「誰だよ」
キョウヤマ コウスケと名乗り、取って付けたように目を細めたスーツの男に対して、半ば反射的に疑問符がオレサマの口をつく。
『絵本屋』の情報をぐるりと見渡しても、該当する結果は表示されない。
当たり前か。オレサマが閲覧出来る情報は、あくまでゲイリーの奴が以前検索した事がある内容だけだ。デジモンの性質なんぞは世代を問わず熱心に目を通していたようだが、自分と同種に関しちゃ頭の中を空想と哲学とやらで埋めた昔々のほら吹きどもぐらいにしか、興味関心が無かったようだから。
全く、もどかしい話だ。ここは迷路の救いの手、誰もが夢見る『絵本屋』その場所だってのに、目の前の男の騙った誰某すら、碌に目を通す事が出来無いだなんて。
「まあ仕方が無いのう。この名の持ち主は「こちら」の理では、表にも裏にも立っておらぬ故」
「あ?」
金の瞳がこちらを見透かすように瞬く。
……覚えがあるな、あの光。
象の眼のようじゃぁないか。
「あんな「見えるだけのもの」と一緒にしてくれるな。ワシってばちょーすげー究極体だと言ったじゃろう? 計算じゃよ、計算。――万物を知る者は、未来をも計測する事が出来る」
「……『ラプラスの魔』」
「では、その『悪魔』の名を必殺技に持つデジモンと言えば、なんでしょーか?」
「っ」
ほとんど自動的に、ゲイリーの脳を起点に千を越えるデジモンの『情報』が、一瞬にしてオレサマの体内で蠢くクラモンを通り抜け処理されていく。ほんの僅かにではあるが、ゲイリーの知らないデジモンもいくつか「見えた」。
そして、その上で。
「ブッブー! じっかん切れーっ! ざーんねーんでーしたー!!」
「そんなデジモンはいなかった」と。
クラモン達に噛み砕かれた検索結果は、今まさに無感情に舌を突き出しおちゃらけた風を装っているキョウヤマ コウスケの方こそ、誰よりも熟知しているに違いなく。
……元の名から切り離された究極体デジモン、か。
「客だっつーなら形だけでも、もてなせとまでは言わんが労ってほしいモンだ」
限界を超えた情報処理を一筋に訴える鼻血を拭い取る。
訝しげに、しかし一先ず黙ってオレサマとコウスケを交互に見つめていたリンドウが、ゲイリーのガワに異常が発生したと見るなりさっと顔色を変えてコウスケを睨み付けた。
「御託は良いの。っていうか、2人だけで世界を展開しないで。よくわかんないけど、あんたが「なんでも知ってる『絵本屋』」の本物だって言うなら、私達の知りたい事だけをさっさと察して全部答えて」
「まあそう急くなよ『選ばれし子供』のお嬢ちゃん。それにソレは、所詮生物学上は血の繋がりの無い男の外側だけ、じゃろう? 心配する必要あるぅ?」
「っ」
「知っておるよ、当然な。世にも哀れな選ばれし子供2世よ」
たじろぐリンドウに、いよいよモルフォモンも有って無いような肩を怒らせる。
とはいえ口調こそずっと揶揄っているかのようではあるが、コウスケの言葉は軽口では無い。アレは無。ルルの胸部と一緒で虚無。無口と表現出来ないのがこの言語のツラいところだが、まあ何にせよ、このオレサマにさえ透けて見える程、何も含んじゃいないのだ。
ただ、冗談めかしてインプットされている真実だけを口にする。
人を真似る機械、とでも言ったところか。
「そう! 早い話、ワシってば超高性能機械(メカ)ってワケ! 機械(ロボ)と間違えてくれるなよ? その辺、些細なようで、すっげー大事なポイントじゃから」
からからと自分を小指で指して笑う、フリをするコウスケに、リンドウは今一度、深く息を吸い込み、吐いた。
「どうでもいい。だから、もう一度言うわ。……さっさと、私達の知りたいことを答えて」
「ワシも言わせてもらうけど急かすなってば。これでも順を追って説明しとるんじゃよ。事の始まりはデジモン達の世界、それも別時空のデジタルワールドにおける、数千年前に遡る――」
「ゲイリー。これ、食べてどうにか出来ないの」
「奇遇だなリンドウ。俺も同じ事を考えたところだ。試す価値はある」
眼帯に指をかけるオレサマと、デバイスに手を伸ばすリンドウ。
見え透いた脅しに、コウスケがあからさまに肩を竦めた。
「もおー、今時の若者ってばこらえ性が無いー! 解った解った。そこまで言うなら、結論から教えてやろう」
ぴん、と今度は人差し指を立て、コウスケはオレサマを、続けてリンドウを指し示す。
「お前さんらの『復讐』な。アレ、とっくの昔に完遂されておるよ」
「「は?」」
オレサマとリンドウの声が綺麗に重なる。
モルフォモンでさえ、今はぽかんと口を開けていて、もしも音を発せるのであれば、オレサマ達は世にも短い三重奏をこの場で奏でていた事だろう。
だと言うのに。
「イサザキ タスクは、既に故人じゃ」
コウスケは、オレサマ達を意に介さずただ、続ける。
人の姿を真似ているだけの、血も涙も情も無い機械であるが故に。
「お前さんらがついこの間邂逅したアレは、イザサキ タスクの死体に巣食った、ヤツのパートナーデジモン――ワームモン」
奴と対峙した時の『違和感』が。
ひょっとすると、と脳裏を過らなくは無かった『真実』が。
瞬く間に言語化されていく。
嗚呼――だが。
だとすれば。
「……ねえ、何、言ってるの?」
隣で青ざめる、『イザサキ タスクの娘』たるコイツは。
「そうじゃよ」
コウスケはリンドウの問いに答える手間を惜しんでか、俺の中で既に弾き出された答えを肯定する。
「イザサキ リンドウは、デジモンと人間の合いの子じゃ」
肯定し、念押しして、やはり無機質に、微笑んだ。
「そもそもおかしいと思わんかったのか? 選ばれし子供だからと言って、言葉を持たない『迷路』のデジモンの言葉なんぞ、まず解るワケなど無いじゃろうが」
