか複数の破片に分かれていた。その断面からは僅かに煙が上っている。恐らくコマンドラモンの銃弾が命中したのだ。
だが、よく考えれば不自然な話である。周囲を鉱物の内壁で覆われ、その中を無数の銃弾が飛び交っていながら、流れ弾の爆ぜる音は未だこの一音しか聞こえていないのだから。連射された全ての弾がパートナー達を射抜いていたならそれも頷けるが、もしそうなっていれば今頃パートナー達は蜂の巣にされていたところだ。
そして何より翼にとって不可解なのは、デジモン達の戦いを遠巻きに見ている翼らが撃たれる気配が全く無い点である。今日まで相手にして来た手合いは、いずれも人間とデジモンの両方を脅威と見做し戦いを挑んで来たが、《ゼロ・フィールズ》はあくまでパートナー達だけを攻撃対象にしているきらいがある。随分手緩い真似を、と思わざるを得ないシチュエーションだった。
――ひとつ、試してみるか。
翼はその場を飛び出すと、空中に向けて攻撃を放ち続けるドラコモン達をスルーし、健悟らの後方、先程銃弾を受けた瓦礫の元へ駆けた。
「おいバカ――――下がれタスク!! 撃たれちまうぞ!」
「多分大丈夫!」
翼が前線へ飛び出した瞬間、確かに発砲音が止んだ。そして時間にして4秒弱、翼が目的のポイントに辿り着くまで銃撃を受けることは一度として無かった。この時点で、翼の予感は確信に変わりつつあった。
「今回の敵に人間は撃てない」。恐らく《ゼロ・フィールズ》には翼らテイマーを傷付ける意図が無く、その故にコマンドラモン達は人間のいる範囲に迂闊に発砲できないのだ。
だが、翼が屈み込んで瓦礫の破片を拾い始めた今ならどうだろう。案の定銃声が再度鳴り始め、翼の頭部すれすれを小さな物体が高速で通過していくのが空気の流れで何となく感じられた。ここでもやはり跳弾の音は聞こえない。このサイズの実弾が連射されていながら、結晶の内壁に傷一つ見られないのはどう考えても不自然だ。
――どんな細工をした? 銃弾の雨の中、翼はどこか満足気ににやにやと笑う尚登を睨む。
――さぁて、どんなだろうな。尚登は口角をさらに上げた。
ともあれ、敵の行動のルールと何らかの魔法的インチキの介在は確信できた。翼は瓦礫を両手に抱え引き返そうとする。しかしその時、耳に刺さりそうな硬質の衝撃音が翼の足元、否、パートナー達を中心とする床の広範囲で一斉に炸裂した。磨き上げられた結晶の床一面を、瞬く間に実弾と放射状の亀裂が――しかし翼や他のテイマーの周囲を綺麗に避けるように――覆ったのだ。弾丸がどれも傾いて刺さっているのは、射線の角度をそのまま保っているということだろうか。
「ちょい待て、どうなってんだこれ。央基(ひろき)、結界切ったか?」
「……サーバーから応答が無い。外からの操作でシャットダウンされたかも」
「外からって……あのセキュリティを解除した奴がいるってのか?」
銃撃の止んだ広間の奥で、尚登ともう1人、灰色のパーカーにカーキの短パン、眼鏡といった装いの幼い少年がヒソヒソと話し始めた。この事態はどうやらゼロ・フィールズも予想しない事態だったと見える。