【Part 1/3】
*
意識を取り戻した少年――坂本翼(さかもとたすく)の感覚が最初に捉えたものは、暗闇。光や音、熱さえも感じさせないベタ塗りの暗黒の中では、翼自身と、手を握り合った《相棒》ドラコモン以外の何者の存在も知覚できない。ドラコモンが右手の先にいることさえも、手指に伝わる温もり以外に証左とできるものは無い。
ただただ暗いその空間で、翼とドラコモンはふわふわと浮いているようであった。足場どころか重力の感覚も無いのだ。それが分かった時点で、翼は己のいる場所が普通の空間でないことを即座に悟った。
どこへ動かされるでもなく、ただ浮かぶばかりの2人の体は、しかし不意に不可視の何かに引っ張られ急速に移動し始めた。その「何か」の力は、丁度翼ら地球の生物には馴染み深い、重力に近い感触だった。
引き寄せられる先には、星のように暗闇を穿つ光の点が一つ。近付くにつれ、微かな熱と風が件の光――否、よく見るとそれはどこかへ通ずる「穴」であった――から流れ、翼の全身を刺激する。ゴーグルのスモークグラス越しにも、迫り来る光は鮮烈に翼の視界を塗り潰した。

ep.02「君の役割」
「見えるかタスク、これがオレ達の世界だ!」
ドラコモンが叫ぶのとほぼ同時に、翼の視覚が明順応で正常な像を取り戻した。とはいえ、翼は己の眼に映る風景が「正常」なものか否か、確証が持てなかったが――。
青く凪いだ大海原と、それに面する広大な陸地。人工物が一切見当たらない地上には、手付かずと思しき森林や丘陵の他、頂から火を噴く高山など、地球の大陸でもお目にかかれるか怪しい壮大な天然物の数々が悠然と拡がっている。
「この景色、憶えてるぜ……《WWW(ウェブ)大陸》だ! オレが最後に魔王傘下の連中と闘り合った場所だぜ!」
「あ、DW(デジタルワールド)にも地名ってあるんだ……」
大陸、と呼ばれた眼下の大地を、翼はまじまじと観察した。陸地の面積が限りなく広いことは、その全体像が地平線で見切れていることからも伺い知れる。しかし細かい地形や植生は地上に降りてみないことには、
「ちょっと待って」
「お、どーしたタスク」
遅まきながら、翼は気付いた。髪と服が絶えず風にはためき、強い加速感を纏いながら大陸を広角的に望んでいる自身の状態に。
「これ、もしかして……落ちてる……?」
「んー……ああ、ホントだ。RW(リアルワールド)で空に上がったと思ったら、今度はDWで落ちてる、と。ハハ、面白ぇな!」
「いや笑い事じゃないから!! このまま落ちたら絶対死ぬって!!」
落下傘無しのスカイダイビング。冒険がしたい、とは言ったが、生き延びようの無いチャレンジを冒険と呼ぶバカがいるか。
「確かにこのままじゃ地面にゴッツンだな……タスク、人間の知恵でどうにかなんねーか?」
「ええ!? どうだろう、服で帆を作って落下地点を海に……はちょっと難しいな……ていうか、ドラコモンの背中に羽あるじゃん! それで飛べばいいんだ!」
「あ、これ? あるけど、空を飛ぶような力はねーぞ。小さいし」
「なんだ、飾りか……」
「おい、オメー今なんつった!? 飾りな訳ねーだろ、未来のノビシロって言いやがれ! 上手く《進化》すりゃいつか空だって――」
「今その未来が懸かってんだよッ!!」
このまま何の対処もできなければ、翼の冒険は1歩目にして――着地姿勢によっては地に足を着けることも無く――終わってしまう。が、今の翼はこの窮地を脱する方法を持ち合わせていない。持っているものといえば、目元を覆うゴーグルと、左手に握ったままの《LEAF》ぐらいである。
「……LEAFの力で、どうにかできないかな」
「なんか、できそーな気がするな。そいつがオレ達をDWに連れてきたんだ、多少の世話は焼いてくれるかもな」
翼は手の中の小さなデバイスを見つめた。翼の机の引き出しにいつの間にか入っていたそれは、ドラコモン曰く「人間の持ってる力を引き出すアイテム」らしいのだが、現時点ではDWへの通り道を開く機能以外に詳しい特性が判明していない。翼らを救う力があるかも知れないし、無いかも知れない。
「LEAF、このままじゃ地面にぶつかって死んじゃうよ! オレ達を助けて!」
直下に遠く広がっていた地平は、気が付くと手が届きそうな低さまで迫っていた。思い付くままLEAFに呼びかけると、LEAFは翼の声に応えるかのように軽やかな電子音を鳴らし、ディスプレイの中央に英字列を映し出した。
[Physical Emulation : "LIGHTNET" ...Ready.]
