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快晴
2020年12月11日
  ·  最終更新: 2021年1月31日

『Everyone wept for Mary』第二話

カテゴリー: デジモン創作サロン

≪≪前の話       次の話≫≫


第二話


「ぶえふっひゃっ、ひゃっひゃっひゃぁあっは、はひっ、ふへへへへへへへえ"っ"、うえっ、げっほ、ごほごほごほっ! は、はあ、はあ、はあ……。ぶふっ。ひ、うひひひひひひいひひいひひいひひひひひい!! はっ、腹! 腹痛いんだけど!? むすっ、娘! 『ゲイリーの娘』!? 『ゲイリーのむっつりスケベ』の間違いで無く!?」

「うるせえ笑い声だけでハ行網羅してんじゃねぇ」

 俺はたったの2日間で、美人の笑顔という概念が嫌いになりそうになっていた。

 もう一度言うが、笑顔の似合う美女の笑顔にも限度というものが存在する。世の中の美女達は是非とも心に留めておいてほしい。

 何事も、何物も。用法容量を守って使用する事が大事なのだ。薬売り(嘘は言っていない)と約束してくれ。

 俺はなおも笑ってはむせるを繰り返す、伸ばした黒髪にガラクタの類――一見、宝石飾りのようにも見える――を幾重にも編み込んだ美女・ルルに向けて、音も無く一冊の絵本を開こうとする。

 が、流石に「『迷路』随一の行商人」なる肩書は伊達では無く、ひぃひぃ苦しそうな息を漏らしながらも、ルルは俺が本を開く前にその表紙を抑えた。

「ひっ、ひひ。ちょっとやめてよ、『マッチ売りの少女』だなんて。君の店で一番依存度高い粗悪品じゃないか」

「いや、スマン。このまま胞子で窒息して死ネと思っただけで、『絵本』のチョイスに悪意はねェんだ」

「あはは、悪気しかない!」

 引き続き、腹を抱えて椅子に背を預けるルル。

 相も変わらず、反った胸部に、凸と呼べる部分は皆無だった。

「む。ゲイリーったらあたしのおっぱい見てるでしょ。サングラスで誤魔化せてると思った? 娘さんもいるっていうのに、とんだスケベ野郎だね。むっつりじゃ無くて、ストレートスケベ。」

「寝言は誰かと寝られる程度の色気を身に付けてから言え」

「知ってる? ゲイリー。デカい胸ってねぇ、授乳した時赤ちゃんがミルク飲みにくいんだってさ。つまり貧乳のルルちゃんは誰よりもママンの愛に溢れたボディをしてるってワケ! そう思うとあたしって無茶苦茶エロくない?」

「貧しい事と何も無い事は違うんだぜルル。お前のそれは、胸板っつーより板胸だ。成熟期の時のメアリーでももう少し有る」

「まあまあ、そうイキるなよ。君の方こそ女性絡みの走馬灯一生分見返しても乳首のちの字も出現しなさそうな健全顔してる癖に。……まあ、どうしても。って言うなら、その噂の娘さんに、弟くんなり妹ちゃんなり、プレゼントしてあげてもいいかな~って、あたしは、そんな気分なんだけれど」

「だったら今すぐ仕事の頭に切り替えてくれ。デバイスの在庫はあんのか? ねェのか?」

 つれないんだから、とルルは唇を尖らせるが、むしろ必要以上にノってやったくらいだ。

 うちの店は全年齢対象。『迷路』の外には大人のための絵本なんてモノもあるそうだが、『迷路』の内の絵本屋には、老若男女の頭を夢の国仕様にするヤツしか置いちゃいない。

 運び屋ルル。『迷路』随一の行商人。お互いに、昔なじみのお得意様。

 売り物の種類と幅が違うだけで、俺達のやっている事にそう変わりは無い。

「ゴッキモォーン」

 仕事用に切り替わったとは到底判断しかねるにやけ面のまま、ルルはパートナーデジモンの名を呼んだ。

 足元からカサカサと、細やかな割に異様に存在感のある足音を立ててカウンターの上にまで這い出て来たのは、名前の通り、まあ、その、いわゆる巨大な『茶バネ』である。

 出現から流れるように発動されるのは、彼(?)の必殺技『ドリームダスト』。ルルのデバイスのゴミ箱機能から、任意のゴミが俺目掛けてひっくり返された。

「営業妨害で訴えんぞ」

「神も仏もいるけど警察は居ないからごめんで済むよね。誠に申し訳! いや、っていうかこっちも仕事だから。ほら、ゲイリー。好きなの選んで。君のプレゼントのセンスが見たい」

 ルルは商品のほぼ全てを、デバイス内のゴミ箱で管理している。

 この茶バネ、進化先もガーベモンという名の碌でも無い(ついでに言うと必殺技はもっと碌でも無い)姿をしたデジモンで、ルル曰く、デジモンの本来の故郷でならガーベモン種は体(?)内にブラックホールを所持しているが、空間としてどっちつかずな『迷路』の中ではどうにもその接続先が曖昧らしい。

 それを逆手に取ったとか何とかで、ルルのガーベモンの腹は彼女のデバイスの中に設定されており、お蔭で無分別な収納が可能。逆に取り出すときは、退化したゴキモンに必殺技を使わせる形を採用し、好きな種類を選んで取り出せるという訳だ。