言われてみれば、もっともな話。
選ばれし子供が無条件で、『迷路』のデジモンの言葉までも理解できるというのならば。
ナツコだってそれが出来てもおかしくは無かった筈なのだ。なのに、ヤツはこちらを戦力としては圧倒していたとはいえ、こちらの作戦自体には、毎回裏をかかれてばかりで。
モルフォモンの――ベルゼブモンの言葉が聞こえていたなら、1つや2つは、対処できてもおかしくはなかった筈なのに。
「リンドウ!」
リンドウの背中からふっと彼女を支えていたものが抜け落ちたのが伝わってきて、次の瞬間、案の定。その場にへたり込みそうになった彼女の身体を、オレサマは慌てて背後から受け止めた。
流石に解る。無理からぬ話だと。自分の事を棚に上げて、気色悪いとただただ思う。
以前、肉体の機能を試してみたいとルルを誘った事はあったが――まさか、本当にそんな真似が可能だったとは。本当にヤる奴が存在したとは。
嗚呼、クソッ。やる事なす事、何もかもが奴の後塵。
全く以て、不愉快極まりない。
「……順を追って話せよ」
ひゅーひゅーと飲み込めない息を言葉にも出来ずに吐き出し続けるリンドウをモルフォモンに預け、オレサマはコウスケへと向き直る。
「気が変わった、聞いてやる。一体全体、何がどうしてこうなった?」
最初からそうしておけば良かったのにのうと軽薄に鼻を鳴らして、コウスケがその場から背中を投げ出す。途端、先程までは無かった筈の本の山が、ちょうど彼の腰が落ちる位置へと、椅子の代わりに現れた。
「まあ良い。掻い摘まんで話してやろう」
ジュットウシ、と、コウスケは馴染みの無い単語から、「どうして桶屋が儲かったのか」を切り出した。
「とあるデジタルワールドの、太古の昔。「最初の究極体」と呼ばれる10体のデジモンが、かの世界で圧政を敷いていた独裁者を打ち倒さんと彼奴に挑み、相打ちという形で、ではあるが、見事彼奴めを滅ぼした」
コウスケは本の上で、長い足を組み直す。
「こやつらが、十闘士。ワシはその内の1体の、一欠片、とでも言った所じゃな」
最初に見せた硝子――鏡の破片。文字通り、アレがコイツの正体という事か。
「うむ。ワシの『本体』は鏡の姿をしたデジモンでな。迷信深い人間の一部がそうあれと期待したように、『本体』は、異界と繋がる力を持っておった」
「異界……この世界の事だとでも言うつもりか?」
「言わんよ、だから話を急くでない。『本体』が交信出来るのは、もっと狭間であり深淵の空間じゃ。……『本体』は、独裁者の滅びを見届けられんまま息絶えてな。故に、万が一にも彼奴を討てなんだ場合にそなえて、自身の権能の一部を切り離し、異界へと落ち延びさせたんじゃ」
権能、とはまた大きく出たな。
だが、コイツの話が本当なら、実際にそう言い張れるだけの力を持っていたとは想像に難くない。というより、それだけの力を持つ存在の端末で無ければ、コウスケが『絵本屋』足り得る筈も無く。
「急くのは悪いが話が早いのは良い。そうとも。ワシは再びあのデジタルワールドに帰るために、長い歳月――と表現する事すら生ぬるい時をかけて、深淵の闇の中を足掻き続けた。そうしてようやく開いた次元の隙間をくぐり抜けるために、今一度、しかし今度は完全に、権能の一部を更に切り捨てた」
それが、目の前のコイツ――『絵本屋』と人々が名付けた、情報バンク。
曰く、『アカシックレコードの一欠片』
「既に「覚えた」辞書を持ち歩いている必要は無い、ってか?」
「ま、そんなところじゃな」
ゲイリーが生きるための切り札とし、オレサマが追い求めたコレもまた、『迷路』に在る以上は、ただのゴミ。
……全く、ぞっとしない話だ。なあ? 強欲な行商人。
そう、軽く息を吐く俺を尻目に、でも、そうやって捨てられた末に流れ着いた場所が悪かったんじゃよね~。と。あくまで他人事のようにコウスケはまた、からから笑う。
「若いコ向けに言うと? パラレルワールドの同一存在ってトコ? 我らのデジタルワールドと同じ系譜を持つ神(管理システム)――情報樹イグドラシルのお膝元に、腐ってもアカシックレコードのワシ、流れ着いちゃったのでした!」
それからの話を更に要約すると。
つまるところ、オレサマ達の世界の『デジモン達の神』は、コウスケを介して『別世界のデジタルワールドにおける自身の末路』を知るに至った。
全知全能の存在は、全てを識るが故に未来をも計測する事が出来る。
切り離された部品ではない、神としての演算能力に、別世界の己というイレギュラーを組み込んだ上での再計算を行い――イグドラシルは、ひとつの結論を導き出す。
デジタルワールドの繁栄に、自身は不必要なのではないか。と。
「アイツってば、やる事なす事極端なんじゃよね」
『ワシ』の言えることでも無いケド、と、そこだけは本当に呆れているかのように、コウスケは遠いところを見やる。
しかし、仮にもホンモノの神相手に「アイツ」ってか。随分と「近しい」関係のようで。
「その割に生き汚いトコは有ったんじゃけど、こっちの奴はその上で、導き出した『結論』の方が勝ちおったようでな。大方「世界を救えもしない者が、神を名乗って良い筈が無い」なんて、暴力的な論理にでも絆されたのじゃろう」
「なので、自分に代わる後継機を欲した」
「そうとも」
演算能力なんぞ用いずとも導き出せる、答え合わせ。
オレサマの回答には、無事にマルがついたらしかった。
腐っても『管理システム』だ。人間の「よりどころ」とは勝手の違う、実在の確定しているホストコンピュータ。デジタルワールドの存続を望んだ上で引退を願うと言うのならば、当然、代替え品が必要となってくる。