直後、フイイイイイン……と奇妙な音を立て、翼らを待ち受ける草地より少し高いところに黄色い光の網が浮かび上がった。その光の網は、翼とドラコモンの体をふんわりと受け止めると、ジジ、とノイズめいた音を発して瞬く間に消えてしまった。
軽く尻餅を突いただけで、翼らの予期せぬスカイダイビングはあっさり終了した。
「……助かった、のかな」
「らしいな。……にしてもLEAFってすげえな、まるで魔法だ」
ドラコモンは目を輝かせてLEAFを見つめるが、翼にはどうにもぴんと来ない。LEAFの能力が「すごい」のか、或いは現実にはあり得ない現象ばかり起こるこの世界が「すごい」のか。
翼はゴーグルを首元に下ろし、ゆっくり腰を上げた。鼻から喉を通り抜けていく空気は、仄かに草と潮の香りがする。手でズボンを叩くと、細かな土の塊がぱらぱらと落ちる。仰ぎ見た青空には、低くうねる風音と千切れ雲が蕩々と流れている。
デジタル、というより、「ありのままの自然」。翼の五感が捉えたDWは、仮想、電子、作為などといったイメージとはほど遠い、現実的かつ自然な世界だった。RWでいう「生命の楽園」とは、こういう環境を指すのではないかとさえ思われた。
しかし同時に、翼はえもいわれぬ違和感も覚えていた。翼とドラコモン以外に、生き物の気配がまるで無いのだ。これほどまでに快適な環境であれば、動物――DWの住民たるデジモンがその辺を闊歩していてもおかしくない筈なのに。
「オメーも気付いたか。ここら一帯、デジモンの気配がまるで無ぇんだ」
「活火山の麓だから、元々少なかったとか?」
「いや、結構いたみたいだぞ。デジモンの足跡とか巣穴があちこちにあるからな。けどそれ以上に争いの痕跡が目立つ。ここに住んでた連中、皆どっかに追いやられたか……殺されてるかのどっちかだ」
ドラコモンの言葉を受け、翼は改めて周辺を観察した。周辺の草地が所々凹んでいたり、逆にふんわり盛り上がっていたりするのが、デジモン達の生活の跡であることが伺えた。そして同時に、黒焦げの樹木や、上半分が粉砕された土のかまくらなど、何らかの破壊活動があったことを証明する物も確かに見受けられる。
「誰が、こんなことを」
「決まってんだろ、《魔王》の手下共だ」
「《魔王》本人、じゃなくて?」
「ああ。伝説の魔王デジモンが復活したってんで、『悪しき種の時代』とか言って大陸中のチンピラが調子に乗ってあちこちで暴れ始めやがったんだ。それでこのザマって訳よ」
「そうだったんだ……でもさ、ドラコモンを追って来たアイツは、チンピラって感じじゃなかったよね」
「あの犬公は多分、魔王に直接仕えてる連中の下っ端だな。奴らは例のチンピラと違って何か目的があって動いてたらしいが、詳しいことは結局分からず終いだった」
ドラコモンの説明で、翼は世界を取り巻く情勢の大筋を察することができた。《魔王》の覚醒により悪質なデジモンがDW各地で暴れ始め、その裏側で《魔王》の手下が何かを企てている。そして世界の混乱を収めるには、《魔王》とそれに関わる全ての勢力を制圧しなければならない、と。
「……オレ達が、止めなきゃいけないんだね」
「そーいうこった! オレとお前が、この世界の英雄になるんだ!」
分かってはいたが、ストレートに言われると殊の外恥ずかしい。ドラコモンの言う通り、これから翼らが挑むのは「世界を救う冒険」――悪を挫き、正義を示す戦い、ということになるのだ。
「なんか不安になってきた……本当にオレ達だけでできるのかな」
「そんな弱気になるなって! 言ったハズだぜ、オレとお前が組めば怖いモン無しだってな! まあでも、確かに協力者の1体や2体は欲しいような――」
温度差が際立つ2人の会話を、LEAFからの電子音が不意に遮った。ピポペポピポパポ、と単調なメロディを繰り返し奏でるそれの画面には、黒地に薄緑のグリッドラインが細やかに引かれ、中央には赤い矢印が1つ、上端に寄り集まった4つの白い光点、左下には縮尺と思しき線と数値が映し出されている。その構成はどこか見覚えのある、レーダー探知機か何かの画面を思わせるものだった。
「タスク、これ何が映ってんだ?」
「近くに何かがある、ってことだと思う。詳しいことは分かんないけど、LEAFがわざわざ教えてくれるってことは、多分大事な何かだよ」
「なるほどな……で、どーするよ。見に行くか?」
「オレは見に行きたいな。最初の目的地にするには丁度良い気がする」
「同感だ」
頷き合い、翼らはLEAFが指し示す「何か」の方へ歩き始めた。その第一歩は、期待に踊る心の軽やかさと、圧しかかる緊張の重みに包まれ、地面を踏んでいる感じがまるでしなかった。
LEAFを片手に見知らぬ地を歩む内、翼はLEAFの画面が示すものの意味を理解することができた。画面中央に固定された矢印は翼らの向いている方向を指しており、グリッドラインと光点は翼らの動きに合わせて向きと距離がリアルタイムで変化している。どこか見覚えがあると感じたのは、それが和恵の車に装備されたカーナビのインターフェースに少し似ていたからであった。
LEAFのナビに導かれるまま踏み締める草地は、歩みを進めるにつれ緩やかな上り坂に変わっていくようだった。さらにしばらく歩くと、翼らの行く先に小高い丘陵が見え始めた。その天辺には何かの生物と思しきシルエットが8つ見え、中には人間らしい背格好のものもあった。
「やっぱり何かいやがった。この気配……デジモン、と、人間か?」
呟くドラコモンを尻目に、ドラコモン翼はLEAFの画面と丘の上とを交互に見た。表示された光点は全部で4つ、進行方向に待ち受ける影には半分足りない。どうなってんだ、と翼が首を捻るのと同時に、LEAFのナビゲーション画面は音も無くブラックアウトしてしまった。道案内はこれで十分、とでも言いたいのか。
「……行ってみよう。何かあったらドラコモンに任せる」
「分かった。警戒はしとくけど、背後と足元には気ぃ付けてくれよ」