 いざという時は商品の取り出しと同じ動作で戦闘へと移行出来るのも大きな強みで、非常に理に適っている。

 適っているのだ。

 絵面以外は。

「このひっでェ絵面が『迷路』での買い物のデフォだと思わせたくないから、リンドウに直接選ばせるのはヤメたんだ」

 外の衛生状態がどうなってるのかは知らんが、流石に黒光りする虫が歓迎されるほど世紀末迎えちゃいないだろう。ゴミ漁りをあの子にさせたとなってはアカネに顔向けできないし、俺だって草葉の陰で泣くアイツは見たくない。

 ……まあ、結局拾ってきたゴミのリサイクルくらいは許してもらわにゃならんのだが。『迷路』に寄越したくらいなんだ。そのくらいは、大目に見てほしい。

「これとか良さげかな。ピンクだし」

「女の子の好みをピンク色しか認識できないゲイリーくんの頭の中には、薄桃色のお花が咲き乱れているんだね。センスが実にお花摘みって感じ」

「パートナーが雉撃ち仕様のお前にだけは言われたくない」

 言い返しつつ、こいつにセンスが汚物以下と言われてしまっては選ぶ気も失せる。俺は手に取っていたピンク色のデバイスを元の場所に戻した。客の購買意欲を削ぐとは商売人の風上にも置けない奴め。

 いやまあ、管理場所がアレの時点で、今更の話だが。

 悩んだ末最終的に手に取ったのは、やや小ぶりで端にチェーンを通せる穴の開いたキーホルダー仕様のモノだった。

 デジモンを使役する人間からは所謂旧式と呼ばれるタイプの骨董品ではあるが、出来る事が少ないのは『迷路』初心者のリンドウにとってはむしろプラスに働くだろう。こちらとしても、一先ずモルフォモンに解りやすく首輪を付けられるなら、それでいい。

「うんうん、ゲイリーにしてはよく頑張った方じゃない? 小さくてかわいいから、きっと娘さんも喜ぶよ」

「随分と態度が変わったなルル。お前まさか、旧式の在庫捌きたかっただけじゃねェだろうな」

「あたしはいつだって売れ残りを本当の意味でゴミにしたくないと思ってるよゲイリー。あたしと君の利害は一致した。OK?」

 くそ商売人め。

「わーったわーった。で、幾らだ」

「『絵本』でいいよ。折角出してるしその『マッチ売りの少女』ちょうだい。あと『ねむり姫』と『浦島太郎』。在庫が無いなら他の状態異常系でも許してあげる」

「いや、ある。今出すからちょっと待ってろ」

 お伽噺のような時間を「状態異常」で片付けられるのはそこそこ心外だが、材料はと言えばメアリーの傘から出てくる光る粉だ。俺の揚げ足取りでルルの気が変わり請求書に現金と書かれる事を思えば、言葉選びのひとつやふたつ、やり玉に挙げるべきでは無いだろう。

 沈黙は金。

「あ」

「何だ気が変わったとかはよせよ俺ァ何も言ってねえぞ」

「いや、あたしこそ何も言ってないんだけど。まあいいや」

 ゲイリー。と、ルルが蠱惑的に唇を歪める。

 そうそう、美人の笑顔と言えばこういうもんだ。あとはもう少し乳を盛って出直して来い。

「む。唐突に支払いをキャッシュに変更したくなったけれど、それはさておき」

「おう、何だ。スレンダー美人で器量よしのマイフレンド」

「ねえねえ嘘つきがホントに泥棒の始まりなら世紀の大怪盗にでもなれそうなマイフレンド。せっかくだから、会わせてよ。君の娘さん、リンドウちゃんに、さ」

「はぁ?」

 思わず呆けた声を上げる俺に、ずい、とルルが顔を寄せた。

 こういう前のめりの姿勢になると、服の隙間から覗く胸元が女ってやつは(乳が無いと特に)無防備になりがちなのだが、ルルの場合、平た過ぎて見える部分すら皆無なのであった。

 残念ですら無い。

「なーに? 変な顔しちゃって。あ、いや元からか。……ほら、あたしだって、自分の商品を使ってくれる子がどんな子か、そのくらいは、見ておきたいからさ」

「対価は払うんだ。それで十分だろ。余計な好奇心は感心しないぜルル。リンドウは見世物じゃない」

「じゃ、会わせてくれたら『絵本』1冊分オマケしてあげる」

「ちょっと待ってろ。今呼んでくる」

 許せアカネ。

 そもそも俺みたいな甲斐性無しを頼ったお前もまあまあ悪い。

「リンドウ」

 カウンターを出て店の奥に向かい、少女の名を呼びながら自室の扉を開けると、リンドウは俺のベッドを椅子代わりにして、ちょこんと隣に腰かけたモルフォモンと一緒に商品では無いいたって普通の絵本を読んでいたらしかった。

 相変わらず、無表情でさえなければ心温まる光景になりそうなんだが。

「どうしたの、お父さん」

「デバイス購入前の本人確認だとよ。悪いが一緒に来てくれ。モルフォモンも連れてきていい」

 こくり、と頷いて、リンドウは絵本--『しっかり者のすずの兵隊』――を脇に置き、モルフォモンと並んでこちらへと寄って来る。

 ルルの手前、それらしく親子ムーブするべく、俺は彼女の手を引いた。

 子供だからか、小さい手だ。このサイズ差は、正直嫌なことを思い出す。ネズミの手でも握ってるみたいだ。

 ……最も、あの頃は、俺が引かれる側だったのだけれど。

「おう、連れてきたぞ」

 くだらない感傷を投げて捨てるようにカウンター前の席に腰かけたルルへと声をかければ、待ってましたと言わんばかりのきらきら笑顔で彼女が振り返る。

 流石に空気は読んだか。散らかしたゴミと茶バネ型デジモンは、自分のデバイスへと仕舞ったらしい。

「やっほー! 君がリンドウちゃん? こんにちは、あたしは『迷路』の行商人のルルちゃんだよ」

 いっちょまえにも子供の相手らしく席から降りてしゃがみ込むルルだったが、肝心のリンドウの方は、面識も胸も無い割に馴れ馴れしいこの女に警戒気味らしい。メアリーが無遠慮に触りに来た時のように、彼女は俺の背に回ってルルから隠れてしまう。

