「ねえキミカゲ。……本当に行っちゃうの?」
「そりゃあ、まあ。そのために衣食住を提供されてた訳だしな」
俺の背中にぴったりと張り付いてぽつりと呟いたアカネに、俺は淡々と、事実で返す。
表情を窺い知る事は出来ない。ユニモンがヘマをするとは思っていないが、乗馬中の前方不注意は、それが障害物の無い空の上だろうと褒められたものではないからだ。
ナシロ家のご息女は、どうしてもユニモンに乗って空を飛びたいと両親に駄々をこねて。
余所者の少年との外出許可をもぎ取って来たらしかった。
……俺が『迷路』で暮らしている間に、とんでもないデジモンがこちらでは暴れまわっていたのだそうだ。
それがおおよそ、3年前。
件のデジモンは『選ばれし子供達』とかいう、デジモンの住む世界の側から選ばれた人間の子供達とそのパートナーとなったデジモン達によって、どうにかこうにか、倒されたのだと。
で、数日前。
突然の事だった。倒された筈の『とんでもないデジモン』が、再びこの世に、蘇ったのは。
各地からは再び『選ばれし子供達』とそのパートナーが、招集された。
俺にはデジモンの世界から選ばれた覚えなどとんと無いが、それでも、デジモンを連れ、数多の探索者を呑み込んだ『迷路』から生還した『奇跡の子』。
こういう事態に陥った時のために、俺とユニモンはこの街に、飼われていたらしい。
旅立ちは明日。
『選ばれし子供達』と共に蘇った化け物を討つために、俺達はこの街を出なければならないのだ。
「って言っても、仕事が終われば帰っては来られる筈だから。3年前にも倒されたデジモンなんだろう? なんとかなるよ。きっとね」
「でも、その3年前の時にも、何人もの……私よりも、小さい子が……」
「……」
アカネに気付かれないよう嘆息する。
彼女の濁した言葉の先を、俺は『迷路』で嫌になるほど耳にして、目にしてきた。
今更のようにそれが非日常だと突き付けられたところで、俺とユニモンが生きてきた日々は、その中にしか存在しない。
そしてアカネの両親--もっと言えば、アカネ以外のこの街--が、そんな化け物を連れた世間知らずの健康長寿など、望んでいる筈も無く。
死んでくれと、思っているだろう。
化け物は化け物同士で殺し合って、勝手に死んでくれと、そう願っているだろう。
それでも、もし。
俺とユニモンが生き残ってなお、許される術があるとするならば。
「覚えてるか、アカネ」
「? 何を?」
「初対面の時、俺がアカネに、なんて名乗ったか」
アカネの身体が僅かに俺の背から離れる。
視線を上げて、虚空から思い出を掘り返しているらしい。
しばらくの間うんうん唸って、彼女がようやく見つけてきた答えは
「え? えっと……洋風の朝ごはんみたいなお名前だったような……」
なんて、どうしようもないくらい、素っ頓狂なもので。
……多分、ハムレットの事だろう。おいしそうな名前って言ってた気がするし。
だがハムレットはたとえ話に使っただけで、俺の前の名前はデンマーク由来では無い。
「……そんな見事な記憶力を持つアカネには、哀れなオフィーリアも無言で白いヒナゲシを差し出すだろうさ」
「あっ! キミカゲったらまた私の事バカにしてるでしょ!?」
「そんな事無いよ。ヒナゲシには「陽気で優しい」って意味があるから、アカネにぴったりだって思っただけで」
「えっ……そ、そうなの?」
「白いのの花言葉は「忘却」だけど」
「やっぱりバカにしてるじゃない! ふーんだ! どうせ私は物知りのキミカゲと違って、忘れっぽいおバカさんですよーだ」
ユニモンがぶるると、咎めるようにいなないた。
俺との付き合いの方が長いだろうに、こいつったらいつもアカネの肩を持つのだから。全く、薄情な白馬だことで。
ただ――
「「馬だ、馬を寄越せ。代わりに王国をくれてやる」」
膨れ面でそっぽを向いていたらしいアカネは、しかし俺の唐突な引用台詞にこちらへと向き直ったらしい。
前方は引き続き注意しつつ、俺は少しだけ、視線を背後へと流した。
「俺が『迷路』で名乗っていた名前は、『グロスター』。俺の好きな『リチャード3世』って物語の、主人公の名前さ」
正確にはグロスターはイギリスの地名及び、そこから取った公爵位の事だが、そこまで説明すると多分アカネの頭がパンクする。
俺だって、彼女と過ごして、何も学んでこなかった訳じゃ無い。
「そいつは醜くて、卑怯者のひねくれ者で、残酷で嘘吐きで本当にどうしようもない嫌われ者だったけど――強くて、賢くて、どんな手段を使ってでも国の王様になるっていう野心があった」
そうやって、本当に王様になっちゃったんだ、と、俺は続ける。
俺と成長期だった頃のユニモンにそんな野心があった訳ではないけれど。
『迷路』で生き残るには、それだけの気概が必要だった。
こけおどしでも王様の名前を名乗って、持てる全てを駆使して相手を殺して、奪って生きる。
そうやってユニモンが今の姿になった時、自分の計画が軌道に乗り始めたグロスター公が、自分の醜い容姿も本当は見れたものかもしれない。と、姿見を買い求めようか。と、笑ったように。……俺達も、少しくらいは、自分の事が、嫌いでは無くなって。
なにせ--
「まあ、卑怯者の嫌われ者だったからさ。徐々に孤立して、追い詰められて。結構善戦したんだけど、最終的には正義の味方に殺されちゃうワケ」
「……死んじゃったの?」
「うん。で、その最後の台詞が、さっき言った「馬を寄越せ」」
思わぬ結末だったのか、途端に声を震わせるアカネとは対照的に、俺は笑う。
「逆に言えばさ。馬さえいれば、きっと彼は負けなかったんだよ。さっきも言った通り、グロスター公は強かったんだ。……ましてや、傍に空を駆れる愛馬が居れば--負けたりなんて、すると思う?」
--進化という形で、俺は最高の愛馬を与えられた。
俺達はグロスター公の生き方に憧れたけれど、その結末まで忠実に辿る訳じゃ無い。
俺とユニモンは、『リチャード3世』のIFだ。