瞳を尖らせて前に歩み出るドラコモン。その背中をゆっくりと追いつつ、翼はふと考えた。丘の上に待つ者達は、LEAFがわざわざその位置を知らせるほどに翼らにとって重要な存在、敵か味方のどちらかである筈だった。敵ならばドラコモンが叩きのめして尋問するのだろうが、もし味方だった場合、翼は彼らとどう接するべきなのか、と。
翼にはこれもまたピンと来なかった。DWを渡るには協力者がいないと心細い、という旨の発言をした覚えはあるが、果たして自分は本心から「仲間」を求めているのだろうか。翼がRWで目にして来た人間達は世渡り上手な代わりに川も渡れなさそうな者ばかりで、そんなお荷物と旅路を共にしろと言われたら翼は迷わず拒否できる自信がある。尤も、翼と同様にデジモンの相棒となった人間が待ち受けているとすれば、ひょっとしたら、境遇だけでなく性格、思想の部分でも分かり合える人間に出会えたりするのかも知れないが。
「……動いた! 来るぞタスク!」
ドラコモンの警告に、翼は我に返って身構えた。丘の天辺から、人間らしき者と、それより背の低い小熊めいた形のモノとがせかせかと駆け下りてくる。
翼は徐々に近付いて来る2つの存在を睨みつけ――あれ、と思わず声を漏らした。人間らしき者の姿に、翼には見覚えがあった。寝癖か癖っ毛か定かでないぼさぼさの茶髪、身体活動量と発熱量の多さを主張するタンクトップと短パン、そしてその頭上で大袈裟に振り回される元気な右手。
「翼――――っ! 翼じゃねーか! お前も来てたんだな!」
見紛う筈も無い。数時間前に通学路で見送った同級生、〈星上誠(ほしがみまこと)〉その人である。誠は翼の目の前で立ち止まると、翼の肩を両手でがしっと掴み、おお本物だ、と呟いた。どんな判断基準なのだろう。
「誠、なんでお前がここに……!?」
「んー、まあオレも細かいことはわかんないんだけどさ。ところでそれ、お前のパートナー?」
「おいガキ、『それ』呼ばわりは失礼だろ! まずオメーが先に名乗りやがれってんだ!」
「あん? 何いきなりキレてんだよ!」
当然ではあるが、ドラコモンと誠は面識が無い。それゆえドラコモンが誠に対し警戒心を露わにするのも無理からぬ話であった。この不躾な少年をドラコモンの前に放置すると血祭りに上げられそうな予感がしたので、翼が慌てて間に入ろうとすると、先回りして割り込む者がいた。
「ごめんね、マコトって誰に対してもこうなんだ。もうちょっと礼儀正しくなってくれると、ボクとしても助かるんだけど」
それは誠の傍らにいた黒い小熊――十中八九デジモンの一種――であった。紺色の野球帽を被り、胴体と両拳に紺色の革ベルトを巻きつけたそのデジモンは、聞く者の警戒心をたちまち解いてしまえそうな爽やかな男児風の声を発した。
「ボクは〈ベアモン〉、このマコトの相棒だ。君達も《LEAF》に導かれて来たんだね?」
「え、うん。オレは坂本翼。こっちは相棒の……」
翼が振り向くと、ドラコモンは黙したままベアモンを凝視していた。
「ドラコモン、だね。君と同じ種族のデジモンに知り合いがいるんだ」
「えっとね、ドラコモン……誠はオレの知り合いなんだ。根はいいヤツだから、怖がらなくていいよ」
「怖がってねーよ! つーか、そっちのクマ公の方がよっぽど信用ならねぇ! LEAFのことも知ってるし、なんかミョーに落ち着いてるし!」
理不尽ともいえる怒りをぶちまけるドラコモンに対し、ベアモンは困った笑みを浮かべながら応えた。
「正直、ボクも色々と混乱してるんだ。LEAFについてもあまり多くは知らないし。向こうに集まってるデジモン達も、多分似たようなものだよ」
「そーゆーこと! いきなりケンカ腰になんないでさ、まずは皆に挨拶だ!」
誠らの言葉を聞き終えても、全ての疑問が解決されることはなかった。しかし、翼には唯一分かることがある。
期せずして出会った誠が敵でないとすれば、つまり彼は味方。即ち翼の旅のお供ということ。
――え、こんなバカが仲間?
「絶っっっっ対に嫌だ――――!!」
「なんでだよ! 人見知り全開かお前!」
*
翼の柄にもない錯乱状態は、誠に手を引かれ丘の天辺に辿り着いた時点であっけなく収まってしまった。翼を待ち受けていた者達――面識の無い人間の子供3人と、その銘々の傍らに立つ小柄なデジモン3体――を一目見たことで、翼の理性が好奇心を連れて舞い戻ったのである。彼らが翼らの同類であることはすぐに察しが付いた。
「皆、紹介するぜ! オレのダチだ!」
友達(ダチ)……だったろうか、という疑問は頭の片隅に置き、翼は誠の言う「皆」に向けて自己紹介を試みた。顔色を伺いがてら一人一人と目を合わせるよう努めたが、返される視線がどれもあからさまに訝るようなものであったために、翼は当て所無く視線を泳がせざるを得なくなってしまった。
「えっと……坂本翼です。誠の同級生で……こっちはパートナーのドラコモン。……よろしく」
「暗いぞ翼ー、もっと笑顔笑顔!」
脇から茶々を入れる誠を、翼は横目で睨め付ける。お前じゃあるまいし、初対面の人間にそこまで馴れ馴れしくできるか、と。
さて何かレスポンスはあるだろうか。翼は改めてその初対面の子供達に向き直った。するとその中の一人、幼い顔立ちの少女が前に歩み出た。
「あのっ、ワタシは〈星上ひなた〉ですっ! 小学5年生です! その……いつもお兄ちゃんがお世話になってます」
フリルブラウスにショートパンツといった風貌で、誠に似た茶髪をツインテールにした彼女は、両手を足の前で組みながら、おどおどした表情で上目遣いに翼の顔を見ている。
「お兄ちゃん……って、もしかして誠?」
「ああ、言ってなかったっけ?」
初耳の情報に目をぱちくりさせつつ、翼は律儀な少女に会釈した。コイツにまともに付き合うと確かに世話が焼けます、などとは口に出せず。
「オイラは〈コロナモン〉、ヒナタのパートナーだ! よろしくゥ!!」
続けてよく通る大音声で名乗ったのは、炎を思わせる朱色の体毛に身を包んだ二足歩行のライオン様のモンスターだった。額の飾りと尻尾の先に炎らしき光が揺らめいているが、まさか本物のプラズマではあるまいな、と翼は首を傾げた。