 うむ、お前の感覚は正しいぞリンドウ。後でなんか……こう、飴とかあげよう。

 ルルは代わりに寄ってきた好奇心旺盛なモルフォモンに顔を触らせながら、気を悪くするでも無く、いたって普通に、顔の良い女の顔で微笑む。

「あっはは、照れちゃってまぁ、かっわいいー! 君、絶対お母さん似でしょ。お父さんの貧弱過ぎる遺伝子情報に感謝しなくちゃだめだよ~?」

 そんなクソみたいな感謝の仕方をリンドウに仕込むんじゃない、と思わないでも無かったが、生憎貧弱も何もリンドウの半分は俺では無く知らない男の遺伝子で出来ている。ルルにはそろそろ帰って欲しかったし、俺は反応をへの字を書いた唇での沈黙だけに留めた。

 幸い、ルルの方も見るだけ見て満足したらしい。

 カウンターの上に置きっぱなしにしていた『マッチ売りの少女』をそのままにして、立ち上がった彼女は俺の方へと手を出した。

「はい、ゲイリーくん。約束の『ねむり姫』と『浦島太郎』」

「へいへい」

 製造にかかるコストはその2つの方が高いので本音を言えばそっちをまけてほしかったが、幼女見物にそこまでの価値が無い事は流石に理解している。

 まあ売れ行きだけで言えば安いのとルルの言う通り依存度が高いのとで『マッチ売りの少女』の方がよくはける。何にせよ、向こうからの値引きにとやかく言える立場でも無いだろう。

「あいよ。返品交換は受け付けねェからな」

「はいはい、確かに。これからも行商人ルルとゲイリー・ストゥーはズッ友だよぉ。なんてね! じゃあね、ゲイリー。リンドウちゃんとモルフォモンくんも、ばいばーい」

 またね、と、そう言ってルルは手を振ったが、俺個人は兎も角やはりリンドウに進んで御器かぶりの類を見せたくなかったので何も返さないでおいた。

 モルフォモンだけは無邪気に手を振ってはいるのだが……まあ、元ネタの蝶は腐肉食だとかそんな話も聞いた事があるし。属性が近いとかで、関わり合いになってもこっちは案外うまくやるだろう。

 そも、デジモンの好き嫌いなど、どうでもいい。

「と、いう訳で、だ。リンドウ」

 ルルが出て行ってしばらくしてから、彼女から買い取ったキーホルダー型のデバイスをリンドウへと差し出す。

「昨日言ってたデバイスだ。これがあれば、モルフォモンを……あれだな、より安全に、飼えるようになる」

 正確な役割を語れば話は長くなるのだが、旧式のデバイスだと出来る事、特にテイマー側から発動できるサポート等は最低限だし、とりあえずデジモンにつける解りやすい首輪、という認識で間違いがある訳でも無い。

 結局何考えてるんだか判らない無の表情でリンドウがコレをじっと見つめている間に、俺は諸々の設定を済ませ、少女の手に赤い旧式デバイスを握らせた。

「絶対に無くさない事。解ったか?」

「うん」

 頷くリンドウ。

 デバイスを通じて正式に彼女をパートナーとして認識したらしいモルフォモンも、改めてリンドウに寄り添い出したので、俺の仕事もひとつ片付いたとみて良いだろう。

 と。

「……」

 妙な圧を感じて振り返れば、地下に続く階段の際から身体半分だけ覗かせた我らが薬剤師、麗しのメアリー・スーが、「やっぱり美人は笑っている方がいい」と俺の認識を改めさせる程酷いしかめ面で、出入り口の方を睨んでいた。

「メアリー」

「……」

 ぎろり、と動いた左右違う時間帯を宿した色の瞳が、俺に「ルルは帰ったのか」と訴えかける。

 この1体と1人、どうにも仲が悪い。

 正しくはメアリーが一方的に嫌っている形なのだが、ルルの方にも関係を良好にするつもりはさらさら無いので余計に関係がこじれているのであった。

 別に仲良くして欲しいとは思わんが、紛いなりにもビジネスライクではあるのでもめ事は起こしてほしく無いところ。

 なんて思っていると「だから顔出さなかったんだろう」と言わんばかりに俺をねめつけて、こちらに寄ってきたメアリーはひったくるようにカウンターから『マッチ売りの少女』の『絵本』を回収し、そのまま出入り口の方へと駆けて行く。

「あ、おい。メアリー!」

 折角1冊浮いたのに。

 制止も聞かずに外へと出て行ったメアリーの華奢な背中を見送って、俺はため息と一緒に肩を落とした。

「? 何しに行ったの」

「塩代わりに粉撒きに行きやがった」

 今頃『迷路』の通りには白い粉が煌めき、通行人達はきっとその中に、ごちそうや飾り立てられたモミの木、死んだ老婆の面影を見るのだろう。一足早く、メリークリスマス。リンドウの着ていた服から察するに外は恐らく初夏あたりだが、俺の懐と愚図のマンモンの吐息は何時だって冬の季節とよろしくやっているので問題あるまい。