「元は人間――現実世界の膨大な情報量を嫌ってデジタルワールドを閉鎖空間として管理していたイグドラシルは、ここであえて「己では算出出来ない要素」を求めてリアルワールドとの接続を行った」
それが、デジモンと人間との邂逅。
世界中のインターネットに接続できる機器という機器から、デジモン共が飛び出した『ある日』。
……いや。
本当に、いくら何でもやる事が極端過ぎる。
「そういう神なんじゃってば。それに、それだけでは終わらんぞう。……もっとも、ここまで話せば、お前さんの事じゃ。既に勘付いておるのじゃろう」
「……」
「そう、『選ばれし子供』と『迷路』。これもまた、イグドラシルの『実験』の産物よ」
選ばれし子供は、何に選ばれたのか。
『迷路』が巨大な実験場だと言うのなら、誰の実験場なのか。
「前者に関しては、子供の方が単純に「自分の計算外の事をやらかす」――言い換えれば何をしでかすか判ったものではない『合理性の無さ』が強いからじゃ。故にイグドラシルは、無作為に子供を選出して、自らの権能をごく少量ずつ分け与えたデジモンを彼ら彼女らに与えて回った」
「はっ、なんだよそりゃ」
合点がいった。
何故、終の騎士のパートナー2人とイザサキ タスクを除けば、当時戦った選ばれし子供達のほとんどがオレサマの足下にも及ばなかったのか。
にもかかわらず、当代の選ばれし子供たるナツコは、あれ程の力を誇る事が出来たのか。
偶然じゃ無かった。
初期の選ばれし子供達は、たまたまクジが当たった(アン)ラッキーなガキに過ぎなかった。
そんな、掃いて捨てる程のサンプルケースを統計して、デジモンからイグドラシルの権能を強く引き出せる子供をより効率良く選出したのが――現代の、選ばれし子供達。
おいおい。
なんだよゲイリー。
お前、貧乏くじに外れたって癇癪起こして、オレサマに世界の滅びを願ったってワケになるのかよ。
傑作だな。
「だがそうやって効率化を図っても、真の意味での『選ばれし子供』の最高傑作は、イサザキ タスクただ1人じゃった」
「おう、ようやく本題か」
「最初から本題じゃよ。……イザサキ タスクは、初期には間違いなく最強のデジモンであったオメガモンのパートナー『達』でさえなし得なかった、1人で2体、それも、古代種のデジモンをパートナーに出来るだけの器を持つ、特別な子供であった」
「知ってるさ」
なんたって、酷い目に遭わされたからな。……虫唾が走る。
「そして、少し話は遡るが――お前さんの事。いいや、お前さん『達』の事」
「……」
「選ばれし子供達の素質を試すために世に放たれた、イグドラシルが内包する『滅びの因子』と、デジタルワールドに害をもたらす『人の悪意』の代弁者達」
――おなかがすいた。
――ぜんぶたべよう。
――かみさま、みたいに。
懐かしき少年(クラモン)の日の思い出。
最初にオグドモンから戴いた冠の通り、今なおオレサマに根付く、根拠の無い全能感と万能感――『傲慢』。
そうか、そうか。
つまりオレサマは、そういう奴だったのか。
「お前さんはその中でも、いっとう強力に、凶悪に育った。イグドラシルの計らい通り、一度はお前さんを破ったオメガモンさえ凌駕する程に!」
ちょっとそれらしい形の偶像を食い殺せたところで、何もかもがカミサマホトケサマの手の平の上。哀れな猿のように踊るだけ。
嗚呼――オレサマは
「そしてそうなると、そんなお前さんにイザサキ タスクをぶつけてみたいと考えるのは当然の帰結じゃろう。「次は何が起こるのか」……実験の本質は、結局の所飽くなき興味本位よ。イグドラシルは、再びお前さんを世界に差し向け、イザサキ タスクとそのパートナー達、ついでに残りの有象無象を喚び寄せた」
「ひっでぇマッチポンプだな」
ホントそれな! と、別段同意の意思も持たずに、コウスケは肩だけを持ち上げた。
「で? 結局イグドラシルの思い通りに事は運んだじゃねエか。究極体の姿では敵わなかったオレサマに、他の選ばれし子供達の力まで受け止めて更に上の段階へと進化した奴らは、見事オレサマを撃ち滅ぼした! 覚えてるとも、忘れるものか。一寸法師の針の刀みたいにちっぽけな白刃が、ちくりと脳天を刺し貫いた瞬間! 嘘みたいに全身がほどけて崩れ落ちていくあの不快感と恐怖感!!」
声が荒ぐ。
かつてのゲイリーがマンモンに向けてそうしていたように、苛立ちが沸き立つように、押さえつけても言葉尻から滲み出る。
「ああ、ああ。認めるとも! アレはデジモンの最終到達点! 聖騎士の完成形!! 間違いなく『最も神に近いデジモン』だろうさ!! それがどうして、未だ惨めな小悪党を面白がって追いかけ回してやがるんだい? 我らの父とやらは、一体全体、何がご不満であらせられるのかな!? どこを! どう! 切り取ればッ!! オレサマの復讐劇は完遂しただのこの口はぬかせられるんだ!?」
「いや、だって。死んじゃったんじゃもん、イザサキ タスク。お前さんの必殺技、その余波に巻き上げられた石礫に、あっさり胸の中央を――心臓を、貫かれて」
「……は?」
先程までの勢いまで失って、先程以上に呆けた疑問符を零す事しか出来ないオレサマをしげしげと眺めて。
やがてコウスケは、深々と。それはもう、それだけは本物であるかのように、肺腑の奥から長々と溜め息を吐いて捨てた。
「これだから強力ではあるが大雑把な広範囲攻撃持ちはよう。とりあえず敵を倒せれば良いと、戦場に繊細な観察眼をまるで持ち込まん! ワシの友にも居たぁそういう奴ぅ」
9体ぐらい! と恨みがましげに、コウスケ。
……だが彼はすぐに気を取り直したように咳払いし、そこからは、再びあの無機質な機械が顔を覗かせる。