「私は〈木島レミ(きじま-)〉。中学1年生よ」
生真面目そうな、透き通る声で名乗るもう1人の少女。ストレートに流した黒い髪と、菫色の袖付きワンピースが描くコントラストは、翼の目に印象深く映った。
「お初にお目にかかります。わたくし、レミのパートナー〈ルナモン〉と申します。どうぞ、よしなに」
鈴を鳴らすような声で挨拶をし、たおやかに腰を折ったのは、これまた二足歩行らしい兎然としたモンスター。大きな耳らしき器官を2対、そして額から細い触角を生やしており、そのシルエットはデジモン達の中でも際立って異質に感じられた。
女子2名とそのパートナー達の自己紹介を聞き終え、翼は残る1人と1体――少し背の高いクールビズ風の出で立ちの少年と、髷を結ったヒヨコ形のモンスター――を一瞥した。
「おい健悟、お前も自己紹介!」
誠が促すと、少年はあからさまに顔をしかめた。崩れかかった七三分けの黒髪、その下から覗く黒い瞳は、底無しの気苦労を湛えて暗く淀んでいる、ように見えた。
「……〈早勢健悟(はやせけんご)〉」
健悟、というらしいその少年は、たった一言声を発すると、すぐに背を向けて手近な岩に腰掛けてしまった。
「これは失礼、タスク殿! 我が主君がとんだご無礼を……拙者は〈ヒョコモン〉、ケンゴ殿に仕えるパートナーデジモンにゴザる! 以後お見知り置きを」
甲高い男児風の声で、ヒヨコが古めかしい日本語を話した。それだけでも十分インパクトはあるが、何よりヒョコモンの姿態――背中に刀を、そして腰には半分に割れた卵の殻状の装具を身に付けた奇妙なシルエット――が目を引く。デジモンというのは何でもアリか、と驚き呆れざるを得ない翼であった。
「……てな感じで、皆仲良くやろーぜ! なっ!」
至って軽い調子で締め括ろうとする誠に、翼はすかさず言葉を返した。
「いや、なんでだよ」
「えっ?」
「オレ達、まだ仲間って決まった訳じゃないだろ」
「確かにな。ついでに言っとくと、オレぁまだここにいる連中を一人も信用しちゃいねーからな」
ドラコモンが見せる警戒心とは多少異なるが、翼も件の少年少女を無条件に信用することはできなかった。そもそも翼が他人との接触を好まないから、という理由もあるが、一番の理由は「ここに集められた理由が分からないから」だ。烏合の衆かも知れないし、翼の知らない所で示し合わせて結成された集団かも知れない。いずれにせよ、DWという未知の領域を渡る上で、誠を含む自分以外の人間と行動を共にするメリットがあるとは考え難かった。
「いや、そーかも知んないけど……こんな世界だからさ、皆で力を合わせなきゃ生きて行けねーじゃん? 学校でも教わったろ、集団行動は大事だって」
「ここは学校じゃないんだから、わざわざ群れて小回りを利かなくさせる理由は無いって。それに、デジモン達はともかく、人間はサバイバルで足手まといになりそうだし」
「足手まとっ……お前、そーゆー性格してっから友達いねーんだぞ……?」
「うるさいな、お前はお友達と一緒に動いてればいいだろ」
翼はこの手の問答が嫌いだった。自他の命が懸かった局面においてさえ、人々は人情や世間体やらを大事にするからだ。大人は口を揃えて協調・共生の尊さを説き、子供はそれを疑いもしないが、翼に言わせれば何の目的意識も無しに群れて偉いことなどありはしない。人の群れから離れて生きることへの本能的な恐怖を、聞こえの良い理屈で正当化しようとしているに過ぎないのだ。
――オレにはドラコモンさえいればいい。寂しさを埋めたいなら、オレでなくてもいいだろ。翼は誠達から目を逸らし、溜息を一つ吐いた。
「それについては、僕も同感だよ」
唐突に口を挟んだのは、先ほど名前だけを告げてさっさと背を向けてしまった少年、早勢健悟だった。落ち着き払ったその口調は、他の子供達とは一線を画した知性を感じさせる。
「僕達は別に仲良しごっこのためにここへ来た訳じゃない。各々勝手に動いたって、目的の達成に何ら支障は無いんじゃないかな」
「お前まで何言ってんだ! さてはお前も友達いねーな!?」
「少なくとも、君みたいに頭の足らない知り合いはいないよ」
「ンだと、もっぺん言ってみろコラ!」
現実世界では人に好かれやすい彼が、なぜここでは嫌われるばかりなのか。翼のそんな疑問を他所に、誠は取っ組み合いでも始めようかという勢いで健悟に詰め寄った。今度こそ仲裁が必要か、と翼が腹を括ったその時、ラジオのノイズめいた音が耳を撫でた。その音は他の少年少女、そしてそのパートナー達にも聞こえたらしく、一同は訝しみ周囲を見回した。
『……皆さん、言い争いをしている場合ではありません』
それまで意味を成していなかったノイズが、不意に大人の女性の声に変わった。かと思えば、今度は翼を除く全員の視線が翼の方に集まった。わあ冷ややかな目、と翼はたじろいだが、ドラコモンが指で示した方向を見てようやく理解が追い付く。翼の後方、頭より上の方に何かがあるらしいのだ。
振り返った先にあったのは、巨大なスクリーン様の映像が宙に浮かぶSFめいた光景。半透明の四角い平面として何もない空中に現れたそれは、白一色の背景に、緑色の鎧で全身と目元を包み金色の羽を背中に頂く女性を映し出していた。その姿は、さながら《天使》だ。
『人間の皆さん、DWへようこそ。私は〈オファニモン〉、貴方がたをこの世界へ誘った者たちの代表としておきましょう』
オファニモン、と名乗った天使の言葉を聞き、翼を含む子供達全員の顔が引き締まった。人間の子供とデジモンがこうして一所に集められた理由を聞き出すいい機会なのだから、当然だろう。
『我々に残された時間は多くはありません。ここでは重要な点を、端的にお伝えしておきます』
空中のスクリーンが、大洋に浮かぶ陸地と思しき画像に切り替わった。翼はその一端の輪郭に見覚えがある。翼とドラコモンが空から見、今正に踏み締めているこの土地だ。