 さよなら、『マッチ売りの少女』1冊分の稼ぎ。擦ったマッチから出るリンの臭いを吸い込んでしまった時のように、鼻の奥が、ツンと痛い。

 ……言うて、薬を作るのはメアリーの仕事なので、彼女が作った物を彼女がどうしようが俺に口出しできる権利は無い。

 一瞬だけ抱えた頭から手を離して、俺は首を傾げるリンドウの前で膝を折り、小さい彼女と視線を合わせてから自分のデバイスを取り出した。

「リンドウ、良い子にしてたから飴をあげよう」

「……味は?」

「色んな色があるけど全部一緒のお砂糖味だ。甘いぞ」

「じゃあ、モルフォモンと、同じ色のは?」

「モルフォモンよりかはちょっと薄いが、青色はあるぞ。今出すから手を--」

 その時。

 視界の端に、開くドア。

 メアリーが戻ってきたのかと思って顔を上げると、そこに居たのは、癖のある白髪と左目を覆う真っ黒眼帯が印象的な老婆だった。

 ただしその老婆はこう、「死んだおばあちゃん」的な趣は皆無で、年寄りの割にがっちりとした身体に迷彩柄の軍服を纏っている、それはそれはもう、殺しても死ななさそうな老婆であり。

 例のごとく、知り合いである。

「レン」

 名前を呼びかけようとしたのだが

「シールズドラモン」

 それよりも先に、俺を遮るように、老婆は隣に佇むトカゲ型の軍用ロボット的な見た目のパートナーの種族名を呼んだ。

 老婆――レンコの単眼からは、隠しようも無い蔑みの感情が、一心に俺の方へと向けられていて。

 俺は冷静に、自分の状況を確認する。

 俺は電脳麻薬の売人で

 目の前にいるのは年端もいかない幼女で

 俺に娘がいる事を、俺自身昨日知ったばかりで

 俺以外にそれを知る人間など、さっき会ったルル以外に居る筈も無くて

 見知らぬ幼女の前にしゃがみ込む胡散臭い男を、俗に人は、「不審者」と呼ぶ。

 『迷路』の外だろうが、内だろうが。

「待ってくれレンコ。これは」

「処せ」

 音も無く引き抜かれたシールズドラモンのナイフが、瞬きの間に、俺へと迫った。

4件のコメント
快晴
2020年12月11日

「悪かったよ。反省してる。だけどねぇ、マッシュモンにあんなガワ被せて傍に置いてるアンタの性癖なんて、信用できる筈がないだろう? ええ?」

「心外だが返す言葉が見当たらねェ……」

 結果として、俺はメアリーの癇癪じみた『絵本』の無駄遣いに助けられたようだった。

 サイボーグ型とはいえ生身の部分もあるシールズドラモンは、メアリーと俺の店に足を踏み入れる前に、『マッチ売りの少女』の幻覚作用のある粉を少なからず吸い込んでいたらしい。

 本来であれば攻撃を百発百中・一撃必殺へと導くシールズドラモンの瞳『スカウターモノアイ』も、そも対象が正しく捉えていないのであれば真価を発揮でる筈も無く。

 シールズドラモンがナイフの一振り『デスビハインド』を空振りした際に、無表情キャラとは言え年相応には驚いたリンドウが俺にしがみついて来て、それを見たレンコの方も現状が『「ロリコン死すべし慈悲は無い」案件』だという考えを若干改めたらしい。

 俺は弁明の機会を与えられ、無事、明日への命を勝ち取る事に成功したのであった。

 流石はメアリー・スー。彼女の行動は些細かつ気紛れからのものでさえも慈悲に満ち溢れているという訳か。

 ありがとう偉大なるメアリー。

 お前外に居たんだから普通にレンコを止めてくれても良かったんじゃないかとか言わないよメアリー。

 言わないから、せめて、もう少しお上品に微笑んでおくれメアリー。

 俺の命の危機をコメディ扱いするのは、別に構わないからさ。

「相変わらずやっかましいマッシュモンだね。躾がなって無い」

「仕方ねえさ。なんたってメアリー・スーは、自分以外の何物にも縛られない女だからな」

「よくもまあ飽きないねえ、アンタも」

 感心など一ミリも含まない呆れ顔で、レンコがふぅと息を吐く。年寄りのくせに仕草には妙に色気があって、メアリーもルルもちっとは見習ってほしいくらいだ。

「俺のこたぁいいだろ。物好き度合いで言やァレンコ婆さんも大概なんだから」

「違いない」

 レンコ。元軍人。……正確には旧時代の内は違う職名で呼ばれていたらしいが、俺の知る所では無い。

 重要なのはこの老婆の過去の肩書では無く、現在。

 彼女はおびただしい数の成長期の鬼人型デジモン・ゴブリモン達の頭目であり、そしてこの『迷路』に予期せぬ、あるいは不本意な形で流れ着いたいわば「『迷路』初心者」達の受け皿だ。

 自然とは対極の位置にありそうなデジタルの世界ではあるものの、弱者が強い奴に食い物にされるこの世の理は『迷路』の中でも不変であり、そんな中で生きるための術に「群れ」を選んだゴブリモン共を統治し、その群れの中に何人たりとも受け入れてみせる。それが、レンコという女なのである。