それはいわゆる『メアリー・スー』モノのように、都合よくねじ曲がった、馬鹿馬鹿しい二次創作のようなものかもしれないけれど――事実として、現実として。俺は生きて『迷路』を抜けて、惨めな捨て犬から『奇跡の子』に成った訳で。
アカネの産まれた街を一望できる、小高い丘へと、ユニモンは着地した。
草木がざわざわと風に吹かれている他に、周囲に、俺達以外の影は無い。
俺だけユニモンから降りて、ここに来るまで背中で感じるしかなかったアカネと向き合った。
「まあそういう訳だからさ、心配するなよアカネ」
きっとぎこちなかっただろうが、それでも俺は、アカネに微笑みかける。
応えるように、ユニモンも短くいなないた。……こいつは俺の、自慢の愛馬だ。
「……ねえ、キミカゲ」
対して、なおも不安を拭いきれない、今にも泣き出しそうな眼差しを、しかしアカネは、まっすぐに俺へと向ける。
彼女は口の中で転がすようにして、言葉を探している風で――やがて
「その、『リチャード3世』ってお話には、ええっと……私がキミカゲに贈る言葉に、ちょうどいいセリフとかって、無いのかしら?」
「贈る言葉?」
「「さよなら」とか「いってらっしゃい」とか、そういうのじゃなくて……その……」
「……」
ふうむ、そう言われると少し弱る。
何せ『リチャード3世』は言いくるめと罵倒が交互に来て、謀殺で進んでいく話だ。
基本的に、主人公に向けられるのは憎しみと呪いの言葉ばかりで、ようは、縁起でも無いのだが。
だが、まあ。アカネがお望みと、言うのなら。
「じゃあ、俺の台詞の後に、続けてくれる? 「それは私の口からは言えません。でもあなたに教えられたお世辞をまねして、もうそう言ったと思いなさいとだけ、言っておきます」
「え? ちょっと、長いんだけど……でも、ええと。「それは私の口からは……」」
何度か練習を繰り返して、数分後。ようやく台詞が頭に入ったらしいアカネがユニモンから降りようと足を持ち上げる。
その手伝いに、と俺は手を伸ばし、ユニモンの方も足を曲げて彼女を補助する。
俺の手を握って跳ねるように地面に降り立つアカネ。
俺はその手を離さないまま、彼女の前に、傅いた。
「「お別れに、私の幸せを祈ると」」
ぽかん、と口を開いたアカネは、だがすぐにそれが『俺の台詞』だと気付いたらしい。自分の察しの悪さにか、あるいは別の何かにか。ほんのりと頬を赤らめて
「そ、「それは私の口からは言えません」! でも、えっと、……そう! 「あなたに教えられたお世辞をまねして、もう言ったと思いなさいって、言っておきます」」
やけに早口で、言葉を返してきた。
情緒も何もあったものではないし、俺が先に言ったものとはいくらか違っているのだけれど。
言い終えて。アカネが安心したように、可笑しそうに、ふにゃりと笑みをこぼして。
「なあに、コレ。私だったら、普通に幸せを祈るわ。昔の人って、変なの」
「まあそういうシーンだから。その内読んでみればいいよ。機会があれば、舞台を見るのもいいかもしれない。どっちもアカネにはちょっと長そうだけど」
「まあ! そうやってすぐにいじわる言うんだから。でも、確かに長いご本もお芝居も、ちょっと苦手。……そうだ! キミカゲ、絵が上手よね? 絵本にしてよ。そうしたら、私もきっと読めるわ」
「ははは、天下のシェイクスピア作品を絵本にだって? ……ま、前向きに検討しておくよ」
ユニモンが鼻を鳴らす。
おいおいお前まで軽く言ってくれるなよ。15世紀の王侯貴族の衣装だとか、絵に起こすだなんて考えただけでも眩暈がするんだが。
……とはいえ、何にせよ。所詮は口約束。
こうは言っても、俺にもしもの事があったとして。
その時は、いつか本当にアカネが『リチャード3世』を見てくれれば、俺の事はその程度のクズ男だったと、そう見切りをつけてくれる事だろう。
何せ先の台詞は、グロスター公が散々に貶めた女性を惨々に利用するために口説き落とした時のもの。
それで良いんだ。そんなもので良い。
俺とアカネの関係は、簡単に切ってしまえる程度の物で――
「私、待ってるからね、キミカゲ!」
俺の手を取り直したアカネの髪が、そよ風にたなびいた。
「紙のバレリーナみたいに、ずっと待ってる」
『しっかり者のすずの兵隊』の紙のバレリーナは、そんな風にさらわれるようにして、一本足の鉛の兵隊が投げ込まれた火の中へと落ちてきたというのに。
そうやって、結局アカネは、自分の好きな絵本の話をする。
ああ、もう――やはり縁起でも無い事ばかりいうな、この女は。
敵わない。
俺はもう、饒舌な舞台俳優の真似事は出来なかった。
彼女につられて笑ってしまって、もう、それどころでは無かったのだ。
*
その日の夜の事だった。
ナシロの家に、この街のえらいさんらしい年寄りが、俺に向けた甘言を携えてきたのは。
もしも明日からの戦いで武功を上げれば、正式にこの街の住人として迎え入れると、信じがたい程、甘い言葉を。
そう。軽々しく信じていい話でもないのに。
世の中、そんな上手い話が転がっている筈も無いのに。
俺の、俺達の人生は、これからより良い方向に向かって行くと。
そんな希望を、俺は、俺達は、抱いてしまって。
*
だが残念。
『迷路』を訪れるのはいつだって、英雄を夢見る身の程知らずか、要らない物を捨てに来たろくでなしか、捨てられた方の、人でなしだ。
『迷路』を抜けたところでその人となりが変わる筈も無く、重ねて夢まで見始めた俺に、やはり救いようなど、無かったのに。
*
俺とユニモンが、その他の『選ばれし子供達』が対峙したそのデジモンは、想像を絶するような、正真正銘の化け物だった。
『迷路』で得た『絵本屋』の知識にも無い、異形の怪物。
3年前に暴虐の限りを尽くしたデジモンが、更に進化したのだと、3年前にもかのデジモンと対峙した子供が言っていた。
だがそれ以上に俺の心を揺さぶったのは――選ばれたという、子供達の方で。
こいつらは、一体、何だ?
