つくづく思うが、マシーン型というヤツらは、喰い辛くていけない。
単純な硬さはもちろんのこと、毒・催眠・幻術。この俺の使いうる搦め手を悉く無効化しやがるというのもいただけない。
だからと言って、究極体の地力でゴリ押す、というもの、なかなかどうして、俺の美学に反するモノで。
あるいは、仮にも『娘』が知恵を絞って狡猾なレンタルビデオ屋から勝利をもぎ取ったというのに、俺がそんな体たらくでは合わせる顔が無いと、余計な矜持が働いたか。
あんな阿呆と長年組んでいた弊害である。
アイツに仕込まれたジャイアントキリングという下ごしらえの方法は、喰らう獲物をより甘美に仕立て上げてくれるのだから。
どうせ喰らうなら、美味しく食べたい。
「……なんて、今度はあの変態どもの趣味嗜好が感染したかァ?」
問いかけた所で目の前のからくりは答えない。ただ伸縮自在の腕を伸ばして、対峙者の始末を試みるだけだ。
機械系デジモンの最もオーソドックスな対処法といえば、操縦者の殺害になるワケなのだが。生憎主の首がナイフで穿たれた程度で止まる手合いではないらしい。
……そういや、知性の無いカブテリモン種も、コイツと同じ名を冠すると途端に騎士道精神とやらが芽生えると言うハナシだ。
アトラーの名には、不思議な力があるのかもしれない。是非ともあやかりたいところだ。
「エメラルドの都で魔法使いに、絹の袋でももらったのかい? お前を切り開いたらどれだけの量のおがくずが飛び出すか、俺がこの眼で確かめてやるよ」
俺は目の前のデジモン――アトラーバリスタモンに、挑発がてらパートナーの血に塗れたナイフを突き付ける。
アトラーバリスタモンは、当然のように顔色ひとつ変えやしなかった。……騎士気取りの類かと思いきや、とんだ薄情者ときたもんだ。
とはいえ、青と赤を基調としたカラーリングは子供の玩具を想起させるには充分な程に安っぽかったが、コイツが簡単に刃物が通らない、文字通り「鋼の肉体」の持ち主である事は理解している。
鉛の兵隊に成り損ねた男と違って、ブリキの木こりには蜂の針すら刺さらないのだ。
挑発に乗る手合いでも無し。つくづく、やりにくい相手だ。
パートナーは、人間--ゲイリー・ストゥーの姿のまま歩み寄って来たこの俺に、まんまと油断してこのザマだというのにな。
と、俺に嘆息する暇も与えず、アトラーバリスタモンは分厚い装甲を纏った腕を打ち鳴らす。
途端、拳の合間から稲妻が迸り、それは瞬きの間に蒼雷の球体を成した。
『プラズマクラック』。
もう片方の必殺技『ロケットバンカー』では、中身がピーターモンと化している俺を捉えきれないと判断し、レンジの広い遠距離攻撃に切り替えたのだろう。
なかなかどうして、クレバーな奴だ。なおの事パートナーの頭の弱さが惜しまれる。
俺は『迷路』の壁を蹴ってさらに上空へと飛び上がった。
こうして初撃は躱したが、『プラズマクラック』に必要な動作は拳の打ち合わせのみときている。最低限の動きで新たな雷の弾が生成され、数珠繋がりになった稲妻が、蛇のようにのたうち回りながら俺の飛ぶ軌道を追ってくる。
「『トゥインクルシュート』」
雷を引き寄せてはたまらないと、俺はナイフを投げ捨てた。
まあ捨てた、とは言っても、ピーターモンのナイフは一度投げれば相手を執拗に追尾する。
ナイフはアトラーバリスタモンの関節部分を狙って、俺よりも無茶苦茶な軌道で飛び回るのだった。
ただ――案の定。
刃は、アトラーバリスタモンの装甲に弾かれるばかりで。
隙間自体はある。だが、弱点をわざわざさらけ出すようなお粗末な設計はしていない。
肩、腕、足の付け根。さながら鎧武者のように防護パーツを施されたボディにナイフを差し込むには、オート操縦の『トゥインクルシュート』ではなく、俺自身が『スナイプスティング』の剣捌きで対応する必要があるだろう。
だが、アトラーバリスタモンの真価が最も発揮されるのは接近戦。
振るえば怪力無双と名高い剛腕に、胸のスピーカーからは、『迷路』の壁くらいなら余裕で粉砕する重低音。