「直接では無かった故に気付かなんだのかもしれんが、兎にも角にも、お前さんはイザサキ タスクの息の根を止めた。……それからの事は、お前さんの方こそ実例じゃ。ワシよりも詳しかろう」
「わからない」
オレサマは素直に、それでいて聞き分けの無い子供のように首を横に振る。
「仮に、仮にイザサキ タスクがあの場で死んでいたとして――だったらどうして奴のパートナーは生きていやがる」
確かにオレサマは、ゲイリーの死体の端々にまでクラモンを行き渡らせる事でアイツの身体を乗っ取った。
だがそれが出来たのは、契約を結んだとはいえ奴とは根本的には赤の他人であるからこそ。アイツは選ばれし子供でもなんでも無く、故に繋がりの1つも無いからこそ、奴の死がオレサマに伝播する事は無かったのだ。
イザサキ タスクのパートナーは違う。
奴が死ねば、奴らも死ななければならない。
それほどまでに深く、深くデジモンと結びついているからこその――選ばれし子供。
「ジョグレス体」
やはりなんでも無しに、コウスケは答えを用意する。
「2体のデジモンが1つになる事で生まれるデジモン。……そんな特殊な事例に対して、こうは考えられんか。どちらかがあえて先に死ぬことで片割れに自らのデータを与え、僅かにでも猶予を設ける事は可能なのではないか、と」
「……」
「少なくともブイモンはそのように考え、相方の強い生存本能を持つが故の臆病さに全てを託し――」
インターネットの世界において、ワームとは単に芋虫毛虫を指すだけの単語では無い。
ワーム――自己増殖と感染を繰り返すマルウェア。ネットの海に巣食うサナダムシ(tapeworm)。
で、あれば。
時間さえ与えられたのなら、奴にはそれが、出来た筈だ。
オレサマに、ゲイリーの肉体を乗っ取ることが可能だったように。
だが、オレサマが中に住み着いたところでゲイリー・ストゥーは死体のままであるように。
出来なかった筈だ。いかに選ばれし子供とそのパートナーと言えども。
イザサキ タスク本人を蘇らせる事は。
「そうして、ワームモンだけが生き残った」
コウスケは淡々と真実を述べる。
「片割れを取り込み、パートナーと実質的に同化し。結果としてワームモンは、更に強力なデジモンとなった。だが――いくら強力なデジモンになろうとも、アレは今や単一のデジモン」
なあ、こうは思わんか? と、問いかけはするものの、コウスケの言葉は結局の所、全てを見通した独り言だ。
「そんなデジモンに、本物の『選ばれし子供』のパートナーが居れば。それはまさしく、イグドラシルの望む『神』足り得るのでは無いか、と」
金の瞳は、オレサマの背後に座り込んでいるリンドウを見つめている。
「ねえ」
その視線を追って振り返ったオレサマの右目に飛び込んできたのは、既にその場から立ち上がったリンドウの姿だった。
彼女もまた、その目で腰を下ろしても尚かさ高いコウスケを見上げている。
「じゃあ、私が死ねば。今度こそアイツは、イザサキ タスク――ううん。ワームモンは。……殺せるの?」
「無理じゃな」
間髪入れずに否定したコウスケに、俺の口の中で何かが霧散する。
「お前さんとワームモンは、父子として以上にはまだ『繋がって』おらん。そうなる前に、イザサキ アカネがお前さんを逃がして」
「……」
「ワシは、彼女の望みに応えて『迷路』へのゲートを開いた」
きっとまた、私のせいでお母さんは死んだのなんだの言いたげだったリンドウが、コウスケの台詞に顔を勢いよく持ち上げた。
コウスケは、薄い唇に薄ら寒い弧を描く。
「聞くまでも無さそうじゃな。対象が変わろうとも、お前さんは復讐を止めるつもりは無い」
立ち上がったコウスケの長身痩躯が、視線を合わせるために腰を折り曲げて尚リンドウを見下ろす。
「よくぞワシの下にまで辿り着いた。……いいや、辿り着くならお前さんじゃと識っておった。待っておったよ、イザサキ リンドウ」
手を貸してやろう。と。
コウスケが、すっと右手を差し出した。
「どうして?」
だがすぐにはその手を取らず、リンドウは困惑気味にコウスケを見上げる。
金の眼が、口元の笑みもどきに合わせて細められた。
「ワシはずうっと機を伺っておったのじゃ。太古の使命を時よりも遥か彼方に置き去りにし、この世界のイグドラシルに要らぬ知恵を授け、あちらもこちらも掻き乱しながら何も手を打てずにいたこの『怠惰』の罪を、清算する機会を」
「罪……」
「『絵本屋』という肩書を介して、ずっと見ておったぞ。お前さんが、『心』の底から「お父さん」と呼んでいる方の人間の事を、な」
「!」
対照的に、リンドウが目を見開く。
小さく頷いて、コウスケは更に続けた。
「お前さんの『運命』が、最もあの『神』候補を討てる可能性が高い、と。ワシは、そのように算出したのでな」
「おい」
ところ、で。
いい加減こらえきれずに、リンドウとコウスケの間に割って入る。
「む。なんじゃい、今いいところなのに」
「何が「なんじゃい」だ。『神』候補を討つ……ようするに、ワームモンを殺すってか?」
「なんじゃいなんじゃい。お前さんも望むところじゃろうて」
「そりゃな」
その意志に、変わりはない。
衝撃の真実をいくら畳みかけられたところで、オレサマがそのために生きてきた「これまで」が、ましてやゲイリーの、死人の願いが変わるワケでも無い。
世界を、台無しにする。
オレサマは、そのためにここに来た。
だが、コウスケは違う。コイツ自身の言葉を信じるなら、コイツはむしろ、これまでの全てを仕組んだイグドラシル側のデジモンだ。
何故、ワームモンを殺す必要がある?