『今、このDWは〈リヴァイアモン〉という邪悪なデジモンの脅威に晒されています。DWの深淵《ダークエリア》に封印されていた彼は、何者かの手によって解放され、このWWW大陸の最北端を占領してしまったのです。彼はまだ眠りから目覚めたばかりで、本来の力の半分も取り戻してはいませんが、もし完全に復活してしまえばこの世界――いえ、恐らくRWにまで良からぬ影響が及ぶことでしょう。DWとRW、2つの世界を救える唯一の希望として、貴方がた人間の《デジモンテイマー》を、私共がここに集めたのです』
ドラコモンから聞いたそれと同様の説明の最後に、聞き慣れない名詞が付け加えられた。翼がスクリーンに向かって問いかけようとすると、一足先に健悟が言葉を発した。
「テイマー、って、調教師とか飼い主って意味だよね。僕達はヒョコモンを……デジモンを使役する者としてここにいる、って解釈でいいのかな」
その声はスクリーンの向こうに届いたらしく、再び切り替わった画面の中でオファニモンが頷いた。
『その通りです。全てのデジモンは生まれながらにして戦う力を持っていますが、それらはあくまでこの世界の基本原理の一部に過ぎません。世界の秩序を取り戻すためには、DWの摂理の埒外に位置する力、即ち人間の存在が欠かせないのです』
「……なあ翼、今のってどーゆー意味?」
誠が翼の肩を指で突き、小声で尋ねた。誠のような体育会系の人間には――というか、年端も行かない少年少女にとって等しく難解な話であることは間違いない。
「DWの内側だけじゃどうにもならないから、オレ達みたいな外の世界の住民を呼んだ……ってことじゃないかな。多分」
翼も己の理解度に自信が無いため、胸を張って説明することは叶わなかった。現代文50点の実力を、翼は初めて呪わしく思った。
「冗談じゃないわよ!」
重く厳格な空気を、少女の叫び声が切り裂いた。声を上げたのは、翼や誠と同い年らしい女子、木島レミであった。
「勝手に変な世界に呼び出して、モンスターと一緒に世界を救えだなんて、無茶言わないで! 私はこんなことに同意した覚えは無いし、元の世界でやらなきゃいけないことがあるのに!」
痛切な訴えを聞き、翼はこんなシリアスな状況にも関わらず己の好奇心が疼くのを感じていた。ここに集まった子供達は全員翼と同様にデジモンと出会い、世界を救う使命を受け入れているものと思い込んでいたからだ。
「はわわ、申し訳ありません! わたくしの手際が悪かったせいで、ろくに事情を説明できないままお連れしてしまいまして……!」
早口で誤り始めたのはルナモンで、レミ、翼ら、スクリーンの順に繰り返し頭を下げている。翼から見るとその謙虚さはやや極端に感じられるが、これを見習ってドラコモンにも多少の慎ましさを覚えて欲しいとも思う。
『かように性急なやり方になってしまったのは、私共の責任です。しかしながら、貴方がたをテイマーたらしめたのは他の誰でもない貴方がた自身……その点だけは理解して頂きたいのです』
――オレ達、「自身」?
翼が抱いたものと全く同じ戸惑いが子供達全員の胸に生じたようで、銘々の目と口がもの言いたげに小さく動くのが分かった。
『皆さんの手元にある《LEAF》、それらはあるいくつかの基準に沿ってテイマーの資質を持つ人間を見出します。その中で最も重要な基準は――「心の底からパートナーを求めていること」、です』
翼が手元のLEAFを見ると、誠達も全員ポケットから同じ形状のデバイスを取り出した。抱える事情は様々でも、LEAFに導かれてDWに降り立ったという点は共通していると見える。
『世界を救う鍵となるのは、テイマーとデジモンの強い絆です。それらはこのDWにとって必要であると同時に、貴方がた自身にとっても必要となることでしょう』
「……だったら、私には無理だよ。誰かと仲良くするって、得意じゃないから」
『貴方は……レミ、といいましたね。貴方のLEAFは既にルナモンとデータリンクしている……それは貴方の心がルナモンを受け入れていることと同義なのです。それに、ここに集まった全ての人間とデジモン、誰が欠けても世界は救えません。それが――――――の示した――なので――――』
不意に、スクリーンの映像と音声が途切れ始めた。
『――り時間がありません。大陸の北を目指すのです。それから――追手――気を付けてくだ――』
ブツン、と電気的な破裂音を立て、スクリーンは完全に消滅してしまった。
誰もが困惑を隠せずにいる中、健悟は傍らの岩の陰から革のショルダーバッグを取り出し、呟いた。
「北へ行けば、事態の本筋が分かる。ヒョコモン、行くよ」
「御意!」
ヒョコモンを連れて歩き始める健悟の迷いの無い背中に、翼は己の心がほんの少し動かされるのを感じた。彼の言動は、近寄り難い雰囲気と計り知れない暗さを含んではいるが、それ以上に確固たる意思を顕している。龍三やドラコモンとはまた違った勇敢さが、翼の興味を惹き付けて離さないのだ。
「待って、オレも一緒に行く!」
翼が呼び止めると、健悟は立ち止まって振り向いた。
「……坂本君、だっけ。さっきまで集団行動は不都合、みたいなこと言ってなかったっけ」
「翼でいいよ。オレ、馴れ合うのは好きじゃないけど、健悟みたいに賢い仲間だったら絶対に欲しいんだ。お互い抱えてるものは色々あるだろうけど、それならなるべく長生きしたいでしょ? オレのサバイバル知識があれば――」
何としても彼を仲間に。その一心でひたすら喋っていると、健悟は舌打ちを一つした。
「馴れ馴れしいんだよ、お前」
一言吐き捨て、健悟は元の方向へ向き直ると早足でその場を離れてしまった。
おかしい、アプローチは間違っていなかった筈。翼が立ち尽くしていると、背後から翼のTシャツの裾を引っ張る者がいた。
「……翼さん、あれはちょっとよくないと思います」
それは誠の妹、ひなたであった。当惑3割、作り笑い7割といったその表情は、やんわりと何かを伝えようとしている風だった。
「普通の人は、さっきみたいにいきなり馴れ馴れしくされたら怒っちゃいます。それに、自分のことばっかり話して、相手の話を聞いてあげないと、お願いなんて聞いてもらえませんよ」
「え、そうなの?」