割に合わないリスクを背負ってリターンを求める程、俺の精神はロックンロールしちゃいないのだ。
「そうかそうか、つまり君はそんなやつだったんだな」
もちろんこのゲイリー・ストゥーに昆虫採集に夢中になった少年の日の思い出など存在しないのだが、アトラーバリスタモンのモデルになった虫がガキどもの憧れの的である事は、『絵本屋』由来の知識経由で、知っている。
コイツが自分の能力をどんな風に扱うか、今日また良く見せてもらった訳だしな。
その上で、やはりコイツは獲物として申し分ないと判断した。
掠め取って、ぐしゃぐしゃに潰して、オレサマの腹の中へ詰めてやる。
丁度良い、頃合いだ。
「止まれ、アトラーバリスタモン」
無機質な命令が投げかけれるや否や、アトラーバリスタモンがぴたりと動きを止める。
最後に放たれた『プラズマクラック』が『迷路』の壁を巻き込みながら派手に爆ぜたのを見届けてから、俺はゆうゆうと、制止したアトラーバリスタモンの前へと降り立った。
感情の読めない丸い目玉に呆然とした表情という空想を押し付けて、オレはアトラーバリスタモンの眼前にまで、声の主を誘導する。
単純に使っているクラモンの量が少ないためか、俺に比べて覚束ない足取りで、それこそB級ホラーのゾンビのようにこちらへ歩いてきた男こそ、アトラーバリスタモンのパートナー--つまるところ、アトラーバリスタモンというマシーンに対して、絶対の命令権を持つ存在である。
「アトラーバリスタモン」
中途半端に裂いた首から入り込ませたオレサマの分け身が、青白い男の頬を伸縮させて、言葉を発させる。
パートナーの名と共に唇の端と首筋から赤い体液がだらだらと零れたが、台詞を塞ぐほどでは無い。
「自壊しろ」
「人型のアーマゲモン」という現在の俺の形態は、俺自身の狩りをいたく楽にしてくれた。
人間の姿は基本的には相手の油断を誘えるし(まあいかんせんこのガワは悪名高き絵本屋のモノなので、通用する相手は割と限られるのだが)、分離させたクラモンで先に始末した人間を操るなんて芸当も可能ときている。
「「安らかに眠った」相手を操る技だ。『ミッドナイトファンタジア』の範疇ってコトでいいだろう」
ぼこぼこと自分を殴りつける怪力が、アトラーバリスタモンの装甲を滅茶苦茶に歪ませていく音をBGMに、俺は眼帯を外して、左の眼窩に役目を終えたクラモン達を収納する。
そうこうしている内に、ついにアトラーバリスタモンのスピーカーを兼ねた胸が張り裂け、おがくずが飛び出す代わりに、千切れたワイヤーフレームと、その向こうにデジモンにとっての心の臓、デジコアが燦然と光り輝くサマが覗く。
「よう。これからは仲良くやろうぜ兄弟」
俺とお前は、お友達だ。と。
『アイツ』を真似て、心にもない台詞を囁いて。
俺は再びナイフを手にして、アトラーバリスタモンのデジコアを穿つのだった。
この俺にさえ攻めあぐねさせた装甲はノイズと共に掻き消え、悠々と引き寄せる事に成功したデジコアに、俺はようやく歯を立てる。
ナイフを串代わりにして喰らうデジコアの味は、まあ、無味無臭なのだが。風情自体はある。悪い気分では無い。
リリスモンに比べれば、アトラーバリスタモンなど大した価値のある食事ではない。が、メインディッシュは小洒落たオードブルがあってこそ映えるもの。
近々会い見えるであろう、魔王にも匹敵する獲物の事を思えば、皿の端の彩りとしては及第点といったところだろう。
事は、何もかもが順調に、運んでいた。
*
「そう、何もかもが順調なのさ。全く、笑いが止まらねェよ。ゴブリモンの軍隊は壊滅して久しく、新進気鋭の『レンタルビデオ』もこの度陥落。『迷路』はもはや絵本屋の天下だ」
いいや、正確には俺とお前の天下か? と、対面座席に腰かけるその女に下卑た笑みを投げかけると、彼女はうんざりしたような眼差しを俺に返して見せた。
「呆れた。娘の手柄まで自分のものだと勘違いしてるんだ、メアリー。そんなおめでたい思考回路してるから、2回も『選ばれし子供』に足元掬われたんだよ。で、「2度ある事は3度ある」ってことわざは知ってる? 祝辞代わりに贈っておくね」