国に、世界に、戦いを強要された兵隊だとばかり思っていたのに、どうにもそうでは、無いらしい。
彼らは、ただの子供だった。
真っ当に愛してくれる家族が居て、純粋にデジモンを友と呼び、戦場の中でさえ緊張感の無い能天気な振舞いをして見せる、誰にでも--俺のような存在にも――親切で、未来への希望に満ちた瞳の子供達。
そんな、お伽噺の住人みたいな彼らは
ただ、祈るだけで。あるいは応援するだけで。それだけで、デバイスを通じてパスを繋いでいるデジモン達を、簡単に究極体に進化させる事が出来た。
それも、『迷路』で見たような連中とは、比べ物にならないような、強力な個体に。
そんな戦場で
たかだが空を飛べる程度の成熟期が、何の役に立つというのだろう?
本物の『力』を前に、『奇跡』が何の、意味を成す?
「ユニモンッ!!」
だが、俺達は死ぬ気で戦う他無かった。
武功を立てる必要があった。
名声が、名誉が必要だった。
そうしなければ、俺達には帰る場所が無い。
幸い、雨のように降り注ぐ敵の攻撃は、広範囲であるものの味方の多さ故に分散を余儀なくされていて、回避する事自体は可能だった。
選ばれし子供達の力を以ってしても、やはり敵は規格外の怪物らしい。
デジモンの粒子化と子供の散らばったパーツを見た回数は、既に両手では足りなくなっていた。そんな中で俺なんかが未だ生きているのは唯一、俺とユニモンが『迷路』を生き抜いた経験が活かされている点だろう。
ただ、それだけ。
必殺技でさえ、かすり傷すら負わせられない。
ああ、それでも。
「目だ、目を狙いに行く!」
『ホーリーショット』は関節部への攻撃には不向きと言い聞かせるように判断して、天馬を敵の正面へと駆る。
当然危険度は跳ね上がるが、もう他に手段は無い。リスクに見合う効果を期待するしか無かった。
「行けっ、ユニモン!!」
もう何度目かも判らないまま黒い雨の中を掻い潜り、勢いを殺す事無く旋回したユニモンが、『ホーリーショット』を敵の目玉へと炸裂させる。
着弾の瞬間、弾けたデータ片の煙が上がる。
つまり――ダメージが、入ったという事だ。
「続けろ! 片方だけでも潰すんだ!!」
いななきと共に、『ホーリーショット』が連射される。
幽かながら、活路が見出せた。
半分とはいえ視野を潰せば、攻撃の精度は格段に落ちる筈。
手綱を握り締めている手の平が汗ばんだ。
ユニモンが攻撃に集中している分、敵からの攻撃の回避は俺からの信号を頼る形になる。
攻撃が発射される敵の背中を注視しながら、手綱の操作とユニモンの脇腹への合図を繰り返す。
俺の意図に気付いたのか、飛べる味方が何体か加勢に来た。
途中撃ち落とされた奴も居たが、自分達の面倒は、自分達で見るのが、精一杯で。
――やがて、時が来た。
巨大な水風船が潰れるようにして、
弾け飛んだのだ。敵の、翡翠みたいな、深い緑色をした目玉が。
「やった!」
苦しい戦況の中に、『目』に見えた成果。
俺だけでは無い、他の選ばれし子供達からも歓喜の声が上がって
すぐに、潰えた。
「え?」
消し飛んだ目玉の奥から、夕陽のようなオレンジ色の目玉が。いくつも、いくつも。数えきれないくらい無数に。
沸き上がってきたのだ。蕾が開きでもするみたいに。
瞬きの間に、敵の目玉は元通りになって。
当たり前みたいに、ぐるりと世界をねめつけて。
首がぐるんとこちらを剥いて。
かぱっと、大きな、口が開いて。
それで、
光って、
ぱん、と。空気が削れるような音がして。
どうしてだろう。アカネの悲鳴が、聞こえたような気がして。
隣に居た奴らと一緒に、ユニモンの片羽が、消し飛んだ。
「あ――」
痛みに泡を吹きながらも、ユニモンの蹄が宙を掻き、羽の根元をバタつかせるが、片方しか無い翼では飛びようも無い。
世界がくるりと一回転。
俺とユニモンは身体が逆さになって、そのまま天から、突き離された。
どこに、という訳でもないのに、俺は手を伸ばした。
何も掴めない。
何も無い。
何が『奇跡の子』だ。
何が「負けたりなんてしない」だ。
ああ、何も。何も無い。
もう――何も。
……ああ、そういえば。
王になったグロスター公は最期の戦場に赴く前に、貶めた人々の亡霊に、「絶望して死ね」と何度も吐き捨てられるんだっけか。
俺も。
俺に相応しい最期も、そうなのか?
「ごめんなさい」
誰に言ったんだろう。
何に言ったんだろう。
でも、ただ
もう、許してほしくて。
俺は、絶望して死ななきゃいけない程、悪い子だったのか?