周囲に目を向けると、レミとルナモンが寸分違わぬタイミングで首を縦に振っていた。他のデジモン達と誠は、何を言っているのかさっぱり、といった風情で口を半開きにしていた。
「別にそこまで気にしなくてよくね? オレはいつもの調子で友達作れるし」
「お兄ちゃんはもっと気を遣わなきゃダメなの!」
煩わしそうに顔を顰める誠と、頬を膨らませて咎めるひなた。そんな微笑ましいワンシーンに心を和ませながら、翼は健悟との会話とひなたの言葉を思い返した。翼自身、友達を作るための会話の例を誠のそれしか見たことが無いため、それを意識してセッションを持ち掛けただけなのだが、どうやら悪い例を実践する形になってしまったようだ。
「タスク、人間ってのはいつもこんなややこしいことを気にしなきゃなんねーのか?」
「まあ、ね……相手に信用してもらおうと思ったら、まずは言葉で相手の心を開かなきゃいけない、ってとこかな」
「ふーん。なんか分かりづれーな、人間って」
ドラコモンのシンプルな感想に対し翼は、そうだね、と答えるしかなかった。
「とにかく、オレも北に進もうと思う。見た感じ、他の方角に進んでもできることは少なそうだし……」
翼が他の面々に向けて宣言すると、レミがそれに食い付いた。
「ちょっと待って。あの早勢って人もそうだけど、あなたはこの土地の方角を把握してるの?」
「うん。さっきスクリーンにこの大陸の全体図が映ったでしょ。陸地は縦長で、その端にさっき見えた火山と似た山があった。ここから海岸にかけて目立つものは見当たらなかったから、多分オレ達が集められたのは危険な場所から一番離れた場所。つまりここから海岸線を辿って行けば、少なくとも大陸の北端には近付けるってこと」
「あ、そういうことか……翼君、頭良いのね」
「えっ――いやいや、大したことないって」
照れ笑いで一応誤魔化せはした(と思う)ものの、翼はこの一瞬で未だかつて無いほどに動揺していた。――今、褒められた。同い年の女子に。というか、今まで他人に地理の解説をして褒められる機会などあったろうか。
「そうそう、地歴で翼に勝てるヤツはいねーんだぜ! オレも何度か宿題手伝ってもらったから分かる!」
誠が翼の肩に腕を回し、誇らしげに言った。「何度か」ではなく「毎回」の間違いだろ、という指摘はここではぐっと飲み込んでおく。
「それだけじゃねえ、タスクは度胸も一丁前だ! 自分より図体のデカいデジモンに生身で立ち向かって、顔面ぶん殴って怯ませちまったんだ!」
便乗し、ドラコモンが翼の背中をバシバシと叩いた。せめて「鈍器で」と付け加えてもらいたかった。
「んー、と……よく分かんないけど、ここに来るまでに色々あったみたいね。もしよければ、話を聞かせてもらえるかしら」
――興味を、示された!? 現実世界では万が一にも起こり得なかった事象に翼が狼狽えていると、すかさず誠が合いの手を入れた。
「とりあえず、歩きながら話そうぜ! ……あ、ところで翼」
「何さ」
「さっき健悟と話してた時、結構いい笑顔してたぞ。初対面相手なのにスゲーじゃん」
「……お前と同レベル、ってことか……」
「いや、まだオレには及ばねーな!」
「褒めてないからな……?」
こうして感想を書かせて頂くのは初めてとなりますでしょうか、夏P(ナッピー)と申します。ep.01から一気に拝読させて頂きました。
ep.01から通してという形になりますが、翼君は背景や立場に反して意外にも普通の中学生だったのか……ということでしょうか。母さんが語ってくれた父さんの遺した言葉的に恐らく──だと予想しておりますが果たして。カレー食べたい。
あと健吾君はてっきり初期キリハさんやアプモンのレイ君みたいなつっけんどんなクールな男だと思いきや、むしろ最初は翼君の方に問題があったわけで、一山越えてみればこちらも意外にも物分かりが良く1話で認めてくれるところまで行くとは……最初に名前が出てきた辺りからしてアカンこの男いずれ寝返ると思ってしまってすまんかった。ヒョコモンやベアモンといった個人的に好きなデジモン達がメインメンバーで活躍するっぽくて俺歓喜。サングルゥモンはライバルポジションでどんどんパワーアップしてくれることを期待しておりますよ……。
背景や設定、伏線を別個に時系列順(?)または日記風(?)に記していくのはなるほどと思いました。というか、こうした形で“誰かに見られている”もしくは“読者と同じ視点の誰かがいる”感覚はこそばゆくもなかなか楽しい。
では次回以降も早めに追い付かせて頂きます。
感想をお寄せいただきありがとうございます!
>スカイダイビングですか
あまり深い意味はないシーンなんですが、記憶を掘り返すとかなり初期の構想段階からこの展開は確定していました。多分無印OPのアレを物理的にやらせてみたかったんだと思います(他人事)
>ギスギス
感想いただいた流れで久々にこの回を読み返してみたんですが、なんでこんなギスギスしてるんでしょうね……???? 対人能力に難のあるヤツが一人いるだけで場の雰囲気が悪くなる、というありがちなシチュを描きたかったってのはありますが、なんせこのパーティコミュ障2人もいるんで……。余談ですが、ヒョコモンがあの従者気質でなければ、恐らく4話目辺りでパーティ崩壊して話が終わってます。
>今回の話でハッキリ描かれた『ロード』
これがなくっちゃ始まらない、と断言できるぐらいには大事な要素だと思ってます。デジモン達のイキモノとしての性、ついでに命のやり取りに対する個体レベルでのこだわりみたいなものを、こういう描写を通して数行でもいいから強調していきたいという想いがあります。捕食、やはりよいものです。
>果たしてドラコモン渾身の合体技が言い切られる時は来るのだろうか
( ◠‿◠ )
てな感じで、初回に引き続きep.02もご覧いただき、誠にありがとうございます。今後もこれぐらいの情報密度でお話を作っていく予定ですので、よろしければ温かい目で見守ってやってください。
情報量の暴力……っ!! 第二話目、拝読させてもらいました!!
