この世界は何かがおかしい
ブチッブチブチッ…と自身の肉と骨が切り離される音がする
ダークエリアの片隅で不死身のデジモンが成熟期デジモンたちの餌食となっている
アギャギャ…ガハッ…
下半身の獣が痛い痛い!と力無く鳴き叫ぶ
地に伏したまま横たわる大きなデジモン
彼の周りの木々は倒れており、周囲は不自然なアーチ型を型どっていた
そう、彼はここで生まれ落ち一歩も歩けていないのだ
コイツらは、何故ボクの体に生えているんだ?
ギャアギャアと鳴く己の下半身に次の瞬間野生の魔獣デジモンたちが襲いかかる
ザシュッ…ゴリュッ
表皮をえぐり取られ、それを喰らおうと群がる魔獣デジモンたち
咀嚼音と骨が砕かれる音をただ聴きながら、産まれたばかりのグランドラクモンはダークエリアの暗い空を見つめている
どうして、ボクはこんな暗い場所で生まれてしまったのだ?
突如、不死王が自然発生で生まれ落ちた
この世界にとって最初のグランドラクモン
グランドラクモンといえば不死身であり吸血鬼の中で最強かつ高貴で魔王に匹敵する王と呼ばれる存在
そのデジモンが捨てられた子犬のように、全身泥だらけ、髪も毛並みもボサボサの姿で自身よりも弱い成熟期デジモンたちに無抵抗のまま喰われ続けている
なんとも見苦しく
なんとも無様であろうか
(誰もボクを起こしてくれない、そもそもボクは歩き方を知らない、だから数日間ひとりで起き上がれないでいる…どうやらここにはボクと同じ種はいないのだろう)
生まれ落ちて一週間が経つ
ただ横たわる肉片と化したグランドラクモンを生存競争に敗れた空腹のデジモンたちで溢れかえり無限に食われ続けている
血を吸われ、肉を噛みちぎられても細胞は瞬く間に修復する
喰われる度に涙が止まらない
子供のように泣き喚いても誰も助けてくれない
永久にボクはこのままなのだろうか
願ってもいないのにただ生まれたのに
どうして死にたいと、楽になりたいという願いは叶えてくれないんだ…
(ダレか…ボクを殺しテ…)
このまま痛みを味わいながら生き長らえるの?
イヤだ
イヤだ
イヤだよぉ…
この時のグランドラクモンは究極体でありながら精神は幼年期デジモンと同じ無垢で純粋だった
吸血鬼としての在り方、生き方も、王の力も、威厳も分からなかった
泣きながら力の入らない脚を必死にばたつかせるも起き上がれず、また泣き出す
それを何度も繰り返して何度も意識を失ってしまう
その様子を別の空間から干渉している者がグランドラクモンの耳元で囁く
「我と同じ不死のデータを持つ存在か」
何も無い空間に亀裂が入り中から大きな触手と黒いデジモンが現れ、グランドラクモンを抱えて暗黒空間へ連れ去ってしまう
暗黒空間にただずむその正体はアポカリモン
世界全ての負を抱え、グランドラクモンと同じく死ねない体を持つ怨念の塊
「不死とはいえど我の力であればお前という存在そのものを無にし、楽にすることが出来る」
さぁ、選べ
このまま苦痛を受けながら生き長らえ続けるか
データごと無にし楽になるか
むくりと下を向いていた首を起き上がらせアポカリモンを見つめる
(なんて、大きなデジモンなんだ…)
ポカンとした顔で自分よりも巨大なアポカリモンを見上げる
触手につままれ、お人形の様に扱われているのにも関わらずグランドラクモンはアポカリモンの黄色い瞳に心を奪われ心が踊っていた
「どうした?怖気付いたか?時間はたっぷりある、決まるまで考えるがいい」
とまぁ、その前に…
突然アポカリモンは泥だらけのグランドラクモンを綺麗に洗い始める
触手から出るお湯と良い香りのする泡を浴び、グランドラクモン本来の美しくサラサラした黄金に近い髪と柔らかい体毛に戻る
下半身の獣たちも気持ちよかったのか喉を鳴らしながらとてもリラックスしている
「次にそのボサボサの髪を整えねば」
グランドラクモンをアポカリモン本体の前に運び、するどい爪をクシ代わりに髪をとかし始める
(なんだろ、このデジモンはどうしてボクにこんなことを?)