 かくいう俺も、若い頃は世話になったものだ。

「で?」

 俺は隣でリンドウが口の中でころころと飴を転がす音をBGM代わりにしながら、俺と同じように客用のカウンター席にしゃんと背筋を伸ばして座るレンコへと向き直る。

「今日はどうした、レンコ婆さん。人の子だろうがいたずら小鬼の取り換え子だろうが、読ませりゃたちまち泣く子も笑う、俺達の『絵本』にご用かい?」

 レンコは恩人であると同時に、メアリーと俺の『絵本』の店の取引先でもある。

 娯楽の少ない『迷路』の中じゃ、『絵本』によってもたらされる快楽はヒト・デジモン問わず何物にも代えがたい体験で。

 働き次第でゴブリモンその他達に支給される『絵本』は、レンコを群れの支配者足らしめる要因の一つとなっているのである。

 というか、レンコがうちの店に来るなんて、そのくらいの用事しか浮かばないので、当然今回もそういう流れだと思っていつでも在庫を取り出せるよう準備して

「いや、褒章の分はまだ足りてる。今日アタシが欲しいのは、アンタの力さ、ゲイリー・ストゥー」

「……あん?」

 いたと、いうのに。

 今、なんつった? この婆さん。

「なんだって?」

「その歳で難聴とは先が思いやられるねゲイリー。なんて事は無いさ。1日でいいからアタシの部隊に加わりなっつってんだよ」

「えっ。……ええー……」

 徴兵。

 その一文字が、脳裏をかすめた。

「ほら、ただでさえ舌が回るんだからそんな煩い顔しなさんな。目は口程に物を言うってのに、目を隠しててもそれなんだもの」

「目も鼻も口も嫌がろうってもんさ。こんな『迷路』随一の平和主義者を捕まえて」

「この世の平和主義者がみんなアンタみたいなジャンキーだったら、アタシみたいな人種ももうちょっと生き易かっただろうにねぇ」

 失礼な。俺自身はやってないっつーの。

 と、不意に背中にぬるい感触。

 胸の前に回ってきた魚の腹みたいに白い細腕が、それがメアリーが半身を俺に預けている感触なのだと教えてくれた。

 気付くのと同時に、今度はレンコが唇の端をにやりと持ち上げているのが見えて。

「ほら、アンタのマッシュモンもやる気みたいだよゲイリー」

「マジでェ?」

 頭を後ろへと傾ければ、顔を斜めに分断する傷さえもが美貌を演出する、不安になるくらい見事に整った容姿の女がにんまりと歯を見せていた。

 まるで、お伽噺の中に出てくる、獲物を前にした大飯喰らいの悪魔のように。

 メアリーの左右色が違う瞳は、レンコ達でさえ一筋縄ではいかないような、とびきりのごちそうを見つめているのだろう。

「……とりあえず、まずは話を聞かせてくれレンコ婆さん。メアリーの気が変わらないとは限らない」

「何。アンタに頼みたいのは、ちょっとした討伐の手伝いさ」

 聖騎士狩りだよ。

 キツい冗談のような台詞を吐いて、なのにレンコは茶目っ気に満ちた微笑を口元に湛えていた。

「聖騎士」

 しかしそんな単語を出されてしまっては、俺の方は笑う気にもなれない。

 だというのに、聞き慣れない単語だからかリンドウはこちらを向いていて、モルフォモンは最初からレンコ達に興味津々で(今はシールズドラモンの足元をちょろちょろと走り回っている。やめてほしい)、メアリーの表情は、何も変わらなかった。

 全く、数とは暴力である。

「順を追って話そうか。数日前、アタシの部隊から離反者が出たのさ。半年程前に拾った坊やと、そのパートナーだ」

 先にも述べた通り、レンコは『迷路』初心者達の受け皿。

 メアリーと俺の『絵本』が対価さえ払えば誰にでも快楽を提供するように、レンコは求める者が居れば誰にでも手を差し伸べる。

 件の離反者とやらも、功名心だけで『迷路』に足を踏み入れて、痛い目を見た所をレンコに助けられた、英雄気取り以前の英雄志願者だったのだそうだ。

「良い子だったよ。指示にはよく従うし、勤勉で真面目な子だった。……真面目な子だと、思ってたさ」

「婆さんに土壇場までそんな印象抱かせるたァ、よっぽど年寄り受けする猫の被り方してたんだろうな」

「全く、アンタみたいなのと話してると、嘘っぱちだったとしても余計にあの子の献身が恋しいよ」

 フンと鼻を鳴らすレンコ。一種の嫌味だったとしても、気にかけていたのは本当だったに違いない。

 そのボウズ、『迷路』になんて潜って来ずに、年寄り相手の商売でも考えてりゃあ、きっとひと財産くらい築けただろうに。

「ただ、勤勉それ自体は嘘じゃなかったんだろうね。何と言っても、聖騎士型だ」

「だからこそ調子に乗ったんだろう?」

「傍に付けていたゴブリモンを4体。全員殺して逃げたのさ」

 聖騎士型という事は、クラスはもれなく究極体。数匹いようとたかだか成長期。それこそ「腹の足しにもならない」だろう。

 だから、これは嫌がらせ。

 恩人である筈のレンコへの、あからさまな別離の証だ。

 理由そのものは察せなくは無い。

 レンコの元に居る限り、群れの長はレンコ、その次に偉いのがシールズドラモン。それ以外は、程度の差はあれ大よそ対等な関係だ。なんなら、ゴブリモン達の方が人間連中よりも丁重に扱われるくらいで。

 嫌気がさして、その上で、勘違いしてしまったに違いない。

 聖騎士型を手元に置いたのだから、自分もサーを名乗れる御身分なのだと。

「しっかし気が乗らねぇ。ようはその、身の程知らずにして恥知らずの裏切者を処刑すんだろ? 騎士殿のもめ事に首突っ込んで、アーサー王伝説の端役になるのはゴメンなんだが。誉れ高き湖の性騎士が、王妃とファイト一発よろしくヤッてた現場を押さえた円卓の愉快な仲間達みたく痛っ」