前回の展開から舞台がデジタルワールドへ移ることは解っていたものの、ええはい初っ端空ですかスカイダイビングですかそういうアクシデントですかそうですか死ぬ!!!!! 《LEAF》が無ければ即死だった……いやデジモン主人公なら死なないか(ぇー
そんなこんなで時を同じくしてデジタルワールドに呼ばれた他の4名(約一名面識アリ)とそのパートナーデジモン達と対面することになったわけですが……うん、ギスギス。いやまぁ翼くんの性格も相まっての話ですが、初対面で意識の違いもあって生き死にが関わる環境に置かれたらこう仲良しこよしにならない方が普通と言えば普通か。
が、そんな彼等が共通の目的を与えられ、オーガモンの率いるゴブリモンの一群と戦うことになって、窮地に立たされて、翼くんの要請に応える形で各々の個性を発揮して状況を打開していくのは素直に王道だと思いました。各々がそこに立っていることに意味があるんやなって……最後の締めにしても綺麗で見習いたい。
でもって、今回の話でハッキリ描かれた『ロード』については、どう描写するかどう扱うかでデジモン二次作品におけるデジタルワールドの雰囲気が見えてくるぐらい重要な設定だと自分も思っているのですが、やはりどんなに人の言葉を介せて感情を共有出来る存在であってもデジモンはデジタルモンスターなんだなと読者視点でも思わせられるものでしたね。捕食シーンはゾクゾクしました(違うそうじゃない
ep1がパートナーとの出会いとデジタルワールドへの旅立ちの話とすれば、ep2は「同行者」がそれぞれの「役割」を果たして危機を切り抜け「仲間達」になるまでの道程の話だったように思えますね。とても濃厚なお話でした……これ序盤なんですよね。本編が終わった後の諸々も含めて情報量がヤベェですし、最終的な情報量がどんなことになってしまうのか……楽しみです。
それでは、今回の感想はここまでに。第三話もその内読もうかと思います。
PS 果たしてドラコモン渾身の合体技が言い切られる時は来るのだろうか。我々はその謎を解くべくジャングルの奥地へと向かった。
【Part 3/3】
「見たところ、パートナー達の中で一番戦闘慣れしてるのはドラコモンだ。そして彼が動けるようになれば、戦況はいくらか好転する……違うかい?」
「オメー、見る目あるじゃんか!」
健悟はドラコモンの隣にしゃがみ込むと、ショルダーバッグからタブレット端末らしき薄板を取り出して指先で4、5回突いた。するとその画面が青白く発光し、そこからクリアグリーンの薄いケースに入ったディスク上の物体を一つ吐き出した。
「えっ何今の!? それ、ただのタブレットじゃないの!?」
「僕にも理屈は分からないけど……RWから持って来たデータには、DWで実体化できるものがあるらしいんだ。これは《ディスクイメージ:回復(キュア)-RE》、デジモンの体力を少しずつ回復できる。1回しか使えないから、有効に使ってね」
ディスクを手に取り、ドラコモンの腹部に押し当てる健悟。すると、ディスクは音も無くドラコモンの体に吸い込まれ、消えてしまった。
「おっ、おお……? よく分かんねーが、ちっとは痛みが引いてきたぞ?」
外見からは分かり難いが、ドラコモンは早くも「回復」の効果を実感しているようであった。何故タブレットの画面からディスクが飛び出すのか、何故健悟がデジモンを支援するためのデータを持っていたのか等々、気になることはあったが、ともかく健悟の助力は意外ながらも心強いものだった。
「あなた、右腕痛めてるって言ったよね? ちょっと見せて!」
今度はレミがドラコモンに歩み寄り、ドラコモンの右腕を両手でまさぐった。
「だから別に大した――いてててててて!! 肘、ヒジはダメ!」
「あー、脱臼かな。関節周りはあんまり得意じゃないんだけど……ちょっとやってみようかな」
「待てオメー、何する気だ!? 得意じゃないのに!? ちょっとって!?」
納得したように独りごち、レミはドラコモンの前腕と上腕をそれぞれ両手で掴むと、それこそ外れた部品を嵌め直すかのようなアクションでぐっと押し込んだ。
「グエ゛ッ――――」
「ラッキー、入った! これで大丈夫!」
「えっ、あんまり大丈夫に見えないんですが……!?」
ドラコモンが急に大人しくなり、がくりと頭を垂れてしまった。が、ドラコモンはすぐに意識を取り戻すと――見た目通り、一瞬ではあるが気絶していたらしい――、感覚を確かめるように右腕をぐりぐりと動かし、おお、と驚きの声を上げた。
「驚いた、マジで動くようになってらぁ」
「それなら良し! 本当はしばらく安静にしないとだけど、今はそうも言ってられないかな。無理しないでね!」
「えっと……木島さん、だっけ。どこでそんな技術を……?」
「レミでいいって。私、個人で外科治療の知識を勉強してるから。現実世界ではこういう応急処置はできない決まりだけど、ここでなら少しは力になれると思うな」
「いや、ここでもやらない方がいいと思う……」
どこか自信ありげな笑みを浮かべるレミ。勉強してる、という割には随分と雑な応急処置であったようにも見えた。そしてその知識は当然人間を対象とした治療法の筈だが、デジモン相手に行使して大丈夫なのか。というか、脱臼は外科医というより接骨院の分野ではないのか。翼の胸には色々とわだかまりが残るが、当のドラコモンが無事なようなのであまり深く考えないことにした。
「あの、翼さん」
またも翼のTシャツをくいと引っ張り、弱々しい声で呼びかけたのはひなただった。戦いの中で泣いていたのか、その目元はやや腫れぼったい。
「コロナモン、実はとってもおっきい炎が出せるんです。でもすごく危ないから、ワタシがいいって言った時だけ使うことにしてるんです」
「そうだったんだ……じゃあ、コロナモンに教えてあげて。後で必要になるから準備しておいて、って」
ひなたは表情を明るくすると、力強く頷いた。デジモンの持つ超自然的能力を人間――テイマー、と呼ぶのだったか――の手で律することに成功しているという点で、翼は混じり気の無い笑顔を見せる目の前の少女に尊敬の念を抱いた。子供達の中では最も幼く見える彼女は、ひょっとしたら誰にも負けない気丈さを宿しているのかも知れない、と。