生まれて初めて他者から優しく触れられたグランドラクモンは震えながら甘えるようにアポカリモンの胸に寄りかかる
「そうか、そんなにこれが良かったか」
グランドラクモンから溢れる負の感情を感じ取ったアポカリモンは彼の望むままに体を優しく撫でながら髪をとかしていく
尻尾がブンブンと動きが止まない
安心する
もっと撫でてほしい
もっと触ってほしい
ああ…でも
その瞳が笑顔であったらもっと素敵なんだろうなぁ…
「いきなり連れ出して悪かった」
「いいえ…ボク、歩けなくて…アナタが連れ出さなければずっとあのままでした、あ、あと撫でてくれてありがとうございます」
キュウキュウと下半身の獣ももっと撫でてとアポカリモンの腹に鼻をつけ甘えている
その姿にアポカリモンは複雑な気持ちになる
「グランドラクモンの魂がこんなにも幼く純粋だとは…イグドラシルめ、この子も我に押し付けるつもりか」
「グランドラクモン?それってボクの名前ですか?」
「名も知らなかったのか…可哀想に、先程の選択肢は無効としよう。今からお前にこの世界の知識を授ける、全てを理解し己自身で考えて行動できるようになるまで我が面倒見てやろう」
(なんだろ?ボクもしかして凄い方の元で学べるんじゃないのか)
こういうのって何て呼ぶんだろ
知識をたくさん学べば分かるのかな
なんて呼べばいい?
先生?ううん、違う
こういうのってきっとママっていうんじゃないのかな…
「よろしくお願いします、お母さん」
「我はお前の母ではない、我はアポカリモン、終焉を呼ぶ者であり世界の救世主になる者だ」
それから彼からたくさんの知識を教えてもらった
自分が不死身で吸血鬼の王であること
アポカリモンもボクと同じ死に方を探していること
そして誰よりもこの世界を愛していることを…
「ねぇお母さん、これはなんです?」
「だから我はお前の母ではない、ふむ…それは人間の人体模型だ。骨と皮、血管と神経、それぞれ隣り合わせで成り立っている。我々も光と闇、陽と陰、悪魔と天使、皆どちらも必要な存在でありこの世全てのバランスをとっている」
「お母さんもボクもこの世界に必要とされたから生まれたんですよね」
「っ…我は違う、我はお前とは違う」
「えっでも、お母さん…」
「だから我は母ではない!!」
「ごめんなさい…怒らないで…」
甘えるようにアポカリモンのケーブルに擦り寄る
やれやれまたかとアポカリモンは嫌な顔をしながらもよしよしとグランドラクモンの寂しさを和らげるまで撫で続けた
アポカリモンのケーブルに身を委ね、見上げれば暗黒空間で唯一光る彼の黄色い瞬く瞳
こんなにも近くで彼の瞳を見ているのに、悲しみに満ちた瞳しか見ていない
いつの日か彼の瞳が喜びに変わる日がくるのだろうか
そんな対話、交友をしながら100年が経った
「おかあ…いえ、アナタとは生きている限り長く付き合うことになるんですよね」
「そうだ。お前の他にも不死ではないが長寿のデジモンもいる、そいつらと時々交友しながらこの世界をより良くするために活動しているそして我は…いや、なんでもない」
「ボク…いや、私も探しましょう!アナタは私の命の恩人だ!不死王と名に相応しい王となって、いつの日かアナタを救いましょう」
「おい、戯言はよせ…お前に何が出来る…さぁ、早く行け」
暗黒空間にダークエリアへのゲートが開く
「アナタにとって短い時間でしたが、大変お世話になりました」
ぺこりと頭を下げる
その姿にズキリとアポカリモンの胸が痛む
怨念に蹂躙される以上に辛いのは別れる時
グランドラクモンだけじゃない
オグドモンもバグラモンもルーチェモンも皆長寿とはいえ今頃どうしているのだろうか
彼らと語り合ったあの頃を思い出すと無性に呼吸が苦しくなる
ひとりに慣れすぎて他者と交流すればするほどアポカリモンを追い詰めていく
早くしなければ
早く死ねる方法を、皆を、怨念たちを救う方法を探さねば…!
「早く行ってくれ…他者と話せば話すほど我は…辛くなる…」
そういうとアポカリモンはグランドラクモンに背を向ける
「わかりました…」
グランドラクモンはゲートをくぐり抜けると、かつて自身が倒れ伏せていた木々の前に降り立つ
ゲートへ振り向くと彼の光る瞳がこちらを悲しげに見つめている
アポカリモンは本体部分をキューブに収納すると「達者でな」と一言いって静かに暗黒のゲートを閉じてしまう
ひとりダークエリアに残されたグランドラクモンは先程まで満たされていた心にポッカリと大きな穴が空いた様な、チクチクする寂しさと悲しさでいっぱいになった
「さよなら、お母さん」
誰もいない森の中
グランドラクモンはダークエリアの深淵へと歩みを進む
こうしてこのダークエリアに不死王という医師免許を取得した不思議で不気味な王が君臨した
時間が経つにつれて王らしく気品ある言葉、動き、性格にはなったものの、時たまにデジタルワールドを脅かすトラブルやダークエリア崩壊を招く事件などシャレにならない問題ばかりを引き起こすようになる
全ては怒ってほしいから
子どもが母親にかまって欲しくてワザと問題を起こすのと同じように今日もグランドラクモンは彼の瞳を思い馳せながら不死の研究に没頭するのであった
これは親を思いつつ親を困らせることしか生きがいのない可哀想な王様のお話
【完】