……母さん。
大団円保険って何だ……? どうも、夏P(ナッピー)です。
はえー、提示されたノヘモンって種族と今回の下手人が完璧に繋がっていたとは……ヤシャモンという様々な作品で活躍してやられてを繰り返す猛者の勇姿。文字になると淡々と殺しに来るシールズドラモン怖っ! ちゅーか、下手人アンタかい婆さん! そっから推理小説のような種明かしも挟んでいや究極体リヴァイアモンだったんかい!(休む間がない) この辺まで来るとゲイリー片目吹っ飛んでるのを忘れそうになる。
ていうか、回想シーンで片目よりもっと大変なもんが色々千切れ飛んでそうなんですけどおおおおおおお、“敵”の片目潰したら蓮コラ状態で更に目玉とかトラウマになるぜ! ……待てよ? 因果応報ってことは今回(前回)で片目失ったゲイリーも……きえええええええ怖いこと考えてしまった。回想のアカネさんとの一幕に「まるで淡い青春の1Pのようではないですか」とハルヒの古泉顔で微笑してたのになんてことだ。
最終章ということですが、これは確かに大団円保険が欲しくなる。いや無理だろとわかっていても求めてしまうのが人の情。いやでも既に選ばれし子供達数えきれないほど死んでるしな……ともなる罠。
それでは最後までお付き合いしたく思います。
3話終盤のレンコおばあちゃん「モルフォモンの進化だが……昔『迷路』の外で見た、『選ばれし子供』のパートナーの進化の様子に、似ていたように思う。お嬢ちゃんにも、あんまり人に見せびらかすんじゃないよ、って。そう、伝えておいた方がいい(アタシが使うから)」
という訳で、『Everyone wept for Mary』第6話をご覧いただき、誠にありがとうございます。ようやく『デジモンゴーストゲーム』を視聴し始めてここ最近の展開のせいで情緒ぐちゃぐちゃの快晴です。皆さまお元気ですか。ぼくはもうだめです。
今回は最終章前半パートという事で、また昔話を交えた戦闘前の準備期間でしたが、いかがでしたでしょうか。
このお話に使うために久々に本棚から『リチャード3世』を引っ張り出してきたのですが、そのせいかいつにもましてやりたい放題していたような……普段通りでもあるような……。
あ、クソみたいな使い方ばかりしてはいますが、『リチャード3世』自体は下種クズ野郎を書く時に大変重宝する名作なので、興味が湧きましたら是非手に取って読んでいただきたく。名言を調べるだけでも、結構楽しいですよ!
……まあ与太話はこのくらいにしまして。
ゲイリー・ストゥーの物語は、このまま一気に終焉へと向かって行きます。彼も可哀想な男ではありましたが、本人が前話で述べていた通り、自業自得の因果応報。遅かれ早かれ、といった感じです。
そんな中で、彼なりに『物語』にどう決着をつけるのか?
リンドウちゃんはどうなるのか?
メアリー・スーの目的とは?
ルルとの約束とは?
アカネはどうして娘を『迷路』に送ったのか?
そもそも『迷路』とは何なのか?
オグドモンって?
昔暴れたデジモンって?
Etc.etc.etc.……。
……今からでも入れる大団円保険があるんですか?
次回、『Everyone wept for Mary』第7話。
どうかお付き合いいただければ、幸いです。
以下、感想返信となります。
パラレル様
今回も感想をありがとうございます!
ゲイリーとネガのやり取りは書いていて楽しかったですね。クソ野郎にはクソ野郎をぶつけるんだよ理論で本作は成り立っております。
前回のあとがきで触れた通り、敵デジモンの選出にはかなり苦労したのですが、基本的に高潔なイメージの有るバンチョー種をどうやって薬中の手元に置こうかと考えた時に、「弱い者の味方」をこういった形で解釈するのが一番しっくりくるかなと思いまして。
前々から使いたいなと思っていたデジモンではあっりましたし、戦闘シーンもミタマモンで考えていた時よりもネガくんちゃんとサンティラモンを活躍させられて、自分も満足です。……いやまあ、その結果がたのしいハンバーガー屋さんなんですけど……。
それからバーガモンとリョナラーのコンビはずっと書きたかったので、とても満足です。ゲイリーが去った後も、彼らは楽しい時間を過ごした物と思われます。
ゲイリーが引っかかった罠は、某王になれゲーで褪せ人に不意打ちをかますための手法に関する記事を読んだので、それを参考にしました。
彼もそこそこ場数を踏んでいるので、1回目の不意打ちには対処できたのですが……。
ゲイリーの結末に関しましては、もう少しだけ、お付き合い頂けると幸いです。
改めて、感想をありがとうございました!
夏P(ナッピー)様
この度も感想をありがとうございます!
死亡フラグ、急に死んじゃったらびっくりするかと思いまして……。
『レンタルビデオ』ことネガくんちゃんのキャラは、バーガモンの図鑑説明を見た時からおおよそ決まっていたので、ようやく書けて満足です。
つまり私の趣味です。良いでしょう(ドヤ顔)。
当初はミタマモンを予定していたんですが、バンチョーリリモンにしたお蔭で色んな部分がスムーズに進んだのは本当ですね。
一応、バーガモンくんは良い肉ならなんでもいいし、ネガくんちゃんは女の子以外も好きです。強いて言うなら女の子は愛したい。男の子には恋をしたいタイプですね。彼。
だってばいんばいんじゃないですか!!(開き直り)
日本人は三蔵法師を一体何だと思ってるんだ……。ちなみにゲイリーは言う程胸の大きさにこだわりがあるタイプではないです。極端なのはちょっと、と思っているだけで。
それからサンゾモンの能力、私も他の方の作品で見るまではそこまで注目していなかったのですが、あれはあれで結構応用が効くものだなと、今ではすっかり気に入っています。メアリーの進化形態はそれぞれ出来る事がバラバラなので、その点もお気に入り。
だって急に死んじゃったらびっくりするかと思いまして(2回目)
マンモンもけして単体で弱いデジモンでは無いのですが、やはり頭脳となるゲイリーが居ないと厳しい戦いだったのでしょう……。
彼らの行く末については、もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。
改めて、感想をありがとうございました!