ともあれ、これだけのサポートがあればドラコモン達も安心して戦えるだろう。翼は改めて子供達の顔を端から順に見やり――誠と目が合った。
「……あー、えっと……皆スゲーな! うん! オレも負けてらんねー、いっちょ空手教室7年目の実力を――」
「いや、無理しなくていいからな?」
助力を催促するような形になってしまい、翼は少々申し訳無い気持ちになった。例え問題を解決する力を持たずとも、とりあえず首を突っ込んで力技で状況を覆そうとする。そんな気迫を見せてくれる人物がいるだけでも、きっと味方を鼓舞するには十分である。多分。
「ははっ、人間ってのはおもしれー奴ばっかじゃねーか! なあタスク?」
「そう、かもね。皆、ありがとう。これできっと大丈夫だ」
翼に向けられた4つの表情は、緊張で強張ってはいるものの、どれも確かな意思を感じさせる真っ直ぐなものばかりだった。彼らにもようやく、戦いの当事者としての自覚が芽生えたということか。
人間も案外捨てたものではない。そう思うと、翼の頬は少しだけ緩んだ。
「ヒナタ――――ッ! このままじゃラチが空かない、アレを使わせろォ!!」
コロナモンの声に翼が振り向くと、コロナモン達はオーガモンを遠巻きに囲んで足を止めていた。弾む肩と力無く曲がった背筋、そして血と土に塗れた彼らの体表を見れば、彼らの体力が限界に近いことは一目瞭然であった。
「コロナモン、使っていいよ! でも、みんなが離れてからだからね!」
「本当か! よォし、充填開始ィィィィ……!!」
ひなたとコロナモンが言葉を交わす間、ドラコモンはすっくと立ち上がり、コキコキと首を鳴らしながらオーガモンへ歩み寄った。
「一時はどうなることかと思ったが……人間の知恵ってのは大したもんでな、一気に光明が見えて来やがった。おい鬼ヤロー、今からおもしれーモン見せてやる」
「あァん? 今更小細工をしたところで、ワシに勝てる筈がなかろうて!」
「まあまあ……どーせ泣いても笑っても最後なんだ、シメの一発くらい大人しく受けちゃくんねーかな」
「カカカッ、よかろう! ワシは寛容じゃけェ、最後っ屁くらいは見届けてやるわい!」
オーガモンのすぐ目の前で立ち止まるドラコモン。他のパートナーはゆっくりと後退する――が、ドラコモンはコロナモンだけを呼び止めると、近くに手招いて何かを耳打ちした。
「……合図すっから……そこで例の……頼むぜ」
「何だって!? そんなことしたら……」
「バカ、声がでけぇ! ……いいから派手にやっちまって……」
会話の中身は、翼には断片的に聞こえるだけだった。2体はほどなくして話を止め、オーガモンに向き直った。続けて、コロナモンが全身を力ませるように身構え、その額に灯していた炎をより眩しく、大きく燃え上がらせると、
「《コロナフレイム》ッ!!」
それを直径3メートルほどの火の玉にし、オーガモン――と、彼に相対するドラコモン目掛けて勢いよく発射した。着弾した火の玉は、瞬時に2体のデジモンを包んで燃え広がった。
「「ああっちぃぃぃぃぃぃぃぃ――――!!」」
こだまする絶叫は2体分、ドラコモンとオーガモンのものである。ただ放たれただけの炎は、辺りの枯れ草や倒木にみるみる内に燃え広がり、やがて辺り一帯を火の海に変えてしまった。
「ダメだよコロナモン! みんなが離れてからって言ったのに!」
「いや、そうなんだけど……ドラコモンに頼まれたんだ! オレごと燃やしてくれ、って!」
――ドラコモン本人が?
翼は火炎に囚われたデジモン達の様子を確認した。炎は翼らの元へは直接届かないものの、十数メートル離れていても輻射熱が肌を撫ぜるほどに強力であった。そんな高温の環境では、流石のオーガモンも熱さと苦痛に耐えかね飛び跳ねていた。ドラコモンはというと――体のあちこちから火と煙を上げつつ、オーガモンをひたすらどついていた。
「な、何考えてんだ……!? こんなことしたら、ドラコモンだって無事で済む訳ないのに!」
「炎で受けるダメージを、さっきのディスクの効果で相殺してるらしい。有効に使って、とは言ったけど、なかなかユニークなことするね」
健悟の指摘に納得し、翼はドラコモンの背中を見つめた。ただの攻撃が通用しないと悟ったドラコモンは、オーガモンを自分諸共炎の中に囲い込むことで、継続的にダメージを与え、尚且つ自身の損耗が軽微になるような環境で戦えるようにしたのだ。
コロナモンはその意図を事前に共有していたのだろう、周辺の倒木を炎に投げ入れ、追加の燃料、そして同時にオーガモンの逃げ場を封じる柵にしている。
「けど、ディスクの効果はあまり長持ちしない。そろそろ限界が来る頃だと思う」
ドラコモンの足がもつれ、攻撃の手が止んだ。「回復」の力があっても、身を焼かれる苦痛までカバーすることは難しい様子だった。陽炎の中から垣間見えるドラコモンの表情は、今にも倒れそうな満身創痍の色を気迫で押さえ付ける、さながら般若の面構えだった。
「今だ! 火ぃ消せ!!」
炎の中からドラコモンが叫ぶ。それに合わせて空から降り注いだ3つの水の球――ルナモンの《ティアーシュート》である――が地面で弾け、草地を覆っていた炎をあっという間に掻き消した。バジュウウウウウウ! と強い振動を含む高音に乗せ、一瞬ではあるが、煙と水蒸気がドラコモン達の姿を覆い隠した。
儚く薄れる煙幕を裂くように、ベアモン、コロナモン、ルナモン、ヒョコモンが、四方からオーガモンに飛び掛かった。
「ぬおぉ、何じゃこりゃあ!?」
「おいコラ、逃げんじゃねーよ……最後っ屁を見届けてくれんだろ……?」
慌てふためくオーガモンの両足に、ドラコモンががっしりと組み付く。全身を焼かれたオーガモンの腕力は、ドラコモン1体も満足に引き剥がせない程度まで弱っていた。対してドラコモンの火傷はある程度ディスクの力で癒えているらしく、オーガモンをその場に拘束できるだけの余力はあると見えた。
「《ベアクロー》!」