「はっ、相変わらず歯に衣着せぬ物言いだなルル。飾り気が無いのは胸元だけにしてほしいもんだ。酒を不味くする天才だぜテメェはよォ」
あと、その名前で呼ぶんじゃねぇと付け足しながら、俺は『迷路』の行商人・ルルから買い取った酒を手元のグラスに注いで煽る。
一部のデジモンにも好む者がいるという話だが、ニンゲンのように酩酊する機能があるでもなし。酒の良さなど正直さっぱり解らない。
ただ、ゲイリーがついぞ飲み損ねた「勝利の美酒」という概念を愛でるために、傾けているだけの酒に過ぎない。
「第一リンドウの手柄だア? バカ言うなよ。アイツの今現在の力量を確かめるために、勝負を譲ってやっただけの話だ。俺ならもっと手際良く、どこかの誰かさんと違って立派な北半球に風穴開けてやれたともサ」
「どうだか。少なくとも、地力の強さ以外に決定打が無かったのは事実でしょ? 面倒だからってリンドウちゃんに押し付けただけじゃないの?」
「心外だな。そもそも年端もいかない少女がオトウサンに向けて一生懸命、初めてこしらえた料理に、あれこれと難癖つけるたァとても褒められた根性じゃねエぞルル。手料理を振る舞うってのは、ニンゲンにとっては最大級の愛情表現なんだろう? こんなお涙頂戴の人情話も、胸が板だと打っても響かねぇんだな」
「と、メアリー被告は申しておりますが。いかがでしょうかリンドウちゃん」
「うっざ」
カウンターの向こうで『絵本』の在庫確認等の雑務をこなしていたリンドウは、ルルに話を振られるなり半ば舌打ちのようにそう吐き捨てて、乱雑に椅子を蹴って立ち上がると、今やすっかり彼女とモルフォモンだけのものとなった寝室へ、作業に必要な道具を抱えてすたすたと歩き去っていく。
俺の言い分にもルルの絡みにもうんざり、といった様子だった。
すれ違いざまに追った横顔は万に一つもこちらに目線を寄越さないようしっかりと前方を見据えており、ついでに落とした視線が納めた彼女の首より下腰から上は、まあ、ここしばらくの間に年相応の成長期を迎えて、完全にルルを置き去りにしていったのであった。
リンドウがわざわざ力いっぱい閉めた扉の音を合図に、ふぅ、とルルが息を吐く。
「思い出すよ、ゲイリーの事。似てきたんじゃない? 悪い意味で」
「良い意味で似る所なんてあるのかよ」
ルルは一度閉口して、同じ話題のために口を開く事は無かった。
「話は変わるけど」
「機械仕掛けの神だってそこまであからさまじゃねえぞ」
「ちょっと小耳に挟んだ噂があるんだけど、聞きたくない? 行商人ルルの一押しだゾ?」
「……」
まあ、ゲイリーの話題など広げた所で風呂敷にすらならないのは事実だ。
俺も頭を切り替えて、ルルに持ち込んだ情報の開示を促す。
「素直でよろしい。……ま、あくまで噂だっていうのは念頭に置いておいてね」
選ばれし子供が、『迷路』に入って来たらしい。
瞬間、全身の毛が逆立つのを感じ取る。
総毛立つとは恐怖を表現する言葉らしいが、近い感情が存在する事自体は否定しない。何せオレサマ、連中に2回も完膚なきまでに叩きのめされた訳であって。
と、同時に。胸の内を掻き毟るように広がるこの激情を、単に恐れと片付ける訳にもいかないだろう。
怒り。憎しみ。そして、歓喜。
奴らに、俺と同じ思いをさせてやりたいと。
そんな欲求が、ふつふつと沸き上がるのを、感じずにはいられなかった。
「あくまで噂、噂だよ」
「だが有り得ない話じゃ無い。レンコの軍隊は壊滅させたが、残党を1匹残らず殲滅できたかに関しちゃア情けない事に自信がねえ。勝利だろうが敗北だろうが、兵士は戦況を走って知らせに行くモノさ。26マイル385ヤード程駆けられれば、『迷路』の外にまで伝令を全うできる輩もいたんだろう」
「……それが狙いで、何人かそのまま見逃したんじゃないの?」
俺は答えなかった。だが肯定とみなすだけの沈黙は与えてやる。
察したルルが、呆れたように肩を竦めた。