「……ゲイリー? 何だい? どうしたんだい、その怪我は」
ゴミとして投げ出された先で、あくまでいつも通り、気さくに声をかけたその相手は、俺の姿を見るなり大きく片目を見開いた。
「ああ、これか? 博識キャラが祟って知恵の対価を後払い請求されたらしい。北欧の主神とお揃いで、泉に目玉を投げ込む羽目になったのさ」
「相変わらずワケのわからない事を。……まあいい。大事無いみたいだから、詳しい話は聞かないよ。何の用で、ここに来たのか。それだけ答えな」
「お揃いだってのにツレないね。詳しい話は言わねエさ。アンタが一番、よく解ってるだろうから」
「……」
『彼女』は息を吐く。
相も変わらず、老いてなお。こういう仕草が、様になるいい女だ。
ついでにとても良い根性をしてやがる。童話にしてやりたいぐらい、お手本のような業突く張りの、クソババアだ。
「お互い白々しい真似はこのくらいにしとこうぜ……レンコ婆さん」
「アンタはさぁ」
俺の発言を無視するように、レンコは白髪頭を抱える。
「『選ばれし子供』にどれだけの価値があるか、解ってるのかい?」
「そりゃもう。ちょいと胸の前で腕を組むだけで、成長期デジモンが瞬く間に究極体だ。これほど魅力的な戦力、バアさんが放っておけるワケがねえよな」
「そうさ。アンタみたいなちんけな薬の売人とは、比べられない程の価値がある」
違いない、と俺は軽薄に笑って見せる。
反対に、レンコは苛立たし気に首を横に振った。
「そうは言っても、役に立たない訳じゃ無い。だから、一旦は見逃してやったのに。……アンタはもっと賢い男だと思ってたよ、ゲイリー」
「おいおい、人の顔にお揃いの印まで付けておいて、そりゃないぜレンコ婆さん。才ある者の発想は往々にして凡人には理解しがたいだけで、俺は『迷路』の救いの手。何でも知ってる、絵本屋だぜ」
例えば、とレンコを指さして、にこやかな表情を崩さないまま俺は続ける。
「アンタの目論見は、デジモンを従えた人間の軍隊を『外』で運用する事だろう? 『あの』デジモンの登場以来、文字通り地に落ちた人間側の防衛機構、その復権。……『D‐ブリガード』、だったか? デジタルワールドの特殊部隊に属するデジモンまで手懐けてあるのは流石に用意周到だが、まあ、極秘ミッション専門の部隊なんざ、当然知名度低いからな。民草の心を掴むには、もうひと押し足りない」
レンコは俺の長台詞に水を差さなかった。むしろ続きを促すように、顎をくい、と動かして見せる。
「つまるところ、欲しいのは解り易い象徴だ。それとも類が友を呼ぶのを狙ってるのかね? お前達より幼い子供が戦っていると。お前達と同じ、選ばれし子供が戦っていると。バカにも解るやさしいプロパガンダに、……俺の娘を、使いたいんだろう?」
「言うだけはあるね。概ね正解だよ」
ただ、と。歳よりらしからぬ艶やかさで目を細めたレンコが、威圧的な軍人らしく胸元で腕を組む。
「2つ程訂正させてもらうよ。……シールズドラモンは、アタシの同士さ。とはいっても、元は殺し合った仲だけどね。『D-ブリガード』の当時の任務は、人間の世界の制圧でね。昔は国も、アタシ達兵士も。デジモン相手だろうが、それなりには上手くやってたんだよ」
それを、『あの化け物』が滅茶苦茶にしてしまった。
そう続けるレンコの隻眼に、幽かながら、燃え上がるような影がちらつく。
「アタシ達の神聖な戦場に、『アイツ』は降って湧いたのさ。ウチはアタシを、『D-ブリガード』はシールズドラモンを残して、部隊は全滅。その後2人っきりで、停戦協定を結んだのさ。もっと殺すべき相手を殺せるような、規律ある軍隊を創ろう。……てね」
「なるほど、感動巨編になりそうだ。『外』に出れたら映画にしてもらえよ。「今年の夏は、みんなでD泣き」とかキャッチコピー付けて。きっとそっちのがいい宣伝になるぜ」
「茶化すんじゃないよ。……ま、そういう訳だから、シールズドラモンを従僕みたいに言うのは止しとくれ」
「へいへい、胸に留めときますよ、っと」
俺の生返事に、レンコは眉ひとつ動かさない。
いつもなら、寄ってきて足でも踏まれる筈なのだが。
「それで?」
まあわざわざ踏んでくれと頼むような趣味は無い。
促すのは、先のレンコ同様話の続きだ。
「2つって言ったろ。もう1つは?」
「リンドウは、アンタの娘じゃないだろう」
レンコが言い終えるや否や、俺の首は跳ねられた。
それはもう、綺麗に、すぱーんと。
一拍遅れて噴き出した返り血を浴びる事無く、下手人ならぬ下手デジモンはその場から退き、レンコの隣に降り立つ。
ごろん、と首が転がり落ちたのと、胴が地面に倒れ伏したのは、ほとんど同時だった。
「全く、酷いよな」
所感を口にすると、さしものレンコもぎょっと目を見開いた。
シールズドラモンが何を考えているかはさっぱりだが、とりあえず、人の首を斬ったナイフは構えられたままだった。
「メアリーの奴、俺の長話を苦行認定してやがるときた。時間稼ぎにゃ便利だが、坊主の無駄に長い読経と同じにされちゃア俺も気分が悪い。心外だよ」
モルフォモンを小脇に抱えて、『迷路』の壁の上--本物の俺の隣に戻って来たサンゾモン姿のメアリーが、『胡蝶夢経』の読経を止める。
幻覚が消えてレンコ達の前に転がっていたのは、モルフォモンの「世話」を任されていたらしいヤシャモンの首だ。
それもメアリーが手の平に乗せたデジコアに、リンゴか何かであるかのように齧り付くなり、呆気なく消滅する。
「あーあー。ようやく引いた「当たり」だったのに」
困った奴だね、とこちらに一瞥をくれたレンコが肩を竦める。
デジメンタル、だったか。デジモンを特定の属性に進化させられるアイテムだと聞いている。複製して、片っ端からゴブリモン達に試したのかもしれない。
ヤシャモンは確か、洗脳の必殺技を持っていた筈だ。リンドウが言う事を聞かなければ、使うつもりだったのだろう。