おとぎばなしの三男三女が持つような、正体不明の善意をはいそうですかと受け取れる程、ゲイリーの頭はファンタジーの世界に生きちゃいない。
「それこそ解らんか。んまあおめーみてーなひとでなしには解らんかもしれんが」
「テメェに言われたかねエよ」
「違いない。……だが、ワシにでも解るよ。アレは、『選ばれし子供のパートナーデジモン』達は。結局はイグドラシルの端末――ヤツの焼き直し」
だからコウスケもまた、これ以上無く解りやすく、善意でも何でもなく、事実と理由だけを口にする。
「そんなモノが管理システムを継いだところで、イグドラシルのやる事をもっと極端にしたような真似しか出来ん。いや、もっとひどい事になる」
ワシは、そんな『前例』を知っておるんじゃ。と。
そう付け足したその口だけは、どこか乾いた舌の根をしていたが。
「まあ、タダでとは言わん!」
しかしすぐに表情を切り替えて、コウスケはまた、からからと笑う。
……それは、こちらが言うべき台詞な気もするが。
「ワシに『イグドラシルの本体』をすこーしだけ触らせてくれ。たったそれだけ! それを約束してくれるなら、お前さん達……というより、アーマゲモン。お前さんにこの『絵本屋』を、まるごと全部くれてやろう」
オレサマとリンドウは、顔を見合わせた。
「イグドラシルの本体って?」
「ンなモン、どこにあンだよ。知らねーぞオレサマは」
「え、『迷路』にあるけど」
「は?」
「は??」
「え? ……あ、ゴッメーン! ワシとしたことが、説明を忘れておったわい」
わざとらしく。
白々しく。
コウスケはウインクしながらぺろりと舌を出して(死ぬほど似合わん表情だ)、こつん、と左の拳で頭部を突く。
「『迷路』もまた、イグドラシルの実験場。……して、ここでは何の実験をしとると思う?」
「……フツーに考えりゃ、『選ばれし子供』要素抜きでの、デジモンと人間の共存環境の試験場、っつったところか」
デジモンに簡単に殺される、という点を除いて。
『迷路』は、人間が死ににくいように出来ている。
身一つで放り出された子供が、ノヘモンに目玉ぶち抜かれるまでは生き永らえられた程度には。
コウスケはこくりと頷いた。
「そう。ここはデジモンと人間の共存モデル。疑似デジタルワールド」
リアルワールドをも浸食できる、強固なテクスチャを有した、な。と。
言われてみればその通りなのに、耳を疑わずにはいられない情報を付け足しながら。
……不可能、ではない。
イグドラシルの本体が在るのなら、十分に可能だ。リアルワールドにもデジタルワールドにもゲートを開くこの異空間の謎は、十二分に説明できる。
そしてそんな箱庭にて、次代の『神』が当代の『神』に接続すれば――
――『迷路』を起点に、2つの世界の『全て』を塗り替える事も、きっと。
「そしてワームモンは、既にそれを知っておる」
オレサマの討伐にかこつけて『迷路』にやって来たワームモンは、事もあろうにお仲間の選ばれし子供をも欺いて、リンドウを回収し次第、イグドラシルの御許に赴く心づもりらしい。
「おうちに帰ろう」だなんて――まあ、そうか。イグドラシルから生まれたワームモンにとっては。
「そういう事かよ……!」
――君には「この世界最大の脅威」のままで居続けてもらわないと、困るんだ。
奴の不可解なセリフは、自分が神になった後、世界を脅かす存在は、簡単にあしらえるオレサマ『程度』に留めておく。という宣告だったというワケか。
イグドラシルの用意した『選ばれし子供のテスター』の頂点に現状オレサマが存在する以上、オレサマが生きている限りは、選ばれし子供の新たなる壁としての『世界の脅威』は生まれえない。
その再生能力を以て力を適度に取り戻す度に、オレサマは何度でも、ワームモンの奴に切り刻まれ続けるのだ。
ワームモンが『神』になれば――オレサマの安寧は、未来永劫、訪れない。
「……っ」
歯を食いしばる。
恐怖?
そうだ。
だが、もはやそれだけじゃない。
なんて。
なんて、面白くない。
不愉快だ不愉快だ不愉快だ! ああ、そう! 全く以て!!