 刹那、レンコのげんこつが、俺の脳天に炸裂した。

「バカたれ。小さい子もいるってのに、その手のネタをペラペラ話すんじゃないよ」

「ぼ、暴力も教育に良くないと思うんデスがそれは」

「そこはいいのさ、『迷路』の中なんだから」

 まあ、それはそうなんだが。

「リンドウもこっちで暮らすならよぉーく覚えとけ。この暴力おばあちゃんのレンコはどちゃくそ怖いが、間違った事は何も言っちゃァいない。『迷路』じゃ暴力は必須技能で、相対する奴らは誰もかれもがソレを振るう事に躊躇が無いときた。「暴力に対して持てる武器は暴力だけ」たァさる哲学者のお言葉だ。天と地との間には俺達の哲学ではどうしようもない事が多々あるが、ここは1と0の狭間にある『迷路』だからな。遠慮無く普通に哲学で殴るといい」

「メアリーがしてたみたいに?」

「流石は古い本から引用も出来るインテリジェンスな俺の娘。どうだレンコ。呑み込みが早いだろうリンドウは。ようし良い子のリンドウには追加で飴ちゃんをあげよう」

「いらない」

 どクールに断ったリンドウに変わって、じゃあ自分にくれよとニコニコ顔でモルフォモンがこちらに駆けてくる。

 デジ畜生にやる甘味など本来無いのだが、リンドウの手前突っぱねる事も出来ず、ついでにシールズドラモンから離れてくれるに越した事は無いので大人しくリンドウと同じ色の飴を差し出すと、それを俺の背にもたれかかったままのメアリーが白い腕かすめ取った。

 おお、メアリー・スー。盗みを罪とも思わず、加えて誰にも咎められはしない女。飴を耳元でバリバリ音立てて噛み砕くの止めてもらえませんかね?

「アンタのそのさあ」

「うん?」

「時々妙に博識ぶるところ、鼻につくし、癪に障るし、うすら寒いからやめた方がいいよ」

「……」

 俺はレンコの半ば憐れむような単眼を避けて、新しい飴玉をモルフォモンへと寄越す。

 モルフォモンはきらきらころころした球体がもの珍しいのか、きゃっきゃとはしゃぎながら飴をリンドウに見せびらかし始めた。

 はよ食え。

 ……と、喉元までは顔を出した大人げない八つ当たりを咳払いで引っ込め、俺は改めてレンコへと向き直る。

 脳裏を過ったのだ。飴玉から連想した宝石飾りが。

 聖騎士共の鎧には、煌びやかな装飾が輝いているモノだ。

 俺が昔見た奴にも、確か。

「で、レンコ婆さん。肝心の種族は何だ、聖騎士型の。始まりの黒騎士だとか終わりの白騎士だとか、あとクソデカ竜騎士やら鉄壁の重騎士やら言い出したら流石に俺ァ受けねえぞ。ジーザス野郎でも脚下だ。こっちの切れる手札じゃどうにもならん」

「じゃあ、赤い獣の騎士なら構わないって事さね。助かったよ、ゲイリー」

「……」

「スレイプモンだ。知ってるね?」

 嫌な相手だなぁと。

 単純に、純粋に、そう思う。

「存じてるさ。北欧の神馬だろ? 腐った女もびっくり仰天、牡馬と男神がヨイショして産まれたとかいう。一部デバイスだと何らかの大いなる力の働きによって名前の表示がス×××モンになるとかいう。そういう要因が多々重なって性なる騎士に叙されたともっぱらの噂の痛ってえッ!!」

「アタシゃ学習しない男は嫌いだよゲイリー。デリカシーも無いとくればなおの事、ね」

「嫌いなら他の奴当たっちゃくれませんかねレンコ婆さん」

「だが気に喰わない男にも利点はある。使い潰しても心が痛まない」

 レンコに殴られた頭頂にそっと添えられたメアリーの顎が、縦に2回動いたのが解った。

 何故だメアリー。イエスマンになるのは何時だって、メアリーの周りにいる男たちの方だろうに。

 っていうか、この様子だと。やる気満々じゃねえかメアリーの奴。

「ちょうどいい機会だろゲイリー。娘にも教えてやりなよ、『迷路』での生き方ってヤツを、さ」

「婆さんアンタ。リンドウとモルフォモンまでモノの数に加えてやがるのか」

「じゃあなんだい? 店で留守番させとくのかい? 品の良い客とは無縁のこの店に?」

「俺の目の前にはいると思ったんだがなァ」

「ハッ、世辞は結構」

 とはいえレンコの言い分は最も、か。

 なんたって俺とメアリーの『絵本』の店は、さっきも黒光りする虫を戸口に招いたばかりなのだ。

 『迷路』じゃ汚物の形をした化け物など何も珍しくは無いし、人の形をした汚物などそこいらに垂れ流されている。

「つっても、リンドウの意思は尊重させてもらうぞ。子供の言い分まで無碍にするって言うなら、アンタとの関係はここまでだ」

「そこまで落ちぶれちゃいないよ。今まさに、子供の言葉を盾にしようとしてるアンタと違ってね」

 パートナーの『スカウターモノアイ』とはまた別方面の全てを見透かすレンコの右目からさりげなく目を逸らし、俺は改めてリンドウの方へと眼差しを向ける。

 彼女の瞳はまるでガラス玉で、だから、鏡のようでもあった。

「リンドウ、どうしたい? レンコおばあちゃんは、俺とお前を聖騎士という名の怪物狩りに連れて行きたいらしいんだが」

「……お父さんが行くなら、ついて行く」

「そうか」

 残念、リンドウ。

 正解は「お父さん行かないで。私と一緒にお家に居よう」だ。

 見てごらん、メアリーもまたゲラゲラ笑い始めただろ? これで俺の逃げ道は八方塞がりだ。

「決まりだね」

 ぱん、とレンコが両手を合わせてにこりと笑う。この時ばかりは、それこそ品の無いメアリーの笑い声を彼女は咎めなかった。

「考え直さねェかレンコ。UMAの類は『迷路』チュートリアルにゃ荷が重すぎる」

「往生際が悪いねゲイリー。安心しな。手段はいくらでもある。ここに殺せない怪物は居ないのさ。何人たりとも手出し出来なかったあのオグドモンだって、いつの間にか、どこの誰とも知らない輩にやられちまったくらいなんだから」