でもって、ヤシャモンとノヘモンは、同じデジメンタルで進化させられるデジモンだった筈。
失敗作を、ついでのように差し向けられたってか。益々面白くない話だ。
……メアリーの腕の中に居るモルフォモンを見やる。
抵抗したのか、相当に痛めつけられたのだろう。生きてはいるが、全身傷や痣だらけで、羽の先もかなり欠けている。
未だに零れ続ける鱗粉も、途中から、深い青から店で見た色へと変色していて。
「リンドウはどこだ」
「安心しな。やっと見つけた、大事な選ばれし子供だ」
レンコは俺に見せつけるように、デバイスを掲げた。
……よくもまあ、そんな狭い所に閉じ込めておいて、いけしゃあしゃあと。
「さ、モルフォモンも返しとくれ。この子のパートナーなんだろう?」
「ここまでしておいて、リンドウにどう言い訳するつもりだ?」
「そりゃ、「お嬢ちゃんが悪者に襲われてたから、助けてあげた」とか、そんなところかね。……お父さんと愉快な仲間達はダメだったって、きちんと言い聞かせておくから」
「おう、そうかい。じゃ、ちょいとばかり残念なお知らせだレンコ婆さん。……リンドウは、デジモンの言葉か解るらしいぜ」
「ああそうかい。だったら、そいつももういらないよ」
レンコが片手を上げる。
それだけの合図で、わらわらと。
あちこちに隠れ潜んでいた、ゴブリモンがほとんどのデジモンの軍勢が、俺達のいる壁を包囲し始めた。
「そうそう」
俺も自分のデバイスを取り出す。
「そういう解りやすいのでいいんだよ。なんだかんだ言ったが、結局、最終的に『迷路』でのやり方はシンプルだ」
マンモンをリアライズさせる。
広い足場を選んだつもりだが、象の巨体には少しばかり、狭そうだ。
間抜けが転がり落ちる前に、さっさと仕上げに、とりかかろう。
「本日この瞬間を以って、アンタとは絶交だ。殺し合おうぜ、レンコ婆さん。お伽噺のクソババアみたいに、汚ェ意地に塗れて死に腐れ」
「よくもまあ、どうあっても口だけは回るねゲイリー・ストゥー。目玉をほじくるんじゃなくて、口を縫い付けてやるべきだった。アタシは最初から、アンタみたいなクソガキなんて大嫌いだよ」
お互いのデバイスが光り輝く。
かつて見た『選ばれし子供達』のものに比べれば、蛍の光窓の雪より心許ない明かりだが、形だけは、同じように。
デバイスで繋がったパートナーは、その光に応える。
「マンモン--」
「シールズドラモン--」
「--進化!!」
「--ワープ進化!!」
メアリーがモルフォモンを連れたまま、その場から跳び退いた。巻き込まれては、流石のアイツも敵わないのだろう。
レンコが早速究極体のカードを切って来たのは意外だったが、確認している暇はない。
僅かばかりでも油断を誘えなかったのは残念だが、まあ、致し方あるまい。
……俺の掲げている方のデバイスから放たれた光が、二振りの剣を形作る。
巨大な片刃の大鉈と、そいつと比べれば随分と小さな諸刃の剣だ。
次の瞬間、両の剣の切っ先がマンモンを貫く。
刹那、分解されたマンモンの、ただでさえデカい図体が――その何十倍にも、膨れ上がった。
ゴブリモン共が真下でたむろしているのは都合がいい。このまま圧し潰れて死ぬだろう。
巨体を支えきれずに、『迷路』の壁が崩れる。ここの隣も、そのまた隣も。結構な先まで、単純な質量が、目に映る全てを、破壊する。
当然のように宙に投げ出された俺は
見上げた頭上で、十数年ぶりに。
空色の円冠を、マンモンだったモノが戴くのを眺めた。
「「ともなれば、心に決めたぞ」」
デバイスに設定していた最後のロックを外すために、高らかに謳い上げる。
かつての名前。嫌われ者の悪い王。その始まりとなる、決まり文句を。
「「俺は悪党となって、この世の中の虚しい楽しみを憎んでやる」」
マンモンのデータと同化していく冠の行方を追うように、身体を捻って半回転して、今度は見下ろす羽目になった俺のパートナーは--既に、醜い怪物の姿に成り果てていて。
アイツの象の姿なんて大嫌いだったが。コレは、やはり、見るに堪えない。
見た目云々の話よりも。膨れ上がった俺の内面を、突き付けられているも同然故に。
「リヴァイアモン」
大いなる悪魔獣。嫉妬の魔王。
マンモンが――否、俺自身が「分け与えられた」罪の化身が、『迷路』に顕現する。
懐かしい色をした大鰐が、首をもたげて、身体の半分近くある口を開く。
まるで、泣き叫んでいるかのようだった。
……パートナーだ。リンドウが教えてくれなくたって、それくらいは、知っている。
「かなしい」と。コイツがずっと、言っていた事くらいは。
俺を見ながら、言っていた事くらいは。
落ちていく俺を抱きとめるように、暗がりが俺の身体を包み込んだ。
呑み込んだのだ。開いた口で受け止めた俺を、リヴァイアモンが。
自分の口内では、いい加減血が滲み始めたらしい。鉄の味が広がっていた。
まあ、ここまで来たら後は仕上げを残すのみ。だからもう少しくらいは、持ってくれ。
どうせ『メアリー・スー』の物語は、閉じる時には呆気なく、ただただありきたりに、幕を下ろすのだから。
「……リー……イリー、ゲイリー、ゲイリーくんってば!」
「ん……っ」
「起きた!? 起きたよねコレ!! ゲイリー、ハイこれ見て、解る? あたしの指! 何本立ててるか見える?」
「まな板の上の鯉……」
「なんだ、ゲイリー思ったより元気そうじゃん。おはよ」
「……」
内容はほとんど頭に入ってこなかったが、女かんの高い声は、割れ鐘を叩くように痛む頭にさえ良く響いた。
それはまるで、虫の這うカサカサという音が、必要以上に耳に届くのと、似たような話で。
加えて寝かされている位置のせいか、朦朧とする視界の中、それも片目だけでも、俺を覗き込む彼女の顔は、はっきりと見えた。
なんたって、遮るものは何も無いからな。
「ルル。なんで、うちの店に」