胸の内を激情が掻きむしる。
恐怖という理性を上回って、必ずや奴を排除すると、オレサマを構成するクラモン、その全てのデジコアが、熱を孕んで脈を打ち、訴える。
成程。
この、屈辱に焦げる腹の底が、『憤怒』。
この感情と比べれば、確かにこれまでの『怒り』など、単なる快不快の狭間に起きた細波に過ぎない。
「そちらのやる気が出たのならば結構、結構」
コウスケは、改めてリンドウに向き直る。
「だが、決めるのはお前さんじゃイザサキ リンドウ。……ワシとも、この『ラプラスの魔』とも契約してくれるかのう?」
「リンドウでいい。その苗字で呼ばないで。どうしてもフルネームがいいなら、ナシロにして」
リンドウは、今度は迷わず、差し出された大きな手を握り返した。
「私も、嫌。母さんを刺し殺した奴がパートナーで、その上神様に、だなんて」
小さな手で出来うる限り、強く。
強く。
「絶対に、嫌!!」
*
「よう、お待たせメアリー2号」
ご苦労さん、とねぎらうオレサマに、メアリー2号は忌々し気に牙を剥く。
おいおい、仮にもお前の本体だぞ、オレサマ。
「……」
まあ、仕方がないか。
これはまた、眩暈がする程惨憺たる光景だ。
キョウヤマ コウスケと契約を結び、『絵本屋』から浮上したオレサマ達を出迎えたのは、ドーム状の空間をほぼほぼ埋め尽くす、ベルフェモン:スリープモードの鼻提灯だったもの――『エターナルナイトメア』。
あと少し遅れれば、自称古代の遺物の権限では、どうにか出来たものだったか。……いや、っていうかよくここ逃げ回れたな、メアリー2号のやつ。
「……ごめん、メアリー2号。アイツ、話が長過ぎるのよ」
抱えられて庇われていた手前、申し訳なく思ったリンドウが軽く頭を下げる。と、まあお前がそう言うなら……と渋々ながら、ディアボロモン姿のメアリー2号は、顔面の凶悪性を申し訳程度に引き下げた。
おい、本体、オレサマ。
何故こっちに関しては睨みながら唸る。
「まあいい」
気を取り直して。
「『パンデモニウムロスト』」
オレサマは右手の義手を掲げ、ベルフェモン:スリープモードごと『エターナルナイトメア』を焼き払う。
コウスケには、外に出たら、コイツを殺して食っていいと言われた。
そうすれば『怠惰』の冠と剣だけでなく、『絵本屋』の権限も明け渡せるようにしておくからのう、と。
「……とはいえ、そう簡単には寄越しちゃくれない、か」
最後の、そしてコレは、俺宛の試験、といったところか。
『憤怒』を我が物とし、一層に燃え上がった地獄の炎すらものともせず。濃紺の円冠が、緑の炎を纏った大剣と共に浮かび上がる。
……カラフルだな。
「下がるか、見てるならモルフォモンをベルゼブモンに進化させろ、リンドウ」
これより目覚める魔王は、その咆哮だけで完全体以下のデジモンのデータを粉々に砕くという話だ。
本当にそんな芸当が可能かはさておき、用心するに越したことはあるまい。
「じゃあ、メアリー2号と先に帰って、待ってる」
「おう、そうしろ」
1人で倒せ、と、既に条件を提示されている。
居ても邪魔になるなら居ない方が良いと、出歯亀のシュミが無いのは大いに結構だ。
「また後で」
「ああ。また後で」
当然のように再会の約束を取り付けて。
魔獣の唸り声のように鳴り響いた『レヴィアタン』のエンジン音を、驚く程律義に見送って。
それだけの時を堪えてから、千年に1度が、やってくる。
「――――――――――――!!」
噂に違わぬ爆音の咆哮が、『迷路』の空気を揺るがした。
とはいえ、『迷路』の壁の分解までは管轄外らしい。形を留めたままのドームの下には、寝起き最悪の『怠惰』の魔王と、このオレサマの、2体ぼっち。
ベルフェモン:レイジモード
ルルのオグドモンの最後の一欠片にして、『絵本屋』の所在地。
「やあやあ、おはよう。眠れる森の、野獣の王様。千年の間に、素敵な『夢』は見られたかい?」
挨拶もそこそこに、ベルフェモン:レイジモードが腕に巻き付いた鎖を振るう。
鎖に纏わりついた黒い炎も、『ランプランツス』と名前を変えちゃあいるが、他の魔王達が用いたのと同じ『地獄の炎』。
全く、芸が無いのはリヴァイアモンのお家芸だとばかり思っていたが、他の連中も結局のところ似たり寄ったりだな?