「オグドモン?」

 聞き慣れない単語だからか。首を傾げるリンドウを見て、思わずズキリと頭が痛んだ。

 同時にメアリーが、先程までの上機嫌が嘘のように、低く、唸る。

「あー。気にするなリンドウ。……レンコ婆さん、あんたの方こそ止めてくれそんな与太話。寿命でくたばっただけかもしれねェだろ。知恵と勇気で倒せてたまるかってんだ、あんな化け物が。倒されたんだとしたら、アレ以上の化け物が出てきたってだけのハナシになる。俺はその方が薄気味悪いね」

「寿命だろうが何だろうが、死ぬ事には変わりない。もう一度言うよゲイリー。手段はある。『迷路』と一緒で――」

「--いくらでも抜け道はある、ってか。あー、はいはい。よござんすよ」

 よござんす、と口にした瞬間、その昔無謀にも求めて当然のように喰い損ねた大物の名に歯軋りしていたメアリーが、嘘のようにころころと笑い始める。

 全く。そもそもメアリーが乗り気な時点で俺に拒否権など無いのだ。

 加えてレンコが、本物の兵士であるレンコとシールズドラモンが、英雄気取りの成り上がり騎士に後れを取る筈も無い。

 んな事ァ最初から解ってんだ。ホントに、ただホントに面倒なだけなのだ、俺が。

 と、俺の前にすっと2本の細腕が伸ばされる。

 体重を俺に預けたまま出されたメアリーの手は、その両方とも、親指だけが折りたたまれている。

 8本の指。

 馬騎士の手足の数と同じだ。

 メアリーはその小指同士を絡めたかと思うと、お互いを引きあう力だけで、その両方の指を折った。

 中身のワイヤーフレームが千切れる音は、枯れ枝を踏み潰す音にも似ている。

「……何してんだいこいつ」

「報酬にスレイプモンの脚2本寄越せってさ。正確には、スレイプモンの脚2本分のデータってとこか」

「伝え方が一々悪趣味だねぇ」

「悪趣味ィ? はっ、レンコ婆さん。メアリー・スーに、何を今更」

 でも本音を言えば、直すのは俺なので他にやり方を考えてほしかったところ。

 レンコは再びふぅ、と艶のある溜め息を吐いて、思考のために若干の間を置いてから、「まあ、いいだろう」と唇を開く。

「約束しよう。脚2本は、アンタ達の取り分だ。最も、作戦への貢献度次第だけどね。働かざるものに喰わせる飯は無いよ」

「ま、そこは安心していいと思うぜレンコ婆さん。メアリーは食事と同じぐらい、狩りの時間も楽しみやがるから」

「獲物を嬲る時間、の間違いだろう? アタシとしちゃ、仕事さえしてくれるなら構わないけれどね。……味方の士気を、下げない範囲で、だけれど」

 そう言って、レンコが椅子から立ち上がる。

 死角となる左側を補うかのように、シールズドラモンが音も無く彼女に寄り添った。

「決行は明日。詳しい時間や作戦はデバイスの方に送信するからしっかり頭に叩き込んでおくように」

「へいへい」

 俺の生返事に肩を竦めて、レンコは今度は、表情を和らげてリンドウの方へと顔を向ける。

「お嬢ちゃん。父親がこんなだと大変だろうけど、ま、しっかりやるんだよ。なあに、安心しな。いざとなったら、おばあちゃんが面倒見てあげるからさ。どうしようもないと思ったら、いつでも頼っておいで」

「俺がろくでなしだっつー前提で話を進めるのはいいけどよ。親の目の前で子供を徴兵するのはどうかと思うぜ、レンコ婆さん」

 俺の台詞はまるきり無視し、そしてリンドウの返答をも待たずに(きっとこの娘は何も返さないだろうが)、レンコはくるりと背を向けた。

 それから先は、この老兵とリザード兵は何も言わずに、まっすぐに。カツカツと軍靴の音を響かせながらメアリーと俺の『絵本』のお店を後にする。

 2つの影を見送るなり、すうっ、と、メアリーの腕が俺から離れた。

 簡素だが華の有るデザインのスカートをふわりふわりと大きく広げ、メアリー・スーは鼻歌交じりにその場で回って、踊り始める。赤い靴でも履いたかのようだ。

 頭に浮かべているのは明日のランチのご予定か、聖騎士殺しの勲章か。

 捕らぬ狸の皮算用など褒められた事ではないが、彼女のコレは、どちらかというと遠足は計画中が一番楽しいとか、そういう概念に近い。

 そのまま地下室へとフェードアウトしていくメアリーを特に見送りもせず、俺はリンドウの方へと向き直る。

 メアリーを真似てくるくる回り始めた--いや、さっきから結構回ってた気がするけれどそれはさておき、こうもひらひらしているとやはり一応蝶のデジモンなんだなと妙に実感の湧いて来るモルフォモンを鑑賞していたリンドウは、俺の視線に気づくと、顔を上げた。