選ばれし子供とは、デジタルワールド、もしくは人間の世界に脅威が迫った際、それらに対処するための切り札だ。
……そう、彼ら彼女らは、あくまで防衛機構。
リンドウが良い例であるように、ちょっとばかし感情的になったり、逆に敬虔に祈ってみたり。そうするだけで凡庸な成長期デジモンをあっという間に究極体へと育て上げてしまう彼らの存在は、実も蓋もない言い方をすると「デジモンにとって最強の進化アイテム」という事になるだろう。
ただしその効能にはある程度むらっけがあり、また、人間であるが故のどうしようもない脆弱性という弱点も抱えているのだ。
故に、連中が自発的に、疑似的なデジタルワールドと言っても過言では無い--ようするに、危険極まりない空間である--『迷路』に足を踏み入れる可能性は、まず存在しない。
選ばれし子供の側が好奇心に突き動かされたとして、奴らに付き従うパートナーデジモンの方がまず許さないだろう。
つまり、『選ばれし子供』が『迷路』に訪れたとなれば、『迷路』になんらかの脅威が潜んでいるという事。
……このオレサマ以外にあり得るのか? という話だ。
「長かったなア」
20年? 30年? 人間の言う月日の流れ、という感覚は俺にはいまいち希薄なのだが、短い潜伏期間で無かったのは確かだ。
それでも、昨日の事のように思い出せはするが。
人間のガキとデジモンの群れ。
デバイスから放たれる聖なる光。
忌々しい聖騎士。
……マンモンの傍で狂ったように顔を掻き毟る阿呆の面。
「正確な情報が入り次第売りに来いルル。言い値で買ってやる」
「ホント、虫がいいんだから。……ま、いいよ。あたしも『選ばれし子供』は好きじゃないから。君の事も嫌いだから、お金は取るけど売ってはあげる」
「はっ、商売っ気があるのは良い事だ。俺もお前の事は大っ嫌いだが--うん?」
俺は酒瓶を脇に置き、立ち上がってルルの傍に顔を寄せ、ゲイリーの眼球でこいつの顔をじっくりと観察する。
「何、気色悪いんだけど」
「オレサマは、本当にお前の事が嫌いなのか?」
「は?」
「コイツの目玉で眺めてみりゃア、中々どうして、顔が良い。それに、お前はそこそこ使える奴だ。食事の目途がついたココロの余裕か? それとも、あの変態の好みまで反映されたのか? あるいは女の姿をしたデジモンと比べてあまりにも真っ平ら過ぎて新鮮なのか??」
俺はなんとなしに、椅子ごとルルを床に押し倒す。
面食らったのと背中を打った衝撃とでルルは目を見開いたが、特に声も上げはしなかった。
ふむ、やはり前程嫌悪感を感じるでなし、むしろなんというか、悪くない。
「どうだ、ルル」
俺はルルに覆い被さって、彼女の細い肩に指を這わせる。
「『色欲』を喰ったばかりだからかねェ? にわかに興味が湧いてるのさ。……ゲイリー・ストゥーの『肉体』の機能が十全に働くのか、折角なら、お前で試してやってもいいが」
「えっ、何なに。プレゼント企画? リンドウちゃんに家族をプレゼント企画って事!?」
ぽっとルルが顔を赤らめて、両手で自分の頬を包み込む。
今更家族をもらってリンドウが喜ぶかは知らんが、そういやアイツ自身には『レンタルビデオ』撃破の褒美を渡しちゃいない。別にその気は無かったのだが、この際丁度いいかもしれない。
まあ、俺も使える機能は、使えるか確認しておきたいので。
「そう思ってくれて構わねえよ」
「きゃっ、メアリーったら大胆! ストレートスケベを通り越してダイナミックスケベ! 下半身がかの聖騎士軍団・空白の席もかくやの孤高の隠士っぷりだったゲイリー君のボディを使ってるとは思えないような不健全っぷりなんだからっ、もう! その激しさに免じて、あたしも答えて、あ・げ・る」
両手を僅かに端に逸らして、ルルが唇を覗かせる。
彼女は膨らみという概念だけの話をするなら胸部に圧勝しているそのパーツで艶っぽく弧を描いた後
「うーん、ナシ寄りのナシ!!」
呆気なく吐き捨てて
「んぎっ!?」
刹那、俺は突如として股間に走った衝撃に悶絶しながらその場を飛び退いた。
なんだ。
なんだこの痛みは!