頬の上で血が固まっているのか、動かすとぱりぱりと嫌な感触が皮膚を引っ張って、不愉快だった。
……とはいえ、ルルに膝枕で寝かされているという現実味の無い状況に比べれば、多少目を瞑れるものではあったが。
まあ、無いんだけどな。目。片方。
ついでに刺さっていた筈の矢も無いらしいので、多分、一緒に引き抜かれたのだろう。
ルルは答えを口に出さず、俺の視界が欠けている方をちょいちょいと指差した。
嫌がらせか。
なんとか無事な右目を動かすと、白い法衣の裾が、辛うじて目に映る。
嗚呼、なるほど。
ルルの嫌がらせと言うより、単純にアイツが見せたくないんだな。
目の前の、手ごろに嬲れる獲物に夢中なあまり、隠れ潜んだもう一方を見逃すという失態をやらかした上に、その尻拭いに大嫌いな女を頼るしか無かったメアリー・スーが、自分の顔を。
「お前のような僧侶がいるかバディのメアリー・スーが1体であたしの商売先に来たからびっくりしちゃったよ。しかも渋々ついて行ったらドアの向こうは趣味の悪い逆さ吊り人形と顔面血だらけのゲイリーくんときた。なにこれ。何プレイ? 『レンタルビデオ』くんちゃんと今度こそ意気投合したの?」
「……節穴なら分けてくれ、その目玉。っていうか、怪我人にいちいちツッコませるような真似するんじゃねェ」
「ゲイリーが勝手にやってるんでしょーもぉ。っていうか」
半身を起こそうとする俺を、やんわりとルルが制した。
「死にたくないなら、動かないで」
「……アクション映画以外で聞くとは思わなかったよ、ンな台詞」
「これはそこそこ真面目な話。……毒、塗ってあったから。動くと余計に広がるよ」
「……」
まあ、そんなこったろうとは思ったが。
俺はルルの忠告を受け入れる事無く、両腕で床を押した。
「ちょ、ゲイリー!」
立ち上がろうとするだけで世界がぐにゃぐにゃと歪んで見えて吐き気がしたが、それでも身体はどうにか動いた。
そして失った平衡感覚と元から機能していない光度調節機能のせいで狂った視界の中でも、見慣れたデカブツはひと際目立つ。
光の矢はルルがどうにかしたのか、見当たらない。行幸だった。サングラス無しじゃまともに目も開けなかっただろうからな。
酔っ払いみたいなおぼつかない足で歩み寄って
大きく、息を吸い込んだ。
「こンの」
横たわるマンモンの脇腹の前で、俺は片足を大きく持ち上げた。
「役立たずがッ!!!!」
力いっぱい、蹴りつける。
自分の中で、ぶちぶちと何かが千切れるような音が聞こえた気がした。
構わず、俺はマンモンを蹴り続ける。
「留守番も! 碌にできねェのか!? リンドウを看てろっつっただろ!! 傍観してろって意味じゃねェ面倒を看ろつったんだこのボケ!! そんなコトもわかんねえのか、ああん!? 図体だけのこけおどしで俺を苛立たせるのも大概にしろこのクズ!! ゴミ!! 無能の木偶の棒がよぉっ!?」
言葉と一緒に、喉からごぽりと何かがせり上がる。
不意を打たれるみたいに咳き込んで、吐き出した。
マンモンの毛皮に、赤い染みが広がる。
塗り潰すみたいに、誤魔化すみたいに唾を吐きかけて、もう一度、足を持ち上げようとして
……よろめいた俺を支えるみたいに、マンモンが、俺の身体に長い鼻を伸ばして、添えた。
「そんな……」
拳を叩きつける。
……叩きつけたつもりだったが、大した衝撃も起こせずに、象の鼻の表面を撫でてずり落ちていっただけだった。
「余計な、事を、してる暇があったら」
「おーい。ゲイリー」
「千里眼の情報を、デバイスに送れ」
「ゲイリーくんってばー」
「さっさとしろよ、このうすのろが……」
「ゲイリー」
昔馴染みの腐れ縁は、ひどく静かに、俺の今の名前を呼んだ。
「もう、いいでしょ」
「……」
「リンドウちゃん、ゲイリーの子じゃないんでしょ? もう、いいじゃん」
「……あの子は」
「何年付き合いがあると思ってるの? 知ってるよ。あんたが子供なんてつくれない歳から『迷路』に居る正真正銘・純正の童貞野郎だって事も……クソ野郎なりに、こんなところで子供をつくる程、無責任な男じゃないって事も」
本当に嫌になる。
確かにルルとは、コイツの胸の薄さを年相応だと主張できる頃からの付き合いだが――だからと言って、人の内面まで解った気になられるのは、癪に障るのだが。
なのに、マンモン相手に声を振り絞り過ぎたせいか、漏れ出るのはぜいぜいと、肩を上下させて吐き出す息が精一杯で。
手を出さなかったのは、お前に色気が無いだけだ。とか、言ってやりたい事は、何かとあるモンなんだがな。
「家族ごっこは楽しかった? ゲイリー、一丁前にそういうの、好きそうだもんね。自分が出来なかった事をするのは、人にしてあげるのは、気分が良かったんじゃない?」
「……」
「でも、前々から言ってるけど、ゲイリーくんのそう言うところ、見ててイタいんだよね」
「……」
「せめて、どっちかにしなよ」
いつの間にか隣に寄って来たルルが、マンモンと代わるようにして、俺の背中に手を回し、支えてくる。
「粗悪な『メアリー・スー』の作者か、安っぽいホームドラマの大根役者か。……あたしとしては後者の方が多少は見れたものだったけど、命懸けでやるには、向いてないよ」
「……言えてるな」
そうなんだよな。
リンドウは、恐らく殺されてはいない。
絵本屋としての俺を脅したいだけなら、あんな人形より本物のリンドウの死体を吊るしておいた方がよほど効果がある。わざわざ死体を運び去るメリットがあるとは思えない。
十中八九、彼女の『力』を狙っての事だ。
悪いようにはされないだろう。ひょっとすると、むしろ俺の元にいるよりマシな暮らしが出来るかもしれない。
「『メアリー・スー』を続けるなら、なんとかしてあげる。不本意だけど、あたしも一枚噛んでるからさ。……多分、毒、治療できると思う。それなりに長い間、大人しくしてもらう事になるけどね。……その間に、リンドウちゃんは、マンモンの千里眼を使ってもゲイリーの手の届かないところに行っちゃうだろうけど」