「さっきのトカゲのデジモン」

「シールズドラモンか?」

「……シールズドラモンも、声、ぜんぜんしなかった」

「アレの場合は、ただ単に無口なだけさ。レンコと一緒に外から入って来たデジモンだからな。喋る時は、俺にも解る言葉で普通に喋るぞ」

「そうなんだ」

 言うて、あのシールズドラモンが喋り出した時は俺も本当にびっくらこいたんだが……ま、黙っておくか。あの見た目であの声となると、流石のリンドウも驚きを顔に表してくれる可能性もあるし。

「それから、お父さん」

「おう、何だ。今からでも断りたいなら、レンコ婆さんに連絡するが」

「ううん、そうじゃない。……オグドモンって、何?」

 あの名前が出た時、一瞬変わった空気をリンドウも敏感に感じ取っていたという訳か。

 あんな規格外の化け物の話なぞ、リンドウの耳に入れたくも無いのだが――幸いアレの名前を聞くだけで不機嫌を拗らせるメアリーも退出済みだ。簡単にくらいなら、話しても良い、か。

「昔『迷路』で一番強いって言われてたデジモンだ。兎に角デカい7本足の化け物で、悪意ある攻撃を一切通さないっつー反則的な特殊能力持ちだったんだが……ある日突然、いなくなっちまった」

「……」

「そういう訳だから、多分、リンドウが実際に目で見る機会は無いと思うぞ。一種の与太話だと思って適当に忘れとけ。あんなもん、遭わなくていいならそれに越したこたァねぇ」

「わかった」

 相変わらず、不気味なくらい素直に、リンドウはそれ以上、俺から何かを聞き出そうとはしなかった。

 助かるは助かるんだが。……ただ、これがあの快活で好奇心旺盛だったアカネの娘だと思うと、思うところも、無いでは無く。

「柄じゃねェんだよな……」

「?」

「ああいや、なんでもない。ってかすまねェなリンドウ。ちょっとデバイスの手続きするだけのつもりだったのに、随分とこっちに長居させちまって」

「……お父さんと一緒に居られるなら、あたしは、こっちの方がいい」

「気持ちは嬉しいが、お父さん職場に家庭は持ち込まない主義でね。……部屋に戻って、またモルフォモンと遊んでてくれるかい、リンドウ」

 こくりと頷くリンドウ。

 ただ、返事の言葉自体は、返っては来なかったのだが。

 代わりに「行こう、モルフォモン」とめでたくはないがパートナーデジモンとなったデジモンの名を呼んで、今回はリンドウがそいつの手を引いて、俺の私室へと戻って行く。

 途中で振り返ったモルフォモンの方がばいばいとこちらに手を振っていたが、俺は振り返したりはしなかった。

 カウンターの内側に戻って、自分用の席に腰かける。

 この様子だと『絵本』のお店は、閉店の時間まで閑古鳥だけが小うるさいような状況だろう。

 『迷路』に迷う辛さ故にこの店を頼る客は少なくは無いが、本当の意味で『絵本』にしか縋れないような輩は基本的にここでは長生きできないと相場が決まっているので、常連客がああいった連中しか増えないというのはそこそこ真剣な悩みではあった。

「はぁ」

 そんな中で、父親ロールプレイまで求められるときた。

 溜め息ひとつで済ます我が身を、誰にでもいいから褒めていただきたいもんだ。

「……ま、居ないんだがな。そんな事してくれる奴、最初から」

 結局吐息だけで済ませず独りごちってしまったところで、カウンターの側に身体を預けて自分のデバイスと専用のペンを取り出す。

 レンコからのメールを待ちながら、新しい『絵本』の表紙でも考えていようか、と。俺は開いたアプリの画面に適当に筆を走らせた。

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快晴
2020年12月11日

 Q.快晴さんは半人半馬に何か恨みでもあるのですか?

 A.何を言いますか。むしろ好きですよ。

 酷い目に遭う推しが好きなのか、推しだから酷い目に遭っても好きなのか、それが問題だ。

 どうも、その昔『シェイクスピア知ってる俺カッケー病』なる病名を知人から言い渡されたことがある快晴です。本作は、というかゲイリーはそういうノリで進んでいくと思います。

 はい、という訳で『Everyone wept for Mary』第2話をご覧いただき、誠にありがとうございます。まだ誰も酷い目には遭っていませんが、いかがでしたでしょうか。

 今回のお話には、ゲイリーの『迷路』内での知り合い2名が出てきましたね。行商人のまな板と屈強なBBAです。どちらも私の趣味だ、いいだろう。

 戦闘パート前のキャラ紹介回という事で、ゲイリーにはひたすらお喋りに徹してもらいましたがいかがでしたでしょうか。このお話のデジモン、基本的に喋らないので動かすの大変ですね……マンモンくんに至っては今回出番0だし……。

 ただまあ、品の無い会話は書いていてとても楽しいですね。楽しいです。

 さて、ネクスト・ピックアップ・デジモンはゴブリモンです。いや、うん、数が居てもゴブリモンだけでロイヤルナイツに勝てるとは思ってないので、そのためのゲイリー達なのですが。

 ま、わちゃわちゃと楽しい戦闘を書けたらな~というのが今のところの楽観的な予定です。恐らく投稿は年を跨いでからになると思いますが、来年の快晴は過去快晴の思い付きにキレ散らかしている事でしょう。頑張ってほしいですね。

 次回もどうか、お付き合い頂ければ幸いです。

 それでは、『Everyone wept for Mary』第3話でお会いしましょう。

 多分今年最後の投稿なので、少々早いですが、良いお年を!