最初に選ばれし子供にしてやられた時に終の聖騎士にぶつけられた冷気弾と同じぐらい大概な痛みをどうにか誤魔化そうと、俺は患部を抑えてその場で転がりまわる。
痛みはマシになるどころか、腹部を中心に、全身へと広がっていくような気配すらあって。
「あー……そんだけ痛むんなら、ちゃんと機能してるんじゃない? よかったねメアリー」
「な、何しやがったこのクソ女ァ!!」
「『絵本屋』さんにでも聞いてみたら?」
それじゃ、次は選ばれし子供の情報が入ったら。
そう言い残して、ルルは笑顔でこちらに向けた手の平をひらひら振りながら、悠々と店を去って行く。
いや、わかる。
『絵本屋』由来の知識を閲覧せずとも。監視カメラ代わりに設置しているクラモンのアーカイブを参照するまでも無く。状況的に、ルルが足で俺の股を蹴り上げたというのは理解できる。
が、ただそれだけでこんなに痛むものなのか? 非力な人間の女の蹴りが、人間大とはいえアーマゲモンに通用するものなのか? 俺は選ばれし子供以外に新たに対策しなきゃいけないモンができちまったのか??
と、ふと視線を感じて顔を上げると、流石に大きな音がしたからか、単純に俺が叫んだからか。奥の部屋の扉が開いていて、そこからリンドウが顔を覗かせていた。
それはそれは、冷たい眼差しをこちらに向けながら。
ご丁寧に、彼女の足元に居る、治療用の包帯データを全身に巻きつけたモルフォモンもまた、主と同じポーズで、同じ表情を浮かべていて。
「お--」
ゲイリーの脳が
「お前のオニイチャンなんだぞ!?」
俺に股間を押さえさせたまま、そんな言葉を、弾き出す。
「最ッ低」
ネガを相手していた時より更に数段トーンを下げてそう吐き捨てながら、リンドウは力いっぱい部屋の扉を閉め直した。
がちゃん、と後から音が響いたのを聞くに、鍵も閉めやがったのだろう。
くそう……踏んだり蹴ったりとはこの事だ。
俺は荒い呼吸でどうにか神経を落ち着かせながら身体を起こし、元の椅子に腰かけて痛みの波が引くまでじっと耐え忍ぶ。
どれだけの時間が経っただろう。
机にもたれかかってうなだれていた俺は、ようやく戻って来た気力を総動員して身体を持ち上げ、置いてあった紙へと視線を落とした。
紙--ルルから買い取った、とある条件を満たす『迷路』探索者の一覧だ。
そこそこ高くついたし、何よりあの女の顔を思い出すと胸がむかついたが、選ばれし子供達との遭遇が危ぶまれる段階に入った今、これらは俺にとって重要な食事のリストである。
まあ、稼ぎという意味での飯の種である『絵本』は、俺がアーマゲモンの力を取り戻した事によって、クラモンの増殖を利用してよりコストを抑えての生産が可能になった。
全く、ゲイリーの奴。さっさとマンモンをオレサマに食わせていれば、もっと様々な事が楽に進んだだろうに--なんだかんだと言って、甘くて、非効率な奴だった。
「……ま、もっと出来たニンゲンなら、オレサマの事は拾わねーか」
フォローするように、独りごちってやる。
その程度の手向けしか用意されないような、可哀想な男だからな。アイツは。
改めて、リストに目を通す。
書かれているデジモンの名は、そのほとんどがマシーン型やサイボーグ型であり--意外と律儀なところのあるルルが50音順に並べていたせいで、そのデジモンは、第一の犠牲者として俺の目に留まったのであった。
*
そして、現在。
アトラーバリスタモンを腹に納めた俺は、デバイスに収納したリストにチェックを書き込みながら、嘆息する。
あの時俺はルルを「酒を不味くする天才」と評したが、回想のせいで食後の気分まで台無しにされるとは。
とはいえ、アトラーバリスタモンという食事は、目標には届かないながらも、目的とは別のところで、なかなか興味深い結果を俺にもたらしてくれたらしい。
戦闘に応用できるかは解らんが、役には立つだろう。出来る芸が多いデジモンの方が強い、というのは、今は亡きゲイリー・ストゥーの持論である訳で。
「次は、っと。……リベリモンあたりにしとくか」
当初はリストに書かれた名前の順番通り虱潰しに、と考えていたのだが、選ばれし子供の存在が脳裏に過ると、どうしても心の余裕がすり減る。
アトラーバリスタモンに関しては何となく思うところがあったし、実際その勘は正しかったのだが、効率よくやるなら、求めている形状のデジモンから当たった方が良いだろう。
純粋な意味で自分の持ち物のためでは無いのは癪だが--機械系デジモンの対策を講じておくついでだと思えばまあ、モチベーション自体は維持できなくもない。
「「やってしまって、それで事が済むなら、早くやってしまった方がいい」だったか? ……はっ、古い劇作家の脚本にある台詞なら、当たり前の言葉も名言になっちまうんだな」
特に役に立ちもしない、ゲイリーの記憶にある物語の台詞を引用しつつ、俺はピーターモンの飛行能力で崩れかかった『迷路』の壁へと飛び上がる。
「染め上げてやるよ。果ての無い大海原も、大地の緑も、そしてこの『迷路』の壁も、一面、紅の色に」
手始めに、お前達だ、と。
そうして、世界を俯瞰して。
まだ見ぬ獲物達へと、俺は微笑みかけるのだった。
軽い気持ちで神経の集まっている場所に蹴りを入れちゃダメだぞ! 快晴さんとのお約束だ!!