そして、襲撃者が俺とマンモンを、確実に殺さなかったのは。
見極めているのだ。ルルが今問いかけてきているように、どちらを選ぶか。
青髭公に秘密の部屋の鍵を渡された7番目の妃のように、今まで通り従順な隣人で在り続けるか--鍵を開いた先にある、いらぬ秘密に首を突っ込むか。
賢い選択肢は、解っているし。
ルルの言うところの「家族ごっこ」にしたって、ほんの僅かな期間の話だ。
最初は恋しがってくれるかもしれないが――どうせ、じきに慣れる。
俺はそういう子供を、よく知っている。
「……」
腰を下ろした俺は、そっと人差し指で床を撫でた。
未だに鮮烈な痛みに掻き消されそうではあったが、幽かにぴりりと、痺れるような刺激が走る。
眼前に持ってきた指先には、茜色の鱗粉が付着していた。
俺はその指で服のポケットからデバイスを取り出した。
更にその中から、一冊の『絵本』を。
『しっかり者のすずの兵隊』を、腕の中に落とす。
力を振り絞って、勢い良く開く。
半ば顔を埋めるようにして、むせかえりそうになりながらも、飛び散った粉を出来得る限り、余す事無く肺へと取り込んだ。
粉を吸い込むごとに、徐々に痛みが解らなくなっていく。
失った左目はどうしようもないが、痛覚の警鐘が止んだ故か、見える景色も、見慣れたものへ。
メアリーと俺の、『絵本』のお店。
これできっと、見納めだ。
「よう、ルル。多少粉吸ったかもしれねぇが安心しろ。ただの痛み止め兼アドレナリン剤だ。自分用に調合させたから、お前には効果も副作用も無い筈だ」
多分、と保険として付け加えると、ルルは呆れたように眉をひそめた。
「……行っちゃうんだ」
「おおっと、勘違いしてくれるなよ。俺の役目はメアリー・スーの影。古今東西のお伽噺において大概の場合不甲斐ない役目を背負わされる父親の演目なんてまっぴらごめんだね」
立ち上がる。もう、ふらつきはしなかった。
ガタが来るのは時間の問題だろうが、であればなおの事、急がねばなるまい。
「綺麗に運んだ素敵な話を、台無しになるまで引っ掻き回すのが俺達の『物語』だ。……そうだろ、メアリー」
顔を上げれば、サンゾモンのままのメアリーは、苦虫を噛み潰したかのように険しい顔。
どうせ口直しするんだろうから、このくらいは勘弁してほしいものだ。
俺は改めて、ルルの方へと向き直る。
急ぐとはいえ、言っておくべき事はあった。
「まあ、謝るは謝るさ。お前との約束も、台無しにしていく訳だから」
「何さ。別に、気にしないよそのくらい。台無しになる程の器も無いでしょ。ゲイリーくんってば、いつだってサイテーのクソ野郎なんだし」
「言ってくれるなクソ女。……詫びに、と言っちゃア何だが、奥の部屋から、好きな『絵本』を好きなだけ、在庫処分だ。くれてやるよ。……ああ、本棚に入ってる奴は至って普通の絵本だ。リンドウのだから、触るなよ」
「……ねえ、仮に、リンドウちゃんを取り戻したとしてさ」
「うん?」
「どうするつもり? ゲイリーが居なくなったら、あの子、『迷路』にひとりぼっちだよ?」
「……」
「あたし達と、一緒でさ」
そっちの方こそ、似合いもしないそんな顔するんじゃねぇよと、俺は鼻で笑う。
「だったらなおの事、お前も知ってるだろうがよ」
突き放す手と、冷たい瞳の恐ろしさを。
伸ばした手が、どこにも届かない惨めさを。
「別れる間際にゃ、せめて手を握ってやるものさ。……俺は、そうして欲しかった」
そうしてくれた人が居たのに。
俺から放して、置いて来た。
先延ばしにしていた因果が巡って来たのだと言うのなら。
今から始まるのは、そのやり直しで。
「あっそ」
対して、ルルの態度は打って変わって平常運転。情も胸元も軽くて薄い行商人は、既に俺から視線を逸らして、自分のデバイスを覗き込んでいた。
「もはやゲイリーっていうよりワナビーだよね。君の願望なんて知ったこっちゃないから、好きにすれば?」
「お前本当に酷い奴だな。そっちが引き留めてきたクセに」
「馴染のよしみで忠告してあげたんだけどね。でも、意味無いみたいだから、やーめた」
ゴキモーン! と。
彼女は、パートナーを召喚する。
デバイスから茶色い翅が飛び出すなり、メアリーのわざとらしい舌打ちが響き渡った。
「ま、それでリンドウちゃん奪還が間に合わなくなったら寝覚めが悪いから、近くまで送ってあげる」
「ここにきてゴミ扱いかよ」
「ずっとゴミだと思ってるよ。ほら、早く目的地。出して」
メアリーを倣って舌打ちしてから、俺はマンモンの方を見やる。
「行くぞ、マンモン。……さっさとしろ」
マンモンの身体が光に代わり、デバイスの画面へと呑み込まれて行く。
そのまま俺のアドレスを介して、千里眼で探ったリンドウの位置情報が、ルルの元へと送信された。
「ほら、メアリー。お前も機嫌直せって」
「……」
「いいもん、食わせてやるからよ」
しかめ面を正さないまま、しかしメアリーは首元の巻物を少し下ろして口元を露出させる。
ずるり、と赤い舌が唇を這った。
器用な顔面の使い方しやがって。……正直者だよ、お前は。本当に。
「じゃあね、ゲイリー」
準備が整ったらしい。
ゴキモンの背後で、ルルは俺に背を向けていた。
「おう、じゃあな、ルル」
デバイスから予備のサングラスを取り出して、装着する。
覗けない事も無いだろうが、多少は眼窩を隠せるだろう。これにてめでたく、『スー&ストゥーのお店』は営業再開。……今日は早めに閉める予定だったのに、どうしてこうなっちまったんだか。
ゴキモンが宙に前脚を伸ばす。
俺とメアリーの足元に、穴が開いた。
ゴキモンの必殺技。指定した座標にゴミを降らせる『ドリームダスト』だ。
「……ばいばい」
白兎を追いかけたアリスみたいに落ちていく最中だ。
きっと、聞き間違いだろう。
もう一度、ルルが俺に別れを告げた気がしたのは。