「「デジモン同士の戦いは、出来る事多い奴が勝つ」……どこぞの間抜けの受け売りでね」
鎖と炎を躱し、姿を切り替える。
「だから、なんでも出来るオレサマは。今この時はこの上なくシンプルな一手こそが最適解だと、そう判断した」
ここなら。
四方を壁に覆われたこの空間なら。
連中の眼にも、届かないだろう。
ベルフェモン:レイジモードを上回る巨体をその場に顕現させ、6本の腕で筋骨隆々、たくましい黒山羊の肢体へと掴みかかる。
『ギフトオブダークネス』――爪に移した地獄の炎が、脇腹に食い込んでもなんのその。内側から盛り上がるクラモンという名の肉が、むしろがっちりとベルフェモン:レイジモードの指を捕らえ、コイツの動きを全て制限して見せた。
真正面で、大口を開ける。
地獄の炎に対して、究極の炎を放つために。
「寝起きのところ、悪かったな。それじゃア永遠に」
おやすみなさい。
*
「……で、ゲイリー。どうしてソイツが一緒にいるの?」
「ンなモン俺が聞きたい」
元レンタルビデオの拠点でオレサマを出迎えるなり、リンドウがすうっと目を細める。
コウスケの疑似笑顔とは違う。正真正銘、心の籠ったただのジト目だ。
「じゃあ、さっきの時間、全部無駄だったじゃない」
続けてメアリー2号が牙を剥く。
やめろ。ディアボロモンの時なら兎も角、美女の皮被り直したんだからそんな顔やめろ。そんでもってモルフォモンも真似すんな。
「まあカタいコト言ってくれるなよリンドウ! やっぱりいくら悪魔の契約だっつっても、イグドラシルの本体に触る用の肉体は自分のじゃなきゃ……ヤ、じゃん?」
「知るかよ」
「知らないわよ」
オレサマとリンドウは同時に吐き捨て。
メアリー2号とモルフォモンは、同時に舌打ちした。
ベルフェモン:レイジモードを殺し、食らった後。
その場には鏡の胴に緑衣を纏った小さなデジモンがぷかぷかと浮かんでいて――ソイツは俺の覚えた嫌な予感の通り、あの空っぽの声音で「キョウヤマ コウスケ」を再び名乗った。
「種族名で呼びたいならミラーモンとでも呼ぶが良い。今考えた故」
「バカでも2秒あれば思いつきそうな名前だな」
「それを賢者がやる事に意味があるのじゃよ~ん!」
コウスケがオレサマの周りをぐるぐると飛び回る。
小回りが利く分、輪をかけて鬱陶しい。
「ま、安心せい」
一通りオレサマ達を揶揄って気が済んだ(もっとも、最初から済む『気』なんて持ち合わせちゃいないのだろうが)のか、制止した鏡が、ゲイリーの面とリンドウを交互に映した。
「『絵本屋』のデータは、間違いなく全て、お前さんに移行した」
「じゃあなおの事あんた、要らなくない?」
「お前さんらに必要無くてもワシ自身が要るんじゃって! もぉ~。……ま、何にせよ約束は約束じゃ。好きに使うと良い」
「言われなくてもそうさせてもらうさ」
すっかり寝床替わりとなったソファに腰かけ、横たわり、目を閉じる。
閲覧項目を究極体以上のデジモンに絞り、所謂目次に該当する部分を見渡しただけでも、当然のように、膨大な量がある。
クラモンどもを総動員しても、……それなりの時間が、かかるだろう。
「寝るの?」
「表面上は、そういう事になる」
「……絵本でも読んであげようか」
鼻を鳴らす。
「なんだリンドウ。どういう風の吹き回しだ?」
「そういう事ならワシに任せるがよい! とっておきの昔話をしてやろう!! 「昔々、あるところに、10体の――」」
「メアリー2号」
「うおっ! なんじゃ!? 素手で触るでない指紋が、指紋が腹に」
「どっかに持って行って」
「防音機能付きの『ネガのお楽しみ部屋』はカウンターの奥だ」
「じゃあそこに」
「ぎゃー! どこに連れていく気じゃーっ! まあワシ、知っとるけどね! ヤメテ!!」
騒がしいのも退場させたところで。
リンドウはカウンターの上、ネガ風に言うと「かわいい子の頭を踏みつけるワイルドで素敵なストゥーさん」の写真の隣から、奴が最期にリンドウに残した「ただの絵本」――『しっかりもののすずの兵隊』を運んできた。
「……別に」
姿勢を整え、瞼の上から腕でさらに暗がりを被せる。
「聞いてやってもいいが」
「私だって、馬鹿じゃない」
リンドウが、ソファの前に腰かけたのが分かった。
「わかるよ。神様があーだとかこーだとか言っても。……結局、あんたさえいなければ。お母さんも、お父さんも、死ななくて良かった」
「……」
「私は、生まれてこなくて良かった」
「なんて言ってほしい」
「何も言ってくれなくていい。……そんなの相手でも。ホントの意味で人間じゃなくても。願いを、契約を果たしてくれるって、態度で示して」
「……」
オレサマは暗がりの中、そこにあると解るリンドウの頭を、空いている方の手でぽんぽんと叩いた。
何てことは無い。
オレサマもまた、本当に憎むべきかもしれない相手に勘付いた、真っ当に人間とも呼べない気色の悪いガキを、ワームモンを殺すために利用するまでだ。
「……「今日はクリスマス」」
そっと、紙の擦れる音がした。
「「子供達は、プレゼントを抱えて帰って来たお父さんに飛びつきました」」
そうしてリンドウは、終ぞ叶わなかった「本当の願い」を口ずさむ。
寝物語に耳を傾けながら、オレサマの意識は『絵本屋』の一画へと落ちていく。
これだけ並べたてられた『情報』の中にも、オレサマ――ディアボロモン種について記されたものは存在しない。
だがどうにせよ、アーマゲモンの姿は論外だ。コレで奴に勝てるなら、そもそもこんな苦労はしていない。
オレサマは、『伝説の聖騎士』に勝てるデジモンを探して回った。
事実上オグドモンを取り込んだ事で開花した『新たな進化』。
オレサマのままで、奴をも超える『この世界の脅威』に成る為の、最後の選択。
食欲や忠誠でどうにかなるような代物だ。オグドモンの「悪意を持つデジモンの力を相殺する力」は、己を正義の徒と信じて疑わない奴にはまるで効果が無いだろう。
だから。そんなみみっちい小細工に頼らず、奴に肉薄出来るスペックのデジモンがいい。
そんな、それこそ「夢のような」デジモンを探して。
探して。
深く深くまで、降りて、落ちて。
「……嗚呼」
最下層、なんてものが情報の海である『絵本屋』にあるのかは判らないが――随分と、遠くまで下った先で、オレサマはようやく、お目当てのものを見つける。
「忌々しいな」
何の因果か。
それは、奴に敗れる前。オレサマの最初の仇と、ひどく似通った姿をしていた。
「まあ、ある意味当然の帰結か」
お伽噺を、終わらせるのだ。
このぐらいの肩書が無ければ、始まらない。
――終の騎士。
「おはよう、ゲイリー」
あれからどれだけの時が経ったのだろう。
わからない。
わからないが、リンドウは変わらずオレサマの隣に居て、オレサマの目覚めを見下ろしていた。
「おはよう、リンドウ」
身を起こす。
そうして、時計の針について尋ねる前に。オレサマはレンコのものだった眼帯を、左目から外した。
「……それ」
「念のため言っとくが、ピーターモンじゃないぜ」
赤い目。
それも、今までのクラモンの目の仕様ではなく、人間のものに酷似した。
「メアリー2号」
オレサマは、カウンターの奥にある扉の前で佇む銀髪の美女へと目配せする。
彼女は今日も今日とて、見目麗しさの通り一時の振る舞いだけは優雅に。うやうやしげに、頭を下げた。
「コウスケを呼んで来い。奴の下へ。……それから、イグドラシルの御許に案内させる」
立ち上がったオレサマに、デバイスを取り出したリンドウが続く。
そんな彼女と並んで、モルフォモンがふん、と胸を張った。
さあ。泣いても笑っても最終局面。
だったらそれならどうせなら。このオレサマの笑顔のために、奴を泣かせて、終わらせよう。
「『メアリー・スー』を、始めようか」
あとがき
メリークリスマス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(遅刻)
はい、という訳でメリークリスマした。今日の晩御飯はおうどん。快晴です。
ちょうど1年(と1日)前のエブメア11話こと聖夜のブッディストVSジーザスクライスト異教徒格闘バトルとはまた趣向の違うクリスマス(遅刻)、エンシェント老害真実編はお楽しみいただけましたでしょうか。聖夜のブッディストVSジーザスクライスト異教徒格闘バトルから1年(と1日)……!?