と、いう訳で、『Everyone wept for Mary』9話をご覧いただき、誠にありがとうございます。近々ゴスゲに強化版マッシュモンみたいなデジモンが出るかもしれなくて戦々恐々としている快晴です。
快晴の事情はさておき、今回は半日常回+機械系デジモンを求めて食べ歩き中の新ゲイリー回なのでした。成長期で究極体を殺りがちな拙作でVS完全体のアトラーバリスタモン、というのも何なのですが、どうしてもマッシュモンにバリスタモンを混ぜておきたかったので……。
とはいえ新ゲイリーの目的はバリスタモンではなく、機械系、というのがポイントです。彼が何を求めて彼らを食べているのかは、次回以降のお楽しみに、です。
それから今回ちょっと公開した新ゲイリーの新要素なのですが、彼は今現在、人型のアーマゲモンとでもいうような状態になっています。
クラモンを分裂&切り離して使役したり、完全体まではゲイリーの姿のまま能力を使えたりと何かと便利な反面、あくまでゲイリーをガワを使っている間は肉体自体は人間のモノなので、攻撃をくらうと人間としての痛覚でダメージを受けてしまったりします。メリットばかりでは無いのですよね。
クラモンや自分自身のデータをまるごと取り出す時は、眼帯の下の左の眼窩から取り出す形です。あくまでデータで作った皮だったメアリーと違って生身なので、新ゲイリーも割と慎重に扱っていたりします。
と、ちょっとした設定の話はこのくらいにして、次回予告です。
次回はいよいよ、リンドウちゃん以外の選ばれし子供が登場です! まあ子供、と言ってもゲイリーと同時期に活動してた子を予定しているのですが……。多分本格的な戦闘は次々回あたりになると思いますが、はてさて、どう話を持って行ったものか……。
とりあえず次回のゴスゲを楽しみにしつつ、作者も登場デジモンの運用を考えていきますので、次回もお付き合い頂ければ幸いです。
改めて、『Everyone wept for Mary』を読んでいただき、本当にありがとうございました!
以下、感想返信です。
夏P(ナッピー)様
第2部にも感想をありがとうございます!
10月になったらやりますとは言っていましたので。セーフです(?)。
第2部最初の敵がネガになるのは決めていました。彼自身リンドウちゃんにちょっかいかけたがっていましたからね。和解とかできる手合いでは無いので……。
大分アレな輩として書いていましたが、最期はそれなりに矜持を貫かせられたかなぁ、と思ったり。
戦闘に関しても結構難航したので、エグいなと思ってもらえたのであれば、御の字です。そしてリリスモンは実際豊満なのでした。
モルフォモンの進化ルートは、実はエントモン出したいな~ありきだったので、トロピアモンは別のお話に譲ったのでした……。特に意図はしていなかったのですが、エントモンはマンモンにも近い要素があるので、ぴったりなんじゃないかなと自分では結構気に入っていたりします。
仰る通り、ゲイリーは中にクラモンが入って動かしている形ですね。
どんな歴史が幕を上げるのか、この先もどうかお付き合い頂ければ幸いです。
改めて、感想をありがとうございました!