それはさておき。はい。サンタさんは来ませんでしたが、なんか来ましたね。
今回のスペシャルゲストにして真相の開示役は、快晴の小説を読んでくださっている方の大半はご存知だと信じている『デジモンプレセデント』の黒幕・エンシェントワイズモン(通称エンシェント老害)……の、一部の一部です。紛う事無き同一デジモン(の一部)。
知らない方にも向けて順を追って説明しますと、拙作『デジモンプレセデント』の世界の古代十闘士もルーチェモンと戦ったのですが、その際ルーチェモンとの決着を臨めないまま倒れたエンシェントワイズモンは、作中でも説明した通り、いつか結末を確認するために、自分の一部を異空間に逃がしました。
その一部が『デジモンプレセデント』ではエンシェント老害と呼ばれる(※作中では呼ばれてない)存在として舞い戻るのですが、彼は元のデジタルワールドに帰還する際、容量を減らすために『アカシックレコード』の部分を切り捨てました。コレが本作に登場したキョウヤマ コウスケことミラーモン、そして本家『絵本屋』の正体です。
これを使ってイグドラシルが「別世界の自分のやらかし」を観測してしまったのが『Everyone wept for Mary』の世界となります。
まあ……いつものアレですね。
だいたいイグドラシルのせいです。もっと言うと『デジモンプレセデント』の世界のイグドラシルのせい。
快晴の長編小説は、一部を除いて意図的に、最終的にここに帰結するように作ってあります。みんなイグドラシルのやらかしで繋がっている。自分で作っといて何だけど、嫌だなこの設定……。
他にも色々説明しておいた方が良い事はある気がするんですが、話の本筋に関わるのは「だいたいイグドラシルのせい」「リンドウちゃんは人間とデジモンのハーフ」「アーマゲイリー、『絵本屋』ゲット」「快晴宅のラスボス、また神目指してる……」だけなので、そこだけ抑えておいてもらえれば……。
まあそんなこんなで、いよいよ最終決戦です。
VSワームモンの進化した『聖騎士』とその後の結末を同じ話に纏めるか分けるかは書いてみないとわかりませんが、『Everyone wept for Mary』は、最大でもあと3話で完結します。内1話はエピローグなので(多分)そんなに長くはならないです。
確認したら連載開始が2020年だったので、来年に突入すれば連載4年目……。マジ……?
どうか最後までお付き合いいただければ、幸いです。
改めて、『Everyone wept for Mary』17話をお読みくださり、ありがとうございました!
以下、感想返信です。
夏P(ナッピー)様
この度も感想をありがとうございます! 当時の連投とは逆に、今度はお待たせしてすみません。
この小説は、というか快晴界は、毒親ギミックの提供でお送りしております。
まあ愛だ恋だの言うつもりはありませんが、アーマゲイリーは間違いなくルルをずっと意識しており、最終的には好いていました。ルルたや的にはアーマゲイリーはアウトオブ眼中でしたが。
リンドウちゃんは今話でもつらい思いをする羽目になりました。いったい誰がこんな『運命』を。
ナイトモン達に関しては、アーマゲイリーが速攻を仕掛けた結果なので、「そうしなければ危なかったかもしれない」とにおわせる事で格を保たせようと試み、失敗したと思います。でもそんな、ぽこじゃがぽこじゃが騎士型戦やってられないので……。ぽこじゃが増えるのは、この話においては死体だけ……。
はい。おっしゃる通りです。
劇中では一応ぼかしてはいますが、意図的にそういう配置にしてあります。でもデジモンとしてはソイツでも、根幹をなしているのは『虫』の部分だけとなっており、それだけデジモンとしての本能が強めに出ているといいますか。
人を真似る虫。それが、パパイザサキの正体です。
毒親ばっかりの分、偽親は偽物なりにリンドウちゃんのために行動していました。「自分ならどうしてほしかったか」という代替え行為です。
わかります。ベルフェモンは特別ですよね。……戦闘シーンはあっさり終わらせてしまいましたが……許してください……。
アカシックレコード「ワシじゃよ」
改めて、感想をありがとうございました!